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2009.01.27

もうすぐ家が建たなくなる

何となくだけれど、自分たちの業界では、もうすぐ「家が建たなくなる」予感がする。

業界からは、「いわゆる大工さん」がいなくなる。

煉瓦を積む専門家だとか、かんなをかける専門家はたくさん生まれるだろうし、 そうした「部分の専門家」の腕前は、おそらくは昔ながらの大工さん以上に優秀なんだけれど、 家は建たない。

「家建てる人」を目指している研修医は少ないか、もしかしたらみんな、「家を建てる」ことから逃げている。

部分の専門家

自分が昔習った病院は、「部分の専門家」を生み出す方針だった。

患者さんの方針は上司が決めて、研修医は、まずは手を動かす。

胸水のたまった肺炎の人が入院する。チェストチューブを入れるとか、 人工呼吸器をつなごうだとか、そういう決断は上司が行ってくれて、 研修医は上司の監督下に、手を動かす。

手が動くと、なんだか上手になったようで、やる気が出る。「一人前」になった気がする。

そればっかりやってると、「治る」というのは、部分を積んだ先に、いつの間にか降ってくる何かみたいに 思えてくる。目をつぶって、ひたすら目の前の「煉瓦」を積むことだけに没頭していると、 いつの間にか、そこに「家」ができあがるような。

もちろんそんなことをしても、できあがるのはせいぜい「壁」で、本当は、 指揮をする「大工」がいて、はじめて家が建つんだけれど、「煉瓦の専門家」だった自分には、 それが見えなかった。

震災の昔

「阪神大震災の時、若手が動けなくて大変だったんだよ」なんて、先輩の昔話を聞いたことがある。

自分がまだ学生だった昔、阪神大震災がおきて、当時の若手は大挙して、 現地の救急外来を回すために現地入りしたんだという。

みんな縫えるし切れるし薬も知ってるし、論文だって読む。「手を動かす」ことだったら、 たいてい何だってできるはずなのに、怪我した人を診て、その人が「治ったイメージ」を想像して、 そこまでの道筋をつける、そうした訓練をだれもうけていなかったものだから、 救急外来は最初の頃、まわらなかったんだという。

現地にはそれでも何人か、道筋をつけられるベテランがいて、もちろん現場は動いたのだけれど、 その人たちは「取り替え」が効かないものだから、交代できなくて、ずっと現場に張り付いていたのだと。

あと何年かして、ベテランが現場からいなくなると、このときの状況が再現されそうな気がして、けっこう怖い。

大学には大工さんがいた

神経内科をまわってた頃、大学から来た先生に、「どうしますか?」なんてやること尋ねて、 「この人は寝たきりで返すのがゴールになると思う」なんて返事を聞いて、ずいぶん驚いた。

自分は研修医だったから、予期していた返答は、とりあえずの点滴だとか、治療に使う薬だった。 当時の自分は自分は「治療」を見ていて、その人は、「治癒」、患者さんが退院するときの イメージを描いてた。そういう発想は、そのときの自分になかった。

昔の大学病院は、医局からの派遣でいろんな病院をまわる。当時は「臓器別」なんてハイカラな制度はなかったから、 循環器内科医も消化器疾患を診るし、外科医局には「外科しかいない関連病院」がたくさんあって、 外科の先生たちはたいてい、内科も診た。

知識がないからちゃんとできるわけないんだけれど、適当にやる。何とかする。日本中そうだった。

いい加減だけれど「何とかする」という訓練を積んで、昭和60年ぐらいまでの昔は、 それでもそれが許されたから、医師というのはみんな、「いわゆる大工さん」だった。

「大学のやりかたは根本的に間違ってる」なんて、自分が入った研修病院ではそう教わったけれど、 「いびつな専門家しかいない」はずだった大学病院の循環器内科医局は、 カテ屋さんなのに大腸カメラができたりして、自分なんかよりもよっぽどゼネラリスト揃いだった。

専門家が眉をひそめるような、いいかげんなやりかたであっても、とりあえず何とかして、治して帰す。 治癒のイメージを描く練習は、昔の「専門家」は、病院を問わず、当たり前のようにできていた。

そういう人は今、もう40代超えてて、みんなそろそろ開業したり、「次」を考えてる。 その人たちをみてショック受けた自分たちだって、臓器別の診療科制度が敷かれる以前を知っている最後の世代。

もうすぐ家が建たなくなる

「絵がうまくなる」ためには、とにかく何度も完成させることを繰り返すんだという。 「線を引く練習」だとか、「顔の輪郭描く練習」をいくら積んだところで効果がなくて、 きれいな絵を描くためには、とにかく完成させて、失敗して、落ち込んで、また次を完成させる、 それを繰り返すしかないんだと。

いい加減なやりかたであっても、とにかく完成させる練習を繰り返す、 昔ながらのやりかたは、うちの業界で続けるのは難しくて、 自分にはどうすればいいのか分からないし、処方箋を知っている人は、たぶんいないんだろうなと思う。

誰か患者さんが「家」を買おうと相談して、ひたすらに煉瓦を積んだ「壁」を売られる時代が、たぶんそこまで来ている。

支えのない壁は崩れてしまうんだけれど、文句を言ったら、 「私は煉瓦にベストを尽くしました。壁が崩れても、それは企画を持ち込んだあなたの責任です」なんて返答される。

うちの施設も人がいなくて、夜間の全科当直には、整形外科の先生方にも手伝っていただいて、 田舎の病院はようやく回る。

手広く内科の専門医を標榜する近所のクリニックは、それでも18時を過ぎた頃になると、 「貴院にての専門的ご加療をよろしくお願いします」だなんて、時間外の患者さんを紹介してくる。

「私は整形外科なので、せめて先生、最初の一晩だけでも、内科の指示をいただけませんか?」なんて、 当直の整形外科医は電話対応するんだけれど、応じてくれたことはないんだという。

Comment & Trackback

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あると思います

 報酬が伴わないのに結果責任ばかり問われる状況では「決定」を下す人は生きにくいです。そう考えると、責任の所在がはっきりしなくて誰も責任を取らないお役所システムは意外と日本人に合っていたのかもしれません。

大工ってよりも、棟梁とか親方とか。
管轄下の者がしでかした結果は俺が受け止めるぜ、みたいな。
でも、それができれば誰も苦労しませんね。
カイル氏が書いている『「決定」を下す人は生きにくい』ってのが何よりですね。

昔の研修医って、卒後1年目にもかかわらず「主治医」という名前を押しつけられて、エライ先生のやった手術の術後管理で走り回って、ともかく患者を退院もしくは転院させなくてはなりませんでした。でも、「決着をつける」という意味では、今の研修医より逞しかったのかもしれません。

そういえば、1人で当直アルバイトにも行っていましたね。

欧米型の専門特化した医師のマーケットはこの先縮小して行くのだと思います。そこはすでにmatureなドクターでポストが埋まってしまっていますし、訴訟リスクがある限りはmatureなドクターが「専門特化した医療行為」を行うしかないからです。研修医に修行させるリスクがあまりに高すぎます。。「臨床研修医制度」は本末転倒と思われ、本来なら自分の専門を決め、煉瓦がうまく積めるようになってきて余裕が出てきたらジェネラルをやるべきでしょう。少なくとも僕が研修していたころまではそうでしたから、僕は専門以外の知識と手技が身についていて大変ありがたいです。内科系のしかも消化管が専門ですが、簡単なカテもできるし糖尿病のインスリン導入もしますし、生活習慣病の指導、簡単な縫合もできます。。いずれも必要に迫られて勉強せざるをえなかったからですが。。
「煉瓦積み」を鍛錬しつつ「家の設計」も勉強しないといけませんね。。アウトカムの設定をはっきりしないまま治療していても全く意味がありません。医者ではなくただのテクニシャンを養成するだけでは、、、無意味でしょう。。

カテ屋さん、内視鏡しかできない管屋さん、、、そんな人達を僕は医師とは呼べません。。

医学的に人間は「リーサルである」という事実を変えられるまでは進歩していません。。心臓が動いている時間を稼いでいるにすぎません。。
「患者さん本人と家族の精神的、肉体的QOLを高める」というのが本来の医療の目標だと思うのですが。。。

はじめまして。

現在の新医師臨床研修病院では、研修医は制度上非常に守られています。指導医とペアになるため、決定権がない分基本的には研修医個人の責任が問題にされることは少ないと思います。

それは良い面もあるのですが、お書きの通り、ジェネラルに診ることができなくなるという弊害が出ると思います。その傾向は特に都会の研修病院で顕著です。

現在の研修制度では、総合的に診ることができる医師を養成するという目的がありながら、研修医にとっては「知ってても使えない知識」が増えていく研修制度になってしまっているのではないかと思います。

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ある意味、逆なのかなーと思った。
これからは、「なんでもそこそここなせる大工さん」、いわゆる「ゼネラリスト(笑)」なんてのは、中途半端なだけの存在になってしまうのではないかと。「>>いいかげんなやりかたであっても、とりあえず何とかして、治して帰す」ってのは、昔の何も知らない患者からは『スマートな対応』と呼ばれたんでしょうが、今こんなことやったら『なんですぐ専門家に回さなかった!?』で大目玉だ。
で、結局どうするのかというと、『壁の専門家』『柱の専門家』がいると同時に、”指揮官”みたいな人、つまり『(各々の職人が作った壁や柱を)組み立てる専門家』ってのが出て来るんだと思う。(諸外国で言う、”日常診療と連携”の『家庭医』とはまた違う意味として。)
結局今日、医療の”平均水準”はあまりに高すぎて、「適当に」でどうこうできるレベルを逸脱してるのが最大の問題なんでしょうね。

むしろ、この数年で「要求される医療水準」は上がったかもしれませんが、「供給できる医療水準」低下しています。。
大工の棟梁になるはずだった専門家かつジェネラリストの先生方がこぞって病院を立ち去ってしまったからです。。
知識、技術、経験とも豊かなドクターがクリニックという枠組みの中で「真の実力をはっきしないようになった」ことは悲しむべき事です。。
ベテラン医師は若いころに教えてもらった技術などを若い医師に伝承する義務を放棄しています。罪深い事だと思いますし恥ずかしくないのかと尋ねたい。。モラル低下はこの業界に限ったことではないにしろ。。

なんだか「診断の名人」の先生が何気なくやっていることが、「煉瓦を積んだ」先につながっていない気分もあるかもしれません。

神は細部に宿るのですが、専門化すると他所の細部が見えなくなるのですよね。

SIer版もうすぐ家が建たなくなる

システム全体のイメージを描いて、各専門家に仕事を渡していく人(元エントリの「上司」)のスキルを身につけようとする人が、若手にはいないように感じています。
まず、会社全体と…

上達するには何度も「完成させる」こと

■もうすぐ家が建たなくなる – レジデント初期研修用資料 http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/176 この話を読んでからというもの、 あたまから離れない言葉がある。 テーマは「分業ばっかり…

「それができる」ことと「それを決断できる」こととの間に、たぶん数年分の経験年次があって、恐らくは医師の人工構成が、あと数年したら、この断絶にはまり込んで、内科と外科が絶滅すると思うんですよね。。
「できる」人はいるけれど、号令かけられる人がみんないなくなって、教えを請おうにも、爺医の人たち引退してるという。。

指揮者のいないオーケストラですね。。

しかし、何やかんやいっても設計図不要の宮大工の技術は現在も受け継がれている訳で。たとえ細々だとしても、どこかで技術は守られ、受け継がれていくものじゃないかとも思います。

また、たとえ宮大工がいなかったとしても、宮大工とは別の方法で、つまり設計図を描く専門家、柱を立てる専門家、瓦を組む専門家・・・、そういった人達にしっかりと役割を与えて、仕事をさせれば、法隆寺みたいな芸術品はできないまでも、十分立派な建物は作れると思うのです。そういった「変化」が「歴史」を作るのでしょうし。

カテ屋さん、内視鏡しかできない管屋さんもその能力を最大限に発揮し、組織にしっかりと貢献できれば、立派な医者だと思います。(そういった環境がどれだけ存在するかは疑問ではありますが)

たとえば巻き貝みたいに、設計図もない、各細胞は、目の前のことしかやらないのに、気がついたら複雑な構造ができあがっているような、ああいうやりかたができるといいですよね。。