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: 6.3 肺に愛護的な呼吸管理 : 6. 人工呼吸による全身管理 : 6.1 PEEP   目次


6.2 人工換気のモードの歴史〜ポリオ流行からPSVまで

現在用いられているような、陽圧式の呼吸器が最初に発表されたのは、1940年代である。 この頃の呼吸器は、"鉄の肺"に代表される陰圧式の呼吸器が主流であったが、これは製作に手間がかかった。

1952年6.4にポリオが大発生した際、 今までは数百人規模であった呼吸不全の患者数が、いきなり数万人規模に増加し、ヨーロッパ中で人工呼吸器の数が不足する 事態となった。

トランジスタの発明が1947年、 第二次世界大戦の終了が1945年。 この時代の技術を使って、人工呼吸器を大増産するのは非常に難しいことだった。

6.2.0.1 最初に完成したのは、従量式呼吸器だった

このときすでに、原始的な人工呼吸器はできていたが、構造が複雑すぎ、大量生産はできなかった。

図 6.5: 最初の人工呼吸器のひとつ。右のモーターで、4つあるベローズ(写真の左側)を上下する仕組みだった。

\includegraphics[width=.5\linewidth]{vent1.eps}

これは実用的に動いたらしいが、当時はモーターを手に入れるのも難しい時代。大量生産には適さず、 電源の不安定な施設では使い物にならなかった。

図 6.6: 上とは型が違うが、同じ頃の呼吸器を実際に使っているところ。病院には酸素配管も無く、電源も十分でないところで こうした複雑な呼吸器を使うのは、無理があった。

\includegraphics[width=.5\linewidth]{oldvent.eps}

6.2.0.2 従圧式の呼吸器は、間に合わせの部品でも作れるよう考えられた

これでは、現場の要求に間に合わせることはできない。このため、設計は一からやり直され、すでに市販されていた 電気掃除機を駆動源として、圧搾空気の力で動く機械が試作され、大量生産された。
図 6.7: 最初に大量生産された人工呼吸器は従圧式だった。左が呼吸ユニットで、右が動力部らしい。ガスボンベだけあれば、 電気が無くても動いた。

\includegraphics[width=.7\linewidth]{vent2.eps}

この呼吸器の仕組みは、最初のものとは違う。当初の人工呼吸器は、電力でベローズを動かす、今でいう従圧式の 呼吸器であったが、この方法だと大量生産できず(ベローズを作るのは大変)、また電気が無いと作動しない。

これでは困るので、より簡単に動く方法として、空気で膨らむ皮袋に磁石をつけておき、磁石が弁に近づくと、弁が開いて 患者に空気が流れ込む、という仕組みが考案された。

図 6.8: 写真6.7の呼吸器(写真の左側)の作動しているところ。現在のバードシリーズと、基本的な動作はほとんど同じ。

\includegraphics[width=.5\linewidth]{vent3.eps}

こうして、1950年代にはすでに現在の人工呼吸器と同じ動作をするものができてきたが、当時の呼吸器は、 ポリオによる呼吸筋麻痺の治療に用いられていたこともあり、患者の自発呼吸に同調するようには設計されていなかった。

この点は、ポリオでは問題にならなかった6.5が、 他の疾患の患者に呼吸器をつけようとすると、深い鎮静や筋弛緩剤が欠かせなかった。

6.2.0.3 理想の換気様式は、上手な人の手動換気

うまい人間が手でバッグをもむと、患者は楽に呼吸できる。

図 6.9: 気管内挿管された患者に、ジャクソンリースで手動呼吸を行っている。

\includegraphics[width=.5\linewidth]{bagvent.eps}

これは、人が手先の感覚を用い、 常にバッグが一定の押し具合になるように力を加減したり、また患者が楽に呼吸できるよう、 患者が息を吸った瞬間に合わせてバッグを押したり、適度にバックアップの換気をいれたり、といったことを 自由に行える6.6からであるが、 これはちょうど、プレッシャーサポート換気に、バックアップ換気を加えたのと同じことを行っている。

6.2.0.4 人工呼吸器は、人間の力加減や判断を再現する方向で進歩した

呼吸器が人に近くなれば、患者は楽に呼吸できるようになる。具体的には、流量を無断階に調節できる6.7バルブの開発、 そしてそれを制御できるコンピューターと、流量センサー6.8の開発である。

これらの成果として、プレッシャーサポートモードが生まれた。実現したのは、1980年6.9。 まだつい最近のことだ。

図 6.10: 全て電子化された、現在の呼吸器のひとつ。

\includegraphics[width=.5\linewidth]{benett.eps}

6.2.0.5 プレッシャーサポートは、出た当初はあまり騒がれなかった

プレッシャーサポートは患者の認容性がよく、本当は画期的なものであったが、出現当初は誰もがどう使って良いのかわからず、 呼吸器のウイーニングに使われる程度であった。

いまだに多くの教科書が、急性期は古典的な従量式の呼吸様式(SIMVモード)を用い、 PSVについては補助的に述べられている。これは、1980年代の呼吸管理の考え方が、"血液ガスを改善すれば、病気も良くなる" という考え方に支配されていたためで、一回換気量が呼吸ごとに異なるPSVは、まだ不完全な呼吸モードとして 重視されていなかったせいであろう。

PSVが呼吸管理の中心になるには、呼吸不全の治療の考え方が変わる必要があった。 1990年の、permissive hypercapniaの提唱である。


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admin 平成16年11月12日