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2009.10.26

働きかたが多様化している

今うちの施設に来てくれている内視鏡の先生は、普段は別の県で仕事をしていて、 週に1回、200km近く離れたその場所から、内視鏡検査のためだけに、車を飛ばして 病院に来る。もっと近くにだって、たぶん内視鏡医を必要としている場所は あるんだろうけれど、車が好きなんだという。

当直だけを代行してくれる、という働きかたが増えているらしい。

リクルートを経由して、最近何人か、夜間の当直だけを担当したい、という 仕事の依頼が入ってくるんだという。昔はこういうのは、医局の若手が アルバイト代わりに病院を泊まり歩いて、大学の安月給を補ったり、 あるいは部活の「先輩後輩」つながりで、他の大きな病院に勤める傍ら、 小さな施設に、当直だけ来てもらったり。

外来だけとか、あるいは検診だけ、内視鏡だけ、当直だけなんて、 今までだったらあり得なかったような勤務形態が、ここに来て、田舎の病院にも増えてきている気がする。

伝統的な医師のありかた

これから来てくれるかもしれない当直代行の先生は、東京都内でホテル暮らしをしているらしくて、 決まった住所を持っていないんだという。陸の上で「船医さん」みたいな暮らしかたをしていて、 いろんな病院を、いわば泊まり歩くような仕事のしかたをしていて、気ままに過ごしているんだという。

大学でも最近は、医療以外のことに、人生の軸足を移す人が増えてきていて、 医局を離れて、リクルートを頼って、県内の病院に、外来だけの非常勤医として 勤めたりする例が出てきているんだという。

「医局出身」の医師というのは、基本的には外来と病棟と、最低限度の当直と、全部一通りできて、 初めて「○○大学」を名乗ることが許されて、医局から派遣されてきた医師は、 だからある程度の「規格」に沿った、いわば使いやすい形で派遣されるのが 当たり前だったんだけれど、その代わり、多用なやりかたは許されなかった。

当直専業の医師なんて、医局出身の医師のありかたからすればこれは「規格外」であって、 医局に「こうしたい」なんて相談したところで、もちろんそれは許されなかったし、 仮にどこかの病院で、そうした勤務形態に需要があったところで、医局という場所は、 そこまで細かい対応をしてくれなかった。

人と人とをつなぐやりかた

今はたぶん、リクルートに代表されるような、医師を派遣する会社、 人字の需要と供給を代行するプロ集団が自分たちの業界に入ってきて、 流れがずいぶん変わりつつある。

うちの業界に一番欠けていた、あるいは今でも欠けているものというのは、 「人と人とのつなぎかた」であったのだと思う。

医局はたしかに、医師の配分に貢献してきた組織だと思うんだけれど、 「つなげる」ことには徹底的に不得手であって、だから医局は、 あたかもレンガを量産するみたいに、一つの決まった規格に沿った「勤務医」を 生み出して、規格に外れた人は、「開業医」になるしかなかった。

派遣される医師と、医師を受ける病院側には、本来は様々な勤務需要と、仕事の需要とがあって、 そうした中間地帯には、必ずしも「レンガ」の規格がぴったり来ない場所がたくさんあったはずなんだけれど、 「つながり形成」のプロであるリクルートみたいな会社が入ってくることで、そうした間隙にも、 医師が入っていけるようになったのだと思う。

「若手医師はどこに消えた?」論議というのは、たぶん大学病院と市中病院との衝突ではなくて、 むしろ流通形態の衝突であったのだと思う。

勤務医という、一つの規格に沿った勤務形態を大量に提供する、大学病院という流通形態と、 医師個人の需要と、受け入れ病院の仕事需要とを対応させて、全国区で需要のすりあわせを試みる、 リクルートみたいな会社のやりかたと、こういうのはたぶん、新聞メディアがネットに駆逐されつつあるのと 同じく、技術の進歩に乗り遅れた側が、一方的に敗北していくのを見てる気がする。

「カタログ映えするラベル」の時代が来る気がする

「○○大学医局」のブランドで、一定の規格に沿って養成された医師を迎える時代から、 これからはたぶん、「こういう勤務形態で働いてくれる人がほしい」なんてどこかの会社に発注したら、 「人間のカタログ」が届いて、「この人」なんて指定できるようになるんだと思う。

需要に最適な人間を、全国区で選択できるようになったなら、「人柄」とか「信頼」みたいな、 カタログに載せにくいパラメーターは、意味を持たなくなる。たぶん「いい医師を目指す」とか、 これから先は、止めたほうがいいんだと思う。

カタログの時代、大切になるのはやっぱり、専門医を持っているとか、 学会認定の資格を持っているとか、 カタログ映えするラベルを自分にたくさん貼り付けることであって、大学医局の役割もまた、 人材派遣に敗北して、これから先は「ラベルの印刷」と「ラベルの販売」へと 移行していくような気がする。

漠然とした「良さ」を目指して、カタログ映えするラベルの獲得を怠ってきた自分みたいなのは、 これから先、どう考えてもいい目を見る可能性がなさそうなんだけれど、 次どうしようかなとか、けっこう考える。

2009.06.19

時が止まっていた

NHKクローズアップ現代で、小学校教育が特集されていた。「最新」の教育手法が、 見ていてなんだか懐かしくて、その懐かしさに、ぞっとした。

紹介された「最新」技術は、自分が昔習ったやりかたに、あまりにもそっくりだったから。

昔からある最新のやりかた

学校の算数について行けない子供というのは、問題文を画像化して考えるのが難しくて、 試験問題の文章を読んでも、それがいったいどんな情景を意味しているのか、 頭の中でそれを画像化できないから、問題が解けないんだという。

ちょっと前に流行した「百ます計算」みたいなやりかたは、作業効率の上昇を狙った手法で、 あれはそれなりに問題を解ける子供が、能力をもっと伸ばすのには役に立つんだけれど、 問題解決のボトルネックが「理解」にある子供には、あんまり役に立たないらしい。

番組 で取り上げられていたのは「絵解き文章題」という手法。問題文を読んで、 それを漫画みたいに落書きしてみたり、問題文に「○メートル」なんて長さの記載があったら、 まずはそれっぽい長さの線を引いて、とにかく問題文を、画像にして考えさせるやりかた。

このやりかたを習っていた子供のノートが放映されて、それがあまりにも、 昔自分が書いてたノートにそっくりで、怖くなった。

日能研の昔

昔、たまプラーザの日本能率で、1期生だった。

25年以上前。たまプラーザの駅前にはイトーヨーカードーぐらいしかなくて、当時は発売されたばっかりの「ぴゅう太」を目当てに、塾に通っていた子供同士、日能研の授業が始まる1時間も前におもちゃ売り場に乗り込んでは、 店員さんに怒られるまで遊んでた。

塾の授業では、「絵を描きなさい」だとか、「時間はたっぷりあるんだから、 絵を描く余裕は十分あるから安心しなさい」だとか、「最新」のやりかたを仕込まれた。

できたばっかりの日能研は、講師の人たちは大学生みたいな年格好だったし、教室も4つぐらいしかなくて、 ちょっと大きな田舎の寺子屋みたいな雰囲気だった。学校というよりも遊び場に近い雰囲気で、 建物に入って、挨拶もそこそこに事務室奥のソファに陣取って、勝手にアイスコーヒー飲んだりしても、怒られなかった。

マッチ箱にマッチを詰めて、授業に山ほど持ってきた先生がいた。

10の桁上がりだとか、割り算を教えるのに、マッチ箱の中には10本ずつのマッチが入っていて、 マッチ箱を重ねて、算数の手ほどきを受けた。「いい答え」だとか「ひらめき」を得られた子供には、 ご褒美として宝石の原石をくれた。磨くときれいに光るんだとかで、あれがすごくほしかったんだけれど、 手が届かなくて悔しかった。こんなやりかたもまた、「マッチ箱」が「キャラメルの箱」に置き換わっていたけれど、 番組にそのまま登場してた。

当時はたぶん、塾の人たちにだって、何か最新の、ものすごい教育手法を伝授しているなんて意識はなかったと思う。 日能研はまだまだ小さな塾だったし、当時はもっと、名前の通った、「頭のいい子」が行く塾は、たしか別にあったから。

「学校の子供」と「塾の子供」

「塾の子供」は、必ずしも頭のいい子供ばっかりではなかったような気がする。

小学校4年生で連立方程式が解ける同級生もいたけれど、自分にそれが理解できたのは 中学校に入ってからだったし、受験勉強して、 入学試験を受けたまさにそのときまで、自分が算数の問題を解くときには、「とりあえず漫画」だった。

実際問題、自分の成績は悪かった。

学校には昔から「田舎の神童」がいて、医学部の同級生にしても、100人いれば何人か、塾にも受験校にも縁がないのに、勝手に成績がよくなった奴というのがいる。地頭がものすごいから、塾の助けなしに何でもできるこういう連中がいるから、たぶん公立の学校は、やりかたを変える必要はないと判断したのだろうけれど、「塾のやりかた」で救われた人は、少なくないんだと思う。

学校の成績が悪くて、親に連れられて、当時できたばっかりの、日能研の門を叩いて、 日能研には試験があって、その試験の成績もやっぱり悪くて、父親から怒られて、 頼み込んで再試験させてもらって、やっと拾ってもらった。拾ってもらって成績伸びて、 そのうち学校の試験では100点以外取れなくなって、同じ頃、学校は、「塾の子供」と「学校の子供」に分かれた。

「塾の進度が速すぎるから」と説明されていたけれど、どこでも塾に行っている子供は、学校の試験は 満点以外取れなくて、意味がなくなってしまった。個人の能力なんて、こうなると全く評価できなくて、 学校の先生は、「満点は0点」というルールを導入した。

「塾の子供」は0点ばっかりになった。

「全問正解は0点」ルールのもとでは、間違えることこそが学習だから、間違えない子供の解答は、0点になった。

何となく、「ゆとり教育」のことを考える。塾組と、「学校の子供」と、もはや絶対に超えられない断絶が そこに生じて、「ゆとり教育」を決断した人たちは、成績というパラメーターに背を向けた。生きる力だったか、 とにかく試験で測定できないパラメーターを大切にしようだなんて、断絶にそっぽを向いた。

止まった時間のこと

自分は一応、曲がりなりにも受験校経由で医学部を卒業できたから、日本能率のやりかたは、 「正解」だったと今でも信じているけれど、裏を返せば25年前、田舎の塾で普通にやってたやりかたが、 今の公立学校で、ようやく「最新」だなんて注目されることが、ちょっと信じられない。

25年あれば、大戦末期の零戦が、F14に進化する。

自分たち「塾の子供」がF14で飛び回るその横で、公立学校の理念がどれだけすばらしかったところで、 「学校の子供」が乗っているのは零戦なんだから、そもそも勝負になるわけなかった。 25年というのはそういう時間で、それがあったから、自分は「お得」な思いができたのだろうけれど、 この25年間、「F14」に乗る機会を逸して、それでもそれが「正しい」ことにされた人は、 損をしているんだと思う。

懐かしいどころか、そもそもそう習ったことすら忘れてたぐらいに昔のやりかた、当時の自分たちも、 教えてくれた先生たちも、そのやりかたが画期的にすごいだなんて思ってもいなかったような教わりかたが、 今になってやっと、公立学校の「最新技術」。教育の方針を決める上の人たちが、今までいったい何を見ていたのか、 気持ち悪いぐらいにそっくりな、「最新」教育の授業ノートを見ながら、どうにも理解できなかった。

「塾の子供」の断絶を肌で感じて、それでもそれを取り入れようとしなかった公的教育機関の上の人たちは、 いったい何を持って「いい教育」を定義していたんだろう。

プログラマーの Dankogai さんなんかは、むしろ学校を捨てたことで自分が伸びたみたいなことを言っておられたし、 こういうのはもちろん、個人の向き不向きはあるはずだけれど、自分は正直、日能研の人たちがいなかったら、 今とは全然違った人生歩んでいたと思う。

2009.06.10

203高地症候群のこと

「譲れない何かを守るために、あらゆる犠牲を惜しまず戦力を投入しようとして、目標を見失う状態」のことを、 個人的に「203高地症候群」と読んでいる。

こういうたとえ話として、203高地はそもそも正しくないみたいだし、そんなに珍しい状況だとは 思えないから、もっとふさわしい言葉があるんだろうとは思う。

自主規制という戦いかた

日本のゲームが「不道徳だ」なんて海外で叩かれて、政治の世界でそんなことが話題になって、 ゲーム業界の人たちは、いち早く「自主規制」を表明した。

問題が政治の具になって、現場の意図とは全く関係のないところで、杓子定規な「法律」が作られて、 そうなるとたぶん、業界全体が大きなダメージを受けてしまう。問題が大きくなる前に、 政府の先手を打つ形で自主規制を表明するやりかたは、戦略としてスマートだな、と感心した。

このあたり、自分たちの業界は、政府はもっと国民の健康を考えよだの、無知な裁判官が 医療の現場を滅ぼすだの、勇ましいスローガン叫んで、問題の「本質的な」解決を目指して、 恐らくはどの業界よりも、ロビー活動にたくさんのお金を突っ込んでいる割には、 ろくな成果が上がってないのと対照的だなと思う。

川を守るときには一歩退く

戦争のとき、敵が川をはさんだ向こう側に陣取っていて、味方がそれを守るときには、 川から一歩引いた場所で迎え撃つのがセオリーなんだという。

「敵が川を越える」というのは、何となく負けイメージだし、川の両側は土手だから、 川岸ぎりぎりで守備を行うと、なんだか固い守備ができそうなのだけれど、これをやってしまうと、 渡河した敵と、川向こうからの敵の援護射撃と、両方を相手にしないといけないので、 激戦になって、お互いのダメージが大きいのだと。

むしろ相手に川を明け渡してしまうことで、ちょうど相手の半分が川向こう、 半分が川を渡ったあたりで戦闘が始まる場所に陣を構えると、相手が分断されて、 少ない戦力を相手に戦闘を行えるので、川が守れていないようでいて、見かたの犠牲を最小限にできるような、 有利な状況で戦闘を開始できるのだという。

味方が守らなくてはいけないのは、もちろん味方の命であって、「川を明け渡す」というのは、 単なる象徴にしか過ぎないのだけれど、川を死守して味方の犠牲をいたずらに増やしてしまうような、 守るべきものを間違えた戦いかたというのは、たぶんいろんな場所でおきている。

味方が守りたかったもの

ゲーム業界の人たちがいち早く自主規制を表明して、業界の人たちは、そんな行動を通じて、 まずは小売りの人たちを守りたかったんだという。

問題が政治の具になれば、話がグダグダしている間、下手すると小売店が抱えた在庫を販売することも 難しくなってしまうから、業界は大きなダメージを受けてしまう。表現の自由だとか、 問題を大きくして、業界と、政治の人と、ユーザーの権利を賭けて全面戦争してみせるのが、 たぶん「本質的な」戦いかたなんだろうけれど、それが終わって、よしんば勝利を挙げられたとしても、 その頃にはもう、小売業者の人たちは疲弊しきって、業界は、立ち直れなくなってしまう。

勤務医の味方を自称する人たちは、政府の人を叩いて、官僚を叩いて、裁判官を叩いて、 問題を大きく、より「本質的な」戦いかたを目指して、実際のところ、現場の勤務医は減る一方。 拳振り上げて叫ぶのは、たぶんとても気持ちがいいんだろうけれど、患者さん診ようよって思う。

法律を変えるだとか、裁判をやり直すとか、たしかにそれは、本当の解決なのかもしれないけれど、 手の届く場所にいる味方を潰さないでほしいなと思う。業界挙げての全面対決目指して、 その割には、土日になったら「2週間前から食事が減っているようです」なんて、あの人たちはしっかりと、 週末を満喫する準備に余念がない。

現場から大事なコンポーネントが失われてしまったそのときに、あの人たちがきちんとそれを 補完してくれるなら、それはありがたいんだけれど。

2009.05.20

「グダグダ」駆動型の問題解決手法

政府が「まだ感染の拡大を阻止する時期だ」なんていう立場を崩していない中、大阪と神戸の人たちは、「もう感染は蔓延しているから、発熱外来に患者さんを集中させても意味がない」、という認識を表明して、「蔓延期」のやりかたに舵を切った。

恐らくこれからは、全ての一般病院で通常の診察が始まって、タミフルだとか、検査キットだとか、今まで流通が止まっていた道具が解禁されて、あのエリアは落ち着きを取り戻すんだろう。

新型インフルエンザが、弱毒のまま経過していく、という前提が崩れない限り、神戸や大阪の人たちがやろうとしていること、あるいは、大阪の橋本府知事が最初から言っていたような、「そんなに重たく考えるのを止めよう」という立場が正しくて、そっちのほうがお金がかからないから、他の県もこれから、神戸や大阪に続くのだと思う。

グダグダではあったけれど、結果として日本は、だいたい1週間ぐらいの経過で、世界レベルの、常識的なやりかたに軟着陸しつつある。

方法論として総括するなら、これはもう、リーダーの失政であって、ここまでに至る過程は「最悪」の一言だったけれど、課程の評価をすっ飛ばしていいのなら、「外国に右にならえ」をするわけでなく、地域ごとの試行錯誤を促した帰結として、ボトムアップのやりかたで世界レベルの解答にたどり着いた、と解釈してもいいのなら、「グダグダ駆動」の問題解決というのは、案外「あり」なんじゃないかなと思った。

「グダグダ」を成功させるのにも、必要な条件というものがある。

  • 上層部は、誰もが認める「無能」でなくてはならない。上司が中途半端に有能だと、現場はその人の判断を待って、 自ら動こうとする動機を失ってしまう
  • しかたがねぇな」という空気がアイデアを生む。今の時代、失敗のコストが圧倒的に高くなってしまうのは、たぶん全世界共通で、今更これを変えるのは無理。その代わり、「上司が無能で、組織が傾く」という、有事というエクスキューズが入ったのなら、失敗コストをそのときだけ下げることができる
  • 上司の役割は、だから「無能な上司それ自体が有事」という空気を作りだすことにあって、上層部から、積極的にグダグダ感を発信して、一刻も早く、現場に「有事」の空気を生まないと、グダグダ駆動はうまくいかない
  • 問題を解決するための資源を最初から分散しておかないといけない。タミフルだとか、検査キットは、県のレベルで流通を管理できたから、今回は、アイデアが生まれた。これがたとえば自衛隊管理だとか、国家管理だったなら、知事にできることといえば、国にお祈りするか、クーデターを起こすことぐらいだった
  • 問題の大きさを、知事だとか、市長だとか、「手に負える」大きさに切り分けて、兵站まで含めて、現場に「丸投げ」してしまわないと、「グダグダ」は生まれない
  • 制約要素をあらかじめ宣言しておくと、それが多様性を生み出すかもしれない。今回の事例では、財務省の人たちが、「対策にはビタ一文出す必要を感じない」なんて宣言した。これがもしも「予算も物資も天井知らずだ」なんて宣言だったら、たぶん単なる予算獲得競争になって、アイデアは、問題解決の方向を向かなかったかもしれない
  • 政府の人たちがもしももう少し責任意識が強かったなら、薬品なんかを「国家備蓄」にして、いざというときには我々が積極的に管理します、なんて立場を表明していたのなら、今回のような、「我々は勝手にやる」空気は、そもそも生まれなかった
  • 比較可能な「ものさし」を決めないといけない。今回の状況で行くならば、それは「予算」であって、「外来の待ち時間」だった
  • 発熱外来を運営するのにはお金がかかって、企業や学校の運営停止命令は、経済的なダメージがすごかった。大阪や、神戸の決断は、少なくとも「お金がかからない」だとか、外来の「待ち時間が減る」といった、比較可能な効果をもたらすはず
  • ここで「ものさし」が不在になってしまうと、たとえば舛添大臣が提案している「犠牲者ゼロ」なんてものさしは、これはインフルエンザの流行が終わってみないと、計測も、比較も不可能だから、「グダグダ駆動」ができない
  • 使えないものさしを提示されると、みんなは「汗の量」で、物事を評価する。役立たずでも、「一生懸命やった」ことが評価されてしまうし、有用な対策を打ち出したところで、それに要した「汗の量」が少なかったら、もしかしたらせっかく生まれた合理的なやりかたは、広まらない
  • 上層部は浅ましくないといけない。よさげなアイデアが生まれたら、さっさとそれを「自分の手柄」として自画自賛して、全国に広めないといけない
  • なまじっか上層部が謙虚で、そこで「よりよいやりかたを学ぼう」会議を主催したりすると、いい意味で場当たり的な、うまくいったやりかたは、「委員会」が生み出す鈍重な第2のシステム、牙を抜かれた、役立たずのものになりかねない

限界はあるだろうけれど、日本には、こういうのがあってるような気がする。

2009.05.05

イベントドリブンは勘弁してほしい

連休中日。外来は毎日大賑わいだけれど、検疫官の人たちが過労で倒れそうな 勢いで頑張っているからなのか、今のところはまだ、新フルエンザ発生、という話は伝わってこない。

人も増やすみたいだけれど、空港は、今の時点ですでに限界超えているのに、 このままのやりかたを引き継ぐと、ゴールデンウィークあけの入国ラッシュは大変なことになる。 実際のところ、事態はまだ始まったばっかりで、連休あけて、むしろ感染可能性を抱えた人が 入国するのはそれからなんだけれど、ぎりぎりの体制がいつまで続くのか、 検疫官の人たちは頑張っているけれど、上の人たちは、いつまで「頑張る」を 続けるつもりなのか、よく分からない。

縦深は大切

実は政府に何か策があって、どこかで「こういうこともあろうかと」みたいな演出狙ってるならいいんだけれど、 むしろ何となく、「日本だけは大丈夫」的な、上の人たちが根拠のない信念に固まっていそうなのが怖い。

空港レベルで食い止めるやりかたは、塹壕一本に全てを賭ける大昔のやりかたで、縦深を考慮していない。

潜在的感染者が少ないならそれでもいいかもしれないんだけれど、このまま行くと、 一本しかない防御ラインがやぶられたその時点で、そのことが大問題になる。ある意味 破られて当然の検疫ラインなのに、大臣が国会で責任を追及されたりだとか、空港の検疫官が メディアから叩かれたりだとか、ろくでもないことを妄想してしまう。

発熱外来をきちんと準備している自治体はまだ少なくて、少ないまま、このままずるずる様子を見るのは よくない気がする。そろそろ縦深防御に移行すべきなんだと思う。

空港レベルでは住所確認と自宅安静のお願いに徹して、 よっぽど状態の悪い人以外はスルーして、あとは地域の発熱外来が隔離を引き受けるようなやりかた。

地域の役所は、お金がかかるからなのか、「空港の皆様のがんばりを信頼していますから」なんて、 発熱外来の設置を回避しよう、回避しようとしているように思える。

「身内にアメリカ帰りがいて、インフルエンザっぽい症状が」なんて人は、今でも普通に病院に来る。 ちゃんと保健所に電話して確認しているのに、近所の病院に行きなさい、なんてアドバイスされる。 今はまだ、日本国内には「新フルエンザはいない」ことに なっているから、役所的には、市中病院で「問題ない」のだと。

状況を動かすのは怖い

現場はたぶん、みんな怖がってる。新フルエンザ疑いの患者さんを引いてしまったなら、 下手すると自分が、当直あけの記者会見で、全国に間抜け面をさらすことになる。 メディアの人には突っ込まれるだろうし、ただでさえ忙しいのに、日常の業務は回らなくなる。

最近アメリカに行ってきた人なんて、無数にいる。その人たちの友人だとか、身内の人は、もっと多い。 誰かが熱を出して病院に来るだけで、救急外来は恐慌状態になる。新フルエンザは今のところは 弱毒みたいで、本物の患者さんが来たところで、たぶん対応は難しくないんだけれど、 病気それ自体よりも、「病気で食べてる人たち」との対応が恐ろしい。役所はきっと、 そういうところも含めて「現場任せ」だろうから。

受ける側としては、とりあえず弱毒っぽいという見込みが立ちつつある今なんだからこそ、 「戒厳令の練習」だとか、「地域非常事態宣言の練習」だとか、発熱外来の設置をやってほしい。 お金もかかるし、生活が不便になるけれど、今の空気と、それに見合ったリスクと、得られるものは十分引き合う。

検疫官の人たちが倒れるまで使い潰されて、検疫をくぐった人の流れ対しては実質無策で、 国内の体制もぐだぐだなまま、「落ち着いちゃいましたね。よかったよかった」で終わるのは最悪だと思う。 これだけのことが起きたのに、有益な経験が一切得られない。

むしろ弱毒っぽい今だからこそ、政府の人たちが断を下して、空港レベルでの検疫が限界であることと、 迎え撃つ方針というか、戦略の変更を宣言して、政府の名前で、各地方自治体に発熱外来設置を 指示してくれると、現場の負担は減って、きっといろんな経験を積める。

イベントドリブンは勘弁してほしい

第二次世界大戦の昔、上の人たちは、状況の変化に対して実質なんの決断も下すことなく、 現場が疲弊しきるまで同じことを繰り返させた。無理が来て、状況が崩壊すると、 なぜか「やれるだけのことはやった。しかたがなかった」と総括して、 潰れた現場を英雄に祭り上げて、自分たちは同じ場所に留まった。こういうの繰り返しちゃいけないと思う。

今はむしろ、一刻も早く新フル陽性が確定してほしい。陽性の確定診断が発熱外来スタートの根拠になってしまっている以上、とにかく誰かが「陽性」をコールしてくれないと、物事が動かない。

決断には責任が伴うから、政治の人達はそれをしたくないんだろうけれど、こういうのを「イベントドリブン」で決断回避するのは、やっぱり違うと思う。患者が出たから、「仕方なく」全てが動くやりかたは、たぶん役所の上のほうにいる人達は、「いい考え」だと思ってるんだろうけれど、このやりかたは、現場がすりつぶされる。

うちの地域では、発熱外来は「志願制」になっていて、ウィルスの毒性が明らかでなかった当初、 地域に60人以上いる開業医の人たちで、志願したのは10人ちょっとだった。

状況が動くと、いろんなものが見える。日頃「患者様のために」なんて、 診療報酬あげろとか、保証充実しろだとか怒鳴ってる人たちが、実際に「患者様のために」働く機会が やってきて、実際どう振る舞ったのか、状況を動かして、記録して、いろいろ見るのに、 今はとてもいい機会なのだと思う。

2009.03.02

「悪い人」とはつきあいやすい

ソセゴン中毒のこと

麻薬系鎮痛薬の依存になってしまって、いろんな病院を転々とする人がときどきいて、外来でトラブルの種になる。

パターンはだいたい決まっている。外来では診断不可能で、実際痛くて、 入院中は、たしかに痛み止めとして、麻薬系の鎮痛薬を使うような病気を訴えるケースがほとんど。

  • 「慢性膵炎で東京の病院にかかっている」
  • 「今出張中で、紹介状も薬もない」
  • 「痛みが強かったらソセゴンをうってもらえと主治医に言われている」

このあたりがキーワードになる。痛くて車いすに乗ってくるとか、 しわくちゃの、なぜか電話番号だけ入っていない、大学病院の紹介状を一緒に持ってくる人もいる。

痛みというのは患者さんの言葉を信じるしかないから、こういうのは実質診断不可能なんだけれど、 今はそもそも、「外来で麻薬をうってもらいなさい」なんて指示を出す同業者はいないはずだから、 「麻薬うってくれ」という訴えは、それを根拠に断ることになる。

悪い人は怒鳴って帰る

みんな「薬」が切れてから病院に来るから、いらいらしていて、 もちろん注射は断られるから、自分たちはたいてい怒鳴られる。

医師が患者さんに「負けて」、麻薬を出しちゃうと、以降その病院が「かかりつけ」になって、 自称慢性膵炎の人がたくさん来て、そこから先は大変なことになるらしい。出したことないから分からないけれど。

面倒なんだけれど、こういう人はその代わり、良くも悪くも「麻薬をもらう」という、 明確な目的を持った「プロ」だから、こっちが謝り倒して薬を出さないでいると、 時間の無駄だから、すぐに撤収する。

外来では、もちろん怒鳴るし、机を蹴るし、名札をにらんで「街で会ったら覚悟しとけよ」とか、 「お前は医者なのに、痛くて苦しむ患者を無視するのか」だとか、「この薮医者が」とか、 いろいろ言われるんだけれど、こういうのは歌舞伎の「見得」に似ているところがあって、 様式美だと割り切れる。

「いい人」たちはあきらめない

やっかいなのはむしろ、「いい人」たち。

選択枝の中に「撤収」の文字がなくて、 「目の前のかわいそうな馬鹿医者を、私が献身的に教育してあげよう」なんて、 行動が、良心で駆動される人。

良心というのは本当にやっかいで、目的必要なくて、絶対引かずに、ちょっとでも要求呑んだら、あとは際限がない。

「いい人」と対峙してしまったら、「よさ」を押し売るその人を、 あたかも人生の師匠であるかのようにあがめでもしない限り、 そういう人は満足しない。外来回らないし、帰しても「次」があるから、終わらない。

「悪人」は、つきあいやすい。目的をきちんと持った人と対峙するぶんには、 自分にできることと、そうでないこととの境界が必ず決まる。「悪い人」は怖いけれど、 お互いにやれることが明らかだから、「分」をわきまえさえすれば、何とかなる。

「いい人」は、目的を定義しない。自分の「よさ」を担保に、 相手の懐から、あらゆるものを奪い尽くすまで、よさの押しつけを止めない。 よさを押しつけられる側からすれば、彼らのやっていることは略奪なんだけれど、 彼らはそれを「正当な取引」だと信じて疑わない。

「よさ」の引き受けと取り付け騒ぎ

同じ怒鳴られるのでも、「この人は、目的達成のために、 怒鳴るという手段を選択したんだな」なんて分かっているときには、ダメージはない。

外来では、お互いぎりぎりの信頼はあるし、相手は怒鳴って、自分たちは無能で哀れな医者を演じて、 お互いが「プロ」の範囲で演じる限り、話はそれで終わって、相手もすぐに撤収する。

どちらかが「プロ」であることを止めてしまうと、相手なら警察行きだし、 自分たちが「プロ」を止めれば、以降その病院は「かかりつけ」にされて、骨までしゃぶられる。 怖いけれど、ルールは分かりやすい。

「いい人」の、目的意識のない、「ただ医師に腹が立ったから」とか、怒鳴ることで、こちら側を「矯正」してやろう、 なんて思いの元に発せられた「怒鳴り」は、どう対応したら相手が満足するのか、 そもそもそれが見えないことが恐ろしい。

「いい人」は怖い。彼らはいつも感謝して、いつも全面的にお任せで、 こちらが欲しがってもいない「よさ」を、ふだんからがんがん押しつけてくる。

「いい人」は、ふだん「いい人」であることそれ自体を「貯金」みたいなものだと考えていて、 いざというとき、医師の側から無限に「預金を下ろせる」ことを、心から信じて疑おうとしない。

取引の考えかたが成立しない、こういう人からの「よさ」を一度受け入れてしまうと、 「よさの貯金」が一方的に開始される。その人が、どこかのタイミングで「裏切られた」と感じたとき、 「よさの取り付け騒ぎ」が起きて、大変なことになる。

「よさ」を引き受けることと、麻薬中毒の患者さんに、外来で麻薬を処方してしまうこととは、 だから同じぐらいに危ないことだと考えないといけない。

よさの引き受けも、麻薬の処方と同じく、やってはいけないことなんだけれど、 「よさ」という価値に目をくらまされて、それをやって深みにはまった同業者は、 きっと多いんだろうなと思う。

2009.01.27

もうすぐ家が建たなくなる

何となくだけれど、自分たちの業界では、もうすぐ「家が建たなくなる」予感がする。

業界からは、「いわゆる大工さん」がいなくなる。

煉瓦を積む専門家だとか、かんなをかける専門家はたくさん生まれるだろうし、 そうした「部分の専門家」の腕前は、おそらくは昔ながらの大工さん以上に優秀なんだけれど、 家は建たない。

「家建てる人」を目指している研修医は少ないか、もしかしたらみんな、「家を建てる」ことから逃げている。

部分の専門家

自分が昔習った病院は、「部分の専門家」を生み出す方針だった。

患者さんの方針は上司が決めて、研修医は、まずは手を動かす。

胸水のたまった肺炎の人が入院する。チェストチューブを入れるとか、 人工呼吸器をつなごうだとか、そういう決断は上司が行ってくれて、 研修医は上司の監督下に、手を動かす。

手が動くと、なんだか上手になったようで、やる気が出る。「一人前」になった気がする。

そればっかりやってると、「治る」というのは、部分を積んだ先に、いつの間にか降ってくる何かみたいに 思えてくる。目をつぶって、ひたすら目の前の「煉瓦」を積むことだけに没頭していると、 いつの間にか、そこに「家」ができあがるような。

もちろんそんなことをしても、できあがるのはせいぜい「壁」で、本当は、 指揮をする「大工」がいて、はじめて家が建つんだけれど、「煉瓦の専門家」だった自分には、 それが見えなかった。

震災の昔

「阪神大震災の時、若手が動けなくて大変だったんだよ」なんて、先輩の昔話を聞いたことがある。

自分がまだ学生だった昔、阪神大震災がおきて、当時の若手は大挙して、 現地の救急外来を回すために現地入りしたんだという。

みんな縫えるし切れるし薬も知ってるし、論文だって読む。「手を動かす」ことだったら、 たいてい何だってできるはずなのに、怪我した人を診て、その人が「治ったイメージ」を想像して、 そこまでの道筋をつける、そうした訓練をだれもうけていなかったものだから、 救急外来は最初の頃、まわらなかったんだという。

現地にはそれでも何人か、道筋をつけられるベテランがいて、もちろん現場は動いたのだけれど、 その人たちは「取り替え」が効かないものだから、交代できなくて、ずっと現場に張り付いていたのだと。

あと何年かして、ベテランが現場からいなくなると、このときの状況が再現されそうな気がして、けっこう怖い。

大学には大工さんがいた

神経内科をまわってた頃、大学から来た先生に、「どうしますか?」なんてやること尋ねて、 「この人は寝たきりで返すのがゴールになると思う」なんて返事を聞いて、ずいぶん驚いた。

自分は研修医だったから、予期していた返答は、とりあえずの点滴だとか、治療に使う薬だった。 当時の自分は自分は「治療」を見ていて、その人は、「治癒」、患者さんが退院するときの イメージを描いてた。そういう発想は、そのときの自分になかった。

昔の大学病院は、医局からの派遣でいろんな病院をまわる。当時は「臓器別」なんてハイカラな制度はなかったから、 循環器内科医も消化器疾患を診るし、外科医局には「外科しかいない関連病院」がたくさんあって、 外科の先生たちはたいてい、内科も診た。

知識がないからちゃんとできるわけないんだけれど、適当にやる。何とかする。日本中そうだった。

いい加減だけれど「何とかする」という訓練を積んで、昭和60年ぐらいまでの昔は、 それでもそれが許されたから、医師というのはみんな、「いわゆる大工さん」だった。

「大学のやりかたは根本的に間違ってる」なんて、自分が入った研修病院ではそう教わったけれど、 「いびつな専門家しかいない」はずだった大学病院の循環器内科医局は、 カテ屋さんなのに大腸カメラができたりして、自分なんかよりもよっぽどゼネラリスト揃いだった。

専門家が眉をひそめるような、いいかげんなやりかたであっても、とりあえず何とかして、治して帰す。 治癒のイメージを描く練習は、昔の「専門家」は、病院を問わず、当たり前のようにできていた。

そういう人は今、もう40代超えてて、みんなそろそろ開業したり、「次」を考えてる。 その人たちをみてショック受けた自分たちだって、臓器別の診療科制度が敷かれる以前を知っている最後の世代。

もうすぐ家が建たなくなる

「絵がうまくなる」ためには、とにかく何度も完成させることを繰り返すんだという。 「線を引く練習」だとか、「顔の輪郭描く練習」をいくら積んだところで効果がなくて、 きれいな絵を描くためには、とにかく完成させて、失敗して、落ち込んで、また次を完成させる、 それを繰り返すしかないんだと。

いい加減なやりかたであっても、とにかく完成させる練習を繰り返す、 昔ながらのやりかたは、うちの業界で続けるのは難しくて、 自分にはどうすればいいのか分からないし、処方箋を知っている人は、たぶんいないんだろうなと思う。

誰か患者さんが「家」を買おうと相談して、ひたすらに煉瓦を積んだ「壁」を売られる時代が、たぶんそこまで来ている。

支えのない壁は崩れてしまうんだけれど、文句を言ったら、 「私は煉瓦にベストを尽くしました。壁が崩れても、それは企画を持ち込んだあなたの責任です」なんて返答される。

うちの施設も人がいなくて、夜間の全科当直には、整形外科の先生方にも手伝っていただいて、 田舎の病院はようやく回る。

手広く内科の専門医を標榜する近所のクリニックは、それでも18時を過ぎた頃になると、 「貴院にての専門的ご加療をよろしくお願いします」だなんて、時間外の患者さんを紹介してくる。

「私は整形外科なので、せめて先生、最初の一晩だけでも、内科の指示をいただけませんか?」なんて、 当直の整形外科医は電話対応するんだけれど、応じてくれたことはないんだという。

2009.01.05

メイドロボットを開発するセンス

「夢の扉」というテレビ番組に、東大でロボットを作っている研究室が取り上げられていた。 手足と頭のついた、本物の「メイドロボット」作っていた。東大なのに。

シンプルな問題を複雑に解く

メイドロボットは、人よりも一回り大きなサイズで、二本の腕と、車輪と頭がついている。 部屋の中にある家具をあらかじめ登録しておくことが必要で、室内の家具の位置を認識して、 ロボットアームでモップを持って、部屋を掃除する。

ロボットの動作は極めて複雑で、バックグラウンドに投入された技術はすごいのだろうけれど、 発想が足りない気がする。「発想」というものは、「洗濯をする機械を作る」という問題を、 「水を攪拌する機械を発明する」と言い換えることであって、掃除するロボットをそのまま作るのは、少し違う。 自立して動く掃除機ならば、もう何年も前に市販されていて、お掃除ロボット「ルンバ」のパチモノなら、 今はもう、ホームセンターで2 万円しない。

東大発の「メイドロボット」は、人間のようにモップを持ったり、洗濯機のスイッチを押すことができたり、 それはたしかにすごいことなんだろうけれど、進歩というよりは、後退に見える。工学畑の技術者ならば、 本来は「掃除のいらない床」だとか、「スイッチのいらない洗濯機」を目指すべきであって、 メイドロボットを考えてはいけないのだと思う。

複雑さはセンスじゃない

番組後半は、「台所ロボット」が主役として取り上げられる。まだ未完成のロボット。

お皿が持てなかったり、お茶碗を割ったり、台所ロボは、番組の中で失敗を繰り返す。 研究室の先生がたは、そのたびにパソコン叩いて、 細かいパラメーターを調整する。番組終盤、調整だけでは追いつかなくて、 ロボットには「画期的なセンサー」が搭載されて、最後は見事にお皿をゆすぐ。

東大の先生がたは、たしかに非常な努力を注いでいるのだろうけれど、 「微調整」だとか「センサー追加」というやりかたは、工学的にはやっぱり悪手に思える。

センスというのは、絶対に残すべき何かと、削除すべき何かを区別して、 それを予見できることなんだと思う。

目についた問題点全てを「改良」するやりかた、複雑に見える問題を、 複雑なままに解決しようとするやりかたは、 間違いなく「努力」ではあるんだろうけれど、「センス」とは違う。

昭和50年代の初め、あるいはもっと昔、星新一と小松左京との「新春対談」という企画があって、 「未来の食品」なんてお題が出たらしい。

司会を勤めた編集者は、未来の食品に「一粒でお腹いっぱい」のイメージを投影していて、 作家は2 人とも、「いくら食べても太らないゼロカロリー食品」に未来を見ていた。 司会の人はそんな未来を予期していなかったから、大変だったらしい。

司会の人にとっては、現代の食事から削除可能なものは「食事の体験」であって、 譲れないものは「カロリー」だった。SF 作家にとっては、未来になっても譲れないものこそは食事の体験であって、 カロリーは、SF 作家が見通した未来なら、いくらでも代替手段が考えられるから、むしろ真っ先に削除すべきものに 見えたのだと思う。

東大の先生はどうしてメイドロボを作ったのか

ここから先は邪推。

東大の先生がたは、恐らくは研究を評価する人達の「センス」を信用していないのだと思う。

「センスのある解答」というのは、未来にいる自分達から見れば自明であっても、 作家同士の対談が行われた昔、その人達とともに暮らす人にとっては、 予測不可能だし、解答が示されても、もしかしたら理解しにくい。

微調整と、センサー技術の塊として示された「台所ロボット」は、 たとえばあれが、子供用のおもちゃみたいな、モーター2 つにセンサーなし、 バネ仕掛けだけで立派に皿洗いをしてみせるロボットアームなら、それを見た研究者は、 「さすが東大だ」なんて、そのセンスに驚くような気がする。

ところがそうしたセンスが生む成果はシンプルすぎて、外から見ると「おもちゃ」にしか見えないから、 「夢の扉」を放送する人達は、あるいは取材に来なかったかもしれない。

東大発のメイドロボは、たぶん東大の先生がたなりの、センサー技術がもたらす未来の、 非専門家向けの「翻訳」、あるいはたぶん、巨大な「疑似餌」なのであって、東大の先生達は、 疑似餌を公開してみせることで、何かもっと大きなものを釣ろうとしている。

大学だってお金が必要だから、「釣り針」が投げられた先にいるのは、 科研費を握っている文部官僚の人達。東大の先生がたは、莫大な予算を投じて、 あんな「疑似餌」を作ってみせるぐらい、科学振興費用を 分配する人達の「センス」を信用していないのだろう。

「東大がメイドロボを作った」という事実は、だから文部官僚に対する研究者の不信がそれだけ進んだ証拠であって、 「センスのある、だからこそ分かりにくい本当の新技術は、今や見返りが全く期待できないのだ」なんて、 そんなメッセージなんだろうと思った。

2008.12.23

老人を食べるしかない

年配のドクターが多い病院だから、「友達の友達」ぐらいのところに政治家がいて、 医局ではときどき、政治の床屋談議がはじまる。

大局無視の、田舎の財源について。

地方都市の現況

うちの県は、街作りが完全に破綻していて、県庁所在地の駅前でさえ、夜の8時も過ぎれば真っ暗。

もともと古い街並で、自動車時代のうんと前からある街だったから駐車場を増やせなくて、 飲み屋街だとか、ショッピングモールだとか、人とお金が集まる施設は中心街を見捨てて、 みんな郊外へ移ってしまった。

街の中心に残っているのは、シャッター閉じたままの古い商店と、平均年齢が恐ろしく高い、 駅周辺の、ちょっとだけ高級な住宅地。

駅前からちょっと歩いた場所には、新しいマンションが建築中だったりする一方で、 数年前に炎上した一軒家は、引き取り手もなく、廃墟のまんまになっていたりする。

自動車に見捨てられて、若者に見捨てられて、目立った産業もない、都市の「代謝」機能が 衰えてしまったこういう場所を、これからどうすればいいのか、市会議員の人とかそのあたりはさすがに 閉塞感実感していて、どうにかしたいんだという。

病院を作るつもりだったらしい

医局で話題になっていた政治家の人は、古い街並を一掃してそこに巨大な病院を作るんだなんて息巻いていたのだそうだ。

その方は、病院というものを金の卵を産む鶏みたいに思っていたらしくて、町全体を大きな病院へと 作り替えることで、県にはお金が流れ込んで、街が豊かになるんだと。

病院なんてもちろん、いくら作ったところで赤字を生むだけだし、どこか大学を誘致したところで、 そもそも人のいないうちの県で、そういうやりかたが成功するわけもないんだけれど。

医局で「こんなことになってるらしいよ」なんておしゃべりして、 で、今の時代、地方都市に出来ることは「老人を食べる」ことに尽きるんだろうね、なんて話になった。

お金は東京を目指す

田舎で暮らす若い人達は、そもそもそんなにお金持ってないし、買い物といえば、 イオンだとかジャスコだとか、郊外のショッピングモールですませる。 そういう建物は、たいていは本社が東京にあって、ショッピングモールも、コンビニエンスストアも、 若い世代の持つお金は、結局東京に吸われてしまって、県内には落ちてこない。

老人はお金を持ってる。たぶん土地もあるし、財産もある。そういう人達は、その代わり出歩かないし、 もうたいていのものは持っていて、消費するお金が少ないから、ほとんどの人は、 持っていたお金を使い果たすことなく亡くなってしまう。

亡くなったら、もちろん相続税が得られるけれど、これはもちろん国家の税金だから、 そのお金はやっぱり、県には落ちてこない。地方交付金みたいな形で、 お金はめるぐるんだろうけれど、「紐付き」のお金は、使えない。

田舎の町にできること

地方にお金が落ちることそれ自体、落ちたところで、果たしてそれを、 有効に使ってくれる人がどれぐらい居るのか、よく分からない。今までやってきたことを振り返れば、 どうせまた、無駄な県道増やして、せっかくの税金溶かしてお終いになりそうなんだけれど、 とにかく「県にお金を落とす」には、地域の高齢者を、生きているうちに身ぐるみはぐしかないよね、なんて結論になった。

要するにそれは老人ビジネスで、県立でも、地元企業でも何でもいいけれど、市の中心街を「老人の町」 へと改装して、老人のための商店、老人のためのサービス、高齢者向けをうたった、 利幅の大きい、質の比較が出来ない、「消費すること」以外の選択枝が許されない、 そんなサービスをたくさん提供して、その人が亡くなるときには、もうほとんど全ての財産が、 「老人の町」に吸われてしまうような、そんな地域を作らないといけないんだよね、なんて。

閉塞感はどこの地域も同じで、政治家の人達は、もちろん誰だってお金が欲しい。

持っているものも、目的も一緒なんだから、どこかでたぶん、田舎の町は、この方向に舵を切るのだろうなと思う。

飢えたタコが自分の足を食べるのに、どこか似ている。

2008.12.19

頻度の非対称性について

「どうしようもない人にぶつかる頻度」というのは、サービスを提供する側と、 サービスを受け取る側とではどうしても異なるけれど、救急車というサービスは、それが極端すぎる気がする。

救急車を邪魔する人は多い

患者さんを他の病院にお願いするときとか、 救急車に1 時間同乗していると、だいたい2 回ぐらい、死にそうな目に遭う。

救急車は、サイレンを鳴らして止らず走る。交差点に行き当たれば、 当然信号を無視して突っ込むし、自分の車線が渋滞していれば、 対向車線にはみだして、そのまま走行を続けたりする。

もちろんそれは、救急車両の特権として認知されたやりかたで、 行き当たる車の99 %までは、きちんと交差点で停止してくれたり、 対向車線でも道を譲ってくれるのだけれど、そうでない車が1台でも混じっていると、大変なことになる。

交差点にサイレン鳴らして進入したら、真横から猛スピードで車が突っ込んできて死にそうになったりだとか、 往来の両車線とも渋滞する中、みんながそれでも道を空けて、やっと出来上がった「真ん中」に、 何を考えているのか車が割り込んできて、救急車と衝突しそうになったりだとか。

自分が救急車に乗るのは、もちろん勤務時間中の1時間だけで、あの人達はそのまま、基本的に24時間の 勤務が終わるまで、こんな頻度での「死にそうな思い」が続く。

ひどい人を排除するのは難しい

道路を利用する人達のうち、99%までは「善良」だから、 サイレン聞いたら道を譲ってくれる、大多数の人達にモラルを訴えたところで、 これ以上、状況が改善することはありえない。

実際問題、モラルのないドライバーが飛躍的に増えた、ということでは決してなくて、 モラルのないドライバーの出現頻度は、たぶん今も昔もそんなに変わっていない。

恐らく大きく変化したのは、救急車の走行距離と出動頻度で、これが増えれば増えるほどに、 常識のないドライバーに行き当たる頻度も、また増えてしまう。

救急車が走るとき、ほとんど全ての車は停止している。みんなが動いている状況と違って、 救急車と行き交う車の数は、他の車両に比べて圧倒的に多い。

1 時間救急車に乗っていれば、その間に「追い抜く」車の数は、混んでいる道を使うと1000台近くになる。

相手が止っているんだから当たり前だけれど、「1000台に1台」クラスのひどいドライバーがその道を走っていれば、 救急車はもちろん、1時間に1回づつ、怖い思いをする羽目になる。

今は救急車の出動件数が増えて、24時間あたりの走行距離は、以前に比べて増えている。

以前行き当たるのは、せいぜい「町のチャンピオン」ぐらいのひどい人だったのだろうけれど、 今の救急車が行き当たるのは、人類代表クラスのどうしようもない人ばっかりだから、 こういう人達にモラルを説いても、救急車が救急車としての仕事を続ける限り、状況はたぶん、変わらない。

さすがにそろそろ何とかしてほしい

たまに救急車に乗ると、やっぱり怖い思いをして、救急隊の人達は、もちろんいつも、今よりもっと怖い思いをしてる。

怖いのに、昔よりももっと怖いのに、「救急車のサイレンがうるさい」なんてクレーム増えて、 今の救急車のサイレンは、昔よりも「優しい」音色に変更されて、相手の乗用車からは、 ますます聞こえにくくなるよう、改良されているんだという。

あの人達は、本当に良く持つなと感心するけれど、電波飛ばして、有無をいわさず信号を「赤」にするだとか、 せめて救急車を装甲車両に変更するだとか、何か考えてほしいなと思う。

こんな救急車があるよ」と教えていただいた。。
これなら安心して搬送できそう。

これとか。。

日本の救急車がこういう力強いデザインだったら、突っ込んでくる車とか気にしないで済むのに。

2008.12.15

専門家は結論を出せない

病院は「(開業医は)患者を救急搬送したら、墨東に入って手伝ってほしい」と提案した。
開業医たちは「なぜ医師を補充しないのか」「公立病院の責務はどうなったのか」と反発し、
議論は2時間半に及んだが、具体策は決まらなかった。
毎日新聞ニュースより引用

墨東病院産婦人科を今後どうしていけばいいのか。昨年行われた、 病院のスタッフと、地元で開業した人達とが集まっての話しあいの記事。

政府だとか、行政の人達、現場をろくに見もしない素人が提案する「政策」なんてものはたいてい的外れで、 現場にとってはむしろ有害なことが多くて、だからこそ、現場を知り抜いた専門家が、集まって話しあう。

集まって、話しあって、開業医側は、「俺たちにもっとおいしい患者を回して、 墨東は文句言わずに厳しい患者を受けろ」なんて意見。そもそも墨東病院に手が足りてないのは 誰が見たって明らかだから、墨東側は「手伝って下さい」なんて、当たり前のこと言っただけなのに、 結論のでない泥仕合になって、現場を知ってる専門家は、お互い話しあった帰結として、 「政府はいったい何をやっている」なんて結論を出した。

いろんなところでグダグダしてる

新型インフルエンザの対策も、病院施設長同士の話しあいが去年から続いていて、結局何も決まっていない。

これなんかはむしろ、行政側は「どうしていいのか分らないからお願いします」ぐらいのスタンスで始まったのに、 地域の大きな病院が、公立市立問わずに集まって会合開いて、「先生のところ、リーダーどうです? 」なんて、 もう2 年間も譲りあいを繰り返してる。

大学に残る研修医は、今年もまた減ったらしい。

自分達の頃、残る研修医が100人割り込んで、「大変だ」とか騒いでたのに、対策をどうするとか、 何か新しい研修カリキュラム作るとか、誰か「客寄せパンダ」的な、有名な先生を講師として招聘するとか、 そうした試みは一切なされないままに時は過ぎて、年を重ねるごとに、残る研修医は半減を繰り返してる。

専門家同士のグダグダというのは、何となく、うちの業界だけじゃなく、 あらゆるところで共通なのかな、と思う。

「声の大きな素人」が専門家を統治する

道路行政はある時期、専門家でもなんでもない、ルポライターの猪瀬直樹氏が仕切ってた。

安倍内閣時代の「教育再生会議」には、「ヤンキー先生」をはじめ、やっぱり教育の現場とは それほど縁のなさそうな人達が集められて、政策を提言してた。

道路の業界にも、あるいは教育の業界にも、現場のことをよく知る専門家がいて、 問題を抱えた政府の人達は、最初はさすがに、専門家の助力を求めたはず。

専門家が集まって、たぶんグダグダするばっかりで、もしかしたらあまつさえ、 「政府はいったい何をしているんだ」なんて「結論」が専門家から提出されて、 政府はどこかで、専門家を見限ったのだと思う。

専門家から「これは政府の問題」だなんて、問題を返されたら、もう専門家には頼れない。

政府はだから、どう見ても専門とは遠い、ただ声が大きいだけの「素人」を招聘して、 アドバイザーとして、彼らの声を頼らざるを得ない。

恐らくはこういう構図は、「専門的な」あらゆる業界で繰り返されて、これから先、増えていく。

素人を笑えなくなると思う

医療の業界は、どこを見渡しても「今すぐどうにかしないといけない」なんて切迫した問題ばっかりで、 今のところはまだ、問題を解決するために、現場を知ってそうな専門家が招集されている段階。

専門家がこれからいろいろ話しあって、やっぱりそれで結論が出せなかった分野については、 今度はたぶん、「現場を知らない素人」が集められて、現場の専門家は、その人達の考えかたを押しつけられる。

あと数年もしたら、医療のどこかの分野には、タレントの西川史子 氏だとか作家の久坂部羊 氏、 あるいは「医療ジャーナリスト」の伊藤隼也 氏あたりがトップに君臨して、 「専門家」は彼らに頭を下げて、自らの考えかたを奏上して、ありがたく予算をいただく、 そんな時代が来るような気がする。

「現場をよく知る専門家」というのは、たぶん誰か素人にお尻を蹴飛ばされないかぎり、 頭抱えて、ずっと悩んで動けない。自らはまり込んだ穴から、自力で抜け出せるといいのだけれど。

2008.12.06

業界の嫌話

同業者どうしの年末飲み会のメモ。内科と外科と、整形外科と、あと開業した人達。

  • 内科は減っている。外科も減っている。産科小児科は言及以前で、整形外科も、いろんなところで「減った」という話ばかり聞く。医師自体は増えているはずなのに、「どこに行ったんだろう」なんて、誰にも分らない
  • 開業する人は、それでもやっぱり増えている。うちの地域みたいな田舎でも、今年に入って少なくとも6件、新しいクリニックがオープンしてる
  • 新人がどこに行ったのか、やっぱり誰にも分らない。研修医がたくさん入ったはずの民間病院も、初期研修を終えた研修医はどこかに行った。「どこかに行った」研修医が行き着くはずの大学病院には、やっぱり誰も戻ってこなかった
  • 検診のアルバイトで食いつないでいる医師は一定数いるらしいけれど、不景気のあおりを喰らって、今そこそこ大変らしい。そういう人達が、流行っている開業医の軒先を借りて、「居候」するような形で勤務する形態が、少しずつ増えているらしい。まだまだ少数だろうけれど、案外馬鹿にならないのかもしれない
  • 大病院志向が強まったからなのか、大きい病院の外来は、ひどいことになっている、らしい。県内のがんセンターは、今年患者さんを紹介したら、初診を受けられるのが2ヶ月待ちという返事が返ってきた
  • もちろん2ヶ月間、むこうの医師がサボってるわけないから、それだけ患者さんが立て込んでいて、首が回らなくなっているらしい。大規模病院は、どこもなんだか患者さんが殺到して、部長級の負担が増えて、上の人達が辞めちゃうらしい
  • 部長のポストが空いたところで、今はもう、大学にも人を送るだけの余裕がないから、そういうところは、若手が部長になるんだという。名前を知っている人がそこそこいるような、それなりの規模を持った公立病院にも、今は30代の「外科部長」とか、出てきているらしい
  • 若い部長の誕生は、必ずしも喜べなくて、もう技術の継承が出来なくなるらしい。よしんばそこに、ベテランが就職を希望したところで、部長よりも若い人は、もうそこで「部下」になることは出来ないから、そんな病院には、もうベテランが入れない。外科みたい中は、手を引っ張ってくれるベテランがいないと、技術の継承が行われないから、若い部長が守る病院は、もう実質死に体になるらしい
  • 来賓としてきていた医師会長の挨拶があった。「この病院があるおかげで、我々開業医は枕を高くして眠れます。皆さんもこういう病院で働けて嬉しいでしょう。うちも経営を拡大して、そのうち救急医療に参加しようと思っています」だって。喧嘩売ってんのかと思った

「自分達が年とった頃には、もう診てくれる医師いないよね」なんて。

特に外科系の手技というのは、あらゆる失敗を経験するのが前提で教科書が書かれているから、教科書に正しいやりかたが記載されていたところで、それを読んでも、同じ技術を再現するのはすごく難しい。その患者さんが、教科書どおりの身体をしていれば、あるいは手術は成功するのかもしれないけれど、何かイレギュラーな事態が起きたとき、経験を伴わない知識は役に立たない。

専門医志向が強まった結果として、経験知抱えたベテランは、専門施設から「避難」して、専門家が要るべき専門病院には、残された若手が、さばききれない患者さん目の前にして、涙目で仕事をこなす。いろんな人がいい医療を望んだ帰結として、 どういうわけか、知識と施設との結びつきが滅茶苦茶になって、知識を持った人が、それを生かせる施設からいなくなってる。

「技術を伝えよ」なんて、お上のお達しはあるんだけれど、患者さん激増して、待遇ますます悪くなって、人も時間も減ったのに、教育の時間をひねり出すことなんて誰にも出来ないから、部長が辞めて、あと継いだ部長もまた辞めて、残された研修医は行き場失ってまた辞めて、診療科が 1年で崩壊した地域なんかが出てきている。

うちの地域なんかは、西のほうに比べれば、崩壊なんて他人事だったけれど、今はみんなが危機感持ってて、 それでもどうしようもなくて、みんな「ひどいよね」なんて分ってはいるのだけれど、じゃあどうすればいいのか、 どうすれば内科だとか外科だとか、生き死ににかかわるリスクを取る医師を増やせるのか、実際のところ、 自分が働いているこの場所に、そこまでの魅力を感じている「中の人」なんてもういないから、本当に難しい。

「ファウンデーション」みたいなものを作るしかないのかなと思う。

いつかまた、そうした技術が必要になって、滅んだ技術を必要とする人達が増えるその時のために、 今ある知識とか経験、特に失敗経験みたいなものを、シミュレーションだとか、豚の実験だとか、 そういう「人でない何か」を通じて学べるような施設。

外科の先生と豚食べながら、「未来夢見て豚飼おうか?」とか話してた。

2008.11.01

墨東病院のこと

墨東病院の産科が、11月から2人当直体制を復活させるらしい。

問題が発生した都立墨東病院(墨田区)は、11月の土日祝日の当直体制を、
これまでの1人体制から可能な限り、>2人体制へと強化するとした。(中略)
当直が1人体制の日は、常勤医師による当直体制をとる。
同病院内の当直に入る産科医15人の中で、当直回数を増やしながら2人体制を実現。
今後は他の医療機関からの協力を得ながら当直体制の充実を図りたい意向だ。
【妊婦死亡】墨東病院、可能な限り2人当直体制へ – MSN産経ニュース

2人当直体制を「復活させる」とか、これは都が出した宣言みたいだけれど、今のところは人が増える当てはないみたい。

墨東病院産婦人科で常勤している先生は、たしか4人ぐらいしかいないはずだから、 増える負担の量はすごいだろうなと思う。

責任ゲームと扇動ゲーム

人数は変わらない。すでに限界を超えた運営。で、今まで一人当直で何とか回していたのを、 「来月から2倍で回します」なんて都が宣言出して、これがなんとか回ってしまうと、 そこで働く人達は、困った立場に追い込まれる。

人手が圧倒的に足りていない状況があって、上の人達もそれ分ってて、そこに重篤な患者さんが発生して、 都は十分な医療を供給できなかった。今のところはだから、その責任の所在について、 都知事と厚生労働大臣と、お互い泥仕合。

ここに「2倍働け」なんて命令が下りてきて、現場が今まで以上に頑張って、 たとえ一時的にであれ、「2倍」がなんとか回ってしまうと、 都には今度は、「実は今までは、現場がサボっていたから回っていないだけだった」なんて、 全ての責任を現場に押しつける、正当な理由が発生する。

「2倍」ができるにせよできないにせよ、そこで働く人達の「がんばり」というのは、 都が宣言した今の時点で政治の具になっているから、こんな宣言を受けた現場の人達は、 頑張れば頑張るほどに、変な場所に追い込まれてしまいそうな気がする。

「責任ゲーム」の戦法として、今回の都の宣言というのは、「悪いのはサボっていた現場の連中」 なんていうカードを切るための正しい手続きで、現場の人が宣言どおりに頑張ると、 「現場の責任」はますます正当化されてしまう。

都の「頑張ります」という宣言には、だから「都は現場の今までの頑張りを信じていません」という意味と、 「今回の事故は、全てはサボっていた現場のせいです」という意味と、行政は2つの意味を メッセージに込めていて、現場がこの宣言を受け入れて頑張ると、なんだかろくでもないことになる。

仮想敵を作ってはぐらかす

大阪の橋下知事なんかは、いろいろ言われてはいるけれど、扇動の文法を外さない交渉をする。

今は教職員の人達と大喧嘩している。橋下知事は、「9 割のまじめな教員は 常に頑張っていて、中に混じった1 割のクズが全てを悪くしている」で、一貫している。

そんな「1 割」が本当にいるのかどうかはともかく、1 割のクズを仮想することで、 橋下知事は、一般論として教職員を叩きながらも、あくまでも自分自身は「教職員を信じ、味方している」 というメッセージを声高に叫ぶことができる。「叩き」と「信頼」と、本来相反する価値観は、 「1 割のクズ」という仮想敵のおかげで、なんとか矛盾しないで両立する。

これをもしも「全ての教師は」なんてやりかたで教職員を叩いたら、知事はもちろん教職員の前に立てないし、 「まじめな先生」を知りあいに持つ多くの人達は、こんな言説に反感を持って、知事は支持者を失ってしまうだろう。

現場を分断して、分断された仮想敵を叩いてみせることで、市井の怒りを代弁しながら、 現場には「俺様はおまえの味方だ」と叫ぶ、扇動者の、統治者の、 これは基本中の基本のやりかたなのに、墨東病院を「統治」する人は、そのあたりを 大きく外してくる。もちろんしょせんはごまかしに過ぎないけれど、どうして一方的に「頑張ります」なんて メッセージを発信したのか、意図がよく分らない。

今回の状況に対峙して、橋下知事みたいな扇動者なら、たとえば「大儲けした夜は眠りこけてる開業医」だとか、 「分娩丸投げの不妊外来で笑いが止らない開業医」だとか、そんな仮想敵を設定して、 「リスクを取らないクズが現場を放り出したからこうなった」みたいな宣言を出しただろうなと思う。

いるんだかいないんだか分らない「汚い奴ら」を叩くことで、都の責任を回避しつつ、 墨東病院の現場を守る先生がたに「信頼」を表明するやりかた。

こういうのは昔からの伝統芸能みたいなものだし、都知事にしても大臣にしても、扇動の文法なんて、 裏の裏まで知り抜いているはずなんだけれど。

2008.09.29

神様のまずい設計

人間の体はよくできているけれど、ライフスタイルが変化すれば、やっぱり「設計」は古くなる。

胃を切った人は元気

「メタボ検診」の悪影響で、病院に健康診断の患者さんが大挙して、一時大変だった。

普段病院に来ないような人達をたくさん診察して、「胃を切った人は元気だよね」なんて、 医局で話題になった。

今70歳ぐらいになる人達が若かった頃は、胃潰瘍の治療といったら「手術」だった。 当時はまだ、開業した人達も手術してたから、今だったら薬を飲むだけで済むような人が 片端から手術を受けて、胃を切除された。

胃を切られた人は、食べられないから太れない。やせた人が来て、お腹を見ると手術跡があって、 「これは昔、潰瘍で」なんて教えていただく。診察して、後日血液検査を見ると、みんな正常値。 こんな人が何人か続いた。

サンプルは偏っているし、観察者の主観でしかないから、この事実にはまだなんの意味もないけれど、 「メタボ検診」は、患者さんの腹囲と血圧を測って、あとは高脂血症の検査と糖尿病の検査と、 「成人病」を診断するのに必要な検査が、一通り行われる。 もしかしたらだから、「若い頃に胃を切った」ことと、「その人が高齢でも元気」であることと、 何かの相関が、統計的に証明できるかもしれない。

当時の状況をきちんと検証すれば、たぶんたくさんの人が合併症で亡くなっていたり、 きっとろくでもない数字がたくさん出てくるのだろうけれど、とにかく日本のある年齢層の人達は、 「正常」な胃を当たり前のように切られていた時期を過ごしていて、 その人達が高齢になって、今健康診断を受けに、日本中の病院に来てる。

「カロリー制限」というのは、ある程度まじめな検証が為されている健康法の一つだから、 きっと面白い数字が出てくるような気がする。

仮に「胃を切った人は健康である可能性が高い」なんて結果が出たところで、 胃を切った「から」健康なのか、胃を切られた「にもかかわらず」健康な人が生き残ってるのか、 相関関係と因果関係とを鑑別するのは、また別の問題なのだけれど。

介護と人工肛門

寝たきり老人が増えた。人生の最後の10年ぐらいをベッドの上で過ごす人は、半ば当たり前になってきた。

団塊世代の人達が、これから寝たきりになってくる。

介護の需要はいよいよ増えるはずだけれど、若い人は減ってしまうから、人手は間違いなく足りなくなる。 人手が足りない業界の給料は上がるはずなんだけれど、今はもうお金無いから、 やっぱりたぶん、介護業界に投じられる予算は増えないのだと思う。

人間の「排泄」ラインは、あくまでも立って生活するのに特化していて、「寝たきり」の体位を想定していない。 おむつを当てたところで、寝たままの排泄は苦痛だし、うまく出ないし、介護するほうは、 だから1 日中、おむつ交換に忙殺される。

「人間らしい」介護が求められてるんだという。介護施設を外から観察する人達にとっての 「人間らしさ」とは、食事の介助を付きっきりでやることだとか、日中は車いすで外を散歩することだとか、 たとえ不隠のきつい人であっても、夜中も付き添って、縛ったりしないことだとか。

実際に療養病棟でやられていることは、「おむつ交換」と「体位交換」の繰り返し。 「人間らしい」お仕事は、もちろん介護を提供する側にとっても 「人間らしい」お仕事だから、みんなそういうことしたいんだけれど、便汁と床ずれは待ってくれない。

見学に来る人は、食事の風景だとか、レクリエーションの時間なんかはチェックするけれど、 スタッフが4 人がかりで便まみれのシーツ交換している風景だとか、茶色が染みた紙おむつの山を バケツに放り込んだ台車が廊下を何往復もしている風景だとか、あんまり見てくれない。

「おむつ」の問題が解決できれば、寝たままトイレに行ったり、排泄できたりするベッドが作れれば、 介護は画期的に楽になる。おむつ交換に回す人手が減らせれば、お互いもっと「人間らしい」ことができる。 そこにはすごく大きな市場が在るはずだから、今はもちろん、世界中の寝具会社が開発に全力挙げてる はずなんだけれど、未だに何も出てこない。

寝たきりになった高齢者に「人工肛門」と「膀胱瘻」を作ってしまうと、問題は解決する。 へその左右に、袋が一つずつつく形になる。

これをやると、肛門側からは何も出ないから、おむつ交換は理論上必要なくなる。 便とか尿が背中に漏れないから、シーツの交換頻度も減らせるし、お尻が便で汚染されないから、 床ずれも治りやすい。

介護の仕事は、食事の介助、体位交換、おむつ交換と便の始末がほとんど全てだから、 人工肛門を作った患者さんについては、食事の介助以外、ほとんど全ての作業が不要になる。 人的リソースが節約できるから、みんなが大好きな「人間らしい」仕事に、余力を割けるかもしれない。

これからは在宅介護が主流になるらしい。絶対無理だと思う。24時間、 4時間おきに体位交換とおむつ交換とか、一人でそれをやり続けるのは無理だから。

「自然」であり続けるためのコスト

  • 減量するために、あるいはもしかしたら、老後健康であり続けるために、胃を切除する
  • 介護を楽にするために、限られた人的リソースを「人間らしい」仕事に集中するために、人工肛門を作る

「自然でない」なんて反論が絶対に出るだろうけれど、神様にだって想定外のことはあるんだと思う。

食生活がよくなりすぎて、重量あたりのカロリーが高い、「いい」食品が世の中にあふれた現在、 神様が想定した胃の容量を今の食品で満たしてしまうと、カロリーオーバーになってしまう。

立って活動するように設計された「自然な人」が寝たきりになった状態は、そもそもが不自然な状態。 排泄みたいな行動は、そもそも寝たきりの状態を想定していないから、 その人を介護するのにすごい人手が必要で、介護施設では慢性的な人不足が続く。

人間が、本来想定されていない環境の中で「自然」であり続けるためには、 高いコストを対価として支払わないといけない。「寝たきり」みたいな不自然な環境に対して、 その状態にあわせて自分の体を作り替えた人は、たしかに「自然ではない」けれど、 「自然」な寝たきり老人に比べれば、たぶん環境に適応するためのコストを下げられる。

こういう考えかたの延長には、どうしたって安楽死が待っているんだけれど、 「どこまでが自然なのか」という議論は、それが必要になる前に、もう少し盛り上がってもいいと思う。

2008.09.25

見たいものしか見えなくなる

寝たきりの、普段から喀痰でうがいしているような患者さんを、老健施設から受ける。

そういう人は、どこから先が「病気」の範疇で、どこから先がそうでないのかはっきりしない。 熱が出て、呼吸が悪くなったら病院で受けて、なんとか立ち直って、熱が下がったら、また老健に戻る。

入院期間はどうしたって長引くし、老健施設だって、こういう人を介護するのには人手かかかるから、 「ある程度落ち着きました」なんて紹介状の返事書いても、施設によっては無視される。

問題は秘書のせい

寝たきりの人を引き受けて、介護するのが思ったより大変だったのか、 「本人が貴院での入院加療を希望しておられます」なんて、しゃべれもしない老人を紹介してくる。 地元の開業医が施設長を兼任してる。

外来に来て、そんなに具合が悪いわけでもないのに、気がつくとスタッフはみんな引き上げてる。 北朝鮮の瀬戸際外交されてる気分になる。

とりあえず部屋取って、点滴して、ある程度落ち着いて、また紹介状書く。 「先生におかれましてはお忙しい中大変申し訳ありませんが、患者様の今後のご加療をよろしくお願いします。 このたびは貴重な患者様をご紹介いただき、本当にありがとうございました」なんて。

無視される。1 週間待っても、2 週間待っても、「今検討中です」なんて、患者さん見にも来ないで、 なんか検討してる。

そうこうしているうちに別の患者さんが「紹介」されて、また「本人が貴院での…」なんて、 しゃべれない老人を、車いすに乗っけて連れてくる。

やりかたがあんまりひどくて、文句言う。「もう病棟残ってませんから。○○さん 引き取ってくれないと、次受けられませんから」なんて。むこうのスタッフはひたすら困ってる。 「施設長の方針で、その人受けられないんです」だって。

話が前に進まないから、施設長その人に、コンタクトを取ってもらう。

施設長は、たいてい席を外していて、 「連絡取れるまで、電話切らないで待ってますから」なんて応酬すると、ようやくしばらくして、 「あとから連絡するとのことです」なんて話になる。

年次が上の同業者。喧嘩になるの覚悟して電話を待ってると、 「うちのスタッフが失礼しました」なんて、和やかな返事。自分たちの施設では、 病院が大丈夫と判断した患者さんについては速やかに引き取ることを目標としていて、 対応が遅いのも、患者さん引き取らないのも、全てはスタッフが勝手にやったことなんだと。

「よく言い聞かせておきます」なんて電話が切れて、患者さんが引き取られて、 また別の人が紹介されて、やっぱりその患者さんも、いつまでたっても引き取られない。

文句言って、また同じスタッフの人が「勝手にやったこと」にされて、患者さんは引き取られていく。

「医師同士はお互い仲がいい」という世界観は、あの人達にはすごく大事なものみたい。

医師会の会合のこと

地域医療連携の集まりだか、医師会主催の講演会があった。

終わったあとに立食パーティーがあって、友達いないから一人で食べてたら、 「いつもどうもありがとう」なんて、年配の先生方が何人かやってきた。 いつもどうしようもない患者さんを、どうしようもない理由で送りつけてくる人達。

「君たちの施設も、我々がたくさん患者を紹介するからうれしいだろう」とか、 「他の公立病院が撤退してきて、君たちももっと忙しくなる。これから大変だろうけれど、 医師の数はもっと増えるんだろうから頑張ってくれたまえ」だとか。

みんなにこやかだった。集まった人達は、「勤務医は開業医の息子」だなんて思ってて、 息子はもちろん死ぬほど働いて、「親」の金儲けを喜んで支えるのが孝行だなんて、どうも本気で信じてた。

何を言っているのか分からないだろうし、自分も何を言われているのか分からなかった。 嫌味だとか皮肉だとか、そんなチャチなもんじゃない、もっと恐ろしいものの片鱗を味わった。

当たり前の話、紹介されたってうれしくないし、ベッドだっていつもいっぱい。 医師が増える話なんて無いし、一人当直の病院なんだから、今以上に患者さんが殺到したとして、 対応できるわけがない。

「頑張れないと思います」とか返事したら、自分たちの施設では設備が足りないだとか、 開業医は当直が出来ないだとか、「親には逆らうもんじゃない」みたいなコメントが返ってきた。

設備は買えばいいし、心配だったら自分で当直すればいい。患者さんの具合が悪くなっても、 その施設はいつも、患者さんをろくすっぽ診もしないで、、限界まで悪くしてからぶん投げるんだから、 患者さんの具合が悪くなって立場を失うのはその先生であって、自分たちじゃない。

「夜中に患者さんの具合が悪くなったら、君たちだって同じ医師として心配だろう? 」なんて言うから、 「だって先生、ボク達普段から仲悪いじゃないですか」とか言葉返したら、 なんだか異星生物見るような目でにらまれて、みんないなくなった。

また一人になって、お寿司いただいて帰った。

2008.09.14

自動体外式除細動器のこと

「うちの人が倒れました」なんて救急要請があって、救急隊が現着してみたら心臓停まってて、 救急車に積んである自動式の除細動器をつけてみたら「心室細動」の表示が出て、 すかさず直流除細動のボタンを押したら、患者さんが復活した、なんて事例が、 今年に入ってからすでに3 人目。

救急車に「AED 」 、自動式の直流除細動器が積まれるようになって、今までなら亡くなっていた人が、 ずいぶん助かるようになった。

自動式の除細動器はたしかにすばらしい機械なんだけれど、あの機械のすごさというのは、 「技術的には全然すごくない」ことにつきるのだと思う。

救命救急士の時代

研修した病院は、米国式の心肺蘇生術を広めた草分けみたいなところ。 職員は全員心肺蘇生の手順を覚え得ていたし、必要な機材も、一通り揃ってた。

14万人規模の中規模都市で、市内の救急半分以上受けていて、それだけの「備え」を病院で行いながら、 助かった人は6年間で2人だか3人、そのうち歩いて帰れた人は1人だけだとか、ひどいものだった。

患者さんが病院に運ばれて、心肺蘇生を行う。「米国式」は良くできていて、一生懸命やると、 かなりな頻度で心拍が再開するけれど、患者さんを集中治療室に上げて、人工呼吸器つけて、 やっぱり何日かすると心臓持たなくて、ほとんどの患者さんは病院で亡くなってしまった。

心肺蘇生の成功率が低かったから、日本では最初、「人」を改良する戦略がとられた。

アメリカみたいな「救命救急士」という制度を作って、心肺蘇生に必要な処置、 気道確保と直流除細動が救急隊レベルで行えるように、彼らを鍛えた。 うちの施設では心肺蘇生のトレーニングコースをやってたから、救急隊の人達は、 当時何人も参加して、勉強していた。

自動診断装置こそなかったけれど、救急車には当時から除細動器が積まれていて、 人工呼吸も、心電図モニターの機械も、何でもあった。必要な機械はすでにその場にあって、 機械を操作する救命救急士の人達も、それを使うための知識と技量を備えたのに、 一番肝心な、「診断」と「決断」を行う権利が、救急士には与えられなかった。

みんな一生懸命訓練を受けて、10年ぐらい前のその時点で、救命救急士の人達は、 事実上何でもできるだけの「腕」を持って、「武器」に囲まれていたのに、動けなかった。

「決断」を巡るグダグダ

「診断」と「決断」は医師のもの、なんて常識が誰かえらい人にあったのか、 救急隊は、あくまでも「腕」であることが求められて、今度は誰が「頭」をやるのか、問題になった。

構想では、救急隊が患者さんを救急車内に収容して、心電図モニターをつけて、その波形を病院に電送して、 医師がそれを読んで許可を出したら、救急士が直流除細動を行うことになっていた。

誰が「読んで」、誰が「決断」するのか、誰にも決められなかった。

「官」の人達は「官」と仲がよかったからなのか、最初は公立病院に話が行った。

市内で一番「格上」だったのは、近くにあった市立の病院だったけれど、 そこにだって循環器の医師が常駐しているわけじゃなかったから、 当直医は許可を出せなかったし、「決断」を下したその時点で、その患者さんは その病院で責任持たないといけないから、病院の体制から見直さないといけなかった。

うちみたいな民間病院は、そんな意味ではやる気十分だったけれど、「官じゃなかった」から、問題外だった。

話がグダグダしていく中、どうも市のほうでは「公立病院の医師が診断して、 救命救急士が処置を行って、その後うちの施設に運ぶ」なんてルールが、 うちの施設抜きで決定されてた。

何も聞かされてないのに、知らないところで「診断」と「決断」が下されて、 不整脈から回復したばっかりの、不安定な患者さんが、問答無用でうちに運ばれてきそうな流れになって、 それはさすがに無理だから、断った。

モニター心電図のデータをうちに送ってくれれば、問題はそれで解決するはずだったのだけれど、 やっぱり「官じゃない」ことが、あの人達には決定的な問題だったらしくて、また揉めた。

話が二転三転して、結局たしか、うちの病院が救急車の数だけ携帯電話を購入して、 それを「救急車に置かせていただく」ことまでは許可してもらった。モニター心電図の波形を 見ることはできないけれど、音だけは聞かせてもらえて、判断は公立病院の医師が行うけれど、 携帯電話を通じて「雰囲気」だけは味あわせてやるから、あとは黙って患者さんを受けろなんて。

においだけかがせてやるから、鰻重おごってもらった気分で働け」なんて言われても納得できなかったけれど、 話はたしか、それでまとまって、携帯電話が救急車に積まれた。自分たちが研修してた頃、 それが鳴ることは、ついになかったけれど。

外圧が状況を動かす

AED のお話というのは、「政治の力は、技術それ自体の力よりも、しばしば大きな変革をもたらす」好例だと思う。

除細動器の技術自体は、1970年代には実用化されていたし、心電図の自動診断もまた、 自分たちが研修を始めた10年前には、もう当たり前のように心電図モニターには搭載されていて、 「診断する心電図モニター」は、すでに救急車内にあった。

AED はだから、技術的に何か画期的な進歩の成果として登場したわけではなくて、 「ありもの」の技術を組み合わせただけ。それはたしかに画期的な道具ではあったけれど、 そのすごさは技術的なものと言うよりは、今ある技術を「組み合わせていい」という、政治的な決断にあった。

アメリカでAED が認可されて、「外圧」が生まれてからの動きは本当に速かった。

「偉大なるアメリカ人様」からお墨付きを戴いた機械に疑問を呈する人は少なくて、 あれだけグダグダしたのが嘘みたいに、たぶん「日本独自の検証」とかほとんどないまま、 救命救急士の人達は、医師の許可なんかすっ飛ばして、自らの判断でAED のスイッチを入れて、 結果として、とても多くの人が助かるようになった。

「とても」といったって、田舎の小規模病院で年に数人、今までだったら亡くなっていたであろう人が、 歩いて帰れるようになっただけのことだけれど、今まで「ゼロ」重ねてたことを思えば、これは画期的な進歩。

技術それ自体は案外何も変えないけれど、政治決定は時に大きな変化を生む。

大切な政治決定が国内で為されることはほとんどなくて、一番大切な決断は、常に「外圧」の形で輸入される。

結果オーライではあるけれど、10年かかった。

新しい薬だとか、技術を開発するのではなくて、「ありもの」の技術を転用するやりかた、 組み合わせるやりかたで解決できる問題は、まだまだたくさんあるはずだけれど、 その決定が日本で為されることは、たぶんないのだろう。

第二次世界大戦頃から今に至るまで、そのへん本当に何も変わっていないな、とか思う。

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