2009.01.13
医療交渉のこと
医師向けの交渉マニュアルみたいなものが欲しいな、というお話し。
医師という人種について
冷淡で、尊大で、独立心が強い。たいしたことを話すわけでもないのに、出会ったその瞬間から、 「あなたの問題点は全て把握済みである」かのような態度を取って、間違えがあっても容易にそれを認めない。
医師という人種は、たぶんこんなステレオタイプを通じて、その人間性を理解される。
不測の事態が生じたところで、もちろん「不測」が許されるわけもない。 病院内では、医師にとってはあらゆる可能性が「織り込み済み」であって、 何が起きたところで、当然のようにそれに対処することを求められる。
前提を覆す努力は、たいていの場合、無意味なものになる。へりくだって、優柔不断な態度を取って、 対峙した患者さんに「僕分かりません」をいくら繰り返したところで、そうした態度が信頼につながることなどありえないし、 何か不測の事態が起きたとき、そんな態度は、医師を助けてくれない。
正面からぶつかりあった場合、病院内で白衣を着ている限りにおいて、 医師はだいたい9 割の確立で、対峙した相手を論破できる。医師はその代わり、 「間違えること」を相手が許してくれないから、交渉にわずかな瑕疵を残したそのとたん、 人生もろとも持って行かれる。
医療コミュニケーションを考えるときには、まずはこんな前提から始めないといけない。
リスクの取りかたは教わらない
医師はプライド高くて、プライドはしばしば判断を曇らせる。医師はだからこそ、 プライドを捨てる「べき」であるという論法は、間違ってはいないけれど、役に立たない。
丁寧な接遇だとか、へりくだった態度の講習会だとか、何の意味もない。 へりくだってみせたところで、ステレオタイプを書き換えることはできないだろうから。
自分達はリスクを取るのがお仕事なのに、「リスクのつかみかた」という、 ある意味最も大切なことを、自分達の業界では教わらない。
やりかたは、誰も書いてくれない。運がよく生き残った人達は、自分達がどうして 死なずに生きているのか、どうしてだかそれを言葉にしない。「真心さえあれば、 みんな分かってくれるよ」なんて、ベテランはしばしば、 何の解決にもならない「教義」を教えるけれど、それでは意味がない。
医師という生物は、一見強力だけれど、針の一差しで死んでしまう。 職業人として、極めていびつなありかたなのに、学校では、「医師たるもの正々堂々正面突撃」なんて、 ありようとはかけ離れたやりかたしか習わない。
教義の不在が崩壊を生んだ
病院でのトラブル、とくに医師-患者間のコミュニケーションに起因するトラブルの大半は、 医師側に、「交渉教義」みたいなものが備わっていない、学校で習わなかったことに起因する。
患者さん側から見た医療過誤というのは、だからしばしば、医師が勝手に、 逃げ場所のない袋小路に走り出して、唖然としている患者さんの目の前で、 その医師が勝手に自滅したようにしか見えないのだと思う。
相手と真っ向勝負になったても、たいていの場合は大丈夫だけれど、医師は一定の確率で敗北する。 一度でも、わずかでも敗北したら、医師はその時点で、その業界にいられなくなる。 自分達の職業は、だからこそ、真っ向勝負の状況を可能な限り回避するのが大切なのに、 みんな真っ向勝負のやりかた以外習わないから、真っ向勝負挑んで、自滅する。
誰かが「負け」れば、その施設には、「診たら負け」の空気が伝染する。それはそのうち「受けたら負け」、 「仕事したら負け」になって、行き着く帰結として、現場からは医師が引き上げる。
医療交渉の教科書がほしい
- 「間違えてはいけない」状況で間違えないためには、頑張るんじゃなくて、間違える状況を避けないといけない
- 「なんでこうしなかったの? 」なんて叩かれないためには、全部の可能性を予期して潰すんじゃなくて、 どう突っ込まれたところで、「こう考えていたんです」なんて、常に言い訳を用意できるやりかたを 考えないといけない
大学には、本物の心理学者もいれば、交渉のプロ、精神科の権威だっている。 大学病院という場所は、だから交渉ごとを研究したり、方法論を考えるうえでは、 たぶん社会の中でも相当に専門的な集団なのに、方法論は提示されない。
メディアだとか、司法への不信、あるいは患者さんとの信頼構築が難しくなったことだとか、 業界が荒れた理由はたくさんあるけれど、マニュアルの不在というものは、荒廃を加速したのだと思う。
「個々の対話を、特定の目的へとつなげるための営為」としての交渉のやりかた。
対話の失敗が、交渉全体の失敗に結びつくことを回避できるような、縦深性を持った患者対応のやりかた。
ベテランの人達は、大学ごと、施設ごとに、そんな医療交渉の教義を提示してほしいなと思う。 説得力のある、そんなやりかたを記述できる人がいる職場には、 まだまだたぶん、人が戻ってくるだろうから。
丁度このテーマで話をしてくれ、と頼まれたところでした。なので本文・コメントとも参考にさせていただきたいと思います。皆さんよろしくお願いいたします。
ちなみに私のやり方の1つは、
トラブルが起こった時に
・ 末期状態になったら、相手に「物語」が完成してしまうので、何を言っても聞く耳を持ってもらえない
・ 「何でこんなことになったんですか!」と責めらている間は相手が聞く耳を持っているので、まだ話し合いの余地がある
と考えて対処するようにしています。
Posted at 2009.01.13 7:39 PM by エリヤフ先生
冷淡で、尊大で、独立心が強い。たいしたことを話すわけでもないのに、出会ったその瞬間から、 「あなたの問題点は全て把握済みである」かのような態度を取って、間違えがあっても容易にそれを認めない。>
マニュアルとしては過不足無いものと思います。。
医師は「記憶力」は優秀でも「交渉力」低い人ばかりですから。。現場で学ぶのも今の情勢ではリスキー過ぎますし。。僕らは恵まれていました。。
Posted at 2009.01.13 9:08 PM by 黒猫
プロのネゴシエーターになれる医師なんて数十人に一人程度でしょうから。。
Posted at 2009.01.13 9:10 PM by 黒猫
個人的に「神の手」と崇められる医者のすごいところは、無論テクニカルなところもありますが、それ以上にめげないことだと思います。
ある人が、「名医と人殺しは紙一重」と言っていましたが、まさしくそうで、「神の手」と言われる方々は当然アグレッシブですから、ずいぶんと苦い経験を味わっているはずです(個人的に見聞きした範囲でもそうです)。
ところが、自分ならへこんでしまってしばらく仕事が手につかないようなトラブルが起こったとしても、その「神の手」の方々で何事もなかったかのように平然と次のアグレッシブな仕事こなしていきます。無論、トラブったケースをシューティングしていきながら。
この自信はどこから来るのだろうかと不思議に思う一方で、これだけの自信を持つことで交渉事って有利に運ぶのかな、とも思うわけです。
Posted at 2009.01.14 1:31 AM by JFK
プライドが高い。へりくだってもダメ。リスクを取るのが仕事。
これ、経営者と一緒ですね。経営学(戦略の方ではなく、企業統治の方)の本などが案外役に立つかも。
医師がが経営者で患者・家族が従業員と考えると、案外いろいろしっくり来ます。
目標は利益ではなく患者の快復。リスクを取って方針を決めるのが経営者(医師)で、それに従い結果を出すのが従業員(患者)。家族は…労組みたいなものかしら。
Posted at 2009.01.14 9:54 AM by hau
一応続きを書きました。。あと数回こんな文章。
Posted at 2009.01.14 5:57 PM by medtoolz
戦闘教義が不備ならば敗北は必然ですが、戦闘教義の実行が許されないような政治的環境もまた戦う前から既に負けている状態をもたらします。
医療の場合には、医師に当てられた責任の分担が大きすぎるということがそもそもの原因でしょう。医療訴訟がいかに不合理か。需給バランスを調整できない業界がいかに間違っているか。もちろん個々の戦術的状況を改良する教範は大切なものですが、同時に医師に過剰な責任を負わせる戦略的状況を改善していかない限り、失敗は決定しています。
じゃあどうすれば、と言われると私にもわかりません。ですが、戦略的失敗を作戦や戦術で覆すことはほとんどの場合出来ないということは確かです。一つには、医師会や保団連の政治力を使って自分の業界の面倒を見れないのか? ということが考え付きますが、私は業界人じゃないのでそこらへんはよく知りません。
Posted at 2009.01.23 6:38 PM by kochergawa
>戦略的失敗を作戦や戦術で覆すことはほとんどの場合出来ない
御意。。
Posted at 2009.01.24 1:13 PM by medtoolz