2008.04.19
正義の敵は正義
ここ2 日間のプチ炎上について。
背景など
動悸はごく素朴。
憲法に関わる高等裁判所の判決が出て、「自衛隊やっぱ間違い」なんて、 けっこう踏み込んだ判決が出た。はてなブックマークでそれ読んでたら、 元検事の方が言及してて、判決出した裁判官は定年間近で、 今回の判決文読んだのは、本人じゃなくて後任の人だったなんてことを知った。
ごく単純に「ずるい」と思った。踏み込んだ判断出して、自分は判決出し逃げして 玉置に逃げ込んで。来年になったらリベラル派のコメンテーターとして、 古舘伊知郎あたりとよろしくやってる姿とか想像して、なんだか腹立った。
最初はtwitter。
「ずるいと思う」とか、「対案示せ」とか、ぐだぐだと書き流した。
いろいろ指摘をいただけた。 立法権・行政権の侵害はできないこと。司法が民主的統制を受ける範囲のこと。 訴訟法上、政策を争うことはできないこと。何よりも、裁判官だって人間で、 ああいった踏み込んだ判決出すときには、すごいプレッシャーにさらされるものだということ。
なるほどなと思った。
とっさに思いついたわだかまりを解消するのに、インターネットという道具は本当に便利。 ぐだぐだ書いて、書きながら、リアルタイムに自分の「穴」を教えてもらいながら、 自ら空けた穴を見ながら、また書いた。穴だらけのエントリーが一本出来た。
わだかまりの解消手段が知りたかった
夜中に帰って、録画したニュースを見た。ずいぶん年季の入った市民団体の人達が、 「我々の実質勝利だ」なんて、雄叫び上げてた。
判決が解説されてた。判決それ自体は、被告となっていた政府の「勝利」であって、 市民団体の人達が喜んでた部分というのは、あくまでも判決の傍論として述べられたものだから、 政府側にはその判決を否定する権利は発生しないのだと。
やっぱり「ずるいな」と思った。今までの自分の立ち位置で行くと、今回の判決みたいな、 名を譲りつつ勝ちを拾いに行くやりかたは、むしろ「上手」と賞賛すべきなんだろうけれど。
エントリーは穴だらけだったけれど、自分が感じた「ずるさ」みたいな感覚を、 他の人達がどう折り合いつけてるのか知りたくて、blog に上げた。
三権分立勉強し直せとか、法律守れとか、ネガティブコメントがたくさん来た。 「穴」を指摘して叩くコメントは、ある意味予想の範囲ではあったけれど、やはりびっくりした。
そもそもみんな、法律とか憲法とか、そんなに大切に考えてるものなんだろうか ?
判決とか、ニュースでの解説読んで、自分は素朴に「ずるい」と思った。 ネット世間だと、自分よりも冷静な人とか、法律に詳しい人がたくさんいるから、 自分の思いはすぐに「まあそういうものなんだろうな」なんて場所に落ち着いたけれど、 あのニュース見て、「やっぱ三権分立最高」だとか、「あの裁判官は男の中の男」だとか、 うちなんかに叩きコメント残した人達は、「ずるさ」全く感じなかったんだろうか?
「自分もそう思う」みたいな同意コメント。「法律勉強し直せ」みたいな叩きコメント。 あのエントリーにいただいた反響は、だいたい半分ずつだったけれど、 叩く側の人達から、「私はこうして折り合ったから心が平和です」みたいな 意見がいただければ、自分としてはもっとありがたかったのだけれど。
正義の敵は正義
正義の勝ち軸に敵対するのは「悪」でなく、「別の正義」。
正義に「絶対」はないように、 反論を許されない「絶対悪」なんて存在もまた、せいぜいゲームの世界にしか存在しない。 叩かれても変わらない。依って立つ正義が違う人達と議論するのは、たぶんすごく難しい。
自分が立ってる「正義」というものは、たぶん世間一般の人が共有しているそれから見れば、 相当にゆがんでるんだろうけれど、ゆがんでるからこそ観察対象になっていて、 たぶんある程度の読者がついてる。
残念ながら、だから一般的な正義の立ち位置から叩かれても、そこを直したいなんていう 気分にはなれないし、それをやったらたぶん、うちのページからは、読者がいなくなってしまう。
blog には「トラックバック」という機能がついている。 議論を通じて相手を変えるやりかたをしない、「力ずく」で相手の論理を潰すための道具。
立ち位置が違う相手の意見を潰したかったなら、自ら依って立つ正義に沿った、 もっと面白い文章書いてトラックバックして、読者を根こそぎ奪ってしまえばいい。 その人自身は何も変わらないかもしれないけれど、読者を失った意見は失速して、 どんなに声を張り上げたところで、もはや力を失ってしまう。
立ち位置の違う人からトラックバックいただいて、アクセスを根こそぎ持って行かれたり、 お互いもらった「はてなブックマーク数」で大差つけられたりしたときなんか、本当に 惨めな気持ちになる。
今回のエントリーについても、何本かトラックバック をいただいた。冷静な、大人の意見。リファラがすごいことになってたから、うちのサイトはたぶん、 相当数の読者をもってかれたんだろうけれど、「正義は読者が決める」こんなやりかたは、とてもいいことだと思う。
「対話」に必要な帯域幅のこと
ネット世間は、「穏やかな弱肉強食」ルールがいいなと思う。
世間にはいろんな価値軸があるけれど、お互い歩くの大変だし、 ぶつかったときには顔が見える。「対話」というのはたぶん、 それを成立させるためには、相当広い帯域を必要とするやりかた。
ネット世間は狭いから、どうしてもいろんな価値観がぶつかりあうし、 回線は細くて、コミュニケーションに文字だけしか利用できない。 「対話」ルールを成立させるだけのインフラは、まだまだ整っていない。
コメント欄では、言葉だけ丁寧な、外面穏やかなのに、険悪な対立議論。 見てて疲れて、時間をいくらかけても、お互いやりとりする情報量が圧倒的に少ないから、 いつまでたっても「対話」にたどり着けない。
ブロードバンド時代になってもなお、言葉を尽くしたネット議論は、「身振り」や「手振り」を 実装できないし、「握手」一つが持つ情報量にすら、言葉はまだ追いつけない。
価値軸をあわせるのは大変だし、お互いのベクトルを比べるなんて無理だけど、 それぞれ依って立つ「正義」には、強度というパラメーターがあって、 アクセス数とかブックマーク数とか、今ネット世間で通用する数字要素は、 そんな強度を可視化してくれる。
価値を決定する道具として、そんな数字はまだまだ不完全な代物だし、 「数」に影響を与える人もまた、ネット全体から見ればごくわずかなものだけれど、 「声の大きさ」競争を延々やるのに比べれば、正解に近い気がする。
叩くエネルギーでエントリー書いて、相手の読者根こそぎ奪い合う争いしたほうが、 お互いメリット大きいと思う。
名を譲りつつ勝ちを拾いに行くやり方のずるさと上手さを含めて、
自己表現的な判決を見るたびに
「裁判官も人間なんだな」
と思って折り合いをつけ、心の平穏を保っています。
官僚の方のブログを読んだり、個人的に仕事で付き合いのある役所
の方(の裁量権のようなもの)を思えば、行政も人間臭いです。
政治家の方はもっともっと人間くさい。
私は当ブログを拝見したことが「ああ、お医者さんも人間なんだな」と
考えることができるようになるきっかけになりました。
人間臭さは、世の中のバッファとして必要な部分だと考えます。
また、昨日のエントリには「現場吹き飛ばして」とありましたが、今回は
実質「吹き飛ぶ」ところはありません。
今回の判決や傍論の是非は置いといたとして、司法内部にゆらぎが
あること自体は、むしろ健全だと捉えることもできるのではないでしょうか。
Posted at 2008.04.19 4:25 PM by hau
コメント欄で騒いでしまってすいません…。これを最後にしますのでお許しを。今後はもっと別の方法を考えます。
私は「自分が不満を持つこと」自体がシステムに組み込まれていると理解して、心の平和を保っています。
司法の判断に、時として多くの人が不満を持つのは、それはそれで正常なことです。三権分立とはそういう不満を前提としたシステムなのです。
また今回の違憲判決は確かにトリッキーなやり方で述べられましたが、だからこそ政府は「勝訴は勝訴だから」と言って直ちに撤退させない選択がとれますし、実際そうしています。その一方で、今後の恒久法の制定や憲法改正の議論に対しては、一定の基準を提案する形にもなっています。
誰もが完全には納得しないでしょうし、見方によっては誰もがずるく見えますが、絶対悪なんて存在しない世界では、このくらいが限度ではないでしょうか。「三権分立最高」とまで言いませんが、根本から問い直すほど悪くもないと思うのです。
Posted at 2008.04.19 5:38 PM by tkyk
「人としてどうよ」の意見を受けた者です。
裁判官は、正にその言葉を言ってもらうために、あんな傍論を言ったのでしょう。
現場が揺らいだり、市民団体が調子に乗ったりしても関係無い立場だからって好きな事言うなよ、と思ってしまったのなら、きっとそれは相手の思う壺。
そう思わせる事こそが、ずるさの根源にあるものだからです。
誰かに殴られたいから、わざと殴られるような事をする、そんな相手と折り合いを付けるには、その人を殴って自分も嫌な思いを引き受けるしかないのですから。
もしも、目立ちたいから変な事を言ってみました、というだけの相手なら、それこそ一発殴って「めっ」って言えば済む話ですけどね。
Posted at 2008.04.19 9:28 PM by 匿名
[言葉遊び]絶対悪とはなんぞや?
いや、全然関係無い話なんだけどね。ただ、言葉遊びがしたくなったんです。安西先生、言葉で遊びたいです。 正義の勝ち軸に敵対するのは「悪」でなく、「別の正義」。 正義に「絶対…
Posted at 2008.04.19 10:40 PM by かえるの開発工房
いつも読んでます。本音そのままの記事が多くてここのサイトは大好きです。
そして今日が初コメントです。
似たようなこと考えてるんだーってことで書いてみます。
さて、わだかまりの解決、ですが、
やっぱり人間ってそんなもんだよなぁというあきらめ、というか
許容みたいなのでそのままにしています。
ずるいとおもうのも、それぞれの体験だったり、知識だったりから
くる感情なのでそれはそれでいいかなぁという感覚です。
論理的な正しさを求めるとどうしても矛盾するのが人間だし、
それこそが人間らしくていいじゃないって思っています。
ただ、そのもやもやはどうしようもないのでどうしようかなぁと
たまに悩んでいますがw。
解決方法については人類補完計画しかないなぁというのがいまの考えです。
書いてある事実が違うとかどうとかはあんまりここ数日のエントリーについては
本当に言いたいこととかけ離れているのでしょうから余り気にしにませんでした。
マザーテレサさんの件については、
お金儲けは考えたほうがよかったか?というと
その方がいいんじゃないかと思っています。
彼女自身がやらなくても、近くの人とかが
継続的に収入を得る仕組みをつくったりすれば
もっと大きいことができたかもしれないし、
それが本当に社会に必要とされる状態で個企業で国の援助無しで
成り立っていくことができるのであれば、
それこそいいビジネスだし、その利益は間違いなく
それらの対象となる人たちの利益となるし
支える人たちの利益にもなるので全く問題ないと考えます。
裁判官、の件については、その通りという感情はやっぱりもつことになると思っています。
戦っている状態であとはおまえが考えろというのは若干ずるいな、
とは感じます。ただ、それで人生積み上げてきた人だし・・・。
ということも考えてしまうので制度や慣習で出来なかったのを
なんとか自分の思う正しい世界にしたい、と思ってやった行動なんでしょう。
巻き込まれた人たちについては申し訳ないのですが、
それすらもいいんじゃないか、って思います。
人間がこれだけ居ればこういうことも発生する。ということで
納得してます。
以上です。
これからも楽しみにしています。
体に触らない程度に、書いていただければと思います。
こんな返事でよかったのかな?
いじょ。
Posted at 2008.04.20 12:47 AM by zenkaku
[...] 本人じゃなくて後任の人だったなんてことを知った。 ごく単純に「ずるい」と思… original article « 普通の人にソーシャルメディアに費やす時間はあるのか?:コラム – CNET Japan 宴 [...]
Posted at 2008.04.20 12:59 AM by 次なるもの » Blog Archive » 正義の敵は正義 - レジデント初期研修用資料
>今回は実質「吹き飛ぶ」ところはありません。
そこはですね。。うちの業界も、医師が告訴されて人生飛ばされて、それでもなお、
「裁判官も間違うけれど、だから3審制がある」なんていわれて、実質現場変らない
なんて見解呑まされてるんですね。。現場からいなくなったのは、14万人いる医師のうちの一人
であって、たしかに現場は変ってないのですが、頭の中身は大打撃。
>不満を前提としたシステム
反応がもっと早く返ってくるといいんですけどね。。判決出るまで2年とか地獄ですし。
>あきらめ、というか許容
やっぱりそんな「大人」の度量持った人が大多数なんですかね。。それやると、エントリー書く
理由が無くなっちゃうわけですが。
Posted at 2008.04.20 9:58 AM by medtoolz
>あきらめ、というか許容
>やっぱりそんな「大人」の度量持った人が大多数なんですかね。。そ>れやると、エントリー書く
>理由が無くなっちゃうわけですが。
大多数かどうかは分からない(どっちかというと少ない気もする)ですが、
前提として他人の考えてることは説明してくれないと分からないし、
自分の考えなんていくら説明しても100%伝わることはまずなくて
黙ってたらなおさらって考えています。
でもそういう物だと許容しつつも、
やっぱりわだかまりというかもやもやしたものはあるので、
これが正しいって主張したり、口論をしたりしてます。
それで自分の考えが通ることもあれば、
相手の強さに負けて通らないときもあるしむしろそっちの方が多いです。
で、自分は通った時は満足して、通らないときはやっぱりどこかで腹を立てて、どうにかなんないかなぁとか考えています。
たぶん一生このままです。アホらしいときもありますが、
それがどうしても嫌ならLCLの海に還れって感じです。
Posted at 2008.04.20 11:44 AM by zenkaku
本石町日記から飛んできました。そう、ずるいですよね。
そう言って怒ること自体が相手の思うつぼと言われようが、腹が立つものは立つ。それで自分は損していると分かっていても、なんとか食えてるし、今更直す気にはなれない私です。
米国最高裁には昔、Sandra Day O’Connorという判事さんがいらっしゃいました。多くの裁判でキープレーヤーとなった伝説的判事さんです。写真見てぶっとびました。自分の一言で何億の人間が、その子孫が喜び、苦しむ、それを背負う覚悟が刻まれた顔でした。その結果としての深い皺と孤独の影、そして凄まじいまでの威圧感。
ここ一番のお裁きは、是非あんな方にと思います。そうすれば、どれほど不服でも、人間としての格の違いだけである程度は自分を納得させられます。でも、それは難しい、、、
そう考えたとき、私は(たぶん世間のたいていの人は)現在の日本の最高裁長官の顔写真を見たことがないことに気づきました。米国との違いを感じます。
Posted at 2008.04.20 8:25 PM by polly
まあ派遣が違憲というか自衛隊の存在自体が違憲と言えますからね。
もちろん私は自衛隊存続派ですが自衛隊が「軍隊」ではない、とは思えないので。
いっそ、派遣が違憲と言わず、法的な軍隊の定義づけ無しに自衛隊を軍隊でないというのはおかしい、といって欲しかった。
私は早く、「自衛のための戦力を除く軍隊を持たない」と言う風に憲法を改正して欲しい。
前に書いたかもしれませんが笑えない笑い話。
[外国で]
1)
「ところで日本は核兵器を持っているんですよね?」
「とんでもない、日本には非核三原則がありますから核は持てませんよ」
「でも、日本はあんなにすごい軍隊を持っているのに名前を変えて持ってない言ってるじゃないですか、核も違う名前で持ってるんでしょ?」
「……」
2)
「自衛隊と軍隊は何が違うんですか?」
「名前が違います」
軍隊がいなくてもそこに戦略的価値があれば攻撃を受ける。
(例:第2次大戦のアイスランド)そしてその国の軍隊でなくても軍が居座れば当然その敵が攻撃してくる恐れがある。
第一次大戦後のヨーロッパでは非戦主義が台頭して第二次大戦でその無意味さを知ったけど日本はまだ第1段階のままなんでしょうね。
Posted at 2008.04.21 5:09 PM by mastacos
そりゃずるくて当然。その裁判官の相手はその何倍もずるいもの。
Posted at 2008.04.21 5:34 PM by tarosuke
>現在の日本の最高裁長官の顔写真を見たことがない
たしかに。。人智主義の制度なら、顔は大切。
>自衛隊を軍隊でないというのはおかしい
そのへんは、高裁が最高裁に遠慮するとか、外から見えない力学とかあるんですかね。。
Posted at 2008.04.21 7:48 PM by medtoolz