先日、杏林大学の研修医が、外傷で受診した患者に対して「当然取るべき処置を怠った」ということで、刑事告発されました。
それまでは、カルテの改ざん、同意なしの安楽死等、同業者が見ても一応納得できるケースにしか、 刑事告訴は行われませんでした。今回のケースは、今までのものとは意味合いが違います。
詳しい経過はいろいろなところで報告されていますが、今回の刑事告発がマスコミに報道された時点で、 救急外来での医療行為が非常なリスクを伴うことになりそうです。
今回の事例は、民事訴訟と刑事訴訟の、両方から告発されています。民事訴訟については、 研修医個人と大学組織とを被告にしており、しっかりとした弁護人がついているようです。一方、刑事告発分については、 あくまでも研修医個人の責任をついてきています。
刑事告発は、法律の専門家集団である検察が行うものです。 今回の事例は、検察側に公判を維持するのに十分な証拠があり、最終的にはその研修医を有罪に出来ると考えないかぎり、 刑事告発には至らなかったでしょう。
今回訴えられたのは、研修医個人です。たとえ上級レジデントが一緒に当直していても、 彼らが全ての責任を肩代わりしてくれるのでないかぎり、裁判に臨むのは告発された研修医ただ一人です。
訴えられたのが自分だったとして、あなたは誰か知り合いの弁護士がいますか?優秀な弁護士についてもらうには、 当然お金がかかります。 医療従事者は比較的高収入ですが、公判中は仕事がなくなるかもしれません。 自分の弁護人を選べないなら、裁判の条件は、その辺の失業者が起こした強盗事件と何ら変わりません。
患者を診察し、自分の思考過程を誰かに伝えるシステムとしては、現状のPOSはとてもよく出来ています。
この順でカルテを書くことを、習ったことの無い人はいないでしょう。
ところが、訴訟になることを考えた場合、現在のPOSのカルテは、 大いに問題があります。自分の考え方がカルテに明記されてしまっているため、あとで"本当はこう思っていなかった" などと、言い訳が出来ません。カルテは公文書です。相手方にも自由に閲覧できるため、 いったん書いてしまったカルテについては、揚げ足をとる時間はいくらでも出来てしまいます。
POSの本場のアメリカでも、SOAPのうち"SO"までしか書かず、あとは処方のみ記載するカルテも多いといいます。 これも、訴訟対策の一つです。
上腹部痛で朝4時に外来受診をした酔っ払いが、実際には下壁の心筋梗塞であった場合、 A)急性胃炎の疑い P)H2ブロッカー処方 とカルテに書いてしまったら、あとから言い訳が出来るでしょうか。