2009.08.05
分からないときの振る舞いかた
間違える、あるいは「放り出す」といったほうが正しいのかもしれないけれど、患者さんを診察して、 その人の抱える問題に対して、主治医としてなんのアイデアも浮かばないときに、 患者さんに対して、どう「ごめんなさい」をすれば、その人の問題が解決する方向に状況を転がせるのか、 そんなことを考えてる。
間違えが正しく重なると治る
胸部大動脈瘤で手術になった患者さんは、最初に整形外科にかかっていた。
その患者さんは「肩が痛い」と訴えて、胸が痛いとか、苦しいとか、 そういうお話しを全然しなかったらしい。
患者さんを診察した整形外科の先生は、肩を診て、分からないからレントゲンを撮って、 心臓の上側がやけに大きく拡大していたものだから、「肺癌疑い」なんて診断で、 その患者さんを紹介した。
外来に来てくれている呼吸器の先生は、胸を聴診しても、その人には何もなかったのだけれど、 「肺癌」と紹介されたものだからCTスキャンをオーダーして、動脈瘤が見つかって、緊急手術になった。
CTスキャンが行われるまでの間、その患者さんにかかわった医師は、誰ひとりとして正しい判断をしなかったし、 「大動脈瘤」なんて診断を最初に下したのは、医師でなく技師さんだったのだけれど、 「間違った判断」が正しく重なった結果として、 患者さんは、最初から大動脈瘤と診断されたケースと同じく、 「診察->単純写真->紹介->CT->診断」というプロセスをたどることができた。
分からないから放り出す
昔紹介された脳腫瘍の患者さんの場合には、自分も「間違いのリンク」に参加していた。
その患者さんは「気分が悪い」なんて訴えで、別の病院に入院していて、 CTだとかMRIだとか、あらゆる検査が行われたのだけれど原因が分からなくて、 暫定的に「脳梗塞でしょう」なんて診断されて、点滴を受けていた。
状況が変わらなかったものだから、ご家族が本人を連れ出して、うちの外来にやってきた。 「MRIは正常です」なんて紹介状が添えられていて、自分がそのMRIをみたところで、 やっぱり何も分からなかったんだけれど、その患者さんは目が見えにくくなっていた。
目が見えづらいから、患者さんは「脳梗塞」なんて言われていたんだけれど、脳梗塞ならMRIで診断できて、 脳梗塞でない、「目に来る」病気は、これは眼科医か脳外科医の領分で、 うちの施設にはどちらもいないものだから、脳外科の常駐している、別の病院に紹介した。
紹介された脳外科医は、MRIを診て、一瞬で脳腫瘍を診断して、 その患者さんは下垂体腫瘍の手術を受けたらしい。
最初の病院に入院した段階で、必要な検査は全部行われていて、最初の医師も、自分もまた、 データを見ても診断できなかった。前医と自分と、患者さんに対して等しく無能であったのだけれど、 同じ「分からない」という状況に対して、前医は抱えて、自分は放り出した。
患者さんを放り出した先が、「正解」を見慣れている医師だったものだから、 患者さんの病名は一瞬で下されて、治療が行われた。
「分かる誰か」に問題を正しく渡す
全然ほめられた経過ではないけれど、分からないまま、あるいはことごとくが間違っているままに 物事が進んでいる状況においてもなお、その患者さんを診断することを「正しくあきらめる」ことができれば、 いつか正しい診断にたどり着くことができる。
「あきらめかた」だとか、「放り投げかた」にも、たぶん正しいやりかただとか、 あきらめるタイミングというものがあって、それを外しさえしなければ、 病気に対する知識が全くない医師であっても、その患者さんに隠れている本当の病名が診断される方向に、 あるいは治療される方向に、状況を転がせるような気がする。
今作っているマニュアル本には、こういう考えかたは全然入っていないんだけれど、 いつかはこういう考えかたを実装したいなと思う。
まず必要なのは、分からないときに、その状況を「分からない」と認識するためのやりかた。
もう一つ必要なのが、ある症状を抱えた患者さんに対して、自分の知っている鑑別診断リストの中からは 適切な病名を探せなかったり、ある病名を患者さんに当てはめて、どうも「据わりが悪い」と 思えたときに、問題を抱えた患者さんを、その問題を解決できる医師に、正しく渡すためのやりかた。
どこから手をつけていいのか見当もつかないけれど、それでも症状は有限で、おそらくは、 物事が呪われたように悪く転がる、そうした状況の数もまた有限だから、 それを収集、整理することで、それを方法論としてマニュアル本に取り込むこともできるような気がする。
進捗状況
一部文章の改訂を行いました。索引を増やし、本に出てくる薬剤名、病名から、文章を検索できるようにしました。
ここ からダウンロードできますので、参照してみて下さい。8月5日版が今のところ最新です。
その点、以前ご指摘の、選択肢をつぶせる検査は重要ですね。画像で否定するの禁止ルールだと選択肢残りすぎるでしょうか?
Posted at 2009.08.5 8:04 PM by to
丸投げ、それも正しい。ただし、事象を説明した上で。(どうやって?)
分からないときの振る舞いかたをお医者さんの見地から記載されていて、おもむき深く読んでいた。
で、まいどのことながらこの人の記事って、アプリケーション開発者視点でも考えら
Posted at 2009.08.5 8:20 PM by 暮夜満足日記(Bo-Ya Mansuku NIKKI-)
自分の弟は、
町医者がヤブで、頭痛 + 吐き気 → 「とりあえずCT撮っとくか」をやってくれたおかげで
脳内出血(とその原因だった脳動静脈奇形)が分かって助かったことがあります。
町医者の「買った機械は経費回収のためにとりあえず乱発」も侮れないな、と思ったものです。
#ちなみにその後、腹部エコーを導入したときも「とりあえずエコー」を乱発していたそうで……
Posted at 2009.08.5 11:44 PM by naohaq
プログラムで例外を投げると、それを処理してくれるクラスまで例外が伝わっていくというのを連想しました。
Posted at 2009.08.6 12:50 AM by niku
「画像で見よ」は、「理学所見極めれば検査いらない」に通じるものがあって、なるべく減らしたいのですが、まだなかなかそうならないのです。。
とりあえず検査、というやりかたは、要するに「敵を見たらグレネードランチャー」なんですが、今はなんというか、最前線に新兵を出して、そこにはライフルからグレネードから戦車から、なんだってあるのに、「兵士の基本は白兵だ」なんて、竹槍渡されて頑張ってね、という。
Posted at 2009.08.6 1:02 PM by medtoolz
[...] ぜんぜん関係ありませんが、上手に放り出せるのは大事だと思います。 [...]
Posted at 2009.08.7 12:10 AM by 3日間ほど失踪します at ぴらぴら週記
我々の病院では「『目が見えない』という訴えなら、
目か脳か鼻だ」という格言が伝わっています。
眼科から視力障害を紹介された脳の先生が副鼻腔炎を見逃したのが、その発端だとか。
本文の症例に真面目に答えると「目が見えづらい」という訴えが片側なら視交叉よりも前、両側なら視交叉を含めて後方になりますね。「目が見えづらい」→「両側」→「対座法で両耳側半盲」→「下垂体だろう」→「(MRを見て)やっぱり!」という感じでしょうか。
さて、「正しい放り投げ方」というのも難しいですね。
相手のストライクゾーンに投げることができればいいのですが、それができなければ患者ピンポンになってしまいます。こちらの体調(睡眠時間や空腹度)に関係するというのも現実です。
Posted at 2009.08.7 4:37 PM by エリヤフ先生
>我々の病院では「『目が見えない』という訴えなら、目か脳か鼻だ」という格言が伝わっています。
こういう言葉が貴重なのです。。。そういうのを伝える人が本当に少なくて、集めようにも集められなくて。
ティアニー先生の「Perls 」にしたところで、せいぜい40パターンぐらいを使い回してるだけで、ああいう「一言」を語る人も、あの人しかいない、というのはやっぱりどこかおかしいように思うのです。
本来は、その業界に熟達した人なら誰でも、後続に語り継ぎたい「一言」ぐらい、いくつも持っているはずなのに。
Posted at 2009.08.7 6:19 PM by medtoolz
こういった事例って「イヤーノート」で対処できないことなんで、研修医になってから覚えていくことなんでしょうけど、本当は学部の段階である程度のトレーニングを受けておくべきなんでしょうね。。。
Posted at 2009.08.9 1:20 AM by JFK
あと「イヤーノート」とやらに欠けているのは、失敗症例でしょうか。
いわゆる「判例から学ぶ××」といった類のものです。
もっとも「判例から学ぶ××」は、あくまで法律論なので、ルールの全く違う医療の世界で教訓を得ようと思うと、医学的に解釈し直さなくてはなりません。当該 case における裁判所の判断を敢えて無視した上で、「悪い結果を確実に避けるために使用可能なリソースをどう活用すれば良かったのか」という議論が必要です。
その意味で、気の利いた医師たちは、「医療過誤」という言葉を「有害事象」と、「過失」という言葉を「preventable」と表現し、法律論と医学的議論を混同しないように注意を払っているように感じます。
トンデモ判決に憤っているだけでは進歩はないわけで、我々なりに議論し直して学ぶべきだと思います。
Posted at 2009.08.9 3:52 AM by エリヤフ先生
失敗症例とか、病理を見てびっくりした症例とか、本来はもっと公開されてしかるべきだと思うんですが、やっぱり難しいんですかね。。
Posted at 2009.08.16 7:43 AM by medtoolz
> 失敗症例とか、病理を見てびっくりした症例とか
医師A 「俺はこう思う」
医師B 「そうじゃなくて、こうだろ」
名医C 「お前ら2人とも全然違うぞ。正しくはこうなっているんだ」
医師A,B 「ホントだ! 僕たち研修医からやり直します」
全く想定外の、でも間違いのない正解を突きつけられる。
医学の奥の深さを思い知らされる瞬間であり、鳥肌の立つような快感でもあります。
これがあるから医者がやめられない、という気もしますね。
Posted at 2009.08.17 6:57 AM by エリヤフ先生
想定外も、学習して、次から織り込めば「想定」できるのだから、名医の人こそ、そういうのをまとめてほしいですよね
Posted at 2009.08.17 7:53 AM by medtoolz