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はじめにお読みください

平成14年10月15日


目次

はじめに

一般内科で必要な知識は意外に少ない

病棟で、一般内科領域の患者を見ていく上で、必要な知識というのはそんなに多くありません。

有名な”ワシントンマニュアル”1冊にしても、結構な厚さがありますが、あれは、救急から血管疾患まで、 1冊に収めているからです。実際の病棟でよく遭遇する状況、頭痛や発熱、腹痛、便秘、意識障害といった、 一般内科で見る病気に限ってしまえば、覚えなくてはならない知識はずいぶん少なくなります。

ところが、こうした知識を得るのに要する時間は、通常何年もかかります。

たとえ本を丸暗記しても、実際にやってみないことには、生きた知識にならないというのは、もちろんそのとおりです。

それでも、たかが”発熱した患者を見たら、熱源を同定して、その熱源に対応した抗生剤を処方する”といった程度の、 書けば1行ですむような知識でも、実際に上級生から教えてもらい、使える知識になるのに何年もかかったりします。

徒弟制の弊害

医師の世界は、どこの科にいっても原則として徒弟制です。徒弟制という制度は、うまく機能すれば、生産性を落とさずに 後進を育成できる、すばらしい制度です。ところがこの制度は、必要な知識を出し惜しみすることで、 労せずして上下関係を保つことが出来る、実力のない上級生が安住できる制度にもなりえます。

かつて、刀に焼きを入れる水の温度を知ろうとした弟子の手首を、師匠の刀工が切り落とした、という話があります。これなどは、徒弟制に安住しようとした、卑怯な老人の話を美化したものに過ぎません。

先達者はさっさと後進を育て、自分は技術革新に精を出すというのが、うまく機能している徒弟制です。弟子は師匠の開発した技術をコピーすることで基本を学び、同時に工房の生産性を高め、 師匠は新しい技術に精を出したことで、ルネサンス期の画家や、鍛冶屋の工房は栄えたといいます。

いまだに”正宗”の芸を超えられない日本刀の世界など、日本刀の奥の深さでもなんでもありません。 自分の土地の権利書の所在ををいつまでも子に教えようとせず、一生の介護を子に強要しようとする、 寝た切り老人の醜さを見るようで、吐き気がします。

レジデント促成栽培仮説

当院では、歴代の上級レジデントに伝わる仮説があります。これが、レジデント促成栽培仮説です。

大体、入職して5年ほど経つと、内科レジデントは一応、一通りのことができるようになります。 その頃になり、自分が蓄えてきた知識を振り返ってみると、現場で自分が医学的な決断をするのに要する知識は、 大体700程度にまとまる、といいます。

この量が多いのか、少ないのかは病院ごと、あるいは専門科の間でも異なるでしょうが、そう大きなぶれはないはずです。

これだけの知識を、自分の臨床での経験と一緒に、1日に1つづつ教えていった場合、当院の5年目程度の知識を持った内科医は、 本来は2年程度で促成栽培出来るのではないか、というのがこの仮説です。

技術は、すべての分野で進歩します。かつては日本で数人しか出来なかったPTCAなども、簡単な病変であれば、 3年目のレジデントにやらせている病院も出てきています。当然、臨床医の教育にも、技術革新があってしかるべきです。

当院では、今までにも何人もの上級レジデントが、レジデントの促成栽培に取り組み、 さまざまな方法で、下級生に効率よく知識を伝えようとしましたが、”2年目で、5年目程度の知識”は いまだに実現していません。

今までにもいろいろな方法が試行錯誤されてきましたが、そのうちのひとつが、このWEB上の資料です。

この文書について

この文書は、もともと当院の研修医向けに、代々のレジデントの間で受け継がれてきたものです。 当院で古くから言い伝えられている、”レジデント促成栽培仮説”の実現にむけて、歴代の上級レジデント は、さまざまな工夫を凝らしてきました。

ある上級医はカンファレンスの機会を大幅に増やし、ほとんど毎日のように、何らかの講義が行われた時期もありました。

別の時期には、講義形式のカンファレンスに批判的な意見が多くなり、症例提示形式のカンファレンスや、 The New England Journal of Medicine のClinical Problem Solving の輪読会を行っていたこともあります。

教育用のテキストについても、研修医にふさわしいものは何か、市販のもので本当にいいのか、 といったことも、レジデントの世代間で議論になりました。

大元はワシントンマニュアル

当院が出来た当初は、内科系の臨床のテキストでは、まともに使えるものが ”ワシントンマニュアル”の英語版しかなかったそうです。

このテキストを、聖書の文句のように勉強させた学年もあり、一方でそれに反発して、 自分たちの学年オリジナルの、マニュアルのようなものを流通させた学年もありました。

最近は、”ワシントンマニュアル”の日本語版がすぐに出版されるようになり、こうした世代間の抗争も なくなってしまいましたが。

動機は上級生への対抗意識

我々の学年の上級医は、どちらかというと、”教わるより、盗め”といった考えの人が大勢でした。

自分たちが研修医であった頃は、こうした考え方が大嫌いでした。ふと疑問に思ったことを上級医に聞いても、 ”自分で調べてみた?””人に聞く前に、教科書読んだ?”などと切り返されてしまい、すぐに教えてくれればいいのに、 なんと効率の悪いことかと当時は思っていました。

研修医は、各上級レジデントの下を、ローテーションします。 研修医どうしでお互いに情報交換していく中で、なぜか、その上級レジデントと相性のいいレジデントだけは、 同じ質問でも答えを教えてもらっている事がわかったり、何人も研修医が交代で回っている中で、 ある上級レジデントが発する質問(研修医いじめのツボ)が、いつも同じであったことが 分かったりする中で、”どうせ同じ事を教えるなら、前もって答えをプリントして配ればいいじゃないか” と考えるようになりました。

結果、出来上がったのが、上級生が質問をした内容のメモを、同じ学年の研修医どうしで共有しあったものでした。 これは、古いレジデントマニュアルとして、今でも持っている人がたまにいます。

方法論としては失敗だった

その後、徒弟制が心底嫌いになったこの学年が進めたのが、カンファレンスの数の増加と、 教えたい情報を、あらかじめ紙に書いて配ってしまうことでした。

当時、連日のように誰かしらがハンドアウトを作ってカンファレンスを行い、 またその週に出た医学論文に和訳を添え、連日コピーして配ったりもしました。

ただ、こうした方法は、今にして思えばごみの山を作っただけで、”研修医に使える情報を伝える”効率としては、 かなり悪かったように思っています。知識は、実際に問題に遭遇して、必要なときに与えられない限り、身につきません。 研修医を早く育てるためには、こうした簡単なマニュアル類は、あまり役にはたちませんでした。

それでもマニュアルはあったほうがいい

ただ、必要な知識や情報というものは、隠すことで利益を生み、権力を作り出すことが出来ますが、 研修医教育、という現場では、こうした行為はあってはならないものです。

ここに書いてある情報など、医学上はたいした価値のない、”暮らしの一口メモ”的なものの寄せ集めですが、 それでも就職したばかりの研修医は、こうしたことすら知りません。生意気な研修医には何も教えず、 自分のお気に入りのものにのみ知識を授けるようにすれば、最初の半年ぐらいの間なら、研修医どうしの知識量に 格差をつけることなど、1年上の研修医なら簡単です。

自分の中では、研修医の教育方針は、やはり徒弟制を基本にすべきなのではないか、と思っていますが、 上級生の知識に対するアクセス権は、すべての研修医に公平にすべきです。

もっとも、自分もそこまで人間は出来ていないので、茶髪で、ピアスを空けた研修医がため口をきいてきても、 何も教える気にはなりませんが…。

想定している読者層

このWEBが想定しているのは、1〜2年目程度の、主に内科系の研修医です。

とにかく、分かりやすいこと、上級生から聞かれた質問に答えられるようにすること、を第1に書いてあるため、 ”とりあえず、その場を取り繕う”ための知識が優先されています。

このため、普通の教科書には書かれていないことが強調されていたり、 薬の能書に書いていない、薬の使い方が記されていたりします。

体系的な知識を得たい、あるいはEBMに基づいた知識を得たい、と考える方は、迷わずMEDLINEやUPtoDATEといった データベースに、お金を払って勉強すべきです。

市販されている教科書や、有料のデータベースはたしかに高価ですが、 各専門家がその内容を監修している、という点で、本WEBにかかれている内容などとは比較にならないほど、 品質の高い情報を提供してくれます。

これひとつでは何の役にも立ちません

ここに書かれていることは、あくまでも”その場を取り繕うための知恵”であると思ってください。 これは、けっして安価な研修医マニュアルなどではなく、内容には何ら網羅性はありません。 ここに書いてある以外に重要な知識はいくらでもありますが、市販されている有料媒体に書かれているような内容は、 ほとんど触れていないはずです。

エビデンス的な価値はまったくありません

本WEBに書かれている内容は、最近流行のEBMとは対極にあるものです。 もちろん、ほとんどの内容については論文の裏づけはありますが、その論文をセレクトしているのが私である以上、 これはエビデンスレベルとしては、非常に価値の低い情報と考えたほうがいいです。

方法論は当院ローカルなものです

間違っても、この内容を元に、上級医に議論を吹っかけたりはしないでください。 ここに書かれている内容は、一応”人体実験済み”のものばかりですが、当院の患者さんで常用している方法が、 他院で行っても安全、という保障はどこにもありません。ここに載せた内容は、当院では、こうするとうまく行った、 というものの寄せ集めで、”これが正しい方法”などとは、まったく言う気はありません。

友達の少ない研修医の方々に

ただ、上級レジデントと上手くいかず、不当に情報を出してもらえない研修医、 教育者が少ない環境で、とりあえず今晩を乗り切る知恵がほしい研修医の方など、 本WEBサイトが役に立てば幸いです。

同じ情報であっても、その表現のしかた、教え方で、研修医に対する伝わり方は違ってきます。 ”ここが分かりにくい””ここは間違い”といった部分を指摘していただければ極力訂正しますので、 よろしくお願いします。