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2007.02.21

経済学的、心理学的

社会を動かす2つの対立する考えかた。

  • 経済学:人間というのは本来理性的な生き物で、構造の変化が社会を動かす
  • メディア:人間個人は理不尽な生き物で、社会は人が動かしている

経済学畑の人達は、理性の存在を信じている。人はインセンティヴに従って 行動するから、社会の構造を操作してやることで、社会を構成する個人の振舞いを変更しようとする。

メディア畑の人なんかは逆。人間は理不尽な生き物で、適切な構造、 経済政策みたいなものを作ったところで、 たとえば「竹中平蔵大臣の顔が気に食わない」とか、 そんな理由で多くの人が理性に反する行動をすると 考える。

経済学者は、「個人の理性」を喚起するための構造を考えて、政府に提言する。 全員が理性的であれば、世の中はそのとおりに動く。

メディアが社会を操作しようと思ったら、まずは個人を「群集化」するやりかたを考えて、 そのあとで群れをどう動かすかを考えるか、あるいはそのまま放置する。

理性的な個人の集合と、「群集」と化した人々。

同じ人数で何かの仕事をするとき、より効率的に働くのは、個人の集合。10人いれば10人が 適切な行動がとれるから、効率は上がる。

群集は最悪。みんな同じ行動しかしないから、 たとえば10人が3人と7人とに分かれて行動したほうがいい場面であっても、10人は10人のまま。 まず3人でできる仕事を10人でやって、その後7人でできる仕事をまた10人でやる。

効率は理性的な個人の半分にしかならないけれど、群集というのは不思議と居心地が 良かったりもする。

理性を生む分断

僻地医療や産科減少というのは分配の問題。

経済学的な解決策を考えるなら、そのうち都市部に勤務する医師、皮膚科や眼科、 自由診療を行っている医師の収入には、今後重税がかかりますというアナウンスが 行われるはず。

統治の基本は分断。

  • 不利益をこうむるのは医師だけだから、国民と医師は分断される
  • 都市部と地方の収入格差が生じるから、地域ごとの医師も分断
  • 税がかかるのは「医師の収入」であって病院じゃないから、経営サイドと現場医師とは分断
  • もともとあった「科の溝」は、ますます深まる

群集を個人に分断すれば、内なる理性が生きてくる」というのが 構造の力を信じる人達のテーゼだから、 彼らが本気で医療問題を解決しようと思っているなら、こんなやりかたを考えるはず。

予定通りにいけば、都市部のマイナー科の医師は仕事がなくなって、 僻地でマイナー科業務をこなすようになるか、 あるいはメジャー科に転向してリスクをとるか。自由診療をしている先生がたは まだまだ少ないはずだから、各個撃破で十分対応可能。ブラックジャックじゃあるまいし、 さすがに医師免許無しでは仕事もできないだろうし。

現場の医師は反発するだろうけれど、保険医総辞退を指揮できるガッツのある人、たぶん出てこない。 医師のやる気は地に落ちる。でもここで大切なのは数字。

経団連の人達とか、政府の人達がいろんな提案をしているけれど、 彼らが本気を出すならこんな提案が出てくるだろうし、彼らにはそもそも こんな問題を本気で解決しようという意志が無いような気がする。何となく。

構造に反駁するのは人間の力

「みんなは理性的」を前提に組まれた論理に対して、論理で対抗するのは難しい。 泥沼化して、そのうち国民サイドから詭弁認定を受けて、医療者は終わる。

経済畑の人たちが医療改革に本気で、将来こんな提案が出されることがあるならば、 医師側にできる対抗戦略は「人間の力」を使うこと。

具体的にはみのもんたとか筑紫哲也みたいな人達に、内科学会の顧問になってもらう。

医師の代表では役不足。医師を含めた国民の代表になるような「顔」を立てて、 彼らが煽動する形で、医師も国民も一まとまりの「群集」を作ってもらって、 政府の動きにとりあえず逆らう。

その先に何があるのかは分からないし、社会の効率はひどく落ちる。 たぶん日本は倒産しちゃうだろうけれど、 とりあえず政府の思惑は外すことができる。

メディア系の知識人は、本物の経済学者に比べれば政治に疎い。彼らが政治を行って、 社会がうまくいく可能性は100%無いけれど、 人をまとめて「群集にする」ことに関しては、メディアは経済学者より上手。

多くの人を狭い所に閉じ込めると、人は群衆化し、その行動は単純化し、予測が容易になる。 今では人々を閉じ込めるのに、物理的な手段は必ずしも必要ないことも我々は知っている。 人々を群衆化する檻は、情報であっても構わない。「群衆化による行動制御」というのは、 今では第二次世界大戦の頃よりずっと巧みに行われている。 404 Blog Not Found:経済学より重要なもの

複雑な現実を理解するのに、モデル化を行って未来予測をかけるのが経済学者なら、 現実自体に変更を加えて、未来予測を簡単に行えるようにしてしまうのがメディアの人達。

構造によって分断された個人を束ねて、理性を消して獣性で論理に対抗するのが「人間の力」。

歴史的に、構造は常に人間の力で破壊され、 獣性によって動かされた世の中を前にして、理性は常に無力だった。

個人が集まって構造を作って、不満が募って人間力が構造を破壊して。 人間の矛盾が露呈して社会が爆ぜて、バラバラになった個人がまた新しい構造を作る。 その繰り返し。

人間という生き物を駆動しているのは、理性なのか、それとも獣性なのか?

「お前は獣だ」なんて言われれば誰だってムカつくし、 「あなたは理性を持った人だ」と認められると、相手を信じる気にもなる。

経団連の提言なんかに従うのは絶対に嫌だけれど、「嫌だ」という思いもまた獣の感情。 「人間の理性を信じる」という戦略部分では、経団連の人たちというのは案外、 人間に対して誠実なのかもしれない。

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厚労省や政府が僻地医療を何とかしようと思っているのなら、とっくの昔に義務化しているでしょう。

僻地に医療費を湯水のように使うことは無駄だと思っているからです

以前会議で義務化を検討したのは自治体に対するポーズだけです

個人であることを止める戦略取られたらどうでしょう? 例えば今の逃散戦略って、ソルジャー医とか勤務医という個人をやめることだし、昔から見られた結婚・出産退職は医師という個人をやめている、と言えると思うのですが。

個人であることを止める それはやっぱり、ルールの外に出る行為なんだと思います。「反則だ」という意見もあるでしょうし、 無敵の選択である以上、正解なのかもしれません。 上のエントリーで書いたのは、医療を取り巻く今後の情勢を、経済の人と医療側の人とがお互いに コントロールしあうゲームをした場合、たぶんこんな選択があるよというお話で、現場から 人がどんどんいなくなっているとか、そんな話題はあえて見て見ぬふりをしています。 このblog は昔は旗振り役、最近はなんだか主流に逆らう話ばっかりになってしまいましたが、 自分が面白いと思うことを書き綴っていたら、話題が一周してしまいました…。

都市部のマイナー科重税とか、そんな無茶を厚労省や財務省の中の人がやるのか?という疑問はあるけど、医師の僻地勤務義務化よりはよほど実現可能性ありそうですね。彼らは、「医者はブログで声を上げるだけで実効性のある行動はしない」と値ぶみしているのかもしれません。

マスコミの人を立てるのは難しいと思います。彼らにとっては医者をたたいて納豆を称賛するほうがラクですからね。分断戦略で利益を得ている当事者にほかならない。

これらの状況を突破するためには、個々の医師が己の技量と語学力を高めて日本以外でもやっていけるようにする、あるいは医業以外でも食べていけるようにするほかないと思います。

実際問題、経済界の人たちが本気で医療の経営に乗り出して、 医療を合理的な方向に引っ張ろうとしたら、医師の単価を 下げにくるんじゃないかと思うんですよね。 たとえば消化器内視鏡の技術にきょねんと今年で大きな変化が 無かったならば、今年は去年の9割しか手技料出さないよ、 みたいな。 車の部品を買い叩くトヨタなんかは、こんなやりかた。 需要があっても、新規性の無いものに対しては競争原理で どんどん対価が下がる昨今、結晶化した専門的な分野のコスト は下がって、診断学とか、救急とか、患者サービスに直結 する部分では出来高払い制みたいなやりかたが導入されて、 大昔の「いいお医者さん」のステレオタイプみたいな奴が 生き残るんじゃないかと。 「俺達の力でここまでやってやるぜ」と経済の人たちが言う ならば、個人的にはうれしかったりするのですが、今の提言は 根本的な構造には手をつけないで、とりあえず型オチの パソコンを売り払えればいいや…みたいなかんじで、あんまり うれしくないですよね。