医療ミスが生じるたびに、現場の" 気合の不足"といった論調の報道のしかたがなされます。
これは、大きな間違いです。どんなに気をつけていても、あるいはミスをしないように注意をしているときほど、 人間はミスをおこしてしまいます。
医療現場は、「失敗したら命取り」という綱渡りのような判断をいくつも要求されます。
本当の綱渡りと比べて、両方とも命がけ1.2なのは同じですが、大きな違いは、
医療の現場は、さまざまな方法で医師の集中力を妨げ、医療ミスを誘います。
外来中にも、他院からの患者紹介の電話がかかってきたり、検査室から別の患者さんについての問い合わせが来たりと、 医師の思考は常に中断され、ミスを誘発します。
もしも、一人の医師が一人の患者を受け持てば十分なのであれば、医療事故はゼロにはならないものの、かなり 減少することが期待できます。現実には、一般内科であれば、受け持ち患者は20人を超え、多い病院では50人近くにも なります。こうした患者さんを、すべて同じ集中力で診ることは無理です。
"これ以上はミスの可能性が増えるので、私は診ません"とはっきり言えればいいのですが、 断った患者を喜んで受け持ってくれる医者などいません。
医師は"だらしのない奴"というレッテルを貼られるのを恐れます。来た患者を断るのは、相当勇気が要ります。
時間的プレッシャーは、他の何にもまして大きいものです。
CVライン挿入の手技が上手く行かずにあせっている際、ナースコールで"患者さんの家族が、話を聞きたいと待っています" と連絡が入り、まったく別の患者のムンテラの予約時間を思い出したりした日には、頭の中はパニックです。
医療行為は、それにかかる時間を予想するのが困難です。にもかかわらず、医師のスケジュールは時間単位で決められます。
何かの約束をしていた場合、その締め切りが近づいてくるにつれ、医療ミスをする確率は増えます。 その約束が飲み会のようなものなら、断ればすむ話ですが、別の患者の家族との面談、外来の予約といったものであった場合 はそうはいきません。
その時間的なプレッシャーは非常に大きくなり、医師の判断をゆがめさせます。
我々の仕事場である、病院の構造自体も、医療ミスが生じやすいものになっています。
自動車の生産ラインなどでは、どういう機械の配置が最も効率がいいか、人の配置をどうすれば、もっとも働きやすいか、 といったことが追求されます。これをTQC、あるいはQCサークルといい、製造業ではあたりまえの考えです。
病院で、こうしたことを考えている病棟はほとんどありません。
現場では、病棟ごとに伝票類の配置、包交車の中身、救急カートに入っている薬剤や、その配置が違います。 ひどいところでは、オーダーの出し方や、カルテの書式といったものまで、病棟ごとに変わっていたりします。
他の業界では、最も効率のいい配置が研究され、組織の中で統一されています。 そのほうが生産性が上がり、事故が減るからです。現在の病院の労働環境は、効率という点からは、 明治時代の"女工哀史"の頃から何の改善もされていません。
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こうしたときにこそ、絶対にミスは起きてほしくないものですが、病棟ごとにものの配置が違った場合、 ミスをおこしてしまう頻度が高くなるのは当然です。
この程度の標準化、最も効率のいい物の配置の検討などは簡単に出来るものですが、 なぜかこれをやっている病院の話を聞いたことがありません。