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: 2. 人工換気の基礎 : 1. 血液ガスの解釈の基本 : 1.1 ガス交換の評価   目次


1.2 pH

1.2.1 代謝性アシドーシスを見逃すと危険

何か原因がはっきりしなくても、重症感の強そうな患者であれば血液ガスを取ってみることを勧める。

pHが低い場合、すなわちアシドーシスが生じている場合には、体の中では非常に危険なことが起こっている可能性が高い。 たとえ代償されていても、HCO3やBEが低ければ(要は、代謝性アシドーシスがあったら)それを見逃してはいけない。

アルカローシス自体が問題になることはほとんど無く、循環器領域ではむしろ、 アルカローシスに伴う低カリウム血症のほうが重要である。

1.2.1.1 代謝性アシドーシスの代表的な原因

1.2.1.2 最低限アシドーシスが無ければ、この先1時間は死なない

代謝性アシドーシスがあって、本人の重症感が強い場合は、何らかの重篤な循環不全(心不全でも、出血でも起こりうる)、 敗血症、糖尿病性ケトアシドーシス、のどれかが隠れているかもしれない。逆に、循環不全を伴わない低酸素血症、 貧血だけではアシドーシスを引き起こすことはまずない。

肝臓は乳酸代謝臓器のため、アシドーシスの原因としてよく指摘される。しかし実際には、よほどの重篤な肝障害で無い限り、 肝虚血に伴うアシドーシス以外に肝不全がアシドーシスの原因になることは少ない。

バイタルが落ち着いており、本人も重篤でないのにアシドーシスがある場合、上記のような重篤な原因疾患が除外されれば、 下痢や嘔吐、腎機能低下、尿細管性アシドーシスなどを考える。

1.2.1.3 アニオンギャップの計算

アニオンギャップの計算による代謝性アシドーシスの鑑別は、時間があるときには有用なのかもしれない。 1.3正常値は12。


\begin{displaymath}AG=Na^+ - (Cl^- + HCO_{3}^{-}) \end{displaymath}

1.2.1.4 メイロン投与のガイドライン

いろいろと批判も多いが、原疾患の改善以外にアシドーシスに対して我々ができることといえば、 メイロンを落とすぐらいしかない。

  1. 原則として、10mmol/l 以下の不足量は補正しない。
  2. pH 7.20以上で、バイタルが落ち着いていれば投与しない。
  3. 投与量は、以下の計算式1.4 から得られた量の、半量から補正する。
メイロン投与の標準量は、以下のとおり


\begin{displaymath}HCO_{3}^{-} 不足分 = 0.25 \times 体重(Kg) \times (-base\ excess:BE) \end{displaymath}

この式で求めた投与量の半分を補正し、残りはデータを見ながら補正していく。

重炭酸を投与する際はCO2産生が増えるので、呼吸性アシドーシスにメイロンを投与することは危険である。


\begin{displaymath}CO_{2}+H_{2}O\Longleftrightarrow H_{2}CO_{3}\Longleftrightarrow H^{+}+HCO_{3}^{-}\end{displaymath}

後述するが、人工換気中のアシドーシスの補正に、THAMという薬剤1.5を用いると効果的である という報告があり、メイロンよりも優れた部分が多いという1.6

1.2.2 代謝性アルカローシスは心不全に多い

代謝性のアルカローシスは、心不全患者に最もよくみられる血液ガス異常であろう。利尿薬の投与の過剰が原因である。

この病態は臨床状問題になることは少ないが、pH7.55以上のアルカローシスを生じていた入院患者の予後は悪く、 死亡率は40%にも達するという。

代謝性アルカローシスの主な原因は、胃酸の喪失とHCO3の排泄低下である。 前者は主に外科の病棟でドレナージ1.7を行った人で見られるが、後者の原因のほとんどは利尿薬である。

利尿薬は、電解質喪失と体液濃縮によりアルカローシスを生じる。以下が関与している。

1.2.2.1 クロール

クロールはナトリウムと行動を共にしており、利尿薬によりナトリウムの排泄が促進されると、 電気的な中性を保つためにHCO3の排泄が抑制される(両方とも陰イオンのため)。

1.2.2.2 カリウム

カリウムもまた、利尿薬により排泄が促進される。低カリウム血症はそれ自体がアルカローシスを引き起こすが、 その正確な機序は良くわかっていない。

1.2.2.3 マグネシウム

マグネシウムとカリウムは競合的に腎から排泄されるため、マグネシウムが欠乏した患者では、 代償性にカリウムの排泄が増えてしまい、低カリウム血症を生じる。

マグネシウムは血液生化学データが当てにならないため、しばしば不足しているにもかかわらず、見逃されている。 カリウム補充に反応しない低カリウム血症の場合、一度マグネシウム補充を考える必要がある。

1.2.2.4 代謝性アルカローシスの治療には、クロライド補充を行う

ほとんどの代謝性アルカローシスは、クロールの補充で治る。具体的には、塩化ナトリウム、KClなどの内服、注射を用いる。

裏技的な方法で、クロール含有量の多いアミノ酸製剤(アミノレバンなど)を点滴しても、同じ効果を得ることができる。

浮腫の強いケースや、高CO2血症後の代謝性アルカローシスの補正には、ダイアモックス(250〜500mg)の経口を行う。 この方法は、カリウムはむしろ低下してしまう点、BUNが上昇してしまう点などに注意を要する。

クロール抵抗性アルカローシスと呼ばれる、細胞外液量が多く、 治療抵抗性のアルカローシスの原因はミネラルコルチコイドの過剰によるものが多い。

こうしたケースではたいてい、低カリウム血症も合併しているため、カリウムの補充を行うと共にアルダクトンなどを併用すると、 アルカローシスの治療になる。

1.2.3 呼吸性アシドーシスは呼吸筋疲労に合併する

CO2が貯留してくる病態であるが、大きく

の2つの原因がある。

両者はしばしば混在しているが、大事なのは呼吸筋疲労の存在を見逃さないことである。

CO2貯留=低流量酸素とだけ覚えていると、呼吸筋の疲労から、重篤な低酸素血症を招きかねない。

実用的には、その人の普段の血液ガスでのPaO2が達成できるようにO2の量を決める。これでCO2が貯まってきたら挿管。 乱暴な話だが、こう覚えておいたほうが安全1.8ではある。

1.2.3.1 慢性換気不全に合併した呼吸筋疲労〜ちょっと風邪をひいても酸素投与

このケースが、低流量酸素療法の適応となる。

最も典型的なのが、ALSなどの神経筋疾患、慢性低酸素血症を合併した肺気腫増悪の患者である。こうした人は肺胞機能の悪化、 肺活量の減少などにより、患者の病気が進行するに従い、一回の換気に消費する酸素の量が徐々に大きくなってくる。

一回の換気で得られる酸素の量と、一回の呼吸で消費する酸素の量が病気の進行により等しくなり、ついには逆転してしまった場合、以下のようなジレンマを生じる。

これら3つの選択肢のうち、生き延びるチャンスが高いのが3番目である。このため呼吸中枢はPaO2の低下を容認し、 換気量は病気の進行と共に下がっていく。

図 1.1: 病気の進行と共に、酸素を獲得するのに必要な仕事は増える
\includegraphics[width=.8\linewidth]{sikkansinkou.eps}

こうした患者の多くは、安定期にはpHは正常、PaO2は55mmHg以下、PaCO2は50mmHg以上となっており、 代謝性アルカローシスの状態になっている。

この人に高濃度の酸素を投与すると、患者呼吸中枢はPaO2を上昇させるよりも換気量を低下させることを選ぶ。 結果、呼吸性アシドーシスを生じてしまう。

一方、この人が肺炎になり、低酸素血症になった場合、患者は、肺炎の結果生じた低酸素血症に対して、 通常自分が行っている対応、すなわち換気量を減らし、O2を節約しようと試みる。これもまた、 COPDの重症者が、ちょっと風邪をひいただけで呼吸不全を生じる原因になっている。

慢性換気不全の重症度は、PaO2の低さよりもむしろ、pHの程度により評価されなくてはいけない。

酸素投与の目標量は普段のPaO2を達成できる最小量にするべきで、それ以上の投与は換気抑制を招く。

逆に、もしもCO2が貯留しない範囲での、最大のO2を投与してもpHの改善が得られない場合は、人工換気の適応である。

1.2.3.2 急性換気不全に合併した呼吸筋疲労〜低流量酸素は死を招くことがある

このケースでは、SpO2を保つのに十分な酸素の使用をためらってはいけない。改善が見られないなら、すぐに人工換気を考える。

典型的なのは、肺炎や気管支喘息の急性期、あるいは重積状態である。普段の血液ガスにはCO2の貯留を生じていない人の場合、 換気のドライブ量は主にPaO2の低下によってきまる。

こうした人が、呼吸不全状態が遷延して二酸化炭素の貯留を生じた場合でも、換気ドライブは最大限にかかっている。 この人たちに高濃度酸素を与えても、原疾患が改善傾向にあるのであればCO2は貯まらない。

一方、O2投与によってCO2の貯留が増悪してくる場合には、人工換気の導入を考えなくてはいけない。

急性呼吸不全の人に対して、あえて低酸素を続ける必要は無い。こうした人たちの普段の血液ガスは、 PaO2が90前後はあるはずで、この値を目標とするか、あるいは本人の症状が落ち着く最小限の酸素量でO2の投与量を決める。

1.2.3.3 急性呼吸筋疲労と慢性呼吸筋疲労の違い(まとめ)

1.2.3.4 呼吸中枢の異常に伴うアシドーシス

脳梗塞や出血に伴うチェーンストークス呼吸、そして睡眠時無呼吸症候群に伴う低換気が最も多く見られるが、 こうした人が肺炎などで入院すると、急性期には問題無く治療できるが、落ち着いてくるとCO2がなぜか貯まってしまい、 治療に難渋することがある。

典型的な例ではpHはアルカリ側に傾き、代謝性アルカローシスを呼吸性に代償しているようなガスになる。

pH 7.56 PCO2 63mmHg PO2 52mmHg BE 12

などのような血液ガスを見た場合、電解質を見ても代謝性アルカローシスを是正する余地も無く、酸素がはずせないケースがある。

こうした場合はダイアモックスを250mg程度内服してもらい、余分な重炭酸を体外へ追い出したり、 テオフィリンやプレドニゾロンといった、呼吸刺激作用のある薬物を用いたりして呼吸中枢を刺激してやると、 O2より離脱できることがある1.9

1.2.4 呼吸性アルカローシス

代謝性アシドーシスを代償している状態さえ見逃さなければ、臨床上生死を分けるようなことにはほとんどならない。

過換気への対応として、ペーパーバッグ以外に、ベンゾジアゼピンの内服は呼吸ドライブを減らし、効果的である。

また、腎不全などでアシドーシスの代償のために過換気になっている人では、 重曹の内服1.10が代謝性アシドーシスを是正し、呼吸困難感を押さえるのに有効であることがある。


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admin 平成16年11月12日