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: 4 結論 : 脳の可塑性に注目したリハビリテーション : 2 脳の可塑性   目次


3 リハビリテーションの新しい試み

いまだに本当に存在するのかはっきりしないところのある脳の可塑性であるが、 それに注目した、新しいリハビリテーションの方法論は存在する。

これらがすべてが脳の可塑性のみに注目して発案されたものではないが、 ここ数年広まってきたり、面白そうな発想のものを取り上げてみた。

3.1 Stroke Unitと早期のトレーニング

脳梗塞患者の取り扱いの専門のトレーニングを受けたスタッフを集中し、Stroke Unitを作って、 脳梗塞発症の超急性期からリハビリテーションを行い、患者を積極的に動かすようにすると、 肺炎の発症や血栓症の合併症を減らすことができる。

さらに、こうした早期からのトレーニングを導入することで、慢性期の患者の機能予後や、生命予後も よくなることが分かってきた。

この効果が、脳梗塞発症早期からのリハビリテーションを行う、という発想自体が 優れていたために生じたのか、あるいは大勢のスタッフのために、 患者が刺激を受けやすい環境に置かれたためなのかはまだ結論が出ていない。

Stroke Unitはかなりたしかな予後改善効果のある方法論であるが、 それに要するコストとマンパワーはかなり多くなる。日本で実現するのはそれこそ 自費診療にでもしない限り、多分無理だろう。

3.2 麻痺側のトレーニング

従来のリハビリテーションの主な目標は、健側の手足のトレーニングであった。 一方、脳塞初期から麻痺したほうの手足を強制的に用いるようにすると、 慢性期の患者の活動範囲が広がるという報告がいくつかある。

これに反対するような動物実験データもある。脳梗塞急性期にトレーニングを行ったり、 あるいは多く刺激を与えると、脳梗塞の範囲が拡がるという意見がある。 脳梗塞ラットを用いた実験では、脳梗塞発症後早期にトレーニングを開始したラットでは、 そうでないラットに比べて脳梗塞になった脳細胞の量は多かった。

しかし、脳梗塞になった神経細胞の量は多かったにもかかわらず、 トレーニングを行ったラットのほうが、そうでないラットよりも活動量の改善は大きかったという。

トレーニングを行うことで脳梗塞の範囲が拡がる理由はよく分かっていないが、 以下のような説明が試みられている。

いずれにしても、脳梗塞急性期の軽いリハビリテーションは特別な害はなく、 また臨床上の効果も明らかであるため、合併症を防いで身体のバランスを保つための リハビリテーションは行うべきであると思う。

3.3 健側の使用制限

現在麻痺側の使用を促すための方法として注目されているのが Constraint induced movement therapyである。

この方法は、片麻痺の健側の運動をスリングなどで制限して、患側の運動を誘導しようとする治療法であり、こうすることで体が麻痺側の不使用を学習することを防ぎ、また麻痺側をより活発に使わざるを得ない状況を作る。この方法は、脳梗塞の急性期に用いても、慢性期に用いても従来の脳梗塞リハビリに比べて効果が期待できるという。

具体的には、リハビリ中は、患者はなるべく麻痺側の手足のことを考えるように教育され、 リハビリのメニューも麻痺側が中心となる。さらに、リハ室から帰った後も患者の健側には ミトンがつけられ、麻痺側を用いないと細かい動きができない状態に置かれる。

まだ小数の患者のデータしかないが、この方法論は脳梗塞の患者に2週間行うことで、 従来よりもリハビリの効果があがったという。

さらに、麻痺側の訓練も単に行っただけでは問題がある。 通常、麻痺側であっても肩から肘にかけての中枢側の筋力はある程度残っている人が多いため、 リハビリを行っても手先の機能を戻すことは難しい。

この現象に対処するため、 リハビリ中に中枢側の筋に局所麻酔をかけ、 手先の運動をより強力に促すことで手の動きがよりよく戻ったという報告がある。

3.4 より目的意識をもったリハビリテーション

従来型のリハビリテーション、特に麻痺側のリハビリテーションは、誰かに動かしてもらうのが常で、 完全に受身の運動であった。

こうした従来型のリハビリに対して、何か目的をもった運動に、 強制的に麻痺側を用いるようにしたほうが、 神経細胞の再配列を促し、リハビリの効果があがるという意見がある。

脳の可塑性を促す方法として紹介されているのが課題志向型アプローチと呼ばれている方法で、これは単なる筋力トレーニングを行わせるだけでなく、患者に多くの課題(標的を指し示す、指のタッピング、消去課題、硬貨を裏返す、迷路、ネジを締める、物体の移動など)を含む積極的な訓練プログラムを行ってもらうものである。

こうした課題は麻痺側にかなりの運動制御を要求するため、大脳皮質の再構成を協力に促すと考えられている。

この考え方に沿ったものとして、顔を洗ったり、あるいは歯を磨いたり、 といった動作に積極的に麻痺側を用いるよう患者に促すこと、 あるいは病棟の廊下にも平行棒を置き、ベッドサイドトイレではなく、トイレまでは 自分の足で歩いてもらうようにすることなどがあり、効果が出ているという。

図 1: 廊下に平行棒を置く
\includegraphics[width=.7\linewidth]{tesuri.eps}

先だってNHKで放送された、自立歩行する高齢者の割合が非常に多い病院の事例も、 この考え方に沿ったものと思う 12

3.5 小脳を鍛える

片麻痺になったピアニストがまた復帰した事例がある。 このケースでは、麻痺した方の手は完全麻痺であったらしいが、 以前に弾いたことのある曲を弾くときは、その手は脳梗塞発症以前と同じように動き出したという。

新曲を弾くときはやはり麻痺が出たらしいが、 ピアノがきっかけになって、また現役に戻ったということである。

このケースなどは(もし本当だとして)、手足の運動を司っているのは、脳細胞の特定の部分である、 という従来の考え方を、少し覆す部分があり、面白い。

麻痺から回復した患者さんの脳の働きを検討してみると、反対側の大脳半球以外に小脳の働きが 活発になっている。小脳は本来、体のバランス感覚などをつかさどる部分であるが、同時に神経細胞の 再配列現象がもっとも初期に見つかった部分でもある。

手足の運動の回復に小脳の働きが関与しているならば、それを積極的に利用することができればリハビリの 効果が上がる。

小脳の働きは、早くて正確な動き、たとえば速く走ったり、遠くのものをすばやくキャッチしたりといった ときに最大限に発揮される。

前のピアニストの例などは、訓練された指の動きには小脳の働きがかなりの部分関与していたと考えられ、 このために脳梗塞のダメージを免れたのかもしれない。

リハビリテーションのスタディでは、歩行訓練の際に従来型のゆっくりした歩行訓練ではなく、 トレッドミルなどの機械を用いて歩行速度に重点をおいた訓練13を行うことで、回復がより早まったという報告がある。

速い動きを初期から行ってもらうことは、転倒のリスクがあり困難かもしれないが、最近は 歩行訓練用のロボットなどもあり、今後普及14するかもしれない。

3.6 鏡を使ったリハビリテーション

手足の切断手術後、動かない幻肢を持つ患者のうちには、垂直に立てた鏡の中で、 切断されていないほうの手や腕を動かすのを自ら見るとき、筋肉の運動感覚が喚起される人たちがいる。 このことを利用して、脳卒中で片麻痺を生じた人たちに鏡を用いてみた実験がある。

すべての被験者は、CTかMRIによって、発症後少なくとも6ヶ月経ったとされた人たちであった。 15患者たちは、45$\times $60cmの鏡面加工したプラスチックを用いた。

図 2: 鏡を使ったリハビリ
\includegraphics[width=.7\linewidth]{mirror.eps}

一日15分の療法を二回、一週間六日というペースで、麻痺した手をできる限り自分で動かしながら両手、 両腕を対称的にに動かすのだが、その間、鏡に映った健常な手を見つめるようにする。

結局、患者の脳には目を通じて、麻痺した方の自分の手がちゃんと動いているように見えるわけだが、 被験者全員が、主観的にはより鏡を好み、またより効果があると感じたという。

一人の患者は、「私がやった他のすべてのセラピーは、私の筋肉を鍛えるものでした。でも、この鏡は唯一、 私の脳と神経を訓練するのです」と言った。もう一人の被験者は、使用しているあいだは、本当は動かなくても、 「私の麻痺した腕があたかも正常に動いているように見えるから、鏡を使うことが好きだ」と言った。 さらに別の被験者は、鏡を使って療法をすることを、「福音的である」とさえ表現した。

実際、この方法は、鏡の代わりに透明なプラスチック板を用いた群と比較して、鏡を使ったほうが 改善の度合いがより大きかったという。

鏡の使用は、運動前野領域と視覚による入力のあいだにある緊密な関係を取り戻し、 神経学的かつ心理学的レベルの多くの側面において、麻痺した手足の、"学習された無使用" を元に戻すのに役立つ可能性がある。


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admin 平成16年12月18日