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2009.02.06

自分の体験で話すと刺さる

誰かを説得するときには、「こうするのが正しい」をやってもうまくいかないけれど、 「僕は自分がかわいいからこうしているよ」みたいな言いかたをすると、伝わる印象を持っている。

教育したい人

同業者にも、愛想いい人と、愛想の対極みたいな外来対応をする人がいる。

愛想の対極に走る人も、別に患者さんが憎くてしょうがないとかじゃなくて、やっぱり「いい医者」 になりたいと願ってる。そういう人たちは、患者さんというものを、「教育」すべきものだと思っているから、 みんなその人たちなりのポリシーもって、厳しい外来をやっているみたい。

自分たちだって客商売だし、主治医に怒られるのが大好きな患者さんなんて、たぶん少ない。 愛想はないよりあったほうがよくて、少なくとも研修医のうちは、 「僕は将来厳しい外来をやる医者になるんだ」なんて考えてる奴は、たぶんいない。

研修期間を終えて、病院中から「先生」なんて呼ばれるのが当たり前になってくると、 人によっては、「教育」意識が芽生えてくる。こういうのを放置しておくと、 たいてい厳しい外来をやるようになって、「腕」がそれについてくればいいんだけれど、 そうでない医師は、たぶんどこかで地雷を踏んで、患者さんもろとも、人生を棒に振る。

価値観は伝わらない

身を守るためには、愛想はやっぱり大切だから、最初はたぶん、どこの病院も「愛想のいいサービスを」みたいな 教えかたをするはずなんだけれど、「それが正しい」みたいな価値は伝わりにくくて、 相も変わらず、愛想の対極みたいな外来対応する医師が、毎年一定数生産される。

こういうのは、厳しい外来をやる本人も、その頃には信念もって固まってるから、 「教育してあげるのが正しい医療」なんて思い込んでる若い人に、サービス業を説いても、 「こいつは汚れた欺瞞野郎だ」みたいなレッテル貼られて、無視される。

一番簡単なのは、フォーマットかけてから価値観上書きすることなんだろうけれど、 今の時代、クリーンインストールは怒られる。

「丁寧な応対した方がいいよ」なんて教えるときには、個人的にはだから、 すごく利己的な理由で、自分はこうしているよ、なんて言いかたをする。

「サービス」は、「患者さんのため」などではなくて、自分の身が世界で一番かわいいから、 かわいい自分の身を守りたいから、自分なりの結論として、こういう対応をして、 今のところ生き残っているよ、なんてやりかた。

「こう思っている自分」だけは否定できない

「患者さんは大切」という価値は、そう思う人と、もしかしたらそう思わない人がいる。

「これが患者さんのため」なんて価値は、もっと意見が割れる。

自分がかわいくない人は、たぶんうちの業界には、そもそも入ってこない。 だからこそ、「かわいい自分」という価値から話を始めると、研修医に「刺さる」気がする。

もしかしたらそんな態度は、密かに「こんな奴にだけはなりたくない」と思われてるのかもしれないけれど、 「教育」という営為は、受けたほうからのフィードバックが来ないから、どんなやりかたが正しいのか、全然見えない。

だからこういう考えかたもまた、あくまでも仮定でしかないのだけれど、 「自分はこういう立場で、こう考えて、こう振る舞っている」という言葉は、 その人の中で真実だけれど、「こうするのが正しい」を誰かに強要するのは、 なんというか、言葉のどこにも真実がない。

内的な真実が、ほかの誰かにとって再現可能であるかどうかは分からないけれど、 可能性としての真実が宿ってるぶん、「こうあるべき」を強要するよりも、 説得可能性が高いと思う。

「物言わぬ上司」の力

初めて離島に飛ばされた昔。何でもできる気分でいたのに、「普通の肺炎」で 外来に来た患者さんと対峙して、薬を処方できなくなった。

「それができる」ことと、「それを決められる」こととの断絶について。

いつも上司がいた

当時たしか3年目ぐらいだったから、その頃にはもちろん、 肺炎の人なんて100人以上診療していたはずなんだけれど、本土にはいつも上司がいた。

研修の後半は、基本的には自分で指示を出していたのに、島に一人で放り出されて、手が固まった。 今までは要するに、「上司が黙ってみてる」というのが、強力な承認装置として働いていて、 それがなくなって島に飛ばされて、目の前にいる、一見典型的な肺炎の患者さんが、 本当に「典型」と認識してもいいのかどうか、確信できなくなった。

研修医はたぶん、「正しさ」を、「上司に怒られない」ということを通じて理解する。

だからいきなり一人で放り出されたそのときは、たぶん「正しいこと」がなんなのか、 いくら教科書に「正しい」と書いてあっても、確信が持てなくなってしまう。

一人ぼっちで決断して、後ろ盾なしで経過を見て、やっぱり大丈夫と納得する、 これを繰り返さない限り、「ほどほど」だとか、「いつもの」みたいな、 自らを安心させるような感覚は、身につかない。

場を作ること

外科医はそういうものを、「場を作る」なんて表現する。

患者さん見て、病気想像して、切開線決めて、進入ルートを決める。全部考えて決める。 研修医の頃は、それが「当たり前」と思ってるから、「場を作れる」ことがどれだけすごいことなのか、想像が及ばない。

虫垂炎を切るだけなら、上司の指示があれば、1年目の研修医でもできる。 上司が黙ってみててくれるなら、3年ぐらいの経験を積めば、診断から治療まで、 一応一人でこなせるようになる。

ところが新しい病院に一人で飛ばされて、じゃあ虫垂炎の患者さんが来て、 その人を治癒に導くためには、やっぱり10年たってもまだ、経験が足りない。

「今自分が遭遇しているこの状況は、典型的なやりかたで対処可能である」と認識するためには、 本当は、あらゆる例外ケースを体験しないといけない。

それはもちろん無理だから、やるべきは、「これは典型だろう」という先入観を形成して、 結果として大丈夫たった、という、不完全な成功体験を積むことなんだけれど、 それにしたって時間がかかる。

「虫垂炎は素人でも切れる」だなんて、たぶん3年目ぐらいまで、研修医はそんなことを考える。

「最低でも回盲部切除ができるようになっておかないと、虫垂炎が切れるとは言えない」だなんて、 7年目ぐらいになって、いくつかの病院で経験を積んだ外科医は、ある日いきなりハードルを上げる。

できることと決められること

今の研修制度は、恐らくはあらゆる決断機会を奪われたままに進められて、 一定年次を超えたとたん、「君もう一人前だから」なんて、ほかの病院に放り出される。 昔はそれでも5年ぐらいあった研修期間は、来年からはもしかしたら、1年間に短縮される。

研修医はたぶん、「黙っている上司」の存在に気付かないまま、いきなり独り立ちを強いられる。 もちろん体は動かないだろうし、だから臨床続けられなくて、内科外科から人がいなくなってるんだろう。

「それができる」ことと、「それを決断できる」こととの間には、たぶん7年目ぐらいを境に、 必要な経験年次の断絶がある。「できる」ための経験はそんなにいらないけれど、 「決める」ための必要経験は莫大で、量を積まないと、決断なんてできない。

「技術の継承」が断絶するもっと早いタイミングで、たぶん「決断の継承」が断絶して、 内科外科は、実質死に体になると思う。

あと7年ぐらい先の話。