« 不便の谷というものがある | 医療交渉のこと »

2009.01.09

コミュニケーションの戦略論

こういう意識を普段から持っておくと、他愛のないおしゃべりが、 なんだか軍事作戦中の統合幕僚本部の雰囲気になって、ちょっと面白い。

そもそもコミュニケーションとは何なのか

コミュニケーションというものを、「意図を達成するために構想される、一連の行動計画」と定義する。

交渉者の目標は、自分の意図した度合いで、相手の意志をコントロールすることにある。 「論破」や「人格否定」、あるいは「勝利宣言」は、手段の一つであって、ゴールではない。

コミュニケーションが達成されるために、まずは相手との均衡を崩し、 「コミュニケーションの重心」をずらすような働きかけが行われる。 あらゆるコミュニケーション技法は、重心移動の手段でもある。

均衡が崩れ、重心がずらされた相手は、均衡状態に戻ろうとする。 コミュニケーションは、本来的に予測不可能なものだけれど、 均衡に戻ろうとする相手の行動は、予測ができる。

予測可能性が高まった相手は、様々な割合でのコントロールが可能になり、 コミュニケーションが達成される。

交渉者の理論

目標とするコントロールの度合いや、交渉者が対峙した相手との力関係などによって、 それぞれの交渉手法が得意とする状況は異なる。交渉者は、自らが置かれた状況を把握することが大切になる。

ほぼ全ての交渉者は、意識するしないにかかわらず、「組織内コミュニケーション」、 「水平型コミュニケーション」、「道徳的コミュニケーション」、「説得的コミュニケーション」という、 大きく4 つのやりかたのうち、どれかひとつ、あるいは複数を組み合わせて行使している。

大雑把に、組織内コミュニケーションと水平型コミュニケーションは「強者の戦略」、 説得的コミュニケーション、道徳的コミュニケーションは「弱者の戦略」に分類される。 どちらかというと、組織内コミュニケーションと説得的コミュニケーションは「負けない」こと、 守備に強く、水平型コミュニケーションと道徳的コミュニケーションは、攻撃的な性格を持つ。

コントロールの達成には、大きく「順次的な」やりかたと、「累積的な」やりかたとがある。

理を詰めていく、順次的なやりかたは、結果の予測可能性が高い反面、 「地形効果」で無力化されたり、相手に論破された場合、全てを失うリスクを持つ。 うわさ話や陰口、心理学的な技法を用いた累積的なやりかたは、 相手を決定的にコントロールすることができない代わり、 自らを安全地帯に置いたまま、特定の選択枝への圧力を強めていくことができる。

交渉の地政学

コミュニケーションの大部分は、「組織内コミュニケーション」と 「水平型コミュニケーション」との争いとして記述できる。 決定的なコミュニケーションは、常に「組織内コミュニケーション」と 「水平型コミュニケーション」とが衝突する場所に発生する。

組織内コミュニケーターは、官僚組織に代表される組織内において、 相手よりも社会的な上位に立つことを目標にする。 水平型コミュニケーターは、カフェテリアでのおしゃべりのような、 フラットな、「地形」を意識しない場所での交渉を通じて、 むしろ質的な優位を目指す。

大雑把な傾向として、社会の上位に位置する者は、必然的に組織内 コミュニケーションを重視し、ビジネスマンは水平型コミュニケーションを用いて、 社会的な上位者に対して、質的な地位の逆転を試みる。

「水平型コミュニケーション」は「組織内コミュニケーション」を 封じ込めることができるが、逆はあり得ない。 水平型コミュニケーションを行使する者が、自らの優位を保持している限り、 組織内コミュニケーターは、水平型コミュニケーションの行使者には手が出ない。

その代わり、コミュニケーションにおける最終的な「勝敗」を決するためには、 常に組織内コミュニケーションが必要になる。交渉の最終局面において、 相手よりも社会的に、地形的に有利な立場に立つことによって、 コミュニケーションははじめて達成される。

組織内コミュニケーション

組織内コミュニケーションには「地形」の概念が大切になる。 他のコミュニケーション技法には、この考えかたは存在しない。

地形を持った「組織」においては、交渉者の行動は、 全て「戦術」レベルで決定される。組織内部に置かれた交渉者が、 大局的な、「戦略」を考える状況はまず発生しない。

組織内部では、常に交渉が発生している。あるいは、それが失われたその段階で、その人は、組織から排除されてしまう。 「遭遇」という概念は、だから組織内コミュニケーションには存在しない。 見えない相手のことを考える必要はなく、「自分の半径1 m を守備する」戦術が重視される。

組織内コミュニケーションにおいて、最も大切なことは「地形の把握」であって、 最大火力それ自体は、決定的な意味を持たない。自らの論拠がどれだけ正統なものであろうと、 「丘の上にいる」相手に対してダメージを与えることは、しばしば不可能なのだと 理解しなくてはならない。

地位や年次に代表される社会的な力、あるいは経済力、場合によっては暴力が、 コミュニケーション地形、組織内部における「丘」や「谷」を形作る。 それぞれの力はお互いに置換可能で、組織の上位者は、自ら「地形」を生み出すこともできる。

「そこに丘がある」ことが見えない人には、だから組織内コミュニケーションを行うことは できないし、そうした人には、組織の論理は、しばしば極めて理不尽なものに見える。

組織内コミュニケーションにおいて、「決定的な交渉」というものは発生しにくい。

状況は、局所、局所のわずかな勝利を積み重ねることによって、累積的に推移する。 ひとつの決定的な勝利は、以後の交渉における優位を、必ずしも保証しない。

水平型コミュニケーション

水平型コミュニケーションは、「場のコントロールの確立」と、 「組織のコントロールの確立のために、場のコントロールを利用する」ことの、 大きく2 つの部分から構成されている。

水平型コミュニケーションが行われる状況は、組織から「地形」要素が失われ、 それが「海」のように拡大したものと解釈できる。 海に地形は存在しない。大量の物資を移動、集中することができる反面、 海は広すぎて、相手はしばしば、遭遇するまで見えない。

水平型コミュニケーションは、「遭遇」から始まる。相手よりも早い状況把握が、常に有効な戦術となる。

最大火力と、手数の多さがコントロールを決する。 水平型コミュニケーションには、どこかに「決定的な状況」というものがあって、 そこを制した者は、以後の交渉を優位に進めることができる。

コミュニケーションが、必然的に連続したものになる組織内コミュニケーションにおいては、 人的関係の疲弊、「兵站」の問題が常につきまとう。水平型コミュニケーションが行われる状況では、 通常は、兵站の問題を無視してかまわない。

場のコントロールを確立した水平型コミュニケーションの巧者は、組織内コミュニケーションに干渉できる。

水平型コミュニケーションの技術を用いたところで、地形に守られた組織の内部に 直接手を下すことはできないけれど、プロパガンダのような「累積的な戦略」を用いることで、 組織内部のパワーバランスに影響を与えることができる。

道徳的コミュニケーション

道徳的コミュニケーターは、平和だとか、平等だとか、反論不可能な概念から、 交渉者が望む結論を「科学的」に導いて、相手に同調を強いる。

道徳的コミュニケーションにおいては、相手の同意というものは、交渉の結果でなく、 理論から導かれる必然であると定義される。同意しない相手は「理論を理解しない馬鹿者」 であって、非難の対象となる。このコミュニケーションおいては、だから「コントロールの確立」と、 「相手の破壊」とが、しばしば暗黙的に同一視される。

自らが道徳の保持者であると宣言すること、その状態を維持したまま、 相手の同意を取り付けることが、道徳的コミュニケーションにおける基本戦略となる。 道徳的コミュニケーションは、それを仕掛ける側が、反論不可能な「道徳」の保持者でいられる限りにおいて、 常に状況を有利に進められる。組織が持つ「地形」は、運用された道徳に対してしばしば無力であり、 道徳的コミュニーターは、組織の奥深くにまで、自らの手を伸ばすことが可能になる。

その代わり、前提となる道徳自体が攻撃されると、道徳と、そこから導かれた論理が生む「必然」によって 結びつけられた味方集団は、力を失ってしまう。

道徳権利者の「純化」志向と、「原理主義の台頭」は、この戦略が内包する宿命的欠点となる。

純粋さの表明を求められた道徳保持者は、純粋な原理と、実情の齟齬を指摘された結果として、 実生活を選んだ者の離反と、コアメンバーの純化が生じる。純化を繰り返す過程において、 コアメンバーが実社会から離反した道徳的交渉者のコミュニティは、しばしば崩壊を余儀なくされる。

道徳を制する者は勝利するし、道徳を巡る争いに敗北すれば、コミュニケーションは失敗する。 「道徳保持権」の獲得と維持こそが、道徳的コミュニケーションの成否を分ける。

説得的コミュニケーション

説得的交渉者は、既存の組織、あるいは道徳の意味を上書きして、全く新しい価値を提供することを試みる。

説得的コミュニケーションにおいては、「決戦」などというものは存在しない。 交渉には、常に累積的なやりかたが選択され、決定的な、目に見える形での交渉というものは、そもそも発生しない。

説得的コミュニケーターの姿であったり、あるいは意図などは、常に相手側から隠蔽される。 説得的コミュニケーションは、その効果が不確実である代わり、交渉者は、常に自らを安全地帯に 置くことができる。このため、このコミュニケーション技法には、 防御のための戦術というものは存在しない。

説得的コミュニケーションにおいては、「境界」や「遭遇」の概念は存在しない。

人がいるその場所は、常に交渉の「前線」になる。交渉に参加する人と、 交渉を見物する人とを、説得的コミュニケーションは区別しない。

説得的コミュニケーションの効果は予測不可能で、曖昧である代わり、ときに壊滅的なものになる。 説得的なコミュニケーションが成功裏に達成されると、上書きの対象となった組織、 あるいは道徳の価値は喪失し、それを論拠にした交渉技法は、その力を失ってしまう。

Comment & Trackback

Comments and Trackback are closed.

大変面白そうな話なんですが、我々の業界の中に例をとっていただければ、より理解しやすいと思います。

医療機関、メディア、市民団体、一般市民、
個々の患者、個々の医師、医療事故被害者、
医局、上部団体ぐらいがキーワードでしょうか?

原文のままでは漠然としていて、私の頭ではどうも・・・

これは軍事の本をそのまんま置き換えただけの文章で、「組織内コミュニケーション」が陸軍軍事理論、「水平型コミュニケーション」が海軍、
「道徳的コミュニケーション」が空軍、「説得的コミュニケーション」が毛沢東のゲリラ戦理論の、それぞれ軍事用語をコミュニケーションの言葉に置き換えたものです。

内容自体は、それでも実地のやりかたに置き換えており、「組織内…」はそのまんま官僚組織の、「水平型」は宴会での気遣いかた、「道徳的…」というのは左翼系市民団体のやりかた、説得的コミュニケーションというのは、PR会社のプロパガンダ手法の、それぞれ言葉だとか方法論を借りてきています。

今度の春の医局人事、、大学病院長から教授、各病院の部長、院長クラス、そして医局長とか当事者とか。。全部シナリオ書いてネゴシエーションさせられてへとへとです。教授には「裏医局長」とか言われるし。
どこへ行っても「爆弾処理担当」と言われモンスター達の説得担当していれば知らず知らずに技術は身につくものです。。勉強したわけではありませんが、、、。
でも、プロのネゴシエーターでは無いのでストレスたまります。

マニュアルがあると他の人に仕事が振れるから楽になるのかもしれません。。

お疲れ様です。。
みんなを満足させる交渉は、ストレス要素を全部自分に持ってこざるを得ないので、大変なんですよね。。

ありがとうございます。
でも、報酬として念願の自分の初めての部下が来ることになりました(^^) 転んでもただでは起きません。。6年ぶりに夏休みが取れそうなので、甲斐があったと思っております。。12年間病欠なし、6年間夏休みなしで頑張りましたから。。燃え尽き気味でしたので。。ふう。

6 年はすごい。。私は2年半ぶりに、今年は実家に戻れたので。

好きなことは続けられるし苦でもないのですが、ネゴシエーションは本当に疲れます。。医者はみんな基本的にモンスター的要素を持っていますので。。若い頃は好きなことだけやっていれば良かったので、体力的にはきつかったけど精神的には楽でしたね。。今は中間管理職って感じです。。いっそ政治を本業にして病院長とか目指すのも面白いかなとも思い始めています。。医者としてのブルーワークに飽きたからかもしれません。。

経営側にとっては、自らは組織内コミュニケーションを握り、水平型コミュニケーターを味方につけることで道徳的コミュニケーターを封じこめ、ノンポリ参加者相手には説得的コミュニケーションを行う感じですかね。
道徳的コミュニケーターは本当にやっかいです…。

大学とのネゴシエーションは大変めんどくさく、いろいろ条件もうるさいので、今後は減らしていきたいと市中病院の幹部達は思っているのではないでしょうか??

これも「医局崩壊」の一因??

井原さん始めてコメントさせて頂きます。音声認識と音声合成などを扱ってきました。今研究している分野では、外国人の訪問者とホテル従業員間でのタイムラグのないコミュニケーションを考えています。勿論音声認識+自動翻訳+音声合成技術のAPI連携が必須です。自然言語分野においても、かなり力を入れて勉強してきました。以外と専門分野が一致しているように思われますね。今年はもう少し深く研究を開始したいと考えています。是非Good Advisorになって頂けると助かります。一日5時間で週5日そして頭脳労働とのこと、素晴らしいと感じています。jimmy君のメールに送信頂けると、開発構想資料をお送りさせて頂きます。宜しくお願い致します。

先ほどのコメントに追加があります。ロボットでの外国人からの発話を認識し、考えた回答を引き出すロボットです。CAIWAなどでのソフト処理と同時に、日立の開発した手話での仕草も考慮していきたいと考えています。結果的にはタイムラグを少なくし、人間とロボットがスムーズなコミュニケーションを図れることを目指しています。科学館なども訪問してみましたが、今のロボットでは認識できる言葉が余りにも限定されており、自然会話には向いていません。その辺も研究の課題としています。もう一つがインターネットで飛び交っている、青少年に見せたくない表現が多々あります。インターネット内を自動検索しながら、卑猥なことばなどを削除することも必要と感じています。ここでは言語処理技術が必要となります。言葉を文法的に認識でき、且つ論理的な視点に立って健全なインターネット社会が出来る仕組みが欲しいと考えています。今年は少し研究に時間を割いていくつもりです。商売は上手く進んでからのお話ですね。宜しくお願い致します。jimmyshibuya

全体での運用イメージです。人の動きをセンサーにて感知し、スピーカーから挨拶を投げかけます。ガイダンスを流しながら、何かの質問に翻訳での対応可能を知らせます。まずは気づかせないと、何もせずに素通りいしていきます。気付があるとそこから会話がスタートされます。
面白がってああでもないこうでもないと始まったら、運用が上手くいかないのでホテル従業員からアドバイスをして指導します。外国人はまず自分の母国語を国旗マークから選択します。
そこで音声認識エンジンが自動で立ち上がります。簡単な音声ガイダンスにて、運用操作を説明します。掲示板にて大体の運用の説明は表示したいと考えています。PTTマイクを持って頂き、英語を発話していただきます。
発話した内容が音声認識にて、テキスト化され画面に表示されます。テキスト内容を確認し、問題がなければ送信ボタンを押します。タッチパネルを想定しています。おかしな内容であれば、再度発話を繰り返していただきます。余り何度も繰り返すと、あきらめて立ち去っていくと思われます。
基本はひとつの動作を終了したら、自分で確認Flagを押すことです。タイミングスタートでも次のStepに進めますが、確実なStepを踏む事で間違いのない運用をさせたいと考えています。つまり自分で納得した上で、Goボタンを押すことになります。
一方ホテル従業員には、外国人の質問内容が日本語テキストにて表示され、音声合成で読み上げられますので、質問内容を把握した上で、回答を日本語にて発話します。この時はPTTマイクにするか、Bluetoothミニヘッドセットにするかの選択が可能です。周りの騒音などを考えて、選択すれば良いと思われます。但しBluetoothでの運用には、入力端末でのペアリング作業が伴いますので、事前に設定して待機するようになります。さほど時間は必要ありません。
ホテル従業員のClientPCには、質問である日本語テキストと、自分が回答した日本語テキストしか表示されません。外国人のClientPCには、質問した英語と回答された英語しか表示されません。兎に角簡潔な表示でないと、複雑になり運用に支障をきたします。
発話が終了し、日本語テキスト内容に問題が無ければ、翻訳開始ボタンを押し下げます。日本語が英語に翻訳され、その結果が外国人のClientPCに表示されます。と同時に音声合成で英語のテキストが読み上げられます。このような一連のやり取りが進んでくると、外国人とホテル従業員間での会話がスムーズに進んでいきます。
こんなことを研究しています。jimmyshibuya

下記のURLをみてください。CAIWAソフトをダウンロードして、認識率や回答の内容を確認してみました。まだまだのようでした。
http://www.ptopa.com/provoice.html
やはりこの分野は、エンジンの性能に加えて、チューニングを繰り返せばこれから幾らでも運用に耐えるシステムができると思われます。上手くこのような既存技術を使いたいものですね。jimmyshibuya

誤爆 ?

誤爆ですな。。

大学医局員と話をしてたら35歳前後のベテラン達がみんな「40歳過ぎたら大学病院を離れてどこかの部長として勤めたいな」なんて言っていてあきれた。。市中病院で「ひら」としての下積み無しに「市中病院の部長」が勤まるわけがないのに。。垂直分業から水平分業へそう簡単にはうつれないだろうに。。あと5年もすれば買い手市場か、医師の増産も決まったし。。御愁傷様です。。その頃はもうポストありませんから。。

でも、「○○総合病院」は縮小の一途で「○○センター」でないと生き残れないとは思いますが。ワープア医師は「検診」と「介護」で使い捨てられるのかも。。

今時「部長」とか、なりたい人がいるほうが不思議。。

>>今時「部長」とか、なりたい人がいるほうが不思議。。

ただ、ずっとヒラでいるのも、これまたしんどいわけで。。。

どうやら、大学のセンセ方は、自分らの方が学位もあるし専門医もあって、市中病院の連中より上なんだ!!!という思い込みがおありになるようでして。。。

「医師」とは単なる資格。「大学の先生」は「医学者」であって「医療者」ではないのですが。。結構誤解されていますね。。
大学の先生に必要なのは「ムラ内での権力争いの方法」で、市中病院の先生に必要なのは「患者さん」、「他科、他院の医師達」などとのコミュニケーション力で根本的に違います。。「医師会」内ではまた独自のルールとスキルが必要なようです、現時点では。。

「戦略か」と「戦術か」の教育ラインが別系統で作れたら、それはそれで面白そうなんですけどね。。
そうなったとして、「戦術」が納得するのかどうかは、分かりませんが。

そもそも病院経営を医師免許もってる人にのみまかせる合理的理由はないのでは?
事務長の下にラインとスタッフを整備して。まあそうすると人件費がさらに必要になって診療費がもっと高くなるという罠。いわゆる医療崩壊の根源的理由って、病院の経営方針があまりに政府に縛られていることに由来するんじゃないかなあ。経営者がサービスの価格を決定できないんじゃどんなに有能な人でもどうしようもないと思う。