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2012.03.19

美談の受益者について

認知症の老人が紙幣の代わりにティッシュペーパーを出したときに、素晴らしい対応をしたレジ打ちの人がいたという記事 を読んだ。

ヘルパーの方と街を歩いていたおじいさんがハンバーガーショップに入り、会計の時に「紙幣」として取り出したものがティッシュペーパーだったのだと。

「それは紙幣ではありません」と応対すれば済むことだけれど、それをやると、認知症の人を傷つけてしまう。レジ打ちの人は気を効かせてくれて、「申し訳ありません。当店においては現在、こちらのお札はご利用できなくなっております」と応対してくれ、おじいさんは自身が傷つけられることもなく、間違いに気がつくことができたのだという。

これは間違いなく美談であって、レジ打ちの人は素晴らしい応対を行ったことにはなんの異論もないのだけれど、こんな話が「美談」として広まることには、個人的にはあまり同意できないな、とも思う。

美談は現場を苦しめる

レジ打ちの人がとっさに行った対応は素晴らしいけれど、こういう話が「美談」の形で上司から現場に語られてしまうと、今度はそれが、暗黙に「当たり前」の水準になってしまう。

「結果オーライ」は素晴らしいことだけれど、たまたま上手く行ったそうした事例を、そのまま美談として現場にアーカイブしていくと、賃金は変わらないくせに、仕事に対する要求水準だけが信じられない勢いで上昇していく。美談は結局、現場の首を締めて、今までだったら平均点であった振る舞いは落第点になり、偶然が成し遂げた素晴らしい成果が最低水準となり、そこで働く人たちは、常に「落第」し続けることになる。

「よすぎる」人の脆弱性

完全なワンマンアーミーならともかく、接遇はたいてい、チームで行われることになる。

チームの中に「悪い」応対を行った人がいれば、チーム全体の責任が問われることがしばしばあって、だからこそ現場ではマニュアルを作り、「悪い」メンバーを出さないように気をつける。

ところが接遇の問題を考えるときには、「悪い」メンバーも、「よすぎる」メンバーも、等しく接遇のリスクを生み出す。自分の判断で「良すぎた」成果をお客さんに提供するメンバーが出現してしまうと、お客さんの側から見れば、それは「当たり前」の水準が向上したのだ、と受け止められてしまう。クレームの頻度は、「悪い」メンバーが出現しても、「よすぎる」メンバーが出現しても等しく向上して、どちらにしても、結局チームは疲弊してしまう。

その美談で得をするのは誰か

新聞記事は、「素晴らしいレジ打ちの人がたまたまそこにいて、お客さんに素晴らしいサービスを提供した」という事例だけれど、これは同時に、「よすぎる」人材をチームに配置してしまった、マネージャーの失敗であるのだとも言える。

マネージャーは、「予期された結果」を出すためのマネージメントが期待されているわけで、「予期に反した素晴らしい結果」の素晴らしさと、オーバースペックな人材をそこに配置したマネージャーの無能とは、きちんと分けて語られないといけない。

「結果オーライ」が美談になることで、マネージャーの無能は隠蔽される。予想に反したいい結果を成果として享受する、「当たりくじだけ持って来い」という態度を上司に許せば、現場はますますきつくなる。

この事例が「いい話」であることはもちろん確かなのだけれど、「それを美談として共有することで、得する人は誰なのか」を、きちんと考えるべきだと思う。

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Comment & Trackback

韓非子に同じような話があったのを思い出しました。衣服を担当する典衣が君主の冠の乱れを正してしまい、冠を司る典冠の役割を侵したということで罰せられ、さらに典冠もその職務を果たさなかったとして罰せられたという話です。
読んだ当時は幾分過激だと思ったものですが、長期的には美談にしてしまうコストが大きいのかもしれません。

[…] 美談の受益者について – レジデント初期研修用資料: 美談の受益者について – レジデント初期研修用資料 […]

こういう「美談」が結果として非寛容な社会を生んでいく。
その流れの中で首を絞められ殺されつつある人々が誰か調べていくと
発達障害に対する社会の在り方の問題に突き当たるのではないかと思っています。

こういうことはあまり考えなかったのでなるほどと思いながら拝読したのですが、どうも納得し難い部分が残る感じが致します。感じというところで正当性があるかどうかはわからないのですけれど、やはりビジネスの論理ってなんともいえず気持ち悪いものだなと思ってしまうのです。

この美談が標準となり全体の水準が上がることは、問題なのでしょうか?
顧客の求める水準が高くなり現場が疲弊するからより良い方法を取り入れない、というのはナンセンスだと思います。
もちろん、その「より良い方法」を判断して責任をとるのはマネージャの仕事ですが。

マネジャーが責任を取る世の中なら、それで良いかもしれないけど、現実はマネジャーは責任を取らずにその様にしなかった現場の面々が責任を取らされることになる気がします。

ビジネスとして考えるなら、一番大切な「コスト」の意識が抜けています。

この美談は一種の特別対応と見なせますが、特別対応には「コストの掛かる対応」と「コストの掛からない対応」、そして、「コストを減らす対応」があります。この美談における対応は、習得にも実践にもコストがほぼ不要であり、さらに別の対応(間違いを指摘し、老人を激高させる)と比較して、著しくコストを下げます。このような対応は、労・使・客のいずれの立場からも速やかに周知され、実践されるべきものでしょう。

逆に、極端な例ですが、同じ場面において接客した従業員が、「一旦、ティッシュをお金として受け取り、あとで介護士から料金を受け取る。」という対応をしたとするなら、結論は全く異なります。これも一種の美談たりえますが、このような対応は現場のスタッフを混乱させ、客や付き添い介護士の負担を増し、最終的には経営サイドにとってもコスト高となるでしょう。当然、美談や「臨機応変の素晴らしい対応の事例」として称賛されるべきではありません。

畢竟、特別対応の善し悪しは「内容による」のであって、今回の美談は「全然あり」ということです。

>特別対応には「コストの掛かる対応」と「コストの掛からない対応」、そして、「コストを減らす対応」があります。

・「コストのかからない素晴らしい対応」をかなりの頻度で、しかも他のシチュエーションでも出来るようなスタッフ

を、現場に遍く配置しようとするコストがかなりのものかとおもいます。
また、経営サイドの人間が、そのようなスタッフを「コストをかけずに」、現場に配置しようとするのであれば、働く側にとっては最悪の環境になりそうです。

>foobirdsさん

びっくりしました。僕の文章を、そう読む方もいるんですね。
僕の書き方のどこかが悪いということでしょうね。

ブログへのコメントって難しいですね。

この店員さんはマネージャーの素養があったと言うことで、低賃金で働いているのは将来のキャリアに対しての会社への貸しなんだと思います。「認知症の老人に対しての対応」という項目がマニュアルに記載されて終わりで、会社側も店員側にも何の変化も無いと思うのです。むしろ規格外の行動を、「良いこと」、「悪いこと」と特別視すること自体が、規格にあった人材を求める社会とそれを提供する教育というものの存在を認識させられて違和感があります。

アナログ世界の中で均質さを求め、人間のあまりのバラツキに苦悩する。

数学の授業で三角形内角の和が180度にならないと主張する生徒がいた。
平面上というルールについて、この世のどこに平面が存在するのか問う一人の中学生。
曲面に相対する平面という概念は、信じた人間の脳内とそこから再現した仮想空間でのみ存在し得る。
教師「君はきっとエジソンで、すぐにこの教室を出て病院か隔離された教室へ行ってほしい。」と言ったとか言わなかったとか。

ルール(記号)を疑う疑わない信じる信じないはあなたの自由、それぞれに未来はある。
潔癖症はトラブルの元だが、孤独に耐えられればあなたはきっと良い教師になるでしょう。

あなたは杭ですか?それとも杭を打ちますか?
「均質さを求める不均質な人間」この矛盾も人間らしい。
人間ならそろそろ飽きる頃かと。

サービスの質は時代と共に向上していくと僕は思うのです。あなたの考えでは現状から何も良くならなくても良い、これ以上良くなると現場に負担になる。と読めるのですが、僕の認識は合っていますか?

>サービスの質は時代と共に向上していくと僕は思うのです。
>あなたの考えでは現状から何も良くならなくても良い、
>これ以上良くなると現場に負担になる。と読めるのですが、
>僕の認識は合っていますか?

多分半分正しくて、半分間違っているのでは?
 サービス水準を上げる場合は、サービス提供を実際に行なう全ての担当者が、どの顧客に対しても、同時に改善する必要があると言っているのだと思います。そして、担当者間の質や時期の差異については提供側より顧客側の方がずっと敏感で、それが不満につながりやすい、ということだと思います。
この話の例だと、次のシフトから現金の代わりにティッシュを出されたら必ずこの対応ができないとクレームをいただく危険性(名誉毀損で訴えられる可能性でもいいですが)があるということです。そしてクレームをいただく危険性を回避するためのコストとして、バイト君全員がこの対応ができることを確認し、対応できない人がいれば教育するなり、対応できる人と入れ替えるなり、といった作業が必要になると思います。
(そもそも時間とともに常にサービスが向上していく、という仮定は、素朴な自由競争の利点とされることも多いですが、議論の前提として、素朴な自由競争を仮定してもよい分野とそうでもない分野もあると思います。)

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