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2008.09.02

とどまるために動き続ける

blog とかニュースサイトにおける「成功」について。

大手ニュースサイトを管理している方が、「私をニュースサイト管理人のプロトタイプと考えるのは間違い。 私は特殊すぎる」なんてことを書いておられた。

アクセス数の多いサイトを管理している人は、たぶんほとんどが同じような感想を、 自分はたまたま上手くいったケースであって、成功すべくして成功したわけではないなんて、 そんな感想を持っているような気がする。

他人から見ると王道を歩いて成功したように見える人は、案外自分を「特殊解」だと思ってる。

平凡だけれど真似出来ない

自分が普段見に行くような、誰もが名前を知っているような大手サイトは、 それが経済社会系にせよ、アニメやら、ライトノベルの情報サイトにせよ、 どこも案外「フラット」な、一見平凡な文章を書く人が多い。

言葉の使い方が面白いだとか、毒舌の形容が面白かったりだとか、 いかにも「この人」が伝わってくるような、そんな尖った特徴は少ない。 その文章は誰にでも書けそうなのに、同じだけの情報を得られたとして、 じゃあ同じ文章が自分に書けるかと問われれば、やっぱりどこか難しい。

成功しているサイトの「成功した理由」を、外から指摘するのは難しい。

まだ人の集まっていないサイトをランダムに選び出して、 「ここがダメ」だとか、「ここを直せばもっとよくなる」なんて指摘するのはたぶん容易だし、 何人かの人に指摘をもらうと、その意見はきっと、だいたい同じ場所に収斂する。

人をたくさん集めているサイトに同じことをすると、そもそもたぶん、 そのサイトが成功した原因をきちんと指摘出来る人が少ないし、よしんば指摘をもらえたところで、 たぶん意見は割れて、一つの原因にまとまらない。

サイトのデザインだとか、言葉の言い回しだとか、いろいろ工夫してる人は多い。 大手のサイトよりも、むしろそうでないサイトのほうが、そうした目に見える努力はずっと多いように見えるのに、 大手サイトはどちらかというと平凡な、これという特徴を持っていないのに、人はやっぱりそこに集まる。

とどまるために動き続ける

大手サイトを運営する「中の人」が、外から見ると王道歩んでるようにしか見えないのに、 自己認識が「特殊解」だったり、サイトそれ自体、外から見ると、ぱっと見た目平凡なのに、 もっと派手な外観だとか、文体工夫しているサイトよりも、そうした平凡なサイトのほうが、 圧倒的に多くの人を集めてみたり。

恐らくは、目に見えない試行錯誤の量というものが、こうした認識のギャップを生み出しているのだと思う。

失敗は必然だけれど、成功は偶然。偶然ではあるけれど、その偶然をつかむためには、 「必然を踏まない」ための努力が欠かせない。

「大手である」と言うことは、何か「これ」と指摘出来るようなものを手に入れたとか、 何か特殊な知的プロセスを隠し持っているとか、そういう必殺技的な要素は少なくて、 あの人達はたぶん、常に試行錯誤を続けて、常に動き続けていて、動き続けているからこそ、 目線に沈むことなく、そこに静止して、存在し続けている。ちょうど静止衛星みたいに。

明治時代の写真には、人間が写っていない。

人もいて、車もあったのに、道路は空っぽで、誰も歩いていない。建物しか写っていない。 当時のカメラは露光時間が極端に長かったから、カメラに対して動いてしまう物体は、 映像としてそこに残らない。

恐らくはweb を見渡すときの目線にも、露光時間に相当するものが必要で、 誰かの目にとまって、そこに人を集めようと思ったら、そこにとどまり続けないといけない。

目線に対して静止するためには、変化する目線にあわせて、動き続けないといけない。

Web 界隈をぱっと見渡した「スナップ写真」には、恐らくは大手サイトしか写っていない。 界隈で、どれだけ派手に立ち回ろうと、目線に対する静止を怠れば、写真には記録されない。

「そこにとどまる」という目的を達成する手段が多様であるが故に、成功しているWeb 管理人は、 特殊解にしかなれなくて、まだ成功していない誰かが、成功した誰かの手段を目的化したその時点で、 たぶんその人は、失敗に連なる必然を踏んでしまっている。

Web 界隈のお話だけれど、一般化できる気もする。

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Comment & Trackback

あ、これは一般化できそうな話ですね。少なくとも私がいる業界には当てはまります。
新奇性が問われていると誰もが思っている界隈で、ずっと同じ場所に立ち続けている「安心感」が持つバリュー。そしてそのバリューを保ち続けることの意外なほどの難しさ。
「動き続けたからこそ保てる静止」の例えとしての静止衛星は言い得て妙だと思いました。

いつも楽しみに拝見しております。
以前書かれた『赤の女王理論』ですね。
実際、医学の領域も常にup to date(=動き続ける)していないと、仲間内からも、患者さんからも見放されていきますね。

「赤の女王仮説」は、本来進化論畑の言葉だけに、あの人たちを敵に回すと、いろいろ突っ込まれそうだったり。。

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