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: この文書について... : 2. 診断と治療 : 2.2 左室拡張障害を評価する検査   目次


2.3 治療

残念なことに、拡張障害型の心不全に関しては、大きなトライアルは行われていない。

したがって、拡張障害型の心不全の治療に関しては、比較的小さなトライアルの結果と、 臨床上の経験の積み重ねからしかリコメンデーションを出すことができない。 以下に述べることは、主に症状のある患者の治療についてであり、拡張障害のみあって、症状のない患者 に、これが当てはまるのかどうかは分からない。

2.3.0.1 利尿薬

症状のある心不全の患者に、最初に行わなくてはいけないのが肺のうっ血を取り、左室の容積を減らし、 心房の収縮を維持する治療である。

心室容積を小さくすることができれば、それに伴い心室内圧は低下する。このために最初に用いるのが、 利尿薬である。低血圧を避けるために、少量より用いる。

拡張障害型の心不全の場合は、循環血漿量の低下は不都合なことが生じる。心臓が拡張しずらいために、 低血圧を生じやすく、心拍出量が低下する可能性が高いからである。

2.3.0.2 ACE阻害薬

基礎系の研究でも、臨床の観察でも、心筋肥大はレニン-アンギオテンシン系をはじめとした、神経内分泌因子の 活性化により生じることが分かっている。このため、拡張障害の治療手段の中には、 ACE阻害剤や、アンギオテンシンレセプター阻害剤を含める必要がある。

V-HeFTトライアルのサブグループ解析の結果からは、ACE阻害薬は拡張障害の患者の死亡率を 低下させるかもしれない。 しかし、CONSENSUSスタディの同じような患者群では、こうした有効性は確認されていない。

ロサルタンは、小さなトライアルではあるが、拡張障害の患者の運動耐容能を向上させることが報告されている。

心筋肥大を退縮させる薬剤は、拡張障害を改善する可能性があるが、ロサルタンはLIFEスタディにおいて、 アテノロールに比べて左室肥大を退縮させる効果がより大きかったと報告されている。

2.3.0.3 Ca拮抗薬と$ \beta $遮断薬

水分を体内に貯溜させるだけではなく、神経内分泌因子の活性化は、心筋細胞周囲の線維芽細胞を活性化させ、 細胞内のカルシウム放出を促し、心筋の弾性を失わせる。

頻脈は、拡張障害のある患者で特に有害に働く。頻脈は心筋細胞の酸素需要を増し、 さらに冠動脈の潅流時間を減少させる。このため、たとえ冠動脈疾患が存在しなくても、 心筋虚血による拡張障害が生じ、悪化する。

この頻脈の是正のために、$ \beta $遮断薬や、ある種のCa拮抗薬が用いられる。 最適な脈拍数は個人差があるが、大体安静時で60から70回程度が望ましい。

プロプラノロールは、158人の心筋梗塞を合併した拡張障害型心不全の患者に対して、 32ヶ月までの死亡率を低下させたことが報告されている。 この薬はまた、同じ患者群でのLVEFをより向上させ、左室重量を低下させたという。

2.3.0.4 ジギタリス

DIGトライアルは、心不全症状を呈している患者の中で、左室の収縮能が比較的保たれている患者群を対象に、 ジギタリスの効果を検討したものである。この結果からは、ジギタリスは死亡率を低下させなかったものの、 再入院率と、心機能の悪化を抑制したと報告されている。

2.3.0.5 スピロノラクトン

血中のアルドステロンの量は、心筋の線維化の進行にかかわっていることが知られている。

RALESトライアルは、収縮障害が中心の心不全患者のトライアルであるが、 プラセボで治療された患者群においては、コラーゲンの代謝のマーカーの高い群が最も予後が悪く、 一方こうした患者群において、スピロノラクトンの治療効果が最も高かったという。

この結果がそのまま拡張障害型の心不全に当てはまるのかどうかはわからないが、 スピロノラクトンは拡張障害の有効な治療薬になる可能性がある。

2.3.0.6 強心薬は注意して用いる

拡張障害だけが問題になっている患者の場合には、心収縮能力が保たれていること、 また、その使用があまり有効でないことから、強心薬が拡張障害の患者に 用いられることは少ない。さらに、こうした薬剤は、理論上は拡張障害を悪化させる可能性もある。

長期間投与の有害性に反して、拡張障害を合併した心不全の患者の場合には、 短期間に限った強心薬の使用は、心筋の小胞体機能を活性化させ、より完全な心室の弛緩を促し、内蔵血流を増加させ、 利尿を促進するなど、有効に働く。

しかし、たとえ短期間の使用であっても、拡張障害の患者に強心薬を使った際には 血行動態がかえって悪化し、心筋の虚血を悪化させてしまう可能性があり、その使用には注意が必要である。

2.3.0.7 拡張障害と収縮障害の治療の違い

ほとんどの場合、拡張障害を治療する薬剤と、収縮障害を治療する薬剤は、同じ物である。しかし、その用いられ方は 微妙に違ってくる。

例えば、$ \beta $遮断薬は、拡張障害の治療には、心拍数の低下や、拡張時間の増加を介して血行動態を改善 するのに用いるが、収縮障害の患者の場合には、安定期に心収縮力を増すために用いる。 収縮障害の患者と違い、拡張障害の患者に$ \beta $遮断薬を用いる際には、それほど慎重に、量の加減を しなくてもよい。

利尿薬もまた、拡張障害の患者によく用いられる。しかし、その量は一般に、収縮障害の 患者に比べて少量である。

Ca拮抗薬は、収縮不全の患者で用いられることはほとんどないが、拡張障害の患者の場合には、 運動耐容能の向上は、証明されている。

拡張障害は現在、収縮障害と並んで重要な疾患として認識されており、 こうした疾患に対する治療のトライアルとして、カンデサルタンを用いたCHARM、ロサルタンを用いたWake Forest、 細胞小胞体のCa再吸収を促進する、MCC-135の治験などが現在進行中である。


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admin 平成15年2月14日