Home > 3月, 2011

2011.03.31

無様にやるのは難しい

「戦力の逐次投入」という代表的な失敗パターン、問題を解決するための資源を過小に割り当てて、それでは足りない、という反応が返ってきても、なおも「足りない」資源だけを現場に送って、結果として貴重な時間を浪費してしまうあの状況というものは、作戦を指揮した将軍が戦力を「節約」しようとしただとか、相手を見くびっていただとか、そんな理由からは生まれない。

不足は見えない

診療をしていると、たまに「このままでは病気に追いつけない」という、いやな予感に襲われることがある。患者さんの治療はそこそこにうまくいっているけれど、ベストと言えるほどの反応は得られなくて、やることはやっているはずなのに、何か足りない。

このまま状況を放置すると、「ちょっと反応が少ない」ままに状況が進んで、気がつくとその「ちょっと」はさらに少なくなって、事態はむしろ悪化していく。気がつくと数日間という期間が、根本への対処を怠ったままに消費されていて、愕然となる。

目の前が真っ暗になるような経験を何回か繰り返していくうちに、「このままだと追いつけない」ときには、そんな予感がするようになった。これは何かと言えば、「戦力の逐次投入」という、古来ずっと繰り返されてきた失敗パターンを、当事者として体験している状況そのものなんだと思う。

問題を解決するために、結局どれだけの資源が必要なのか、当事者として問題に関わっている最中にはそれが見えないし、反応の大きさは測れない。反応の有無にだけ注目していると、不十分な資源であっても、反応それ自体は得られてしまう。予期より少ないというだけで。

予期には経験が必要

「反応があった」ことに安心して、方針をそこで固定してしまうと、逐次投入の泥沼に足を突っ込む。

先が見えない状況にあって、わずかでも安心が得られてしまうと、人はそこから動けなくなる。本当はそのときこそが動くべきタイミングなのだけれど、反応が「足りない」ことに気がつくためには反応を予期できることが必要で、予期を行うためには経験がいる。知識は教科書で学べるけれど、当事者としての経験は、当事者をやらないと身につかない。

「戦力の逐次投入」を行った結果、失敗してしまった将軍に不足していたのは、予期に必要な「経験」なのだと思う。部隊が対峙する問題があって、それを無難に解決したい、そのために投じる労力は惜しまないという状況にあってもなお、経験が不足していると、初期に必要な資源を読めないし、それが不足していたときに、その不足に気がつくことができなくなってしまう。状況のまっただ中にあるときには、不足は見えない。不十分な反応を、「不足である」と判断するためには経験が必要で、不足を経験したことのない将軍が、不足を感覚したときにはもう、状況は手遅れになってしまう。

物量を使いこなすのは難しい

「足りない」と思ったならば、その時点から全力で動かないといけない。そこが病院なら、昨日検査したばかりでも、バカと言われようがなんだろうが、今日出せる検査を全部出す。みんながいなくなる前に、心当たりのある人に片っ端から相談して、頭下げて、とにかく病気に「追いつく」ために、打てる手を全部打つ。無能の振る舞いの典型だけれど、こうすることで、今までに何回か、災厄を回避することができた。

不明の現場にあってできることは、「止まる」か「進む」かが全てであって、「考える」ことは「停止」に等しい。「無目的に走る」ことよりも、「そこで立ち止まって考える」人のほうが上等だけれど、その上等さを成果に結びつけられる人は少ない。

原因不明の腹痛を訴える患者さんがいたとして、「外科が3人集まって、一人が手術を決断したら、手術することが正しい」という格言が伝わっている。未知状況においては、誰もが「このまま様子を見たい」という誘惑にとらわれて、そんな中にあって重たい判断をした人の意見は、たいてい正しい。少なくとも安全なことのほうが多い。

少ない物量ですばらしい成果を上げるのはかっこいいけれど、物量を投入して無様に成果を上げるほうが、むしろ難しい。未知の状況にあって、自分の判断に自信が持てないときには、逆説的に「柔よく剛を制す」的な、最小の物量で最大の効果を期待するやりかたが好まれて、判断をゆがめてしまう。それはリスクを取るやりかたであって、リスクが高まったこういう状況においてこそ、「もっとも無様な」やりかたが選択されないといけないのだと思う。

2011.03.28

喧嘩する上司の見守りかた

どんな組織でもたぶん、問題に対してチームが一丸となって当たる時期と、お互いが功を取り、過失を押しつけあう分裂の時期とがある。

問題が大きな状況においては、どれだけ仲の悪い人たちも団結する。そうでないと、自分たちが問題に食われてしまうから。成功が見えてくると、今度は誰が功を取るのか、お互いに裏切るタイミングを探りはじめる。

利害が完全に一致するなら、チームにはそもそも団結の必要がない。あえて「団結」というプロセスを経るのなら、そこには当然利害の対立があって、成功には、「功」の部分と「失」の部分とが入り交じる。問題の解決が近づくにつれて、チームの和は、どうしたって遠のいていく。

上司の喧嘩は、だからしばしば成功が近い徴候でもあるのだけれど、問題の大きさに上司が屈して、問題解決そっちのけで、責任の被せ合いになっていることがまれにあって、これがおっかない。

ニュースでは、 政府が東電を叩き、保安院が内閣を刺す。メディアを通じて見えてくるのは、指揮官同士の、指揮管制そっちのけのつかみ合いであって、問題解決の糸口はいっこうに見えてこない。こんな状況の真下で、現場は粛々と作業する。士気を保つのは本当に厳しいだろうなと思う。

問題の解決はまだまだ遠いのに、チーム「一丸」期から「分裂」期へと移行してしまうと、問題はもう解決しない。上司は「絶対」を求めるようになって、要求された絶対を達成できなかった人間には責任が被せられてしまうから、問題の解決に向けてがんばること自体が、後ろから誰かに刺されるリスクに直結していく。

成功に絶対はないけれど、失敗なら、手を出すのを止めてしまえば、いつかは必ず達成できる。絶対を求める上司が部下をなじる組織に身を置くのなら、「できません」と宣言してから手を置けば、上司の望む「絶対」は達成できる。現場がそういう気分になると、成功は加速度的に遠のいていく。

この状況は、自動操縦のない旅客機で、機長と副操縦士、機関士が操縦そっちのけで殴り合いを始めたのに似ている。現場たるキャビンアテンダントは、水平飛行もおぼつかない旅客機にしがみつきながら、ただただ操縦室を眺めることしかできない。自分の仕事をやろうにも、機体が揺れて、立っていることすらおぼつかない。

危機対応の初動に遅れると不信を招いて、謝意を表明するタイミングを逃してしまうと、上司が引き受けるべき責任は、時間とともにどんどん大きくなっていく。

今の状況は、大きくなりすぎた責任を、もはや引き受けられなくなった上層部の人たちが、お互いに必死になってそれを押しつけあっているようにも見える。

それが誤解であるといいのだけれど。

2011.03.24

危機コミュニケーション覚え書き

最近の報道を見て思ったことなど。

未知状況で安心を伝える

  • 原発災害の当初、情報が錯綜して、不安になった。そんな頃に発信された、日本の原発についてのお知らせ という、英国大使館の現状に対する見解をまとめた文章を読むことで、大きな安心感が得られた
  • 「ワーストシナリオとその対策を語る」こと、「今公開されている情報を吟味して、そこから導かれた見解を述べる」こと、「今までに発生した「本当の最悪」との比較を行ってみせる」ことが、未知の恐怖におびえている状況を安定化させるのだと思う
  • 「大丈夫だ信じろ」という言葉では、安心感が得られない。「ワーストはこうだ。対策はできる」と言われると安心できる
  • 「安全な最小値」と比較して何倍、という表現は安心につながらない。「本当の最悪と比較して何分の一」という言い回しは、同じ大きさを表現するにしても、安心感がある
  • 根拠を示さずに「大丈夫です信じて下さい」を繰り返す人は信頼されない。すでに公開されている情報をお互いに共有して、その信憑性や評価を行ってみせると信頼される。信頼された人が「大丈夫」という見解を語ることで、初めて安心が生まれる
  • 英国大使館の文中、本当の最悪として、チェルノブイリの事例が引用されていた。原発の仕組みが異なるから、本来この比較は正しくないのかもしれないけれど、誰もが知っている最悪を引き合いに出して、今想定されるどれだけひどい事態が発生しても、50km 離れて10日間我慢すれば、おおむね容認できるリスクで過ごせるよ、という落としどころは、とても分かりやすかった

すでに災厄に巻き込まれている人への対応

  • ワーストケースシナリオを引き合いに出す伝えかたは、すでに災厄の渦中にいる人たちへの説明としてはふさわしくないように思えた。危機対応をするときには、危機の当事者に対する説明と、周囲から危機を見守る人たちへの説明と、異なったやりかたを選択するべきなのだと思う
  • 当事者に対する説明は、まずは「成功していること」から入るのが、おそらく正しい。楽観と悲観と、災厄の渦中にある人は、すでに悲観に振り切れているから、まずは部分的な成功を語って、悲観に対する暫定的な対処を行ってから、現状の説明と、ワーストケースでなく、もっとも可能性の高い見通しを語るのがいいような気がする
  • 楽観的な見通しは不信を招く。「蓋然性の高い見通しはこうで、今はそれを実現すべく、こんなことをしています。状況が悪化した場合に備えて、こんな準備をしています」といった語りかたが無難であって、これは患者さんに病状説明をするときの基本でもある
  • 情報の伝達は、イベントごとでなく、時間ごとに、定期的に行うほうが望ましい。何が起きても、「あと○時間したら会見がある」と分かっていれば、多くの人は待てる。先が示されないと、憶測ばかりが広がっていく
  • 情報は公開するべきだけれど、公開された情報には、公開する側の見解をつけないといけない。見解の相違は議論を生むけれど、見解の不在は際限のない憶測を生んでしまう

語るべき順番がある

  • 作戦を立てるときには、まずは補給のことを考える。使えるお金や人員、それを使って、そもそもどの程度の作戦が遂行できるのか、まずはそうした大枠を決定して、そこで初めて戦略を考えられる。枠組みが決まって、方針が決定されて、それでようやく、個々の作戦を考えることができる
  • 報告するときには順番が逆になる。最初に報告されるべきは「戦果」でないといけない。それを聞いて安心できないと、戦略には耳を傾けてもらえないし、そもそも兵站要素というものはつまらないから、興味を持たれない
  • 「爆発しそうだ」というニュースが何度も流れた夜、情報は足りなくて、とにかくこのあと総理大臣の会見があるからそれを待ちましょうなんて、どのチャンネルを見てもそういう流れだった、あの日の会見は最悪だった
  • あの時期、情報を持っているのは東京電力と政府だけで、政府のトップが「情報を出す」と宣言して、総理の口から出てきたのは「がんばっている」という言葉だった
  • 総理は最初に、全国の人たちが「がんばっている」こと、自分もヘリで全国を視察して「がんばっている」ことを伝えた。「がんばっている」の連呼で10分間、原子力発電所の現状はどうなのか、それがいい結果にせよ、悪い結果にせよ、日本中が注視している中、総理はひたすら、「それ以外」のことをしゃべり続けて、「戦果」への言及は別の大臣に譲った
  • 最初に語られた「誰もががんばっている」という発言は、言ってみれば「兵站」の報告だった。誰もが「がんばっている」のは当然のことであって、ここから語る人というのは要するに、「自分は信用されていないのではないか」という不安があるから、最初に「信用してください」なんてメッセージを送ろうとして失敗する。聞き手がリーダーを信じていない、リーダーもまた、国民を信じていないとき、まず真っ先に兵站が語られて、両者の溝は深まっていく
  • 状態の悪い患者さんを経験の浅い研修医が受け持って、病状をご家族に報告しなくてはいけないときに、同じようなミスをする。悪い話は誰だってしたくないから、研修医はたいてい、時候の挨拶をはじめて、そのあとずっと、病気の原理や治療方法を、教科書の朗読みたいな話を続ける。ご家族にしてみれば、とにかく現状はどうなのか、それがたとえば手術だったら、それが成功したのかどうか、まず真っ先にそこを聞きたいのに、研修医は「本質を」語ろうとして、ご家族からは「どうでもいいこと」を延々と語っているように聞こえて、かえって不信を深めてしまう
  • 自分の責任で何かの決断をして、それが裏目に出ることなんていくらだってある。誰でも我が身はかわいくて、保身は大切だから、我が身をかばった帰結として、自分たちの業界では、「手術は成功しましたが、患者さんの状態は必ずしも楽観を許しません」という言い回しに、たいていの人が行き着く。問題のスケールが違いすぎるけれど、こういう順番がなされていないあの時点で、総理はたしかに「仮免許」の人なんだろうと思う

2011.03.23

相手から見える風景を想像する

誰かを説得しようと試みるときには、その人から見える風景の中にあるものを使った説明を行わないと、成功しない。

同じものを見ていても、見えかたは人ごとに全く異なる。その人が物事をどう見ているのか、それを想像して、その人から見えた風景を材料にして論を作ると、説得はうまくいく。

夜中の紹介が増えた

もう昔からのことだけれど、18時も過ぎた当直時間帯に、「2ヶ月前から食欲がありません。入院をお願いします」という依頼が、毎日のように近隣老健施設から寄せられる。

入院を決定すると、たくさんの書類を書く必要があって、人手がかかる。当直時間帯は病院に人はいないし、真夜中に、急な入院で動転しているご家族に、当直帯の忙しい中、丁寧な説明に割ける時間は少ない。たとえそれが2ヶ月前からの症状でも、受ける側はやっぱり、大変な騒ぎになってしまう。

こういうのは、「2ヶ月前」のどこか日中で連れてきてくれれば済むことなのだけれど、夜間帯は施設の勤務時間が切り替わる。そのタイミングで患者さんを搬送すると、職員の残業代を節約できる。施設の嘱託医は開業している人が多くて、日中は自分のクリニックがあるから、「その日の回診」を18時過ぎに行う施設もある。そんなこんなで、老健を管理している先生がたは、電話一本で「お願いします」なんて、夜中の救急外来を利用する。

体育会は変えられない

「現場が大変です。何とかして下さい」なんて、ずっと前から病院長にお願いしていたのだけれど、状況は変わらなかった。

老健を管理している人たちは、医師同士の人間関係で言ったら「先輩」であって、体育会ルールにおいて、先輩の命令は絶対で、その代わり、「後輩」に何かあったら「先輩」はかばってくれる。「何か」のその先で、「先輩」に活躍してもらったことなど無いのだけれど、体育会はそういうことになっていて、うちの施設は「後輩」で、状況は変わらなかった。

社会事情が全然異なっているにせよ、昔はたぶん、同じ医師同士で何とかなった。院長の世代は、少なくとも「大丈夫だった」という体験を持っていた。体験として「大丈夫」を持っている、「昔は大丈夫だったから今も大丈夫だ」と考えている人に、同じ医師が、現場の体験として「今は無理だ」を説明したところで、話はなかなか伝わらない。

風景を変える

体育会は変わる理由がないし、変えてはいけないから、変わらない。自分もそうだったから、半ばあきらめていたのだけれど、最近になって病院長を「説得」できた。

やったことはといえば、「同じ医師である自分たちが大変です」という奏上を止めて、代わりに「このままだと病棟が持ちません。うちのナースが辞めそうです」と話題を振っただけなんだけれど、奏上翌日に話が通って、以降、老健からの夜間紹介は激減した。

「昔はお互い医師同士で頑張った」という風景を知っている人に、「医師同士」の話題として「今は無理」を伝えることはできない。ところが看護師さんというものは、病院で学校を作って、そこで育てた、病院長にとっては「子供」みたいな立ち位置で、話題の中に当院の看護師さんを持ち込むと、危機が危機として伝わった。

「現場の自分たちが疲れています」に対しては、「後輩が泣き言言ってやがる」という風景が、「ナースが辞めます」に対しては、恐らくは「老健施設の横暴で自分の子供が潰される」という風景が、病院長に伝わったのだと思う。話はすぐに動いて、近隣施設の回診時間は日中になって、病棟は少しだけ平和になった。

見えるものを伝える

風景の中に「無理」が無い人に、「無理」を伝えることはできない。

「もう無理です」なんて泣いたところで、事故が起きるその瞬間までは、外来は平和に回る。事故が発生する可能性はたしかに低くて、上の先生に危機を表明して、ちょっと当直を代わってもらっても、事故はたぶん起こらない。「ほら見ろ」なんて、「大丈夫」を追体験されて、危機の伝達を試みて、得られるのはたいてい、断絶になる。若手は「私にはできません」と表明して持ち場を離れ、上の人たちは「近頃の若者は」と嘆息する。

たとえばインターネットを使わない人に何かを説明するときには、「ネットでは」と言ってはいけない。その人が新聞を読むのなら、新聞に書かれたことを材料にして論を組み立てないといけない。

相手の風景から見えない、あるいは見えているようでいて、見えかたの異なる何かを説得の材料にしても、説得は成功しない。

どれだけ見事な論を組んだところで、見えない何かがそこにあれば、「ずるい」としか認識されない。「ずるい」と認識される相手、相手側から見て、ルールを破っているように見える人と「議論」したところで、説得には結びつかない。

ルールというものは、語る側でなく、聞く側が決定する。その人がどんな風景を見て、どんなものを判断の根拠にする人なのか、説得はその想像から始まるのだと思う。

2011.03.22

T510 覚え書き 

4年前に買ったThinkPad T61 というノートPCが、キーボードのキーがいくつか反応しなくなった。外部キーボードをつないでごまかしていたのだけれど、病棟の停電が相次ぐ事態になって、バッテリーのへたったノートPCは厳しくなった。

T510という機種に乗り換えたときのメモ書き。本当は1ヶ月ぐらいかけて、平行運用しながらゆっくりやるつもりだった。

リカバリーメディアの作成

例によってThinkPad のリカバリーメディアはハードディスクに格納されているので、まずはこれをDVDに書き出さないといけない。

最初からインストールされているThinkVantage Toolsを起動 -> 出荷時状態へのリカバリー・ディスクを選ぶと、あとは自動的にリカバリーメディアが作られる。起動用に1枚、データ用に2枚、計3枚のDVDが必要。今はUSBメモリーキーでもブートメディアを作れるみたいで、こちらのほうがより便利かもしれない。

全部で30分ぐらいかかった。

SSDへの入れ替え

ThinkPad はねじ一本外せば、HDD の交換ができる。T510 は側面からでなく、底面からの入れ替えだったけれど、ドライバー一本で簡単にすんだ。

入れ替えて電源を入れると、BIOS だけが立ち上がる。ハードウェアとして認識しているメディアをリストアップして、「Operating System not found 」というメッセージを返すので、リストの中にインテルのSSD が入っているのを確認して、あとはリカバリーメディアを入れて再起動するとOSのインストールが始まる。Windows7 になってから、XPよりもインストールは速くなった。

OSを入れ直して、Lenovo のサイトとWindowsUpdate からたくさんのアップデートファイルをインストールすれば、作業は終了する。1時間ぐらいかかるけれど、再起動の速度が以前よりだいぶ速くなったから、作業は快適だった。

アプリケーションを入れる

今まで使わせてもらっていたアプリケーションを、もう一度ダウンロードした。

  • avast! 4 Home Edition:フリーのアンチウィルスソフト。メール登録すると12ヶ月使えて、再登録で使用期間を延長できるので、事実上ずっと使える
  • ZakuCopy:リンク集作るのに欠かせない、右クリック拡張アプリケーション
  • サクラエディタ:標準的なテキストエディタ
  • OpenOffice:MSオフィスプロフェッショナル相当の機能がすべてついてくるフリーウェア。1年ぐらい使っているけれど、とりあえず困っていない
  • Lhaplus:圧縮/解凍ソフト。ほとんどの圧縮形式に対応しているので便利
  • 7-Zip:圧縮/解凍ソフト。これでないと解凍できないファイルがたまにある
  • JTrim:画像を扱うソフト。動作が軽い代わり、できることは限られるけれど、学会用のスライド作成レベルの作業だったらこれで十分だと思う
  • Sleipnir:タブブラウザ。いろいろ試して結局ここに戻ってきた
  • SeaHorse:Sleipnir 用のプラグインソフト。AutoPagerise をIE で使うときに必須
  • SeaHorse 用 AutoPagerise:インターネットの「次のページ」を、クリックしないで勝手に読み込んでくれるプラグイン。地味な機能だけれど、一度使うと、これがなかった昔が思い出せなくなるぐらい便利
  • のどか:キーボード配列を変更するアプリケーション。キーの入れ替えや、ホットキーでのアプリケーション立ち上げなど、キーボードを使ったほとんどあらゆることが設定できる
  • 窓の手:OS の動作を変更するためのソフト。Windows7 に対応するようになった
  • Tween:twitter の専用クライアント。このソフトを「スタートアップ」に登録して、1 日中立ち上げっぱなし
  • Google デスクトップ:ハードディスク内部にインデックスを作成して、検索が可能になる。ずっと使っているけれど、インデックスはずいぶん確実で、昔書いた患者さんの紹介状なんかが、その人の氏名がうろ覚えであっても、病名だけで検索できたりする
  • Googleデスクトップのプラグイン:普段から全ての文章をLaTeX で作っている関係上、TeX ファイルを検索してくれるプラグインが欠かせない
  • FFFTP:FTP クライアント。ホームページを作るときの基本。一時期セキュリティの問題が指摘されたけれど、対応されたものがダウンロードできるようになった
  • Texインストーラ:LaTeX のインストールを全自動で行ってくれるインストーラー。自分はいつも、C tex にインストールしている
  • WinShell:LaTeX 用のエディタ。紹介状を書くときに
  • Akasha:やはりLaTeX用のエディタ。ラベルの参照が充実していて、今まで出した本は全部これで書いている
  • TortoiseSVN:バージョン管理ソフト。原稿を出版社とやりとりするときにこれが必要になる

文字数カウントマクロ

サクラエディタに文字数カウントマクロを入れる。

1.文字数カウントマクロのページから公開されているテキストをコピーして、 Count.js という名前で保存する 2.それをC:Program Filessakura に入れる -> [設定]-[共通設定]のマクロタブを選択 -> IDに開いているマクロ番号を指定 -> 名前に任意の名前をつける -> Fileに Count.js を選択 -> 設定ボタンで終了

ATOK を入れる

ATOKなら3倍速く打てる、と話題になった頃に購入して、戻れなくなった。2008 のまま。

自分の設定メモ。

  • スペースキーでは絶対に半角が入るようにする。ATOKプロパティを起動->[入力・変換]-> [入力補助]-> [スペースキーで入力する空白文字]で、「常に半角」を選択
  • ATOKプロパティ->[現在のプロパティ]-> MS-IME に設定する
  • IME のオンとオフとを明示的にやりたかったので、「キーカスタマイズ」の項目から「変換」「無変換」キーのすべての動作を削除して、「変換」に「日本語入力ON」を、「無変換」に「日本語入力OFF」を、それぞれ割り当て

ATOK の登録単語やキーボード設定は、PCを超えて引っ越すことができる。

1.ATOK プロパティ – キー・ローマ字・色 を開く 2.[スタイル一覧]の一覧で保存したいスタイルを選択 3.[スタイル操作] – [ファイルに出力]を実行 4.デスクトップに、任意の名前で *.STY の拡張子で保存

できあがった.STY ファイルは、引っ越し先PCの C:Usersユーザー名AppDataRoamingJustsystemAtok21 にコピーしておく。

1.ATOK プロパティ – キー・ローマ字・色 を開く 2.[スタイル操作] – [ファイルを指定して追加]を実行 4.コピーした *.STY のファイルを選択、読み込み

今まで登録した単語は、ATOK の辞書ユーティリティー経由で書き出し、読み込みが可能。単語は全て移動されるけれど、候補の順番はもう一度学習させないといけない。

LaTeX を入れる

今はいいインストーラーがあるので、クリック一発で全部入るんだけれど、今まで使っていたスタイルファイルだけは、昔のパソコンから持ち越さないと、過去に作った原稿が生かせない。

  • flow.sty
  • nassi.sty
  • teikei.cls
  • youshi.sty
  • html.sty

をそれぞれ C:texsharetexmftexlatex に展開。

WinShell のマクロは移動できなかったから、これは全部入れ直さないといけない。WinShellは、マクロの中に cur と入れておくと、そこにカーソルが入るので便利。

LaTeX2HTML を入れる

Windows7 に代わってから、今までのやりかたでインストールするとうまくいかなかったのだけれど、LaTeX2HTML(japanese for Windows) (2011/2/28) で紹介されているやりかたに従うことで、元通りに動作した。

自分はnetpbm を C:l2hnetpbm に展開、「パッチを当てる」ためのpatch.exe は小粋空間: パッチをあてる で紹介されている場所からダウンロードした。

RAMDISK を作る

今回購入したのは32bit 版のWindows7 なので、4ギガバイトのメモリを入れても、1ギガバイト使い切れない。

Gavotte Ramdisk まとめWIKI で紹介されているアプリケーションは、OSが認識できない部分のメモリをRAMDISKとして認識してくれる。

いろいろやりかたはあるみたいだけれど、自分はそのままインストールして、デフォルトで作られている R:TEMP をそのままインターネット一時ファイルの置き場所として利用した。PCをシャットダウンすると中身も全て消えてしまうけれど、とりあえずそれで困らない。

今のところはここまで。

2011.03.20

専門語のこと

「戦争を行うためには戦争語で会話することが必要で、日本語では戦争ができない」と山本七平が書いていたけれど、様々な業界に、業界ごとの「専門語」というものがあるのだと思う。専門語をしゃべれない人は、専門家の輪に加われないし、専門語をしゃべれない人が、会話語で現場を指揮すると、プロジェクトは業界を問わず、似たような経過をたどって失敗してしまう。

放水が成功した

原発に対して連日のように放水が繰り返されていて、今のところは「成功している」という言葉が、政府の側から発信された。

現場の頑張りは、疑いようもなくすごいことなのだけれど、現場が神がかり的にがんばって、その成果がたしかに「成功」と判断されて、それでもなお、現場の人たちの頑張りが、どんな形で最終的な状況の収拾に貢献しているのか、それが今ひとつよく分からない。現場はがんばっています、放水それ自体は成功です、という発表はもちろん喜ばしいのだけれど、どこかこう、政府の人が自己暗示をかけているようにも見えて、それが怖かったりもする。

あの命がけの放水が、何か大きな落としどころに向かうために必要なプロセスならば、政府の人たちが「その先」に見えているものを教えてもらえると、とても大きな安心材料になる。そうではなしに、単に政府が「やれるだけのことはやった。仕方がなかったのだ」なんて嘆息してみせるためだけに、「やれるだけの」精鋭を投入しているのなら、今すぐにやめてもらいたいものだとも思う。

外から今の状況を見ている限りは、政府の人たちの振る舞いは、やっぱりどこか旧軍を思い出す。大戦末期の日本軍は、ローカルな勝利を喧伝しつつ、大きな流れがどこに向かうのか、結果的に誰にもそれが見えないまま、「やれるだけのことをやった」結果として破綻した。

旧軍の行いのことごとくを批判して、彼らを叩いて、もう二度とこんなことがないようにと叫び続けてきた人たちが、結果として旧軍と同じ振る舞いをしているように見えてしまうのが、個人的には恐ろしい。

政府の人たちの振るまいが、対戦末期の旧軍なんかではなく、自分が単に、見るべきものを見ていないだけなのだったらいいのだけれど、警察がだめなら自衛隊で、自衛隊がだめなら消防で、消防がだめならレスキューで、と手を代わりつつ、やることはひたすら放水というのが、山本七平「日本はなぜ敗れるのか」に出てきた、バシー海峡に次から次へと輸送船を送り続けて全滅した旧軍の描写に重なって見える。

心肺蘇生語

病院によっては、緊急事態には、「コードブルーチーム」という暫定的なチームが活躍する。

患者さんが心肺停止したときが代表だけれど、こういうときには主治医の立場をチームが引き継いで、人間関係抜きの機械的な対応で、とにかく危機の脱出を最優先するようなやりかたにシフトする。

心肺蘇生の最中に用いられる言葉、「心肺蘇生語」というものは、薬剤や手技の羅列であって、語彙の数はせいぜい20ぐらいで、とても少ない。医学知識のない人がそれを聞いても、単に薬の名前が飛び交っているようにしか聞こえないだろうけれど、心肺蘇生の手順はチームで共有されているものだから、知識のある人は、薬の名前や手技の名前を聞いた時点で、今何が行われていて、状況がどうなのか、おおざっぱなところが把握できてしまう。

戦争という非日常を遂行するには「戦争語」が必要で、心肺蘇生を行う際には「心肺蘇生語」でコミュニケーションが行われる。たぶんどこの業界にも、こうした「専門語」というものがあって、「国語」に比べて語彙は少なく、単語の意味と、現状に関する見解との境界は、専門が深まるほどに曖昧になって、語彙の少なさは、意志決定の速度を加速していく。

災害対応という危機的状況を乗り越えるためにも「災害語」というものが必要で、現場の消防隊やレスキューの人たち、警察や自衛隊の人たちは、今そうした言葉でコミュニケーションを行っているのではないかと思う。ならば現場の指揮を執っている政府の人たちは、現場とどんな言葉でしゃべっているのか、テレビの前の政治家は、もちろん「会話語」でしゃべるけれど、指揮は「災害語」で行われているものなのか、それを教えてほしいなと思う。

会話語には「できない」がない

戦争語が必要な状況に日本語で戦争を行ったのが旧軍で、災害語が必要な状況に、会話語で災害対応を行うと、たぶん旧軍と同じことになる。

専門語の語彙は少なくて、できないことについては、そもそも単語が存在しない。

裏を返せば「できない」と言うための言葉が専門語であって、そう言える人こそが、専門家なのだと思う。

豊富な語彙を持った会話語を使うと、「できない」ことが無くなってしまう。戦争に負けそうで、もうどうしようもない状況でも「気迫があれば勝利は確実」と断言することはできるし、「秘密兵器を開発すれば逆転は可能だ」なんて、会話語はどんなことでも創造できる。

災害対応を会話語で指揮しようとすると、たとえば「今すぐガンダムを開発して消火させる」というアイデアが浮かぶ。ガンダムは「災害語」に入っていないから、専門家はたぶん「できません」と返答する。じゃあヘリコプターで水を落とすことや、日本中の精鋭をあの場所に投入して、とにかくひたすら水をかけることが「災害語」の語彙に入っているのかどうか、専門家の人に聞いてみたいなと思う。

山本七平の本に出てくる「戦争語でしゃべる軍人」という像は、「できることはこれとこれ、それを組み合わせて得られるのはこれ。語彙にないことはできない」と言える人なんだと思う。

軍隊語をしゃべれない人では戦争はできないけれど、軍隊語をしゃべる人同士では、「とりあえずやってみる」という語彙が戦争語に存在しないから、そもそも戦争という状況が発生しない。戦争という破綻状況は、「もしかしたら」勝てるかもしれないという憶測から生まれて、「もしかしたら」という言葉は、戦争語の語彙には含まれていないから。

放水が行われて、現在それに成功していることは、本当にすばらしいことなんだけれど、「放水せよ」という命令が、会話語で行われたものなのか、それとも災害語の語彙として行われたものなのかを教えてほしい。放水で時間を作って、稼いだ時間の先に、トップの人たちはどんな状況を想定しているのか、トップの人たちが見ているであろう「その先」の光景を語ってもらうだけで、放水は「災害語」の語彙たり得るし、それを聞いた誰もが大いに安心できるのではないかと思う。

2011.03.14

説得は半径1mから

英国の元副首相にして運輸大臣でもあったジョン・プレスコットが、TopGear の対談コーナーに出演していた。

この政治家がどんな人であったのか、自分は何一つ知らないのだけれど、対談は素晴らしく面白かった。

対談

TopGear は人気の高い自動車番組で、政府に対してはたいてい批判的な立ち位置を取っていて、対談コーナーには政治家も時々呼ばれるけれど、いつも司会者からいろいろ突っ込まれる。司会者のジェレミークラークソンは、それでも相手に対する配慮が上手で、対談の相手に突っ込みつつ、笑いの落としどころは常に自分の側に持ってきて、最終的には、必ず対談の相手を立てる。

運輸大臣は、番組の中ではしばしば「無能の象徴」として叩かれていて、元運輸大臣でもあったプレスコットが出演したこの回にしても、司会者も、観客も、最初から「アウェイ」の空気だった。

プレスコットは司会者の突っ込みを切り返しつつ、議論はだんだんと白熱して、突っ込みは厳しくなって、観客からのブーイングが勢いを増した頃、全方向を敵に囲まれたスタジオで、司会者に追い詰められたプレスコットは、カメラを背にして立ち上がって、真後ろに並んでいる観客の方を向いて語りはじめた。

プレスコットの言葉は、たしかに苦しい言い訳ではあったけれど、弁明というものは、そもそも誰に向かって為されるべきなのか、「カメラに背を向けて、観客と向かいあう」あの態度こそは、説得の基本なのだと思った。

敗北を知る

プレスコットが所属していた労働党は、今はもう選挙で負けて、対談の最中、そのこともさんざん突っ込まれていたけれど、負けた人の言葉は柔らかく、司会者と政治家と、お互いの主張は全くと言っていいほどに異なっていたわりに、会場には議論を楽しむ空気があった。

誰かを説得したり、折り合ったりしていく上では、負けた経験というものがとても大切なのだと思う。

それが正解なのかどうかはともかく、「勝ちかた」というものは案外簡単に教えられる。ところが負けかたというものは、意識して教えてもなお難しいし、実際に負けたり失敗したりしないと身につかないことも多い。

負けかたを知らない人には、「負けてみせる」という選択肢が欠けている。こういう人が勝負に臨むと、負けられないから、時々恐ろしく無茶な決断をする。負けかたを知らないひとがトップで旗を振ると、部下はもう、負けることを許されない。世の中のひどい敗北の、けっこう多くの割合で、「将軍が負けかたを知らなかった」ことが原因になっていて、決断を下した当の本人は、それでも負けを認められない。

上手に負ける、妥協するという選択肢を持たない人は、負けが込んできたら「もっと勝とう」とする。負けがあり得ない以上、選択肢は収斂して、手段は純化されていく。靴が合わずに歩けなかったら、他の靴を探すのでなしに靴に合わせて足が切られる。リーダーはずっと同じ考えかたにしがみついて、他の意見を具申する人は削除されていく。

対談番組で負けの流れになると、攻撃的になる人がいる。あれはたぶん、その人のプライドが高いと言うよりも、負けかたを知らないからなのだと思う。攻撃は悲鳴であって、救援要請なのだから、本当は司会者がどうにかしないといけないのだろうけれど。

説得は半径1mから

政治家の対談番組は、しばしば議論が白熱する。お互いを説得できることは少なくて、出演者もたぶん、番組で誰かを説得できることなんて想定していないだろうから、番組ではたいてい、出演者は「カメラの向こう側」にいるであろう誰かに対して語りかけて、そこにいる人たちに背を向ける。TopGear の対談では、番組後半、プレスコットも、司会者のジェレミーも、カメラそっちのけで観客相手に語りはじめて、あれだけの人気番組で、あえてお茶の間そっちのけという絵図を放映していた。すごい風景だった。

説得というものは、本来は一番近い相手にこそ、行われるべきものなんだと思う。それが敵であろうが味方であろうが、どんな立ち位置であっても、説得すべき相手であることには変わらない。自分のすぐ後ろに立つ観客を説得できない人が、カメラの向こう側にいる誰かを説得したり、声を届けたりできるわけがない。

半径1m を説得できない人は半径10m を説得できないし、10m を説得できない人に、群衆を、社会を説得することなんてできない。ネットができて、個人がいきなり社会を相手に発信することができるようになった現代でも、基本はたぶん変わらない。

夢みたいなことを語る人の言葉は、時々説得力を持って響いたり、時々やけに空疎に聞こえたりする。両者を隔てているものの正体は、半径1m の説得力なんだと思う。半径100km の夢を語っても、最初の一歩に説得力がないのなら、その夢は結局、力を持つことはないのだろうから。

2011.03.10

電話帳の断絶

数クリックと1クリック、1クリックとゼロクリックとの間には断絶があって、何かに到達するための最後の数クリックは、一つ減るごとに全く違った文化が生まれる。

解剖実習

解剖実習を始める前に、ご遺体のCTスキャンを全身撮影しておいて、それをiPad に入れて、実習中に閲覧可能にしておく大学があるらしい。素晴らしい試みだと思う。

自分が学生だった頃、解剖実習というものは、解剖学の本を片手に行うものだった。その日の実習で切らせてもらうその場所に何があるのか、あらかじめ勉強しておいて、剖検室に持ち込んだ本を読みながら、ご遺体を切らせてもらった。

解剖実習は、これから切るその奥に何があるのか、想像しながらやらないと意味がない。座学でどれだけ暗記したところで、そこから先を想像するのはやっぱり難しいし、本を片手に学んでも、本に載せられる図版の量には限界があって、情報量は乏しかった。

CT画像を片手に、そこで画像をスクロールしながら、これから切る場所の奥にあるものをあらかじめ画像で確認できると、実習の効果はずいぶん違ったものになる。自分がこれから切ろうとしている場所を、iPad の画面にスクロール表示させて、それを実物で確認できたなら、今度は逆に、将来臨床の現場でCTスキャンの画像を見たときに、そこから実物を演繹できるようになるだろうから。

参照すべき何かと、実地で行っている出来事とは、相互にフィードバックしあうものだけれど、このループを小さくしていくと、その人の考えかたみたいなものが、どこかで大きく異なってくる。

解剖実習の経験をもとに、CTスキャンの画像を理解してきた世代と、最初からCTの画像があって、それに基づいて解剖実習を行った世代と、これから先、使う言葉の根っこから代わってくるのだろうと思う。

携帯電話とネットワーク

病院では誰もが携帯電話を持っているけれど、世代によって、使いかたはずいぶん違う。

上の先生がたは、携帯電話で誰かに連絡をするときには、まずはナースルームまで歩いていって、そこに貼ってある内線番号一覧を見る。かけたい相手を一覧表から探して、向こう側の誰かとしゃべる。

自分たちの世代は、携帯電話の電話帳機能を使う。この問題ならこの人、この問題ならこの部署という、自分の行動パターンに見合ったリストをあらかじめ入力しておいて、それを使って電話をかける。

携帯電話の電話帳機能を使える世代と、電話番号表やら、内線一覧を見ながら電話をする世代と、それはほんのちょっとした違いだけれど、考えかたには大きな断絶が生じている。

電話帳機能を使わない人たちにとって、電話が携帯できるということは「どこにいても電話が受けられる」ことであって、どこにいても「かけられる」ことは、メリットとして認識されていないし、昔ながらの行動も変わらない。

電話帳機能を使う世代にとって、携帯電話というものは、「人脈を持ち運ぶための道具」であって、携帯電話を忘れてしまうと、なんだか自分の人間としての機能が小さくなってしまったようで、不安になる。こんな感覚は、上の人たちには理解できないらしい。

何か問題に当たったときに、電話帳を見ることが、数ある選択肢のひとつにしか過ぎない人と、「携帯電話を持った人間」というひとかたまりで問題に当たる人と、心構えみたいなものはずいぶん違う。

電話帳を自分で作り込まない上の人たちは、1人で何とかしてしまおうという感覚が強くて、問題が手に負えないと分かった時点で、初めて頼れる誰かを捜す。電話帳世代の自分たちは、むしろ自分にできないことは「できない」と決めて、問題の大部が「できない」ことにかかってきたら、連絡帳から「できる」人を探そうとする。

減らせるものはたくさんある

電子メールが届いたり、Twitter で何か自分宛の書き込みがあったときには、普段持ち歩いているAndroid 携帯が音を出す。ただそれだけのことが、行動をずいぶん変える。机に座って、アイコンをクリックして呼び出さないと読めなかった電子メールが、今では自分の行動を左右する。

タブレット型PCみたいな携帯デバイスが、次に何か飛躍しようと思ったならば、こんどは電源ボタンの1クリックなんだと思う。手にとって電源を入れるのではなくて、手に取ったら、もう画面が点灯しているような機械があったら、使い勝手はずいぶん変わる。手に取ったらもう読めるものは、今度こそ紙の使い勝手を上書きできるだろうから。

最後の数クリックは大きな意味を持っていて、できることはまだまだたくさんあるのだろうと思う。

2011.03.03

「何でも」は止めたほうがいい

スタンドアロンが主、ネットワークが従であった昔は、「できる」ことに大きな価値があって、絶対にやり遂げること、何でも「できます」と返事することが武器になった。

様々な技能のネットワーク親和性が高まって、たいていの問題は、いくつかの選択肢から解決策を選択できるようになった現在、「できる」という宣言にはリスクが伴うようになって、むしろ「私にはこれができません」とはっきり宣言できることが、ネットワーク世間で生きていく上では、欠かせないものになってきた。

リストの2番手には意味がない

ネットワーク時代、たいていの専門家は、検索すればリストが手に入る。「何でもできます」という看板を出した人がいたとして、「何でもできる」人はたいてい、「それしかやらない」人に比べれば専門性が浅くなるから、リストの序列で2番手以降に甘んじてしまう。たとえそれが看板倒れであったにせよ、リストの中では、「それしかやらない」という看板は、常に「何でもできる」という看板よりも上位を占める。

問題を抱えた人はリストを眺める。上位から当たって、「これ」という人や施設を探す。「何でも」の看板は、リストの下位に並ぶ。その場所は、最善が選べなかったときの「予備」が置かれる場所であって、仕方なく選ばれた選択肢というものは、満足感を生み出せない。

ネットワーク化、リスト化が進んだ結果として、スタンドアロンで何でもできるという看板は、その価値を大きく下げてしまった。

使えない道具は舌打ちされる

うちの町は老健施設に沈みつつある。「どんな患者さんでも診察します」なんて看板を掲げた昔ながらの民間病院は、今でもいろんな患者さんがやって来る。

老健施設が増えて、夕方から夜間にかけての、たとえば「ご飯を食べなくなりました。2週間ぐらい前からですが」なんて紹介される患者さんが増えた。

「いつでも」「何でも」使える施設というのは、絶対の信頼が置けるから、道具として利用される。近隣老健は、日勤と準夜の切り替わり、日勤者の帰宅にあわせて、紹介患者さんを「ついでに」病院に置いてくる。こうすることで、施設の側は残業代を節約できるのだけれど、患者さんはたいてい、19時30分ぐらいにやってくるから、あれがものすごく困る。

不確実なものに対峙した人は、運を信じて何かに祈る。理不尽さは結果として、お互いに半歩下がった穏やかな関係を育む。確実なもの、「何でも」の看板を見た人は、それを単なる道具だと見なす。サイコロを振るときに、たいていの人は何かに祈る。手に取ったハサミが切れなかったなら、ハサミはたいてい舌打ちされる。

たとえば3割の確率で断る施設に患者さんを紹介するときには、最初から複数の施設を念頭に置きながら、電話でお願いをすることになる。断られるかもしれないから、紹介が通ればうれしいし、喜ぶ声は、聞くほうだって元気が出る。「必ず受ける」をうたう相手に電話するときには、最初から確実を当てにするから、代案が生まれる余地がない。備えがないから、「すいません。今満床で入院は厳しいです」なんて返事しようものなら、相手はもっと大きな声で「お願い」することになる。「何言ってんですか!」とか。「ふざけるな!」とか。「うるさいお前は黙って受ければいいんだ」と言われたこともある。

最近、「もう少しまともな施設にも当たったのですが、どこも手が離せないとのことでした。申しわけありませんが、貴施設でのご加療をよろしくお願いします」という紹介状をいただいた。本音なんだろう。

「できない」を獲得すること

若い人たちの専門医志向と開業志向というものは、どちらも「何でもできる」を回避するという意味で、同じものを見ているのだろうと思う。

「できる」志向から「できない」志向への交代が、だいたいたぶん、今30代後半ぐらいの世代で起きている。高齢化と、専門分化とが反応した結果、専門外の疾患をなんとなく診療することは許されなくなって、ネットワークをたどって、患者さんを専門家に接続する必要が一気に高まった。

病院長や部長、病院を運営する側にいる人たちの世代は、「できる」ことが成功体験につながっている人が多くて、そういう人がガバナンスしてきた施設では、自分なんかよりも圧倒的に腕がよくて、モチベーションが高かった若手は、みんないなくなった。

専門家は、専門でない疾患は診療できない。開業すれば、ベッドを持っていないから、入院が必要な患者さんは診療できない。物療を投入した救急病院は、コストが恐ろしく高くなるから、今度は「安価な入院」という選択が、貴重な「できない」を生み出してくれる。

「必ず」とか「何でも」という言葉は、ハサミみたいな「道具」を形容する言葉であって、そもそも人間がそれを口に出すと、その人は道具として認識される。人間でいたいのならば、道具として扱われたくないのならば、説得力を持った「できない」を獲得して、それを上手に運用していくことが大事なのだと思う。

2011.03.01

炊事のロジスティクス

大学時代の6年間、そもそも外食できるところがない田舎だったから、ずっと自炊をしていたけれど、今から思うと、あれは自炊ができていたとは言えなかった。

冷蔵庫にあるものを眺めて、とりあえず食べられる何かを作る、あるいは料理の本を眺めて、材料を揃えて何かを作ることならば、当時の自分にだってできていた。ところが気がついたら冷蔵庫は空っぽだったり、料理の本を眺めて、材料をそれから買い出しに行く必要があったり、そうした遠回りは、6年間変えられなかった。

「できる」の深度

そこにある材料で、一人分のご飯を作れる人は珍しくない。1年間を通じて、そこそこバランスのとれた食事を作れるだけの材料を、常に「そこ」に準備しておける人はほとんどいない。

手段が容易であることは、運用が容易であることを意味しない。手段にどれだけ通じたところで、運用の考えかたは、もしかしたら出てこない。

映画では、スタローンやシュワルツェネッガーみたいな無敵の兵士が大活躍する。主人公はたいてい、その場の戦闘に勝つけれど、その勝利はしばしば、国家レベルの問題解決に結びつかない。

「戦術」の問題と、「戦略」や「兵站」の問題は、あらゆる場面に存在していて、特に兵站を語れる人は、そんなに多くない。

運用を販売する人

手段を売る商売と、運用を売る商売とがあって、同じ業界であっても、お互いは共存できる。

料理の本は、手段を販売している。本を読むことで、その料理を再現することができるようになるけれど、料理の本は運用を提供しない。料理が再現できたとして、運用を知らない人が本の通りに作ろうものなら、もしかしたら冷蔵庫の中身は、余った食材で一杯になってしまう。「男の料理」がしばしば歓迎されないのは、「男」が片付けのことを考えなかったり、無駄に豪華な食材を買ってきたりすることが迷惑なのはもちろんだけれど、別の誰かが台所に介入することで、今まで保たれていたリズムのようなものが乱されて、それを立て直すのも大変だからなんだろうと思う。

食べ物屋さんは、料理を販売しているようでいて、実際には運用を販売している。冷蔵庫が空になった日であったり、あるいは自炊に疲れた日であったり、一定のタイミングで外食を導入すると、運用の破綻が回避できる。「外食の方が結局安いよね」なんて、自炊に慣れない学生はしばしばつぶやく。慣れない運用に疲弊して、運用を外から購入することで、「結局安い」という体感が得られる。

運用を本にしてほしい

料理の本と料理屋さんとは、お互いに料理という業界にあって、勝負している次元が違う。料理の本がどれだけ売れたところで、料理屋さんを利用する人は変わらない。

料理屋さんを経営している人たちが迷惑するような料理の本があったとしたら、それはたくさんの料理が掲載されている本ではなくて、自炊生活の運用を解説する本なのだと思う。

自炊の問題も、戦術要素、戦略要素、兵站要素といった段階がある。料理の上手な人はたくさんいるし、料理の記事、「戦術」レベルで自炊を語った記事を書く人はたくさんいるけれど、「戦略」レベルの料理記事みたいなものをもっと読んでみたいなと思う。豚肉だったら、肉の塊を買ったとして、どうやってそれを保存して、どうやって使い切ると飽きずに食べられるのか、それをやるには他にどんな材料が必要で、どのタイミングで買い出しに行けばいいのか。何かの調理器具を買ったとして、「買いました、便利です」でなく、それを購入することで、日常の生活サイクルがどう変わり、何が便利になって、どんな手入れが大事になってくるのか。

軍隊という組織は、現場レベルであがれる上限と、将官レベルの最低ラインとが厳密に区別されていて、「現場たたき上げ」の誰かが将軍になることは少ないし、階級が上がっていく過程で、どこかで一度学校に入り直さないと、そこから先の階段を上れない。

戦略や兵站は、戦術の延長線上には存在しない考えかたで、だからこそたぶん、「大学生がひとり暮らしをはじめて、お金がなければ勝手に自炊が身につく」なんて考えかたや、「お金が足りなくて外食ができないのなら、自炊をすればいいのに」なんて考えかたは間違っている。運用の考えかたは、どれだけ必要に迫られたところで、たぶん習わないと身につかないから。

「自炊で1年間を乗り切っていく」ことは、恐らくは相当に高度な知的作業であって、今日から1週間どんなものを食べ、それにはどんな材料が必要で、今日の買い物で何を買い、それをどう加工すれば一定期間の保存が利くのか、そのあたりを学ぶためには「クックパッド」では足りない気がする。

陸軍士官学校の教科書みたいな雰囲気の、「そもそも」論から説くような料理の本があったら、きっと役立つと思うのだけれど。