2007年5月16日

パシルは肺炎球菌に効かない

「アメリカ人が使えといった抗生物質以外には、使ってはいけないよ」

こんな極論で教育を受けた研修医時代。10年間もそんなことを守りつづけて、 病院を移って、そうも言ってられなくなったこの頃。

自分以外の医師には常識だったのかもしれないけれど、本当に久しぶりに日本の抗生物質を使って、 やっぱりなんだか裏切られた気分。

「肺炎にはパシル」と宣伝されている抗生物質「パシル」は、肺炎球菌を殺せない

ウソは言っていないものの、正しいことも教えない広告手法。医者やってて、 「製薬メーカー性善説」で何の問題も無くやってきたけれど、もう無理なんだろうか?

ニューキノロン系抗生物質

  • 経口投与で「まともに効く」唯一と言ってもいい抗生物質
  • 抗菌力が高く、喀痰移行が良い、非定型肺炎にも効く、肺炎治療で一番便利な薬の一つ
  • 肺炎球菌に効果がないキノロンと、肺炎球菌に効果がある「呼吸器用」キノロン薬とがある

市販されている経口キノロン系抗生剤は、ほとんどが肺炎球菌に対する抗菌力を持っている。 注射用のキノロンは「シプロキサン」しかなくて、これは肺炎球菌に効果がない。

シプロキサンは肺炎球菌に効かない

初めての静注用キノロンだけに、このあたりはメーカーからもアナウンスがあって、 医療者側も、それなりに対応した使いかたを行っていて。今の時代にガラス瓶だったりして、 今一つ使いにくい薬だったけれど、今でも時々使う。

パシルという薬

「パシル」は静注用キノロン系抗生物質。シプロキサンの使いにくい部分が改良されていて、 安全性も高い。

この薬は「呼吸器感染症にパシル」なんて宣伝のとおり、最初から肺炎治療薬としての ビジネスを想定している。最初は第2 選択だったけれど、最近になって「第一選択薬」としての 適応が追加になった。

富山化学、ニューキノロン系抗菌剤「パシル点滴静注液」などが一次選択薬に
注射用ニューキノロン系抗菌剤パシル(R)点滴静注液、パズクロス(R)注の 使用上の注意が改訂され、医師の適切な判断のもと一次選択薬としても使用できるようになりました。 パシル(R)点滴静注液、パズクロス(R)注は広い抗菌スペクトルと強い抗菌力を有し、2002年の発売以来、 呼吸器感染症、胆道・腹腔内感染症、尿路感染症をはじめ各科領域感染症の患者様の治療に使用されております。 (中略)具体的には、「原則として一次選択薬としての使用は避けること」との記載を変更し、 「起炎菌や適応患者を十分に考慮し、一次選択薬としての要否を検討すること」と改訂しました。
日経プレスリリースより引用

最近、経口投薬が困難な患者さんが肺炎になって、 いろいろあってキノロン系抗生物質を使いたくなった。 「パシルを使おうか?」なんて話になって、この薬を調べざるを得なくなったのだけれど、 肺炎球菌に関する記載がどこにもみつからない。

結論としては、パシルは肺炎球菌に対する抗菌力が無い

いろいろ調べて、たしかに「効く」とはどこにも書いていなくて、適応症例の中でも 「肺炎球菌を除く」という小さなコメントは入っているんだけれど、 「効かない」という記載を探すのがとても大変。

パシルに関する座談会

「パシル」と「肺炎」で検索をかけると引っかかるのが、THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS という雑誌上で行われた、「呼吸器感染症の化学療法で注射用ニューキノロン系薬をどう位置付けるか」という座談会。

前半は欧米の肺炎治療ガイドラインの総括。「欧米ではキノロン系抗生物質が第一選択として推薦されているのにも かかわらず、日本には静注用キノロンが少ない」という問題提起が行われている。

後半は、新しい抗生物質「パシル」に関する解説。抗菌力の評価とか、薬物動態の解説があって、 「パシルは素性のいい薬として期待している」みたいなまとめ。

問題点は2 つ。

  • ガイドラインで推薦しているのは、ただのキノロンではなくて、肺炎球菌用のキノロン
  • 座談会全体を通じて、肺炎球菌に対する言及がほとんど行われていない

キノロン系抗生物質には、肺炎球菌に抗菌力を持つものと、肺炎球菌に効果が無いキノロンとがあって、 ガイドラインではそれをちゃんと区別している。座談会の中では、「肺炎球菌に効果がある」の 部分は削除された。このあたり誤解を招くとの指摘をいただきました。私の文章中での「ガイドライン」はATSあるいはIDSAのもの、を想定して書いており、一方座談会を行っている先生方のコメント、あるいはリンク先の図版は日本の肺炎治療ガイドラインを想定しているところから来たミスリードでした。申しわけありません。

座談会に集まった先生がたは、いずれも感染症治療の権威ばっかり。 集まった人達にとっては当たり前すぎて、 それに触れる必要が無かったのかもしれないけれど、素人には不親切。これではまるで、 「ガイドラインは、全てのキノロンを肺炎治療に推薦している」かのように読めてしまう。

座談会中、「パシルの抗菌スペクトル」を説明するために用いられたのが以下の表。

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「代表的なグラム陽性球菌」のリストのはずなのに、代表的なグラム陽性球菌である肺炎球菌は、 この中に入っていない。

医薬品のインタビューフォームの中には、ちゃんと肺炎球菌がリストアップされている。

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これをみると、パシルは肺炎球菌に対して全く効果が無いことが分かる。

肺炎球菌にパシルは効かない。座談会に出席した先生方にとっては、これはもはや当たり前だったのかもしれないけれど、 肺炎球菌なんて細菌はこの世に存在しないかのように語られる「肺炎治療に関する座談会」は、 素人が読んでてなんだか不気味。

メーカーの人にいわせれば、肺炎球菌を殺せないにもかかわらず、 臨床的には、パシルは他の抗生物質と遜色なく 肺炎に有効なのだそうだ。たぶん、南極かどこかで治験を行ったんだろう。

マーケティングの「正直の法則」

顧客の心に入り込む、一番効果的な方法は、「まずネガティブ面を認めて、 それをポジティブ要素に変える」ことなんだそうだ。

  • エイビスはレンタカー業界で、ナンバーツーにしかすぎません
  • フォルクスワーゲンは、いつまでも醜いスタイルのままでいます
  • 「リステリン。1日に2回、嫌なお味を」

全部企業広告。ネガティブな側面を前面に押し出すことで、 顧客の信頼に訴えるやりかた。

  • ナンバーツーを認める会社なら、きっといいサービスが期待できるに違いない
  • 醜いスタイルだからこそ、信用できるに違いない
  • 嫌な味なんだからこそ、きっと効果があるに違いない

パシルは肺炎球菌には効かない。それでもこの薬は数多くの細菌に対して 効果があるし、副作用の少ない静注用キノロンとして、力を発揮する分野だって 持っているはず。欠点を明らかにしたところで、本来この薬が失うものは何も無い。

パシルを作った大正富山化学という会社は、世界中で使われている抗生物質「ペントシリン」や、 本物の肺炎球菌活性を持ったキノロン薬である「オゼックス」なんかを作ってる、世界的な大企業。

欧米の感染症ガイドラインに記載される抗生物質を作り出した数少ない日本企業。 本来ならば、日本の抗生物質開発を引っ張っていく立場。

横綱は、やっぱり横綱相撲を取る義務があると思うんだけれど。

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2006年4月20日

感染症診療のWeb教科書

静岡がんセンター感染症科 の先生が、感染症の教科書を公開しておられた。

感染症ブログ:「感染症診療の手引き」公開のお知らせ

PDFは印刷がきれいでいいのだけれど、欲を言えばHTML版を公開してほしい。

HTMLでないと検索エンジンとの相性が悪すぎて…。

日本語のWeb教科書も、最近ようやく増えてきた。

誰か、Wikipedia みたいな型式で、今日の診療指針と張りあうようなやつ、 作ってくれないだろうか。

エビデンスの程度は分からなくても、日本の治療スタイルに則していて、 「ここを見ればとりあえずなんか書いてある」ものが ネットにあると、とても便利なのだけれど。

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2006年2月19日

青木 眞 先生のweblog

「レジデントのための感染症診療マニュアル」の著者、 感染症内科医の青木 眞先生がweblog をやっておられた。

若手医師セミナー:感染症診療の原則

まだレジデントだった頃、月に2回ぐらいのペースで研修医相手のセミナーを してもらい、授業が終わると熱の出た患者さんのカルテを見ながら 指示をもらっていた。今思うとずいぶん贅沢な環境だった。

もう何年もお会いしていないし、抗生物質の使いかたも大分自己流になってしまったけれど、 それでも一応「青木流」の根本は外していないはずなのだが…。

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2004年12月20日

高張食塩水による敗血症治療

Hypertonic saline resuscitation in sepsis

敗血症性ショックの初期には末梢の循環が悪化し、血液ガスが正常であっても組織の低酸素血症が生じる。これが引き金になり、炎症性サイトカインの分泌などを介して多臓器不全が進行、死にいたる。

こうした現象を回避するため、敗血症の初期から可能な限り早く末梢への酸素運搬能を回復させる、early-goal-directed therapyが提案され、予後改善の効果を得ている。

敗血症治療は、年を追うごとに早い決断が要求されるようになっている。

伝統的には、心拍出量の増大と血圧の維持のためには大量の生理食塩水の静注が行われてきたが、この治療には問題がある。特に敗血症の場合、肺水腫の合併や間質の浮腫が問題になりやすい。

輸液により血圧を維持するもうひとつの方法論が、高張食塩水を少量静注する方法である。

この方法は、1980年に7.5%食塩水を犬のショックモデルに用いたのが始まりであるが、同じNa量を静注しても、大量の生食よりも少量の高張食塩水を用いたほうが血圧の上昇が早く、またよく維持されたという。

その後いくつか行われた人体でのショックのスタディでは、高張食塩水の効果は一過性のもののため、この効果を維持するためにデキストランやヘスターチと一緒に用いているものが多い。

だいたい、7.5%の食塩濃度のヘスターチを4ml/kg用い(50kgの人で200ml程度)、これを急速静注するという。

人間のスタディでは、高張食塩水の使用により以下のような現象が報告されている.


酸素運搬量、心拍出量の増加。

肺動脈楔入圧の上昇。

Na濃度は一過性に上昇し、24時間で元に戻る。

末梢血管抵抗は、高張食塩水静注直後に一過性に低下する。

高張食塩水が人体に与える影響は、以下のように考えられている。すなわち、細胞内液から細胞外液への水分の移動、心筋収縮力の増加、末梢の内皮細胞の浮腫の軽減、末梢の微小循環の改善、血液希釈による血液粘稠度の低下、そして免疫修飾効果である。

高張食塩水の血圧に与える影響は、非常に速やかであるが一過性のものである。このために今まで余り注目を集めることが無かったが、敗血症患者の場合は早期に血圧を上昇させ、末梢循環を改善させることには大きな意味がある。

高張食塩水が心拍出量を増加させる働きについては、高浸透圧自体の影響、心筋細胞膜表面の膜の安定化、心筋浮腫の改善効果などが理由として考えられている。敗血症性ショックの急性期では、心拍出量が増加しているにもかかわらず心筋収縮力は低下している。高張食塩水はこうした時期であっても心筋収縮力を上昇させるため、敗血症治療に有効である可能性がある。

敗血症性ショックの急性期には、血管内脾細胞は浮腫を生じ、毛細血管レベルでの循環を悪化させる。このため末梢の低酸素血症が生じてしまうが、高張食塩水はこの内皮細胞の浮腫を低減させる。この投与により、内皮細胞の容積は20%ほど低下し、微小循環が改善するという。

高張食塩水はまた、血管収縮因子の分泌にも影響を与える。この投与により、プロスタサイクリンの濃度はまし、またソロンボキサン群との量の比も増加する。このため末梢血管抵抗は一過性に低下する。高張食塩水の静注直後は一過性に血圧が下がることがあるのはこのためと考えられている。

敗血症や出血によるショックの急性期には全身の炎症反応が亢進し、結果として多臓器不全につながる炎症性サイトカインの分泌が始まる。高張食塩水の投与はこうした炎症性サイトカインの濃度を低下させる働きがある。臨床上の観察では、高張食塩水による輸液管理を行うことで、出血性ショック患者の肺合併症の頻度を減らすことができたという報告がある。高張食塩水の投与により、患者の肺では好中球の賦活化の程度が減少し、BALF中の好中球数が減少し、肺胞へのアルブミンのリークが減ったという。

近年話題になってきた敗血症急性期からの積極的な血行動態維持のストラテジーに加え、高張食塩水による輸液管理を行うことで血圧の上昇効果以外にも免疫系の好ましい修飾作用を期待でき、敗血症の予後をよりよくできる可能性がある。

高張食塩水で市販されているような製剤は無く、また積極的に使用を推薦しているガイドラインも無いが、その辺に転がっているものではメイロンのNa濃度がだいたい6%食塩水に等しい。メイロンをショック患者に用いるとたしかに血圧が急上昇する人がいるが、これはアシドーシスの補正が効いたというより、高張食塩水による効果なのではないかと思う。

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2004年12月 7日

敗血症にアルギニン

Sepsis:An arginine deficiency state?

アルギニンは、体内ではシトルリンから合成される非必須アミノ酸であるが、敗血症の予後改善に効果があるかもしれない。

アルギニンは、肝臓のなどでシトルリンから合成される経路と腸管から直接吸収される経路とで合成され、一方アンモニアの解毒のためにオルニチン回路で分解されたり、また重要な血管拡張物質であるNOを合成するために消費される。

NOは一酸化窒素合成酵素(NOS)によってL-アルギニンのグアニジノ基と、分子状酸素を基質として生成され、血管拡張作用以外にヘルパーT細胞の賦活化や、炎症性サイトカインの合成促進などの作用を介して免疫力を増加させる方向に働く。

敗血症患者血中のアルギニン濃度は低下している。敗血症に陥った患者はしばしば食事を取れなくなり、アルギニンの腸管からの供給は無くなってしまう。また、アルギニンの体内での合成も敗血症の時には低下してしまう。さらに、アルギニンは体内ではNOの生合成により消費されてしまうため、敗血症の急性期にはアルギニンの消費は亢進する。

敗血症の患者においては、NOの増加は体血管抵抗の低下を生じる原因になっているが、一方では微小循環の改善作用、スーパーオキサイド産生抑制作用といった敗血症の転帰を改善させる作用を併せ持つ。さらに、アルギニンは敗血症患者の蛋白代謝に影響し、急性期反応蛋白の産生を増加させる作用があると報告されている。

敗血症の患者においては、血液中のアルギニン濃度の低下している患者は予後が悪いという観察結果もある。

こうした観察を受け、今までに敗血症の患者に対していくつかのアルギニン濃度を上昇させる方法が試された。

もっとも簡単なのはアルギニン製剤の経口投与、アルギニン製剤の静注であるが、アルギニンの経口投与については予後が改善したという報告もあるものの、まだはっきりした結果は出ていない。静注については一過性の血圧低下が報告されているが、臓器循環の改善、心拍出量の増加といった効果が報告されている。

一方、アルギニンの分解を行うNOS(NO合成酵素)阻害薬、NOの直接供給によりアルギニンの分解を減らす方法などは一部メリットも報告されているものの、血行動態に対する悪影響が報告され、予後に対しては否定的な報告が多い。

単純にアルギニンが多い製剤としては、以前から免疫力を高めるとうたう経口栄養製剤の効果が報告され、データ上は確かにICUでの予後改善効果が報告されていた。

「あるある大辞典」でも以前話題になっていたアミノ酸だが、効くのだろうか?安い製剤ならば現状の経管栄養剤に少し混ぜてみても害にはならなそうだが。

本来敗血症の患者は腸管の動きが悪くなっているので、経管栄養剤の投与は比較的禁忌になっているが、小腸栄養チューブを挿入している施設なら大丈夫なのかもしれない。

バソプレシンの投与が敗血症性ショックの血行動態を改善しうるという話と、アルギニン投与がNO産生を増加させるという話題とは微妙に干渉しているような気もするが、適応になる病期が違う、作用する部位が異なる、NOを介した作用以外についてはお互いの作用を打ち消すようなことは無いなどからたぶん併用することには問題無いのだろう。

アルギンZってまだ売っているんだろうか。

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