2007年6月30日

問題の外に出ること

New England Journal of Medicine という医学雑誌に 「A Medical Mystery」という クイズコーナーがあって、患者さんの簡単な病歴と、たいていは1から2枚の画像所見から 病名を当てさせる。

今週のお題は高血圧の患者さん。

無症状の28歳、1回目の妊娠の時に高血圧を指摘されて、以後内服加療中。息切れや動悸、頭痛といった症状は無し。胸部単純写真を示す。「病名を述べよ」という問題。

答えは7月にならないと発表にならないけれど、たぶん「大動脈縮窄症」。

医局の隣に、自分の4倍ぐらい勉強している内科の医師がいる。この人は、問題文を聞いただけで、 画像を見ないで答えを出した。やりかたは、以下のとおり。

  1. NEJM は全科が読むあまりにもメジャーな雑誌だから、あんまりマイナーな病名は載せられない
  2. 印刷媒体だから、直径1mmもない転移性肺癌とか、 そういった視力の限界に挑むような所見もないはず
  3. ありきたりな病気であったり、診断が分かれるような病気を載せれば、 今度は編集者の裁量が疑われてしまうから、確定診断がつく病気のはず

こんなことから、クイズに乗せられる病名は、教科書には必ず書いてあって、なおかつ 日常臨床ではあまり目にしないような、そんな病名。高血圧を生じて、 それを単純写真で診断させるような病気といったら、おそらくは大動脈縮窄症しか 考えられないだろうと。

写真を見直すと、出題先の写真には「“figure 3 ”サイン」が あったり、あるいは肋骨下端が肋間動脈に喰われている所見があったりで、 たぶん大動脈縮窄症で間違いなさそう。

出題者の意図は、「有名だけれどめったに見ない疾患を、 胸部単純写真での特徴的な所見から当ててもらおう」なんていうところ。

ところが、「出題されたのが有名雑誌である」こと、「高血圧なのに 心電図や他の検査所見が一切提出されていない」ことといった、 問題文の外側にだってヒントはあって、それを読める人というのは、 出題者の意図とは全く無関係に、同じ結論にたどりついてしまう。

問題の中で一生懸命考える人と、問題の外側に出て、さっさと抜け道通って、 解答にいきついてしまう人と。

自分も後者を目指したいなと思った。

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2007年6月 6日

診断画像の読みかたについて

今の就職先での身分は「一般内科」だから、心臓だけというわけにもいかなくて。

悪性腫瘍の患者さんは外科の先生が診てくださるけれど、あとは脳梗塞とか肺炎とか、 腹痛精査とか、不明熱やら体重減少の精査やら。

CT スキャンとか自分で読まなくなって久しくて、今勉強やり直し中。

時間もないので日本語の教科書を10冊ぐらい適当に買いこんで。 片端から読んでいるのに、やっぱり実力なんてつかない。

脳の「帯域」が広い人

残念ながら、教科書を書いているのは専門の先生がた。

画像診断の専門家と、今さら画像を勉強し始めた10年目とでは、たぶん見えているものが全く違う。

教科書はどれも、病名ごとに画像が提示されていて、 添えられた写真には、「最初からそこに病変があったかのように」、矢印が添えられて。

虫垂炎の画像診断。

典型的な画像診断の教科書では、骨盤のCT 断面画像が提示されていて、 「こんなふうに変化を生じていたら虫垂炎と診断する」というコメントが書かれていたり、 虫垂炎の治療方針なんかが書かれていたり。

ところが一般内科が知りたいのはそんなことじゃなくて、 「莫大なCT画像の中から、そもそもどうやって病気を発見したのか?」という方法論。

当院のCT フィルムには、1枚あたり、断面画像が20枚。腹部CTなんかでは、 フィルムは4枚組みで出力されるから、読まなくてはならない画像は80枚近く。 どの断面一つとっても、単純写真以上の情報量があるから、処理するのはとても大変。

将棋の羽生名人は、盤面を暗記するのに4秒ぐらいしかかからないのだそうだ。

  • 名人は、一目で盤面を全部暗記して、それから戦略を考える
  • アマチュアの人達は、「一目」あたりの情報量がもっと少なくて、 盤面全体を把握するのに数分かかるし、そもそも「全てを把握する」ことが難しい

プロ棋士の人達はブロードバンド。盤面を「画像」としてダウンロードして、 あとは頭の中で戦略を練る。試行錯誤の速度が圧倒的に速いから、 アマチュアはやっぱり、プロには勝てない。

今売られている画像診断の教科書は、みんな「帯域幅が広い人」が書いていて、 ナローバンドの人間にはちょっと荷が重い。

帯域が狭い人達のやりかた

普通の人は、盤面を文章として把握する。 「盤面に残っている歩が○枚、一番左に飛車があって、 その下にまだ桂馬が残っていて…」みたいなやりかた。

これは面の情報を線として読むやりかた。幾何学の問題を解くとき、補助線を引くのと同じ。

数学オリンピックに出る子供とか、数学者になるような人達が幾何の問題を解くときは、 問題用紙が「きれい」なのだそうだ。彼らは補助線を引かない。

「補助線を引く」というのは、広すぎて把握できない幾何の問題を、 理解できる大きさに切り分ける行為。

数学が得意な人達は、イメージできる画像の量が莫大で、補助線無しで答えが出せたり、 あるいは頭の中で補助線を引いてしまうから、問題用紙を汚す必要がないのだという。

研修医の頃習ったのが、「国立がんセンター方式」の胸部単純写真の読みかた。 がんセンターの先生が本当にこんなことをやってるのかは知らない。

  1. 胸膜と縦隔の輪郭を指でなぞる
  2. 肋骨を1本ずつ指で押さえて、末梢まで追っていく
  3. 横隔膜のラインを追って、胸水の有無を検討する
  4. 肺門部から肺動脈を追って、縦隔リンパ節を見る
  5. ここまでやってから、はじめて肺野を検討する

まじめにやるとものすごく時間がかかる。これなんかもたぶん、 「ブロードバンドな人達」はワンアクションで済ませてしまうんだろう。

ナローバンドな医師にとって、「画像の読みかた」というのは、 帯域を上手に制限するやりかた。放射線診断の専門家が書いた教科書には、 こんなやりかたは、あんまり出てこない。

少ない帯域から多くを取り出す

交響楽団の人達は、音楽を聞くのにラジカセで十分なのだそうだ。

「オーディオ」という新興宗教に狂ってた頃、オーケストラに入っていた先輩がたは、 みんなラジカセ。楽譜を片手に「悪い音」を聞いて、頭の中でそれを補間する。

楽器の音が日常になっている人達にとっては、楽器の揃いかたとか音の強弱、 指揮の振りかたさえ分かれば、あとは楽譜を見れば、音を作れるらしい。

プロの演奏家でも、絶対音感を持っている人は、案外少ない。

絶対音感を持っている人は、そうでない人に比べて「帯域が広い」のだろうけれど、 プロは帯域の狭さを経験で補間する。

無圧縮の動画をネット配信するのは重いけれど、flash アニメなんかは、 驚くほど少ない容量で、多くの情報を送信できる。発信側と受信側、 知識として共有できる情報量が十分に多いなら、 あるいは帯域の狭さを克服できるのかもしれない。

自分達の業界でいくならば、患者さんの症状とか、解剖学の知識とか。

外科の先生なんかは、腹腔内を「膜の集合」として本能で理解していて、 炎症が波及する向きとか、ヘルニアの入り方とか、画像を読むというよりは、 手術の知識で確率論的に予測しているときがある。

誤り訂正符号で帯域を生かす

ナイキスト・レートのいっぱいまで頑張ったところで、 しょせんは雑音だらけのナローバンド脳。

速く読んだらミスも増えるし、「全部」が一度に見えるわけじゃないから、 読影の真実性を保証できないし。

クロード・シャノンはノイズ脳の味方。誤り訂正の概念を作った数学者。

ノイズが乗っかった通信で正しい情報を送るには、 情報と一緒に「誤り訂正符号」を送ることで、情報の真実性を担保できる。 画像の読影も同じ。

やっぱり研修医の頃に習ったのが、「聖路加国際病院方式」の胸部側面画像の読みかた。 自分のいた病院は、こんなのばっかり。

  1. まず何となく読む
  2. 心臓の上方に「黒い扇型」を確認する。ここには何もない
  3. 脊髄を上からたどって、それが白=>黒のグラデーションになっていることを確認する。上の脊椎は、 下の脊椎に比べると絶対に「白い」
  4. 心臓の背中側に、「黒い三角形」を確認する。ここにも何もない
  5. 全てが正しければ、この胸部側面写真は「正常」と読んでよい
  6. どこかに異常があれば、その領域に病変がある

聖路加方式は、「読む」という概念もなければ、解剖の知識も必要ない。 その代わり、比較的シンプルなやりかたで「正しい」を定義していて、 読みかたについては規則を作らない。

とてもいいやりかただと思うんだけれど、習ったのは胸部側面写真だけ。 聖路加本拠地には、きっと頭部単純写真編とか、腹部正面写真編とか、いろいろあるんだろう。

ナローな脳でCT を読む

単純写真ならまだ何とかなった読影も、CT とかMRI とか、「ブロードバンド」の時代になって、 自分の脳なんてもう限界。

今までの棲家だった循環器内科は、心電図とか血管造影とか。 シングルタスクのナローバンド世界。

久しぶりに一般内科に戻ってみれば、時代はもうブロードバンド。今さら頭の帯域広げようったって無理。

CT の本でも、例えばありがたいのはこんなやりかた。

  • 上行結腸を骨盤側にたどれば必ず虫垂が見つかる
  • 鼠径靭帯のスライスを見れば、動脈と静脈が絶対並んで走行しているから、血管はそこからたどる
  • 腹部CT で、腸管膜脂肪が白黒入り混じっている像があったら、その近くに炎症がある

1 万円近くする本買って、「当たり」を1 行引ける本が、2冊に1冊。もう涙目。

誰か「馬鹿でも分かるCTスキャン」書いてくれませんか…?

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2007年2月 2日

モデルを作って理解する

理解3態。

  • 概念の周辺に生まれる無数の因果関係の中から、相関関係になっているものを見出す
  • 検証可能な小さな概念を積み上げて、大きな概念全体の理解を目指す
  • 概念をモデル化して、モデル同士の生き残り競争を通じて正しいモデルを見出す

群盲象を撫でる

「象」を理解しようと思っても、実物がいない、あるいは大きすぎて見えないときはこんなやりかた。

  • 象の足あととか、糞を調べたりしてどんな生き物なのか、そもそも象とは何なのかを推定する
  • 象の爪や毛、あるいは組織なんかを詳細に調べて、 それが集まるとどんな生き物になるのかを想像する

いろんな切り口から「象」を論じて、みんな「象という現象」の権威になる。

答えの分からない問題には利権がある。実物が見えないなら答えは絶対出なくて、 権威はみんな権威のまま。格闘技世界最強がいつまでたっても決まらないのと一緒で、 答えの出た問題は、もうご飯の種を生み出さない。

「象」を理解するもうひとつの方法が、モデル化。

「4本足で歩く動物を仮定すれば、「象という現象」は説明できるぞ」

モデル化は観察を伴わない、内的な現象。誰かがいきなり、こんなモデルを思いつく。

「象は4本足で歩く生き物みたいだ」というモデルは、現実世界でおきていることをよく説明する。 大部分の人にとっては、それは有用な情報になるけれど、 解答不可能問題の利権にすがる人達にとって、真理の解明というのは迷惑そのもの。

「すばらしい発想だ」と、モデルの提唱者を賞賛する声が上がる一方で、 それを絶対に認めたくない「権威」もいるはず。

迷惑な現状説明モデル

茂木健一郎を読んだら負けだと思ってる。

医師の仕事と脳科学なんてほとんど接点は無いけれど、 自分の興味はけっこう重なる。

自分の文章作法というのは、目の見えない人が象を想像するやりかたそのもの。

ある日は足を触ったり、別の日には尻尾の毛を拾ってみたりして、断片的な情報から 電波スレスレの発想を紡ぐ。書いたものが正しいのかどうかは全く分からないけれど、 そこそこ面白い文章を作れる。

脳の話題では「クオリア」という単語はもはや普通名詞だけれど、 あの発想を自分が受け入れてしまうと、もう「足が6本ある象」とか、「鼻だけで歩く象」みたいな 狂った発想で固めた文章は書けなくなってしまって、「4本足の生き物」という枠から 抜けられなくなってしまう。

正しいのが大切なのは当たりまえなんだけれど、うちみたいなblog でも、 文章書いて、いろんな人から反応をいただいてという「真実を知らないことで得られる利権」がある。 正しいことを知って得られるものと、それを知って失うものとのバランスで、読む気になれない。

持ってるんだけれど。

こんな辺境のweb 世界のセコい話じゃなくても、たぶん世界のいろんな場所で、 「正しい説明モデルを受け入れるジレンマ」みたいなものはきっとおきている。

破壊的な進歩をもたらす発想

下らないジレンマなんて放り投げて、みんなが必死の思いで食いついて、 瞬く間に世界に広がる発想というのがたまにある。

複雑系やネットワーク科学の話題なんかもそうだし、「外務省のラスプーチン」佐藤優氏が モデル化して見せた、外務省と国会との関係なんかも、たぶんそうなる気がする。

みんながすぐに受け入れる発想というのは、そこから様々な「未来」が想像できるもの。 あるいは、「そのモデルに取り残された悲惨な自分」の姿がありありと想像できる、 そんなモデル。

ネットワーク科学なんて、「クオリア」の概念以上に本業に関係ない話題だけれど、 何年か前にこれが話題になって、ネットワークの生み出す未来モデルが毎日のように 提唱されるようになったとき、「わくわくする」気持ちよりも、一種の「恐怖」にかられて、 入門書を何冊も読んだ。

概念をうまく説明する発想というものは、「知ることによるメリット」を確実にもたらす。 破壊的なイノベーションをもたらす発想というのは、むしろ「知らないことによるデメリット」を 確実にもたらすから、正しいのかどうかの検証はさておいて、一気に広がる。

破壊的な発想から取り残された人は仕事を失う。

それまでの電子化業界では、「OCRの誤変換はちゃんと修正しないと売り物にならない」 という常識がありました。ところが、Amazon社は、 「OCRかけっぱ」で十分OKな利用方法を思いついたのです。 bookscanner記 - 証人喚問後半

本の電子化という分野では、どれだけ正確にOCR を行えるのかが技術競争みたいな ところがあって、誤変換を含んだ電子化には意味が無いと考えられてきたのだそうだ。

ところがAmazon には本のインデックスがすでにあったので、 誤変換を含んだOCR データでも十分実用になったため、 今まで1冊当たり数百ドルかかっていた電子化の価格を、「1ドル」にまで下げてしまったのだという。

PDAにテキストを載せるときなんかのことを考えると、 「確実なOCR」を行った文章にはまだまだ需要はあるのだろうけれど、 もはやそれにかけられるコストは激減。PDAだって容量増えてるし、たぶん 「不確実なOCR」登場以後に何ができるのかを考えていない人は、置いていかれてしまうのだろう。

よいものを生む概念モデルが正しいとは限らない

無数の相関関係の中から因果を見出すやりかたと、 顕微鏡的な因果を積み重ねて、大きな因果関係を組み立てるやりかたと。

ごく大雑把に「文系/理系」で区切られるような、これらは伝統的な学問の方法。

学者じゃない、エンジニアの人達というのは、 とりあえず同じように動くモデルを作ってしまって、 それから実世界で何がおきているのかを考える。

20年ぐらい前、MIT のエンジニアは、「知性とは何か」という問題に対する解答として、 単純な回路だけで「知性を持ったみたいに動く」昆虫ロボットを作り出した。

人工知能の可能性を長年論じてきた人達は、それを見て「ただの玩具だ」と笑ったのだという。

昆虫ロボの思考回路は極めて単純なのに、それは本物の昆虫みたいに状況を判断して、 自律的に移動する。脳の解剖を研究する人達も、生態学者にもできなかったこと。

みんな笑ったけれど、結局その考えかたはどんどん事業化されて、 いろんな未来を生み出しつつある。

昆虫ロボモデルみたいな、ごく単純な判断回路の蓄積の 延長に「知性」が生まれるのか、それともどこかで越えられない断絶があるのか。

まだ分からないけれど、今まで「知能とは何か」を考えて、 無数の論文を作ってきた人達は今追い込まれていると思うし、 昆虫ロボの考えかたに対抗する、別の「知性モデル」を作って対抗できないのならば、 やがて滅んでしまうのだろう。

「鳥人間コンテスト」とか、「ロボカップ」みたいな競争にはすごく期待をしてしまう。

何かのテーマがあって、みんな思い思いの解釈モデルを持ち込んで、 一種の生存競争を行って、「誰がそのテーマを一番うまく説明できるのか」が決まる、そんなやりかた。

最高の「性能」を発揮したモデルと、最高の「未来」を見せてくれたモデルとは 必ずしも一致しないかもしれないけれど、たぶん両方に意味はある。 資本というのは常に技術の差分に集中して、 維持や継続という行為は買い叩かれるだけだから。

フラフラといろんな分野をさまよっては怪しげなアナロジーを考えてみたり、 魔術とか密教みたいな分野の常識を、あえて科学の言葉でしゃべってみたり。

「当たり」を引いたことなんてないんだけれど、 みんなの「アハ体験」を持ちよって競争するネット世界というのは、 これから先何かがおきる最先端になり続けるんじゃないかと思う。

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2007年1月22日

症例報告のソーシャルブックマーク化

水痘肺炎の患者さんのこと

水痘肺炎の若い方を診療する機会があった。

水痘の発疹が全身に出ていて、40度以上の高熱があって、単純写真真っ白。 そのレントゲンを見た主治医の頭も、同じく真っ白。

成人の水痘は肺炎を合併する可能性があることは知っていても、 本当にそうなった人をみたのははじめて。

とにかく具合が悪くてすぐに入院、空気感染だから個室隔離、ナースのシフトを 水痘既感染者に限定してもらって、とりあえずゾビラックス点滴。 そこまでは手持ちの知識で時間稼ぎ。

状態は相当悪くて、このまんま何もしないで診るの無理。教科書調べても、水痘肺炎のことは ほとんど書いていなくて、ゾビラックスと水痘免疫グロブリンと、あとは致命率が高いことと。

経験の裏づけがない知識なんて、現実の前には何の役にもたたない。 嘱託で来ていただいている呼吸器の先生も経験は無く、大学の 呼吸器の先生に聞いても、やはり「診たことないなぁ…」との返事。 大学のベッドもいっぱい。

ここまで1時間。

google さんに聞いてみた

分からないときはネット。

  1. まずは「水痘」「肺炎」で検索。いきなり死亡症例の報告が続いてドン引き。とりあえず、日本語で 参考にできる情報はなくて、「水痘」は「Chickenpox」だということが分かった
  2. 英語が分かれば、次に引くのはPubMed。「Chickenpox」「Pneumonia」で検索をかけて、 Limits に 「Link to free full text」を追加すると、田舎の病院からでも全文が読める ジャーナルにたどりつける。「全文に当たれる」ものでないと役に立たないから、 この限定はとても便利。論文の題名をみると、 引くべき単語は「VARICELLA PNEUMONIA」であることが分かった
  3. もう一度、VARICELLA PNEUMONIA でPubMed 検索。 検索ワードに「treatment」を追加すると臨床論文 だけになる…なんていう小技を使うまでもなく、臨床系の論文ばっかり出てくる。 印刷する時間がないので、全部モニター上で読む
  4. 大雑把に、ゾビラックスと免疫グロブリン、あとステロイドを使うといいらしい。 ウィルス感染にステロイドなんて、本当にいいのか? 量も分からない。まだ情報不足。 今度は「VARICELLA PNEUMONIA」「steroid」で検索をかけると、そのものずばりの論文が引っ張れた。 比較的少量で効果があって、使ってから4時間ぐらいで熱が下がって、 呼吸も改善するらしい。「これはいけそう」と期待が高まる
  5. 大学の呼吸器チームともう一度電話。「やっぱりステロイドだね」

ここまでやって30分。ブロードバンドは本当に便利。

それでもまだまだ不安

教科書ベースの知識に決定的に欠けているのは、知識を実世界に展開する感覚。

単なる知識と、知識化した経験との決定的な差。

薬を使ったとして、何時間ぐらいで効いてくるのか。
薬の使用期間。患者さんを入院させておくべき期間。絶対安静をお願いする期間。
何がおきたら「うまくいった」と安心していいのか。「失敗した」ら、次に何をするのか。

こんな情報は、教科書や論文にはほとんど書いていなくて、症例を経験した人の 話を聞いたり、症例報告を調べたりしないと分からない。

とりあえずの指示を出した時点で、あとは待つことだけ。ここから先は日本人のデータでないと。 医学中央雑誌のデータベースを調べたら、日本内科学会雑誌に2例だけ、症例報告があった。

当院にも過去10年分ぐらいの日内会雑誌は置いてあるので、今度はそれを探す。

医中誌のデータベースは腐っていて、日内会に至ってはネットで調べることすらできないので、 本当に不便。見つかったのはたったの2例だったけれど、それでも本当に貴重な情報。

考えていた治療はほとんど同じで、症例報告に載っていた画像所見も、入院患者さんとそっくり。

今度こそ、少しだけ安心して待つことができた。

患者さんは比較的いい経過で回復して、歩いて退院された。

「教科書・論文・症例報告」

  • 教科書は、まとまっている代わりに時間の概念が薄くて、作者の思考をトレースできない
  • 論文は、作者の思考過程が反映されているけれど、知っている事の確認にしか使えない
  • 症例報告はすぐに役に立つけれど、信憑性を保証できなくて、検索も不可能

経験も大切だけれど、やっぱり知識はもっと大切。 それぞれ一長一短があるけれど、一番現場から遠いのが教科書で、現場に一番近いのが症例報告。

教科書の問題点

教科書というのは、知識のエッセンス。いろんな症例報告とか、論文などを参照して、 現時点で正しいことをまとめて記載する。

残念ながら、エッセンスを薄めたところで、それを原液には戻せない。

ヒヨコを1匹ジューサーにかけると、ヒヨコの成分からできた液体になる。
ジューサーからは何の物質も失われていないのに、液体がヒヨコに戻ることはない。

きれいにまとめられた教科書からは、それを臨床に応用するための「何か」が 失われてしまう。それは薬を投与したあと、反応が出てくるまでの待ち時間であったり、 不完全なデータだけで緊急の事態を乗りきる方法であったり。

教科書の知識というのは、現場で経験したことをあとからまとめるのには 役に立つけれど、全く経験したことがない状況を乗り切る武器としては、少し足りない。

コアダンプを読む重要性

教科書の大きな問題点が、「あまりにもまとまりすぎてしまっている」こと。

臨床の現場では、みんな迷走する。迷走の中で、何かきっかけがあって 答えを見つけたり、時々「力技」を使って、答えが分からなくてもゴールに 突っ込んでしまったり。いろんなやりかたをするけれど、最後は患者さんが治りさえすればいい。

教科書というのは、そのあたりの「汚い」部分が整理されてしまっているから、 作者の人がまるで神様みたいに迷いがない。

神様は顔を見せない。「○○らはこう報告している」みたいな記載は医学書の定番表現だけれど、 こちらが知りたいのは「こんなときあなたはどう考えるんですか?」ということ。

臨床の勉強というのは、自分よりもできる人の思考をトレースする行為。 「この場面でこの人ならどう考えるんだろう?」という感覚を身につけるのは、 一種のリバースエンジニアリングだけれど、 教科書を読んで、作者の思考をトレースするのはほとんど不可能。 顔の見えない相手の思考なんて、読めるわけがない。

中身がのぞけないプログラムがどう動いているのかを観察しようと思ったら、 プログラマの人達は、アプリケーションの動作中に強制終了をかけて、 そのコアダンプを解析する。

コアダンプというのはパソコン用語。プログラムの実行を中断させて、 強制的にそのメモリ空間やレジスタの内容などを読めるファイルに書き出したもの。

症例報告とか、論文の考察部分は、作者の思考のコアダンプ。思考過程がよく見えるし、 良い意味で準備が足りていなくて、発表者の思考の「穴」が見えたりもする。

穴があっても正解にたどりつけるなら、その知識は病気の治療にとって本質的でなかったということ。 教科書はこの「穴」が最初からふさがれてしまうから、何が大切で、何がそうでないのか、 案外分からなかったりする。

基礎体力の必要な論文

「何かを知る」のは簡単。「自分が何を知っているのか」を知るのも簡単。 難しいのは、「自分が何を知らないのか」を学ぶこと。

論文は知識を拡大するための道具。作者と読者とが莫大な基礎知識を共有しているのが前提条件に なっているから、その分野で「既知」になっている内容は記載されない。

自分の知識に多少の穴があったって、論文自体は頭に入るし、実地に応用することもできる。 ところが、論文は「読者の穴」の存在を教えてくれない。

  • 論文を読んでいる自分が、想定読者として要求されている知識を全て持っているのかどうか
  • 実は重要なコンポーネントが足りていなくて、「足りない」奴が論文そのまま実行したら 大惨事になったりしないのか

論文がそのあたりを保証してくれることはない。

良くも悪くも論文は劇薬。研修医の頃、足らない知識で患者さんに劇薬突っ込むような真似を しょっちゅうやってたけれど、あれは部長級の先生がたの強力なバックアップがあったから。

今の自分に同じことやるの無理。

「穴」を潰そうと思ったら、知っていることから順番にたどっていって、 網羅的に穴を探すこと。具体的には教科書を読む。症例報告をあさる。 全分野を通し読みするのは大変だけれど。

検索できない症例報告

現場の感覚に一番近いのが症例報告。

自分の患者さんと同じ病気を扱った 症例報告を読めたなら、自分の「穴」を探すのに本当に役に立つ。

日本では、症例報告の種にはこと欠かない。内科の地方会は毎週のように開かれているし、 研究会というものもまた、基本的には症例報告を行うための集まり。

過去の症例報告は役に立つ。 ところが、この貴重な情報を検索する手段はほとんどなく、また 症例報告の信憑性を担保するシステムが全く実装されていない。

  • 行き当たりばったりで探すしかない
  • その情報が信じられるのかどうかは運次第

症例報告の集積は、この問題があるから学習の対象にはならず、毎週のように 症例発表が行われては捨てられ、生かされない。

症例が気軽に検索できて、症例の信頼性や新しさ、報告のまとまりかたとか、「情報の重みづけ」が 何かの形でなされるならば、教科書ベースの勉強とは別に、患者さんを診察しながらの勉強、 症例報告ベースの勉強という展開が期待できて、とても面白いことになると思う。

何をしたいのか

  • 学会誌とか、地方会の症例報告がネットで全文検索できること
  • それぞれの症例報告には「肺炎」「胃がん」「手術」みたいな単語で 検索できるように「タグ」がつけられること
  • 単純に検索できるだけではなくて、勉強になる症例報告はどれか、信憑性の高い治療法を紹介している症例はどれか、 「情報の重みづけ」をするシステムを実装することが必要
  • 病名で検索する「問題オリエンテッド」な検索手段以外に、 「○○教授が今月参照した論文」みたいな、 勉強に役立つ検索手段も別途用意すること

………何のことはない、「ソーシャルブックマーク」を内科学会内部でやればいいだけのこと。

はてなブックマークをはじめ、ソーシャルブックマークのサービスはもう運用されていて、 運用に必要なノウハウとか、問題点なんかももう出尽くした。

すでに出回っている技術、あるいはサービスを利用するだけで、かなり面白いものができると思う。

  1. まずは内科の関東地方会あたりで発表された症例報告のパワーポイントファイルをネットに上げて、 検索可能にする
  2. 内科学会員の会員番号あたりで認証して、医師にIDとパスワードとを発行する
  3. ログインした会員は、検索した症例報告に投票したり、「肺炎」「糖尿病」「鋭い考察」「よく気がついた」 みたいなタグをつけたり、簡単なコメントを加えることができる
  4. 「全文検索」「タグで検索」「今週の人気症例」などの入り口とは別に、 「○○先生が今週読んだ症例」の検索も可能にしておく
  5. 会員は、外部リンクを利用した症例を投稿をすることも可能
  6. 面白い症例や、役に立つ症例に対しては、会員はひとり1票ずつ投票を行うことができる
  7. 検索結果は、日付順、検索ワードに合致した順、投票の人気順の3通りを表示可能にしておく
  8. 特定のIDを持った医師がどんな症例を読んだのか、どれに投票しているのか、 ログをたどる手段を実装する

だいたいこんなかんじ。

可能になること

医師の学習形態が変わる可能性がある。

「問題発生 => 論文で確認 => 誰かの経験で確認 => 実践 => 教科書で確認」が いままでの流れであったが、 これが「問題発生 => 同じ症例を検索 => 実践 => 論文や教科書で確認 => 参考になった症例報告に投票」になりうる。

今までは他の医師との学習結果を共有することは出来なかったけれど、投票システムを実装すると、 全ての医師がデータベースの洗練に貢献できることになる。

症例の投稿が可能になるなら、自分が経験した症例を投稿して、誰かの反応を得るという 生活サイクルが出来上がるので、医師の学習意欲が増すかもしれない。 投稿の量が増えて、それを評価するサイクルが確立すれば、 結果として症例報告の質も向上するだろう。

日本の中での自分の立ち位置や、知識の「穴」を確認するには最適な手段になると思う。

自分が共感できなかったやりかたの症例報告に多数の支持が集まっていたり、 あるいは自分が知らなかった知識でもっとエレガントな治療を行った症例報告を 発見できれば、「他人の目から見た自分」を嫌でも意識できる。 自分で症例報告を投稿する機会があれば、なおさら。

矛盾した意見を参照できるのも大きな魅力。

検索が充実すれば、同じ病気を治療した症例報告でも、 全く異なる経路を取ったものが複数見つかるはず。

症例報告というのは実世界での臨床をコアダンプしたものだから、 本質的に矛盾を内包している。矛盾を解決したり、「どちらが正しいのか?」という疑問に 答えるためにも、会員による投票とコメントのシステムが必要だと思う。

できないこと

「症例報告データベース」の学習は、穴を埋めるためのものであって、 そこから新しいことを生み出すことはできないと思う。

できることは、あくまでも過去の経験を効率よく参照することだけ。 自分の知識をより完全にすることはできても、 新しい「何か」を思いつくのは、たぶん何か別の手段が必要。

それでも、そもそも「過去を知らない人間が、未来に切り込んでいけるのか?」 という疑問は常にあるし、 効率よく過去を学習できるデバイスが実装できるなら、それはそれできっと便利。

「行儀正しい自由」を担保する「世間の狭さ」

コミュニティに参加するモチベーションは、ルールの自由さに比例する。

  • 厳格なルールで運営する集団には、新参者は入りにくい
  • 匿名掲示板みたいなコミュニティには誰だって入っていけるけれど、無法地帯になやすい

ルールが自由になればなるほど無法化の危険が増すけれど、 「内科医しかいない」という極端な世間の狭さは、 このデータベースの安全さを保証してくれると思う。

  • IDは匿名でも実名でもいい
  • どんなものでも投稿可能。「昨日見たアダルトビデオの感想」みたいなものでも許容する
  • 信頼性は投票システムで保証する

匿名運営か、実名運営かは意見が割れるだろうけれど、原則として匿名を許可する。 匿名可能ルールを原則にしても、大学の教官とか、大病院の部長級は基本的に 実名を出すのを「暗黙のルール」にして、「役職付きなのに実名を出さない奴はチキン野郎」 だという場の空気を作ってしまえば、「えらい人は実名」というルールは実装できる。

実名ID持ちの人の行動は、たぶん多くの匿名読者に影響を与える。 その一方で、えらい人の行動は、多くの匿名若手医師から監視されつづけることになり、 コミュニティに緊張感を付加するだろう。

投稿された内容の保証は、「複数の医師が確認した」という事実で行う。

ウソ症例を投稿されたり、抗がん剤の容量を1ケタ間違えた症例報告が一人歩きしたら大変だから、 投稿する際には作者と他の医師のダブルチェックを義務にする。

インターネットでは「ゼロ票」の情報も検索されるけれど、このサービスでは「2票以下」は 最初検索の対象に含めない。下らない投稿をするのも自由だけれど、作者以外にもう一人、 それを「下らなくない」と保証する人間をつけないといけない。

たとえ匿名IDであっても、たかだか1万人ぐらいのコミュニティでは「笑いものになる」というのは 恐怖だから、相当しっかりしたチェックが入るはず。

投稿症例のスタートは「2票」でも、たとえば地方会での発表症例ならば 他にも査読者が複数いるのが当たりまえだから、最初から「4票」とか「6票」とか、 得票数の多いところからスタートでき、検索の上位に上がる可能性が高くなる。

ネット投稿が可能になっても、実世界での発表に一定のインセンティブを付加することができるから、 投票システムはうまくいくんじゃないかと思う。

「エレガントでない治療」を学ぶ夢

個人的に一番興味があるのが、エレガントでない解法が公開される可能性。

  • 「何がおきたのかわからないけれど力業で解決した一例」
  • 「診断からして間違えていたのに、結果として治癒退院した一例」

汚い治療。無様なやりかた。今までなら恥ずかしくて発表なんかできないような、 こんなやりかたがネット世界で公開されて、そのやりかたを学べるようになると、 本当に面白い。

その方法が本当に参考になるのかどうか、医学的にそのやりかたは「あり」なのかどうかは、 それこそ投票で決めればいいし、コメント欄で簡単な議論だって可能。

偶然の成功と意図した戦略は紙一重だし、単なる手抜きと、分かった上での省略だってしかり。 正しいのか間違いなのか、じゃあどうすればよかったのかも含めて、グダグダな経過の症例を みんなで議論できたら、こんなに楽しいことはないと思うんだけれど。

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2005年1月19日

一人しかいない病院での勉強

知識の習得方法には2種類ある。論文やマニュアル、ガイドラインをひまなときに読んで勉強する方法と、臨床の現場でトラブった時にとりあえずその場を乗り切るためにちょっと調べたり、周りの人から聞いたりして覚えた知識と。

前者の方法は、いくら覚えようとしてもすぐにまた忘れてしまう。たとえガイドラインを暗記している疾患であっても、実際に診たことの無い疾患の人が目の前に現れたらその病気を診たことのある人と一緒で無いと、怖くて診療などとてもできやしない。

自分で学んだ知識というのは、実体験が伴っていない部分で実際に役に立つ知識にはなりえない。

他の人からその場で教えてもらった知識というのは、たとえエビデンスのレベルとしては最低のものであっても、自分の直面している問題点を解決する助けになるという点で非常に役に立つ知識になる。

理想的には、臨床の中で問題に直面するたびに、エビデンスレベルがある程度確保された、役に立つ情報がすぐに出てくれれば一番いいのだが。

UpToDateなどのデータベースはそれを実現しようとしている。検索のシソーラスが非常によく考えられており、かなり「あたり」に近い情報が出てくる。しかし、まだその実態は検索が非常に容易な内科の教科書の範囲を脱していない(それでも十分すごいのだけれど)。

現場で何か判断に困った際、一番欲しくなる知識というのは「同じような状況になったとき、こうしたらうまくいった。」「こう判断したら失敗し、患者にトラブルが生じた」「トラぶったが、こうしたら切り抜けられた」といった知識なのだが、教科書やガイドラインをいくら読んでもなかなかこうした情報は出てこない。

僻地で一人内科をしていて、周りに頼れる人もいないような状況では、ガイドラインや教科書をいくら読んでもはじめてみる病気の細かな対処が分からない。

たとえば抗生剤を落としてから何日熱が下がらなければあせったほうがいいのか、症状がよくなっても画像所見が変わらないのは様子を見てもいいのかといったことは調べても載っておらず、非常に困った。

こんなときに役に立ったのは、インターネット上で検索した症例報告だった。患者さんの症状や病名をscirusやPUBMEDに打ち込んでみると、症例報告がぞろぞろ出てくる。その中で自分の感覚に合いそうな症例報告をいくつか読んで、論文を孫引きしてから現場に戻ると、ある程度安心して判断を下すことができた。

検索に恐ろしく時間がかかるが、僻地ゆえアクティブな患者数はそう多くは無かったので、こんなことも可能だった。

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2005年1月15日

脂肪静注製剤のこと

IVHで長期栄養管理を行っている人は、理論上十分な栄養供給を行っているにもかかわらずどんどん痩せていく("肉"の部分が少なくなってしまう)。

この理由のひとつに挙げられているのが、糖質の代謝速度の上限である。人のグルコース代謝量は、最大で2-4mg/kg/分である。このスピードはミトコンドリアの糖代謝が律速段階になっており、インスリンを大量に使って、糖分を細胞内へいくら押し込んでもこのスピードが上がることはない。

このスピードは、体重50kgの人で1日1152kcalの糖分しかエネルギーに回せないことを意味している。

PNツインなどの糖質メインのIVH製剤だけで栄養を供給していると、たとえば1日に1500Kcalをブドウ糖で供給すると、そのうちの1100Kcalはエネルギーに回され、余った400Kcalは体内にグリコーゲンのような形で蓄えられる。

この患者さんの1日に必要なエネルギーが1500Kcalとすると、不足分の400Kcalは体内の蛋白の異化により作られる。

この結果、十分なカロリーを供給しているはずなのに血液データ上の総蛋白/アルブミンは低下はとまらず、患者さんはむくんでいく。

このため、糖分によるエネルギー供給だけでは、体内の構造蛋白の異化を防ぐことは出来ない。このときに、不足するエネルギーを脂質で補ってやると、人体の糖代謝速度の上限を上回るカロリーを供給することができる。

カロリー供給を糖を中心に行うか、脂質を中心に行うかを比較した研究(腹部手術後の患者)では、糖群で見られたCO2産生の増加が脂質群では確認されず、更に糖を中心に栄養を行った群ではエネルギー需要が増加する(グリコーゲン/脂肪新生のために余計にエネルギーが必要になるからと考察されていた)ことが確認されている。

脂肪はもともと非常に良質なカロリー原であり、今まで用いられなかったのは、栄養学的な無理解というよりも、むしろ安全な製剤が普及していない点の方が大きかった。

そんなわけで、一時食事の取れない患者さんのほとんどに脂肪性剤を点滴で使っていたが、最近はその使用量が減少しつつある。

理論上は糖質単独で用いるのに比べて患者さんの栄養状態が非常に改善するはずが、実際に使ってみるとそんなにはっきりとした差が出ない。

末梢からでも安全に滴下できるといううたい文句の割には血管痛が多く、また静脈炎の発症率も高いような気がする。

脂質製剤をを急速に滴下すると、体内のトロンボキサンの合成が高まり、肺血管の収縮を生じる可能性がある。

配合禁忌の薬剤はきっと多いのだろうけれど、脂肪性剤の色が色だけに全く分からない。


どれも医学的な根拠は乏しく、身の回りの患者さん数十人程度を診た「印象」でしかないのだけれど、いまだに得体の知れない部分が多い点滴製剤という印象を拭いきることが出来ず、使用は減っている。

一方でよく使うようになったのは、末梢用のアミノ酸製剤である。

今までは入院直後はラクテックやソルデムなどの輸液製剤、落ち着いてもなお食事が取れなければIVHを考慮していたものが、アミノフリードが販売されてからはIVHの頻度は本当に減った。

カロリー的には明らかにアンダーカロリーのはずなのだが、同じカロリー量の入る10%ブドウ糖ベースの輸液を使ったときに比べても明らかに患者さんの体力の持ちがいい。

違いといえばアミノ酸の供給の有無だけなので、やはり急性期からのアミノ酸補充が何らかのいい効果を出しているのだろうか?このあたりの知識になると、「あるある大辞典」以上のものが自分には全くないので何ともいえない。あくまでも印象論で。

脂質製剤については、治験されている中鎖脂肪酸製剤が販売されたり、あるいはキット化された末梢静脈栄養性剤に脂質バッグが組み込まれたりすれば、まだまだ使用量が増加する余地はあると思う。ソフトバッグ化されてだいぶ使いやすくはなったが、まだまだそのハンドリングの悪さは他の製剤の比ではない。