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急性心筋梗塞後の心室性不整脈の治療

平成14年12月10日


目次

はじめに

急性心筋梗塞急性期の、心室性頻拍性不整脈による死亡は、歴史的に突然死の原因として、最も多いもののひとつであった。

1985年の報告で、例えば急性心筋梗塞に関連した死亡の60%が最初の1時間内に生じ、その原因のほとんどが心室性不整脈、とくに心室性細動に起因した。

しかしながら、不整脈のモニター、および治療における改良により、急性心筋梗塞に関連した心室性不整脈の頻度はさがり、その結果、不整脈による院内死亡率は著しく落ちた。

急性心筋梗塞の後に生じる心室性不整脈の治療方法は、不整脈のタイプに応じて変わってくる。

心室性期外収縮

概略

初期の、無作為化されなかったトライアルで、心室性期外収縮に対する抗不整脈薬の効果が検討されたが、心室性期外収縮の頻度は減少したにもかかわらず、死亡率の減少は観察されなかった。

これらの報告は、心室性期外収縮の頻度が必ずしも心室細動の発生を予言し得ないという、臨床的な観察結果と一致する。更に、メタアナリシスの解析からも、心筋梗塞で入院した患者に対してリドカインを用いることは、死亡率の上昇と関係していた。

クラスT抗不整脈薬

CAST

こうした臨床での観察を証明するために、国立衛生研究所(NIH)はCAST(心室性不整脈抑制試験)というスタディを行った。

このスタディでは、心筋梗塞後の患者で、心室性期外収縮の頻度が高かった患者1400人以上の患者が、encainide、flecainide (両方ともクラスのTcの抗不整脈薬)あるいはmoricizineの投与を受けた。

心室性期外収縮の抑制にもかかわらず、encainideとflecainideを服用した患者の死亡率が、偽薬(3.0対7.7%)のものと比較して、著しく増加したことで、研究は早期に終了した。

この死亡率の増加は、主として心室細動、および致命的でない心停止(1.2対4.5%)の増加によった。

この結果を受け、encainideとflecainideはスタディからは外された。

図 1: CAST
\includegraphics [width=.7\linewidth]{cast.eps}

CASTに参加した患者は、偽薬群の死亡率が、期待されたよりはるかに低かった。

これは、スタディの対象となった患者の中に、心室性頻脈(研究患者の80%)ではなく、心室性期外収縮だけを持った患者、また比較的よい左の心室性機能(平均LVEFは39%だった。また、患者の52%は、40%以上のLVEFを持っていた)をもった患者が多かったためと考えられている。

CASTU

その後、スタディは、投与薬剤をmoricizine のみとし、CASTUとして続行された。 しかし、moricizineもまた、心筋梗塞後の突然死予防の効果が証明できなかったため、スタディは早期に中止された。

CASTUでは、18か月の期間中は、死亡率の改善は証明できなかった(8.4対7.3%)。 さらに、moricizineは、死あるいは心停止(2.2対0.5%、p<.0.02)の増加に関与していると考えられた。

これらの調査結果は、無作為化されたスタディでの、22,000人以上の患者のメタアナリシスで確認された。

クラスTの抗不整脈薬で治療された患者は、コントロール群の患者と比較して、死亡率は有意に(14%)増加していた。

β遮断薬

T群の抗不整脈薬とは対照的に、β遮断薬は心筋梗塞の後の突然死を予防する。

メタアナリシスでは、コントロール群の患者と比較して、相対危険度は0.81だった。

図 2: β遮断薬の効果
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これらの利点は、血栓溶解療法が標準的に行われる時代のスタディでも確認されており、 現時点では、β遮断薬は、心筋梗塞後の患者の、標準的治療のひとつとなっている。

クラスVの抗不整脈薬

急性心筋梗塞の後に、心室性不整脈予防ためにクラスのVの抗不整脈薬を使用するべきか、という話題には、以前より興味がもたれていた。

しかしながら、心室性不整脈に対するこれらの薬の影響は、すべての患者について検討されたわけではない。

Sotalol

最初のスタディでは、sotalol(クラスのVの抗不整脈活性をもつβ遮断薬)を評価した。

このスタディでは、患者の死亡率は15%減少したと報告されているが、患者の人数の不足から、この数字は統計的に有意なものとはならなかった。

次に、d-sotalol(β遮断薬活性がない、純粋なクラスV抗不整脈薬)を用いて、SWORDトライアルが企画された。 このスタディでは、左室の駆出率の低下した患者で、心筋梗塞の既往がある患者をプラセボとd-sotalolとに割り付けたが、ソタロール群で死亡率の上昇(3.6対2.0%、p=0.008)が確認されてしまったため、当初計画された6400人の患者の半分が参加した時点で中止された。原因としては、ソタロール群で突然死が多かったためと考えられている。

図 3: SWORDトライアル
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SWORDは、心室性期外収縮を抑えることを目指したスタディではなかったが、結果自体はほとんどの他の抗不整脈薬(CAST研究のように)で見られたものに似ている。

アミオダロン

d-sotalolとの比較では、アミオダロンは心筋梗塞後の患者に対して効果があるかもしれない。

この薬は、β遮断作用をはじめとして多くの作用を持つが、最初の研究、および1993年のメタアナリシスからのデータは、アミオダロンが心室性不整脈を減少し、 心筋梗塞後の死亡率を減少したかもしれない、と示唆した。

アミオダロンの効果は、2つのより大きなスタディで、より完全に評価された。

CAMIAT、EMIAT

CAMIATは、心室性期外収縮が頻回(1時間あたり10回以上)の、心筋梗塞の1202人の患者の生命予後を評価した。患者はアミオダロンあるいは偽薬に割り付けられ、また、β遮断薬もおよそ60%の患者で用いられた。主な結果は、以下のとおり。

EMIATは、心筋梗塞後の患者で、左室駆出率が40%を下回った患者1500人を対象として、 アミオダロンの効果を調べた。このスタディでは、心室性期外収縮の頻度はスタディのクライテリアにはいれておらず、患者の40%だけが1時間あたり10回以上の心室性期外収縮を持っていた。2年のフォローアップでは、次の結果が分かった。

CAMIATと同じく、アミオダロンは、蘇生を要する重篤な不整脈の頻度を低下(相対的な危険0.68、p=0.05)させた。 この効果は、LVEFが30%以下の患者、β遮断薬治療を併用されていた患者、およびHRVが減少した患者でより著明であった。

アミオダロンは全死亡率、あるいは心不全による死亡率を減少しなかった。しかしながら、β遮断薬治療を受けた患者、Holter上の心室性期外収縮の頻発があった患者、LVEFが30%以下の患者では、死亡率減少効果があった。 対称的に、これらのリスクのない患者では、アミオダロンを服用することで、死亡率が増加する傾向があった。

アミオダロンに関するスタディのメタアナリシスでは、アミオダロンは心機能や心室性期外収縮の頻度に依存せず、全死亡率、あるいは心不全による死亡率を8%低下させた。

アミオダロンによる最も一般的な、重大な副作用は甲状腺機能低下症だった。その一方で、アミオダロンによる肺の毒性の危険度は1%だった。

Azimilide

Azimilide(もうひとつのクラスのVの抗不整脈薬)の予防的な使用の効果が、心筋梗塞後の患者で、LVEFが低かった患者を対象ととして、ALIVEスタディで評価された。

このスタディでは、心室性不整脈に対する薬の効果の評価は行われなかった。 1年のフォローアップの結果、Azimilide(100mg/日)およびプラセボとの間に、死亡率の差異は確認できなかった。

Dofetilide

DIAMONDスタディは、急性心筋梗塞の患者で、LVEFが35%以下の患者1510人を対象として行われた。 患者は、dofetilide (0.5mg1日2回)あるいはプラセボに、心筋梗塞後7日間以内に割り付けられ、1年のフォローアップを受けた。1年の死亡率は31%であったが、総死亡率、心不全死亡率、不整脈による死亡率のいずれも、プラセボと実薬との間に差はなかった。

リコメンデーション

急性心筋梗塞の、および心筋梗塞の後のフォローアップ期間中の抗不整脈薬の適応は、はっきりしていない。心筋梗塞急性期に、心室性期外収縮が頻回で、症状を生じている場合、または血行動態に悪影響を与えている場合は、リドカインが第一選択の薬である。

リドカインは、100〜250mgのゆっくりとした静脈内ボーラス投与を行った後、1〜4mg/分の量で持続投与される。

慢性期の、無症候性の心室性期外収縮を抑えることは、意味がないと考えられている。

CASTとSWORDのトライアルで証明されるように、そのような治療は死亡率を増加させるかもしれない。 アミオダロンは非常に有効な抗不整脈薬ではあるが、CAMIATまたはEMIATの結果からは、この薬も心筋梗塞の患者の総死亡率を減少させはしなかった。

しかし、不整脈による死亡率は減少し、またアミオダロンは少なくとも死亡率を増加させることはなさそうである。したがって、抗不整脈薬治療を要求する症候性の心室性不整脈を持っている、心筋梗塞後の患者に対しては、アミオダロンは有効で、害を引き起こさないだろう。

Dofetilide、または利用可能な場合は、Azimilideも有害ではないため、セカンドラインの薬としては考えてもよいかもしれない。

持続しないVT

概略

NSVTは心筋梗塞急性期によく見られるが、この不整脈の発生が、持続性の心室頻拍の発生を予知し得るかどうかははっきりしていない。

1つの研究は、心筋梗塞の急性期にNSVTが認められた112人の患者を、NSVTを持っていなかった心筋梗塞患者と比較した。病院内で生じた心室性細動は、NSVT(9対0%)を持っていた患者で、より頻繁に生じた。しかし、病院内での死亡率(10対4%)あるいは、3ヶ月目の死亡率(10対17%)に違いはなかった。

NSVTの治療

リドカイン

NSVTのエピソードが症状を生じている場合か、あるいは頻繁な場合のみ、リドカインが用いられる。リドカインは、梗塞の後に最初の24〜48時間、使用する。

患者に心機能障害が合併しているとき、NSVTの存在は顕著に死亡率を上昇させる。こうした患者の場合は、アミオダロンの内服を行うことで、患者の不整脈による死亡率を 低下させることができるかもしれない。

現在、我々は、無症候性のNSVTを、ルーチンに抗不整脈薬で治療することは勧めない。

より新しい診断手技、加算平均心電図、心拍数変導解析、電気生理学的検査といった方法を用いることで、ハイリスクの患者を同定することができる。

加速された心室固有調律

図 4: 心室固有調律
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加速された心室固有調律(AIVR)は、心室調律が50〜120/分で打つものであると定義される。この不整脈は、心筋梗塞発生後の最初の48時間以内に多い。

AIVRは、予後悪化の予知因子とは考えられていない。ほとんどのエピソードは一時的で、良性で、特に血管再開通療法に伴って出現したときは、治療の必要はない。更に、AIVRが徐脈に伴って出現した場合には、心停止の可能性があるため、治療は禁忌である。

何人かの患者では、しかしながら、AIVRは血行動態の悪化を生じる。こうした患者の場合は、心房ペーシングを行うか、あるいはアトロピンを用いることで、自己の心房リズムを増加させてやることで、この不整脈の発生を抑えることができる。

患者の慢性期のAIVRは、NSVTと同じ意味合いを持ち、患者が無症候性ならば、一般に治療を必要としない。

持続性のVTの治療

ACC/AHAの対策本部は、VT/VFの治療用ガイドラインを公表した。

心筋梗塞急性期の心室頻拍は、血行動態を悪化させ、また心筋虚血を増悪させ得る。こうした不整脈が、患者の血行動態を悪化させている場合は、100〜200Jの直流除細動が行われるべきである。この処置に続けて、100〜250mgの静脈内ボーラスの、リドカインによる治療を行う。また、低カリウム血症のような可逆的な原因があった場合は補正する。

プロカインアミド、ブレチリウム、あるいはアミオダロンについてはガイドラインによる推薦はないものの、第二選択の薬としてしばしば選択されている。アミオダロンの静脈内投与は、ブレチリウムと同じくらい有効であるが、一層よく許容されるように見える。

アミオダロンは、リドカインが効果がない場合に、選択される薬になるであろう。

特に単一形心室頻拍の場合、オーバードライブペーシングは、難治性のVTの治療手段として用いることができる。

さらに、それは不整脈の原因となっている要因がコントロールされるか、薬物療法が有効になるまで、不整脈をコントロールするために使用することができる。

オーバードライブペーシングは、右心室内に置いた、経静脈的に挿入した一時的ペーシング・ワイヤで行なわれる。心室頻拍よりも、10から20だけ速い脈拍数で、20〜50回のペーシングを行うことにより、心室頻拍がコントロールできる。しかし、この方法は頻拍を加速させ、心室細動を誘発し得るという可能性もある。

多型性のVT

単一形、多型性のVTの区別は重要で、治療の方針が変わってくる。

心筋虚血の急性期に生じる多型性のVTは、虚血の再発に伴って生じることが多く、QT間隔の延長や、洞性徐脈、あるいはVT前の洞停止、あるいは電解液異常とは関係がない。

こうした状況の患者に対しては、一般にT群の抗不整脈薬は効果が期待できない。治療法として期待できるのは、アミオダロンの静注、ブレチリウムである。

一方、静脈内のマグネシウム投与、およびオーバードライブペーシングは、虚血性心疾患の急性期に合併した多型性のVTの治療手段としては、有効ではない。これらの患者に対しては、血管再開通療法が、不整脈の治療手段として有効なことがしばしばある。

対照的に、徐脈依存で、QT延長に伴って生じる、心筋虚血の回復期に(3〜11日目)中に発生する、多型性のVTがある。 この不整脈は、QT延長症候群に似ており、その治療も同様の方法で行われる。

こうした患者の8例報告では、有効であった治療法としては、マグネシウムの静注、リドカイン、β遮断薬、そしてオーバードライブペーシングであった。

一般に、QT間隔は、虚血を生じてから10日間程度で回復し、またこうした患者の予後は、一般に良好である。

心室細動

概略

ACC/AHAの治療ガイドラインでは、心室細動の治療手段としてもっとも適切とされているのが直流除細動である。

VFの診断が考慮されるとすぐに、200Jより直流除細動が行なわれるべきである。最初の除細動が効果がなかった場合、200〜300Jのショックが引き続き行われる。その後、さらに 360Jのエネルギーを用いて直流除細動を行う。

高エネルギーのショックが、新しい不整脈を誘発し得る可能性があるため、360ジュール以上のエネルギーを使用することは利益はないだけでなく、害があるかもしれない。

VFが、3回の直流除細動に対しても正常な脈拍に復帰しない場合、以下の方法が考慮される。

予防処置

心室細動の予防のために、伝統的にリドカインが使用されてきた。 VTあるいはVFを防ぐために、心筋梗塞後の患者に対してリドカインを用いることで、効果があるかどうかは、十分な根拠がない。

リドカインは、少数の研究では有効と報告されたが、他の多くのレポートでは、無効であった。

比較的決定的なトライアルとして、血管再開通療法が一般に行われるようになった以前のトライアルであるが、心筋梗塞急定期に、リドカインを筋注することで、リドカインの効果を評価したものがある。

VFの発生率は、リドカイン(0.07対0.4%)を用いた患者で有意に減少した。しかし、この効果は、リドカインが用いられたグループで、より心停止が多かったという部分にかなり減殺された。

今までのリドカインに関するメタアナリシスでは、予防的に投与したリドカインは、患者の危険度をむしろ増加させている(危険度1.12)、と報告している。この原因は、恐らく徐脈および心停止の増加によっている。

血管再開通療法を受けた患者の場合は、リドカイン治療は、死亡率を増加させるようには見えない。しかしながら、リドカインの予防的投与は、ルーチンには推薦されない。

この文書について...

急性心筋梗塞後の心室性不整脈の治療

この文書はLaTeX2HTML 翻訳プログラム Version 99.1 release (March 30, 1999)

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Copyright © 1997, 1998, 1999, Ross Moore, Mathematics Department, Macquarie University, Sydney.

日本語化したもの( 99.1 release + JA patch 3.0 (September 15, 1999) 版)

Copyright © 1998, 1999, Kenshi Muto, Debian Project.

に、さらにWin32用パッチ(99.1 release + JA patch 3.0 + Win32 patch 1.33 (August 5, 2001) 版)

Copyright © 2000, 2001, Osamu ABE, Hokkaido U. of Educ.

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