2007年1月 1日

テロルのやりかたと生態系

地域医療や、産科小児科。以前からヤバいヤバいと言われていた状況が、 一気に動いた昨年。

福島県で産科の先生が逮捕されたのをはじまりに、年末には墨東病院と豊島病院、 東京都内で年間分娩件数1000人級を誇っていた2つの中核病院が産科を閉じた。

年間の訴訟件数とか、たぶんそんなに劇的に増えたわけではないし、 裁判というのは3審制。全ての訴訟が有罪になるわけではないけれど、ダメージ深刻。

法律なんかどうだっていい。大事なのは、マスコミ様がどう思うのか。

たとえ完全無罪が決まったところで、 報道なんてマスコミ様の胸先三寸でどうにでもなる。 1人を殺した殺人犯は血も涙もない極悪人として報道されるけれど、100万人を殺した人が 国を救ったヒーローとして祭り上げられたりするのはいつものこと。

医療を取り巻く「世間」というのは、マスコミ様を頂点にいただく生態系。我々は単なるエサ。

有効なテロのやりかた

  • 安保闘争
  • 中国共産党
  • 日本の某宗教団体
  • イラクのテロリスト

テロの定義ははっきりしなくて、とりあえず「小さな力しか持たない勢力が、 大きな力を持った勢力に対抗する手段」としておく。 「戦い」の規模としては、オ○ム真理教とベトナム戦争の間にあるもの。

安保闘争は失敗。

60年安保なんて、100万人オーダーの人を集めて、一時は政権の交代まで成功したのに、 結局大きな流れは何一つ変わらなかった。総括してしまえば「団塊世代のお遊戯」。 全共闘白書なんて、みんな「いい思い出だった」とか、当時の指導者までもが 「下らないことだった」とか、信じられないことを書いていて唖然とする。

中国共産党の革命とか、創○学会の発展なんかは、大成功したテロル。

「テロ」と定義するのは報道する側で、マスコミなんて常に成功した側の味方だから、 誰もこの2つを取り上げて「テロ」なんていわないけれど、戦いをはじめたのは、 最初は本当に少数の人。 仲間を集めて、当時の大きな流れに逆らって、時には喧嘩も辞さない態度を貫いて、 ついには国家を転覆したり、政権で重要な地位を占めるようになったり。

イラクもそうなりつつある。

犠牲者の比でいったら、イラクで行われているのは 戦いなんかじゃなくて単なる虐殺。それでも、イラクの兵士は、無敵を誇ったアメリカの政府を たしかに転覆しつつある。

何が違うのか。

  • 「種火」の大きさでいったら、安保闘争とか、天安門事件みたいな学園紛争が最強で、 イラクなんかまだくすぶっているだけ。それでも前者は失敗して、後者は成功しつつある
  • 革命を駆動する「理念」の中身は、みんなバラバラ。安保と共産主義はほとんど同じ方向だけれど、 宗教と政治理念とは対立する概念

成功したテロルと失敗したテロルとを分けているのは、たぶん社会という生態系の「キーストーン」に 影響を与えることに成功しているのかどうか。

テロリズムと生態系

生態系というのは重層的な考えかたで、サンプリング範囲を大きく取れば地球は一つの生態系だし、 そのへんの野原にだって、小さな生態系が回ってる。

「系」に共通する特徴はこんなもの。

  • 「系」の中には、餌を食べる支配する強い種と、餌になる弱い種とがいて循環している
  • どんな種も複数の餌を食べるし、複数の種に食べられるから、いくつかの種がいなくなっても、「系」は維持される
  • 「系」の中には「キーストーン」と呼ばれる種がいて、これがいなくなると、「系」は崩壊する
  • キーストーンは、捕食者の場合もあるし、餌になる単なる雑草のこともあって、外からそれを同定するのは難しい

テロリズムというのは、「系」の中で餌にされる側、弱いものが強いものに挑むための手段。 弱いものが強いものにつけいる隙があるのだとすれば、「強いものが必ずしも生態系の キーストーンではない」という部分。

挑むといっても、たとえば牧場という生態系の中で、牧草が手足を生やして 牛に戦いを挑むなんて現実的ではないから、 実際には牧草が「苦く」進化してみたり、草にとげを生やして、牛に食べられにくくしてみたり。 すごく地味な変化。

牧場の中に、他に食べる草がたくさんあれば、「ある草が苦くなること」はたんなる嫌がらせ。 一生懸命苦くなってみたところで、牛には他にも食べ物はたくさんある。 牛が食べなくなった場所には糞が落ちないから、 結局そこには栄養が回らなくなって、苦くなった草はやがて枯れる。これが失敗したテロル。

牧場という生態系を支配しているのは間違いなく牛だけれど、この生態系を「維持」しているのは、 たぶん牧草の中のどれか特別な種。

たとえば、牛がそれを食べないと、特定の栄養素が取れなかったり、ある草が害虫の侵入を 抑えていて、他の草がなくなって、それが食べられるようになってしまうと、牧場全体が 枯れてしまったり。

そんな草がもしも「苦く」進化して、牧場の生態系を維持できなくなってしまったら、 「草が牛に勝つ」ことなんてしなくても、牛は牧場で生きていけない。

草が苦くなる。そんな小さな変化をきっかけに、社会というネットワーク全体を巻き込んで落とす。
そこから先は運次第。テロリズムというのは、そんな考えかた。

  • 学生運動。そもそもが直接政府転覆を狙いに行ったのが間違い。60年安保が部分的にも成功したのは、キーであったアメリカの外交官に「嫌がらせ」ができたからだった。選挙に行く「ふつうの人」を巻き込めなかったから、運動は大きく広がったけれど、たぶんあの頃「キーストーン」になっていた人達は、現状維持を選択した
  • 中国共産党とか、某宗教団体が成功したのは、 取り込んだ層がそのまま社会のキーストーン種だったから
  • イラク紛争。「イラク-アメリカ」という大きな生態系を支配しているのはアメリカ政府で、 キーストーンになっているのは「かわいそうな若いアメリカ人」というマスコミが括った一群の人。 イラクでは、もちろん対立して殺しあっている関係だけれど、イラクのゲリラ兵と、アメリカの軍人 というのは、ある種の協調関係を持ってアメリカ政府を転覆させる方向に動いている

医師はどうするべきなのか

大マスコミ様を頂点とする日本社会という生態系では、現場の医師というのはどう見たって 単なるエサ。

ネット社会ではマスコミはもはや笑い者になっていて、朝日や毎日が何を書こうが、 みんなそれを冗談と受けとるけれど、ネットでマスコミを笑う「みんな」と、 実際に社会という生態系を維持して、医療が滅んでいくのを傍観している「みんな」とは 全く別物。

マスコミが支配する「言論」世界や、ネットの中でいくらマスコミの非を叫んだところで、 マスコミにとっては「エサが苦くなった」感覚は全くないはず。笑いというのは痛くないから。

マスコミに「医者は苦い」という感覚を持ってもらうには、 やっぱり「マスコミの中の個人」を攻撃すること。

マスコミを構成する個人をいくら潰したところで、マスメディア全体が潰れることは絶対に無いけれど、 それでも彼らはわざわざ「苦い草」を食べにくることだけはしなくなるはず。

  • 医師会が音頭をとって、「悪い報道」をした記者を「個人名」で訴訟
  • マスコミ全体を敵に回しても無駄なので、医師会がメディアを敵に回すのは止める
  • 賠償金なんて個人の生活を潰せる程度で十分。とにかく訴訟の数を増やして、目に見える「刺」をたくさん作ること
  • たまには身内にも刃を向ける。迎合的な発言をした医師とか、 ミスリードに荷担した医師なんかは身内で 処刑して、医師の結束力を力で固めて、マスコミ様に「医師という餌の苦さ」をアピール

我々は牛に食われる草なんだから、牧草の分際で、牛を倒そうとか考えるのが間違い。 刺を持ったり、ちょっと苦くなるだけで十分。

メディア一辺倒だった社会も少しづつ変わって来ていて、 単なる報道機関だったマスコミも、自分で火をつけて、それをエサにするという新しい ビジネスモデルを組み立てつつあって。医者は叩かれて一儲けされて、 今度は危機を煽られてもう一儲け。やられっぱなし。

ネットメディアではみんなマスコミを笑うけれど、それでも朝日はみんなが読むし、 亀田家のボクシングはものすごい視聴率を稼ぐ。ネット世論は何も変えていないし、 キーストーンはまだ「維持」を望んでる。

現状変えるには、遠回りだけれど生態系全体を巻き込んで「落とす」しかなくて、 それはとても難しいようでいて、もしかしたら案外簡単な手段でできるかもしれない。

我々がキーストーンなら、ネットワークは「落ちて」再起動されるだろうし、そうでなければ マスコミからみた「医師という牧草」は枯れて、代替手段がどこかから出てくるだろう。 どちらに転んだって大丈夫。少なくとも、 苦くなった医師が、これ以上マスコミ様に喰われることだけはなくなるから。

マスコミ様がいよいよ凶暴さを増す昨今、いろんな分野の「エサ」が苦くなる戦略を とり始めれば、きっとどこかでキーストーンに当たる。キーが抜けて系が「落ちた」時、 世界はきっと、とんでもなく面白いことになる。

そんな初夢。

コメント

医師会と医師の対立、これが本当に表面化すると、たぶん誰か「上」の人達は
笑いが止まらないんでしょうね…。
戦わない道を模索しまくっている昨今。

医師会は医師向けに以下のような声明を出すべきです。
(悪役になりきる!)
一つの戦法かもしれません。

1.医師と共に疾病とたたかう製薬会社に対して不処方運動しないこと。
2.警察とマスコミには協力すること。「警察・検事・裁判官・マスコミのせいで産科を閉じます」などと病院に張り紙しないこと。
3.マスコミ人の診療は他の患者と同様に誠意を持って行うこと。診療体制に余裕が無い場合を除き、マスコミ人や弁護士妻など特定人に対する分娩予約拒否は行わないこと。
4.開業医は過剰なので勤務医を続けるべきである。開業の際は地元の医師会と相談することをおすすめする。開業医は今後も予防接種や学校医、休日当番に積極的に参加するべきである。
5.開業助産師とは協力すべきである。看護師の内診は禁止。
6.ネットでも医師らしく紳士的にふるまうべきである。
7.外国車でなく、国産車に乗るべきである。
8.救急診療を止めてはいけない。

腹にどんな一物秘めながら何をやろうが、「それが楽しい」というスタンスさえ
外さなければ、何をやっても楽しいはずなんですよね。
みんなが思い思いの「楽しさ」を追求していたら、気がついたら社会が思わぬ
形に変わっていた…なんていうルールが作れたら最高なんですけれど。
これはもう経済学者の仕事。

NHKの場合は、たいてい地方局のディレクターが、まず取材に来ます。
初めて取材を受ける人だと緊張するでしょうが、この時点では、あくまで「取材」。ネタ拾いですね。名刺はディレクターですが、出来高制というか、企画をまとめて、上が採用したら正式にカメラが入る。だから若い人が多い。
地方局から、さらに中央へ企画が上がって、そこで検討されて全国ネットの番組枠に採用されると、これは彼らにとっても名誉なわけです。
民放でも似たような仕組みになっていて、まず地方局の報道のADなんかが、患者団体の集まりとか主催講演会なんかを聞きに来る。そこで「これはニュース性がありそうだ」と思うと、上司に報告する。それで地方局のニュースのミニ特集なんかでまず紹介されて、系列中央の、日テレとかTBSなんかの目に留まると、日曜深夜のドキュメンタリーのテーマに採用されたりする。

政治家に国会質問してもらうのは、そんなに難しくない。野党議員なんかは、何か目立つ社会性のあるネタを常に探している。そこに訴えればいいだけのことで、それこそネット上でメールで訴えても、ネタが良さそうであれば、やってくれる。

問題はそこから先。
結局、国会でもって、法として成立しなければ、全ては無駄無駄無駄wwwwwwww。

だから、色々やったけど、自己評価的には無意味だったと思ってます。
本当に流れを変えようと思うのなら、何か別の手があったのだろう。自分にもそれはわかりません。
ただ、ブログやネットで書き込んで呼びかけるとか、マスコミの個人情報晒してどーのとか、そんなもんで流れを変えようなんて、ちょっと甘すぎる、子供っぽ過ぎるよなー、とは感じます。

いや、しかし、こういう意見やら情報交換がまったく意味が無いとは思わないんですよ。下にも書きましたが。
何だかんだって、語り合うことって面白いよね、それ自体。
今の私にはもうそれで十分です。

PS:勤務医です、さんは女性ですか?
文章が軟らかいんでそう感じました。

moto先生
ありがとうございます。
ずいぶん いろいろご活躍をされたのですね。

しかし NHKからお声がかかるなんて とてもありえなさそうだなあ。
マスコミの取材も 初めから ある方向性が決まっていて そうでない内容があっても無視はするし、ねじ曲げられもする という印象しか持っていないので、おつきあいがあったとしても 難しいそうですね。

公務員の立場からすると 議員さんは 何かというと 患者の押しつけのような紹介しかしない うさんくさい存在としか思えないのでしたが。。。
国会質問まで行って 本省から呼ばれるなんていうのも 滅多にない話のような気がします。

こういう話題、盛り上がりますねぇ…。

ネット社会のもたらす未来、なんだかんだいっても既存の体制がどこかでひっくり返りそうで
わくわくする反面、そうなったら間違いなく「アメリカ様の総取り」で利益もっていかれそうで、
ちょっと悲しくなってみたり。
肉喰ってる連中の発想はすごいです。

ブログとかネットっていうのは、今は規制少ないですが、将来的に新聞雑誌メディアが崩壊したのちには、これが新たな「マスコミ」になるに決まってる。中国なんか、ネットがしっかり国家的に規制されてるし。
今は、規制が少ないだけ。
為政者が、法を制定して、規制に踏み切ればどうにでもされる。

なぜ規制が少ないかというと、今のところ、社会の不満の「ガス抜き」として有用だと思われてるんじゃないかなあ。朝日新聞でも「発言欄」ってあるでしょう?あれに似た「装置」。
書くことで、不満が少し解消される。
社会の安定のためによく、自分たちは自由なんだ、という快感に浸れる。
一昔前に流行った、中国の「壁新聞」みたいなもの。
しかし、そこから、留学中同業者さんがおっしゃってるような具体的に社会に影響力のある動きが産まれ得るものだろうか?
まだまだこれから、っていう可能性に関しては、否定はしない(というより出来ない)のですが。

少なくとも、私が下記の手段として使ってみた「使い心地」としては、意外と弱かった。どちらかというと、逃避と快感のための道具。
だからといって、意味が無いとは思いません。それはそれで有用なんで(笑)。

あまり具体的に書くと「サングラスをはずす」ことになりそうで気が進まないのですが・・

ある薬害的な現象に気が付きまして、最初は自浄作用に期待して学会報告していました。薬害的な現象というのは、なかなかEBMが取りにくいです。後ろ向きコフォート疫学研究にならざるを得ないですから。

・・・うーん途中まで書きましたが今消しました(笑)話せば長くなる。

ここでの話題はマスコミのようなので、マスコミに関して自分の経験から言うと、現場は医者と同じこと。
結構頭いいし、話せばすぐに解ってもらえる人が多かったです。
現場の個々人が頭良くても、取材の結果を電波やら紙面に乗せるためには、上位の裁量に適わなければ駄目なわけです。いわゆる「デスク」ですね。それを支配するところに手が届かねば駄目なものは駄目かと。
それの泣き所は、実に情けない事ながら「スポンサー」なわけです。NHKなら政府。

国会議員を使う手も、やってはみたんですけどね・・議員さんにお願いして国会質問してもらった。
ただちに。当時の厚生省局長から呼び出されましたね・・べつに私の名前を引用した質問ではなかったんですが、その議員さんの選出区が私の地元だったんで、あいつが何か絡んでるんだろう、って判断で。
お叱りではなく、事情を詳しく説明してほしいとのことだった。
ま、いろいろやりましたよ。クローズアップ現代の国谷アナの横で30分生出演したこともあったし。・・あれ、生なんですよね。出演翌朝院長に呼び出されて厳重注意(笑)。

国立病院は、民間で不採算な医療を国費でもって担当すべき医療機関です。
そういう信念でもってやてきました。
医局から異動せよとの命を受け「嫌です」と断ったんで破門もされたし。
そこに居座り続けることが天命のような気がしてました。
だけど、それが民営化され、採算性を問われるようになったんですね。
守るべき、誇るべき「国家」を無くした兵士のようなものです。

保険診療を、自分の生活のための利益を生み出すための手段として用いるのは、私の信念が許さないですね・・変に潔癖なとこがあるんです。だから自由診療で美容。
ほくろなんか取るのに「保険でやってくれ」なんて言う患者は吐き気します。そんな人間とは口も利きたくない。それを親切そうに勧める医者はもっと嫌い。
健康保険財源はもっと大切に使われるべきだと思うんで。

・・長文スマソ

話はずれるかもしれませんが

moto先生の「いろいろゲリラ的な奇手を考えてやってみたんですよ。」の実例というのを教えて頂けますか。
というのも 今の現状が いくらか打開できるのかな と思いまして。

みなさまコメントありがとうございます。

返事というか、少しずれてはいるのですが、別エントリーにまとめました。
みんなが発信できる時代になっても力関係が対等になることはありえず、
マスコミはマスコミなりの、我々は我々なりの方法論でやらないと、
どうも上手くいきそうにないんですよねぇ…。

正しいやりかたとかどうも面倒くさくて、そういう活動は専門家の先生方の
ページに任せて、ここではもっといいかげんで無責任な提案をしたいんです。

若干補足いたします。

マスコミが大きな力を持っていたのは、情報を支配していたからですよね。しかしながらインターネットの出現により、誰でも情報を発信できるようになりました。さらにgoogleなどの検索エンジンにより、それが必要な人に届くようになりました。現状においてもすでにウェブにおいて形成される集合知はマスコミよりも正確かつ詳細といっていいでしょう。いわゆるWeb2.0ですよね。

例えば、福島県大野病院の事件などでも朝日新聞などよりもインターネットで1,2時間調べて得た情報の方が圧倒的に正しいですよね。

新聞にしても、テレビにしても出現してから100年くらいでしょう。それ以前は小さなコミュニティでの口コミから情報を得ていたわけですし。そのマスコミによる情報支配の時代が終わろうとしている訳です。

われわれにできる最も有効な武器はマスコミよりも正しい情報を発信し続けることです。個々の声は小さくてもそれを集合させる方法はすでにあるわけですから。そしてそれこそがマスコミによる情報支配を終焉させる最大の武器です。

マスコミに不当に批判される現状を速やかに改善する方法は難しいでしょうね。

速効性はありませんが最も有効な方法はマスコミの不当な批判や間違った指摘を、医師個人がブログを通して正していくことではないでしょうか。それもわかりやすく、辛抱強く、だれにもわかるように。

マスコミは今は捕食者ですが、恐竜と同じで滅亡する運命にあると思います。30年後に医者という職業は間違いなく存在しているでしょうが、毎日新聞や朝日新聞、フジテレビなどは無くなっている、存在しているにせよ発言力や影響力は間違いなく少なくなっているでしょう。宅配型の新聞ビジネスなどは10年も持たない可能性も十分あると思います。

われわれにできることは医学関連の報道に対して、マスコミより正しい情報をインターネットを通じて提供し続けることではないでしょうか。速効性はありませんが可能ですし、一番有効だと思います。


いや、世の中、十分に混乱して面白くはなってきているようですよ(笑)。
混乱の種類が、崩壊系なんで、安保闘争のような集団的・お祭り的要素が乏しい分、medtoolzさんのような方には物足りないのかもしれないですが。

混乱の面白さは、ルール(規範)の枠が、緩むことに尽きますね。法律から道徳倫理まで、安定して固まっていたものが、ひび割れて崩れて動いていく。
一言で言えば、行動に自由度が増します。リスクも増えますが。

みなさまあけましておめでとうございますand コメントありがとうございます。

結局のところ、医療従事者の経済的な価値が下がって、そのうち外資が吸収して、
大きくなったらマスコミが撤退して、平和な社会が訪れる…なんて未来が落しどころ
なんですかね…(鬱)。
あんまりそうなってほしくはないし、かといって医療従事者が悪い意味でギルド化して、
みんなで労働時間を制限しあうようなやりかたもあんまり好みではないですし。
難しいです。私は単にバタバタ働けて、世の中が混乱しておもしろくなってくれれば、
それで十分なんですが。

■たしかに広告をだせるようになったらマスメディアは手のひらを返すでしょうね。

 でもあの人たちが個人の名前で勝負できるかどうかを見てみたいような気がします、半分くらいは残ると思うんだけど、甘いかなあ〆

そうだなあ・・
現場に踏みとどまっていらっしゃる皆さんが「苦い草」になる手っ取り早い方法は「仕事をし過ぎない」ことかなあ。
これは、非常に難しいことでもありますね。
医者は働くの好きだし、また周囲がそれを期待しますからね。
保険診療で勤務医やってる限りは、誰が何と言っても「働き過ぎない決意」、これが一番重要なんじゃないかなあ。
この決意が出来ない人は、私みたいに自由診療のみで開業すべきでしょう。もう、思う存分のびのびと、死ぬまで好きな仕事が出来ますよ。。。(自嘲)

まあ、一番「苦くなる」のは、マスコミの巨大スポンサーになって、国会議員にもなって法律も変えられる立場になることですね。

次善の策は、それを間接的に行うべく働きかけるか。
あるいは、まったく耳をふさいで、職人としての医療の中に逃避する・・これは意外と正しい行動なのかも。
私のように戦線離脱するのも手ですけどね。

これでも、国立病院勤務医のころは、いろいろゲリラ的な奇手を考えてやってみたんですよ。
それでも、大きな流れに個人は太刀打ちできなかったですね。

そうだ、そういえば、製薬会社が一頃薬害薬害と槍玉に上がってた時期があったな。それでミドリ十字が消滅したり。
その後日本の多くの製薬メーカーが吸収合併を繰り返して、外資ともかなり繋がった。
結果、薬害はあまり叩かれなくなりましたね。医者・病院も似たことになっていくような気がする。
叩かれた組織が、防衛するためには、巨大化するのが定番で、病院やクリニックの多くが、いくつかの大きな資本の傘下に入っていくんでしょう。・・やっぱりまずはオリックスかなあ。
しかし、まだまだリスクが高い、というか、いつ参入するかを覗ってる状況だと思うなあ。もっと現場が崩れて地方病院からの逃散が増えて医者の給料が安くなるのを待ってるんだと思う。

・・正月早々夢の無い話で申し訳ないですが、自分が五年前に想像してた悲観的状況が、そっくり現実になってますから、そんなに外れてはいないと思います。
自分、国立病院勤務が長かったですから、一般市中病院にいる先生方より早く察知できたという状況もありますが。

日本で医者がマスコミに叩かれやすい理由で、あまり気付かれていないのは、医療法で病院の広告が禁じられてるってことです。
トヨタやソニーを目の敵にする報道って無いでしょう?日航なんか個人大株主がディレクター呼びつけて叱り付けてるし。

これから医者は多様化していくでしょう。格差も生じてきます。医師会が政治的にまとまって動けるのは、医者全体として均質であることが前提で、労働運動・学生運動もそう。前提として、労働者・学生といった均質な集団が必要。
だから、medtoolzさんが、ひそかに期待しているような、学生運動のような面白い動きってのは、起こらないんじゃないかな。

ここ数十年の日本の医者社会ってのは、実は共産主義のような体制化にあったと考えます。ソビエトの崩壊のごとく、いま、それが壊れつつあるわけですね。
同じ混乱でも、革命の前夜ではなく、革命の崩壊だと自分は思うのですが。

日本医師会が正義だと思っている勤務医はほとんどいないし、日本医師会にかつての力はない、ということは常識と思っていましたが、必ずしもそうではないみたいですね。

苦くなることの具体例としては、テレビで迎合的な発言をした医者のブログを炎上させるとか、医者叩き番組のスポンサーになったメーカーに抗議する・MRさんに「もうおたくの使わないよ」と言ってみる、などのことでしょうか。訴訟はこのクソ忙しい情況では難しそうです。

コメントありがとうございます。
>空時旅人 さま
ネットワークが再起動して「おもしろくなった」世界の一例、文化大革命当時の中国だったり
するんですよね…。この世の地獄。上手くいくとキューバ革命みたいになって、失敗すると
とんでもないことになって。いずれにしても、一度はそんな世界、みてみたいんですよね。

>tad 様
政治とか、法律を変えるとか、あんまり興味なかったりします。
だってそんなやりかた、つまんないじゃないですか…。
もっと強力で、コントロール性が悪くて、絶対何かおきるけれど何がおきるのか
誰にも読めないような、そんな方法を考えるのがおもしろいんです。

医師会が苦くなる必要は無いのではないでしょうか。
政治家に法律を変えてもらえばいいじゃないですか。
そういう権力装置を持っているはずです。

現実に即していない法は変えるべきでしょう。
悪法も法なり。でとりあえず従うのはいいでしょうが、
悪い法なら変える力を医師会は持っているでしょう?

自分らが何も間違っていないと言い張るなら勝手に苦くなって
沈んでいけばいい。医師会がこの世の正義という根拠はなんでしょう。
自らを振り返って考えてみてはいかがですか?
マスコミのせいにしているだけではエサにされるだけでしょう。

medtoolz様
私は日本の医療については全くの素人ですが、いつも興味深く拝見させていただいております。
今回のエントリも大変刺激的でした。
「とんでもなく面白いことにな」った世界について興味があります。
今後のエントリをわくわくしながら待っております。

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