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2 二日酔いの生じる機序

2.1 二日酔いの症状にはいくつもの原因がある

二日酔いの典型的な症状は、頭痛、だるさ、吐き気、下痢などさまざまである。 こうした症状は、単にアルコールを飲みすぎただけで生じるのではない。二日酔いの症状は、 アルコール自体によるものだけではなく、その代謝物、飲んだものの添加物など、さまざまなものが原因になっている。

主な原因を以下に示す。

これらさまざまな原因が、二日酔いの症状を生じる。 この症状を生じる機序が理解できれば、二日酔の症状を軽減できるかもしれない。

2.2 アルコール自体が原因になっているもの

2.2.1 脱水

2.2.1.1 だるさと無気力の原因

アルコールは、それ自体が利尿作用を持つ。 50gのアルコールの摂取で、600から1000mlの利尿を得ることができる。アルコールの利尿作用は、血液中の 抗利尿ホルモン(ADH)の分泌を抑制することで生じる。

飲酒中に水分補給を怠ると、翌朝の二日酔いの時期には、体は脱水になる。さらに、二日酔いの症状である 嘔吐、下痢といったものが、脱水症状をさらに悪化させる。

2.2.1.2 抗利尿ホルモン濃度が増すと気分は悪くなる

飲酒中に抑制されていた抗利尿ホルモンは、アルコールが代謝されるとさかんに分泌される。 このホルモンの濃度と、二日酔いの症状の重症度とはよい相関があり、 飲酒中に適切に水分をとることで、翌朝のADH濃度を減少できたという報告がある。

2.2.2 胃粘膜の障害

2.2.2.1 上腹部痛と嘔吐の主な原因

アルコールは、直接胃粘膜を刺激し、胃粘膜を損傷する。さらに、食物が胃内を通過する時間を延長させる。

また、アルコールは胃酸の分泌を促すため、これらの要素も二日酔いの上腹部痛、嘔吐の原因になる。

アルコールによる胃粘膜障害は、スーパーオキサイドによる障害が関与している。 スーパーオキサイドスカベンジャー1である グルタチオンを事前に投与しておくと、 アルコールによる胃粘膜障害を軽減できた、という人体での報告がある。

2.2.3 低血糖

アルコールの代謝は、同時に糖の新生を抑制する。このため、重篤なアルコール中毒の患者には、 低血糖が生じる。計測できるような低血糖は、何日にもわたってアルコールを摂取しつづけるような、重度のアルコール 中毒患者にしか見られないが、二日酔いの症状であるだるさ、脱力感といった症状は、低血糖の症状である 可能性がある。

2.2.4 睡眠障害

2.2.4.1 眠気とだるさの原因

アルコールを飲むと眠くなるが、一方で睡眠は浅くなり、睡眠のサイクルも分断化される。 このため、睡眠時間が長くなる割には眠った気がしなくなる。

2.2.4.2 機序は時差ボケと類似している

さらに、アルコールは体内時計を狂わせる。この作用は、成長ホルモンの分泌をはじめとする、いくつかのホルモンの 分泌にアルコールが関与しているためといわれているが、まだはっきりとした原因はわかっていない。

このために生じる症状は、ちょうど"時差ボケ"と同じような症状で、眠気とだるさの原因になりうる。

2.2.5 サイトカインの過剰な産生

2.2.5.1 頭痛の大きな原因

二日酔いによる頭痛は、全二日酔い患者の72%に生じる。

アルコールによる頭痛の原因はいくつもあるが、近年、その原因といわれているのがヒスタミン、セロトニン、 プロスタグランジンといった、さまざまなニューロトランスミッターである。

実験的に二日酔いになってもらった患者では、血液中のTXA2の産生が亢進していることがわかっている。 アルコールの過量摂取により、こうしたニューロトランスミッターが増加すると、翌日ひどい頭痛を生じる。

2.2.5.2 風邪をひいたときのだるさの原因にもなる

これらの物質は風邪をひいたときなどにも上昇する。 二日酔いの症状と、ひどい風邪で体がだるいときの症状が類似しているのはこのためである。

この対策として、飲酒前に、プロスタグランジン産生阻害剤である非ステロイド系抗炎症薬を内服しておくと、 翌朝の二日酔いの症状が有意に軽減した、という報告がある。

2.3 アルコールの離断による症状

2.3.0.1 アルコール依存症の離断症状

アルコールの離断症状は、アルコール依存症の患者で生じるものである。こうした患者では、慢性的なアルコール摂取により、 脳は常に抑制された状態になっている。これに対抗するため、患者脳内のGABAレセプターは抑制され、 グルタミンレセプターは増加する。

こうした状態になった患者がアルコールを突然中止すると、脳は過剰に興奮した状態となり、 不隠や怒り、痙攣といった、アルコール離断によるさまざまな症状が出現する。

2.3.0.2 アルコール中毒患者でなくても生じうる

二日酔いの症状は、たとえアルコール依存状態にない人であっても、こうしたアルコール離断による症状で 説明可能であるという。吐き気や頭痛、振戦といった二日酔いの症状を生じている人を調べてみると、 脳内は過剰に興奮した状態にあるという報告がある。

いわゆる"迎え酒"や、ベンゾジアセピンの内服を行うと、二日酔いの不快な症状を軽減できる。 これも、アルコール離断による症状を抑えるためなのかもしれない。

2.3.0.3 トピラメートの内服はアルコール離断の症状を軽減するかもしれない

トピラメートは抗痙攣薬2であるが、ベンゾジアゼピン系の薬剤とは違った機序で GABA-Aレセプターを活性化させる。

最近の報告では、アルコール依存の患者75人にこの薬を定期的に内服してもらったところ、 何も飲まなかった患者に比べてアルコールを飲んだ量、ひどく酔った日数のいずれもが減少した。

この報告での治療期間は12週間であったが、この期間内では効果の減弱はないように見える。

GABAの作用を介する抗痙攣薬は、日本ではゾニサミド3かカルバマゼピン4であろうか?

両者とも厳密な作用機序はまったく違う薬で、同じ神経の異常興奮を鎮める作用にしても、トピラメートはグルタミン酸の作用を 直接阻害するのに対し、他の薬はニューロンのNa$ ^{+} $チャネルの抑制を介して神経の興奮を鎮める。

参考までに、テグレトールとアルコールを同時に飲むとすぐに酔って 5しまい、 絶対に深酒はできない…。

2.4 アセトアルデヒドによる症状

2.4.0.1 アセトアルデヒド中毒だけでは二日酔いは説明できない

アセトアルデヒドは、代表的なアルコール代謝産物である。

図 1: アルコールはアセトアルデヒドに代謝され、最終的に酢酸になる。
\includegraphics[width=.7\linewidth]{acet.eps}

アセトアルデヒド血中濃度が上昇すると、頻脈、皮膚の発赤、嘔吐といった中毒症状が生じる。 また、先天的にアセトアルデヒドの代謝酵素が欠損している人は、わずかな量のアルコールで真っ赤になってしまう。

このため、アセトアルデヒドは従来、二日酔いの症状を説明する代表的な物質と思われていた。

しかし、アセトアルデヒドが代謝された後でも二日酔いの症状は続くこと、 アセトアルデヒド血中濃度と二日酔いの重症度は、必ずしも相関しない、という報告があることなどから、 これだけで二日酔いの症状を説明するのは無理がある。

2.4.0.2 市販薬のいくつかは、アセトアルデヒドの産生を抑えうる

アセトアルデヒドを致死量近くまで投与すると、意識障害を生じ、最終的に死にいたる。

動物実験のデータではあるが、LD90までアセトアルデヒド血中濃度を高めた動物に、 アスコルビン酸とL-システイン6を投与すると、 アセトアルデヒド血中濃度、さらに致死率に有意な改善が得られたという。

同様の効果は、N-アセチルシステイン7やグルタチオン8などでも認められている。

2.5 酒類への添加物の影響

2.5.1 Congener

赤ワインやバーボン、ブランデーといった酒類には、Congenerと呼ばれる、風味づけのための不純物が多く含まれている。

いくつかの臨床試験からは、ラムやウォッカ、ジンといった不純物の少ない酒のほうが、赤ワインやウィスキー、ブランデー のような不純物の多い酒類9に比べて、 同じアルコール量であっても二日酔いの症状が軽いことがわかっている。

赤ワインと白ワインとの比較試験もあり、赤ワインを飲んだ人のほうが、血中セロトニン、ヒスタミンの濃度が高く、 試験翌朝の頭痛の程度が悪かったという。

2.5.2 メタノールの影響

10ウィスキーやブランデーといった、風味の強い蒸留酒には、微量のメタノールが含まれていることがある。

こうしたアルコールを摂取すると、少量であっても頭痛が続き、血液中のエタノールが分解された後でも、 メタノールは体内に残存しているという。メタノール代謝はエタノールで阻害されるため、 メタノールの代謝が始まるのは翌朝からである。

メタノールの分解産物はひどい頭痛を生じるため、これが二日酔いの頭痛を悪化させている可能性がある。

一方、迎え酒で頭痛が取れる場合があるが、これも、新たに加えたエタノールの影響で、メタノール代謝が一時的に 阻害されるからかもしれない。

2.5.2.1 本当のメタノール中毒の治療

メタノール中毒の患者を治療する際には、エチルアルコールの経口投与と葉酸の投与が行われる。 さすがに二日酔いにロイコボリンの内服11を行いたいとは思わないが…。

近年、メタノール中毒の治療薬として紹介されたフォメピゾールは、アルコール脱水素酵素を阻害する。 これは、メタノール中毒の治療薬としては有用であるが、二日酔い予防を考えた場合は"いつまでも酔っている" 状態となってしまい、多分まったく有用性はないであろう。


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admin 平成16年11月12日