平均と累積との隔たりが主流派の場所を見失わせる
累積するランダムウォーク
- 飲み屋さんから酔っ払いが出て来て歩きだす
- 酔っているからどちらにむかって歩くか分からないし、いきなり Uターンをはじめることもある
- 酔っ払いは疲れを知らないから、朝になるまで無限に歩き続ける
100万人の酔っ払いを道路に放して、たとえば朝になったときのみんなの位置を平均すると、 たぶん飲み屋さんの位置からほとんど動かない。酔っ払い一人一人の位置はバラバラだけれど、 その数が増えれば増えるほど、平均の位置は原点に近くなる。
ところが、一人の酔っ払いに100万人分歩いてもらうと、その酔っ払いが最後に立っている位置は、 元の飲み屋さんとはかけ離れた場所になってしまう。
プラスとマイナス。平均すると「ゼロ」に収束する変化であっても、 それが累積すると、極端な場所に偏ってしまう。
見えない主流派
南京虐殺というのは「あった」のだそうだ。
ネットでは、あれは中国の陰謀だとか、そもそもあんな人数当時の南京には存在しないとか、 そんな意見が主流になっているけれど、歴史をやっている人達の「主流派」の意見とは 異なるのだとか。
小学校の学級委員会みたいな「みんなの顔が見える」議論では、主流派の人達というのは、 もっとも声の大きな人たち。裏ではいろいろあるにしても、担任の先生が見たみんなの意見と、 クラスの主流派の意見とは、たぶん一緒。
ネット世界では、一番見えにくいのが主流派の人たちの意志。
南京大虐殺の話題なんて、 右か左か、どちらかに偏った極端な意見しか目に入らなくて、「学会の多数派はこう考えている」 といった意見を探すのはとても大変。主流派の人達から言わせれば、きっと探しかたが足りないとか、 「リテラシーが低い野郎はこれだから…」とか言われるんだろうけれど。
抗生物質の使いかたなんかでも、同じ経験。
研修医の頃は朝の4時でも検体のグラム染色が義務で、眠い目こすりながら顕微鏡のぞいて、 患者さんが発熱してから薬が入るまで半日とかザラ。
日本にたくさんいる「悪い医者」は、こんな正しい検査を全部飛ばして、 みんな抗生剤を考えなしに使いやがる…
こんな話を上級生から聞かされては、「正しいのはやっぱり自分達なんだ」なんて カルト的なかん違いをしていたのも今は昔。
いろんな病院を転々としたけれど、主流派のはずの「悪い医者」なんてどこにもいなくて、 みんな自分達なりに診断したり、考えたり、抗生剤を選んだり。
自分達が主流派ではないのは確かな事実だったけれど、その当時の自分達から見て「主流」だと 思ってた「悪い医者」というのは単なる憶測。「主流」はどこにもいなかった。
累積していく悪魔の証明
お互いの顔が見えない議論が白熱してくると、どうしても悪魔の証明の蓄積が生じてしまう。
相手が「ある」という証拠を持ち出して騒ぎはじめたとき、それに対して「そんなでもないよ」という 反論をして、それを証明するには莫大な労力がいる。
ネット議論は時間勝負みたいなところがあるから、 相手の「ある」に対抗しようと思ったら、「ない」ではなくて、別の「ある」を持ち出すほうが簡単で 確実。議論はしばしば「ある」証拠や、憶測の応酬になってしまって、収拾がつかなくなる。
あらゆる証拠を平均して、議論の「原点」を定められれば建設的な流れを作れる。
ところが、平均という操作を行うためには上からの視点、学校の先生みたいな人とか、 あるいは歴史の真実を知っている神様的な視点、証拠の重み付けをして、 憶測を排除する上位の存在が欠かせない。
町をさまよう酔っ払いは、自分の場所も把握できなければ、相手の場所も 憶測するしかない。みんなの居場所を平均して、元の飲み屋さんの位置を 推定するには、GPSみたいな機械が必要。
「普通の医師」はどんな人なのか
医療の崩壊が臨界点を超えたらしい。全然実感できないんだけれど。
情勢が悪くなっているのはもう間違いなく、紹介できる病院はますます減っているし、 近所の公立病院からも内科が撤退したりするし、悪い話ばっかり。
実際本当に崩壊しかかってているんだけれど、それでも地域は回っているし、 今も働いている医者はいっぱいいる。臨界はもう少しだけ先。
医療崩壊がらみのネット議論は、「もう崩壊だね」という証言、 「もう滅ぶしかないね」という憶測が積み重なりすぎてしまって、現時点での「普通の医師」が 平均してどんな暮らしをしていて、自分達はどのあたりを目指せばいいのか、見えずらい。
今の仕事辞めたとして、じゃあ開業したり、廃業して株式投資だけで 人生満喫できちゃったりする医師なんて、実際のところ何人いるんだか。 崩壊だ何だいったって、自分にやれることなんて、結局医療行為だけ。
開業しましたとか、今海外でMBA取ってますとか、ネットにはいろんな選択をした先生方の コメントが載るけれど、自分にはとても真似できないし、むしろ生き延びるためには 現状を何とか維持する方法を探す以外、ちょっと思いつかない。
様々な意見の累積は、その平均値である「主流」が今どこにあるのかを見えにくくする。
今の自分が「主流だ」なんていう気は全然ないけれど、大学を含んだいろんな病院を回って、 そんなに極端な立場を取ってるわけでもない。 中心ではないにしても、そんなに離れてはいない立場のはず。
「どうやったら生き延びられるのか」というのはとても大事なテーマで、 ぜひともそれを知りたくて、いろんな人の意見を聞いて回っているけれど、 まだ答えがよく分からない。
サバイバルというのは戦争と一緒で、今までどおりまじめにやるだけでは 無駄死にするだけ。正しい情報に基づいて、 正しい計画を立てることがとても大切。
極端な意見の応酬になって、極端な憶測の元に計画立てても、 「平均」の人達が引いてしまうだけ。たぶんうまくいかない。
「主流」の場所を見失わない議論のやりかた
軍隊では、「狼が来た」という言いかたはしないのだそうだ。
軍隊語は日本語ではなく、更に言えば日本語で戦争はできない。
我々は「狼が来た」と言う。
たが軍隊語では「狼らしきもの発見、当地へ向け進撃中の模様」となる。
彼が見たのは一つの形象であり、彼はその形象を一応狼らしいと判断し、 そしてこちらへ来ると推定したに過ぎない。
REVの日記- "軍隊語と日本語の違いは「事実」と「判断」が峻別されているという事"
戦争というのは正確な通信が命綱だから、その人の言葉の中で、 どこまでが事実で、どこまでが自分の意見とか、事実から判断した憶測なのかを 言葉の中で明示する。
これが守れない軍隊というのは、毎日新聞の論説委員が将軍をやるようなもの。 戦争になっても、相手に秒殺されておしまい。
医療崩壊の流れは真実で、それもどんどん悪くなっていて、何かの対策を 立てる必要は間違いなくあって。
戦略を立てるには正しい情報が欠かせなくて、また情報を正しく評価するためには、 「原点」のキャリブレーションという行為を行う必要があって、その部分で今の ネット議論は、残念ながらあんまりうまく機能していない気がする。
「医療の明日」を論じているいくつかの有名blog で「もう崩壊」みたいな流れで 議論が熟して、「国民よ思い知れ」的なコメントが出ているのを 読んだけれど、お客さん敵に回した時点で、 やっぱり作戦としてはもう「負け」確定なんじゃないかと思う。
沈黙している「主流」を引っ張り込んで、みんなの力を集めるためには、 言葉尻はきっと、けっこう大切。

コメント
みなさまコメントありがとうございます。
「全体」なんて見えているなら戦いは絶対負けないわけで。。
たぶん誰にも全体像が見えていなくて、みんな手持ちの情報
だけでいろいろ考えるから煮詰まったり、引いてしまったり、
行動がバラバラになるんでしょうか。
マスコミ方面も人材不足という話題、面白いですね。
毎日新聞の青木記者の記事というのも、どのぐらいのマンパワーで
報道したのかを知りたいものです。
田中角栄を追い込んだときの立花隆のチームなんかは、部屋
ひとつ借り切って、相当な人数を突っ込んだみたいですが。
Posted by medtoolz at 2007年1月26日 08:35
まず、医療現場と同様に、教育現場でも、マスコミの取材現場でも、現場は疲弊していて、崩壊している、ということは認識すべきかな、と考えています。ある政令指定都市の地方新聞に勤務している記者を友人に持っていますが、彼はその都市の市役所と社会部を守備範囲にしていますが、そんな広い領域をたったの3人でカバーしているそうです。そりゃ大変ですがな、という感じでしょう。恐らく官僚も然りでしょう。
勿論、医療現場の崩壊は憂慮すべきなんですが、どうも安保闘争みたいなにおいを感じるとちょっと引いてしまいます。
感情むき出しであったり、必要以上にアジったり、全ては“ユダヤ(外資系?)の陰謀”、みたいな話になると、もう少し地に足つけて考えて欲しくなります。
それでも、楽観もしすぎず、悲観もしすぎず、(管理人さんもおっしゃっているように、“自身の保身”も含めて)観察と考察は続けていく必要があるでしょう。
“理念”で進んでいる安倍さんもなかなかではないかと期待している感じです。
“主流”はどんな感覚なんでしょうね。さほど現状に興味を持ってネット界に登場していないのかもしれませんね。
Posted by Dr. T.A. at 2007年1月26日 02:22
日本中にざっと20万人くらいのある人種がいて、ランダムに、かつある規則性を持って動くとすると,気象シミュレーション的な解析が適切かもしれません。つまり10kmくらいのメッシュに区切って,それが隣り合う地域と影響を及ぼし合う。地形とか人口密度とかパラメーターを当てはめてみるとか。空気の粘性や音速に相当するのが、医局システムの無力化や、ネットでの情報伝達の早さに相当するのかも。
竜巻はあくまで局地的なものかもしれない。日本海側は雪でも、太平洋側は快晴かもしれない。
内科系に限定してですが、現在の医療崩壊ネタは、九州のイノシシが雪の絵はがきを見て喜んでいるという話かもしれません。でも、降っているところでは降ってます。
Posted by はおはお at 2007年1月25日 23:38
制度的、医療費のことを考えるともう崩壊。ただ「医療の明日]なんて、私にとっては楽しいもの、あなたの指示に的確な判断をして、それを実行して、患者をまもる。私はそれが正しいと思う。医療にしても子育てにしても何にしても、何が正しいのかわからないのではないかと思う世の中。
正しいこととは。
Posted by カンゴクサン at 2007年1月25日 20:45
私は比較的医師が多い地方の、医師が沢山いる病院に勤務しているせいか、崩壊はまだまだ実感できてません。
色々事情もあって、最悪期よりは働きやすくなったなあ、というのが本音です。かつて崩壊の足音が聞こえたこともあったけど、なんとか持ち直したんじゃないかな。
いつまでも医者をするつもりはないけど、手術は面白いですよ。自分の成長を実感できるのは楽しいものです。そういう楽しさを感じられなくなるのが先か、医療崩壊が先かはまだまだわからないですが。
>医療崩壊系の話題になるとここは辺境
辺境というよりは、高踏派という感じを受けますね。
Posted by 消火器外科医 at 2007年1月25日 20:11
医療であれなんであれ、「ぶっちゃけ」どうなのか。言わないことが多すぎるように思います。「医療の崩壊」?。つまらないことを考える方がいらっしゃるようですけど、現場で働いている限り、楽しい医療を提供しています。
Posted by カンゴクサン at 2007年1月25日 20:04
>通りすがり様
ここ、最近人気ないですからねぇ…(鬱)。同業者のblog からは「無いこと」にされちゃってますし。
>プラメドアンケート
あれ、ちゃんと公開してたんですね。全然知りませんでした。
いつも、封筒来た瞬間に捨ててましたけれど、それなりの数の返信、あるもんなんですね。
Posted by medtoolz at 2007年1月25日 18:41
医師の就労環境と就労意識に関する調査
や、
プラメドさんあたりがおこなっているアンケートあたりはどうでしょうか
http://www.plamed.co.jp/activity/research/
Posted by mighty at 2007年1月25日 14:03
>医療崩壊系の話題になるとここは辺境
そもそもこのページを知っている医師自体、あんまり多くないのでは?
それなりにいいことかいてる見たいだし、管理人さんもっと宣伝しても
いいと思いますよ。
Posted by 通りすがり at 2007年1月25日 07:12
おはようございます。
医療崩壊系の話題になるとここは辺境もいいところで、2ちゃんねるからのリンクも
切られちゃって久しいですが、「本陣」の雰囲気がなんだか決戦前の硫黄島みたいに
なっているのがちょっと…。「まず崩壊ありき」なんていうのは、やっぱり違和感を
感じてしまうのです。
Posted by medtoolz at 2007年1月25日 07:02
「スタッフに暴言をはいた(ので○○という対応をした)」の方がダメな例としてはわかりやすいですかね
「スタッフに向かい”ぶっ殺すぞ”と言った」と書くのはOK。事実なら。
暴言かどうかは価値判断ですから、ということなんですね。
Posted by 僕は at 2007年1月25日 06:32
僕は診療録に
「深夜2時に訪室したところ、ベッドのわきの窓側の床に患者が横たわっていた」と書くように言われてました。
シロートのうちによくやってしまうのが、
「患者さんがベッドから落ちて頭を打っていたのを発見した」というふうな書き方で。
ベッドから落ちた瞬間を、頭をぶつけた瞬間を見てないのに、それがどんなにもっともらしい推論であっても書くなよ、と。
仮に後者だったら頭部X線-CTとってなかったらど真ん中アウトだけど、前者で撮ってなかったらギリギリアウト、くらいの差があるなぁ。(どっちもアウトか:笑)
Posted by ぼくはう at 2007年1月25日 00:21
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