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2007.03.03

いやな予感の伝えかた

集中治療室の仕事というのは、人間と機械との共同作業。

集中治療室の患者さんは、体中センサーだらけになってベッドに横になる。 患者さんは意識がなかったり、呼吸器につながれて鎮静されていたり。 体中電線だらけ、機械だらけ。診察もろくにできない。

集中治療室では、センサーが伝えてくれる数字の情報が頼り。 リアルタイムで変化する数字をモニター画面で追っかけながら、薬を調節したり、 人工呼吸器を調節したり。

「数字だけ見て何かするだけなら、この仕事は、完全に自動化できるんじゃないのか?」

みんな一度は考える。実際、インテリジェントICU の実験は論文になっているし、 人工呼吸器制御のインテリジェント化はもう実用にもなっている。

個人的には、これは絶対使わないだろうなと思う技術。

機械には致命的な弱点があって、それが克服されるのは、残念ながらもう少し先。 フィードバック制御をかけて、人体のいろんなパラメーターを 正常範囲に保つことだけならば、 たぶん人間よりも機械のほうが上手だけれど、患者さんを黙って見ていて「何かヤバそうだ」 と予感することだけは、人間じゃないと無理。 集中治療室はこれをやるために医師がいるし、 実際役に立っている。

患者さんが急変するその直前までは、患者さんの血圧や脈拍、 酸素濃度といったセンサーが伝えるいろんなパラメーターは、ほとんど変化しない。 そんな変化のないデータの流れを見て、機械が「患者さんは安定している」と判断するとき、 人間は「なんだかいやな予感がする」と危機を予感する。

こんな予知を可能にしているのは、人間が、患者さんの現状維持に 要した努力の積分値を「疲労感」として体感できるからなんじゃないかと思う。

たとえば、同じ血圧を維持するのにも、何もしないで勝手に安定する患者さんと、 何分おきかにいろんな設定を調節しないと不安定になる患者さんとがいる。

機械は疲れないから、血圧が安定して維持出来てさえいれば、黙って維持を続ける。 人間は疲れる。不安定な人を管理すると、もっと疲れる。 その疲労感を「なんかおかしい」という危機感として体感でき、急変を読む。

表に出てくる数字だけを見ていたのでは、予感は絶対に伝わらない。

国立循環器病センターのICUが崩壊したけれど、現場を維持するために払われていた 現場の努力というのは、きっと疲れない人達から見れば単なる「定常状態」としか 写らなかったんだと思う。おこった事はまさに急変だったけれど、事務方でそれを予感できた 人はいなかったのだろうか。

自動操縦の飛行機は落ちた

ずいぶん前、中華航空のエアバスA300 が着陸途中で墜落する事故があった。

パイロットが自動操縦を切らずに着陸動作に入ろうとした際、エアバスの 自動操縦装置が水平飛行を維持しようとしてパイロットの操作と競合してしまい、 パイロットの「下降」操作にもかかわらず、機種は下がらなかった。

パイロットが着陸をやり直そうと操縦桿を「上昇」に入れた瞬間、自動操縦と パイロットの操作がいきなり協調してしまい、機体は急上昇して失速、墜落してしまった。

これは機械と人間の相互信頼が招いた事故。 パイロットは自動操縦を信頼し、自動装置もまたパイロットを信頼して、 お互いの動作が競合していることを相手に知らせなかった。

お互い「上手くやっているんだろう」と 連絡を取り合わないで、自分の仕事だけを続けていると、いつか大事故になる。

ところが、コミュニケーションをルールで強制するのは難しい。

自動装置がいちいち補正量を申告して、パイロットの許可をもらうルールにしてしまうと、 手間がかかって自動操縦の意味が薄れる。アラームだらけの操縦装置を作ったところで、 そのうちアラームがだんだん無視されるようになって、根本的な解決には至らない気がする。

「機械と人間との健全な相互不信」をうまく維持するシステムというのは、 バックグラウンドで行われている速度や方向の補正量を「コンピュータの汗」として統合して、 それが一定の閾値を越えた時点で「何かヤバいよ」というメッセージを乗組員に伝えるシステムだと思う。

飛行機はたしかにまっすぐ飛びつづけているのに、自動制御の仕事量が、この1 時間やけに忙しい。

「なんだかいやな予感がするよ。一度人間側に制御返すから、それを体験してみてよ」

機械がこんな反応を返してくれたなら、なんだかいい関係が続けられそうな気がする。

機械にも誤作動はあって、「いやな予感」は外れることも多いし、 場合によっては機械の故障が「予感」となって出てくるかもしれない。 「予感」を伝える機械というのは、お互いが自分の仕事をこなしながらも、 機械と人間とが、きっと同じ危機感を共有できる。

こんなシステムを作るときに問題になるのが、様々な制御を「機械の疲労感」として 統合するやりかた。バックグラウンドで行われている様々な仕事をどうやって重み付けして、 どんな数字でそれを表現して、閾値がいくつになったら「予感」として表現するのか。

このあたり、医学や生物学が役に立つかもしれない。

胎児性心拍の話

人間の脳は、心拍数を使って「予感」をアウトプットする。

患者さんが亡くなる寸前というのは、脈拍数が機械のように一定になる。

心電図モニターすらない大昔、診察といえば「脈診」だった頃の医師というのは、 脈拍のごくわずかな変動を知覚して、それが消失するときを「危ない」と感覚したのだそうだ。

生まれたばかりの子供の脈もまた、機械のように一定のリズムを刻むため、 こんな脈拍のことを「胎児性心拍」というのだという。

心拍変動というのは本当にある。たとえば1分間に80回で脈拍を打つ人が大きく息を吸い込むと、 脈波わずかに遅くなって、79回ぐらいになる。息を吐き出す瞬間、 今度は脈はわずかに早くなって、81回へ。

1分間脈をはかって、呼吸に合わせてだいたい12回から15回、 脈拍はわずかな変化を周期的に繰り返す。

心電図を1日記録して、脈拍変化をフーリエ変換すると、こんな変動が2つのピークとなって現れて、 人体に実装されている2つの自律神経、交感神経と副交感神経との 興奮バランスを評価することができる。

亡くなる寸前の人、生まれたばかりの子供というのは、見た目落ち着いていても、 バックグラウンドでは交感神経が活発に活動していて、体の制御に一生懸命。こんなときには 心拍の呼吸変動が消失してしまうので、脈拍を読んで危機を予感することができるらしい。

手先の感覚だけでこれをやるのはあまりに微妙すぎて、自分には無理だけれど、こんな話を利用して、 たとえば心不全の患者さんで突然死を予測しようとか、いろいろ応用されている。

ゴーストのささやきを感覚するまで

新人研修医は疲労を知らない。休まない。寝る必要もない。病院では昔から、そういうことになっている。

救急外来に来たばっかりの研修医は、心肺蘇生しながら担ぎこまれた 患者さんに「どうしましたか?」なんてインタビューをはじめたりする。

病棟デビューしたばかりの研修医にとって、彼らにできる最良のことというのは、 手順書を守ること。教科書に書いてある診察の手順は「まず挨拶から」と書いてあるから、 ある意味これはしかたがない。機械と同じ。

新人は手順を学んで、手順に従う。ベテランは手順を学んで、その上で予感に従い、手順を破る。

新人が、心肺停止の人に手順どおりに挨拶をしている傍らで、ベテランは、挨拶もしないで CPR を始めたりする。理不尽な思いを繰り返して、疲労することを覚えて、 みんなと予感を共有するようになった新人は、危機を読めるようになってようやく一人立ちする。

エビデンスとかガイドラインとか、現場を見ないで統計に乗っかる数字だけを愛好する 人達が作った「真実」が一人歩きする時代だけれど、それを単純に鵜呑みにしないで、 危機感覚とか、内なるお告げみたいなものを大切にしてほしいなと思う。

研修医の人達は、誰かが大切そうなことを伝えようとしたとき、少しだけ考えてほしい。

「これは直感が正しいと告げる考えかたなんだろうか? あるいはこれは、エビデンスやら、統計やら、それを信じたい人たちが勝手に作り出して、 そう信じるよう仕向けたものなのだろうか?」

そして、誰かが何かを本当だと言うとき、こう尋ねてみたらどうだろう。 「あなたの直感は、それが正しいと告げているのですか?」 と。

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Comment & Trackback

DICが起こりかけている時って、患者と話してて、なんだか変な感じがして、何か起きてるにちがいない、起きてるとしたらDICくらいか?と考えて、d-dimer測ったら、やっぱりそうだった、っていう経験が、思い出すだけで3回あるんですが、同じ経験した方いないですか? 昏迷とまではいかない「この人こんな性格の人だったっけ?」っていう程度の、会話の変化なんですが。 一人は癌の方で翌日死亡。もう一人は感染症の方で翌日昏睡になりましたが、発見はやかったんで救命できました。 もう一人は何の人だったか忘れた・・ 「DICの精神症状」で、何回か調べてみたんですが、出てこなかったですね・・

内科から皮膚科に転科した関係で、膠原病診る機会多かったですが、間質性肺炎起こしてきたときの、急性期の単純胸部XPの読みは、呼吸器内科の先生よりも鋭かったなあ・・ 初期だと、ほんとにわずかな間質陰影の部分的増強だけですからね。呼吸器内科の先生は、レ線の読み方に慎重というか、アーチファクトや撮影条件考えすぎる傾向あったような気がする。いまはCT気軽に取れる時代ですよね。

「CPK低値の皮膚筋炎」という皮膚科では地雷的存在の疾患があって、私が勤務してたところは900床ほどのかなり大きな病院だったんで1~2年に一回経験してました。 これは厄介ですよ。CPK低くて筋炎ないのに何で皮膚筋炎なんだ?って皮膚科医以外なら思うでしょうが、皮膚科の眼で見ると、非定型な皮膚筋炎としか診断つけようがない。「非定型」ですからね。典型的な皮膚筋炎何回も診断した経験がないと、その診断にすら至らない。 「CPK低値の皮膚筋炎」の方がいらっしゃると、もうそれは、その方が診察室のカーテンをくぐった瞬間にわかる。それから、型通り採血やら皮膚生検なんかするけど、本当に必要なことは、まさかそんな大それた病気だなんて思ってもいない家族に、きわめて予後不良だということを理解してもらうこと。大抵は数ヶ月内に治療抵抗性の間質性肺炎でお亡くなりになるから。 次に説得すべきは、今のところ何の兆候もなくPaCO2も良好な患者を、呼吸器内科の先生に頭下げて、継続的に診てもらうこと。これやっとかないと、皮膚科としてはヤバい。

もう使うこともない知識というか「知恵」ですね。論文に書いたところで、採用されっこないし、そもそもどう論文に仕立てればいいのかもよくわからない。

EBM,JBMならぬ「直観に基づく医療」てのもいいかも(笑)Intuition based medicine (IBM)かな? 誰かが↓のDICのような話を振って、それに賛成する医師の数でもって信頼性の重みとするといいかもしれませんね。

PS: 重箱隅つつきですけど「直感」と「直観」は違います。 ttp://kenuchka.paslog.jp/article/38921.html 私はこの語感の違い、かなり重視します。

いつも読ませていただいてます。 国家試験も終わり、うまくいけば春から研修医生活の始まりです。 昨今の医療事情から医療訴訟や医療制度関連の話題がどのブログでも多くなっていますが、 今回のような話題はこれから研修をスタートする私たちにとっても学ぶところが大きいのでありがたく感じています。 過去ログではもっと臨床研修関係の話題が続いていたこともあったようですが、 早いこと医療を取り巻く問題などを気にせずに、医学や研修の話題に集中できる世の中になってもらいたいものですね・・・

元サイト(と読んでいいんですかね?)の資料も参考にさせていただいています。 これからも期待しています。

II度房室ブロックのI型とII型(WenckebachとMobitzII) の区別は心電図が発明される前から発見されていたんだよ、とはウチの師匠の口癖……

motoさま DICの件ですが、なんとなく患者さんが興奮状態に陥っていてコミュニケーション取れない感じですか?深夜救急で血算取っても、血小板の下がりなし。凝固測れず、でも採血部位から出血が止まらない。

PM/DMのIPって本当に難しくて怖いです。世にヘリオトロープ疹とはいいますが、お岩さんと言った方がいい。しかも片側性。はっきり間質影が出てきたら最後、ステロイドパルスもCy-Aもまったく効かない、みたいな感じですね。

おはようございます。 その気になれば、機械に予感を実装するの、そんなに難しく無さそうなんですけどね。

DIC あんなものも予感できるものなんですね。ICUやっててDICの患者さんはいっぱい いましたけれど、DICそのものが予後を左右した人はあんまりいなかったですね。 何か治療方法が進歩したわけではないと思うんですが、あれは何でだったんでしょう?

新人候補 様 研修医向けの臨床情報を提供するサイトとしては、ここはもう2年ぐらい前にその役目を 停止してしまいました。。 Web 世界にはもっと面白い話を書く先生方も大勢いらっしゃいますし、なによりも 病院内には本当に腕の立つベテランがまだまだたくさんいます。実世界での出会い ぐらい面白くて、役に立つことは他にはないし、それはどれだけネットが進歩しても 変わることはないと思います。がんばってください。

>はおはお様

DICの件、その通り、そんな感じです。>なんとなく患者さんが興奮状態に陥っていてコミュニケーション取れない感じ

我々は分娩管理において胎児を集中管理しているわけですが、 血圧もSpO2も測れず、唯一のモニターは心拍数しかありません。

それでも、かなりの管理ができるものです。

Dr.motoさま それって、septic encephalopathyでは? ICU入院後に発症する意識障害では最多の原因で、sepsisの初発症状としても出現します。参照は、 Mahler J, Young GB. septic enecephalopathy. Intensive Care Med. 1993;38:177-187.

>ドロドロ専門医様 ご指摘ありがとうございます。たしかに、次の日には昏睡状態で、Sepsisはありましたから、sptic encephalopatyの初期症状を、そう思った可能性はありますね・・ ただ、その前の経験は悪性腫瘍でsepsisは無くて、そのときと全く同じような、会話上の「あれっ?」と思うような奇妙な変化だったです・・突っ込まれるとだんだん自信なくなってきました。 私の勤務してた病院はICUはありましたが、ICUに移動しても、主科主治医はそのまま、という方式でした(その当時)。もちろん専任医師なんていないし、自分とこの病棟で個室管理のほうがよほど勝手がいいいいで、DICで昏睡になった子も一般病棟で済ませました。 Sepsisから急に意識障害きたす患者はときどきいて、ある子なんかは北海道から入院してて(当時私はある分野で名が売れてて、全国から入院患者来てたんです)、この子死んだら、どうやって説明すりゃいいんだろ?と思いながら、夜中に親に電話入れました。辛かったなあ・・ 皮膚科に所属して、全身管理の必要な入院患者を診ざるをえない、ってのは、内科などメジャー科の先生には想像しにくいストレスがありました。看護婦さんの目だって違うし。「なんでこの先生、皮膚科のくせにこんな状態の患者診てるの?」って感じです。私だってできれば診たくなかったですよ。だけど、ほかに診てくれる先生いなかったんですよ・・

すっかり疲れ果てて、いま美容で自由診療。看護婦さん不信はずっと続いてて(自分、大学と国立病院しか知りませんから。お金払って看護婦さん雇おうなんて気にならない。わかるでしょ?)、今日も朝から静脈麻酔で2人手術。自分でルートとって、呼吸状態気にしながら1人で手術してます。時間が長引くと舌根沈下ぎみになるんで、ときどき下顎もちあげながら。 で、エントリーの話題に戻り(?)ますが、SpO2とかECGとか、最初はモニターしながらやってたんですが、情報量多すぎると、とっさの判断に戸惑う。↓の産科医様の話に通じるかもしれないと思うのですが、呼吸音と喉・胸壁の動きだけ意識してれば、だいたいわかる。で、モニターってのは、警告音やらいろいろ音を出すから、呼吸音聞くためには、うるさい(笑)。だから最近は消してます。うちの手術室の静かな守り神と言うかオブジェに近くなってきました。

まあ、いくらでも突っ込み所のあるむちゃくちゃなことやってますが、それでも昔の、機械や人がたくさん揃った大病院で勤務医やってたときよりも、はるかにストレスやリスク感は少ないんですよ・・なんだか不思議です。

>>ドロドロ専門医さま、moto様、medtoolz様 すいません。DICじゃなくてSepsisですね、確かに。 今思えば、Vibrio vulnificus感染症の敗血症で、例に漏れず激烈な経過を辿りました。血小板はLCで、もともと低い方でした。 酒飲みの肝硬変の方は、真夏の刺身は禁忌です。

肝硬変の方は、真夏の刺身は禁忌 あれ、患者さん本当に苦しそうなんですよねぇ…。。。

苦しいっていうのともちょっと違う。 患者さんがぴょんぴょん飛び跳ねているんです。足が痛いって。でも外見上はなんともない。Xpも骨折なし。整形外科医も首をひねる。その間患者さんは大騒ぎ。 とりあえず、入院,抗生剤投与。で、翌日は阿鼻叫喚、となるわけです。

「いやな予感」がして実際にやばいことが起こったときに、そのやばいことが起こる前の状況を事後的に検証するとたしかに熱型表やラボデータにおかしな兆候はある。でも術後の患者では、CBCとかCRPとか肝機能とか電解質とかがフラフラするのはよくあることなので、「まあこんなもんだよね」とか「とりあえず様子見ましょう」となる。

でも、担当ナースの不安そうな様子とか自分が診察して受けた印象とかからいやな予感がしつつも「とりあえず様子見で」というときと、ラボデータが少々おかしくても本当に大丈夫だと感じて「まあ様子見ようよ」というときとを、モニターやラボデータは峻別できない。というか「いやな予感」を生み出す源泉をまだ理解できていない以上は、これを機械に装備することは無理だと思います。

以前のこのブログのエントリーで、「思考と感覚のズレがいやな予感につながる」というようなものがあったように記憶しているのですが、それを深化させたものをを望んでいる人間は少なくないと思います。ぜひ読んでみたいのでよろしくお願いしますよ!

翌日は阿鼻叫喚 入院するとき元気な人というのは、本当に嫌なんですよね。リカバリー大変。

思考と感覚のずれ これでしょうか? http://medt00lz.s59.xrea.com/blog/archives/2006/06/post_361.html

このお話は、ロシアの民族学者、ウラジミール・プロップの「物語のパターン」という議論 を底本にしたのですが、自分でもよく理解できないままに書いたためか、論旨が見事に破綻 してますね…。ブックマークも全然つかなかったし、みなさんよく見ています。 当事者は絶対に客観的な視点は持てないし、「真っ暗な海を走る船の方角を当てる方法」 というのは、過誤回避を一般化した問題として、もっと議論されてもいいと思うんですが。

無医村的ICU、CCUで仕事をすると、どうなると患者が死ぬかを徹底的に教育されました。 おかげ様で今では「なんだか変」と思って、できることをして、ビンゴ!となることが多くなったような。新人の頃は「変」と思うだけで、その感覚をそのままにして、大変なことになることもありました。 この感覚って私にとっては、第六感的な感覚で、いまいちはっきりしないのだけれど、絶対に無視できない難しいもの。

産科医様のコメントを裏付けるような読み物を見つけました。 ttp://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2002dir/n2487dir/n248702.htm#00 エントリーとは外れてしまいますが、 ttp://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2002dir/n2489dir/n248905.htm#00 のHarvard Medical Practice Studyの結果も大変興味深いです。未読の方お勧めですよ。

ええ、ええ、まさにそのエントリーです。 当時、自分のゴーストのささやきに忠実になれなくて大変なことになったけどなんとか助かった症例があって、そのエントリーがしっくり来たのです。そのころはソーシャルブックマークのことも知らなかったなあ。 その後、2・3回あのエントリーのおかげで命拾いしたことがありました。ありがとうございました。

やるべきことはやっているはずなのに、看護師につっこまれたとき、「これ以上どないせえっちゅうんや!」と胸を張って言えないあのなんとも言えないモヤモヤした感覚をどのように定量化するか、あるいは定量化可能なのか興味ありますねえ。

第六感 これもまた、再現可能な技術としてモニター機器に組み込むの、充分可能だと思うんですよね。 今すぐは無理にしても。製鉄業の高炉制御システムとか、これにかなり近いことをやっています。

Harvard Medical Practice Study 病気の重症度とは別に、医師の見た目の印象と、訴訟確立とが相関するなんていう 報告もありましたね…。見た目の印象がいい人というのは、やっぱりものすごく特みたいです。

まさにそのエントリー 物語理論は面白そうで、専門書買い込んだりしているのですが、最初から理解不可能な 記号の説明から入るという…。ラカンの講義録をもっと難解にしたかんじで、読めるもんなら 読んでみな、という感覚が行間から伝わってきて、挫折しました。分かりやすい本ないんでしょうか?

物語理論とは違いますが、私は柄谷行人の初期の文芸批評を読んで判ったような気になって喜んでおりました。「マクベス論」とか面白かったです。先生はすでにお読みかもしれませんが・・・

まだ読んでないです。。。 私は根っこがSFで、メッキが人文科学でここまでやってきたので、 文学畑の人達の本はほとんど読んだことがないんです。 たぶん、本職の人から見ると何かが欠落した議論ばっかりで、 逆にそこが面白がられてるんじゃないかと。

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