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2009.10.31

交渉手段としての火砲と装甲

交渉ごとというのは要するに、「相手に何かをあきらめてもらう」必要が生じたときに発生するものなんだけれど、相手のあきらめを促す手段として、「ものすごい火砲」を見せるやりかたと、「分厚い装甲」を見せるやりかたとでは、交渉の質が異なってくるような気がする。

火力にできないこと

現代戦は「ミサイル」が主役になるから、分厚い装甲を装備したところで効果は薄くて、今の戦艦は、案外装甲が薄いのだという。それとはまた、理由は異なるのだろうけれど、民兵の武器はせいぜいライフルぐらいだから、「今の時代、戦車は不必要で、装甲車で十分」なんて議論もあるらしい。

状況を支配している軍隊に、ライフル程度の武器で戦いを挑んだところで、彼我の火力差をひっくり返せないのなら、勝負にならない。戦うことは無意味だから、理屈の上では、味方に圧倒的な火力があるかぎり、相手の武器に見合った装甲を持っていれば、戦いに負けることはないし、そもそも戦いは始まらない。

ところがイラクなんかでは、起きないはずの「戦い」が至る所で発生して、装甲を持たない車両で移動しているアメリカ兵に大きな被害が発生したり、パレスチナをパトロールするイスラエルでは、だから市街をパトロールする目的で「戦車」を導入して、一定の効果を上げているらしい。

「相手の火砲に見合った厚さの装甲を持っていればいいものじゃない」というのが、不謹慎だけれど面白い。

コミュニケーションとしての戦争

戦いというものも、たぶん数学ではなくコミュニケーションの問題なのであって、たとえ圧倒的な火力の差を持っていたところで、分厚い装甲があって、初めて成立する交渉というものがあるのだと思う。

圧倒的な火砲は、「戦ったところで、皆殺しだよ」というメッセージを伝えるけれど、圧倒的な装甲は、たぶん「戦っても、弾が無駄になるだけだよ」なんて、質の違ったメッセージを発信する。

火砲を前にあきらめた人は、「臆病者」になってしまうけれど、装甲を前にあきらめた人は「物事が見える賢明な人」になれる。同じ「あきらめ」を促す手段にしても、相手の面子を立てるのは、火砲でなく装甲のほうであって、こういうのはたぶん、コミュニケーションには大切なんだと思う。

戦わずして勝つために

「戦わずして勝つ」を実現するには、だから火砲を見せつけるよりも、分厚い装甲を見せつけたほうが、そうなりやすい気がする。

ただしその代わり、歴史上、「圧倒的な装甲」が状況を決定した戦いがあったのかどうか、そのへんがよく分からない。調べようにも資料がないんだけれど、なんとなく、無いような気がする。

Twitter では、「比喩においても現実においても、あらゆる場面で現代は盾より遥かに矛が強い」なんて感想をいただいたのだけれど、たしかにならば、自分たちの病院で、「法律という矛」以外に、理不尽な要求を通そうとしてやってくる人たち相手に、何かその人たちのあきらめを促すような「盾」に相当する機能があるかといえば、そもそもそんなものが存在しない。

「成功した盾」として、今現在、実社会で機能しているものというのは、何かあるんだろうか?

Comment & Trackback

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>歴史上、「圧倒的な装甲」が状況を決定した戦いがあったのかどうか

ソ連の戦車の装甲には、旧日本軍は全く太刀打ちできませんでした。だから、ノモンハン事件以後の陸軍は、極力、ソ連と戦わないようにしていました。これもコミュニケーションといえるのかもしれません。

籠城戦なんかも、該当するでしょう。装甲は場合によって、時間と交換できるのです。

>「成功した盾」として、今現在、実社会で機能しているものというのは

…ネームバリューですかね。

[...] This post was mentioned on Twitter by vega, tnk. tnk said: 交渉手段としての火砲と装甲 – レジデント初期研修用資料: 交渉ごとというのは要するに、「相手に何かをあきらめてもらう」必要が生じた [...]

おそロシア。。。

こんにちは。いつも拝読しております。

非常に面白い視点だと思いました。特に

>相手のあきらめを促す手段として、「ものすごい火砲」を見せるやりかたと、「分厚い装甲」を見せるやりかたとでは、交渉の質が異なってくるような気がする。

この点は、対外行動における軍備の使い方、というスケールで考えると非常に示唆的な気がします。

ですので、medtoolz様の問題意識からはちょっと外れる内容になるかもしれないのですが、今度なにか書いてみたいと思います。面白い気づきを下さりありがとうございました。

10月30日の「リアリズムと防衛を学ぶ」を読んで、そこから発想が広がったのです。。ありがとうございました。

法律は矛ではなく盾なのかと思っていました。顧問弁護士やケースワーカーの存在は、火砲ではなく装甲なのかなと。(ただ弁護士はどちらにもなり得る存在ですね…)
一般論として、悪質なクレーマーがどこかの組織にクレームをつける際、すぐに弁護士が出てくるところよりはそうじゃないところを狙うと思うので。

ケースワーカーを装甲に援用すると、被弾したときに壊れちゃうかもです。。。

ここまで防衛医療なし

多マスト帆船と火薬&大砲がセットで初めて無敵艦隊とかあの時代の戦争形態がああなった、という説を連想しました。(火薬の一般化-砲は陸上を低速で移動する運用では十分効果を発揮できなかった?)

戦争は外交の延長説、とすると戦闘とコミュニケーションの関連は
むむむ

「火力」は「やり返す」というメッセージで、「防御力」というのは「攻撃の無力化」というメッセージと理解できそうです。

例えば過剰なクレームへの対応を考えると火力は法的処置をちらつかせ、防御力はへこたれなければいいのでは。
具体的には忙しい医療機関の場合クレーマーを待たせておけばよいのでは、役所がよくやるたらい回しです。役所はクレーマーが悪評を振り回しても代替機関がないので評判に傷が付くというのはあまり絶大な被害ではありません。まぁ病院は悪評が立つのは良くはありませんがトレードオフと割り切り、「話を聞かない」という防御力は絶大でしょう。
または苦情係を設置して、話は聞くけど何もしないというのも防御力ではないでしょうか。
攻撃を起こさせる気を喪失させれば防御力としては成功なのかもしれません。

商品を巡る攻撃力と防御力

交渉手段としての火砲と装甲〜レジデント初期用研修資料
元ネタ〜なぜ護衛艦“くらま”はコンテナ船より脆いのか?〜リアリズムと防衛を学ぶ
元ネタは護衛艦くらまが関門海峡でコ…

※1さんへ
ノモンハンの時点でのソ連戦車の装甲はまだ日本の野砲・戦車で十分対抗できるレベルでした。圧倒的な差がついたのはそのあとのことです。
関東軍はノモンハンの責任を前線部隊に押しつけることで自己の無謬性を維持しようとしたため、結果として原因の分析も問題点の洗い出しも行われないままに放置を続け、終戦間際になりソ連が侵攻部隊を国境に集結し始めても侵攻の可能性から目を背け続けました。

つまりこれは広東軍の権威付けという装甲によって組織が硬直し、破滅を招いた例ですね。

あんまり論旨に影響はないかもですが、少しだけ思い付いたことを。

「今の戦艦は」の部分は「今の軍艦は」の方がいいですね。戦艦は艦種ですので。

火砲を前に諦めるのと装甲を前に諦めるのは、どちらも同じような気がします。
彼我の(火力-装甲防御力)差を見て諦めている点で。