next up previous contents ホームページに戻る
: 4.5 成功/失敗を決定する因子 : 4. 急性呼吸不全と非侵襲的陽圧換気 : 4.3 非侵襲的換気の原理   目次


4.4 非侵襲的換気の効果の証明

気管内挿管を用いずに、患者の呼吸を補助する方法はいくつかある。陰圧式人工呼吸器、従圧式人工呼吸器、 従量式人工呼吸器、CPAPなどである。

それぞれの成功率、ここでは気管内挿管の回避であるが、それらは似たようなものである。 しかしこれら呼吸器の原理は全く違うものであり、別々に説明していくことにする。

4.4.0.1 陰圧式人工呼吸器

4.4.0.1.1 長時間耐えられれば一応効果はある

いくつかの研究が急性呼吸不全の陰圧式人工呼吸器の効果について論じているが、これらは主に肺気腫の急性増悪についてであった。

ある研究では肺気腫の増悪患者20人が、一日6時間陰圧式呼吸器に入る群と、ベッドで安静にしている群と交代して分けられたが、 陰圧式呼吸器に6時間乗った後には、呼吸筋力の回復と、血液中の二酸化炭素濃度の低下が確認された。

しかしながら、陰圧式人工呼吸器に良く耐えられた人の中でも6人には、何の改善も認められなかった。 一方、安静のみで様子を見られたほうには、これらの改善効果は全く無かった。

最も大きな規模の研究は、後ろ向き研究ではあったが、105人の肺気腫増悪患者に対する鉄の肺の効果を論じている。

この結果では、全てに患者が気管内挿管を要しなかったが、3人が鉄の肺より離脱できずになくなっている。

そして、院内の死亡率は11.4%であった。更に1年後の患者の生存率は82%であり、これらの数字は過去の気管内挿管を用いた 、同様の患者の治療成績よりも良い結果である。ただしこの研究の対象になった人は人工呼吸器を用いた回数が多く、 このために生命予後が良かったのかも知れない。

他の研究者も同意するところではあるが、高年齢(65歳以上)、高二酸化炭素血症(80歳以上)、更に低い一秒率が、 高い死亡率と相関していた。

4.4.0.1.2 効果はあったが用いられなくなった

陰圧式の人工呼吸器を用いた研究は、過去に5つあるが、合計の気管内挿管の回避率は93%と高い。

しかしこれらの研究はいずれも小規模なものばかりで、更にコントロール群を設定したものは少ない。 しかしながら、急性呼吸不全に陰圧式呼吸器を用いることは恐らくは有効であろうという点では、ほぼ確実であろう。

しかしながら陰圧式呼吸器の欠点、例えば患者の不快感、看護が全く不可能な点、患者の呼吸に同調するのが難しい点、 気道閉塞を生じると換気が不可能になる点などから、陰圧式の呼吸器は徐々に使われなくなり、 マスクを用いた陽圧式呼吸器にその道を譲る。

4.4.0.2 CPAP

4.4.0.2.1 自発呼吸がしっかりしている人にはいい

CPAPは吸気の補助をしないために、これは自発呼吸のある患者に主に用いられた。CPAPは、 持続的に気道内と胸腔内を陽圧に保つ働きがある。

圧力は普通、5〜10cmH2Oが用いられ、それ以上はまずは必要ないし、 また患者にも滅多に耐えられない。

もともとCPAPは閉塞性無呼吸の人の治療に用いられたが、近年では外傷、肺気腫、 肺水腫などの種々の原因による呼吸不全の治療に応用されている。

4.4.0.2.2 心原性肺水腫に良い適応がある

CPAPはもともと、1930年に肺水腫の治療手段として考案された4.3が、 近年になって再び見直された。

具体的には、急性呼吸不全の患者にCPAPをつけることで利尿剤、亜硝酸剤などが効いてくるまでの時間を稼ぐことができ、 更に肺の欝血をとることができるとされている。

今までに3つのランダマイズドトライアルと、1つのコントロールのないトライアルが急性肺水腫について行なわれているが、 10センチ程度のCPAPをマスクを用いてかけることで、すぐにバイタルサインの改善が得られ、酸素化が良くなり、 気管内挿管を避けることができるという結論になっている。

CPAPは機能的残気量を増し、無気肺を減らし、右ー左シャントを減らし、呼吸筋の仕事量を減らす。 CPAPは更に心筋のアフターロードを減らし、心拍出量をも上げうる。

CPAPの成功率は研究によりまちまちではあるが、平均80%の呼吸不全の患者で気管内挿管を避けられることが証明されている。

4.4.0.2.3 心筋梗塞が増えるという意見もある

一方、心原性肺水腫の患者にBiPAPを用いたトライアルでは、大量の亜硝酸剤を用いたコントロール群と比べ、 心筋梗塞の合併率が高かったという結果が出ている。これについては異論もあり、2002年になって追試が行われており、 心筋梗塞の増加は無かったという意見も出されている。

4.4.0.2.4 CO2貯留は禁忌にならない

心不全以外の、肺気腫や手術後の呼吸不全、外傷性呼吸不全などの急性期治療にもCPAPは応用されている。 これらの研究では、やはり5〜10センチのCPAPがマスクで与えられているが、気管内挿管の回避率は57〜100%となっており、 平均89%であった。

これらの研究では酸素化の改善が報告されており、血中二酸化炭素濃度の低下も確認されている。

CPAPが出現した初期の頃は、血中二酸化炭素濃度の上昇が懸念されていたが、 一つを除いた全ての研究で二酸化炭素の貯留は確認されておらず、それにしても臨床上有意なものではなかった。

肺損傷や気胸などの、外傷後の呼吸不全についてもCPAPの優位性を示す研究がいくつかあるが、 それらはいずれも対象にする外傷がまちまちであり、 肺挫傷を除いては外傷の患者に明らかにCPAPが効果があるとは現時点では結論できない。

4.4.0.2.5 COPD増悪に対する効果はまだ不確実

肺気腫の急性増悪に関するCPAPの研究は二つあり、ルーカスらは5センチのCPAPを肺気腫急性増悪の患者15人に用いているが、 4時間後には皆呼吸数が下がり、血液中二酸化炭素濃度も低下した。また、 呼吸困難感も有意に低下し、気管内挿管を要したものはいなかった。

これでは他の研究よりもCPAPの量は少なかったとは言え、恐らくはCPAPが内因性のPEEPを打ち消し、 呼吸の負荷をとったものと思われる。

一方より高いCPAP圧を用いたにもかかわらず(7.5センチ)、ミロらの研究では7人中3人が挿管になっているが、 これは挿管になった患者が高二酸化炭素血症がひどく(90以上)、アシドーシスも7.2以下とより重症であったためと思われる。

CPAPは呼吸不全のさまざまな場面に使われ、試されてきたが、今にところ非常に良い成功率を納めている。 CPAPの最も適応となる疾患は心原性肺水腫であろうが、外傷や手術後の換気不全、COPD急性増悪、 閉塞性無呼吸症候群の増悪などでも効果が確認されている。しかしまだ大きなトライアルは行なわれておらず、 今後の研究が待たれる。

4.4.0.3 非侵襲的陽圧換気

陽圧換気は、肺の中にあらかじめ設定された圧力か、決められた量の空気を送り込む方法である。 この方法は、患者の自発呼吸に合わせることも、全く機械的に行なうこともできる。 従圧式のものも、従量式のものも、ともに非侵襲的換気装置が存在する。

集中治療室にある呼吸器はいずれの方式も選択できるのもが多いが、携帯型の呼吸器では従圧式のもののほうが軽量で、 安価なことが多い。どちらの形式の呼吸器を使うのかは治療者の判断によるが、 従圧式のものはマスクからの空気漏れを代償できる利点がある。

4.4.0.4 従量式呼吸器

4.4.0.4.1 肺気腫患者以外の確実なデータはない

この呼吸器による研究は、主に肺気腫の急性増悪期に対して行なわれてきた。 また少ないながらも、胸郭変形による呼吸不全や心不全に対する研究も存在する。

主に鼻マスクを通じて行なわれたこれらの研究は、一回換気量は大体10〜15ml/kgであった。 血液ガスの改善の効果についてはどの研究も控え目な数字しか出ていないが、 これは酸素投与に有無が研究によりまちまちであったため、一概にその効果を論じることはできない。 しかしながら、気管内挿管を避ける確率は全体の平均で68%といい数字を出している。

過去の研究の中で、2つだけがコントロールスタデイであった。

4.4.0.4.2 COPDで最初に予後の改善効果を示した報告

ボットらは本格的な比較研究を行なっているが、伝統的な治療を行なったほうに比べて、 従量式のマスク式呼吸器を使った人のほうが1時間後にはより呼吸困難が少なく、 血液ガスも改善していた。更に、30日後の死亡率もコントロール群に比べて改善していた。

4.4.0.4.3 否定的な意見もある

一方フォグリオらの研究は、唯一人工換気に不利な結果を出した研究であるが、 肺気腫の急性増悪に従量式の呼吸器をマスクで用いても、従来通りの治療に比べて有利な効果を証明できなかった。

しかしこの研究には問題点がいくつかある。この研究は後ろ向き研究であり、マスク式人工換気を拒否したり、 うまく乗らなかった人をコントロールとしている。更に人工換気を一日あたり1時間程度と、短い期間しか行なっていない。 更に、10日目と21日目という、入院後に差を出すには余りにも遅すぎる時期にしか検査をしていないなどである。

他にも従量式陽圧換気の効果を証明した研究はいくつかあるが、 まとめると従量式換気装置は肺気腫の急性増悪期に気管内挿管を避けるのに有効であり、 また気管内挿管を拒否した高齢者にも救命の道を開きうるものであると言える。

しかしながら従量式呼吸器の、急性呼吸不全の肺気腫以外の原因に対する十分な研究はなく、今後の究明が待たれる。

4.4.0.5 従圧式呼吸器

4.4.0.5.1 現在の呼吸療法の主流

プレッシャーサポート呼吸器を急性呼吸不全に用いる試みは、10年ほど前から進められてきた。

初期の研究では集中治療室の呼吸器を用いていたが、近年はBiPAPに代表される携帯型の呼吸器が用いられるようになっている。 これらの機械は吸気時と呼気時に別々の圧力が設定できるようになっており、 患者の自発呼吸に合わせることも、全くの調節呼吸とすることも可能である。

この機械はIPAP,EPAPをそれぞれ設定できるが、IPAPはプレッシャーサポートに相当し、EPAPはPEEPに相当する。 この機械は拘束性、閉塞性の換気障害を持つ人の呼吸筋仕事量を減らすことが証明されている。

この呼吸器を用いた急性呼吸不全の研究はいくつもあるが、気管内挿管を平均70%で回避でき、 従量式の換気装置に劣らない成績を出している。

この呼吸器では、 コントロール群に比べても34%も気管内挿管の頻度を減らしており、その効果が明らかになりつつあるが、 残念なことにいくつかの研究はヒストリカルコントロールであり、 また対象となっている呼吸不全のほとんどは肺気腫の急性増悪である。

更に、研究に用いられた設定圧も、IPAPで8〜22とまちまちであり、酸素供給の有無についても一定しておらず、 決まった使い方がはっきりしてこない。

4.4.0.5.2 臨床研究では肺気腫に対する効果が証明された

良くコントロールされた研究は3つある。

ウイッソキらは肺気腫と、それ以外の原因の急性呼吸不全にBiPAPを試みたが、肺気腫以外の呼吸不全では、コントロール群と人工換気群とで気管内挿管になる率は変わらなかったとしている。しかし、血液中二酸化炭素濃度が45以上の肺気腫の患者では、明らかに気管内挿管を減らす効果が認められた。

このことから彼らは、人工的な換気補助は二酸化炭素の貯留のない、肺気腫以外の原因の呼吸不全には利益が少ないと結論している。

クラマーらやブロチャードらの研究では、対象となったのはほとんどが肺気腫で、二酸化炭素が貯留していたが、 いずれも気管内挿管を減らし、バイタルが安定し、一つのスタデイに至っては死亡率の低下も確認されている。

また予想されていたことではあるが、コントロール群の患者の死因は、主に気管内挿管と人工呼吸器による合併症によるものであった。

4.4.0.5.3 従量式に比べて従圧式のほうが快適

また従量式、従圧式の二つの呼吸器を比較した研究も存在するが、気管内挿管を回避しうる確率は、両者で差はなかった。 しかし同じマスクを用いているにもかかわらず、従圧式呼吸器のほうが患者の受け入れが良く、また合併症が少なかった。

一方ミーチャムらの、18センチのPSV,PSV18センチ+PEEP6センチ、 CPAP8センチ、そして従量式呼吸器の4つを急性増悪した肺気腫の患者にランダムに試してもらった研究では、 PEEPをかけたもの以外では明らかな血液ガスの改善が得られたのに対して、 PSV18センチ+PEEP6センチの群では、人工換気の改善効果が得られなかった。

これはPEEPのためにマスクからの空気漏れが多くなり、 また急性増悪期の患者がより呼吸器に自分を合わせにくくなるからであると思われる。

まとめると、非侵襲的な陽圧換気は主に肺気腫の急性増悪に対しては、明らかに効果があるとおもわれる。

更に、基本的には使用する呼吸器のモードと予後とは関係がない。

他の病気、例えば手術後の換気障害や胸郭の変形による換気不全などに関する良い効果を出した研究もあるが、 これらはいずれも小さなものであり、今のところその効果が確立したとは言えない。


next up previous contents ホームページに戻る
: 4.5 成功/失敗を決定する因子 : 4. 急性呼吸不全と非侵襲的陽圧換気 : 4.3 非侵襲的換気の原理   目次
admin 平成16年11月12日