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2009.08.16

どこかに「グー」がある

病院での交渉ごとというのは、何しろあいては白衣を着て、なんだかえらそうな椅子に座っているものだから、一見すると圧倒的に、医師側のほうが有利に見えるんだけれど、実際白衣を着て座っている側からすれば、患者さんが、特に患者さんのご家族が、怖くて怖くてしかたがない。

「グー」がない

医療交渉というのは、じゃんけんでたとえると、自分たちには「グー」を使う権利が与えられていない。

患者さん側には「グー」「チョキ」「パー」の選択枝があって、自分たちには「チョキ」と「パー」しかなかったら、これはもう、絶対に勝てるわけがない。

もちろん医療というサービスを提供しているのは自分たちの側だから、それを断られたら、患者さん側にはなすすべがないんだけれど、医療者側は何よりも、何かトラブルになったときに失うものが大きすぎて、一度失うと、それは取り返しがつかないものだから、患者さんから「グー」を使われる、何かをごり押しされるような状況になったとき、それを拒否することが難しい。

医療従事者が交渉の席に望むときには、だから世の中には「グー」なんて最初から無かったかのような、少なくともこの交渉の場では、「グー」を使うことが許されないのだ、といった空気を必死に作って、相手が3枚、自分が2枚しか持っていない交渉のカードを、あたかもあいてと自分と、最初からお互い2枚しか見えないかのように振る舞って、相手の有利を隠蔽する。

「グー」というカード、拳を机にたたきつけて、怒りで相手の論理をひっくり返すようなやりかたは、たとえば医療交渉の席ではほとんど万能の解答で、だからこそ、自分たちは穏やかな口調で、あたかも患者さんのご家族と、古い友人であったかのように振る舞って、相手が「グー」を切りにくいよう、あるいは「この病院では怒っちゃいけないんだ」みたいな、そんな禁忌があるかのように振る舞ってみせる。

こういうのはやっぱり、環の弱いところから破られることが多くて、人が必死に「グーなんて無いんですよ」を演じて見せて、それがある程度上手くいっているのに、たとえば自分たちの「権威」みたいなのを勘違いした看護師さんが、患者さんに対して横柄に振る舞って、カードの所在がばれてしまったり、休みの日にたまたま来た遠方の親戚が、「ここにグーがあるじゃない」なんて、今までの努力をひっくり返してみたり。

隠蔽されているカードを探す

恐らくは病院だけでなく、世の中のいろんな交渉の席で、「グーの隠蔽」が行われているような気がする。

相手側が何かの権威を持っていて、自分たちは「交渉の席」についているのに、それは交渉どころか、相手の意見を、相手の権威をありがたく拝聴するだけの場になって、「こうなったのは仕方がなかったんだ」なんて、なすすべもなく、相手の言い分をそのまま受け入れることしかできないような状態。

議論は一方的なのに、一見すると、自分たちには聞いてうなずくことしかできないのに、それでもそれが「交渉」だという、交渉なのに交渉というゲームが成立しない、こういう状況においては、たぶんどこかでカードの隠蔽が行われているのだと思う。権威であり、穏やかな口調でこちらを気遣って見せる余裕すらある相手というのは、じつは内心びくびくしていて、隠しているカードが見つかったとき、恐らくはそれを切られると、もうなすすべがない。

相手と自分と、同じ席に座らないといけない状況は、それはもう「交渉」なのであって、相手は少なくとも、「こちら側が椅子に座ってくれないと非常に困る」何かがあるから、わざわざ交渉の席が作られる。席に座って、相手の言葉を一方的に拝聴せざるを得ない、そんな状況に出くわしたときには、実は本来、なすすべを持たない自分たちの側に、極めて有利なカードが隠されているのかもしれない。

Comment & Trackback

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私はできるだけ グー を出せない状況を作るようにしてます。

検査がある程度終わって今後の治療方針に入るとき(がん医療だから出来るのでしょうが)、一通り説明して、「医者を選ぶのも寿命のうちです。セカンドオピニオンも勿論かまわない。ゆっくり考えて最終的な結論を出して下さい。勿論私を信頼して頂ければ出来る限りの最善の策は尽くします。」と、あなたがこの医療を選択しているという自覚を植え付けるようにしています。病院はいくらでもあるわけですからグーを出す前にどこかへ行ってもらえば穏便に済むわけで、、、
 そうはいっても、こちらの思惑どうりには行きませんが。

>「グー」というカード、拳を机にたたきつけて、怒りで相手の論理をひっくり返すようなやりかた

この「恫喝」というカードを患者が使用してしまえば、その後通常の信頼関係を築く事は困難と考えます。気持が高ぶっているため話を打ち切り、後日改めて話し合いの場を設けるか、患者が納得していなければ他の医療機関への転院あるいはセカンドオピニオンを勧める(このとき、「よろしければお使い下さい」といって、同一医療圏内の医療機関の一覧表を渡し、患者の責任で選択してもらう)のがよいと思われます。救急医療では医者の裁量が広がらざるをえず、臨機応変な対応が必要になりますが、やはり手持ちの「カード」として内に持っておくことは必要と思われます。

信頼関係が無ければよい医療は出来ませんし、相互不信が無ければ医療訴訟も成り立たないはずです。

これから日本は訴訟社会になっていくと思われますので、いわゆる「患者離れのよい医者になる」ことは大切と思います。これが、「権威」にとってかわるべき医者の「カード」と考えます。

相手がグーを出してくれたらパーで勝てるよ
困るのは、延々チョキであいこにされ続けることだよ

表現は違えど、そんな記事をここで読んだ気がするよ

手札が「チョキ」と「パー」しかないゲームだと仮定すると、お互いチョキを出し続けるしか選択肢が無くなるわけですが、実は相手は「グー」を持ってて、ふいに出されると負けてしまうわけですね。

ただ、そのタイミングでこちらが「パー」を出せば勝てると。

なんかカイジの「Eカード」みたいな……

[ライフハック]「圏外」は怖くない – 『空気』を読みすぎて窒息しないために

ケータイが「圏外」表示になると、何ともいえない不安を覚える人が多いという結果が出ています。ケータイで親しい友人とつねに繋がっているはずの自分が、そこから排除されたよう…

まあ、結果として「ジャンケンの場(医療の現場)から去る」という選択肢が出現するわけですね。
とりあえずブラックジャック第一話よろしく「医者はどこだ!」状態を一度経験するしか解決出来ないでしょう。

謝る。ひたすら謝る。しかし私たちがあなたにできることはこれしかなかった。今後はこれしかない。私たちは最善を尽くした。そして突っ込まれる前にまた平謝りに謝る。結果に対して謝る。過程は間違ってなかったことを言葉を尽くして説明した直後に、結果に対してだけ謝る。
これが擬似パーなんでしょうね。これで通じなかったら苦しいのは、多分どこの業界でも大なり小なり(医療現場は大でしょうね)一緒だと思います。

謝るというのも1つの手ですね。

ただし、何に対して謝るのかが問題で、
・行き違いで怒らせてしまったのなら、相手を不快にさせたことに対して謝る
・合併症が発生したのであれば、「『神の手』でなくてすみませんでした」と謝る

それ収まれば、それでよし
裁判で「謝ったじゃないか!」と言われれば、「医学水準(=神の手)vs.医療水準」論で戦う

通常のトラブルに対しては研究と対策が進みました。
が、場外乱闘は、毎回それぞれに対処しなくてはならないので大変です

本当は、際限もなく要求が膨らんだら、それに全部応えた上で、際限もなく請求書の金額が膨らんでいくのが目に見える仕組みが作れれば、問題はそれで解決しそうなのですが。。
よくできた保険医療の限界というか。弊害というか。