2008年1月29日

経済活動を正当化する物語

技術には、漠然と「実力レイヤ」と「政治レイヤ」というものがあって、 技術が成熟してくるに従って、政治レイヤでの発言力が、業界の流れを左右する。

技術的にいくら「正しい」ことをやっていようと、政治的に自らの正当性を主張できない人達は、 その技術を安価に買い叩かれたり、別の誰かに、その仕事を奪われてしまう可能性がある。

開業する若手のこと

来年は、自分よりも圧倒的に若い人達が、何人か開業する。

まじめに仕事をしてきた人たちだけれど、今の時代、「この人にしかできない治療」なんてものは 事実上存在しないし、その技術だけで食べていける状態、「手に職がついた」状態にまで 技量を高めていくためには、大きな病院にいても12年ぐらいかかる。彼らはもっと若い。

武器として通用する「何か」を持たずに、医院の建物と単純写真の機械、 あとオーダーリングシステム入れて、たぶん1 億円ぐらいの借金。

彼らがどんな成功方程式を呑んだのかは分からないけれど、すごい度胸だなと思う。

今の状況でこの仕事してて、10年後がどうなっているのか、正直全く分からない。 技術は進歩するだろうけれど、この10年、業界ひっくり返すような画期的な何かは 生まれていないし、同じ仕事に対する対価は、これから先、安くなることはあっても、 良くなることなんてありえない。

技術の成熟と正義の実体化

近くの開業医からは、また時間外の入院依頼。発熱のお年より。 4 時に来て、時間いっぱいまで点滴突っ込みながら検査して、 あまつさえ 7 種類、 28 日分の処方。

紹介状一通。「患者様は衰弱しており、入院が必要と思われます」なんて。

受けるこっちも時間外だから、技師さんとか検査の人とか、 みんな呼び出し。準夜勤のナースはベッド移動でパニック状態。 紹介状書いたその先生は、7 時もすぎれば電話もつながらない。

うちなんか田舎の小規模病院だけど、それでも開業医のクリニックに比べれば、 設備も人も、遅れをとることはないはず。充実した設備とか、人的資源というのは 本来「力」なんだけれど、7 時も回ったこの時間、「正義」握ってるのは患者さん ぶん投げた開業医の先生。正義が「入院」指示した以上、 「力」持ってる側は、受ける以外の選択がとれない。

設備や人が少ないこと、患者さんを診る能力を持っていないこと、 それ自体が武器となり、正義を生み、うちみたいな施設を使役する。

技術が成熟してくると、「技術を持っていること」それ自体の持つ力が低下する。 技術は政治によって運用可能なものとなって、今度は政治的な正当性が、 実体を持った力となって、業界を左右する。

やっぱり何か間違ってるし、どこかで限界越えて、何かひっくり返ると思う。

既得権益ゲームのこと

昔はみんな、プライド高かった。お金に汚くなかったし、患者さんのためにつくした。

そんな「昔のお医者の高貴な精神」支えてたのは、黙って口空けてれば無尽蔵に お金をくれた、「よかった昔」の医療行政だったんだろうけれど、今はそのへん厳しくなって、 みんなプライドどころじゃなくなった。

医療機器買ったからには、使わないとお金を生まない。患者さんを投げてよこすクリニックは、 何はなくてもまずレントゲン写真。無駄だけど、無駄やらなければ収入ないから、 先方だって必死。

今みたいな独立開業、医師一人に一つの建物、その人専用の医療機器なんて、 どんなに言い繕ったところで、間違いなく無駄。道路工事とそのへん同じ。 無駄だけれど、そこからお金を得る人が生まれてしまった以上、 道路は作らなきゃいけないし、レントゲン写真は撮らないといけない。

無駄はできないし、誰かに「無駄」認定される危険があるからこそ、 「開業医」という業務形態にこだわりつづけるのはすごく怖い。

誰か改革派の国会議員が、正義運用して得した誰かに 「既得権益」のラベルを貼り付けたその時点で、 開業の先生がたを取り巻く状況は、たぶん今以上に厳しくなっていく。

若い人達は、たぶん自らを「売り抜ける」こと狙ってるんだろうけれど、 個人的には、そんな余裕はないような気がする。

世の中に余裕がなくなると、たぶんいろんな人が、別の誰かを叩きたくなる。 キーワードは既得権益。「あいつらは既得権益に群がっている社会の荷物だ」みたいな叩きかた。 医療全体に対する叩きは少しだけ落ち着いたけれど、総論編終わって、 各論叩き始まるまで、もう時間の問題だと思う。

政治レイヤでの振舞いかた

「自分は正しいことやってるんだから大丈夫」は、これから先、説得力を持たなくなる。

実体経済レベルでの職業倫理と、政治道徳レイヤでの「自らの正当性」を裏付ける 物語とは、別個に用意する必要がある。

ネット世間の発達は、人と人の距離を縮めた。誰もが簡単に「万」に届く人に意見を広めて、 国会議員みたいな立場の人と、ちょっと有名な普通の人との距離は、 10 年前に比べたら、 ありえないぐらいに縮まった。

物語を持たない人達を「既得権」として攻撃して支持を勝ち取るやりかたが、 政治手段として一般的になっていく中で、「自分の経済活動」を正当化する物語の価値は、 ますます大切になっていく。

誰かの呟き一つが社会を大きく揺さぶる昨今だからこそ、自分の「商売の基本に立ち返る」ことは、 たぶんすごく大切なんだと思う。

コメント

コメントありがとうございます。

>開業医がスケープゴートに仕立て上げられるのは間違いないでしょうが、ごく短期間
これは全く想定してませんでした。。たしかにそのとおりだと思います。

何となく、現行の勤務医、開業医とは別の第三の選択肢として、医師の派遣会社への
就職というものが、これから大きくなる可能性はあるのかな、と考えています。
今ある派遣会社は、正直どこも小さな企業ですが、マイナー科の開業とか、
形成外科の無保険クリニックとか、昔ならごくまれなケースとしか思われなかった
やり方が、今では現実的な選択肢として考えられている昨今、どこか大手が参入して、
戦争株式会社よろしく地域医療を民営化する未来というのは、面白そうかな、と

いつも面白く拝見しています。反論というわけではないのですが。

開業医がスケープゴートに仕立て上げられるのは間違いないでしょうが、ごく短期間(多分1~2年)にとどまるんじゃないでしょうか。産科も救急医療もバッシングされましたが、実際に崩壊するのを目の前にして、マスコミも政治家も実情を無視できなくなってきています。いずれ、「相次ぐ開業医の倒産」「また医師一家が心中」などと報道されるようになり、風向きが変わるのだろうと思っています。

先の見えないこの時代に莫大な借金を背負って開業するなんて、とは私も思っていました。政治家や官僚の胸前三寸で、自分の努力とは無関係に收入が激減しかねないのによくやるなあ、と。

私自身はようやくやりたいことが明確になり、それができる立場と周囲の環境が手に入りつつあります。今後も勤務医を続けることになりそうです。ただ、そうなる前は「父(開業医)のあとを継げば、無借金で始められる。家族が食っていくくらいならどうとでもなりそうだ。」なんて考えることもありました。

開業に走るのは、勤務医として行っている医療の魅力が失われてきているから、というのもあるように思います。
・本来あるべき医療とは無関係な仕事が増えた(書類仕事・ものすごい量の同意書の取得・防衛医療的な検査など)
・医療が劇的に進歩していくとは思えない(これは違う!と声を大にして言いたいですが)
・組織の歯車として日々ルーチンワークに追われる
開業すれば、少なくとも3番目からは逃れられそうだと思うわけです。

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