« ユーザーにとっての医療技術 | 知的っぽいけれど知的でない »

2007.02.26

優秀な技術者は優秀な需要を抱えた人に降りてくる

ひとつ前の話の続き。

何でそこまで簡単な医療マニュアル、Lightweight Language 的なやり方にこだわるのかというと、 それは「技術を深く理解していることと、優秀なアウトプットを出し続けることとは根本的に異なる」 という思いがあるため。

たとえば炎症性腸疾患という、比較的に診断の難しい病気がある。

大腸カメラを行えば診断は可能だけれど、血便とか腹痛みたいな症状を 訴えて来院する人は案外少なくて、体重減少とか全身倦怠感、 関節痛や不明熱みたいな症状で外来を受診する人もいる。

炎症性腸疾患の内視鏡診断や病理診断、病態生理や治療のやり方についての 専門知識を持っている人は確かに優秀な技術者であるには違いないのだけれど、 こんな人たちは「消化器内科」に所属しているから、不明熱で受診した人たちが 専門医に一発でかかれる可能性は低い。

こんな専門家とは対照的に、専門知識を持っていなくても、「若い女性の不明熱や 関節症状があって、他の原因が否定できるような時には大腸カメラをオーダーするのは 決してオーバーではない」という一文をひねり出せる人というのは、炎症性腸疾患の 専門家と同じくらいに素晴らしい技術者なんだと思うし、また患者さんにとってみれば、 こんな発想ができる人こそ「ユーザー本位」の考え方をする人なんだと思う。

優秀な技術者というのは、もちろん優秀な専門家であることが多いのだけれど、 残念ながら、優秀な専門家が優秀な患者需要を抱えている可能性は意外に低くて、 需要と知識のアンバランスというのは、ただでさえ人の少ないこの業界を、 更に非効率にしているような気がする。

たとえばPerl やRuby みたいなスクリプト言語というのは習得が比較的容易 といわれているけれど、そのコミュニティで「クールな」スクリプトを発表している人全員が、 C言語みたいなもっと専門的な、習得の難しい言語のプロかというとたぶん そんなことはない。

Perl しか知らないけれど、その人が作るスクリプトには すごい需要があって、もっと優秀な技術を持った人たちが「こんなところに需要があったのか」 と驚くような、そんなものを作れたりすることもあったりするんじゃないだろうか。

この業界にもPerl みたいな高級言語を実装して、例えば救急隊や看護婦さん、 検査の人たちともっと突っ込んだ会話をしたり、自分みたいな一般医と 専門家とがもっとコミュニケーションをとって、現場の言葉と専門家の知識とを 連携できるようになると強力だし、この仕事は今よりもっと面白くなる、 そんな思いがあって。

Comment & Trackback

Comments and Trackback are closed.

「宇宙船ビーグル号の冒険」の総合科学者を連想する話です。

総合科学者 あの人は単なる超科学者でしたが、たとえば得体のしれない物体をビーグル号に収容したとき それをみて「これは、物理学者ならば正解を知っているはず」なんていえるような人が できればいいな、と。

perlを実装して会話する必要性。 風通しが良くなれば良いのではないかと。 この仕事って面白いよ! つまらないこともたくさんあるけど、このbolg最近色々コメントあって 、それを拝見するとそう思う。適当に、そんな感じで仕事できると、面白いかも。

専門家というのはおいしい症例以外は、自分の専門ではないという根拠を探すのが主たる仕事です。私も「少なくともパンペリではない。メシが食えているならとりあえず緊急性はない。だからウチで診る道理はない」などという思考をしてしまうときが多々あります。

経団連の人たちは本気ではないのでしょうか?少なくとも「従業員の医療費は少なくしたい。でも自分が病気になったらたくさんお金を払って良い医療を受けれるのがいいなあ」ぐらいのことは思っているでしょう。ちなみに当院はF社のオンボロ電子カルテにポンコツパソコンだけでなくプラズマテレビの在庫一掃セールにまで加担しております。

どうでも良いことですが、炎症性腸疾患の人が早期に診断され良い治療を受けることができるようになるのは外科医にとってもhappyです。そのての患者さんたちが外科に回ってくるような情況というのはグダグダのドロドロのときで、手術なんかしたくないけどでも他に打つ手はないという患者にとっても外科医にとっても悲しい事態です。早期にいい治療を受けてそういう情況が減ってくれると嬉しいな。

技術の進歩というのは、やっぱり習得が容易な方向に行かないと嘘だと思うんですよね。 パソコン業界が、ハードウェアごとに OS を自作する時代を経てOS 上のソフトウェアを 作る自作する時代が訪れ、オープンソースのライブラリを組み合わせながら開発していく時代が訪れ、 今では毎日のように新しいサービスがマッシュアップで生まれる日々になるように、 技術と言うのは進歩して、アイデア=症状が形になるまでの時間がどんどん短くなるはず なんです。今の病院は専門化して、症状を抱えた人が門をくぐってから、とりあえずの 解決に至るまでの時間は長くなるばかり。もちろん治癒率は向上しているわけなんですが。

自分では実験あまりしないくせに、他の研究者が壁にぶち当たっていると、ひょい、と解決法を示す人がいます。で、主論文よりも副論文がふえてしまう。 横断的な知識を持った人は集団の中に少数いて、その人達の意見を聞くために七面倒くさいカンファレンスが毎週開かれます。 そんなCCの中で「おっ」と思うのは、純然たる肝臓屋さんがPSVTに的確な対応をしているような場合。これは格好良くて真似したくなります。頭のいい人は物事の本質を凝縮するのが得意で,そんなエッセンスのプールがあれば,すごくいいです。そういうことですね。

昔ながらのゼネラリストの先生方も、最近はもう珍獣扱いですねぇ…。