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	<title>レジデント初期研修用資料 &#187; 2009病棟ガイド</title>
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	<description>日常のメモ</description>
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		<title>「雑な物づくり」に未来がある</title>
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		<pubDate>Thu, 19 Nov 2009 01:08:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>medtoolz</dc:creator>
				<category><![CDATA[2009病棟ガイド]]></category>

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		<description><![CDATA[今作っている研修医向けのマニュアル本について、少しだけ話が前に進んで、昨日は出版社の方と、いろいろお話をさせていただいた。まだまだ先は長そう。

いろいろ思ったこと。

出版は大変

「自分の電子原稿が、出版にはあんまり [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今作っている研修医向けのマニュアル本について、少しだけ話が前に進んで、昨日は出版社の方と、いろいろお話をさせていただいた。まだまだ先は長そう。</p>

<p>いろいろ思ったこと。</p>

<h2>出版は大変</h2>

<p>「自分の電子原稿が、出版にはあんまり貢献できない」ということが、個人的にはショックだった。</p>

<p>原稿はすでに、表紙から目次、本文、図版、索引に至るまで全て完成している。原稿内部でのページ参照だとか、あるいは索引だとか、ああいうのも全部ラベル参照にしてあるから、出版社の方から、判型と1行当たりの文字数、ページ当たりの行数の指定さえいただければ、コマンド一発、せいぜい1秒もあれば、参照ページの入った原稿が、いつでも出せる状態。たとえばそれを電子化したいなら、LaTeX ならhtml の出力も簡単だから、こういうのが役立つだろうなんて考えてた。</p>

<p>電子原稿は、「手書き原稿の山」なんて状態に比べれば、出版社の人も圧倒的に楽できるだろうなんて思ってたんだけれど、そんなに変わらないらしい。</p>

<p>「これから」のことを尋ねると、原稿は、今のPDFからテキスト部分だけを抜き出して、それをDTPソフトで再編集、TeX の図版はそのままだと使えないので、これはイラストレーターで全部作り直したうえで、自分のマニュアルには、ページの相互参照が200箇所ぐらい、索引が300箇所以上あるんだけれど、こういうのは全部「手」でやるんだという。</p>

<p>LaTeX の自動編集は、ワープロよりはきれいとはいえ、やっぱりそれは機械の仕事であって、「プロの品質」を達成するには、やっぱりまだまだ役不足みたい。</p>

<h2>プロの仕事にはお金がかかる</h2>

<p>個人的に妄想していた落としどころみたいなのは、「1冊1000円ぐらい、できれば半年、無理でも毎年改訂」ができたらいいな、なんて思っていたんだけれど、こういうのは無理らしい。</p>

<p>プロのお仕事には莫大なお金がかかって、商業品質に耐える版面を整えるためには、自分の原稿ぐらいの本を作るなら、ちょっとした高級車ぐらいのお金がかかるらしい。全部手仕事だから、そもそも「ちょっとした改訂」というのはありえなくて、品質のいい原稿というのは、裏を返せば、一度作ると、それを直すのにも膨大なコストがかかるらしくて、改訂という作業は、そう簡単にはいかないのだと。</p>

<p>「1000円ぐらい」の本というのは、だから最初から数万部オーダーで勝負をするような大規模出版でないと厳しくて、医学書というのはそもそもそんなに売れるものではないから、必然的に価格も上がってしまうんだという。</p>

<p>今相談をさせていただいている出版社は、本も雑誌も出しているようなけっこう大きなところで、多色刷りだし、図版も多い。小さな図版には文字がきちんと回り込んでいるし、爪見出しみたいな、裁ち落とし部分に印刷される部分も多い。素人仕事ではたしかに追いつけない、版面のきれいな本をたくさん作っているところなのだけれど、品質にはやっぱりお金がかかって、あらゆるものが電子化されたこの時代に、膨大な「手」が必要みたい。</p>

<p>「鬼のようにページ参照入ってますけれど、こういうの大丈夫なんですか？」とか尋ねたら、「<strong>もっと大変なのも手でやってますから大丈夫です</strong>」なんて、なんだか大変そうだった。</p>

<h2>これからは雑な物づくりが大事なんだと思う</h2>

<p>「最上の日々」の<a href="http://homepage3.nifty.com/mogami/diary/d0711.html">これからの日本は、雑な物づくりだろうか</a> というエントリーを読んで、こういうのはたぶん、いろんな業界で、「品質」から「雑」に舵を切る時期に、今はさしかかってるんだろうなと思った。</p>

<p>たとえば自分の原稿は、あらゆるものをフリーソフトで作っている。原稿の改訂はリアルタイムだし、PDF もHTML もその場で作って公開できる。たしかに原稿のできあがりは「雑」だけれど、読むに耐えないほどひどいわけではないし、出版社の人に原稿を託したなら、もちろん「プロの仕事」が施されて、比較にならないぐらいに高品質なものが作られるのは分かるんだけれど、その「品質」に、はたして何百万円ものお金をかける意味というのは、どれぐらいあるものなんだろう。</p>

<p>全てを手仕事で、ページの隅にまで気を配ったプロの原稿というのは、きれいな代わり、それは「紙」の形式でしか出版できない。参照ページは、「数字」として記載されるだろうから、判型が変われば全部やり直しだし、たとえばその原稿を電子化して、有償閲覧形式で配信しようにも、今度は参照ページだとか、索引を全部「リンク」に直さないといけないから、恐らくそれには手間とコストがかかって、実際問題、出版社で「電子書籍」に対応できるだけの体力を持ったところというのは、決して多くないんだという。</p>

<p>プロの人たちは、高品質な「プロの仕事」しかできないが故に、「雑な仕事」ができない。</p>

<p>自分は最初、「自費出版詐欺」みたいな報道で話題になったようなサービスを探していた。やりたいことは、あくまでも「原稿が書籍として流通すること」が全てであって、上の先生がたは「本」にならないと読んでくれないから、それで十分だった。だからたとえば、「100万円であなたの本が本屋さんに並びます」みたいなサービスが、医学系の出版社から提供されていれば、たぶんそれに乗っかったと思う。やりたいことは、それで達成できるから。</p>

<p>たとえば「研修医を集める」目的で、自分の病院独自のマニュアル本を作って出版したいという要望は、たぶんいろんな病院にあるものだろうし、60も過ぎたベテランの先生がたとか、あるいはblog で日記を書いている無数の同業者とか、ちょっとした本を作って、自分のノウハウを多くの人に知ってもらいたいという需要は確実にあって、それは小さいかもしれないけれど豊穣な、よその業界から見れば相当に「おいしい」市場がそこにあるはずなのに、高品質だけれど高コストな仕事しかできない「プロ」しかいない医学出版の業界には、こういう需要に対して、サービスを提供できない。</p>

<p>どこかの出版社が、たとえば「旺文社の赤本」よろしく、日本中のあらゆる病院から「研修医マニュアル」の原稿を集めて、どこかに就職を希望する医学生がそれを買って比較したり、あるいは自分の研修医にそれを買ってもらったり、部数でいったらせいぜい1000部ぐらい、「雑な装丁」の、その代わり、出版を依頼する病院側からお金を支払ってもらうような、そういうやりかたにだって十分勝ち目がありそうなものだけれど、そういう話は全然ないんだという。</p>

<p>この場所に、誰も名前を知らないような新興出版社が入ってきたところで、勝負にならない。自分たちはやっぱり、「名前」でいろんなものを判断するから。ところがその代わり、「名前」を得た多くの出版社は、今度は仕事の品質があまりにも高すぎて、こういう場所には行ってこれない。</p>

<p>恐らくは企業とか、あるいは国家にも、「品質で名前とブランドを形成する時代」のあと、どこかで「雑」と「多様」とにシフトをするタイミングというものがあって、そのタイミングを間違えて、「より高品質」に行ってしまうと、袋小路に入ってしまうんだろうなと思う。</p>

<p>病院ごとのマニュアルを商業ルートに乗せること。blog の文章に「プロの添削」を依頼すること。書いた文章を翻訳して、どれだけマイナーな形式であれ、「海外のどこか」に自分の意見を問うこと。恐らくは「出版」というものに期待されている仕事というのはたくさんあって、プロの人たちが「プロの仕事」を続けている限りは、こうした「多様」に対応することはできないだろうし、よしんばそれが実現したとして、それは高コストで、素人には手が出ない。</p>

<p>「出版のプロ」にはじめてお会いする機会をいただいて、自分はむしろ、「雑で多様なサービス」というものが、これから先、もっと考えられてもいいんじゃないかなんて考えてた。</p>
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		<title>伽藍の誤謬と戦局眼</title>
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		<pubDate>Mon, 16 Nov 2009 02:17:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>medtoolz</dc:creator>
				<category><![CDATA[2009病棟ガイド]]></category>

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		<description><![CDATA[2002年、ペンタゴンは、冷戦終結以降、最大規模の軍事作戦演習を行った。イランへの攻撃を想定した、「ミレニアムチャレンジ」と名付けられたこの演習は、情報化、ネットワーク化の行き届いた、最新装備の米軍が無敵であることを証明 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2002年、ペンタゴンは、冷戦終結以降、最大規模の軍事作戦演習を行った。イランへの攻撃を想定した、「ミレニアムチャレンジ」と名付けられたこの演習は、情報化、ネットワーク化の行き届いた、最新装備の米軍が無敵であることを証明するための演習だったはずなのに、時代おくれの装備を与えられた「仮想イラン」軍に、「仮想米軍」は歯がたたなかった。</p>

<p>ポール・バン・ライパー退役中将が率いた「仮想イラン」軍は、ことごとく米軍の行く手を遮ることに成功した。</p>

<p>ペルシャ湾岸に入った米艦隊は、イラン軍の自爆船、対艦巡航ミサイルによる攻撃を受け、米戦艦のほぼ半数が沈められるか、作戦遂行ができない状態に追い込まれた。これはパール・ハーバー以来の大失態だった。</p>

<h2>情報の伽藍に圧倒される</h2>

<p>「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334961886/httpblogso0dd-22/ref=nosim">第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい</a>」という本に登場するこのエピソードの主役、ポール・ヴァン・ライパー退役海兵隊中将がどうして強かったのか、この本を読んでもよく分からなかったんだけれど、別のインタビューで、将軍が「戦争において、情報は非常に便利だが、戦場で人を殺すのはいつだって弾丸だ」と語っていたのを読んで、何となく分かった気がした。</p>

<p>圧倒的な情報収集手段を手に入れた人は、しばしばたぶん、「情報の伽藍」を作ろうと夢見てしまう。たくさんの材料が手に入って、壮大な伽藍を夢見て、設計して、伽藍の壮大さに圧倒されて、それが完成するまでの間、道具であるはずの情報に圧倒されて、動けなくなる。</p>

<p>弾が撃てれば、人は殺せる。戦争で必要なのは、だから「弾を撃つための目標と、その根拠」が全てであって、「戦場全体を見渡せること」それ自体は、便利だけれど、必須じゃない。</p>

<p>「雨をしのぎたい」と思ったなら、柱を立てて、とりあえず屋根をかければ、その掘っ立て小屋は、すでに十分役に立つ。</p>

<p>伽藍に支配されてしまった人は、雨は降ってるのに、伽藍は8割方完成して、すでに居心地のいい大広間が出来上がっているのを目にしているのに、「未完成な伽藍」に圧倒されて、しばしば豪雨の中、無為に立ちすくんでしまう。</p>

<p>目的が雨をしのぐことであったなら、翌日濡れずにいた人が、もちろん正しいのだけれど、世の中はしばしば、「状況を正しく判断した人」よりも、「雨に濡れなかった人」よりも、「ずぶ濡れになりながらも伽藍の完成に尽力した人」を評価する。伽藍に支配された人は、だからしばしばいい評判を勝ち取って、伽藍が壮大になるほどに、仲間はますます増えていく。</p>

<h2>戦局眼というもの</h2>

<p>偉大な将軍に欠かせない資質だとか、「戦場にあって、一瞥にして有利、不利を見透かす偉大な才能」なんて説明されている「戦局眼」というものがあって、シミュレーションとはいえ、圧倒的な戦力差が想定されていた米国正規軍を圧倒してしまったライパー将軍の能力もまた、こうしたものなんだろうけれど、「戦局眼」というものはたぶん、「自分にできることとできないこととを正確に把握した上で、行動決定に必要なもの「<strong>だけ</strong>」を見る」ことができる目線なのだと思う。</p>

<p>「眼」なんて言葉が付いているから、戦局眼はなんだか、レーダーとか千里眼みたいな能力みたいに思えるけれど、戦局眼を備えた人の目線というのは、たぶん半分以上が、自分自身に向けられている。</p>

<p>自身と味方とに向けられた目線、自分たちにできることと、できないこととがきちんと把握できていなければ、行動を決断するのに、そもそも何を見ていいのか分からない。分からないなら、どれだけたくさんの情報を集めても、その人は、それを行動に転化できない。
「戦局眼を持った人」というのは、たぶん自身を把握する能力に長けていて、莫大な情報を前に、むしろ視界を限定することで、代わりに意志決定の速度を得ているのだろうと思う。</p>

<p>どれだけ莫大な戦力、莫大な情報能力を持っていたところで、意志決定ができないのなら、死体に等しい。</p>

<p>「最初の一瞥で物事を判断できる」超人的な能力を持った人の逸話というのは、たぶん「自分にできること」と、「それを決定するのに必要なこと」とを、それぞれ突き詰めて分かっている人が判断を行うと、それが他者からは「一瞬」にしか見えないということなんだと思う。</p>

<h2>エビデンスの時代に大切なこと</h2>

<p>質の高い情報を手に入れることが、本当に簡単になったけれど、研修医が莫大な電子データベースにアクセスできたところで、自分自身に向けられた目線を鍛えないかぎり、そもそも自分が何を分かっていないのか、それ分からないから、きっと動けないのだと思う。
知識を蓄えたり、手技を磨いたりすることと、「戦局眼」に相当する何かを身につけることとは、たぶん相当に異なる。エビデンス語るのに判断しない名医とか、何でもできるのに何もできない凄腕医師とか、このへんが、違和感の原因なんだと思う。</p>

<p>たとえば救急外来で、患者さんの治癒に貢献できる行動というのは、そんなに多くない。</p>

<p>病気は無数にあるし、病気の数だけ治療手段は異なるんだけれど、「できること」という数えかたをするなら、補液と輸血、ステロイド、抗生剤、気管支拡張薬、昇圧薬、あとは挿管とチェストチューブと、たぶん10指に余る。診断手段は無数にあって、正しい診断にたどり着くためには、伽藍を建てるほどの情報が必要だけれど、「たかだか10の行動」を決断するのに、人体全部の情報なんて必要ない。</p>

<p>医師として大切な資質は、だから分からない状況に陥ったときに、「自分には今問題解決の能力が欠けている」ことを理解できることなんだと思う。</p>

<p>「分からない」を「分かる」ためには、自分にできることと、それを判断するために必要な情報とを把握していないといけない。これができていれば、「分かるまで探す」こともできるし、「分かる誰かに問題を渡す」こともできる。これができていないと、「理解できないのは問題が悪い」なんて、無能の原因を患者さんに押しつけてしまったり、情報の伽藍に圧倒されて、必要なタイミングで動けなくなったり、しまいには、「それでも見ろ、壮大な伽藍がここにある」なんて、状態の悪くなった患者さんを前に、それが「正しく」思えてしまう。</p>

<p>「もっと適当にやるのが本当は正しいんだよ」なんて、なかなか分かってもらえないんだけれど、そういう本作りたい。</p>

<p><a href="http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/326">ルーデルの「武徳」</a>と、<a href="http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/566">カラシニコフの「誠実」</a>、そしてライパー退役中将の「目線」、そういうものが伝えられればいいのだけれど。</p>
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		<item>
		<title>CMDT 2010年版に対応しました</title>
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		<pubDate>Sat, 24 Oct 2009 05:27:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>medtoolz</dc:creator>
				<category><![CDATA[2009病棟ガイド]]></category>

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		<description><![CDATA[
参照していたCurrent Medical Diagnosis and Treatment の改訂に伴い、各章の参照ページを2010年版に準じたものに訂正し、主だった改訂箇所について、内容に反映させました
CMDT20 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<ul>
<li>参照していたCurrent Medical Diagnosis and Treatment の改訂に伴い、各章の参照ページを2010年版に準じたものに訂正し、主だった改訂箇所について、内容に反映させました</li>
<li>CMDT2010年版に記載が加わったことに伴い、新たに「インフルエンザ」と「ワーファリンの使いかた」の項目を追加しました</li>
</ul>

<p><a href="http://medt00lz.s59.xrea.com/html/html.html">こちら</a> からHTML 版が読めるようにしてあります。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>Web 版病棟マニュアル</title>
		<link>http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/520</link>
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		<pubDate>Tue, 22 Sep 2009 03:04:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>medtoolz</dc:creator>
				<category><![CDATA[2009病棟ガイド]]></category>

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		<description><![CDATA[休みを利用して、内容を一部改めました。


神経内科領域の記述を増やしました
索引を強化しました
削った記載も多いのですが、いろいろあって、結局10ページぐらい増えました


スマートホンが使える人は、あるいはWeb 版 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>休みを利用して、内容を一部改めました。</p>

<ul>
<li>神経内科領域の記述を増やしました</li>
<li>索引を強化しました</li>
<li>削った記載も多いのですが、いろいろあって、結局10ページぐらい増えました</li>
</ul>

<p>スマートホンが使える人は、あるいはWeb 版を使ってもらうと便利かもです。</p>

<p>文中に出現する症状と薬については、大体全てインデックス化しました。
ページの上下にあるナビゲーションボタンの中から「Index」 に飛ぶと、
索引ページにいけます。</p>

<p>ページ内リンクについては上手く飛べないものがたくさん入っていますが、
索引ページからのリンクは、大体ちゃんと張られていると思います。</p>

<p><a href="http://medt00lz.s59.xrea.com/html/html.html">HTML 版マニュアル</a></p>

<p><a href="http://medt00lz.s59.xrea.com/man_2009.pdf">PDF 版マニュアル</a></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>WEB 版マニュアル</title>
		<link>http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/492</link>
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		<pubDate>Mon, 31 Aug 2009 02:15:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>medtoolz</dc:creator>
				<category><![CDATA[2009病棟ガイド]]></category>

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		<description><![CDATA[何とかLaTeX2HTML が通るようになったので、WEB 版を上げておきます。

まだまだ挙動の検証が不十分なので、URL を含めていろいろ変更される可能性があります。

ソースファイルの共用ができていないため、しばら [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>何とかLaTeX2HTML が通るようになったので、<a href="http://medt00lz.s59.xrea.com/html/index.html">WEB 版</a>を上げておきます。</p>

<p>まだまだ挙動の検証が不十分なので、URL を含めていろいろ変更される可能性があります。</p>

<p>ソースファイルの共用ができていないため、しばらくの間は <a href="http://medt00lz.s59.xrea.com/man_2009.pdf">PDF 版</a> の改訂が先行すると思います。</p>

<p><a href="content://com.android.htmlfileprovider/sdcard/html/html.html">りんく</a></p>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>9</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>分からないときの振る舞いかた</title>
		<link>http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/443</link>
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		<pubDate>Wed, 05 Aug 2009 06:36:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>medtoolz</dc:creator>
				<category><![CDATA[2009病棟ガイド]]></category>

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		<description><![CDATA[間違える、あるいは「放り出す」といったほうが正しいのかもしれないけれど、患者さんを診察して、
その人の抱える問題に対して、主治医としてなんのアイデアも浮かばないときに、
患者さんに対して、どう「ごめんなさい」をすれば、そ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>間違える、あるいは「放り出す」といったほうが正しいのかもしれないけれど、患者さんを診察して、
その人の抱える問題に対して、主治医としてなんのアイデアも浮かばないときに、
患者さんに対して、どう「ごめんなさい」をすれば、その人の問題が解決する方向に状況を転がせるのか、
そんなことを考えてる。</p>

<h2>間違えが正しく重なると治る</h2>

<p>胸部大動脈瘤で手術になった患者さんは、最初に整形外科にかかっていた。</p>

<p>その患者さんは「肩が痛い」と訴えて、胸が痛いとか、苦しいとか、
そういうお話しを全然しなかったらしい。</p>

<p>患者さんを診察した整形外科の先生は、肩を診て、分からないからレントゲンを撮って、
心臓の上側がやけに大きく拡大していたものだから、「肺癌疑い」なんて診断で、
その患者さんを紹介した。</p>

<p>外来に来てくれている呼吸器の先生は、胸を聴診しても、その人には何もなかったのだけれど、
「肺癌」と紹介されたものだからCTスキャンをオーダーして、動脈瘤が見つかって、緊急手術になった。</p>

<p>CTスキャンが行われるまでの間、その患者さんにかかわった医師は、誰ひとりとして正しい判断をしなかったし、
「大動脈瘤」なんて診断を最初に下したのは、医師でなく技師さんだったのだけれど、
「間違った判断」が正しく重なった結果として、
患者さんは、最初から大動脈瘤と診断されたケースと同じく、
「診察->単純写真->紹介->CT->診断」というプロセスをたどることができた。</p>

<h2>分からないから放り出す</h2>

<p>昔紹介された脳腫瘍の患者さんの場合には、自分も「間違いのリンク」に参加していた。</p>

<p>その患者さんは「気分が悪い」なんて訴えで、別の病院に入院していて、
CTだとかMRIだとか、あらゆる検査が行われたのだけれど原因が分からなくて、
暫定的に「脳梗塞でしょう」なんて診断されて、点滴を受けていた。</p>

<p>状況が変わらなかったものだから、ご家族が本人を連れ出して、うちの外来にやってきた。
「MRIは正常です」なんて紹介状が添えられていて、自分がそのMRIをみたところで、
やっぱり何も分からなかったんだけれど、その患者さんは目が見えにくくなっていた。</p>

<p>目が見えづらいから、患者さんは「脳梗塞」なんて言われていたんだけれど、脳梗塞ならMRIで診断できて、
脳梗塞でない、「目に来る」病気は、これは眼科医か脳外科医の領分で、
うちの施設にはどちらもいないものだから、脳外科の常駐している、別の病院に紹介した。</p>

<p>紹介された脳外科医は、MRIを診て、一瞬で脳腫瘍を診断して、
その患者さんは下垂体腫瘍の手術を受けたらしい。</p>

<p>最初の病院に入院した段階で、必要な検査は全部行われていて、最初の医師も、自分もまた、
データを見ても診断できなかった。前医と自分と、患者さんに対して等しく無能であったのだけれど、
同じ「分からない」という状況に対して、前医は抱えて、自分は放り出した。</p>

<p>患者さんを放り出した先が、「正解」を見慣れている医師だったものだから、
患者さんの病名は一瞬で下されて、治療が行われた。</p>

<h2>「分かる誰か」に問題を正しく渡す</h2>

<p>全然ほめられた経過ではないけれど、分からないまま、あるいはことごとくが間違っているままに
物事が進んでいる状況においてもなお、その患者さんを診断することを「正しくあきらめる」ことができれば、
いつか正しい診断にたどり着くことができる。</p>

<p>「あきらめかた」だとか、「放り投げかた」にも、たぶん正しいやりかただとか、
あきらめるタイミングというものがあって、それを外しさえしなければ、
病気に対する知識が全くない医師であっても、その患者さんに隠れている本当の病名が診断される方向に、
あるいは治療される方向に、状況を転がせるような気がする。</p>

<p>今作っているマニュアル本には、こういう考えかたは全然入っていないんだけれど、
いつかはこういう考えかたを実装したいなと思う。</p>

<p>まず必要なのは、分からないときに、その状況を「分からない」と認識するためのやりかた。</p>

<p>もう一つ必要なのが、ある症状を抱えた患者さんに対して、自分の知っている鑑別診断リストの中からは
適切な病名を探せなかったり、ある病名を患者さんに当てはめて、どうも「据わりが悪い」と
思えたときに、問題を抱えた患者さんを、その問題を解決できる医師に、正しく渡すためのやりかた。</p>

<p>どこから手をつけていいのか見当もつかないけれど、それでも症状は有限で、おそらくは、
物事が呪われたように悪く転がる、そうした状況の数もまた有限だから、
それを収集、整理することで、それを方法論としてマニュアル本に取り込むこともできるような気がする。</p>

<h2>進捗状況</h2>

<p>一部文章の改訂を行いました。索引を増やし、本に出てくる薬剤名、病名から、文章を検索できるようにしました。</p>

<p><a href="http://medt00lz.s59.xrea.com/man_2009.pdf">ここ</a> からダウンロードできますので、参照してみて下さい。8月5日版が今のところ最新です。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>「書かれたルール」と「本当のルール」</title>
		<link>http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/439</link>
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		<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 01:57:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>medtoolz</dc:creator>
				<category><![CDATA[2009病棟ガイド]]></category>

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		<description><![CDATA[ルールブックに書かれたやりかたと、そのゲームに勝つためのやりかたとはしばしば異なって、
ゲームはだから、「ルールを守る」のが好きな人と、「ゲームに勝つ」のが好きな人と、
たいていは2つの文化が衝突する。

「イヤーノート [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ルールブックに書かれたやりかたと、そのゲームに勝つためのやりかたとはしばしば異なって、
ゲームはだから、「ルールを守る」のが好きな人と、「ゲームに勝つ」のが好きな人と、
たいていは2つの文化が衝突する。</p>

<h2>「イヤーノート」という教科書</h2>

<p>「本がルールを書き換えた」先例がうちの業界にはあって、医学生ならたいてい誰もが持っていて、
医師ならたぶん10人が10人、その本を「クソだ」と断じる、「イヤーノート」という教科書がある。</p>

<p>医学部というのは医学を学ぶ場所だから、医学生の教科書というのは、
もちろん「医学」が体系的に、権威ある先生がたによって記述される。
教科書には、医師として知っていなくてはならないこと、診療に大切なことが中心に記載されて、
みんなそれを読んで勉強する。</p>

<p>ところが自分たちには「国家試験」というものがあって、これに合格しないことには、仕事が始まらない。
国家試験も試験である以上、「誰もが知っていなくてはならない知識」を問題にしてしまうと、
簡単すぎて、誰でも解答できてしまうから、序列をつけられない。国家試験はどうしても、
主流でない分野、重箱の隅をつつくような問題をたくさん混ぜる必要があって、
何とか成績に序列がつくよう、差が生まれるよう、出題者が工夫する。</p>

<p>そうした「工夫」が重なった結果として、「いわゆる教科書」をまじめに勉強することと、
国家試験に合格すること、「ゲーム」が提供するルールブックと、ゲームが規定する勝利との間に、
距離が生まれてしまった。</p>

<h2>ゲームの本当のルール</h2>

<p>「医師になる」というゲームにおいては、ルールブックには「医学をきちんと勉強すると医師になれる」と
記載されているのに、実際には、国家試験に合格しないと、医師になれない。「いわゆる教科書」をいくら
必死に勉強しても、身につくのは「誰でも知っていなくてはならない知識」であって、国家試験に出題されるのは、
そういう知識ばっかりではないものだから、ルールをまじめに守った人は、国家試験ではしばしば損をする。</p>

<p>誰もが知っていなくてはならない知識をどれだけ詳細に理解できていたところで、
知らない問題は、やっぱり答えられない。医学というのはそこまで成熟した科学じゃないから、
ある分野を深く理解できたなら、他の分野を推測するのに、その「深さ」が役に立つとか、
そういう場面は少ない。</p>

<p>「医師になる」というゲームのルールを、素直に「国家試験に合格すること」と規定し直した人たちがいて、
「イヤーノート」という教科書が出版された。編集方針は明快で、「重要だけれど誰もが知っている知識」は省かれて、
過去の問題に登場した領域だとか、どこかの大学で卒業試験に選ばれた症例なんかはいち早く詳しく紹介されて、
病院の上の先生がたは、学生がそれを読んでるのをみては眉をひそめた。「それ読むと<strong>馬鹿</strong>になるぞ」とか、よく怒られた。</p>

<h2>教科書がルールを書き換える</h2>

<p>「いわゆる教科書の正しさ」と、医学生が当時も今も直面している「国家試験という現実」との間には、
どうしようもない解離があって、「イヤーノート」は不完全だったけれど、その間隙を上手に埋めた。
最初の頃は同人誌みたいな本だったけれど、今では普通に一般書店に並んでいて、
たぶんほとんど全ての医学生が、あれを購入していると思う。</p>

<p>医師国家試験というのは資格試験だから、「全員が間違えた問題」は、不適切問題として、
正解から除外される。「イヤーノート」はたぶん、昔も今も、間違っている記載が多いだろうけれど、
全員が同じ教科書で勉強すれば、その教科書がよしんば間違えていようが、その間違えは、
国試においては「正しく」なる。</p>

<p>「読むと馬鹿になる」教科書は、今ではもう、試験問題を作った人に、自らの頭の中身を問うための武器にすらなって、
「情報の共有」と「ルールの書き換え」という、あれはボトムアップで世の中を書き換えた、まれな成功例なんだと
今でも思う。</p>

<h2>「診療」というルール</h2>

<p>今自分が直面している「診療」の現場においてもまた、「ルールブック」に記載されている医師の振るまいと、
そのゲームが規定する「勝利」、患者さんの治癒と満足との間にギャップがあって、たぶんみんな、
苦労している。</p>

<p>今はいろいろ進歩して、40分もあればフルコースの血液検査ができるし、
頭からつま先までCTを切るのも、せいぜい15分あれば終わる。
患者さんがいて、その人の骨格模型を3D で作るのは30分で行ける。</p>

<p>「武器」としては相当に高性能な、こういう診療機械は、研修医でもサイン一つで自由に使えるのが病院という場所なのに、
今の「研修医マニュアル」に書かれているのは、やっぱり昔ながらの、
お話を聞いて、どうせ聞こえもしない聴診器を全身に当てて、なるべく検査をしないよう、
しないよう、「それをオーダーする奴は馬鹿だ」みたいなやりかた。</p>

<p>一方では「間違えるな」と言われ、機械の助けなしには診断不可能な怖い病気が羅列されて、
そのくせ「間違えないための道具」が目の前にいくらでもあるなかで、機械はいつでも暖められて、
医師に使われるのを待っているその中で、それを「使うな」と、「研修医マニュアル」は教える。
2009年7月出版の教科書でもそのへん変わっていなくて、やっぱりおかしいと思う。</p>

<h2>症状に応じて検査を販売する</h2>

<p>「診療」というゲームの中にある、「研修医」というサブゲームのルールブックには、
「患者さんの症状に応じて、適切な検査を販売せよ」と書いてしまえば、それでいいんじゃないかと思う。</p>

<p>やっていることは単なる「御用聞き」であって、もはやそこには「判断」すらないけれど、
研修医に「判断」を要求して、正しい判断に援用すべき検査機械は使用を禁じられて、
もちろん「分からなかったら上司をコール」なんて必ず書いてあるんだけれど、
気軽に上司をコールできるような施設なら、そもそも「研修医マニュアル」なんて必要ない。</p>

<p>内科とか外科、救急がハイリスクで、そこを目指す人が減って、いろんな声が上がって、
人はそれでも、やっぱり減る。</p>

<p>こういうのもたぶん、「ルールブック」と「本当のルール」との間に解離があって、
研修医にはその間隙がよく見えるのに、そこがいっこうに埋まる気配がないものだから、
間隙が深い分だけ、それが「リスク」に見えるんだと思う。</p>

<p>どれだけ精緻なガイドラインが作られたところで、あるいはすばらしい研修システムが
整えられたところで、研修医の振る舞いを、顧客満足に接続できない、今のルールブックが
変わらない限り、人は増えてこない。</p>

<h2>馬鹿な本作りたい</h2>

<p>それを読んだ上の先生がたが、「こんなもの読むと<strong>馬鹿</strong>になるぞ」なんて怒り出すようなものが
作れたらいいなと思う。</p>

<p>「ゲームに勝つ」ことを志向したやりかたは、「ルールを守る」のが好きな人から見れば
間違ったやりかたで、両者の間隙が深いほど、相手が「馬鹿」に見えてくる。</p>

<p>その「馬鹿」が顧客の方向に向かない限り、同業者がお互い「馬鹿」とのの知り合う情景というのは
決して悪いものではないと思うし、結局どちらの「ルール」が正しいのか、それを決めるのは、
最終的にはお客さんなんだから。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>17時になったら上司と挿管</title>
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		<pubDate>Sat, 25 Jul 2009 08:03:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>medtoolz</dc:creator>
				<category><![CDATA[2009病棟ガイド]]></category>

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		<description><![CDATA[ずっと作っている研修医向けの本に、「喘息の患者さんを受け持ったら、
その日の17時に挿管の適応を決定する」という項目を入れることにした。

気管内挿管みたいな、生き死にに直結するような手技の適応は、医学的にでなく、むしろ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ずっと作っている研修医向けの本に、「喘息の患者さんを受け持ったら、
その日の17時に挿管の適応を決定する」という項目を入れることにした。</p>

<p>気管内挿管みたいな、生き死にに直結するような手技の適応は、医学的にでなく、むしろ社会的に
決定されるべきだから。</p>

<h2>適応は社会が決める</h2>

<p>「酸素濃度が下がったら挿管」とか、「意識状態が悪くなったら挿管」だとか、
医学的に正しく記載された教科書には、こういう治療を決断するときには、
まずは患者さんの状態を把握して、それから治療の適応を決めるように書かれている。</p>

<p>とりあえずこの年齢になるまで、
どうにか大きなトラブルなく来たけれど、
自分の積んできた判断をふり返って、物事を医学的に判断した記憶というのが、この数年間ほとんどない。</p>

<p>気管内挿管のような、生命の維持には欠かせない、その反面、それが行われる患者さん自身にも
リスクが発生するような治療についての判断は、「医学的に」ではなく、
むしろ積極的に、「社会的に」決定されるべきだと思う。</p>

<p>それはたとえば、病棟スタッフの脳裏に帰宅時間がちらつく「17時」であったり、
あるいはまた、「今日は当直あけだから家でしっかり寝たい」
日には挿管の閾値を下げてみることだったり。</p>

<h2>判断をねじ曲げるもの</h2>

<p>医療というものが、教えられることで再現が可能な「技術」である以上、
ある患者さんに対して、為されるべきことがしっかり行われていれば、それは「過失」にならない。</p>

<p>トラブルのほとんどは判断の間違い、あとからその状況をふり返って、「やるべき事が行われていなかった」と
判定された状況であって、タイミングはあまり問われない。そうした「間違った」判断のほとんどは、
「医学的な」判断が、社会的な圧力でねじ曲げられることから発生する。</p>

<ul>
<li>その日に上司が叱りとばした下級生は、患者さんの具合が悪くなっても、それを上司に伝えられなくなる</li>
<li>帰宅時間も迫った17時58分頃に、「患者さんが<strong>ちょとだけ</strong>苦しいそうです」なんて連絡を受けた主治医は、
しばしば「ちょっと」を恐ろしく過小に評価して、急変の徴候を見逃す</li>
<li>「これから飲み会」だとか、自分が主催する勉強会を目前に控えた状況において、
患者さんの症状はしばしば「安定している」と判断されて、後を引き継いだ当直医は、
しばしば急変コールで真っ青になる</li>
</ul>

<p>どれだけ「医学的に」正しい判断を下したところで、社会的なバイアスからは逃れられない。
正常値には幅があって、それはしばしば、間違った判断を補強する材料として使われてしまう。</p>

<p>医学的な決断、抗生剤を使うだとか、気管内挿管を行うことだとか、患者さんに必要な処置を、
社会的なバイアスから自由な立場で行おうと思ったなら、「バイアスのかかりやすい状況」を
あらかじめ組み込んだ、社会的な適応基準を作ったほうが、結局のところ、
患者さんにとって正しい判断につながる。</p>

<h2>軽い人ほど重く診る</h2>

<p>トラブルから自由でいようと思ったら、だから「重い」決断、気管内挿管を行って人工呼吸器をつけることなんかは、
「社会的に」決断されるべきだと思う。患者さんが苦しそうだからとか、酸素濃度が下がったから、といった
理由でなく、むしろ「もうすぐ外科の上司が帰りそう」だとか、「明日は当直だから今日は寝ておきたい」だとか。
挿管みたいな手技は、危険を伴うからこそ、万全の状況を作れないタイミングを避けるために、
いかにも下らない、「社会的な」理由を、もっと積極的に援用すべきなんだと思う。</p>

<p>重たい病気の患者さんというのは、やるべきことさえ行われていれば、どれだけひどい対応を行ったところで、
まずトラブルにならない。</p>

<p>具合の悪い患者さんというのは要するに、「医学的な正解が明らかな人」だから、
主治医がどれだけひどい態度を行おうが、どれだけ適当な根拠で判断を下そうが、
同じ医学知識を持った人なら、その患者さんに対して行うことは、結局変わらない。</p>

<p>怖いのはむしろ「正解のない人」、症状としては軽くて、そのくせ夜中とか、
早朝4時に歩いて外来にやってくるような患者さんで、
「医学的には」何もしないで帰すことが正解になるような人たち。</p>

<p>こういう人はたいてい、患者さん自身が想定している正解というものを持っていて、
それから外れた対応をするとトラブルになるし、あとから実は病気が隠れていたりしたら、
あとから修正が効かない。</p>

<h2>「いいお医者さん」のこと</h2>

<p>個人的にはだから、軽症そうに見える人ほど、「ようこそお越し下さいました大変だったでしょう」みたいな
態度を心がけるようにしている。どう頑張ったって、「何しに来たの？」みたいな本音が透けちゃうのは
隠しようがないから、せめて外面だけでも丁寧に見える態度を目指す。</p>

<p>「いいお医者さん」としてのありかたというのは、サービス精神なんかじゃなくて、
むしろ保身だとか、臆病さだとか、トラブルを避けて、なるべく楽して働きたいだとか、
そんな後ろ向きな努力の帰結としてたどり着くべきだと思う。</p>

<p>自分たちの仕事は、お客さんから「お前のこの対応はよかった」だとか、
「お前のここが気にくわない」だとか、そんなフィードバックが得られる機会が極めて少ない。</p>

<p>医師としての振る舞いかたというのは、どうしたって独善的なものにならざるを得ないんだけれど、
理念先行で「いいお医者さん」を目指してしまうと、「偽善」に「独善」が重なって、なんだか救いようがない。</p>

<p>トラブルを避けたいとか、訴訟から無縁に過ごしたいだとか、
出発点は、人なら誰でも持っている「わかるわかる」的な価値から始めないと、
その人の積んできた「独善」は、誰の役にも立たないような気がする。</p>

<h2>本題</h2>

<p>「<a href="http://medt00lz.s59.xrea.com/man_2009.pdf">2009病棟ガイド</a>」の内容を、
そんなわけで40箇所ほど改訂しました。</p>

<p>医学部分には大きな変化はありませんが、一部の手技について、判断の基準に
追記を行っています。</p>

<p>書けば書くほど「出版」が遠のいていくような気もしますが、だいたい内容が固まりつつあります。
「LaTeX 入稿が可能」、
「爪見出しの追加が可能」で、商業出版を考えて下さる
業者さんがいらっしゃいましたら、ぜひ相談させていただければ幸いです。。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>マニュアルの一部改訂を行いました</title>
		<link>http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/408</link>
		<comments>http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/408#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 06 Jul 2009 02:38:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>medtoolz</dc:creator>
				<category><![CDATA[2009病棟ガイド]]></category>

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		<description><![CDATA[
上の先生がたに内容の検証をお願いし、結果の一部を反映させました。
循環器領域の話題で、ガイドラインに沿っていなかった場所の記載を一部改めました
「妊婦さんに投与してもいい薬」の種類を増やしました。一応教科書の記載からの [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<ul>
<li>上の先生がたに内容の検証をお願いし、結果の一部を反映させました。</li>
<li>循環器領域の話題で、ガイドラインに沿っていなかった場所の記載を一部改めました</li>
<li>「妊婦さんに投与してもいい薬」の種類を増やしました。一応教科書の記載からの転載ですが、自分自身で使ったことのない薬がいくつか入っているため、用いるときには、所属施設の産科医に確認をもらってください</li>
</ul>

<p>新しい版は<a href="http://medt00lz.s59.xrea.com/man_2009.pdf">ここ</a>からダウンロードできます。 </p>

<p>今のところ、A5版20穴のバインダーノートに両面印刷を行う使われかたを想定しています。
コクヨの<a href="http://www.google.com/search?hl=ja&amp;q=%E3%82%B3%E3%82%AF%E3%83%A8+%E3%83%AB-21N&amp;lr=">ル-21N</a>という製品を使うと、ぎりぎり1冊におさまる分量になります。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>プロカルシトニンの社会的有用性について</title>
		<link>http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/351</link>
		<comments>http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/351#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 11 May 2009 05:43:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>medtoolz</dc:creator>
				<category><![CDATA[2009病棟ガイド]]></category>

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		<description><![CDATA[今作っているのは「症状」で分類した教科書で、患者さんはたいていの場合、何らかの「症状」を抱えて病院にやってくる。

西洋医学は「臓器」で分類されていて、医師国家試験は全ての臓器を網羅しているから、
医師はあらゆる臓器を診 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今作っているのは「症状」で分類した教科書で、患者さんはたいていの場合、何らかの「症状」を抱えて病院にやってくる。</p>

<p>西洋医学は「臓器」で分類されていて、医師国家試験は全ての臓器を網羅しているから、
医師はあらゆる臓器を診察できることになっていて、「症状」を「臓器」へと翻訳する工程は、
建前上、誰でも問題なくできることになっている。</p>

<p>実際にはもちろんそんなことはなくて、病院にはだから、いくつもの科があって、患者さんはしばしば、
「この患者さんは少なくとも、うちの科の領分じゃありません」なんて、症状を抱えているのに、
いろんな科から「<strong>うちじゃない</strong>」なんて、理不尽な返答をもらう。</p>

<h2>検査の社会的有用性</h2>

<p>主治医が決まらないと治療は始まらない。「うちじゃない」問題が発生するような患者さんは、
たいていの場合、どの科の医師にしても、きちんと診療する自信が持てないから、
そういう患者さんを診たときには、どこかの科に「押し込む」ことを考えないと、話が前に進まない。</p>

<p>検査には、医学的な有用さとは別に、社会的有用性というパラメーターがあって、
外来で「うちじゃない」問題が発生したとき、こういう検査が活躍する。</p>

<p>たとえば循環器内科領域には「BNP 」という検査項目があって、これは心不全を持った患者さんで上昇する。</p>

<p>循環器内科以外では提出されない検査だけれど、
胸が苦しいだとか、息が苦しい、という訴えをした患者さんでこれが上昇していると、
その人はもう、間違えなく循環器内科の患者さんであって、担当医は言い訳できない。</p>

<p>BNP は、この検査を提出しなくても、診察にはそれほど困らないのだけれど、
自分たちが「うちじゃない」をやるときだったり、専門施設に
よく分からない患者さんをお願いするときだったり、社会的な問題を解決する必要が生じたときに、
この検査は大いに役立つ。</p>

<h2>不明熱が難しい</h2>

<p>「吐血」や「咽頭痛」みたいな、その症状を受け持つべき専門科がはっきりしている症状なら、
そもそもこうした問題は発生しない。</p>

<p>「呼吸困難」だとか「胸痛」みたいな症状もまた、振り分けが問題になるのはせいぜい2科だから、
いくつかの検査を提出すれば、「うちじゃない」問題は回避できる。</p>

<p>ところが「不明熱」だとか、「全身倦怠感」あたりになると、
そうした症状を生じる疾患は無数にあって、たいていの場合、
患者さんがどの科の門を叩いても、「うちの疾患じゃありません」なんて返事が返ってくる。</p>

<p>今作っている本にしても、簡単なマトリックスを使って、症状ごとに提出すべき検査の図示を試みているけれど、
「熱が出た」という症状と、「だるい」という症状については、こうした図版が破綻していて、
いきなり複雑になって、このままではたぶん、役に立たない。</p>

<p>「熱」や「だるさ」という症状を生じる疾患のうち、疾患名だけで勘定すると、だいたい半分ぐらいが感染症で、
残りのさらに半分ぐらいが、膠原病だとか、血管炎だとか、リウマチ膠原病疾患。残った1/4を、
悪性腫瘍だとか、内分泌疾患で分けることになる。</p>

<p>受け持つべき疾患が一番多いから、「不明熱」の患者さんが相談される先は、何といっても感染症科に
なるはずなんだけれど、感染症の教科書には、不明熱の対処に関する記載が少ない。</p>

<p>有名な青木先生の教科書にしても、不明熱に割かれているのはせいぜい20ページぐらい。
原因の分からない患者さんに対して、感染症科ならではのやりかたで疾患名を当てるやりかた、
何かこう「必殺技」的な、「裏技」的なやりかたを期待して読むと、肩すかしを喰った気分になる。</p>

<p>不明熱に関する記載が充実しているのは、むしろリウマチ膠原病疾患の教科書だとか、血液内科の教科書で、
恐らくは「熱があるけれど分からない」患者さんの多くは、「分からないけれど細菌が原因」という状態を
検査で証明できないから、白血球が高いだとか、CRP が高い、といった理由にこじつけられて、
膠原病内科やら、あるいは血液内科に紹介されているのだろうと思う。</p>

<h2>新しい検査が門を開くかもしれない</h2>

<p>去年ぐらいから使えるようになった<a href="http://61.114.178.39/r_and_d/hope/no09.html">プロカルシトニン</a>
という検査があって、これが一般診療で普及するようになったら、あるいはこうした状況が変化するかもしれない。</p>

<p>この検査はCRPと同じく、炎症があると上昇するマーカーにしか過ぎないけれど、
細菌感染症に特異性が高くて、膠原病だとか、ウィルスによる発熱のときには、あまり上昇しないらしい。</p>

<p>今はまだ、敗血症の重症度判定に使われる程度だけれど、これが一般内科外来で気軽に提出されるようになると、
「分からないけれどとりあえず細菌感染症」という状況になった患者さんがたくさん生まれる。</p>

<p>この検査の特異度がどれぐらいあるのか分からないけれど、ある程度数字に信頼が置けるのなら、
検査で「分からないけれど最近」と判定された患者さんを、感染症科は断れなくなる。</p>

<p>敗血症みたいな、感染症と診断された患者さんの診療に関しては、この検査が与える影響は、恐らくは微々たるものだけれど、
病院内での医師社会に与える影響はもしかしたら大きくて、今まではコンサルタント的な立場だったあの人たちを、
この検査で「現場」に引っ張り込むことができるようになるかもしれない。</p>

<p>ネットをちょっと調べた範囲では、プロカルシトニンという検査項目を、「うちじゃない」問題の解決に使ってみました、
なんて報告はまだないみたいだけれど、将来的にそんな期待を込めて、<a href="http://medt00lz.s59.xrea.com/man_2009.pdf">今度の版</a>から、
「不明熱」の項目に、プロカルシトニンに関する記述を追加してみた。</p>

<p>うちの病院ではそもそもこの検査が提出できないので、使ってます、とか、あんまり使えません、とか、
これを使って奴らをぎゃふんと言わせてやりました、とか、使用経験のあるかたがいらっしゃいましたら、
使ってみた感覚など、教えていただければ幸いです。。</p>
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