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6.1 PEEP

6.1.1 PEEPの肺への効果

急性呼吸不全に陥った肺にPEEPを応用すると、以下のような効果がある。

これらの効果についての機序には、いくつかの説がある。

PEEPが0から15cmH2O に増えるにつれ、肺胞器量は段階的に増加していくことが、Dalyらの研究で報告されている。

図 6.1: PEEPが0から10cmH2O に増える間は肺胞径は直線的に増加する。肺胞径の増加率は、PEEP値が10cmH2O を越すと徐々に低下、15cmH2O でプラトーに達する。
\includegraphics[width=.5\linewidth]{peep.eps}

6.1.1.1 肺内水分は、PEEPをかけると移動する

PEEPを加えると、肺水腫状態になった肺のガス化が改善される。PEEPは肺の総水分量を変えることはなく、 むしろ増やす傾向にあるということはすでに分かっているが、水腫状になった肺にPEEPをかけると、肺胞内水分量を減らし、 肺間質の水分量を増し、コンプライアンスの小さい間質腔(肺毛細血管周囲)から、 よりコンプライアンスの大きい間質腔への水分の移動を促進する。

図 6.2: PEEPをかけることで、肺血管(下)はつぶれるが、血管と肺胞の距離は縮まる。
\includegraphics[width=.6\linewidth]{peepwater.eps}
このため結果として肺胞と肺毛細血管との距離は縮まるため、水腫肺での拡散障害が改善される。

6.1.1.2 虚脱した肺胞は、PEEPで再び膨らむ

この言葉は、虚脱した肺胞の再膨張を説明するために、よく用いられる。肺胞は、気管以外に肺胞どおしで交通があり、 気道内が持続的に陽圧になると、こうした交通を通じて健康な肺胞から、虚脱した肺胞に空気が入るようになり、 換気に参加する肺胞の数が増える。

この現象はCTスキャンなどを用いた研究で、実際に病気になった人体でも確認されている。

図 6.3: 気道内陽圧により、虚脱した肺胞(図のAの肺胞)が復活した。
\includegraphics[width=.7\linewidth]{cpap.eps}

肺胞の再動員に必要なPEEPの圧6.1は、状況によって変わる。 その状況とは、肺病変の程度、PEEPに反応する肺病変の存在領域、 患者に対する筋弛緩薬の使用の有無(使っていると、肺の広がりが悪くなる)などである。

またボランティアを用いた研究では、せっかく広がりかけた肺胞も、患者が頻呼吸を行うと、 再び閉じてしまうことが確認されている。こうしたケースでは、より深い鎮静が必要となることがある。

6.1.2 PEEPは、その考え方で設定圧がかわる

吸気、呼気を通じて気道内に陽圧をかけつづける6.2ことにより、同じ酸素濃度でも酸素化は改善される。

PEEPの値をいくつに設定するべきかについても諸説あるが、最も低いほうから順に述べていく。

6.1.2.1 最小限のPEEP

PEEPを3〜5cmH2O に設定するものを、最小限のPEEPという。これは人間の口腔や鼻の抵抗が、 もともと自分の肺にかけているPEEPを再現したものである。この値ではPEEPは酸素化の改善にはあまり寄与しないものの、 最高気道内圧を上げすぎず、気管内挿管による肺の虚脱を防ぐ効果がある。もっとも無難なPEEPの使い方といえる。

6.1.2.2 least PEEP

次に、これよりもやや高いのがleast PEEPの考え方である。 これは、FiO2が0.5以下でPaO2が60以上を維持できる、最小限のPEEPをかけるという考え方で、 いま多くの支持を集めつつある。大体、PEEP圧で10cmH2O 前後になる。

図 6.4: 文献によりまちまちだが、10cmH2O 前後のPEEP圧をかけることで、病気になった肺胞が安定化するという。

\includegraphics[width=.8\linewidth]{peepeffect.eps}

6.1.2.3 best PEEP

次に、PEEPを10から15cmH2O に設定する考え方がある。これをminimal PEEPまたはbest PEEPという。 この値は分泌物でつぶれた肺胞が、実際に陽圧で開放され、 呼吸に動員され始めるのが大体この圧力だということで決められている。

一方、PEEPをかけすぎると今度は心拍出量が低下し、酸素化はできても組織への酸素運搬量は減少してしまうかもしれない。 この、肺胞動員と心拍出量の低下の妥協点を探ったのがbestPEEPである。普通、20cmH2O 前後。 これは日常用いる値よりもかなり高い印象を受けるが、最も古典的なPEEPのかけ方でもある。

6.1.2.4 agressive PEEP

さらにこれよりも高い値、平均20から30cmH2O のPEEPをかけるのが、agressive PEEP 6.3という考え方である。

これはARDS、特に外傷をやっている医者の間から唱えられたもので、PEEPをかけることそれ自体にARDSの治療効果があり、 酸素濃度を極力抑え、低い気道内圧よりもむしろ低い酸素濃度のほうを重視し、全身管理を行う。

これは、肺胞に悪影響を与えているのは肺胞が拡張、虚脱を繰り返すことであるというVoru traumaという考え方にたっており、 呼吸の間中、肺胞を常に開いたままにしておく圧力という意味で、この高い圧力を選んでいる。

こうした、虚脱した肺胞を動員するPEEPのことを、別の研究者はrecruitive PEEPと呼んでいるが、こうしたPEEP圧と、 最小限のPEEP圧とを比較したトライアルではrecruitive PEEPのほうが気道内圧が上がり、 また死亡率が高かったというデータもある。

6.1.2.5 まだ、どれがいいのかは決着していない

現在のところ、どの圧力がもっとも正しいのかは結論が出ていない。人工呼吸管理が最も活躍する疾患の一つがARDSであるが、 この分野ではPEEPは年々高い値が推薦されてきている。ただ、気管内挿管を行わずに、 CPAPマスクを用いた場合には、かけられる圧力は7.5cmH20ぐらいが限界となる(患者の不快感が強くなるので)。


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admin 平成16年11月12日