« 「無能な上司」という能力 | 見たいものしか見えなくなる »

2008.09.24

交渉の自然治癒力

ベトナム戦争当時、制空権を握っていた米軍はヘリコプターが使えたから、 撃たれた兵士はすぐに後方に搬送されて、緊急手術を受けることができた。適切な治療が施されたにも かかわらず、兵士の死亡率は高かった。

フォークランド紛争でのイギリス軍は、制空権が不十分であり、夜戦が多かったことも手伝って、 撃たれた兵士の搬送は遅れがちになった。

外傷医療の技術には大きな変化はなく、撃たれた兵士は、応急処置だけで事実上放置されていたにもかかわらず、 ベトナム戦争のときよりも、兵士の死亡率は低かった。

こんな経験から、重篤な多発外傷の患者さんにおいては、「可能なかぎり早く手術し、治療する」という治療戦略自体に 疑問が持たれて、「ダメージコントロール」という考えかたが生まれた。

「ダメージコントロール」の考えかた

たとえば肝臓と脾臓が破裂して、多発肋骨骨折に血気胸、大動脈にも損傷が疑われる外傷患者さんが運ばれてきて、 手術でこれを全部治すと、患者さんはそのまま亡くなってしまう。

「ダメージコントロール」の考えかたは、患者さんに「受容可能侵襲量」という考えかたを持ち込む。

受容可能侵襲量とは、患者さんがその状況で支払い可能なコストみたいなもの。 「手術で直す」ためにはそれなりのコストが必要で、完治を目指す大がかりな手術を行っても、 手術室で患者さんが「支払い不能」に陥ったら、患者さんは亡くなってしまう。

外傷患者さんは、受容可能侵襲量が少ないから、手術は「支払い」可能なコストの範囲で行われる。 手術の目標は、治ることでなくて、「治っていないけれど死なない」状態で、素早く撤退することを目指す。

出血している血管を放置したまま撤退すれば、患者さんはやはり亡くなるけれど、 上手な「撤退」が行われた患者さんにおいては、次の手術までの間に回復が期待できる。 患者さんが支払い可能なコストの範囲で手術を行って、上手な撤退をして患者さんの回復を待ち、 支払い可能な「受容可能侵襲量」が再び貯まれば、今度は治癒を目指した手術が施行できる。 「ダメージコントロール」の考えかたは、だからきれいな治癒を目指さないで、 むしろ回復につながる撤退を目指す。

たとえば救急外来から患者さんが運ばれてきたら、まずは止血や損傷組織摘出などの処置は最小限にとどめる。 破裂した肝臓なんかは縫わないで、ガーゼで何となく寄せて固めておいて、ひどい出血がなければ、そのまま放置する。 最初の手術は、今やらないと死ぬ場所だけ処置を行って、あとはお腹も縫わないで、そのまま集中治療室に入れる。

集中治療室では、まずは全身状態の安定に全力を挙げて、状況が改善した数日後、 今度は臓器の再建だとか、凝血槐の奥にある、血管損傷の検索などが行われる。

ダメージコントロールの考えかたを治療に取り入れるためには、患者さんの「受容可能侵襲量」を 想像しながら、手術室に入ることになる。それぞれの外傷は重症度が判断されて、 軽いものは後回し、重いものは「治療」が選択されるけれど、治療に必要な侵襲が大きすぎて、 患者さんの支払い可能な量を上回ってしまうと判断された場合、「治療」ではなく、「次につながる撤退」が 選択されることになる。

ダメージコントロールの考えかたを取り入れてから、従来ならば間違いなくなくなっていた患者さんは、 けっこうな頻度で助かるようになったのだという。

交渉の自然治癒力

交渉が中断されると、お互いの印象はずいぶん変わる。

酔った外来で大喧嘩して、「二度とこんな病院には来ない」とか啖呵切った人も、 何かのきっかけでまた具合が悪くなると、「あのときはそんなにひどい喧嘩にならなかった」とか思い直して、 けろっとして病院に来たりする。

「あのとき主治医がもっと強く入院を勧めてくれれば帰らなかった」とか、 治療拒否して亡くなった患者さんが裁判になる。「あのとき」の主治医は、 つかみ合いの大げんかになるぐらい「強く」言ってたはずだし、ご家族はそれを見ているはずなんだけれど、 裁判になるとそれが「弱く」なる。

交渉ごとは人体とは違うけれど、中断によって変成する。変成にはいい方向と悪い方向とがあって、 上手な中断が為された交渉は、空白期間にある程度の「自然治癒」を期待できるし、 交渉が悪い形で中断されると、恐らくは交渉が中断している期間、相手の心証は、時間とともにどんどん悪くなる。

「交渉学」というのは、覇を競った昔の外科医に似ている。人質交渉人や営業マン、詐欺師やヤクザ、 政治家、心理学者、あらゆる分野の人達が交渉を語る。いろんなやりかたを発信する。よく似たやりかたで、 お互い参考にできる部分もあれば、その業界独特のルールに依存していて、他の業界では再現不可能なやりかたもある。

いろんな交渉の本を読んで、特に「交渉の自然治癒」について言及されているものはあんまり無いように思う。 みんな何となく、「エレガントに一度に直す」ことを目標にしていて、 少ない交渉回数で、短期間で合意に達することが「いいこと」とされている印象を持っている。

交渉にも、そのテーブルでの「受容可能侵襲量」みたいな概念があるような気がする。

救急外来は早さが命で、ここでトラブルを起こして状況が止っても、患者さんは次から次にやってくる。

トラブルを生じた相手に「今は無理だから後から文句言って下さい」なんて交渉を中断したら、 これは出血している血管を放置するようなもので、空白時間の最中、出血は続いて、 トラブルはますます大きくなる。

「ダメージコントロール」の考えかたが交渉にも当てはまるのなら、救急外来という場所は、 患者さんにも、自分たちの側にも、「受容可能侵襲量」が極めて少ない。交渉を完結することを目指すよりは、 むしろ上手な撤退を目指すこと、交渉を穏やかに中断することで、単なる待ち時間を お互い「頭を冷やす」期間として生かせるようなやりかたを考えたほうがいいような気がする。

交渉のテーブルに着いたとき、お互いが支払い可能な「受容可能侵襲量」、 その交渉が合意に達するのに必要な「侵襲」量をそれぞれ概算できること、 合意に達するためのやりかた、「治癒」を目指すやりかたとは別に、「次につながる」形で、 上手に交渉を中断するためのやりかたが考えられるのなら、交渉にもまた「ダメージコントロール」、 交渉の自然治癒力を利用した方法論が作れるのかもしれない。

Trackback URL

Comment & Trackback

うーむ。この考え方は応用範囲広いですね。
小生、まったく違う分野ですが、いくつか当てはまる例が思い浮かびます。
大変参考になりますた。

[…] 交渉の自然治癒力 - レジデント初期研修用資料 […]

将棋の羽生名人とか、最善手が思いつかないときは、相手にとって一番嫌な形で手を明け渡すことを考えるとか、いってましたね。

 足とかを切断しないといけないけど断固拒否する患者さんに、毎日「そうわいっても切るしかないよねぇ」とケンカにならない程度にしつこく言い続けると、ボディーブローのように蓄積効果が現れて、いつかは承諾してくれます。これも交渉術の一つでしょうか。

「交渉の自然治癒力」というのは、言われてみればその通りです。

交渉決裂というのは、中断期間は疑心暗鬼状態です。
いい形での交渉中断は、恋愛に似ているのかもしれません。

早速、実際に試してみます。

「いい形での中断」を行う機会は、自分たちの業界だと結構あると思うんですよね。。

退院してから次の外来までの期間だとか、亡くなった患者さんをお見送りして、後日ご家族と話しあうまでの期間だとか。

その空白期間、心証が時間とともに悪化するやりかたと、空白期間に「治癒」効果を期待できるやりかたと。

もっと論じられてもいいと思うのですが。。

Comment feed

Comment





XHTML: You can use these tags:
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>