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2010.01.29

何か新しいもの

上司に当たる人から、「何か新しいものを作れ」と命じられた。夢の中で。

こんな夢を見た

夢の中で、自分たちのチームは、上司から「何か新しいものを作れ」と命じられていて、途方に暮れていた。会議で何かを決めようにも、そもそも「新しいもの」とは何なのか、あまりにも漠然とした課題に、みんな愚痴しかでなかった。

しばらくして、リーダーの人が、黒板みたいな場所に模造紙を貼って、やおら円グラフを書き出した。黒板に書けばいいと思うんだけれど、なぜだか紙を貼っていた。グラフにはゼロから24までの数字が並べられていた。それは要するに時計であって、リーダーは、24時間の自分の生活スケジュールを、そこに書き込んでいった。

0時から7時までは睡眠、8時までご飯、9時まで通勤、それから11時まで仕事、11時15分から12時半まで仕事、2時から5時まで仕事、家に帰って、ご飯があって、お風呂に入って、遊び時間があって、24時に就寝。

24時間を円グラフにして、時間ごとに区切った「パイ」の中に、リーダーは、その時使っている道具とか、アプリケーションを埋めていった。起きてから朝ご飯の間には、メーラーとブラウザ、Twitter 、何かのメッセンジャー。通勤時間帯はRSSリーダー。リーダーが仕事で使っていたのは、どうしてだか Word だった。

リーダーは、書いてる途中、メンバーに、「この15分は何だ?」 なんて、11時からの15分について尋ねた。「ウンコです」なんてメンバーが答えて、みんなで笑った。トイレの中で使われている道具は何もなくて、そのあとまた、それぞれのパイに、その時使っているアプリケーションが書き込まれていった。「遊び」の場所にはネットワークRPGの名前が入って、就寝時間は、やっぱり空白だった。

空白には「新しいもの」がある

夢の続き。

こんなグラフが一通り描かれて、それは要するに、アプリケーションからみたリーダーの1日なんだけれど、リーダーはそのあと、この円グラフの中にある空白を探そうなんて意味のことを宣言した。

「ウンコのときはどうしている?」なんて、自分がリーダーに尋ねられた。手を使うのがためらわれるから、その時には何もできない。

今度は「ウンコの制約条件は?」なんて聞かれた。両手が使えない。メディアを手で持てない。大きな音はちょっと迷惑かも。アプリケーションを立ち上げるのも、終了させるのも、その時の手はまだ汚いから、操作というものがそもそもできない。携帯電話で何かするにしても、落としたら致命的。そんな返事をした。

「じゃあ逆に言えば、使うのに両手がいらない、勝手に立ち上がって勝手に終了する何かを作れば、ウンコタイムというニッチでそれは無敵でいられる」なんてリーダーは宣言して、ウンコ時間の場所に、マジックで○を描いた。空白の○は、ニッチを意味してるんだと。

話が休み時間に移った。そこにはブラウザとか、Twitter とか書かれていたんだけれど、夜の休み時間にある「ゲーム」が、昼の休み時間には書かれていなかった。リーダーは自分のことなのに、メンバーに「どうしてだ?」と尋ねた。

RPGを気合い入れてやるには時間が足りないし、途中で抜けると他の人の迷惑になる。あれは集中しないと厳しいからとか、そんな意見が出た。リーダーはまた、休み時間に空っぽの○を描いて、今度は練る前の休み時間に書いてあった「ゲーム」を丸で囲って、お互いを線で結んだ。これはたぶん、「お昼休みにもゲームというアプリケーションが進出する余地がある」という意味で、時間の制約がない、仲間はいるけれど、抜けることが迷惑にならないゲームがあれば、お昼休みというニッチに、ゲームが割り込めるという意味。

お話はお風呂に移った。ここも空白。で、やっぱり両手を使うのが厳しい、風呂ポチャするとスマートホンは即死するとか、制限多くて、ここにも空白ができた。で、両手を使わなくてもいい、ぼーっと見てるだけでいい「ウンコ時間のチャンピオン」が生み出せたのなら、この製品はお風呂タイムにも使えるよねなんて話になって、お風呂タイムにも丸が描かれて、ウンコタイムの丸と結ばれた。ここで「防水iPod 」みたいなのを想像してしまうと重たくなるけれど、たとえば本体はディスプレイだけで独立して、無線トラックボールに2ボタンのついたリモコンを、防水で、できれば手ごと洗えるような構造にしておくと、トイレのときにも、お風呂場でも使えるPCが、まあまあ衛生的に使えるんだと思った。

こんなかんじで、誰かの24時間がアプリケーションの消費、という軸で分解されて、どこにニッチが残っていて、その機能はどこに使い回すことが可能で、その場所に進出するためには、まずはどんなことが制約条件になっているのか、時計みたいな絵を前に、ブレーンストーミングが進んだ。会議室のどこかには、開発部隊みたいな人が潜んでいて、会議が進むたび、何人かが会議室から抜け出していた。

以上夢。

新製品の探しかた

こんな夢を見た。知った顔は誰もいなくて、夢なのに、夢の中で、「どうして自分は夢の中でもこんなこと考えてるんだろう」なんて思ってたから、あるいは何かのビジネス本から想起したものかもしれない。

夢物語だけれど、時間という軸で「何か」に制約をかけて、さらに「トイレ」だとか「お風呂」という制約をそこに重ねて、その中で使える何かを探すというやりかたは、漫然とブレインストーミングを繰り返すよりも、いい発想にたどり着く可能性が高いような気がする。

たとえば医事課の事務さんたちは、コンピューターを前に、しばしば電卓を使う。たぶん何かを計算して、それをエクセルに入力する必要があって、電卓アプリを立ち上げるよりも、リアル電卓を叩いたほうが速いんだろうけれど、「便利な電卓アプリ」を作ったところで、たぶん現場は使わない。マウスクリックしてアプリケーションを立ち上げるよりも、電卓叩いたほうが速いから。

「医事課という現場で使われる新しい何か」を生み出そうなんて考えたら、たぶん仕事をする事務の人たちを、後ろから一日眺めてから考えると、上手くいくような気がする。

それが電卓なら、それが取り出されるのはどういう状況なのか。「計算」には何パターンあって、解答が、どこの場所に出力されないといけないのか。バーチャル電卓に比べたときの、リアル電卓の長所は何なのか。たとえばキーボードの数は増えれば作業は楽だし、たかだか数字1行分でも、これはマルチディスプレイと同じ効果があるから、画面を細かくいじる必要がない。アプリケーションなら、マウスクリック、立ち上げ、下手すると窓移動してからはじめて計算が必要で、答えをマウスドラッグ、コピー、ペーストなんてしないといけない。リアル電卓なら、叩けば答えが出て、たぶんマウスを使うよりも、いきなり数字キーを打ち始めたほうが速い。

こんな観察があったとして、だったらリアル電卓に対抗するための電卓アプリケーションに必要な能力は、仕事の状況をモニターして、勝手に立ち上がって、答えを出した瞬間に、必要な場所に答えを出力して消え失せる、そんなものなんだなという想像ができる。

あるいは逆に、実は「計算」が6パターンぐらいしかなくて、事務さんはいちいちそれを計算しているようでいて、実はそれは計算じゃなくて、数字キーを、言わば組み合わせホットキーとして、必要な数字を呼び出しているだけだったら、これはもう、電卓じゃなくて、6つのキーだけを備えた、それをクリックしたら決まった数字を出力するだけのアプリケーションがあるだけで、作業はずいぶん楽になる。

「新しい何か」を位置から考えるのは大変だけれど、ある動作を時間軸で、アプリケーションの軸で、1日を、あるいは1プロセスを細かく分解してみていくことで、動作のニッチを見つけ出すことができる。

「そっちのほうが便利だから」、機械でなく人の手で行われている場所があって、じゃあ機械がどんな便利を獲得できたなら、人の便利を上回れるのか、そんな考えかたをすると、新しいものへの手がかりが得られるんだと思う。

2010.01.27

弱い何かに財布を接続する

自分のためにお金を使う人は減っている。将来への不安とか、不信みたいなものがある限り、この傾向は変わらないと思う。

少し前なら、自分のすごさを表現するために無理して高い車を買うとか、「あえてお金を使ってみせること」というのが、ある種のかっこよさにつながっていたけれど、そうしたリンクはもう切れている。

で、今は何となく、「か弱くてかわいい何か」に強者の財布を接続できた人が、上手な商売を行っている気がする。

  • トリンプのサイトにはおねだり の機能がついていて、商品を買う女性から、男性の側に、支払いをお願いすることができて、これが大成功しているらしい
  • GREE というサイトのマスコットであるクリノッペがすごい らしい。自分自身の分身である「アバター」にお金を支払うことに抵抗がある人でも、加入すると勝手についてくるペットと遊ぶうちに、そっちにはお金を使ってしまうらしい
  • ペットビジネスは、「弱さ」と「財布」が直結していて、どちらかというと、小型犬ほどお金が出ていく。大型犬、フルサイズの狼犬なんかだと、ご飯も「鶏の首」みたいな、えらくスパルタンなものになるけれど、小型犬だと種類が豊富で、チワワ用の一食が700円とか、高いのがずいぶん売れているらしい
  • 子供が商売の王道なのは、今も昔も同じ。子供が映画を見たいと希望すれば、親もお金を支払う必要がある。やっぱり「ドラえもん」と「クレヨンしんちゃん」は強いらしい。お母さんを巻き込んだ平成ライダーは大成功して、もう少しマニア向けに大人な内容にした最近のライダーは、売り上げがちょっと翳ったらしい
  • ヒトパピローマウイルスワクチンは、若い女性に向けたものだけれど、自費だから数万円する。で、「おばあちゃんが孫にワクチンをプレゼント」する、なんて事例が紹介されていた。高齢の人が、若い人に「未来」をプレゼントするというのはたしかに美談なんだけれど、こういうお話が広まると、似たような行動をする人が、あるいは増えるのかもしれない
  • 新聞も売れなくなっている。「読む人」に訴えるやりかた、いい記事を書く、というのは、もはや購買を刺激しないのだと思う。むしろたとえば、「お孫さんに社会の正しい見かたをプレゼント」みたいなテーマで、「お爺ちゃんがお孫さんに朝日新聞を契約して、未来の日本をプレゼントした」とか、そういうエピソード作って広めると、少し違った購買を引き出せる気がする。「読む人」に向けた記事と、「読ませたい人」に向けた記事とでは、ずいぶん違ってくる。一面トップに「今日は敬老の日」とか並ぶ新聞になるんだと思う
  • 購買でなく、道徳的な振る舞いも、「弱い誰か」を仮想すると引き出せるのだと思う。ゲームだとか漫画は、海賊版の被害が相当に大きいらしい。「自分のため」ならば海賊版で満足する人も、あるいは「か弱い誰かにプレゼントをする」ときなら、海賊版でなく、正規品にお金を払う、道徳的なユーザーになるような気がする。今はそうでもないみたいだけれど
  • 財布を持った人にとっての「かわいらしさ」というのは大事なんだと思う。高齢者の患者さんなんかだと、数百円のおむつとか、食事代に「高い」と文句を言われるのは当たり前で、高いなんて言ってたご家族が、ペットショップで2000円の天然鹿肉をまとめ買いしてたりする

恐らくは「弱い何か」に対して「強い人」でありたいというのは、それなりに普遍的な感情で、「いい人」、「強い人」であることを表現するためにお金を使う、道徳的な振る舞いを引き出すという道は、まだ残っているような気がする。

弱いとは何なのか、かわいいとは何なのか。このあたりに鍵がある。

2010.01.26

誠意は大切

処世術としての「誠実な会話」について。

何となく話そびれて、患者さんだとか、あるいはご家族から「話を聞かせて下さい」なんていわれたときの話しあいは、注意しないといけない。 これといった目的のない話しあいは、しばしば迷走して、収拾がつかなくなってしまうことがある。

最初に目的を宣言する

話しあいの前に、目標を宣言するのは大事なんだと思う。「今日は検査の報告だけさせていただきます」とか。「状態もだいぶ安定してきたので、退院の時期を相談したくて、今日来ていただきました」とか。

最初に医療者側から宣言をしておくと、話がぶれにくい。逆に「宣言」なしで、何となく話が進んで、ご家族の側から「宣言」を切り出されると、流れはご家族のものになる。流れを変えたり、あるいは「今日はこのへんで」なんて話を打ち切ると、それは「流れが着られた」という心証になって、どう言いつくろっても、いい結果を生まない。

「宣言」は単なる言葉であって、達成しなくてはならないゴールとは違う。達成を焦ると、話しあいはやっぱりドツボにはまる。

たとえばそれが退院の話しあいであるならば、「退院の相談」という宣言を行うことが当面の目標なのであって、ご家族と、医療者とが一堂に会したその場で、「退院」という単語が出されたその時点で、目標はもう達成されている。一度の面談で、退院を決定して、日程まで決めようとするのはたいてい無理で、それをゴールにしてしまうと失敗する。

目標なしの「いわゆるムンテラ」、世間話と最近の状況、あわよくば退院の話、みたいなやりかたをすると、議論が迷走する。おしゃべりが得意でない人がこれをやると、下手すると患者さんの御用聞きに終始してしまうし、下手に「功」を焦って、ご家族が予期しないタイミングで退院の話を切り出したりすると、唐突に過ぎるきらいがある。

会話の流れを操作するのが上手な人は、「目標」なんて堅いこと言わないで、このあたりを上手にこなせるのだろうけれど、準備といってもせいぜい、今日話し合うことを、心の中で考えておくだけのことなんだから、準備で済むことなら、目標の準備をしてから、交渉の席に臨んだほうがいいのだと思う。

こちらからご家族を呼び出しておいて、「で、今日の会議は何話すんでしたっけ?」みたいな状況になっている同業者は、けっこう多い印象を持っている。理解を共有できないと交渉は始まらないし、お互いに納得のいく結論に到達できなければ、交渉の意味はない。交渉をはじめるためには目標が必要であって、交渉に臨む人たちは、しばしば目標なんて持っていない。だからこそそれは、自分で意識して用意しておかないといけない。

相手の「財布」を思いやる

ここ1年ぐらい、交渉を行うときには、常に上手な撤退というか、水入りのタイミングを考えるようにしている。

たとえば症状が漠然としすぎていて、一体どんなことをしてほしくて病院に来たのか、ちょっと話を聞いたぐらいではよく分からないような患者さんというのが、外来にはしばしばやってくる。こういう患者さんに対して、「時系列に沿って、簡潔に、症状だけをまとめて下さい。あなたの判断は要りませんから」なんて応対をしたら、絶対怒られる。

人にはそれぞれ、ちょうど「貯金」みたいな、支払い可能な説明資源というものがある。漠然とした訴えかたしかできない人というのは、症状が本当に漠然としているからか、あるいは説明という行為自体にあまり慣れていないからか、いずれにしても、外来に来たその時点で、支払い可能な説明資源が、すでに底をつきかけている。こんな状況で、初対面の医師から「簡潔に」なんて言われると、貯金は一瞬で底をついて、あとは怒ることしかできない。

こういうときはずるいけれど、とりあえず病院に来てくれたことを歓迎する言葉だけ出して、「あとからまた改めて話を聞かせて下さい」とか、「とりあえず、危ない病気から検査しましょう」とかいって、先に検査に回ってもらうようにしている。検査を受けると、「漠然」が、「病気」という軸で整理されて、その人の説明資源が増える。

1時間ぐらいで結果がそろうとして、検査データと、貯蓄の増えた説明資源を使って、患者さんから改めて話を聞くと、異常データに沿った症状の説明をもらえて、話が簡単になる。

明らかに退院を嫌がっているようなご家族に、患者さんの退院を切り出すときなんかも、個人的には、「水入り」前提で話をすることが多い。

まずは「退院という言葉を議場に上げる」ところまでがその日の目標で、そこではそれ以上押さないで、その代わり、ご家族の「家の都合が」とか、「日中の人手が」とか、そういう話も議場に上げないように流れに注意して、途中で水を入れて、「とりあえず考えてみて下さい」なんて、その日の話を終了する。

恐らくは「嫌な話」であろう、高齢の患者さんを自宅に引き取る話だとか、そういう場に呼ばれるだけで、たぶんご家族の説明資源、交渉資源みたいなものは、少なくなっている。そこで話を一気呵成に押し込もうとすると、会話をしている最中に、ご家族の「財布」は空っぽになってしまう。交渉資源が赤字になる前に話を止めて、ご家族が再び、交渉資源を貯める時間を設けて、その直前に退院というバイアスをかけておくと、退院の方向に、交渉資源が蓄積される。

ここで話を押し込みすぎて、「次に病院に来るときまでに、退院日を決定して下さい」とかやってしまうと、今度は「退院できない理由」が蓄積されてしまう。

誠意の問題を不実に語る

こういうのは、裏側から見ると、あたかも患者さんを「騙す」ようなやりかたなんだけれど、外面は、穏やかで、相手の状況に配慮した話しかたに見える。

どうやったら上手に負けられるだろうとか、よく考える。

交渉術というと、交渉者が必殺技みたいな何かを繰り出して、文句をつけてきた相手を叩きのめすための方法論みたいなイメージがあるんだけれど、交渉の名人というのはたぶん、むしろ「情けない」人に見えることを好むんじゃないかと思う。謝って済むのなら、さっさと謝って、ぺこぺこ頭下げて、万事を丸く収めるような。一見すると、それは「名人の負け」に見えて、相手も満足して帰るんだけれど、名人以外は誰も損をしていないような。

1分間交渉して謝られた人は、1分謝られたら満足する。1日交渉して「勝った」人は、たぶん1日分謝られないと、満足しない。謝るというやりかたは、だから状況を見切ったら、一刻も早く実行することが大切で、タイミングが早ければ早いほど、謝る側のダメージが減る。

ところが謝るという行為は、どこかで「負けを認める」イメージがあって、交渉者のプライドが削れる。みんな自分が削れることは嫌だから、しばしば判断が遅れて、謝罪のオッズがどんどんつり上がってしまう。

謝罪は削れる。コミュニケーションを道徳文脈で学ぶと、たぶん余計に削れる。「誠意を持って謝りましょう」とか習うと、ダメージは3倍ぐらいになる。

謝罪という行為を、単なる交渉のプロセスとして、条件分岐を設定して、「こうなったら頭を下げてごめんなさいと言う」みたいな機械的な動作として、謝罪をあらかじめ組み込んでおくと、それはマニュアルどおりの、単なる腰の運動だから、プライドは減らない。「謝罪の習慣」を、現場に本当に根付かせようと思ったら、こういうのが大事なんだと思う。

「誠意あるやりとり」というものは、強調してはいけないのだと思う。誠意は大切なのかもしれないけれど、それを現場に広めようと思ったら、誠意というものを、むしろ「軽い」ものとして扱わないといけない。誠意の価値が高まれば高まるほどに、たぶん「誠意ある言葉」は「安売りできない」ものになって、おかしなことになる。

誠意というものをきちんと定義して、再現性のある技術として、知っておくと便利な処世術としてそれを広めることができれば、現場には「誠意ある言葉」が気軽に交わされるようになる。

「それは本当の誠意じゃない」という人がいるのなら、その人はたぶん、誠意でご飯を食べたいだけで、誠意が広まってほしくはないんだろうと思う。

2010.01.23

面白い物を生み出す仕組み

出版社ごとの、文化というか、時間の流れかたについて。

原稿は忘れた頃にやってくる

ずいぶん昔、所属医局で教科書を書くなんて話が持ち上がったときには、ずいぶんゆっくりとした流れだった。

企画書が回ってきて、分野ごとに担当執筆者が決められて、締め切りはたしか、3ヶ月ぐらい後だった。時間の流れかたは、締め切りが遠いとずいぶん速くて、「そのうち書こう」なんて思った原稿はそのままになって、最後の数週間、大いに慌てた。実際に「締め切り」が来て、原稿はもちろんそろわないから、それからまた、ずいぶん時間がたった。

原稿を書いたことすら忘れた頃、印刷物になった原稿が、手元に帰ってきた。みんなでそれに赤で訂正を入れて、たぶん訂正したのはそれっきりで、原稿は本になった。

今でも時々、上の先生がたが本を書く。やっぱり「忘れた」とか「忘れた頃に」なんて言葉は多くて、出版のペースは、そんなに変わっていないような気がする。

1ヶ月という時間軸

最初に相談した出版社の通信サイクルは、「1ヶ月」だった。

「出版したいんです」なんて、出版社の「お客様問い合わせ窓口」みたいなところからメッセージを出して、翌日には返事が来た。原稿のことをお話させていただいて、PDFの原稿を向こうに送って、そのあと1ヶ月、連絡が来なかった。

メールには「返事には時間がかかることがあります」なんて書かれていたんだけれど、1ヶ月はやっぱり長かった。

うちの母親は、もともと大きな出版社に勤めていたから、このあたりの経過を相談したんだけれど、やっぱり「そんなもんだ」なんて言われた。書籍1冊分の原稿に目を通すのは大変で、何よりも出版社には、「本を出したいんです」なんて人がたくさん来るから、読まなくてはいけない原稿は莫大なのだと。出版物を作るときには「後戻り」の効かないタイミングというのがいくつもあって、会議を一度通過してしまうと、その原稿を止めることは難しいから、読むほうはどうしても、時間をかけて、慎重な仕事が要求されるのだと。

納得はできたんだけれど、やっぱりひたすら待つことすらできなくて、待ったあげく、お話は流れた。

紙と赤ペンにできること

次の出版社はずいぶん速かった。最初のメールこそ、返事をもらうまでに2週間かかったけれど、あとは大体4日に1回、お互いにメールのやりとりができて、大体1ヶ月半ぐらいで、原稿は会議にかけられた。お話こそ流れてしまったけれど、やっぱり通信サイクルというものは、短くなった分だけ、安心感増すんだな、なんて思った。

通信の基本はメールだったけれど、そこから先は「紙と赤ペン」になるはずだった。原稿が出来上がったとして、それは印刷されて、「ゲラ刷り」の形で作者に戻される。作者はゲラを見て、直すべき場所をペンで修正して、出版社の人が、それを取りに来る。これは相当に大変で、お話ではこういうサイクルが4回ぐらい回せるとのことだったんだけれど、4サイクルというのは、こういうやりかたではたぶん限界に近いスピードで、実際問題、出版社の人は仕事を終えてからうちの病院に来てくれて、終電で自宅に帰って行かれた。

原稿をお願いする側としては、通信サイクルは短いほどに快適ではあって、それはもちろんありがたいことなんだけれど、あれでは体を壊してしまうと思った。

オーム社のやりかた

オーム社開発部での開発体制 に詳しいけれど、この出版社のやりかたは、いろいろ独特だった。

「出版したいんです」なんてメールを出して、その日の午後には返事が来て、5日目には「メーリングリストを立ち上げました」なんてメールが来た。

翌週の時点で、まだ企画が通るかどうかも分からないのに、予定販売数だとか予定価格、出版物の大きさ、原稿の締め切りと、校正の締め切り、印刷会社への入稿締め切りと、配本予定日は、全て決まっていた。

原稿は、オーム社のサーバー内で、Subversion というバージョン管理ソフトの管理下に置かれる。自分はそこから原稿をダウンロードして、直したいところを直して、直した原稿を送り返すと、変更された箇所が一覧になって、メーリングリストに入っている全ての人間に、電子メールで自動配信される。印刷原稿の出力は、今は完全に自動化されていて、原稿をオーム社に送ってしばらくすると、FTPサーバーには、新しいバージョンの印刷原稿が、PDFの形で置かれて、ダウンロードして手元で閲覧できる。

変更履歴はTrac という進捗管理ソフトに、やっぱり逐一、自動記録される。著者側から編集部への要望だとか、あるいは編集部から著者側への要望は、Trac のチケット機能を使って、重要度と締め切りとを設定して、お互いに要望を伝えることができる。チケットは全ての人に閲覧可能だから、通信のログがそこに残って、「言った言わない」の問題が発生しない。

Trac にはWiki の機能もついている。たとえば「他の本だとこういう記載になっています」みたいな抜き書きを、リストとしてそこに掲示することもできるし、原稿を何パターンかWiki に上げておいて、出版社の人と、どれで行くべきかをそこで討議することもできる。アプリケーションを使うのに慣れは必要なんだろうけれど、今のところは、全てペーパーレスで作業をこなしている。

一緒に仕事をさせていただいて、まだ1ヶ月ちょっとなんだけれど、メールはすでに100通を超えた。

面白い物を生み出す仕組み

紙と赤ペンで作るやりかたは、まじめで「質」を重視しているんだと思う。作者の側は、満足するまで原稿を作って、原稿は一度編集部に持ち帰られて、今度は編集部が、それをプロの仕事で本にする。それぞれの工程が確実でないとうまくいかないし、こだわった結果としていい物ができるのかもしれないけれど、後戻りができないし、時間がかかる。

今の仕組みは、「マイルストーン」と呼ばれる、作業工程ごとの締め切りがまず決定されて、毎日の改訂と、試作とを繰り返しながら、定められた時間の中で、できることを精一杯やる、というやりかた。上の先生がたにレビューをお願いしているその間にも、原稿は毎日のように改訂されて、下手すると「赤ペン」の入ったその場所に、その章はすでに無かったりするんだけれど、Subversion には全ての原稿バージョンがそろっているから、こうした変化に対応できる。

大学にいた頃、前の版の原稿は、目の前で右往左往している研修医の「ために」、俺様がいい本を作って「やる」という、すごく押しつけがましい、暑苦しい動機で作っていた。動機は下品だったけれど強力で、フィードバックは毎日だったから、目的はぶれずに、原稿は案外すんなり形になった。

今の原稿は、「ネットでみんなで」作ろうと意図してはじめた。お互い対等な「みんな」が、知恵を持ち寄って何かが作れれば、それはきっとすばらしい物になるだろうなんて夢見てたから。残念ながら、実は「みんな」は少なくて、プロジェクトは迷走した。ものを作る側の、下世話で下品な欲求の引き受け手になる何かが、「みんなで」という漠然とした空間には存在しないことが、なんだか致命的な欠点に思えて、今は少し閉じたところで話を進めて、原稿はようやく、形になりつつある。

「まじめでない」物が作れない仕組みというのは、まじめな物を作るのにも、ふさわしい仕組みではないのだと思う。 たとえば「そのやりかたでアダルトゲームを作ったとして、面白いものができるのか?」という問いかけは、あらゆる仕組みに対する試金石になるような気がする。

工程ごとに会議を行って、後戻りを決して許さないようなやりかた、「みんなで」何かやるという目標設定からは、残念ながら面白い物を生み出すのは難しい。これは「まじめな」物だから、高品質は達成できると宣言したところで、エロが作れないそのやりかたでは、説得力は上がらない。

通信の密度を上げること。試作を連日繰り返すこと。後戻りを常に許容するシステムを構築して、「これは何なのか」という意味の制約、マイルストーンという時間の制約の中で、文脈を共有したメンバーが試行錯誤を繰り返す今のやりかたは、まさにゲームの作りかたなんだろうけれど、やはりこういうのが正解に近いのだと思う。

2010.01.22

生産的な言葉の値段

要するに声がほしい。自分が抱えている問題に対して、その「声」をもらうことで、問題が解決したり、少なくとも問題を抱えて声を聞く、そんな体験を通じて、少しでも前に進みたい。

こういう欲求は、裏を返せば「俺様に耳あたりのいい、役に立つ言葉だけをたくさん聞きたい」というわがままの裏返しにしか過ぎないんだけれど、そういうものを買えるなら、ぜひお金を払いたい。お金を払う用意があっても、そういうサービスは見当たらなくて、結果としてたぶん、自分はインターネットという場所で、ずっとこんなことをしているんだと思う。

見込みのない奴はほめられる

はじめて自分の原稿を公開したときには、それはもう絶賛だった。

「すばらしいです」とか、「本になったら買います」だとか、まだまだ不完全な、ページ数も今の6割ぐらいしかなかったものを、みんなこぞってほめてくれた。

いい気になってページが増えて、原稿を、最初は業界最大手の出版社に持ち込んだ。去年の7月頃。

すごくほめられた。「これはよく書けていますね」だとか、「ネット上で、文章が改良されている経過がよく分かりますね」だとか。ほめてもらったのに、編集部の言葉をいくらもらっても、自分の原稿は変化しなかった。変化は要請されなかったから。月に1回ぐらいのペースで、出版社の人とメールのやりとりをして、その都度ほめてもらいながら、ほめられ続けて10月頃、「やっぱり売り物になりませんね」なんて、話は潰れた。「末筆となりましたが,先生の益々のご活躍を心よりお祈り申し上げます」なんて、出版社の人は、最後までほめてくれた。

改良につながる言葉

あきらめきれなくて、原稿を今度は、別の医学系出版社に相談した。出版社の方は、「これは商売になる」という判断をしてくれた。

原稿は、少しはほめられたんだけれど、厳しかった。「そもそもこの原稿のどこが新しいのか、それを説明する文章を書いて下さい」と言われたのがつらかった。ネットに公開した段階では、「みんな分かってくれてる」とばかり思ってて、そう言われたその時まで、「分かってくれる人はすごく少ない」ことに、作者である自分は、全く気がついていなかったから。

「ここを直して下さい」だとか、「この部分は分かりにくいです」だとか、原稿には注文がついた。

「前書き」に相当する部分を作るだとか、文章をもっとパターン化して、どこにどんな情報があるのか分かりやすくするだとか、自分が「あえてそうしたくない」と思っていた、「尖った」部分、「俺かっこいい」なんて自己満足していたところはことごとく指摘を受けて、結局全部直すことになった。

それは面倒で見ない振りをしていたり、あるいは潜在的に見たくないから、「これでいいんだ」なんて自己正当化していた部分であったり、痛いところを突かれるのは、やっぱり痛いことだったんだけれど、刺さる意見をたくさんもらって、原稿は分かりやすくなった。原稿をインターネットで公開してから、原稿は初めて改良されて、自分以外の誰かの声が、原稿の体裁を大きく変えた。

このときには、いいところまで話が進んだんだけれど、いろいろあって、やっぱり話はまた流れた。

出資者としての編集者

この頃の顛末を 「雑な物づくり」に未来がある」 という文章にしてまとめたら、少しだけ反響があった。

「そういうことしたいなら オーム社 だよ」とか、「何でオーム社から出さないの」とか、各方面からそういう言葉をもらって、原稿を「オーム社」に持ち込んだ。

オーム社からは、「数字」に関する質問をいただいた。

原稿が出版されるとして、本の読者の数はどれぐらいで、それを何年かけて売るつもりなのか。「勝算」というか、数字を挙げて、作者はこの本の読者を、どれぐらいの確度で「皮算用」できるのか。自分の場合には、ホームページの平均ページビューだとか、ユニークユーザー数、あるいは以前に相談を持ちかけた出版社の人が、「大体これぐらいでしょう」なんて見込んでくれた数字を持っていたから、それを提示することができた。

出版社という組織は本来、「原稿の良さに値段をつける」ことではなくて、むしろ「作者のために何らかのリスクを肩代わりする」ことで対価を得ている人たちなんだと思う。だからたぶん、出版を依頼することというのは、「原稿を見てもらう」ことであると同時に、企業を作りたい人が出資者に行うような、一種のプレゼンテーションの機会なのだと思う。

「医学系の出版社から医学系の本を出す」ような、出版社の専門分野から、その分野の本を出すときには、このあたりの計算は、出版社の人がやってくれる。前の出版社と相談したときには、数字に関するお話は、「我々はこの本の売り上げを、これぐらいと見込んでいます」なんて、向こう側からお話をいただいたから。

オーム社で企画が通って、やっぱりいろいろ、自分がやってこなかった部分を指摘された。あちこち刺されて今に至って、ようやく何となく、出版というのはこういうことで、原稿と商品との間にある溝というのは、近いようでいてずいぶん遠いんだななんて、商品を作ることの意味が、少しだけ分かった気がしている。

利害サークルのこちら側

人の「言葉」、それをもらって消化すると、自分が今抱えている問題の解決に役立つ言葉というものを得るのは難しい。 それはお金では買えないし、企画の「良さ」を磨いても、たぶんまだ届かない。

「ネットでみんなで」みたいなものであっても、あるいは学園祭みたいな企画ものであっても、みんなで何かを作ろうなんて考える、世の中の多くのリーダーが、たぶん「こんなにいいプロジェクトなのに協力が得られなかった」という、物足りなさみたいなものを抱えて、プロジェクトを閉じる。それがどれだけ「成功」判定をもらっても、満足感を得られる人はたぶん少ない。

リーダーをやる、旗を振るという行為も「コミュニケーション」なんだと思う。自分はそうだった。旗を振っている人は、「仲間の言葉」がほしいんだけれど、 リーダーが、プロジェクトの「良さ」で人を引きつけようと考えた時点で、たぶんコミュニケーションとしてのそのプロジェクトは失敗してしまう。

心に刺さってくるような言葉、痛いんだけれど、それを消化することで何かが改良されるような言葉をもらって、物事を前に進めるためには、だから「良さ」なんかよりも、お互いに利害関係を共有できるような仕組み作りが大事なんだと思う。向こう側にいるお客さんを、「こっち側」に引きずり込むような、観客でなく、傍観者でなく、シンジケートを構成する仲間としての「言葉」をもらう、そんな道具立て。

ずいぶんと回り道になったけれど、本気度の高い意見を集める、あるいはそれを通じて勉強する手段として、商業出版というやりかたは、結果としていい方法だったのだと思うし、「クラウドソーシング」みたいなやりかたが広まったとして、実のある声を集める仕組みとしての、出版社だとか、編集者みたいな立場の人は、やっぱり必要なんだと思う。あるいは今さらなんだけれど、大学のやりかた、卒業論文という、指導教官との、一種の利害を共有した関係で何かを書くというあのやりかたは、教官がそれに応えてくれるなら、「刺さる言葉」をお金で購入できる、貴重な機会だったんだろうと思った。

2010.01.20

医療コミュニケーション覚え書き

次があったら、今度は「医療コミュニケーション」という本を作りたい。

企画の概要

自分が作っている新旧blog から、「コミュニケーション」タグでくくった文章をなるべく使い回すようなやりかたで、新書ぐらいの分量を目指す。企画はなるべく小さく軽く。「これから書きます」でなく、「こんなものを書きました」のやりかたで。

使い回しを多くして、目新しい内容を減らしたい。今から調べて書くなら、もっとふさわしい人が世の中にはたくさんいる。

企画の目新しさを、むしろ外部レビューに求めたい。いろんな業界の、怖そうな人たちにレビューをお願いして、自分たちの業界にフィードバックをかけたい。

  • コミュニケーションのやりかたを、「理解」、「納得」、「説得」、「謝罪」のそれぞれに分けて書こうと思う。それぞれの単語が俺定義だから、単語は変わる可能性も高い
  • 「暴力的な分かりやすさ」というものを裏テーマにしたい。分かりやすさは暴力と等価で、分かりやすさを鍛えると、恫喝より強力な手法に成長する *ビジュアルイメージとして、格闘技みたいなのを想定する。動き回る患者さんと、それを受ける医療者と
  • 動く方向だとか、意図なんかをすりあわせて、お互い組み合うまでの工程が「理解」
  • お互いの「襟」をつかみ合った状態で、動作を一度止めて、どこか特定の場所に着地するまでの工程が「納得」
  • 着地が得られて、その場所が、医療者から見て適切でなかったとき、場所の意味を書き換えたり、相手に動作を促すことで、医療者が意図した場所に誘導する方法が「説得」
  • 状況が意図しなかった場所に着地して、今度は逆に、医療者側から相手の着地点に、一刻も早く駆け寄るための方法論が「謝罪」

理解

  • 「理解」編は、まずは「理解環境」を設営するやりかたから入らないといけない。椅子の置き方とか、待ち時間の設定のやりかた
  • 待たされた人は、待たされた時間だけ話を聞きたがる。外来の速い人は、だから外来が速くて1分診療なのに、待ち時間が短いから、それでも患者さんの満足度が上がる
  • 「むかつく人」というのがいる。話しかたは丁寧で、明らかに「いい人」なのに、なぜかその人の言葉を聞くといらいらする。こういう人は、相手の「構え方」を設定することに失敗している
  • 「お忙しいところ恐れ入ります。先生今お時間大丈夫ですか?」とか、ものすごく丁寧な言葉だけれど、これは何も語っていないに等しい。「患者さんが急変しました。すぐ来てください。こういう状況になっています」なんて言ってくれると、内心びっくりだけれど、「構え」が決まるから、とても快適。あるいは「単なる報告で、状況は落ち着いているのですが、報告させて下さい」とか
  • 個人的には患者さんのご家族が来たときにも、なるべく早いタイミングで、それこそ「コンマ秒」を争うタイミングで、「構え方」をお話しする。「急変というわけでなくて、経過報告と思って聞いてほしいのですが」とか、「重たい軽いで言ったら、今の患者さんの状況は、相当に重たい状況です。ご家族に判断をお願いしたくて、今日来ていただきました」とか
  • 理解とは、交渉の開始というか、交渉の需要を生むための工程で、理解がなければ、そもそも交渉を行う理由が生まれない
  • 理解環境が整ってから、はじめて説明が意味を持つ。たとえ話を使ったやりかた
  • たとえ話の距離感のことを書かないといけない。平田オリザの演劇論。美術館が舞台だったとして、町を歩く普通の人は、「ああ、美術館はいいなあ」とか、絶対言わない。「遠いたとえ」から「近いたとえ」へ、説明というものは、距離感を意識しないといけない

納得

  • 「納得」編は、結論の受容が目標になる。これがしばしば、「結論の押しつけ」になって、トラブルになる
  • たとえば病名は、患者さんの口から出されないといけない。医療者が病名を語ってはいけない
  • ○○さんは認知症が厳しくて、という言いかたは良くない。単語には所有者が決まっている。病名は患者さんのものであって、医師が押しつけるものじゃない
  • くだんのその人が、夜間に徘徊するとか、点滴をすぐに抜くとか、食べた食事をすぐに忘れるとか、これは「事実」であって、事実の所有者は病院。これは伝えても大丈夫だし、伝えないといけない
  • 「判断を受け入れる」ことは、ある意味「負け」を意味する。「納得」という工程の、もっともいい形は「医療者が正しく負ける」ことであって、患者さんが敗北を受け入れるのは、最悪であると認識すべき
  • だから医療者から伝えられるのは事実の積み重ねであって、「理解」がしっかりと為されているところに事実が伝えられたのなら、病名は、正しい理解の帰結として、患者さんの口から出てくる。医師はこれを容認する、「医療者の敗北」を宣言することで、納得が完結する
  • 検査を乱発するやりかたは、だからコミュニケーションの材料として、極めて有効なんだと思う。聴診の所見を解釈するには訓練が必要で、患者さんが聴診を納得するのは難しい。ところが気胸とか、イレウスとか、CTスキャンの画像を見て、「ここがおかしい」と指摘することなら、小学生でもすぐできる
  • 「納得」工程を円滑に行うために、医療者と患者さん側と、同じ教科書、同じやりかたを共有することは、本来とても大切なんだと思う

説得

  • 「説得」編は、相手の納得を書き換えるやりかた。ここは自分の得意分野
  • ここについてはやはり、扇動の技術とか、広告の技術みたいなものが援用されることになると思う。裏を返せば、営業の人とか、ソーシャルエンジニア、広告の人たちが使う技術というものも、医療コミュニケーションにおいては、1/4 のコンポーネントを占めることしかできない。このへんは書いてみないと分からないけれど、4分野の分量は等しくないと、どこかでおかしくなる
  • 「51%の納得を目指す」人質交渉人のやりかたは、あれは「説得」でなく、むしろ「納得」のやりかた。犯人の側から、「俺の負けだ」という言葉を出してもらうために、あれだけの人手と、時間とが必要になる。「俺の負けだ」と宣言することで、犯人は、人質交渉人よりも先に結論にたどり着く、言わば「勝った」ことになる。あれは「説得」ではない
  • 説得は、むしろ欺瞞のテクニックであって、それを開始するためにはまず、相手と自分と、同じ場所に、一度は着地して、結論を共有する必要がある。共有できてから、今度はその場所の意味だとか、価値なんかを書き換えて、「あっちにもっと快適な場所があるように見えるんですが、どう思います?」とかやるのが、説得なんだと思う
  • このへんには間違いなく「名人」がいる。名人は、何らかの方法で、納得の工程に説得を忍び込ませたり、あるいは見た目のインパクトだとか、状況設定の巧みさ、事件の演出みたいな方法で「理解」工程をスキップしたり、「熟練」よりも「ずる」に近いやりかたで、名人は名人であり続ける

謝罪

  • 謝罪の失敗は、多くは「見切りの遅延」なんだと思う。謝り方それ自体は、誰がやっても、どうやっても、そんなに変わらない。タイミングが大切
  • 謝罪を行うためには、あるいは謝罪という方法論を語るためには、だから見切りかた、「戦局眼」を解説しないといけない
  • 人を殺すには弾丸があれば良くて、だから引き金を引く根拠さえそろえば戦争はできるし、それ以外の情報をどれだけたくさん集めようが、それは意志決定を遅らせて、状況を悪い方向、悪い方向へと持って行ってしまう
  • 恐らくは「謝罪」という行為についても、それを決定するのに必要な、最小限の手がかりというか、根拠があって、それがそろったら、速やかに謝罪に入らないといけないんだと思う
  • 「戦場の摩擦」に相当する、意志決定を遅らせるもう一つの要因は、何といっても「医師のプライド」なんだと思う。頭を下げたら「負け」であって、医師なんて、卒業してからの人称がずっと「先生」なんだから、狂って当然で、たぶん世界で一番負けたくない人種。下らないことなんだけれど、これがあるから、医療の失敗は、しばしば謝罪の失敗を生んで、すごいトラブルになる
  • 「謝罪の戦局眼」を身につけることではまだ正解の半分であって、もう一つ大事なのは、だから納得のいく自己欺瞞イメージをどうやってい形成すればいいのかなんだと思う
  • アルファブロガーをもらってから、自分はたぶん丸くなった。欺瞞イメージがある程度これで安定して、意志決定が安定した。他の人からのツッコミに対して、その生産的な部分をとり入れる余裕が生まれた
  • 意志決定を謝らせる要因として、「プライド」というのは相当に大きくて、これを透過的に扱うためには、自己欺瞞イメージが要る
  • 謝罪という行為と、たとえば患者さんの状態が悪いことを家族に伝えることと、方法論はたぶんよく似ている気がする。悪い話は、早すぎても、遅すぎてもよくない。謝罪の意味する範囲は、だからこの企画の中ではずいぶん幅広い
  • 謝罪という行為は、医療者の側から、これ以上のサービスは提供できないという、一種の最後通告みたいなものだから、速すぎればたぶん、それはそれで悪いことになる。医学的にやるべき事が為されて、しかもそれが患者さんの予想を下回った成果しか上げられなくて、患者さんのその認識には一定の正当性があって、しかもそれを「説得」で書き換えることが難しい、コスト的に引き合わない、という状況がそろって、はじめて謝罪に意味が生まれる
  • 歴史上の「名将」と呼ばれた人は、基本的に一つの「型」に従って勝ってきた。変幻自在の人というのは少なくて、その人なりの勝ちパターンというものを持っていて、戦術というのは、相手をそのパターンにはめるための方法論として生み出されてきた
  • 「戦争学」と「謝罪学」は同じ方法論を共有する学問なんだと思う。正しく負けるためには、まずは「得意な負け型」というものを自らに想定して、それを訓練しないといけない
  • 整形外科医がたとえば胃潰瘍を見逃したとして、もちろんこれは謝罪の対象だけれど、謝って、償って、謝った医師本人の、「整形外科医」という自己イメージはほとんど傷つかない。このケースだとたぶん、謝罪は速やかに行われて、犯した過ち以上のダメージにはならない。これが心筋梗塞を見逃した循環器内科医であっても、ある意味同様で、「型」こそ違え、「それは特殊なケースだったのだ」だの、「自分が見逃すなら誰だって見逃す」だの、これは自らを傷つけないための単なる詭弁なんだけれど、こういう自己イメージの保護が速やかに発動するから、謝罪の遅延可能性はそれだけ少ない
  • ところがたとえば「家庭医」や「総合医」みたいな人は、謝罪の得意型を持たない。失敗すればそれは「主治医が無能」であったわけで、もともと総合医は、専門医に比べて専門分野で競争すれば「劣る」のはある意味当たり前なんだから、余計に逃げようがない。劣ることを認めつつ、それを「総合」で挽回する、こういう人たちの負け型を想像するのは難しくて、これは小児科や産婦人科も同様の問題を抱えている気がする。自己イメージの損傷を回避しつつ、小さく負ける、正しい負け型を戦術として想定できないが故に、こうした科では、後方の援護が期待できないと、トラブルを避けられないのだと思う

課題

  • 夜中の無茶な要求を「斜め受け」、縦深を設定して受け流すのはどこに入ることになるのか分からない。一緒に朝を待ちましょうとか、点滴して絶食して、翌朝検査しましょうとか
  • 交渉の外側にいる人たちに対して、分かりやすさという長所は無力であって、こういう人たちに対するやりかたは、自分には全然分からない。逃げ出すしかない。分かりやすさという武器は、磨いたところで、しょせんは不完全なものにしかならない
  • そもそもこれをまとめたとして、じゃあどういう人たちが想定読者になるのか、ちょっと分からない。「面白い」本にはなるだろうけれど、顧客を特定できない本というのは、そもそも出版という企画に載せる意味がない

2010.01.17

「学」は平凡に価値を付加する

根拠なんてなくても、すごい技術を持っていればそれでご飯が食べられるけれど、状況が変わったり、才能のある素人が業界を浸食すると、技術は安く買いたたかれて、最後には業界が滅んでしまう。

業界の仕事が「学」として確立すると、平凡であることにも価値が生まれて、お金を取る根拠が生まれるのだと思う。

才能は買い叩かれる

プロが「才能の無駄遣い」を発揮する場面が増えた。ニコニコ動画もそうなんだろうし、blog が増えて、専門家が自分の意見を書く場面が増えて、フリーライターの人たちなんかは、今はけっこう大変らしい。ある分野の専門家は、たぶん「書くこと」以外の仕事で食べているのだろうから、何かを書くことそれ自体は「才能の無駄遣い」であって、それは無償で為されることが多いから。

いろんな業界の「才能の無駄遣い」は、それを見せてもらうのははすごく面白いのだけれど、残念ながらそれは「無駄」であって「無償」が前提で、そのうちそれが当たり前になると、業界もろとも細ってしまう。

作家の人が、無償で文章の提供を求められたりだとか、あるいは自分たちの時間外残業が、「熱意」の一言でボランティア査定されたりだとか、いろんな分野のプロが「才能の無駄遣い」を見せていくにつれて、プロがプロとして生きていける場所は、むしろだんだんと狭くなってしまう。

プロはだから、自らの価値を下げるような仕事をしてはいけないんだけれど、それにはやっぱり限界があるし、「業界のしきたり」みたいなやりかたで、自分の生活を守ろうとすると、今度はたぶん、「既得権」とか「カルテル」とか叩かれる。JASRAC みたいに。

「学」を作って生き残る

医学なんかはたぶん、大昔に活躍した呪い師の末裔で、今は薬草を調合する必要もない。症状をみて、判断を下して、処方箋が書ければ、仕事はできる。

外科みたいな科はまた話がずいぶん違うんだけれど、内科医のお仕事というのは、突き詰めれば「診断」と「処方」だけだから、それが血栓溶解剤だろうが抗がん剤だろうが、薬の名前さえ知っていれば、それを処方することはできる。

医学書なんて本屋さんに行けば売っているし、薬の本があれば、処方も出せる。じゃあたとえば、医療が「自由化」されて、医師免許なしでも、誰もが自由に処方箋が書ける世の中になったとして、たとえそうなっても、やっぱり病院に来る人は多いような気がする。

これはやっぱり、医療という業界が、ずいぶん昔から「学」として確立していることを宣言しているからなのだと思う。それが「学である」と宣言することで、再現可能な平凡な技術が、平凡であることに価値が生まれる。「学」に対して求められるものは「平凡」だから、「頑張った俺が無料でやった」ものがあふれても、「プロの作った平凡」が、価値を失わない。

これこそが学問の力なんだと思う。

ゴッドハンドは平凡

自分たち医療の業界で、たとえば「ゴッドハンド」なんて言われる人たちは、やっていることは「平凡」であることが多い。ゴッドハンドは、「その状況でもなお平凡でいられる」人が、全世界でその人しかいないだけの話で、ゴッドハンドがやっていることそれ自体は、「単なる手術」だし、「単なる治療」であることが多い。脳外科の福島先生も、ブラックジャックも、スーパードクターKだって、、そのへんは変わらない。

たとえば ブラックジャックしか手術ができない患者さんがいたとして、BJ じゃない医師にだって、その患者さんに手術が必要であるぐらいのことは分かる。医学は「学」として確立しているから、判断には再現性があって、ここまでは誰でも到達できる。ただしその患者さんにおいて、「教科書どおりの治療」ができる医師が、全世界でBJしかいないから、彼は物語の主人公でいられる。

「学」を宣言して生き残っているたいていの分野では、統一されたやりかたというものがあって、センスや能力の比較、定量ができる。ブラックジャックなら100人治せる患者さんが、研修医に手が出るのは、そのうち2人とか。十分なデータが与えられたなら、誰もが同じ解答に到達できるところが、「神」クラスになると、患者さんを一瞥しただけで、答えがすぐ分かるとか。

再現性と、定量性と、両者が備わると「学」が成立して、「学」が「平凡」を規定すると、その平凡に価値が生まれる。

たとえば編集は学なのか

Amazon のKindle みたいな道具が上陸しそうで、出版社の人たちは、今大変なのだそうだ。原作者がいきなり出版、という道がかなり容易になる世の中が来て、そうなると、出版社の意味が失われかねないのだと。

病気を治すのに医師が必要であるように、原稿の「病気」を診断、治療して、それを「健康な」状態に、読みやすくて手に取りやすいものに仕立てるためには、編集者とか、マネージャーみたいなプロの助けは、個人的には今、すごくありがたい。

原稿もやっぱり「病気」になる。

「自己顕示病」だとか、「スタイルの強制」という病、独りよがりな努力に賞を与えて、それを捨てられない状態だとか、原稿は簡単に「病気」になって、これはたぶん、たくさんの原稿を読み慣れた人なら「診断」ができて、「治療」のやりかたも、ある程度確立している。

文字を書ければ文章は書ける。これは誰にでもできることだけれど、読みやすい文章、原稿として「健康」な状態を、個人で維持できる人はたぶん少ないし、どうせ文章を書くのなら、できるだけ「健康な」、売れる文章にしたいという需要は、無くなることはないのだと思う。

編集者を医療にたとえて、じゃあ編集というお仕事が、医療みたいに技術として、「学」として確立しているものなのかどうかが、よく分からない。伝説の編集者なんて言われる人がメディアでときどき紹介されて、みんな個性的に見えて、その技術に再現性がなさそうなのが、医療からみると違和感がある。

「編集」の業界には、たしかに名人がいる。名人が、じゃあ業界の1年生と比べて「どれぐらい」すごいのか、外野からは、そんなものさしが見えにくい。たとえば駆け出し編集者からベテラン編集者、個性のかたまりみたいな伝説の編集者とが集まって、彼らが同じ原稿を読んで、その原稿を売るために、誰もが同じアドバイスを返せるものなんだろうか?

編集者の言葉がみんな同じなら、自分のイメージする「編集学」はすでに確立しているのだろうけれど、時々ニュースになる、漫画家と編集者とのトラブルなんかを読んでいると、再現性を持った技術としての「編集学」というものが、あんまり見えてこない。

学が平凡に価値を付加する

それがはったりだろうが科学的に証明されたものであろうが、何か統一された方法論があって、再現性を持った答えを導けるものは、「学」を名乗れる。「学」を名乗ると、平凡を再現することに価値が生まれて、それを根拠にお金が取れる。

学のないところには、「才能」以外の評価軸が存在しない。平凡からお金を生み出す根拠が生まれないから、すごい才能に届かない、再現可能な平凡が買い叩かれて、業界ごと細ってしまう。

ネット時代になって、それでも変わらない業界と、「才能の無駄遣い」がもてはやされて、才能が買い叩かれて、気がついたら本当のベテランですら食べていくのが難しくなっている業界とがある。このへんを分けているのが「学」の成立なのであって、業界を引っ張るトップランナーは、生き残りをかけるなら、自分たちの仕事を「才能」ではなく「学」として、単なるすばらしさでなく、自分にしか到達できない平凡として、表現しないといけないんだろうと思う。

2010.01.15

総務のお仕事

病院の何十周年だったか、地域の市長さんを招いての、大きなパーティーがあった。事務長さんと話したこと。

えらい人を招くのは大変

大きなパーティーで、「公人」みたいな人を何人も招くような機会というのは、やっぱりある程度以上の組織を運営していく上では避けられない。

市長さんみたいな「公」相手の行事には、きちんとした文法みたいなものがあるんだけれど、こういうのは「マナー」だとか「伝統」だとか、文章としてこれと決まったものがあるわけではないから、「ないものをきっちりとやる」ことは、案外大変なんだという。

たとえば今回、隣り合わせた市長さんが2人来たんだけれど、市の規模は違うから、「弱い」市長と「強い」市長と、違いというのが当然出てくる。こういうときには、まずは「弱い」ほうに当たって、「強い側に、こう言おうと思います」というのを許可してもらって、今度は「強い」側に行って、「私どもとしては、弱い市長に先に挨拶をお願いしようと考えているのですが、市長のご意見を伺えないでしょうか」なんて、お互いの顔を立てるやりかたをするんだという。

公人2人に参加をお願いするためには、だから「弱い」市長と「強い」市長、パーティーを開く前に、両者に2回ずつ、最低4回は足を運ばないといけない。これを電話やメールで済ますなんてもってのほかであって、絶対に「足」が必要なのだと。

市長さんの挨拶というものにも、本人が出席して挨拶を行って、パーティーにも最後まで参加する「松」コースから、挨拶だけで帰るコース、下手すると秘書の人だけが代理出席して、それで挨拶が済んだことになってしまうコースだとか、全部「市長さんの挨拶」であって、直前になってみるまで、市長さんがどんなコースで「挨拶」をくれるのか、分からないらしい。

「公人」を要請する側は、だから「約束は約束」なんて油断できない。前日の夜にもう一度お願いをするぐらいのことは当然だし、それでもなお、下手すると、本人が来なかったりするらしい。市長さん自らが挨拶を行っても、秘書の人が挨拶を行っても、同じ挨拶だから、呼んだ側の顔は立つのだけれど、そういうパーティーには、地元の顔役みたいな人がたくさん来ているから、「主催者がどのぐらいの挨拶を引き出せた」のかが問われるし、だからこそ、政治家の「正しい挨拶」には価値があって、それをお願いするのは、すごく大変で、大切らしい。

お祭りにはしきたりがある

パーティー会場のどこに記帳所を作るとか、花束とか名前の入ったお祝い看板をいただいたとして、これもまた、誰を真ん中にするとか、えらい順番はどちらがわからなのかとか、本来は全部決まってるらしい。

パーティーは「おめでたい席」だから、演台にもおめでたいものが必要で、演者から見て左側には「松の盆栽」を置かないといけない。今回はホテル側がこれを忘れて、慌てて手配したんだという。

これもまた、えらい人たちしか伝わらない、伝統とかしきたり文脈で伝わる技術で、「こうしなくてはならない」と書いてある本がないんだという。事務長さんは今回、あらゆるものを写真に納めて、若い世代に「こういうものだ」というのを伝えるつもりなのだと。

向こう側に行く技術

こういうのを「下らない」と一蹴するのは簡単だし、「そんなものはないんだよ」なんて言ってしまえば、しきたりは簡単に、無いことになってしまう。

暗黙の文法だし、それを破ったからといって、そもそも暗黙のものだから、注意する人も、怒り出す人もいないんだろうけれど、やっぱりそこには、見えない壁みたいなものがある。

日本ではたぶん、組織の規模がある程度大きくなったところで、みんなが見えない壁にぶつかる。それは大きな企業と話をするときであったり、あるいは政治の世界を巻き込まないと話が前に進まないタイミングであったり。そこには見えないんだけれど、たしかに「壁」に相当する何かがあって、それが見えない人には、その壁は、年長者の妨害にしか見えない。

こういう「暗黙の文法」を知っている人たちだけが、そうした見えない壁の向こう側に進んで、実体としての力にアクセスすることができるんだと思う。

こんな「公式の席を作る技術」というものは失われつつあって、たぶんそのうち本当に滅んでしまうんだろうけれど、過渡期である今、もしかしたらこういう知識を知っていることが、ちょっとだけ貴重なものになるのかもしれない。

2010.01.13

大きなものの作りかた

この1年ぐらい、自分なりに大きなものを作ってきて思ったこと。

何かやりたいこととか、明確な目的があって、そんな骨格に肉をつけていくように、一つのプロダクトが仕上がっていくことは、むしろ少ないんじゃないかと思う。プロダクトというものは、たぶん最初に「制限された迷走」を行う時期があって、目的とは無関係な制限に、膨らんだ発想がぶち当たるぐらいまで大きくなって、そこではじめて、目的みたいなものが見えてくる。目的が生まれて、価値のものさしが生まれて、膨らんだ何かは今度は削られて、一つの骨格に基づいたプロダクトというものが生まれるんだと思う。

何か「これ」というものを書く、作るときにはたぶん、「こうしたい」なんて漠然とした願望はあっても、実際問題作ってみないと、「こうしたかった」という、具体的な何かは見えてこない。

「こうしたかった」は、下手すると手を動かしている本人にはついに見えることがなくて、「こうじゃないの?」なんて突っ込みが、実は正しく見えてきたりする。

制限が発想を生む

たとえば予算無制限、締め切りなし、各界のすごい人材を集めたところで、旗を振る人に「こんなものが作りたい」という願望や、目標が固まっていないと、プロジェクトはやっぱり迷走してしまう。すごい人のすごさというのは、「正しい方向」に進むすごさじゃなくて、単純に「前進する力」がものすごいだけのことがほとんどで、目標の曖昧な、制約要素の少ない、ものすごい実力を持った人で作られたチームというのは、「ものすごい力で迷走」をはじめて、下手すると力の弱いチームよりも、なおいっそう手に負えない。

青天井ルールはしばしば害悪で、目的とか願望とは無関係な「制限」というものは、必要悪どころか、むしろ生産的な発想を膨らませるのに欠かせないものなんだと思う。

この1年間ぐらいずっと原稿を書いていて、これは自分だけのプロダクトだから、制限なんて一切ないんだけれど、いずれ本にしたいと考えていたものだから、ページ数の制約があった。手元にある道具で「本」を作るためには、文房具屋さんでA5 の20穴ファイルノートを買ってくる必要があって、あれだとせいぜい150枚ぐらいしかページが挟めないから、ファイルノートの厚さというものが、自分の制約になっていた。

最初は余裕だったんだけれど、ページ数はだんだんと増えた。ファイルが閉じられなくなって、ページの制限は結果として図版の工夫につながったり、箇条書きの大幅な導入につながったり、このあたりの工夫要素は、原稿を書き始めた当初のイメージには、存在しなかった。

そのうちAmazon でもっと分厚いファイルノートが手に入るようになったりして、制約要素はまた無くなったんだけれど、今度は「出版を前提にする」という制約が導入されて、他の人に自分の原稿を説明するために、前書きだとか、略語集だとか、いろんなページを製作する必要が生まれて、「こうしたい」というイメージは固まらないまま、外から導入されるさまざまな制約の中で迷走を続けて、形はだんだんできてきた。

膨らむ中で病気が生まれる

外からの制約というのは「型枠」みたいなもので、枠の中で発想はそれでも膨らんで、そのままだとやっぱり、プロダクトは収拾のつかないものになる。

プロジェクトはしばしば、膨らむ中で「病気」になる。膨らみきったプロダクトに、「骨」となる目標が投入されるまで、病気は治らない。

「すごい俺を見てくれ」という病気

「売る」なんて話が動きはじめて、ページの上限も無くなった頃、有頂天になって、どうせだったら読んだ人に「この人はすごい」なんて思われるものを作りたくなった。

普段は見もしないような大規模臨床試験の結果を引用してみるだとか、マイナーな疾患の、下手すると日本にない薬の使いかたなんかを熱心に書き足して、ページ数は増えた。原稿には無駄な知識が詰め込まれて、今からみれば、何をやっているのかよく分からない状態に陥っていたんだけれど、原稿はいびつになって、それでも書いているときは楽しかった。

いびつさが重荷になった頃、あとから「確実さが重視されている世の中にあって、確実さには欠けるけれど有用な情報を提供する」なんて目標が外から投じられて、この目標から自分の原稿を見直すと、なんだかあちこちで無駄のかたまりで、このへんは全部削除した。

スタイルを強制する病気

自分はもともと、「索引」から教科書を使うのが好きで、通読とか、ほとんどしなかった。

だから自分の原稿も、最初のうちは「目次」がなくて、ページを開くといきなり「索引」から始まったし、そもそもが、読者が最初のページから読むことを想定していなかったから、「前書き」に相当するものも作らなかった。

すごく不親切で、「不親切さが俺様のスタイルだ」なんて、作ってるときには独りよがりな満足感があったんだけれど、企画を出版社に持ち込んで、具体的なアドバイスをいただける程度に気にかけていただいて、このへんはすぐに、「前書き入れて下さい。索引は後ろで」なんて訂正された。言われて戻して、最初のうちはちょっと不満だったんだけれど、ある程度書籍としての内容がついてくる頃になると、こういうのが恥ずかしくなった。

たぶん「内容の不足をスタイルで補おう」という病気があって、これに負けると、使いにくいものになってしまうんだろうと思う。内容がプアで、「これだと俺様の思想を分かってもらえない」なんて、書いている側に負い目みたいなのが残ってると、内容の不足を特異な「スタイル」で補おうなんて、不純な考えが持ち上がってくる。

実際問題、自分は普段「後ろから」本を開くのに、索引がわざわざ前にある本を渡されたとして、きっとそれは違和感のかたまりで使いものになっただろうと思う。

努力賞という病気

比較的最近の版まで、自分の原稿には「小腸チューブを盲目的に入れる方法」が書いてあった。何かの論文から引用した、訳すのがけっこう大変だった原稿で、見開き1ページ文字ぎっしりだった。

作るのに苦労して、ずっとそれを覚えていたものだから、ページ数の壁にぶち当たっても、その原稿は生き残ってきたんだけれど、じゃあ自分が普段、「盲目的に小腸チューブ」を入れる機会があるかと言えば、全然なかった。それが必要なら外科に頼んで入れてもらうし、小腸チューブという道具が、じゃあ患者さんの治療に絶対に欠かせない状況があるかと言えばそうでもなかった。

昔頑張って作ったという、「努力賞」と「制限」との兼ね合いに、小腸チューブの原稿はそれでも生き残ってきたんだけれど、「研修医に有用な情報を提供する」という、かなり具体的な目標に照らしたとき、小腸チューブの役割は小さくて、結局消した。

弱さが強みになる

計画はたぶん、最初はあやふやな、粘土のかたまりみたいにぶよぶよしたものとして始まる。最初は目標も方向も決められないまま、無目的に増殖していく。この時期の方向を決めるのは「制限」であって、それは予算であったり、法律であったり、締め切りであったりさまざまなんだけれど、制約が、まずはおおざっぱな形を決める。

すごい実力を持った人たちを集めて、青天井ルールでこの時期を開始してしまうと、そこは地獄になる。発想はどこまでも大きく複雑になって、そこにどんな目標を見出せばいいのか、どれだけ有能なマネージャーでも、いざ「骨」を入れようとして、収拾がつかなくなってしまう。

「無能な誰か」という存在が、あるいはたぶんこの時期に貴重な「制限」をもたらしてくれる。その人が理解できないこと、あるいは使わないものというのは、たぶんプロジェクトに明確な目標や、ビジョンが生まれた頃になっても、やっぱり使われないだろうから。プロダクトというのは顧客に使われるものであって、作る側は、顧客に比べてそのプロダクトに詳しくて当然だから、誰か「弱い人」がいると、まずはその人に合わせてものを作れる。目標があやふやな時期、それは貴重な制約要素になる。

自分の原稿は、「A5ファイルのリングの大きさ」というのが最初の制限で、もうひとつ、「研修医だった頃の自分」という、弱いメンバーがいた。

原稿それ自体は、もう10年も前から書きためていて、昔書いた原稿は、今見ると自明のことばかりなんだけれど、あの頃の自分はたしかにこれで苦労していて、だからこそ、それをメモとして残していた。今の自分には、それはもう不必要なものなんだけれど、それを削除するとたぶん、昔の自分は困っただろうし、この原稿が装丁している「今困っている人」も困るだろうから、そういうものは残すことにした。「昔の自分がこれを読んで理解できること」というのは、当初からの大切な制約要素だった。

骨は最後に入る

恐らくはプロジェクトの中盤から終盤、制約という型枠の中で、パン種が膨らむように発想が限界まで広がる頃になって、はじめてそこで、プロジェクトの骨格になる、明確な目標というものが投入される。

自分たちが作っているのは一体何なのか、作り始めはそれが分からないし、制約にぶち当たる頃になっても、やっぱりたぶん、しばしば分からない。目標は、「マネージャーやチームの気づき」という形で得られるのかもしれないし、あるいは自分のケースみたいに、「外からプロジェクトを眺めた誰かの一言」という形で、それが入るのかもしれない。

目標が見えて、プロジェクトにははじめて骨格が生まれて、骨格は今度は、膨らみきったあやふやなかたまりから、骨格に見合った身体を削り出す。目標に照らして、それが果たして必要なものなのか、プロジェクトの骨格という、評価の基準が生まれることで、はじめてたぶん、ものを作る人は、虚栄心とか、自信のなさが裏返った変なスタイルとか、あるいは努力賞みたいなものから自由になれて、プロジェクトは「前」を向く。

「最初から骨を作ればいいじゃないか」というのは、やっぱり何か違う気がする。それが仮にできたとして、「膨らむ」という工程が欠けてしまったプロダクトというのは、正しく完成したところで、それは何となくつまらないものになってしまうんだと思う。

進捗

いろいろあって、今のところはまだ、話は止まらず進んでいます。参考文献リスト、略語の解説、薬剤の表記等、細かいところを追加しながら、余分なところを削りながら、いろんな分野のエンジニアから貴重な示唆をいただきながら、原稿は少しだけ、完成に近づきつつあります。

上手くいくといいのですが。

2010.01.12

高重圧環境で正しく振る舞う

プレッシャーの大きい状況で、普段どおりの振る舞いかたをするのに必要なもの。

若い患者さんを見るのは怖い

そもそも本当は、そういう「差別」みたいなのがあってはならないんだけれど、「怖い患者さん」と「そうでもない患者さん」というのは、どうしたって存在する。

たとえば97歳の、もう5年ぐらい寝たきりで、呼びかけたってもう3年ぐらい返事をしないような高齢の患者さんが紹介されて、その人がたとえば重症の肺炎であったとしても、診察するほうは、そんなに怖くない。高齢で、重症だったら、もちろん生命にかかわることだって十分あり得るんだけれど、やるべきことをやって、よしんば経過が良くなかったとしても、ご家族はたぶん、それなりに納得してくれるだろうから。

これがたとえば、30歳ぐらいの元気な人が、細菌性の扁桃腺炎なんかで食べられなくなって入院したりするのを見るのは、ものすごく怖い。若いし元気だからこそ、たぶん教科書どおりの治療をすれば、高い確率で勝手に元気になってくれるはずなんだけれど、こういう患者さんが、万が一にもそうならなかったら、もう言い訳できない。若くて、元気で、だからこそ、外したときの責任というものが極端に重くて、一見楽に治りそうなそうした患者さんを見る側は、恐らくは恐怖に震えてる。

自分だけじゃないと思う。

責任が見えると固くなる

「畳のヘリから外れず歩く」ことは、たぶんたいていの人が上手にできる。ところが同じ幅の平均台を、たとえば地上20mにおいたとして、畳のヘリと同じような気分で歩ける人は、滅多にいない。

それがどんな形であれ、「責任」が見えてしまうと固くなる。もちろん超高齢者であろうが、若い患者さんであろうが、責任はみんな同じで、正しいことをやっていれば、固くなる必要なんてないのかもだけれど、自分は未熟で、やっぱり怖い患者さんを見ると固くなる。これはもう、そういうものだから、認めるしかない。

漠然と「努力」を重ねることで、じゃあこういうプレッシャーに対する耐性がつくかといえば、無理だと思う。どれだけ手技が上手になろうが、どれだけ勉強を仕様が、無理なものは無理。万が一が怖い患者さんと対峙するのはやっぱり怖いし、固くなるし、緊張すると、間違えは増える。

自由に振る舞うための言語化

上手くいっているとき、たいていの人は「何となく」振る舞う。上手くいっているときには、些細な瑕疵は「結果オーライ」で容認されてしまうから、振る舞いにはある程度の幅が得られる。上手くいっている人は、だから自由に好きなように、「何となく」振る舞って、結果として上手くいく。教科書を何冊読んだところで、「何となく」は、変わらない。教科書に書いてあることは、たしかによくまとまっているのかもしれないけれど、それはその人の振る舞いを言語化したものとは違うから。

何となく上手くいく体験を重ねてきた人が、あるとき高重圧の環境に晒されると、「何となく」を忘れてしまう。研修医が離島に放り出されたときとか、しばしばこんな「何となくの忘却」を体験するんだけれど、その時に教科書を開いたところで、そこに書かれていることは、普段の自分とは全然違ったやりかただから、いきなりそれに従ったところで、上手くいくわけがない。

重圧の高いところで上手くやるためには、だから動作から「何となく」を追放する、上手くいっているときの自分の動作を言語化ないといけない。

上手くいっているその状況で、どうして自分は上手くいっているのか、それをまずは自分なりに言語化して、今度は言語化されたその手続きを実際に行ってみて、言語化が正しく行われているのかどうかを検証する。そこまでやって、たぶんはじめて、「役立つ努力の1サイクル」というものが完結する。

みんなが手順書を書くといい

高重圧環境への耐性を身につけるには、だから自分の手順書を、みんなが自分で書くのがいいんだと思う。

言語化というのは難しくて、名人でも時々失敗する。自分で手順をまとめたものなのに、それに従うと、下手になる。ゴルフの帝王ジャックニクラウスが昔、自分のやりかたをゴルフの教本にまとめた翌年は、やっぱり全然勝てなかったらしい。

言語化した手順に従うと、何よりも不自由だし、「成績」みたいなものは、何となくやってたときに比べて落ちる。落ちたその時、また「何となく」に戻せばすぐに元に戻るんだけれど、それをやってしまうと、もしかしたらその人は成長できない。言語化した手順と、「何となく」の手順とを比較、検証することを重ねて、両者の解離が減っていくことが、たぶんベテランになるということだから。

何となくやっている手順というのはすぐにぶれるし、いろんなものに引きずられる。

研修医を相手に、たとえば「丁寧に診察することが一番大切で、検査なんてしなくても、病気は診断できるんだよ」なんへ自慢げに語った直後、緊急の対応が必要な患者さんが搬送されて、その人に必要な手順と、研修医に語った手順と、それは全然関係ないはずなのに、自分で作った物語から、たいていの人は自由になれない。こういうのを体験して、自分の「手順書」を改良して、「美談」で行ける状況と、それを放り出さないといけない状況とを区別できるようにしておけば、次からは切り替えられる。

何となくでなく、自らを納得させて、そう振る舞わせるための理論だとか、手順みたいなものを自分で書く、それを検証して、改良して、本当に使えるようにしておくということは、重圧から、文脈からその人が自由でいられるために、たぶん大切なことなんだと思う。