2006.03.19
クレームの対策について
息子 お母さん、明日の遠足のお菓子代、300円頂戴。 母 明日は雨よ。
遠足前日。担任の先生との約束では、お菓子代は200円まで。 息子は友達と共謀していて、当日にはみんなで、少しだけ多くのお菓子代を持って行こうと 画策している。
母親は別の情報を持っている。PTAからの通達で、遠足は雨なら中止。 明日の天気予報は、80%の確率で雨。お小遣いの話以前に、そもそも遠足が行われるのかすら疑わしい。
母子の会話は、成立しているようで成立していない。
「明日は雨」といわれた息子は、「自分の要求がスルーされた」ということしか分からない。 息子が取れる戦略は一つしかない。もっと大きな声で「300円」と繰り返すのみ。
母親は常に正しい。経済を握っていて、情報量も莫大。 雨なら遠足は中止。だから、そもそも お小遣いについて議論することは無意味。
「だから、明日は雨!」
このバカは何故気がつかないんだろう…と、母は同じ言葉を繰り返す。
ねじれの位置から脱出できない会話はエスカレートする。最後は息子は泣き出し、 母親は息子を張り倒す。明日が雨になろうが晴れようが、いずれにしても 明日の遠足は楽しいものではなくなってしまう。
現場は理不尽なクレームの連続だ。
患者さんが一人や二人なら、少しの医学知識さえあれば、誰だって名医になれる。
一般内科の「腕」は、皿回しに似ている。1枚や2枚の皿を回すのなら、ちょっと練習すれば すぐできる。プロと呼ばれるには、20枚とか50枚の皿を回す必要がある。 1枚でも割ってしまえば、プロとしての名声は地に落ちる。
たくさんの皿を回しつづけるコツは2つ。
皿を動かさずに自分が動くこと、皿がグラグラになる前に、自分の方から 皿を回しつづけることだ。
まずはこちらから歩み寄る
昔一緒に働いていた同僚に、患者さんからのクレームをいなすのが非常に上手な男がいた。 ディープ関西圏の、某病院出身。
忙しい救急外来。待たされた人のクレームは多い。
売り言葉に買い言葉。当時の自分は良くトラぶりそうになったけれど、 そんなときによく助けに入ってくれた。
関西の患者さんの意思表示は過激なんだそうだ。
外来の壁を蹴るのは挨拶代わり。待ち時間が長くなると平気で外来ブースに怒鳴り込んでくるし、 週に1回は事務長がロビーで誰かに土下座をするらしい。
続かない奴は本当に3日で辞める病院。そんなところにいたからなのか、異様に人間ができていた。
外来では、患者さんと、医者との距離は大体2メートル。お互い頭に血が上って、胸倉つかみあう 議論に発展しそうになったときとれる行動は2つだ。相手に来させるか、自分から距離をつめるか。
トラぶりそうになったとき、彼はいつも、その距離を自分から縮めにいった。そうすると、相手の激昂が 不思議とおさまってしまう。
怒りは閾値で発動する
売り言葉に買い言葉の状態は危険だ。
今までは曲がりなりにもコミュニケーションをとれていた患者さんは、 怒りが始まると急速に「理解が悪くなる」。こちらがいくら論を尽くして説明しても、 怒りがおさまらない相手に 「理」が通じることはほとんどない。
多分相手も同じなのだろう。
こちらがいくら「分かりやすく」要求を伝えようとしても、 受ける医者は、ポイントのずれた返答を返すばかり。
話はこじれる一方。最初は「ごめんなさい」ですむはずだった話はどんどん大きくなり、 そのうち弁護士が出てきて、最悪警察沙汰になる。
何かを要求する側と、クレームを受ける側。
お互いの求めるものの違い。状況判断に使える情報量の違い。対立する利害。 立場の違う相手同士、そもそも友好的な会話を成立させようとするほうが難しい。
それでも、相手が「怒り」の状態に入る前であれば、なんとか交渉のチャンネルというものは 確保できる。一度そういった状態に入ってしまうと、交渉を継続すること自体が困難になる。
「怒り」という感情は、個人の不快感が一定の閾値を越えたときに発動する。
その時の不快感の総和が閾値以下であれば、どんなにバカな応対をしても大丈夫。 患者さんは不快を覚えても、それが売り言葉に買い言葉の悪循環を生むことはない。
一方、一度でも閾値が越えると、その関係を戻すのは難しい。こちらが冷静になればなるほど、 理を尽くせば尽くすほど相手の怒りを煽ってしまい、収拾がつかなくなる。
単なる「不快の集積」が「怒り」の感情へと変わるとき、その直前には、 必ずお互いが実際に向かい合う場面が生じる。
不快感を蓄積させている相手の心情は、爆発寸前の風船そのもの。
この風船を爆発させるのか、あるいはわずかでもガス抜きができるのかの選択権は、 幸いクレームを受ける側にゆだねられている。
相手と直に面談するとき、その相手をどこかに呼びつけるのか、あるいは自分が迎えに行くのか。
呼びつけることによる相手のストレスの増加の幅は読めない。 わずかなものなのかもしれないし、その行為が相手の心情に止めをさしてしまうかもしれない。 こちらが歩み寄ることによって、ストレスはわずかだけれど確実に減ることが期待できる。
怒りの感情というものが確率論的な振る舞いをするならば、わずかな変化はただの誤差だ。
ところが怒りは閾値に従う。閾値ギリギリのわずかな差は劇的に運命を変える。 医者がほんの数歩を歩くだけで、その生存確率はかなり高くなる。
遠足の話の中で、母親がとりあえず子供の小遣いの交渉に耳を傾けることを約束していたら、 あるいは子供に泣かれずにすんだかもしれない。
何がほしいのかは指摘されるまで分からない
最初の遠足の話。「300円」と騒ぐ子供は、本当に300円がほしかったのだろうか? 争点にしたかったのは金額の絶対値だったなのか。それとも、 「他の子と一緒であること」だったのか。
仮に300円もらったとして、約束した他の子供がみんな100円しか持ってこなかったら、 あるいはみんな500円持ってきたりしたら、果たしてその子はうれしいのだろうか?
クレームの種類はいろいろある。誰もが怒り、そのとき手に入る情報の中で、最善と思う 要求を突きつけてくる。院長出せ。訴えてやる。賠償しろ。事実を明らかにせよ。いろいろ。
要求する側がそのときもっている情報は少ない。情報が少ないから判断できない。 少ない情報の中で要求を作らなくてはならないから、それを受ける側としては その要求は「不当な」ものに写る。
人間、本当に「やる気」になった時は黙ってやる。相手を訴えたり、最悪殺したりする人は、 相手に警告など出さない。いきなり来て、黙って刺す。
訴訟ざたのトラブル。相手が黙っているときのほうが怖い。 「返答によっては訴える」という言いかたをされたときは、 逆に訴訟になることは少ない。
「訴えるぞ」という人にとっては、 訴訟はすでに目的ではなく、たんなる交渉のカードの1枚に過ぎなくなっている。
相手の人も、ただ訴えるという解決法がベストではないことが分かっているから交渉に 来ている。「訴えるぞ」というクレームは、裏を返せば「もっといい知恵を教えてください」 という相談に他ならない。
とにかく自分の不快な気分を解消させる「何か」がほしい。クレームというのは、つまるところ これがすべてだ。
具体的な「何か」がなんなのか。それは、クレームを受ける相手から指摘されるまで分からない。
イメージを解決可能な問題へ帰着させる
クレームの対処というのは、圧迫面接の相当きついバージョンみたいなところがある。
マイクロソフトの入社試験は1日がかりで行なわれる。 「富士山を動かすには何日かかるか」とか「南に1Km, 東に1Km, 北に1Km行ったらもとにもどるような場所は地球上に何個所あるか?」 のような奇抜な問題が出題されるらしい。 これは遊びでやっているわけではなく、無能な人材を雇ってしまうことは良い人材を雇いそこねるよりも悪いということから、絶対に無能な人間を雇わないようにするための工夫らしい。
マイクロソフトのパズルのような問題は、問題の定義のしかたから解答までのプロセスを見ているそうだ。 だから、問題点はなんなのかの前提条件をいわずに、いきなり答えをいっても合格にはならないらしい。
相手にも漠然としたイメージでしかないものを、どうやって実現可能な具体的な計画として提案できるか。
大事なことは、とにかく全ての情報を共有することだと思う。
トラぶりそうなときに心がけているのが、全ての情報配信を「プッシュ型」へと変更することだ。
普段の仕事は黙ってやる。相手からの面談希望とか、 説明希望があるとき、まとめて話す。 「プル型」の情報配信だ。
鉄火場になりそうな時は逆。
状態の変化だろうが、今自分が考えていることだろうが、部長からの指示が変わったことだろうが、 なんであれ変化があるとき、常に自分から相手へ情報を発信する。けっこう、どんなに下らないことでも 電話している。
相手に聞かれた事だけを答えるやりかたは、相手の状況把握が 十分でない時には役に立たない。不十分な状況把握からは、不十分な 情報要求しか出せない。
全ての情報には、発信者の思考の断片が紛れ込んでいる。 相手に聞かれたことを答えるのではなく、 「自分はこう考えていて、今あるデータからこういう 判断を下すつもりだ」ということを患者さんや その家族、あるいは同僚や上司に積極的に発信することで、 お互いの情報のみならず、その 思考過程をも共有できるのではないかと信じてる。
クレームの対処という仕事は、同情とか共感とか誠意とか、そんな情緒的なものではなくて、 もっと技術的な問題に帰着するような気がする。
今回の産科の先生の巻き込まれたトラブルは、もはや全面戦争の様相だけれど、 いい結果になればいいなと思う。同業者を代表するような先生方が何人も コメントを発表しておられるのはすばらしい事だけれど、このことは 医者側の退路を断つことにもなっているように見える。
よもや医者側の「負け」は無いのだろうけれど…。
私は、政治的にどの集団が負けるのかという事にはあまり興味はありませんが、 むしろ失政続きの厚生労働省の技官に学んで欲しい内容ですね。
ただパンドラの箱は開けられてしまったので、志望者の減少および集約化に伴い、 産科医療へのアクセスは確実に低下し、仮に高度癒着胎盤への対応が改善さたとしても、 より頻度の高い常位胎盤早期剥離の救命率が下がるでしょう。
結果として、ほぼ確実に周産期死亡率は上昇するでしょう。 後にどのように評されるのかは、私にはわかりません。
Posted at 2006.03.19 11:24 PM by 小児科医
そういえば、この「プッシュ型」というのは多用していたなあ。 たいした新ネタが無くても一日1分でも家族の人と話すようにしていた。 すると、「遠方の馬鹿親戚」が来たときにもこっち側に付いてくれたものでした。
福島の事件の落としどころはどこなんでしょうね。
最悪なのは、何の落とし前も付かずに、ただただ彼の地の 医療が次第にゆるゆると荒廃するという路線でしょうが 白虎隊の伝統の土地柄ですから、あり得なくもない。
Posted at 2006.03.20 7:54 PM by ssd
コメントありがとうございます。
今回の落しどころ、両御大が出陣された時点で、何らかの「手打ち」が行われたのではないかと邪推しているのですが、 どんなものでしょうか?
あれだけのビッグネームがこの時期に声明を出されたということで、件の先生については早期に解決、 医師の学会は今回の事態を「重く受け止め」、以後は今までどおりの医療の体制がグダグダと続いていく… という結末を考えているのですが。 何の解決にもなっていないのかもしれませんが、両方にとって、一番無難な解決かもしれませんし。
Posted at 2006.03.20 11:13 PM by medtoolz
私も、件の先生に関しては中央から何らかのアクションがあったと邪推しています。 ただ今までの医療がズルズルとはいかないでしょう。
都下でさえ、域内唯一の救命救急センターが、医師不足故に その看板をおろすかどうかの岐路に立たされています。 産科救急唯一の受入先も、小児科が小児救急の負担を理由に、お産と新生児からの撤退を宣言しました。 当地では近い将来、母体搬送の受入先にも困ることになるでしょう。 常位胎盤早期剥離が都区内まで搬送になれば、周産期死亡率は跳ね上がるがるでしょう。
未だ水面下ではありますが、事態はかなり深刻でのっぴきならないところまできています。
Posted at 2006.03.21 1:16 AM by 小児科医
失政続きの技官のひとりです。 先生方を取り巻く状況が厳しいことは重々理解しております。 批判は甘んじて受けますが、建設的な提案をいただければ幸いです。
それを含めてなんとか考えるのが技官だといわれるのかもしれませんが、専門家を招いて検討会を開くのが関の山という事実もご理解ください。
Posted at 2006.03.21 2:11 AM by 匿名
Anonymous様:
竹槍で戦う現場に対し、「心意気」を挫く政策をとったところに最大の問題点がある訳です。 コストをかけるつもりがないのならば、答えは簡単でしょう。最初にやることは「ヨイショ」ですよ。 せめて、
・ドイツの様に、マスコミが不当な報道をすれば政府が批判コメントを出す。 ・イギリス、ニュージーランドの医療がどうなったのか? 現在の日本の状況はどうなのか?正直にアナウンスする。
たったこれだけの事でも現場の士気に「もの凄く」影響を与えると思うのですが。 専門家を招いて検討会を開くのが関の山なら、そりゃ駄目でしょう。 省内にプロジェクトチームを組んで、将来の医療制度や医療水準に対するヴィジョンを提示する。 アナウンスし世論を形成しなければ意味がありませんから、電通と組んでキャンペーンを張る。 慶應の佐藤雅彦研究室に予算付けても良いじゃありませんか。 間違っても「求ム ドクタア」とかやると総スカンですから、真似しないようにして下さい。 1年以内に気骨のあるヴィジョンを提示できれば、たぶん多くの現場は乗ってくれると思いますよ。 ただし、こんな状況では、近い将来で人生の区切りを考える人が多いでしょう。 タイムリミットは近いですし、分野によっては、point of no returnを過ぎています。
今回の診療報酬改訂および医療法改正案について「も」、 強制労働省と揶揄されるような政策が散見されたようですが、 現場にどういった心理的影響を及ぼすか検討されているのでしょうか? 私自身、臨床10年目を前にして、身の振り方を決意するために、 その行方に注目していたのですが、結論は・・・。
「ああ、恣意的にイギリスの後追いし、ハードランディングさせる政策を選んだのか・・・。」
イギリスに倣えば、おそらく現場の士気低下は長期化することでしょう。 でも長い日本医療暗黒時代の先に、明るい未来があるかもしれません。
とはいえ当面は、無理して頑張っても、何かあれば不可抗力でも犯罪者扱いですので、 小児救急やハイリスク妊婦&新生児とは縁の無い、第二の人生を歩もうと思います。 ありがとうございました。私は身の振り方を決めたので、他をあたってください。
決断を打ち明けた時、家内が安堵の表情を浮かべたのがともかく印象に残りました。 いかに家族を犠牲にしていたか、再認識いたしました。重ねてありがとうございました。
Posted at 2006.03.21 2:04 PM by 小児科医
コメントありがとうございます。
Posted at 2006.03.21 10:28 PM by medtoolz
medtoolz先生、他のみなさん、こんばんは。 以前、学生2という名前でけっこうネガティブな書き込みをした者です。
小児科医先生の意見、そして、Anonymous技官さんの意見、私は、どちらの意見にも納得が行きます。 どちらの意見も正しいと思っています。
問題は、きっと、これら双方の意見は、なかなかすりあわせられない、 なかなか双方が満足の行く落としどころは見つからない、という点だと思っています。 すくなくとも、今日明日には。
それは、双方が、 “きっと分かりあえない” からなんだと思っています。
お互い、立場も違い、経てきた経験も違う。プライドだってある。 それに、相手のことを知ろうと思っても、自分が忙しすぎるし、 それに、世の中の情報のスピードが速すぎて、自分の分野についていくのがせいいっぱいで。
僕は、これから、医療の世界はますます混乱するだろう、って思ってますが、 混乱してもいいのでは、って思ってます。 というか、たぶん、厚生労働省の事務次官だって、もう、コントロールできないのではないかと。 どうやっても、何やっても、コントロール不能ってことを、事務次官は誰よりも良く知っているのではないかと。
だから、その中で、みんな、自分がいいと思うことをすればいいのではないかと。
小児科は子供をみてもいいし、ドロッポしてもいい。 厚生労働官僚は、天下りをしてもいいし、外科は”24時間働けますか?”でもいい。 患者さんも、別に、救急車をタクシーがわりにしたっていい。 学生も眼科になってもいいし、産婦人科になってもいい。
みんな、結局は、ポジショントークしかできないと思うし、 それに、なにより、みんな、もっと、”自分の好きな位置で、そのひとの思うように生きていい”のではないかと。 今、あせってるひとは、そういうことを、忘れそうになっているひとなのではないのかと。
高校の時の一番の名著?は、白い巨塔でした。 大学のときの一番の名著?は、年収300万円時代を生き抜く経済学でした。
正直、医者なんて大嫌いだし、医学部にも来たくはなかった。 母親におどされてきただけです。
でも、母親は、あくまで、母親でした。
父親は、痴呆の木っ端役人で、この3月で退職。 途中で失敗はしたけれど、本当に、必死に、寿命をけずって、頭が下がるほど仕事をしてきた人でした。 はっきり言って、その割には安い給料で。 もちろん休みなんてなし。35年間、まともに休んだ日なんて、あわせて1週間もあったのか? “バカ”な人間だと思います。
でも、やっぱり、”公務員”は怠けています。それはもう、明日にでも、即刻5割の首を切り、4割を減給にしていいくらい。
正直な感想としては、 やっぱり、”官僚”は怠けていると思うし、”医者”はバカだと思ってます。
新しい春、厨房の春。
6年前、負け組みになることがわかっていながら、 必死の思いで受験を受け、合格発表も見に行かず、ただただ泣いて過ごしてました。 6年間、教務は文句を言ってこなかったから、おそらく、大学には入れたと思うんですが、 結局、僕は、”学生”にはなれなかった。
医者の仲間にも入れず、公務員の仲間にも入れず、 バンクロールも全くないので、僕は、食べていくために働かざるをえません。
能力も体力もコネも無いし、 逮捕ageもされたくないし、 でも、ドキュターではあっても、自分にできる範囲で、ちょっとだけでも相手の役に立ちたい?とは思っているので、 やっぱり、練炭は用意しないといけないとは思っています。
あと1週間ちょっと、 でも、ずっとできなかった、 “とりあえず、やってみる” ってのを、僕みたいなのを採用してくれた病院で実践してみようかと思っています。
長くなって申し訳ありません。暇人のオナニーです。 卒業式にも謝恩会にも行かないので、かわりに、 まあ、卒業文集を、2ちゃんのかわりに先生のホームページに間違って貼ってしまったと思ってもらえれば幸いです。
Posted at 2006.03.22 2:07 AM by 学生2
どんな職業であれ、立場の違う個人同士が分かりあい、譲りあうなんていうことはほとんどの場合 不可能です。そんなことはしなくても、多くの場合は原資は十分にあるし、奪い合わなくても お互いの取り分というものは確保できるものですから。 いままではそれで十分で、お互いがポジショントークに終始しながらも、なんとかやってこれました。 ところが医療が充実して、消費者のニーズが我々の予想を越えて高まってしまい、現在は原資が 不足してしまっている状況。ここではじめて「分配」の問題が出てきてしまい、我々の世代を 含めて、どうすればいいのかを模索しています。
例えば100人の人がいて50人分の食料しかない状況で、何とか生き延びなくてはならない場合。
「平等」のルールでやると、全滅します。「生存競争」のルールでやると、戦争に必要なエネルギーの分、 生き延びるのは50人以下でしょう。「市場原理」という奴にまかせると、やっぱり生き延びるのは 上位20人ぐらい。なかなか50人にはなりません。
分配を上手くやって、限られた資源を用いて生き延びる人を何とか50人に近づけられないものか、 たぶんこれから医療にかかわるみんなのテーマです。
一人でも多くの人の力が必要です。頑張ってください。
Posted at 2006.03.23 11:09 PM by medtoolz