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2008.12.22

成熟するとシンプルになる

技術が成熟する、ということは、求められる機能が、デザインへと包埋されていく過程なんだろうと思う。

ベテランは無造作に切る

熟練した外科医は、腕を上げるほどに、あたかもそれが簡単なものであるかのようにメスを動かして、 臓器を無造作に切っていくようにみえる。動作はたしかに簡単そうなんだけれど、 「じゃあ同じことをしてごらん」なんて言われても、簡単そうなのに、絶対に再現できない。

内視鏡の大家は、やっぱり簡単そうに、内視鏡を操作する。 上手な人の内視鏡は、最初からそれが当然であるかのように、 カメラはまっすぐ、目標に近づいていく。これを見るのとやるのとでは大違いで、 胃の「地形」はすごく複雑だから、まっすぐ進むのは難しいし、 そもそも自分がどこにいるのか、カメラを始めたばっかりの頃は、胃の中で道に迷ったりする。

手を動かすのは疲れる。手の動かしかたは、だからなるべく疲れないように、 同じ結果を出せるなら、なるべくシンプルな動作で済むように改良されていく。

「手のベテラン」が生み出す成果はシンプルで、真似するのは簡単そうなのに、 シンプルなの動作を身につけるには、ベテランと同じだけの経験が要る。

ジェット戦闘機のこと

「コブラ」だとか「クルビット」みたいな、飛行機としてありえない挙動を実現してみせた、 ロシアのフランカー戦闘機は、それを可能にするために、小さな可動翼が追加されていた。

それは未来的でかっこよかったけれど、すごい機動が出来るようになった分、 機体はそれだけ、今までの戦闘機よりも複雑に見えた。

もっと新しい世代の戦闘機、アメリカのF-22 Raptor だとか、ロシアのMiG-29 (->追記:Mig-29 の設計年次はフランカーよりもむしろ古いぐらいという指摘をいただきました) なんかは、 そうした可動小翼は省略されて、外観はむしろ、今までの戦闘機以上にすっきりした、 子供が描く「戦闘機の絵」みたいなデザインになっている。

新世代戦闘機の見た目はシンプルだけれど、その挙動は今まで以上に複雑で、 空中で停止するとか、バックするとか、なんだかもはや、 それが飛行機であることが不思議に思えてくるような動きかたをする。

デザインはシンプルになったけれど、恐らくは何気ない曲面であったり、出っ張りであったり、 シンプルさの中には莫大なノウハウが隠れていて、その「シンプルさ」を 再現できるのは、せいぜいアメリカとロシアぐらいしか無理なんだろうなと思う。

洗練の結果としての単純さ

技術が洗練された結果として、たいていの場合、その技術を外から見ると、技術はシンプルになっていく。

成熟という営みは、求められる機能を達成するのに必要な複雑さを、 シンプルなデザインの一部として内部化していく過程であるとも言える。

自分達の業界で、たとえばがん治療のやりかたであるとか、抗生剤投与のやりかた、 あるいは診断という行為それ自体は、むしろ年々複雑になっていく。

覚えなくてはいけない数字だとか、同じ結論にたどり着くための計算量は年々増えて、 自分達の振る舞いは複雑になっている割に、その複雑さが達成したものは、 実感として、それほど多くは得ていないような気がしている。

このあたりの「実感できる複雑さ」というものが何なのか、未だによく分からない。

自分の視点が内側にありすぎて、シンプルなデザインという、系の外側からの視点を持てていないのか。
それとも世の中には、そもそも「複雑になっていく進歩のありかた」というものが厳として存在するのか。
それともまた、こうした複雑さというものは、老害が既得権にしがみついた帰結として、 毎年のように「改良」が付加された、汚穢みたいなものを見ているだけなのか。

「結果を見て判断する」やりかたは、鑑別の手段として有用なのだろうと思う。

名人の手術は成績いいし、昔の戦闘機と、最新の戦闘機と、勝負をしたら、 昔の飛行機は、たぶん最新型にかなわない。

年々複雑になっているように見える技術は、果たして「結果」を出しているんだろうか。。

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とりあえずMig-29とSu-27についてwikipediaでいいので調べてから記事を書くくらいの手間はかけた方がいいと思われます。

 今までのやり方で上手くいかないからなにか別の手段を「追加する」という方法は、若干の改善を得ることもありますが複雑になった手間で相殺されるのでしょうね。手数の多い方法は窮屈で汎用性が無いのでしょう。
 問題を解決するのは従来と全く違う発想による方法なのかもしれません。

 自動小銃のベストセラーAK47の開発に至った経緯もヒントになるような気がします。「精密な部品を隙間無く組み合わせる」ではなくて、「少数のパーツのみから成りスカスカに隙間を残す」という発想から、故障しないタフな銃が出来上がった、と。

 手間が増えるとそのぶんだけ、実験室ではともかく戦場での実戦性からは遠ざかるのかもしれません。

「成熟するとシンプルになる」「洗練の結果としての単純さ」
良い言葉ですね。今回もうならせていただきました。

デスクトップのMacも、だんだんシンプル化した感じに見受けますが、機能は飛躍的にアップしていますからね。超少数派のMacユーザーの意見で失礼いたしました。

でもシンプルで洗練された結果に到達するには、複雑な過程を経るしかない。シンプルさを保ったまま到達できる水準というのは凄く低いはずです。

なんとなく頭に浮かんだのは、齊藤令介『原始思考法』だな。

何だか「医師の研修」そのものに通ずる気がしました。数年間、死ぬほどこき使われて洗練されていく。生きるためとはいえ最終的にはベテラン医師として洗練されていくわけで。。今の研修制度は複雑な過程を経ていないからいつまでたってもひよこなのかもしれません。
僕もMacユーザーですが、一通り使いこなすのに何度徹夜したことか。。それ故、今では嫁からの電話でもトラブルシューティング可能になりました。。プライスレスですが。。

内視鏡の研修をしていた頃を思い出します。。一通り検査ができるようになり、早期癌も診断できるようになって先輩医師に「どうでしょうか?」って得意げに聞いたら、、「洗練されていない」って一言でした。。意味が分からず聞いてみると、患者さんが検査室へ入ってから、出て行くまで流れるような身のこなしをして、一切無駄がないと言う状態にまでなりなさいと。。ずいぶん先になるまでその意味が分からなかったのです。。。

必要なことを羅列し、追加し、複雑化した後に「洗練する」という別過程が必要なのだろうと思います。
それは恐らく「自動化」で、必要な判断量を減らす過程。
戦闘機も姿勢制御のコンピュータはどんどん複雑化しているはずですが、パイロットはそれを気にしなくて良いのが「使い勝手のいいシステム」なのでしょう。

カンブリア紀爆発のあとみたいですよね。。複雑化を経た単純化。
自分達の業界は、まだそこまで行ってないだけなんですかね。

宗教が自動化できないのと同じだと思います。。お正月には「形式的に参拝」します。。「意味」なんて考えることなく。。医療も自動化ができるところはすでに自動化されています。CTもワンタッチでほとんど失敗無く撮れますし、CFも硬度可変となりベテランでなくても痛み無く挿入可能となっています。。血液検査のオーダーや点滴の処方もセット組んでおけばワンタッチじゃないですか。。
自動化できない部分「診察」だけは儀式的に残るのでしょう。。それが「意味ない行為」だとしても。。患者さんの満足のために。。

私も診察は儀式だと思う側なのですが、教科書書く人は、「絶対そんなことはない」なんていうんですよね。。

現場からすれば「教科書的」な症例は「素人でも診断可能」なという低レベルな扱いなのですが、、教科書を書く人は現場知らないですから。。「暗黙知」で共有されるような病態こそ高いレベルだと思いますが記述不可能でしょうから。。

肺気腫の人がウイルス感染をきっかけとして間質性肺炎の急性増悪が起こった病態なんて教科書には載せられませんがベテランの臨床医は「ステロイドパルス」をオーダーして定時に帰宅します。。
なかなか抗菌薬で治癒しない肺炎で紹介されて来た「consolidation 」をみて「BOOPとBACとMLを鑑別しておきなさい」とアドバイスして帰って行くベテランもかっこいいです。。

 格闘技では軍隊用のAという格闘技と、Bという名人を育てる格闘技があります。
 100人のAと100人のBを1:1で戦わせていくと、Aの方が圧倒的に強いです。たぶん、90勝以上すると思います。ただし、TOP3はBの方が強いでしょう。
 軍隊式のA格闘技は、シンプルな方法で人を鍛えます(拳足をひたすら鍛える&筋力&持久力&ダッシュ&サプリ)。ただし、怪我が絶えないため、それを長年続けるのは難しいでしょう(軍隊はそれで、OK)
 一方、Bの方は、使えるようになる技術が強いのですが、使えるようになるまでに、かなりの修行とそれを続けられる才能が必要で、それ以外の人はカスみたいなもんです。
 格闘技を学ぶ人は、最初Aから入った才能ある人がBに入っていく人が多いです。
本文とあまり関係ないかもしれませんが。