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自分でオーダーした検査は自分の責任で見る

経過

76歳の男性が、食欲不振で来院。 血液データ上、軽度の貧血と白血球の上昇があり、生化学検査でもGOT、LDHの上昇が見られたために内科入院。

暫定的な診断名は胃潰瘍疑い、原因不明の肝機能障害、食欲不振の精査であった。

食欲不振以外の症状はなかったが、入院時より、ナースサイドから頻脈の指摘を受けている。

入院翌日、本人が息切れを訴えナースコール。胸部単純写真上は肺うっ血の所見であり、 心電図上は前胸部誘導でQ波が出現していた。

入院時の心電図をみると前胸部誘導で著明なST上昇があり、急性心筋梗塞の像であった。

この検査をオーダーしたのは自分だったが、"内科の連中が見るだろう"と思い、チェックしていなかった。

原因

内科は回転が速く、1日に10人の入院があることもまれではない。 このため、救急外来から患者を振っても、スタッフドクターが診てくれるのは夜になってしまうこともまれではない。

このパターンは、たしかに救急外来には責任はないかもしれない。しかし、病院内に、医師は限られた人数しかいない以上、 "検査をオーダーした医師は、自分の責任で結果を確認する"のは義務だと思う。

特に、循環器や消化器といった専門科は、外来のレベルで診断のついている入院、例えば胃潰瘍の止血後や、 狭心症のCAG目的の患者がほとんどで、その科のレジデントも、患者の扱いがパターン化しやすい。

レジデントの"作業の改良"がトラブルを生んだ

このケースも、そういったパターンに乗せて考えられてしまい、内科のレジデントは、 "点滴と絶食で1日キープし、翌日腹部エコー、さらに胃カメラ…"と検査の予約はしっかりしていた。

入院直後にそういった検査の予約は全て済んでいたものの、 心電図や採血の結果は確認されていなかった。

また本人が糖尿病を持っていたためか、胸痛をまったく訴えなかったのも災いした。

対処

すぐに緊急CAGを施行。前下降枝の完全閉塞であった。そのままPTCAを行い、 手技自体は成功した。

患者は循環器科転科となり、特に合併症無く帰宅している。

知識化

適当な診断名も一人歩きすると確定診断になる

たとえ救急外来から入院してしまった患者であっても、カルテに書いた暫定診断は、一人歩きする。

救急外来のレジデントの診断など、誰も見ないと思うかもしれないが、 救急外来からの入院パターンは、救外レジデント$ \rightarrow $病棟レジデント$ \rightarrow $かなり時間がたってから、 病棟スタッフの順であり、スタッフが実際に見るまでの間は、救外レジデントの暫定診断が、 伝言ゲームのごとくに病棟に伝わっていく。

病名は最後までつけないほうが安全

このため、救急外来から入院させる際には、カルテの病名欄には"原因不明の腹痛"とか、"原因不明の胸水" などとしたほうが、病棟での事故が少ないかもしれない。

ここに"胃潰瘍疑い"などと書いてしまうと、最悪、入院後12時間ぐらいの間は、その患者さんは"胃潰瘍"のままである。

特に忙しい科に行くと、どうしても仕事を合理化してしまう。 本来、入院時スクリーニングの検査は患者に会ったらすぐに目を通し、 見逃しのない事を確認するのが当たり前の習慣である。

しかし、忙しい病棟、同じようなパターンで退院していく患者が多い中で、安全確認に相当する行為はだんだんと ないがしろにされていく。また、そうやって患者を確認する以前に検査をオーダーする習慣も黙認され、 むしろ手際のいいレジデントと褒められる。

"合理化"は致命的な手順の省略を生む

このエピソードはちょうど、バケツでウランを運搬し、臨界事故を生じてしまったケースによく似ている。

一見ありえないような話ではあるが、レジデントが主役の臨床の現場では、 特に上級生と下級生が上手くいっていないときなど、致命的な手順の省略が生じうる。 怖い、話のしづらい上級医、方針に口を挟まれるのを嫌う上級生など、自ら医療過誤の原因を作っているようなものである。


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admin@WORKGROUP 平成14年11月13日