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2009.07.25

17時になったら上司と挿管

ずっと作っている研修医向けの本に、「喘息の患者さんを受け持ったら、 その日の17時に挿管の適応を決定する」という項目を入れることにした。

気管内挿管みたいな、生き死にに直結するような手技の適応は、医学的にでなく、むしろ社会的に 決定されるべきだから。

適応は社会が決める

「酸素濃度が下がったら挿管」とか、「意識状態が悪くなったら挿管」だとか、 医学的に正しく記載された教科書には、こういう治療を決断するときには、 まずは患者さんの状態を把握して、それから治療の適応を決めるように書かれている。

とりあえずこの年齢になるまで、 どうにか大きなトラブルなく来たけれど、 自分の積んできた判断をふり返って、物事を医学的に判断した記憶というのが、この数年間ほとんどない。

気管内挿管のような、生命の維持には欠かせない、その反面、それが行われる患者さん自身にも リスクが発生するような治療についての判断は、「医学的に」ではなく、 むしろ積極的に、「社会的に」決定されるべきだと思う。

それはたとえば、病棟スタッフの脳裏に帰宅時間がちらつく「17時」であったり、 あるいはまた、「今日は当直あけだから家でしっかり寝たい」 日には挿管の閾値を下げてみることだったり。

判断をねじ曲げるもの

医療というものが、教えられることで再現が可能な「技術」である以上、 ある患者さんに対して、為されるべきことがしっかり行われていれば、それは「過失」にならない。

トラブルのほとんどは判断の間違い、あとからその状況をふり返って、「やるべき事が行われていなかった」と 判定された状況であって、タイミングはあまり問われない。そうした「間違った」判断のほとんどは、 「医学的な」判断が、社会的な圧力でねじ曲げられることから発生する。

  • その日に上司が叱りとばした下級生は、患者さんの具合が悪くなっても、それを上司に伝えられなくなる
  • 帰宅時間も迫った17時58分頃に、「患者さんがちょとだけ苦しいそうです」なんて連絡を受けた主治医は、 しばしば「ちょっと」を恐ろしく過小に評価して、急変の徴候を見逃す
  • 「これから飲み会」だとか、自分が主催する勉強会を目前に控えた状況において、 患者さんの症状はしばしば「安定している」と判断されて、後を引き継いだ当直医は、 しばしば急変コールで真っ青になる

どれだけ「医学的に」正しい判断を下したところで、社会的なバイアスからは逃れられない。 正常値には幅があって、それはしばしば、間違った判断を補強する材料として使われてしまう。

医学的な決断、抗生剤を使うだとか、気管内挿管を行うことだとか、患者さんに必要な処置を、 社会的なバイアスから自由な立場で行おうと思ったなら、「バイアスのかかりやすい状況」を あらかじめ組み込んだ、社会的な適応基準を作ったほうが、結局のところ、 患者さんにとって正しい判断につながる。

軽い人ほど重く診る

トラブルから自由でいようと思ったら、だから「重い」決断、気管内挿管を行って人工呼吸器をつけることなんかは、 「社会的に」決断されるべきだと思う。患者さんが苦しそうだからとか、酸素濃度が下がったから、といった 理由でなく、むしろ「もうすぐ外科の上司が帰りそう」だとか、「明日は当直だから今日は寝ておきたい」だとか。 挿管みたいな手技は、危険を伴うからこそ、万全の状況を作れないタイミングを避けるために、 いかにも下らない、「社会的な」理由を、もっと積極的に援用すべきなんだと思う。

重たい病気の患者さんというのは、やるべきことさえ行われていれば、どれだけひどい対応を行ったところで、 まずトラブルにならない。

具合の悪い患者さんというのは要するに、「医学的な正解が明らかな人」だから、 主治医がどれだけひどい態度を行おうが、どれだけ適当な根拠で判断を下そうが、 同じ医学知識を持った人なら、その患者さんに対して行うことは、結局変わらない。

怖いのはむしろ「正解のない人」、症状としては軽くて、そのくせ夜中とか、 早朝4時に歩いて外来にやってくるような患者さんで、 「医学的には」何もしないで帰すことが正解になるような人たち。

こういう人はたいてい、患者さん自身が想定している正解というものを持っていて、 それから外れた対応をするとトラブルになるし、あとから実は病気が隠れていたりしたら、 あとから修正が効かない。

「いいお医者さん」のこと

個人的にはだから、軽症そうに見える人ほど、「ようこそお越し下さいました大変だったでしょう」みたいな 態度を心がけるようにしている。どう頑張ったって、「何しに来たの?」みたいな本音が透けちゃうのは 隠しようがないから、せめて外面だけでも丁寧に見える態度を目指す。

「いいお医者さん」としてのありかたというのは、サービス精神なんかじゃなくて、 むしろ保身だとか、臆病さだとか、トラブルを避けて、なるべく楽して働きたいだとか、 そんな後ろ向きな努力の帰結としてたどり着くべきだと思う。

自分たちの仕事は、お客さんから「お前のこの対応はよかった」だとか、 「お前のここが気にくわない」だとか、そんなフィードバックが得られる機会が極めて少ない。

医師としての振る舞いかたというのは、どうしたって独善的なものにならざるを得ないんだけれど、 理念先行で「いいお医者さん」を目指してしまうと、「偽善」に「独善」が重なって、なんだか救いようがない。

トラブルを避けたいとか、訴訟から無縁に過ごしたいだとか、 出発点は、人なら誰でも持っている「わかるわかる」的な価値から始めないと、 その人の積んできた「独善」は、誰の役にも立たないような気がする。

本題

2009病棟ガイド」の内容を、 そんなわけで40箇所ほど改訂しました。

医学部分には大きな変化はありませんが、一部の手技について、判断の基準に 追記を行っています。

書けば書くほど「出版」が遠のいていくような気もしますが、だいたい内容が固まりつつあります。 「LaTeX 入稿が可能」、 「爪見出しの追加が可能」で、商業出版を考えて下さる 業者さんがいらっしゃいましたら、ぜひ相談させていただければ幸いです。。

Comment & Trackback

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これは、ホントにその通りですね。

「保身」「トラブルを避ける」というのを駆動力にして、いいお医者さんを目指す方が、アウトカムがよさそうに思います。

たとえば、
「バイト先なら、日曜朝の当直明けは、次にポンと渡して帰ることができるけど、
自院の場合は、夕方まで残るつもりでいてちょうどいい」とか。
当直明け日曜の昼に予定を入れているときに限って、何故かトラブルを招いてしまいますから。

ということで、若い先生には「当直明け日曜の昼に帰れたら超ラッキーと思え」と言っております。

そういう知恵は、教科書には書きにくいけど、確実にニーズはあると思います。

※ 「2009病棟ガイド」は、一度に全部を読むのが大変です。
 今回の本文程度の量を、少しずつエントリーで公開していけば、
 コメントをもらいやすくなるのではないでしょうか?

追加:本文で「一部の手技」というところ、「一部の手抜き」に見えてしまいました。
正しい「手抜き」についても、病棟ガイドに記載があれば嬉しいです

例:クソ忙しいときに入院した肺炎は、各種培養をすっとばして取り敢えず「ロセフィン+ジスロマック+点滴」で対処しておこう、とか。

揚げ足取り的だけどちょっとまじめな反論をするならば、いくら部下を怒鳴った後ででも、どうゆうわけか病棟の重症患者の情報を仕入れてきて、17時前に主治医にcallして「あの患者、呼吸器につなげなくて大丈夫?」と聞ける上司こそが有能だと思うのですが。。。

ただ、こういった治療の「社会的適応」については、なかなか下の医者に教えようがなくて、結局のところ経験から身につく医者のセンスかなという気もします。自分自身は研修医のときはそういったことは分かりませんでし、無論教わったこともありません。

(ちなみにこのコラムを読んで、「大学病院」ってとこが「急変」が多い理由が分かる一般人はすごく頭がいいと思います。「大学病院」でずいぶんと保護された研修医生活を送ってきたのにいまさら何を言っているのって感じもありますが)

「病院で使える社会の教科書」には、一定の需要が見込めそうなものなのですが、なかなかいいものがないんですよね。。

20年以上前の話で恐縮ですが、私が研修した3次基幹病院では、某侵襲的外科部門での不文律として、「気管切開を主張する医師が1人でもいたら、その日にやってしまう」というのを思い出しました。挿管も気切もやって後悔した経験はゼロに近いですね。その逆はいっぱいありますが。

>17時になったら上司と挿管

上司と相談、にかけているのですね。わかります。

>書けば書くほど「出版」が遠のいていくような気もしますが

個人的には、正しい教科書というよりmedtoolz先生の教科書というところが魅力なので、もっとやっていただきたいです…

p37 早めに挿管」 が閉じ括弧しかない。
p44 食指不振 → 食思不振
p81 圧格差 → 圧較差
p111 粋 → 膵
p134 精神的もの → 精神的なもの
p158 血症交換 → 血漿交換
p187 抗酸球性 → 好酸球性
p205 収縮自邸殿位 → 収縮時低電位
p205 急激員 → 急激に
p227 椎体街路 → 錐体外路
p231 注14は同じページに解説があるので不要かも

ありがとうございます。。いつも助かります。

「一人でもいたら気切」ルールは、自分の研修病院では、「開腹手術」がそうでした。

訂正をかけました。ありがとうございました。