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2007.02.06

楽しい文章と広まる文章

「コンペに勝つ」という建築の本からの抜書き。

「予選通過」の技術

  • 審査員が誰なのかを読む :審査員との相性が厳として存在するから、その人に合わせた企画を作らないと通らない
  • 募集要綱をしっかり読み込む :自分のイメージを決めてしまって要綱をないがしろにすると、審査員は読んでくれない
  • 第一印象のインパクト :コンペは何千通もの企画を10個ぐらいに絞るところから始まるから、第一印象が薄いと予選を通れない
  • テーマを絞る :一つのアイデアでなく、あれもこれもとやると印象が薄れてしまう

最終選考を勝ち抜く技術

  • 流れを読む:ライバルはどんな提案をするのか、審査員はどんな議論をするのかを予測して、最終審査に強い提案を作る
  • 社会的リアリティ:建物の実現可能性ではなく、「この提案が通ったら社会がどう変わるのか」という審査員の想像力を刺激できるかどうか
  • 一歩踏み込む:コンペでは必ず前年度入選案と似た案が出てくるが、既視感のあるコンセプトはそれだけで落とされる。 何故それが選ばれたのかを学ぶことと、それを自分の案に取り入れることとは全く別の問題
  • 共感の余地を残す:企画を最後まで完結させないで、審査員の中で発展させる余地を残す。 興味を持たれれば、書かれていないことまで深読みされて、表現されている以上に好意的に理解されることが多い。書かれ過ぎていると、「ああ、そういうことか」と底が割れてしまい、興味を持たれにくくなる
  • 思考実験:競争相手が分かっているコンペでは、自分が勝てるとしたらどんな形で、どういう筋道で勝てるかを思考実験して企画を練る。競合者の中で、自分だけができることは何かを最初に考えて、それをテーマにする
  • 世代の差を考える:先行する上の世代と同じ事をしていたのでは駄目。世代の違いを常に意識して発信する
  • 文章は短く明快に:コンセプトを明快に書けば、審査員は言外まで読んでくれる。引用は、いかにすばらしい言葉でも、審査員の目を素通りしてしまうから、自分の言葉で書く
  • モノローグは好まれない:あくまでも相手に対して何かを語りかける。一人よがりな意見は駄目
  • 強気で攻める:危険な賭けだけれど、「絶対にこれがいい」と言い張ることが大事
  • 二つの距離を使い分ける:少し離れた距離で伝えるメッセージと、至近距離でのメッセージを使い分ける

審査員は他人の目というプレッシャーの中で仕事をする

  • 審査員というのは名誉職でも何でもなくて、どちらかというと「いやいや審査する」感覚
  • 何故審査をするのか?と問われれば、「何故こんな提案を入選させたの?」と笑われないため
  • 「図書館の時代はもう古い」とか、審査員が出したテーマに対して批判的なスタンスを取った 企画は多い。提案者は、それが斬新に思えた時点で、誰もがやっていると考えるべき。 批判するなら、「その次にくるもの」を一緒に提案しないとつまらない
  • 個性とは何か。有名建築家の中でも、毎回違ったコンセプトと表現とを自分に科す建築家と、 愚直なまでに自分の個性を押し通す建築家とがいる。どちらも成功した建築家で、 どちらのスタンスが正しいのかは分からない

みんな同業者だから、ありきたりな企画を入選させてしまうと、 まわりから「馬鹿じゃない?」と言われてしまい、それがすごく怖いらしい。

「ものすごい提案を見つけたよ、すぐには分からないかもしれないけれど、すごく面白いよ」

こう胸を張れるような案を選びたいと思っているのだと。

書いて楽しい文章と、人から読まれる文章と

書いていて楽しいから発信して、時々大きな反響をもらって喜んで。

そのうち反響をもらえる頻度が増えてきて、「もらえること」のうれしさよりも、 「もらえなかったこと」のショックのほうが大きくなったら、 そろそろ書きかたを変える時期なのかもしれない。

残念ながら、書いていて楽しい文章と、反響を狙って書いた文章とは、 内容も書きかたも全然違ってくる。

「コンペに勝つにはどうすればいいのか?」というのは建築の話題だけれど、 反響をもらうための文章を書くためのヒントがあると思う。

Comment & Trackback

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下らない。 技巧で反響をとって、あなたは何が楽しいのか? Yosyan 先生のblog があれだけ建設的に盛り上がっているのに、 あなたのblog を誰もが見放している原因はあなた自身だ。

私は、個人的にはこっち(medtoolzさん)好きなんですけどね。↓さんと喧嘩したいわけじゃないですよ。お手柔らかに(笑)。

前にも書きましたが、medtoolzさんの文章は、非常に抽象化されていて、読み手がそれぞれ自分の体験に照らし合わせて「ああ、そうそう、わかるわかる」と思わせるところがある。しかもそれを意図的になさってる。 なかなか真似できないですよ。稀有な才能だから是非伸ばしていただきたい。

ネットっていうのは、将来はどうなるかわかりませんが、所詮、文章、文脈の世界です。 どんなに「盛り上がって」見えても、それは錯覚。 現実では無い。 Yosyan先生のところの批判じゃないですよー。誤解しないでね。私、最近JBMにも賛同して登録したとこだし。 現実はあなたの目の前、すぐ足元にある。そこにしかない。 Yosyan先生のところ、たしかに議論は具象的だし、皆が豊富な資料引用してきて、活発なように見える。 しかし、あの中の何人が、現実世界において、具体的に行動を起こすだろうか?社会に対してでも、自分をとりまく小さな環境に対してでもいい。 ネット上の「擬似現実体験」に満足して、そこに逃避して終わってしまってる人いないですかね? そういう意味で、現実へのエネルギー吸収してしまうtrickyな危険はらんだサイトだなー、と思ってもいます。

ここは、抽象的な分、現実へのエネルギーの補給、というか、イメージ形成にいい。 少なくとも、私はそう利用させてもらってます。 まあ、しかし、単に好みの問題なんでしょうね、きっと。

書くことを仕事としている場合、意に反した内容で反響を狙うことを求められることもあって、それでもどこかに自分の考えをそっと忍ばせている。オットがediterとかwriterという職業のためか、writingを気にするようになり、それが心地いいものだと読んでいてうれしくなります。このblog、仕事さぼってよんでいます。

コメントありがとうございます。 別にいつも反響狙って技巧を凝らしているなんてことないんですがね。。。 そろそろ春ですし、宣戦布告でもしてみましょうか?>匿名様。

私個人を非難される分には一向に構いませんが、他の人達を攻撃するのは止めて下さいね。