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2007.08.01

「笑い声」が聞こえる頃

最近ちょっと思うのは、ブランドというものを作ろうとするにあたっては、 顧客に対するスタンスを明確にしなければならないなということだ。 (中略)明確にした上では、当然ながら、お客さんを「断る」こともありうる。 むしろ明確になればなるほど、それと異なるお客さんを断らなくてはならない。 (中略)「誰なら断ってもいいか」ということを 先にはっきりと決めておくことが、ブランドの観点からも重要だと思う。 その手の明確な「諦め力」「割り切り力」は、車輪の片輪だ。 広告β:ブランドを作るために割り切るということより引用

家庭医学のこと

アメリカで家庭医学を学んだ先生と働かせていただいたことがある。

家庭医学は一般内科のプロ中のプロ。何でも診るし、どんな病気の人でも受ける。

研修病院。総合的な判断力がつく家庭医学は研修医にも大人気で、 その先生も教えるのが上手な方だったから、最初のうちは順調。

日本の医療は、基本的には専門家ばかり。専門家集団の中に「何でもできる」 医師が入ってきた結果、周囲の専門家は大喜び。

「総合的な診療をお願いします」

いろんな病院から紹介されて来た患者さんは、食べられない年寄りとか、 動けない年寄りとか、寝たきりの年寄りとか、身寄りがなくて、行き場を失った年寄りとか。

原因がよく分からない症状を持った患者さんとか、総合的な技量が要求される 患者さんがきたのは最初のうちだけ。総合的な知識が必要で、勉強が要求された 家庭医学の研修コースは、そのうち朝から晩まで電話をかけ続けるだけの体力だとか、 転院を承知させるための交渉力だとか、医学にあんまり関係ない技量が要求されるようになって、 研修医は離れていった。

断らない病院のこと

「依頼があったら何が何でも受けろ。絶対に断るな」

研修させてもらった病院のポリシーは、この一言がすべて。どんなに忙しかろうと、 どんなに不十分な医療しか提供できなくても、患者さんを断るよりは、 患者さんを受けたほうが、相手の迷惑は少ないはず。そんな信念。

最初の年は必死。疲れてきて、少しだけ余裕が出てきて、周囲が見えた。

  • 近くの小洒落た個人病院は、毎日7 時をすぎると救急依頼が入る。日中は問題を先送りして、 帰宅時間が近づいて、面倒になったらうちの病院に患者を「投げる」
  • 大学の先生がバイトに行く老健には、「困ったらここに電話して下さい」という張り紙がしてある。 「ここ」にはうちの病院の電話番号が書いてあって、「面倒が起きたら、 ここに患者送ればいいから」なんて申し送りがされていた

「当院では技術的に限界なので、ぜひそちらでとってください」なんて、大学病院から転院依頼を いただいたことがある。うちの部長すごいんだな、なんて喜んで受けたら、 入院費用を何軒も踏み倒していたとんでもない家族が一緒についてきた。

大学が評価してくれた当院の「技術」というのは、家族の罵倒に耐える根性のことだった。

選択の多様さと社会の階層

24時間、何でも受ける病院の近くには、気管支喘息の患者さんが引っ越してくる。

いろんな人がいる。おとなしい「上流」の人とか、柄の悪い「下流」の人とか。

具合が悪くなったときの振舞いは、みんな一緒。 うちの救急外来に来て、吸入を受けたり、点滴をしたり。場合によっては入院したり。

「上」と「下」とを分けていたのは、選択肢の多様性。

  • 「上」の人達は、多様な選択肢を好む。普段通院するのに「良さそう」な施設を探すから、 普段は大学病院とか、地元の公立病院、もっときれいな病院にかかる。そんな「お高い」病院は、 夜中なんかは営業していないから、そんなときだけうちに来る
  • 「下」の人達は、いろんな選択肢を探すのなんて面倒だから、いいときも、悪いときもうちに来る

同じ系統の人達は、同じ系統同士で群れる傾向を持つ。「上」は上同士、「下」は下同士。 集まる病院が決まってくると、病院全体もそんな目で見られるようになる。

「断る病院」というのは、「上」の病院。「上流」の人に多様な選択肢を提供することで、 「上級病院」というお墨つきをもらって、「上」を自分の外来に集める。

悪くなる人、「上」のやりかたについて来れない人は、「下」に投げられる。

断らない病院の努力はおいしく利用されて、 その頑張りにただ乗りする「上」の病院はもっと元気になる。 患者は分断されて、断らない病院はもっと「下」になって。

研修医の頃、喘息をこじらせた若い女性を診察したことがある。かんじのいい人で、 救急外来の常連さんだったから、「うちの呼吸器外来を受診してみませんか?」なんて水を向けてみた。

「私はそういう人じゃないので、朝になったら、大学病院に行きますから」

笑顔だった。

「笑い声」が聞こえる頃

「断らせて下さい」

病院長と何度も喧嘩になった。

断らないからなめられる。断らないから馬鹿にされて、他の病院から笑われる。 断りさえすれば、断ることさえできれば、自分達だって周囲から尊敬されて、 患者さんからも「いい病院」という評価をいただける。

「笑い声」を聞いてしまうと、あとは価値観むちゃくちゃ。周囲はすべて敵に見えてくる。

状況は今もそんなに変わっていない。 「断らない病院」からは人が抜ける。救急を頑張っていた 周囲の公立病院も、救急業務から撤退するところが増えてきた。

救急を頑張って燃え尽きた先生がたは、きっとそのとき誰かの「笑い声」を聞いてしまって、 そこから先は、加速度的に疲労が進んでしまったはず。

自分が今いる施設も「断らない」病院。

今年になって人が増えて、人が増えたことを告知したわけでもないのに、 人が増える以前よりも、最近はもっと忙しくなった。

「笑い声」はまだ聞こえない。しばらくは大丈夫…。

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急性期と慢性期 救急を受けるのを是とする側、何でも受けろと命令する側(院長・えらい人)は受けられない事態を嫌う。 「急性期病院」から10日乃至90日なり経つと「慢性期病院」に転院していくことになるわけで。さもないと次の救急が、受けられない。平均在院日数縛りの存在を普通の人は知らない。 急性期病院のスタッフが粘り腰で転院を進める。 交通が便利で手厚い急性期病院から遠くて放置されている慢性期病院に行きたくない家族の気持ち。 判っちゃいるけど。 共有地の悲劇。自分の家族にとっての最適解は社会全体の最適解ではない。「シルバーシート」の数は有限。早い者勝ちか、譲り合いか。 救急外来から毎日入院してくる寝たきり・誤嚥性肺炎・脳血管疾患、脱水、進行がん…若い頃のレベルを100点として、60点から65点でなんとか暮らしていた人たち。ゼロになる=亡くなられる方が5%、なんとか治癒する人が10%。 急性期を乗り切っても入院加療で7日も寝てれば足腰立たなくなる。多くの人は20から40点くらいで頭をうつ。 「元のように元気になって一人で留守番できるようになるまで病院に置いてください」 「こんな状態では家では面倒みられませんし、施設で毎月20万円なんてとても払えません」 どこへ行けば良いのか。

IT企業なら絶対にある「営業」と「技術」の区分けが今の医療業界にはないんですね。全員が「技術のわかる営業」か「営業のできる技術」扱い。

じゃあ医療の営業って何なのさって言われるとシビアすぎて定義できないですが。

「営業」と「技術」の区分けが今の医療業界にはないんですね ないですね…。デスクトップに思いっきり口の悪い偽春奈立たせながら仕事する ようなものでしょうか…。

どこへ行けば良いのか 解答、ないですよね…。ほんとうにどうすればいいのか。最後はやっぱり、 「金の切れ目が命の切れ目」ルールが分かりやすいんでしょうね。

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