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: 4.4 細胞の酸素化の評価と混合静脈血酸素飽和度 : 4. 動脈血酸素量の評価 : 4.2 胸水や気胸患者の息苦しさは、酸素濃度によらない   目次


4.3 PaO2は臨床症状を反映しないことがある

血液中の酸素の量を考えるとき、まず真っ先に思い浮かぶのはPaO2であろう。

しかし、たとえばPaO2が正常範囲の人であっても、重度の貧血があるような人では呼吸困難感は著しく、 一方慢性期の肺気腫の人などでは、PaO2が50台であっても呼吸苦などなく、普通に生活できる。

もっと極端な例では、エベレストのふもとに住むシェルパ族などは、普段の生活環境中の酸素分圧が50mmHgしかない。 こんな環境でも、彼らはアルバイトで登山の手伝いをする。エベレスト頂上まで上ると、このときのSpO2は、 70台にまで低下するという。

図 4.3: シェルパ族の女性。重いものを運ぶ体力には定評がある。

\includegraphics[width=.5\linewidth]{sh.eps}
このように、血液中の酸素濃度だけ見ていただけでは例外がたくさんあり、患者の臨床症状との乖離が生じることがわかる。

4.3.1 CaO2は、実際の血液中酸素量を反映する

例えば、PaO2が50mmHgの血液100mlと、PaO2が300mmHgの血液100mlを混合することを考えてみる。 一見、 $ 50 + 300 \div 2$で175mmHgの血液ができるように思えるが、実際のPaO2は、いいところ60mmHgである。

酸素分圧PaO2は、文字どおり血液中に含まれる、酸素の圧力をあらわしているに過ぎない。 では、実際に、一定量の血液に含まれる、酸素の量はどうやって決まるのだろうか。 これを示したのが、以下のCaO24.2の式である。


\begin{displaymath}
CaO2=1.34\times SaO2\times Hb+0.0031\times PaO2
\end{displaymath}

この式の表しているところは次のとおり。

生体の血液中では、ほとんどの酸素は赤血球に結合した状態で存在し、 PaO2に依存して血症に溶けている酸素の量は、ごくわずかである。

もちろん、SaO2はPaO2に比例するが、PaO2が60mmHgから300mmHgぐらいまで変化しても、SaO2は90%から100%まで 変化するだけであり、実際の血液中の酸素含有量はほとんど変化しない4.3

図 4.4: PaO2(横軸)が変化しても、CaO2(縦軸)の変化は非常に少ない
\includegraphics[width=.6\linewidth]{spo2.eps}

一方で、先ほどのエベレストのふもとに住む民族などは、平均のHbが19ぐらいあり、この値で計算すると、 CaO2は日本人の平均よりも若干高くなる。

4.3.2 心臓機能も考えないと、体の酸素化は論じられない

血液中に含まれる正味の酸素量は、CaO2を計算することで得られる。

では、末梢の細胞が受け取る酸素の量をこれで計算しても良いのだろうか。

健康な月経後の女性は、Hbで7台になっている人も珍しくない。一方、こうした人よりもCaO2が高い、 90才台の高齢者はいくらでもいるが、どう考えても、彼らのほうが生きが悪い。

酸素を運ぶのは心臓の送り出した血液であり心臓の機能も酸素化にかかわってくる。 このため、一定時間あたり細胞が受け取る酸素の量DO2は、以下の式で決定される。


\begin{displaymath}
DO2=CO\times CaO2\\ \simeq CO\times SaO2\times Hb
\end{displaymath}

右式からはPaO2のかかわる部分を省いているが、この式を見てみると、 細胞への酸素供給を考える場合には、PaO2を見る必要はなく、 むしろ動脈血酸素飽和度、Hb、心拍出量の3者を見ればよいことがわかる。

4.3.2.1 動脈血酸素飽和度、Hb、心拍出量は互いに補い合える

これは例えば、心拍出量が正常の2倍になれば、SaO2がたとえ50%になったとしても、 細胞に供給される酸素の量は理論上同じになりうるということである。

もちろん、実際の人間では、こんなふうにうまくいくわけがない。 低酸素環境に順応するためには、心肺機能とは別に、低い酸素濃度下でも有効に酸素を受け取ることができる、 細胞のミトコンドリアの機能も高める必要がある。マラソンランナーが高地トレーニングをするのはそのためであり、 理論どおりにいくならば、単に輸血をすればよい4.4

実際、重症肺炎の患者でも、PaO2が40台にもかかわらず、外来に普通に歩いてくる人がいる。こうした人は心臓の予備力が大きく、SaO2の低下を高い心拍出量で補っているため、こういうことが可能になっている。

4.3.2.2 原発性肺高血圧症の心房中隔作成術

こうした計算を実際の治療に応用した例として、原発性肺高血圧症の心房中隔作成術がある。 これは、PPHの患者の治療手段として心房にバルーンで穴をあけ、右$\to$左シャントを作ってくるもので、 血ガスは確実に悪くなる。

一方、血液の通りにくい肺をバイパスするため、心拍出量は増える。 DO2を計算する際、SPO2が下がっても心拍出量が上がるため、掛け算の結果が上昇すれば、治療効果がある。 実際にこれを行うことで、運動耐容能が上昇するという。


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admin 平成16年11月12日