2009.11.19
「雑な物づくり」に未来がある
今作っている研修医向けのマニュアル本について、少しだけ話が前に進んで、昨日は出版社の方と、いろいろお話をさせていただいた。まだまだ先は長そう。
いろいろ思ったこと。
出版は大変
「自分の電子原稿が、出版にはあんまり貢献できない」ということが、個人的にはショックだった。
原稿はすでに、表紙から目次、本文、図版、索引に至るまで全て完成している。原稿内部でのページ参照だとか、あるいは索引だとか、ああいうのも全部ラベル参照にしてあるから、出版社の方から、判型と1行当たりの文字数、ページ当たりの行数の指定さえいただければ、コマンド一発、せいぜい1秒もあれば、参照ページの入った原稿が、いつでも出せる状態。たとえばそれを電子化したいなら、LaTeX ならhtml の出力も簡単だから、こういうのが役立つだろうなんて考えてた。
電子原稿は、「手書き原稿の山」なんて状態に比べれば、出版社の人も圧倒的に楽できるだろうなんて思ってたんだけれど、そんなに変わらないらしい。
「これから」のことを尋ねると、原稿は、今のPDFからテキスト部分だけを抜き出して、それをDTPソフトで再編集、TeX の図版はそのままだと使えないので、これはイラストレーターで全部作り直したうえで、自分のマニュアルには、ページの相互参照が200箇所ぐらい、索引が300箇所以上あるんだけれど、こういうのは全部「手」でやるんだという。
LaTeX の自動編集は、ワープロよりはきれいとはいえ、やっぱりそれは機械の仕事であって、「プロの品質」を達成するには、やっぱりまだまだ役不足みたい。
プロの仕事にはお金がかかる
個人的に妄想していた落としどころみたいなのは、「1冊1000円ぐらい、できれば半年、無理でも毎年改訂」ができたらいいな、なんて思っていたんだけれど、こういうのは無理らしい。
プロのお仕事には莫大なお金がかかって、商業品質に耐える版面を整えるためには、自分の原稿ぐらいの本を作るなら、ちょっとした高級車ぐらいのお金がかかるらしい。全部手仕事だから、そもそも「ちょっとした改訂」というのはありえなくて、品質のいい原稿というのは、裏を返せば、一度作ると、それを直すのにも膨大なコストがかかるらしくて、改訂という作業は、そう簡単にはいかないのだと。
「1000円ぐらい」の本というのは、だから最初から数万部オーダーで勝負をするような大規模出版でないと厳しくて、医学書というのはそもそもそんなに売れるものではないから、必然的に価格も上がってしまうんだという。
今相談をさせていただいている出版社は、本も雑誌も出しているようなけっこう大きなところで、多色刷りだし、図版も多い。小さな図版には文字がきちんと回り込んでいるし、爪見出しみたいな、裁ち落とし部分に印刷される部分も多い。素人仕事ではたしかに追いつけない、版面のきれいな本をたくさん作っているところなのだけれど、品質にはやっぱりお金がかかって、あらゆるものが電子化されたこの時代に、膨大な「手」が必要みたい。
「鬼のようにページ参照入ってますけれど、こういうの大丈夫なんですか?」とか尋ねたら、「もっと大変なのも手でやってますから大丈夫です」なんて、なんだか大変そうだった。
これからは雑な物づくりが大事なんだと思う
「最上の日々」のこれからの日本は、雑な物づくりだろうか というエントリーを読んで、こういうのはたぶん、いろんな業界で、「品質」から「雑」に舵を切る時期に、今はさしかかってるんだろうなと思った。
たとえば自分の原稿は、あらゆるものをフリーソフトで作っている。原稿の改訂はリアルタイムだし、PDF もHTML もその場で作って公開できる。たしかに原稿のできあがりは「雑」だけれど、読むに耐えないほどひどいわけではないし、出版社の人に原稿を託したなら、もちろん「プロの仕事」が施されて、比較にならないぐらいに高品質なものが作られるのは分かるんだけれど、その「品質」に、はたして何百万円ものお金をかける意味というのは、どれぐらいあるものなんだろう。
全てを手仕事で、ページの隅にまで気を配ったプロの原稿というのは、きれいな代わり、それは「紙」の形式でしか出版できない。参照ページは、「数字」として記載されるだろうから、判型が変われば全部やり直しだし、たとえばその原稿を電子化して、有償閲覧形式で配信しようにも、今度は参照ページだとか、索引を全部「リンク」に直さないといけないから、恐らくそれには手間とコストがかかって、実際問題、出版社で「電子書籍」に対応できるだけの体力を持ったところというのは、決して多くないんだという。
プロの人たちは、高品質な「プロの仕事」しかできないが故に、「雑な仕事」ができない。
自分は最初、「自費出版詐欺」みたいな報道で話題になったようなサービスを探していた。やりたいことは、あくまでも「原稿が書籍として流通すること」が全てであって、上の先生がたは「本」にならないと読んでくれないから、それで十分だった。だからたとえば、「100万円であなたの本が本屋さんに並びます」みたいなサービスが、医学系の出版社から提供されていれば、たぶんそれに乗っかったと思う。やりたいことは、それで達成できるから。
たとえば「研修医を集める」目的で、自分の病院独自のマニュアル本を作って出版したいという要望は、たぶんいろんな病院にあるものだろうし、60も過ぎたベテランの先生がたとか、あるいはblog で日記を書いている無数の同業者とか、ちょっとした本を作って、自分のノウハウを多くの人に知ってもらいたいという需要は確実にあって、それは小さいかもしれないけれど豊穣な、よその業界から見れば相当に「おいしい」市場がそこにあるはずなのに、高品質だけれど高コストな仕事しかできない「プロ」しかいない医学出版の業界には、こういう需要に対して、サービスを提供できない。
どこかの出版社が、たとえば「旺文社の赤本」よろしく、日本中のあらゆる病院から「研修医マニュアル」の原稿を集めて、どこかに就職を希望する医学生がそれを買って比較したり、あるいは自分の研修医にそれを買ってもらったり、部数でいったらせいぜい1000部ぐらい、「雑な装丁」の、その代わり、出版を依頼する病院側からお金を支払ってもらうような、そういうやりかたにだって十分勝ち目がありそうなものだけれど、そういう話は全然ないんだという。
この場所に、誰も名前を知らないような新興出版社が入ってきたところで、勝負にならない。自分たちはやっぱり、「名前」でいろんなものを判断するから。ところがその代わり、「名前」を得た多くの出版社は、今度は仕事の品質があまりにも高すぎて、こういう場所には行ってこれない。
恐らくは企業とか、あるいは国家にも、「品質で名前とブランドを形成する時代」のあと、どこかで「雑」と「多様」とにシフトをするタイミングというものがあって、そのタイミングを間違えて、「より高品質」に行ってしまうと、袋小路に入ってしまうんだろうなと思う。
病院ごとのマニュアルを商業ルートに乗せること。blog の文章に「プロの添削」を依頼すること。書いた文章を翻訳して、どれだけマイナーな形式であれ、「海外のどこか」に自分の意見を問うこと。恐らくは「出版」というものに期待されている仕事というのはたくさんあって、プロの人たちが「プロの仕事」を続けている限りは、こうした「多様」に対応することはできないだろうし、よしんばそれが実現したとして、それは高コストで、素人には手が出ない。
「出版のプロ」にはじめてお会いする機会をいただいて、自分はむしろ、「雑で多様なサービス」というものが、これから先、もっと考えられてもいいんじゃないかなんて考えてた。
[...] This post was mentioned on Twitter by medtoolz, はぎdora. はぎdora said: なるほど… RT @medtoolz 「雑な物づくり」に未来がある http://bit.ly/3vM204 [...]
Posted at 2009.11.19 10:23 AM by Tweets that mention 「雑な物づくり」に未来がある - レジデント初期研修用資料 -- Topsy.com
ご存知かとは思いますが
こんなサービスはどうですか
電子ブック配信サービス
http://mixpaper.jp/
Posted at 2009.11.19 10:29 AM by ノブ
大変参考になりました。
ところで同人誌のようなスタイルで自分で入稿すると安くなるのではないでしょうか
correction:
役不足 -> 力不足
Posted at 2009.11.19 11:05 AM by もわ
(ぶくまにも書きましたが)以前話題に上ったオーム社の例だと
Geekなページ: オーム社開発部の方とのやり取り
http://www.geekpage.jp/blog/?id=2008/1/10
Geekなぺーじ : オーム社開発部での開発体制
http://www.geekpage.jp/blog/?id=2008/1/16
・Subversionで編集者、著者との間で原稿管理
・原稿はXMLで書いて、内製ツールでLaTeXへ自動変換
・LaTeXをコンパイルしてdvipdfmxでPDF化したものを出版へ
という感じになっているらしいです。
大学の後輩が技術書(の訳本)をオーム社で出したときも同じような流れだったそうで。
同人誌向けの出版社に……ってのは私も思ったんですがプロの編集者を付けて欲しいという要求には叶わないですね……
Posted at 2009.11.19 12:21 PM by naohaq
そういった「高品質」のための細々としたところで、伝えようとするエネルギーが失われるのは勿体ないですね…
最近の「同人」業界の流行というのはこの辺のことが絡んでいるのかも
まぁ、「娯楽」と「医療」を同じレベルで語るのは無理があるとは思いますが
Posted at 2009.11.19 12:53 PM by りゃむ
[...] This post was mentioned on Twitter by Michael Garmahis, andhyphen. andhyphen said: 「雑な物づくり」に未来がある – レジデント初期研修用資料: たぶん「雑」が引っかかってて素直に賛同できない。ここは [...]
Posted at 2009.11.19 1:41 PM by Tweets that mention 「雑な物づくり」に未来がある - レジデント初期研修用資料 -- Topsy.com
前に出版関係の仕事にかかわったことがありますが、誤字・脱字を取り除くのにかける労力が凄まじかった。
多少のエラーは誤差の範囲じゃね?って思ったけど、商業出版はそういう訳にはいかないらしい。
Posted at 2009.11.19 3:26 PM by 匿名
大手の出版社の方と話をされたからじゃないでしょうか。
たとえば2年に一回改訂するとしたら学会誌レベルで
いいのでは? 紙は少しよくするにしても。
となれば、現状プラス・アルファでできると思いますけど。
本作りで最大の障害は、印刷製本コストと流通。
オンデマンド印刷会社増えましたが、頁数が多いものは
そうしたところはやっていないところがほとんど。
そして、一般的な印刷会社は、一般を相手にしてくれないし
値段も引いてくれないし。
流通に関しては、東販・日販という問屋が
出版社と本屋の間に入っていて、ここのコードを持っていないと
本が流通の載らないシステムになっている。
ただし、流通については、自前でネット販売してしまえばいいので
やりようはあるかと思います。
フリーのデザイナーが一人いれば、
綺麗でカッコイイ良く、使いやすい本は
いくらでもPCの中にできます。
ただし、それをアウトプットするところで
大きな障害がある、というのが、
自分で何冊も本を作って、ネットで売った人間の感想。
では
Posted at 2009.11.19 3:43 PM by gp
(ぶくまにも書きましたが)以前話題に上ったオーム社の例だと
・Subversionで編集者、著者との間で原稿管理
・原稿はXMLで書いて、内製ツールでLaTeXへ自動変換
・LaTeXをコンパイルしてdvipdfmxでPDF化したものを出版へ
という感じになっているらしいです。
大学の後輩が技術書(の訳本)をオーム社で出したときも同じような流れだったそうで。
同人誌向けの出版社に……ってのは私も思ったんですがプロの編集者を付けて欲しいという要求には叶わないですね……
Posted at 2009.11.19 3:59 PM by naohaq
ご参考になるかと思いコメントします。
TeXに対応している出版社と言えばナカニシヤ書店を思い出しました。Webでは確認できませんでしたが。
ご存知かもしれませんが奥村先生のところにはTeXに対応している出版社のリストがありますね:
http://oku.edu.mie-u.ac.jp/~okumura/texwiki/?TeXで作られた本
医学関係でということだと、このリストのなかでは朝倉書店、シュプリンガーフェアラークあたりが有望でしょうか。
Posted at 2009.11.19 4:49 PM by もがみ
皆様ありがとうございます。。
最上先生、ずいぶん前に「雑な物づくり」の記事を読み、あのときには正直今ひとつぴんと来なかったのですが、今回自分の体験として、こういうことであったかと再解釈を試みた次第です。
コメントありがとうございました。
Posted at 2009.11.19 5:06 PM by medtoolz
まさしく、同人誌の印刷ですが、IT技術系(オープンソース関連)の文字主体(一部図版)の100Page前後の原稿をTeXで作成して、PDFで入稿ということを半年に一度行っています。
編集者等はおらず、各筆者で、相互レビューだけして印刷に回しています。
要望に合致するかは不明ですが、
使っている印刷所は下記です。
http://www.tokyobiz.jp/bookbinding.htm
そのほかにもPDFでの入稿可能な印刷所はあるようです。
通常の出版社(オライリー)さんから、書籍を出した(共著ですが)こともありますが、印刷所さんと出版社さんは編集、印刷期間も全くス
タイルがちがいますね。
印刷所さんは商業出版社さんのような編集は一切してくれません。
しかし、割り切った使い方をする分には良いのではないでしょうか?
ご参考まで
Posted at 2009.11.19 8:40 PM by koedoyoshida
そこそこの品質で良いが、しばしば改定を必要とする大学の講義用テキストではDTP出版をよく見かけます。
http://www.dtppublishing.com/
大学テキスト以外にどれくらい対応しているのかはわかりませんが、こういうのも同人誌と大手出版社の書籍の間を埋める一つの形でしょうね。
Posted at 2009.11.19 9:32 PM by 匿名
そういう雑な仕事を地でいったのが、イヤーノートじゃないでしょうかね。
Posted at 2009.11.20 12:17 AM by Sampo
EWB
http://ascii.asciimw.jp/ascii/EWB/gaiyo/index.html
を使えば(出版社が意図する品質になるかどうかは別にして)技術的には今の素材をだいたい使えますね。
実際にEWBで作られている書籍や雑誌はアスキーから出ている実績が結構有りますから、出版のプロでもQuarkXPress組版との違いに気がつかずに読んでいる人は多いと思います。
Posted at 2009.11.20 4:05 AM by otsune
皆様ありがとうございました。。
なんというか、こんなにも多くの選択枝があったのか、とびっくりする重いです。
私のリサーチ不足と行ってしまえばそれまでなのですが、その人の意図に見合ったサービスというものは、探せばちゃんとあるものなのですね。。
Posted at 2009.11.20 7:56 AM by medtoolz
> 「雑で多様なサービス」
これからの格差時代、医療サービスでも同様なんでしょうか?
やはり、人の命が関わる場で、米国風の品質劣化はまずいのかなあ。
Posted at 2009.11.20 11:39 AM by 三等兵
「医療にとって雑とは何か」というのはけっこう難しいのです。。
個人的に「雑な医療」を目指した一つの解答が、自分が今作っているマニュアル本なのですが、世に出すどころかスタート地点にも立てないという。
Posted at 2009.11.20 11:46 AM by medtoolz
ごく少部数の場合、手元で紙に印刷までして、キンコーズで製本だけお願いしたりしてます。
同人誌では、こちらの方の記事も参考になるかもしれません。http://d.hatena.ne.jp/spqr/20091114/p1
Posted at 2009.11.20 4:19 PM by 匿名
>個人的に「雑な医療」を目指した一つの解答
すべてのチープ革命はwebから、なんですね。なんとも21世紀。
Posted at 2009.11.21 12:19 AM by 三等兵
電子書籍でよければ、ここだとPDFのまま書籍化できますよ。
↓
http://www.digbook.jp/
Posted at 2009.11.21 6:46 AM by あ
[...] 「雑な物づくり」に未来がある – レジデント初期研修用資料 (tags: business) [...]
Posted at 2009.11.21 7:04 AM by links for 2009-11-20 « 個人的な雑記
私が学生の時、生化学ガイドブック(遠藤克己、三輪一智、南江堂)という代謝経路や構造式がたくさん載っている生化学の参考書(暗記本?)がありました。これは著者が作ったOASYSのワープロ原稿がそのまま版下になっていて、当時のワープロ出力そのままの紙面でしたが、改訂が容易で本の価格も安い、と序文に書いてあったような気がします。デジタルが世の中を変える!と感激したことを思い出しました。medtoolz先生の本も大学の売店で売られれば世の中を変えるのではと思っています。
Posted at 2009.11.24 7:45 PM by 特に名を秘す