平成14年9月18日
心エコーは、肺塞栓が疑われた患者で必ず行わなければいけない検査ではないが、簡単に施行でき、 多くの鑑別疾患を行うことができる。
何らかの心不全が疑われた患者で、比較的保たれた左室機能の割には拡張した、動きの悪い 右室を見た場合には、肺塞栓症を疑わなくてはいけない。
さらに、心エコー検査は血行動態の不安定な、原因のはっきりしない呼吸困難、失神、右心不全の患者の 鑑別診断をつけるのに有用である。この検査ひとつで、心不全や心タンポナーデ、収縮性心膜炎や 左房粘液腫といった、見逃してはならない、致命的な病気の鑑別が行える。
経食道心エコーは、さらに詳しい画像が得られるが、その有用性はまだ確立していない。
重篤な肺塞栓を生じた患者の場合、経胸壁心エコーで異常が出る。
主に見られる異常所見として、右心系の拡張と動きの低下、心室中隔の異常運動、三尖弁の閉鎖不全を合併した肺高血圧症、 下大静脈の拡張と、吸気時の静脈のコラプスの消失などがある。
これらの所見と相関する、肺塞栓の臨床所見としては上大静脈の怒脹、I I 音の増強、などがある。
また、急性の右心負荷を示す心電図所見としては、新たに生じた右脚ブロック、 SIQI I ITI I I-pattern、右側胸部誘導のT波の逆転などがある。
ごくまれにではあるが、経食道心エコーにより、右室内の血栓が描出されることがある。
肺塞栓を生じた多くの患者で、肺高血圧症と、それに伴う右室不全が認められる。
肺塞栓の血行動態に与える影響は、肺動脈を閉塞した血栓の大きさ、肺塞栓を生じた際の、 患者の心機能、そして、右室のアフターロードを決定する、神経内分泌因子に左右される。
肺に血栓が詰まると、肺血圧は上昇し、右室は拡大し、ついには右室不全に陥るが、 これと同時に左室機能も影響され、低下する。
右心不全により左室内には血液がなくなり、心拍出量は低下する。 血圧の低下と心拍出量の低下は、冠動脈血流を低下させ、心筋虚血を生じることもある。
肺動脈の推定値は、三尖弁逆流がある患者では、ベルヌーイの式から1その値を求めることが出来る。
しかし、あまりに巨大な血栓が肺動脈を閉塞した場合には、急速に生じた右心不全から、肺動脈圧が あまり上昇しないこともある。
心エコーで求めた推定の肺動脈圧は、多くの場合にカテーテルの実測値と相関するが、エコーを行う術者の 習熟度にも左右され、きれいな三尖弁逆流を描出する必要がある。
三尖弁逆流のない患者の肺高血圧の同定には、何か別の方法を考える必要がある。
文献で報告されている、肺塞栓による肺高血圧を示す所見は、以下のとおりである。
肺血管抵抗が上昇すると、肺動脈血流速度がピークに達するまでの時間(acceleration time)は短縮する(図1)。
一方、原発性肺高血圧症などとは違い、肺塞栓症の場合は肺動脈圧が60mmHg以上になることは少ない。
この両者を用いて、肺動脈血流のacceleration timeが60ms以下で、かつ肺動脈圧の推定値が70mmHg以下であるならば 肺塞栓である、と定義すると、感度25%、特異度94%で肺塞栓症を診断できたと報告されている。
肺塞栓の心エコーを見ていくと、通常の右心不全と、肺塞栓による右心不全は 右室の動き方が違う。
肺塞栓の患者が右室の動きの低下を生じている場合は、右室の自由壁側の動きは低下しているものの、 それを補うように、右室の心尖部の動きは保たれている。
この所見の感度は77%、特異度は94%と高い。この所見は、右室不全のある患者の原因を、 肺塞栓によるものなのか、それ以外の原因によるものなのかを見分けるのに役に立つ。
しかし、なぜこういった動きの変化が生じるのかは、わかっていない。
右心不全を生じるのに、十分な大きさの血栓とは、どれぐらいの大きさであろうか。
血行動態の安定した肺塞栓の患者に、心エコーと肺血流シンチを行ったトライアルでは、 肺血流シンチで、全肺野の30%以下の肺が、血栓で閉塞していた患者は、右室機能が正常である可能性が コントロールよりも6.8倍多く、一方30%以上の肺野が血栓で閉塞していた患者は、 92%の患者で右室の動きが低下していたという。
これらの結果は、他のトライアルでも同様な結果が報告されており、心エコー上右心不全が同定されている 患者においては、全肺野の30%近くが血栓性に閉塞していると考えてもよいと思う。
経食道心エコーは、血栓を直接見ることができ、非常に正確な診断ができることが期待されている。 このことで、従来の経胸壁心エコーによる間接的な診断に比べて、血栓の部位の同定や、 手術の適応、といった情報が得られる。
この方法は正確ではあるが、経胸壁心エコーに比べて、術者の熟練を要する。
技術的には、経食道心エコーは意識のない人には、比較的簡単に行える。 一方、意識のある人に行う場合には、喉頭の局所麻酔と、少量のセデーションをかける必要があることが多い。
通常は、プローべを勧めていくと主肺動脈が確認でき、その後右肺動脈が確認できる。 さらにその後、左肺動脈を描出するが、気管が間に入ってくることが多く、左肺動脈の血栓を 描出することは難しい。
また、経食道心エコーは、原因が不明の心停止や、電気収縮乖離を生じて来院した患者の、 心停止の原因を同定するのに有用である。この手技は、心臓マッサージや気道確保を妨げることはなく、 特にCPR中の原因精査のために用いることができる。。
25人の心肺停止状態で、心停止か電気収縮乖離で来院した患者に経食道心エコーを行った報告では、 25人中14人で右室の拡大が観察され、さらにそのうちの9人が肺塞栓であった。
心エコーは、肺塞栓の患者の中から、予後の悪い患者を選択するのに非常に有用である。
この検査は、さらに、肺塞栓除去術の適応を決定するのにも使え、また血栓溶解療法などの 特定の治療手技を行った場合の、治療効果の判定、肺動脈圧や右心不全の改善の程度を 推定するのに用いることができる。
右心不全は、心エコーにより速やかに診断することができ、またこの症状の有無によって、 肺塞栓の予後を決めることができる。
最も広く用いられている、右心不全の診断基準は以下のとおりである。
Swedenの、126人の肺塞栓患者の報告では、患者のうち56人は右室機能は正常であり、一方 70人は中等度以上の右心不全を生じていた。
リスクの解析を後から行ってみると、入院時の右心不全の存在は、入院中の患者の予後と最も相関していた。
入院時に右心不全を生じていた患者は、そうでない患者に比べて死亡のリスクが6倍高かった。 同じように、担癌患者の肺塞栓は、そうでない患者と比べて、死亡のリスクが2倍であったという。
これとは別の報告で、209人の肺塞栓で入院した患者の後ろ向き研究では、65人の患者が、来院時の血圧が 正常であったにもかかわらず、エコー上は右心不全の状態であったという。
このグループでは、6人の患者が心原性ショックの状態であり、3人が死亡しているが、来院時の心エコーで 右心不全の状態を呈していなかった患者では、死亡者はいなかった。
心エコーはまた、慢性期の肺塞栓患者の予後の判定にも用いることができる。
カロリンスカ大学の研究では、肺塞栓の患者に、慢性期にも心エコーをフォローしている。
ほとんどの患者では、肺塞栓の発症後、最初の6週間で肺血圧は正常化し、 右室はもとの大きさに戻るが、その時期を過ぎても肺血圧が50mmHgを超えていた患者、 また、発症時に70歳以上であった患者は、コントロールに比べて、死亡率が4倍であった。
肺塞栓を発症した患者に卵円孔の開存があると、患者に合併症が生じる可能性が高くなる。
139人の肺塞栓患者の報告では、来院時に卵円孔の開存があった患者は、 そうでない患者に比べて死亡率は2倍であったという。
別の多変量解析の報告でも、卵円孔開存があった肺塞栓患者の死亡率は、そうでない患者の10倍、 動脈塞栓症などの合併症の発症率は5倍に上昇したとされている。
したがって、肺塞栓を発症した患者に心エコーを施行する場合、 卵円孔の開存をドップラーなどで同定することは、重要である。
38人の、右室内の浮遊血栓をフォローしたケースシリーズでは、37人がその後肺塞栓を発症した。
こうした患者のほとんどは肺高血圧症を併発し、右心不全の状態になる。肺塞栓を発症した患者の 死亡率は、45%であったという。
MAPPETというトライアルでは、1001人の肺塞栓患者を対象に、血栓溶解療法の効果を論じた。
この結果からは、中等度から重度の右心不全があり、体血圧が正常な719人のサブグループの患者で、 血栓溶解療法は好ましい効果があった。
30日目の死亡率は、抗凝固療法のみを受けた患者よりも血栓溶解療法を併用した患者のほうが低く (4.7%vs11.1%)、一方出血の合併症は、血栓溶解療法を用いた群で3倍近かった。
別のstudyでも、右心不全のない肺塞栓の患者の場合には、血栓溶解療法を併用しても、 抗凝固療法のみであっても生命予後は変わらなかったが、右心不全のあった患者の場合には、 抗凝固療法のみでは入院中に肺塞栓の再発例があったが、血栓溶解療法群では 再発はなかったという。
心エコーは、血栓溶解療法の効果の判定にも用いられる。
血栓溶解療法が成功すると、右室の動きは速やかに元に戻り、肺血圧も正常化する。 7人の肺塞栓患者に、心エコーをモニターしながらt-PAを用いたトライアルでは、 100mgの量が2時間かけて静注されたが、心エコー上の改善が見られたのは、大体1時間以内であった。
たとえCT上は明らかな巨大血栓がない症例であっても、心エコー上右心不全の徴候がある 肺塞栓患者であれば、血栓溶解剤の適応であると考える。
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