2008.08.22
表現型は輸入できない
「航空業界のやりかたを見習いましょう」なんて考えかたが、病院では今ずいぶん話題になっている。元航空業界の人達だとか、航空から流れて、原子力の安全問題かすった人達なんかが「安全コンサルタント」自称して、いろんなところに食い込んでる。
休憩時間をしっかり確保すること。安全委員会を立ち上げること。事故のレポート提出を義務づけて、対策を委員会で考えること。恐らくは航空だとか交通だとか、文化としての安全が先行している業界で行われていた慣習を輸入したのだろうけれど、 こういうのを真似しても、たぶん役に立たない。
昔はこれが正しいと思ってた
ずいぶん昔、「チーム医療で防ぐ医療過誤」という 文章を書いた。これは画期的だろうなんて、当時はそう意気込んでWeb に乗っけて、全然受けなかったんだけれど。
今から6年も昔。まだ当時は、自分も「航空業界見習おう」なんて思ってた頃。
医療過誤の多くは「ヒューマンファクター」で、それを回避するためにはどうすればいいのか。 航空業界の人達は、その答えを心理学とか、コミュニケーションに求めていて、 自分はそれが面白くなかったから、統一教会だとかヤマギシ会、「カルト」の人達が 得意としていた「洗脳」の技法に、解決手法を探した。
「安全」とか途中でどうでもよくなって、人の心を動かすやりかたそれ自体が面白すぎて、 何だか今みたいにおかしな方向に来てしまったけれど、結果として当時書き上げたやりかたは、 今でもそんなにぶれていないと思う。
厚生労働省主催の「医療安全対策の講習会」なんかで使われるテキスト読むと、 やってることは6年前の航空業界そのまんま輸入されている印象。
あれから6年経って、もちろん自分の書いた文章が注目されなかったからひがんでるんだけれど、 そんなやりかたは間違ってるし、もしかしたら問題をよりいっそう複雑にしてしまうと考えている。
表現型は輸入できない
企業の文化、安全を含んだ業界文化というものは、業界が置かれた環境に、 何らかの淘汰圧が加わった結果としての「表現型」として、目に見える形で発現する。
表現型それ自体を輸入したところで、問題は何も解決しない。
「オーストラリアのカンガルーは速い」なんて事実があって、じゃあ彼らの足を、 アフリカのサバンナで暮らすライオンに移植したら、サバンナ最強の無敵生物が誕生するかと言えば、 もちろんそんなことはありえない。
「カンガルーの足を持つライオン」は、もしかしたらサバンナ最速の肉食動物になるかもしれないけれど、 ジャンプしないと走れない。サバンナでは、ジャンプする肉食動物は相手に見つかってしまうから、 最速の肉食動物は、たぶん飢え死にしてしまうだろう。
カンガルーの足とライオンの足と、その絶対性能は、たしかにカンガルーのほうが 優れているかもしれないけれど、生活環境も、対峙している淘汰圧も全く異なる 生き物は、「パーツの交換」で強くなることなどありえない。
淘汰圧に注目しないといけない
異業種のノウハウを移植しようと思ったならば、彼らの表現型それ自体に注目するのではなくて、 それを生み出した環境因子、特にその表現型を生み出すきっかけとなった「淘汰圧」に注目しないといけない。
サン=テグジュベリが空を飛んでた昔、飛行機というのは落ちるものだったし、 彼らは短命で、命知らずで、無鉄砲だった。
彼らが「安全」を志向するようになったきっかけ、航空業界に安全という文化を生むきっかけとなったのは、 恐らくは「お客さんがお金になる」という業界の変化と、たぶん淘汰圧となったものは、 「ボイスレコーダー」と「フライトレコーダー」なんだと思う。
飛行機は落ちてしまえば、たいていはみんな死んでしまうから、証拠が残らない。 パイロットは死んでしまう。その時点で何が起きたのかは誰にも分からないから、責を問われない。
今のパイロットは、あらゆる行動ログが記録されて、機内での会話が記録される。 たとえ自分が墜落死したところで、過失は死後であっても追求されて、原因は徹底的に調べられる。
パイロットは今も昔もプライド高いから、恐らくはそんな不名誉に耐えられない。
耐えられないなら「落ちない方法」を探す必要があって、その帰結として、様々な安全文化、 全てのログを取られてもその理由を説明できる振る舞いかた、失敗しても落ちないで帰還する、 起きそうな失敗を事前に回避する、そんなやり方を模索する文化が生まれたのだと思う。
医療の業界に、彼らが生み出したやりかたを形だけ持ち込んだところで、たぶん何も変わらない。
「事故が起きました。安全委員会を作って、検討を行っていました。勧告されていることは型どおり行っています」なんて、 事故が起きて、病院が木で鼻くくったような声明出したところで、患者さんは納得しないし、事故は減らない。
知恵というものは、それが引きずり出される状況に追い込まれない限り、生まれない。
自らを厳しい状況に追い込む淘汰圧、形でなくて、医師自ら、スタッフ自らが生き残りを志向して、 知恵を引きずり出されるような状況を輸入しない限り、「安全文化の輸入」なんて、出来るわけがないと思う。
一時期、ホスピタリティ、ということでホテルのコンシェルジュや飛行機の客室乗務員を講師に招いて、接客方法の研修会が盛んに(今でも?)開かれていた時期がありました。これも同じだと思いますね。確かに参考になるところは多少はあるでしょうが、根本的解決には何もならないんですよね。やっぱりその現場から出てきた解決方法でなくては、、、、
Posted at 2008.08.22 1:32 PM by ひんべえ
> 自らを厳しい状況に追い込む淘汰圧、形でなくて、
> 医師自ら、スタッフ自らが生き残りを志向して、
> 知恵を引きずり出されるような状況
その通りだと思います。
損も得も抜きにして、どうやって自分たちをその状況に追い込むか。
薄々心の中で感じていたことを言語化されたような気がします。
Posted at 2008.08.22 2:12 PM by エリヤフ先生
こんにちは。医学系基礎研究者のオットを持つ妻です。「チーム医療で防ぐ医療過誤」のページ、拝見しました。全部は読めてないのですが、患者さんのエラーチェック、つい先週末に自分でして、しかも間違いを発見しました。以下、アメリカの普通の病院での出来事です。
先週、missed abortionが発覚し、D&Cをやることになり、当日outpatient surgeryの受付を済ませたところで、渡された紙一式を見てみたら、姓と年齢、違う、SSN(社会保障番号、国民背番号のようなもの)、まるっきり違う。
「これって別人じゃない・・・?!」
しかも患者用ブレスレットやBiopsy等々に使うIDシールが20枚くらい印刷されて、もちろんそれも間違っていて、気が付かないままでいたら別人扱いのまま治療されちゃうところでした。すぐ訂正してもらいましたが。
その後は、OB/GYNフロアで「別人で登録されかかった、どうなってるのかしら」とDrとスタッフの皆さんにグチをいい(みなさん同情してくれました)、何か書類が出てくるたびに、「ちゃんと私になってる?見てもいい?」と聞いてチェックしてましたよ。
というわけで、これからも自主的に「患者さんのエラーチェック」は続けると思います。だって、他の人は気が付いてくれなさそうなので。
Posted at 2008.08.22 9:51 PM by Penguin
[その他]システムの責任
先日行なわれた、大野病院の裁判がかなり注目を集めていました。 私が雰囲気をウォッチした限り、ごくわずかの方を除き、ほぼすべての方が 被告の医師の方の無罪を喜ぶという状況だ…
Posted at 2008.08.22 11:53 PM by これは駄目だ。
うちの業界知らない人が「コンサルタント」になって、その人の意見をありがたく拝聴する、というやりかたは、やっぱりなんか違いますよね。。あの人達は患者さん診ないんですし。
>「チーム医療で防ぐ医療過誤」のページ、拝見しました
ありがとうございます。。
アクセス解析とかみても、もう久しく参照されてないんですよね。。
Posted at 2008.08.23 8:06 AM by medtoolz
お医者様にとって、『「ボイスレコーダー」と「フライトレコーダー」』を診察室と手術室に設置するのはお嫌なのでしょうか?
手術中のビデオがあれば、教育材料にも、医療過誤の判断材料となると思います。
昔と比べて、画像保存のコストも下がりましたから、現実的だと思うのですが。
Posted at 2008.08.24 5:45 PM by 一般人素人です
内科外科は、レコードが始まったなら始まったで、それに適応したやりかたを編み出せるはず。治療のやりかただとか治療方針だとか、一時の混乱を経て、たぶん元通り、「医学的に正しい」やりかたに収斂するはずです。
問題なのは精神科領域で、診断基準に従って薬を出すだけのやりかたなら、もちろん録音された上での診療は可能でしょうが、基準をはみ出した、もしかしたら本来の治癒を目指していたやりかたは、恐らく録音により不可能になって、ある分野が滅びると思います。
Posted at 2008.08.25 8:03 AM by medtoolz
医師、コメディカル、患者さん、その家族。。いろいろな人々とそれぞれの知識レベル、技量レベル、人間関係、、、複雑系を簡単にシステムで処理できるはずがない。。
医師に求められているのは、問題が起こらないようなシステムを構築したりする事ではなく、その複雑系を概観し、トラブルを未然に防いだり、問題解決をするコミュニケーション・スキルなのだと思う。。
最適解を求めることが徒労だということは、共産主義とか自由主義とか、単一のイデオロギーがいずれも間違いであったっていう現実を知っていれば自ずと分かるはず。。
最適解など幻想です。。
こういう現在の医療問題を解決する唯一の方法は黙って、どの方向に進むのかを見守ることしかないと思っています。
ハイエクを読むとよく分かります。自然に任せておけば、暗黙知によって自然と最適な状態に回帰すると思うのです。
「美味しい」と思われ、選択されている環境、「開業」だったり、「専門特化」だったり、、、いろいろ選択肢はあるでしょうが、、いずれ時がたてば分かることです。。焦らず、身の回りの環境整備に努めましょう。
問題があるとすれば
1.勤務医の給与、やりがいの相対的な低下
2.技術に対しての評価の低さ
でしょうか。
勤務医を厚遇するのもその場しのぎでしかないと思います。
Posted at 2008.08.25 9:18 PM by 黒猫