2008.06.30
猜疑心村の診療所
ときどき酔っぱらった人を診察する。様子がよく分からなくて怖いから、 「朝まで様子見ませんか?」なんて水向けるんだけれど、「俺は大丈夫だ」とか 宣言して、たいていお金踏み倒して帰る。それでも無事ならばいいんだけれど、 日本のどこか別の場所では、「大丈夫」で帰って亡くなってたりするから、 朝まで怖かったりする。
「おまえは冷たい」だとか、同じく酔った友達の人になじられる。
診るほうだって殴られたりするから、「帰る」という人を無理には止められないし、 帰るなら帰るで、同意書みたいなもの書いてもらわないと、身を守れない。 そういう態度は、たしかに何だか官僚的で、「冷たい」ものに見えるのかもしれない。
冷たくしてるというよりも、むしろ恐怖に震えてるんだけれど。
医療過誤保険のこと
アメリカの医療費は高い。医師の報酬もまた高い。医療過誤に対する保険料はもっと高い。
アメリカの救急医は訴訟が多くて、賠償金額も高いからなのか、医療過誤保険の保険料が、 年間1800万円とかするらしい。保険料高すぎて、払い倒れてフードスタンプをもらっている医師がいるらしくて、 年収2000万円もらっているのに、家賃払えないとか、笑えない。
日本の医療過誤保険は、学会で推薦してるようなものでも、年間せいぜい7 万円ぐらい。
国が違うから単純な比較はできないけれど、保険料の1800万円と7 万円の差というものが、 恐らくはその地域の「信頼のコスト」なんだと思う。
信頼のコストは、そのコミュニティの中で、もっとも猜疑心が大きな人が決定する。
誰かを信頼しやすい、「良心的な」人がいくらたくさんいても、 猜疑心の最大値が下がらないかぎりは、一度上がった信頼コストを下げるのは難しい。
「低信頼コスト村」の作りかた
「低信頼コスト村」作ってくやりかたというのは、たとえば保険会社だとか、 ちょっと前の、「神奈川方式」をやってた頃の高校入試とか。
一応ゴールド免許を持っているけれど、うちの自動車保険料は高い。 乗っている車が古くて、エアバッグもついていなくて、「持ち主に事故が多い」 車に分類されているから。
自動車保険は、事故を起こした人にお金が支払われるシステムだから、 特別に事故が多い、あるいは最初から事故を起こすのを前提にしている人の加入を許すと、 保険会社の持ち出し金額が増加する。自動車保険はだから、乗っている車を用いて、 その人の「信頼コスト」を計算して、統計的に事故が多い、「信頼できない」人が 多く乗っている車に対しては、保険料を高額にして対処する。
「購入した車」というのは、その人の信頼を推定する材料としては不完全だけれど、 保険会社が作り出した「低信頼コスト村」は、たぶんそれなりに機能している。 安全運転してるつもりなのに保険料高いのは、やっぱり納得いかないけれど。
アメリカの、民間健康保険のサービスは、所得に逆比例するところがあって、 富裕層向けの保険商品ほど、コストあたりのサービスが優れていて、低所得向けの商品は逆に、 値段が高いくせに、保険でできることというのが、限られてたりするらしい。
富裕層は気前よく保険料を支払うし、そもそも健康に気をつけるから、病気になりにくい。 「裏切らない」ことに対して、保険会社も信頼するから、健康保険はサービスよくて、 一方で所得が低い人というのは、恐らくは病気になる機会が多かったり、 自分の健康に対してそこまで気を遣うだけの余裕がなかったりで、結果として病気になりやすい。 低所得層向けの健康保険は、だから使えるサービスが限られて、支払ったお金の割に、サービス悪いらしい。
「神奈川方式」の高校入試は、中学校時代の成績順に、生徒を区切っていく。 成績上位グループは、受ける高校の選択幅が多くて、受験するときの倍率も、極めて低い。
その代わり、当時「底辺高」なんていわれてた、受験生を偏差値で区切った下位グループになると、受験倍率が跳ね上がる。 「そこ」という高校以外に受験可能な選択肢が示されなくて、そこに行くと、かけ算できない同級生だとか、 卒業する頃には同級生が2割ぐらい少なかったとか、すごかったらしい。
「猜疑心村」の診療所
「猜疑心を放棄すること」に利益が生まれるような市場設計ができればいいなと思う。
信頼のコストは地域によって様々で、自分たちが今働いている場所は、それでもまだまだ 信頼コストが安いほうだけれど、近隣の高コスト地域から病院が撤退して、うちの外来に来る人も、 顔ぶれがずいぶん変わった。
信頼コストが極端に高い「猜疑心村」では、医療のありかたがずいぶん変わる。
問診だとか聴診、エコーみたいな、術者の技量だとか、患者さんの状態によって 信頼確度が変わる検査は、怖くて施行できなくなる。
CTスキャンだとか心電図、採血検査みたいなものは、基本的に誰がオーダーしても 同じような結果が得られるものだから、「猜疑心村」の診断は、 むしろこうした検査で考えないといけないから、どうしたってコストがかかる。
病院に来る人の顔ぶれも変わってくる。
「猜疑心村」では、何か症状を訴えてくる人は相対的に減少して、むしろ「何もないこと」を 買いに来る人、自分が健康であることを証明してほしいだとか、とりあえず保険で健康診断をしてほしいだとか、 そんな訴えの元気な人が増える。
西洋医学は本来、症状で始まる学問だから、「ない」を証明することは、極めて難しい。それをやるためには、 目的のない、詳しい検査をたくさん出して、全てが正常であることを確認するやりかたしかできないから、 医療費は高騰してしまうし、「普通の診察」買いに来た人にも検査が乱発されてしまうから、 「普通の人」の満足度は、たぶん信頼コストの増加とともに下がってしまう。
恐らくはどこかのタイミングで、施設ごとの「囲い込み」みたいな戦略がとられる気がする。猜疑心の高い住民を 排除して、病院ごとに「低信頼コスト村」を作るやりかた。規模の小さな病院から、「村」を作って患者さんを囲って、 地域の基幹病院に、「猜疑心村」の管理をお願いする。
多かれ少なかれ、今地域の公立施設は「猜疑心村」になっていて、そこで仕事を続けるのは大変なんだとか、 いろんな話を聞く。みんな「暖かい」「人間的な」対応を求めて病院叩いて、叩かれた側は怖いから、 対応はますます官僚的な、画一的なものにならざるを得なくて、信頼コストは跳ね上がる。
公立施設はどこも厳しくて、中の人達が地域の猜疑心に疲弊して、後任もなかなか決まらない。 うちの地域もまた、基幹病院が吹き飛んだあとのことを考えると恐ろしい。
その時自分はまだここにいられるのか、正直自信なかったりする。
限界集落じゃあないですけど、限界医療っていうか、ある地区に一カ所しか病院が無くなると、地域住民は急に暖かくなります。僕が勤めているのはそういう病院で、医師も大幅に定数割れなのですが、ギリギリ二次救急もできてますし、医者同士も仲良くやってますし、住民も暖かいです。地域医師会も土日の一次救急は担当してくれています。医師数が限界ギリギリなので、地域の人(開業医を含めて)にとって「病院を維持すること」の大切さがよく分かっているのだと思います。一番近い病院は北へ1時間、南も1時間ですから。
北にある市内には2カ所病院が生き残ってしまっているので結構辛いと聞いています。比較されるからだそうです。「大変じゃない?」ってその病院のドクターによく聞かれますが「もう、ずっと昔に底を打っていますので割と上手くいっています」って答えてます。実際、その病院と近くの病院に患者さん達を紹介したり、地域住民の評判を聞いたりすると、、、お互い不満だらけです。どちらか潰れないと改善されないのだろうなあって岡目八目です。まあ後2〜3年で日本中の病院がリストラクションされたらいいと思うのですが、、、現実的には5年くらいかかるのかなって思います。既得権を手放さない人たちが沢山いますから(^^;)
Posted at 2008.06.30 3:51 PM by 黒猫
限界集落のお話は、何だかすごく腑に落ちるかもです。。一定限界超えると、あとはコミュニティまとめて一気に潰れる閾値みたいな。
Posted at 2008.06.30 3:58 PM by medtoolz
競争したら何事も辛いです。希少価値がでてくると急に大切にされます。。。
あるいはフリーアクセスを諦めて、、、階級に見合った医療しか提供しないか。一見さんお断りにすると楽だし、信頼関係の築ける患者さん達を囲って「かかりつけ医」になるのも精神的に楽。コンビニ医療は「マニュアル化」してしまえば誰でもできるから、医者を「メディカルスクール」で大量生産すればよい。
ちょっと冷たいですかね?
良い医療には高い報酬、っていうのが本来の自由主義なんですけどね。
たまに新幹線のグリーン車に乗りますがとても気持ちがよいです。「精神的快適さ」にお金をかけられる人しか乗らないから。。。
Posted at 2008.06.30 4:01 PM by 黒猫
>コミュニティーまとめて一気に潰れる
っていうのは、なんとかニュータウンとか、昔は誰も住んでいなかった様な人工的に作られたコミュニティーで真っ先に起こり、比較的残るのはJR線がまだ営業している沿線の街とかでしょうか。自動車でしかアクセスできないような場所は年寄り生活できませんから。若者が住むメリットがある場所なら別ですが。
友人、知人にも、「居を構えたり、長く勤めたいと思うなら駅からのアクセスの良いところに」って答えています。開業、勤務する場所もそういうところが安全かと思っております。
Posted at 2008.06.30 4:17 PM by 黒猫
いつも興味深い話題で楽しく読んでます。
僕は、医療は、医療ミスしたときのコストが高すぎるのでリスクが非常に高く高価なものだと思います。
日本でもアメリカ同様にミスを厳格に処罰する団体や弁護士の力が増えてきたら似たような状況になるように思えます。仮に、一万人に一人医療ミスをしたとしてもその損害額が一億なら、医療費を一万円多く取らなければなりません。
ただ苦しんでいる人を助けたいと思い活動していることから考えると、訴訟リスクを価格に転嫁するのは必ずしも消費者の利益になるものではないと思います。
本来訴訟は、損害を被った人が損害を与えた人からお金をもらうことを目的として損害を与えた人が損害を与えないように努力をさせるものだと思っています。信頼ということもありますが、偽装食品にしても訴訟による罰金が一億なら、偽装によって2憶儲けれるなら偽装するほうが合理的になります。
しかし、医療において同じことをすればお金のない人は医療が受けれなくなります。
お金のない人でも訴訟をする権利を持っており、訴訟する権利をいやでも持たなければならないことが問題だと思います。なぜなら訴訟する権利を持つだけで医療費が高くなるからです。
僕の個人的な理想は、最低価格が維持され低所得者生活を支えた上で、付加価値の高い高品質商品を提供することだと考えています。
その上で一番合理的なことは医療ミスをしても訴訟しませんという契約書を書いてもらい、それぞれを差異化するのがいいでしょうか。
Posted at 2008.06.30 6:19 PM by フィッシャー
以前、ほかのブログのコメント欄で教えてもらったんですが、豊橋市議会の報告が生々しいですよ。
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http://www.sugiura-green.com/sugi_blog/archives/2007_7_2_22.html
「今回に限らず賠償金は保険金から支払われているとはいえ、その掛け金は税金なのです。(本年度の保険料は2000万円だったが、昨年度約22000万円の賠償金を支払ったことから、来年度の保険料は7000万円程度になる見通し)」
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日本の場合、自治体病院は、民事で安易に和解する傾向がありますが、それは、とりもなおさず、住民への負担として跳ね返ってくる、って点を、一般の方々にもっと自覚してほしいですね。
Posted at 2008.06.30 6:30 PM by moto
そもそも、医療訴訟が起こることが問題だと思います。虎ノ門の小松先生の提言みたいに、当事者責任を問わない(明らかな故意を除いて、、)制度が早く実現して欲しいです。
訴訟は、人間関係を崩壊させます。。それを上手くマネージメントしようとすればコストがかかりすぎます(アメリカみたいに)。故意でないミスとか過誤を訴訟にしない仕組みを早く作らないといけないと思います。
そうでなければ、国民皆保険制度すら見直して、階層に応じた医療を行っていくしかないのかもしれません、不本意ですが。
自由主義の限界でしょうか。
Posted at 2008.06.30 10:36 PM by 黒猫
今の日本じゃ、訴訟にかかる費用を事実上転嫁できません。だからmoto先生のおっしゃる通り地方自治体病院続ける意味ないです。
今の日本じゃどうあがいても絶対に当事者責任はまぬがれないと思うし、匕首突きつけられているからレベルが保たれている面はあったと思う。
医療者側が生き残るには、患者さんのコミュニティーを任意に選択する権利を持つとか。
田舎の人は、数時間かけて都会の病院でCa拮抗剤もらい、僻地病院を罵倒する人と、黒猫さんのおっしゃるような人と二極化している気がします。
Posted at 2008.07.1 12:32 AM by はおはお
要するにコミュニティの猜疑心が高まったところから利益を得る人達がいて、その人達が、「猜疑心の放棄」に対する抵抗勢力になってる構図ですよね。。
猜疑心の階層化が為されたとして、高猜疑心村で働くのは地獄になりそう。
Posted at 2008.07.1 8:02 AM by medtoolz
http://www.asahi.com/national/update/0630/TKY200806300064.html?ref=rss
いやあ、物すごい勢いで訴訟件数だけはアメリカに追いつきそうな予感がします。
Posted at 2008.07.1 9:07 AM by 通りすがり
>高猜疑心村で働くのは地獄
それを体感、予感しているから、、、みんな立ち去り型サボタージュなんでしょう。でも、逃げ場というか、、開業も病院も良いポストはすでに埋まってしまってきていますね。特に開業は椅子取りゲーム化してるので、医療の質は問われなくなってきていて、若い受付や看護婦がいるとか、建物が新しくて立派とか、、そんな理由で選ばれたりしています。その借金を返すために余分な検査、余分な治療がなされて、、、医療費を持ち上げます。病院はその後処理をさせられている感じでしょうか。。。負のスパイラルです。
以前、新築したばかりの公立の病院で働いていたときに患者さんに言われた言葉「この病院は検査が多すぎるから、医療費が高い!儲けようと思っていろいろ検査しているんじゃないの?」僕の返事「どんだけ検査しても、治療しても、僕自身の給料変わりませんから。忙しくなるだけ損だから必要最小限しかしません!」。その頃に比べると今は天国です。
でも、10年くらい前は、発熱した子供が夜間救急外来に来ても、カルテも作らず、身体所見だけ取って大丈夫そうな子には自販機でポカリを二本買わせて、帰って貰っていたりしました。今そんなことしたら投書が来るかもしれませんね。あっという間に医療が変わってしまいました。
Posted at 2008.07.1 10:20 AM by 黒猫
CT装置メーカーさんと話をしていたとき「今開業するとCTは必須なんです、CTも無いようなクリニックには患者さんが来ないらしいんです」なんて言っていたので「画像読めるの?」って聞いたら「専門分野以外は無理でしょうね」って笑ってました。「で、何人くらい撮ればペイするの?」「一日5人くらいですね」「じゃあ、結構見落としするね、、、撮らない方が結局安いんじゃない?訴訟されるリスク考えたら」「あははは、、、」。業者さんも大変だと思いました。スペックを使いこなせないような機器を”客寄せ”用に売るのですから。
Posted at 2008.07.1 10:32 AM by 黒猫
自動診断CTできたら、きっと世界一変して、日本で撮影されるCTの枚数は、明日から10倍超えますよね。。世界で撮影されるCT画像の8割が日本になったりして。
Posted at 2008.07.2 4:09 PM by medtoolz