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2007.02.13

善い人の善意が世の中を美しく腐らせる

悪人の善意は世の中を動かす。 悪意を持った悪人も、交渉の相手としては役に立つ。 悪意を持った善人は本質的に無害。 善人の善意というものは、これはもうどうしようもない。

みかんから数字を発見する

「りんご3つとみかん2つを合計すると、いくつになるでしょう?」

算数を最初に習ったとき、こんな習いかたをしなかっただろうか?

身近なものを使ったたとえ話は、だんだんと複雑な数式へ。

みんな最初は、頭の中で「りんご」や「みかん」を必死に数える。数が増えたり、 りんごにバナナが加わったりしていく中で、 誰かが数字を「発見」する。

最初の発見者は、頭が良くて、怠惰な子供だ。 頭が良くて勤勉な子供は、必死になってりんごを数えることに夢中になって、 その裏にある理屈には気付けない。

怠惰な子供の目標は、なるべく楽に答えを出すこと。 勤勉な子供の目標は、先生にほめられること。

「早く数えれば、それだけ多くほめてもらえる」

頭の中にこんな回路を作ってしまった勤勉な子供は、数を発見する代わりに、 一生懸命果物を数える。

問題が複雑になっていくと、数えていたのでは追いつけなくなる。 みんなに追いつけなくなった勤勉な子供は、 今度は「いくつですか?」と問題を出した先生を恨むようになる。

教室の中では、勤勉さというのは「善」だけれど、今いる場所から飛躍して、 もっと効率のいい考えかたを発見するには、怠惰であること、ある種の「悪さ」は欠かせない。

思考の連鎖が「善い」を作った

「善い」という状態は、「ある」のではなくて「発見される」ものだと思う。

いろんな人がエゴをむき出しにしてぶつかりあう実世界。みんなが利己的に振舞う中で、 どこを妥協したらお互い傷つかずに利益が得られるのか。そんなやりかたを 追求して、お互い折り合った結果が「善い」という状態。

発見された「善い」が普遍的になっていく中で、 そのうち結果と目標とを逆転させる人が出てくる。

世の中には「善い」というものがあって、それに従っていさえすれば、きっと幸せになれる

思考を放棄して、そんな考え違いをした人というのは、数字を発見できない勤勉な子供と同じ。

利益を求めて思考した人たちが、ようやく折り合い発見した「善い」を、 思考なしにそのまま目標にした「善人」には、いつまでたっても利益なんて来ない。

同じものであっても、それを信じた人と、それを見つけた人との間には絶望的な断絶がある。 信念というものは、思考停止をもたらす。善であることを単なる目標にしてしまった「善人」というのは、 結局のところ「善いこと」とは どんなものなのかが分からない。

自分はこんなに善人なのに、世の中では悪人が跋扈して、 自分に回ってくるはずだった利益を吸い上げる。

自称「善人」はこんなふうに世の中を恨み、「良い」を発見した人を「悪人」と罵り、恨む。 こんな思いは、果たして正しいんだろうか?

そして病院は叩かれる

みんないい人だ。

いい人はタバコを止めない。薬を忘れる。健康食品に夢中になる。

悪くなる。入院する。みんなこう言う。「私はなにも悪くないのに」。

みんないい人だ。

  • 「こんなになるなんて思ってもみなかった」
  • 「完全に治るまで入院させて下さい」
  • 「もっといいサービスをして下さい」
  • 「どうしてこんなに高いんですか?」

いい人達は、いつまでたってもいい人のまま。どんなに具合が悪くなっても、 「善い人」であろうとするほど、話が進まない。

いくら「善く」なっても、だれも何もしてくれない。いい人にとってはそれは理不尽だけれど、 何もしないんだからしょうがない。

1910年代のメラネシアでは、ヨーロッパの人たちが援助物資を飛行機に積んでやってくるのをみて、 「同じことをすれば、自分達にも物資がやってくる」と思い込む人達がいたそうだ。

彼らは白人がすることを真似て、飛行場みたいな場所を作ったり、 管制官を真似た踊りを踊ったりしたけれど、 もちろん援助物資は来なかった。

こんな信仰を信じた人達は「善い」人達だったけれど、もっと実際的な人、「悪い」連中ならば、 たとえば白人の誰かを人質に取ったり、飛行機をみんなで襲ったり、もっと別のことを考えたはず。

それは「悪い」、利己的な行動で、最初は白人との戦争になるかもしれないけれど、 そのうちお互い折り合って、あるいはそれが貿易の始まりになるかもしれない。

お互いのエゴをぶつけ合う中で、「善い」もまた進化していく。

「善い人」がいくら「善く」あったところで、世の中結局動かない。

世の中から「悪い」が消毒されて「善く」なって、「善い」にとらわれた人達の怨嗟の声 は、なぜか大きくなるばかり。

みんなもっと「悪く」なってもいいんじゃないか。そんなことを思う。


これで1900字。病院新聞のボツ原稿

「原稿用紙5枚ぐらいで、適当に何か書いてよ」なんて先週言われて、 頭ひねってやっと書きあげたら「もう少し、穏やかな文章にしてくれないかな…」と。

一般の人向けに対話形式取り入れたり、けっこう工夫したつもりなんだけど。

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病院新聞のボツ原稿。

刺激が強すぎますわな(笑) ブログあたりが程よいかと。。

正義というものほど性質の悪いものは無いですね。 戦争や核兵器、公害、奴隷制などなど人類の過ちとされてる歴史上の出来事なんて、どれも当時は「正義」の名の下に行われていて、そして誰もそれを止めることはできなかった。 多分、未来の人から見たら私達もきっと愚かな「正義」を振りかざしているように見えることでしょう。

しかし、面白い内容ですのに、ボツ原稿なのは残念ですね・・・

これは、院内新聞にはまずいっしょ(きっぱり) 1910年代に、メラネシアまで、物資輸送能力のある飛行機が飛んだという事ですが,ちょっとイメージしにくいです。(航続距離,ペイロード重量の面で)

これで掲載されるわけがないですよ(爆笑)というか、本当は端から載せる気なかったでしょう?

少なくとも「善人」→「弱者」とかに置換しないと…。

読む限り、あなたの仰る善人とは単なる馬鹿ではないでしょうか。認識違い。

うぅ…「ボツになって当たり前だ」という意見ばっかり。まぁそうなんでしょうけれど。

通りすがり様。「馬鹿だな」と思った人を馬鹿とあげつらって、誰か幸せになりますか? 馬鹿と言われた人が何か気がついて、自分の振舞いを変えてみようと思いますか? ねじれた文章表現はほとんど作者の趣味ですが、こんな文章にだって何かの願い は込められてるし、意図した効果だってあるんです。 認識の違いじゃなくて、方法論の違い、あるいは目的の違いなのでは?

なんかコメントが盛り上がっておりますね。 いろいろな反響があるということは、悪くないと思います。 都合のいい、耳障りのよいコメントばかりが善いとはいえません。

私個人としては、大変共感できました。 「善」と「悪」の定義づけで、このエントリーの感じ方が違うのではないでしょうか。

私の周りの善人というのはとてもたくさんいて、悪人というのはほんの少し。善人はいろいろ考えずに「これが善いこと」と思ってみんなが「前習え」している。だから多数決で「善」になることができる。 悪人は利己的だったり、ぶつかりあいが多いけれど、そうなるのは何かを変えようとしていたり、意外な理由があったりする。こういうことが「悪人の善意」ではないかと思う。うまく伝えられないけれど。

うまく伝えられないけれど 書いた人自身が、あんまりよく分かっていなかったりします…。 語感優先。

久坂部羊「大学病院のウラは墓場」タイトルとは裏腹に中身はまさにこのエントリーのみならずmedtoolzさんの問題意識にどんぴしゃの内容かと(もうとうにお読みかもしれませんが…)、もしまだ未読でしたらお勧めいたします。

あと別に非難するとか、嘲笑とかというわけでなくいつも本当に勉強させていただいて、そして笑わせていただいております。ただ、一般に広めようという場合にはあまりに毒がきつすぎるかと…せめて言葉遣いはできるだけオブラートに包むなりなんなりで一見ではその毒に気づかれないような言葉遣いをされたほうがいいかもと思っただけですから。

大学病院のウラは墓場 いろんなところで評判いいみたいですね。どこかで手に入れてみます。 毒がきつすぎるかと キツい文章ばっかり書いていたら、普通の文章書けなくなってしまいました…。 普通に文章書いても、こんなのばっかり。

偽善を嫌う気持ちは分かりますが、偽善がなぜにして生まれる過程が思考停止にあるという点にもっと踏み込んでほしかったですね。

なぜ考えるのをやめるのは自分が正しいと思うからというのは説明が足りなくて、そういう人たちは他人を見る姿勢が足りないのです。己が正しいと信じるからこそ、他人を見ない。だから、他人の苦しみも悲しみも見えないし聞こえない。そんな人が正しくなれるのかというと、チェックが甘すぎて、最近流行の善意の偽装になってなってしまう。

つまり、自己チェックの甘い人が悪となる。自分が好きな人が自分だけを見る事で悪になる。自分の正しさに酔っているだけの人を善人とは呼ばない、偽善者と呼ぶ。

真の善人は、他人を愛すればこそ、他人を見るし、聞きもする。己が他人の為にしている事が、他人の苦しみや悲しみになりはしないかと、いつも注意深く見守っている。そういう人を善人という。この文章の中で、偽善者と善人が混同されている事が私から見ると不満。

偽善者と善人 その変混乱を狙ってグチャグチャにしてたりします。。2000字制限の限界。

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