2006年2月28日

良医という普通の存在

以前のケースも今回のケースも、医学的にはたしかに回避不可能なケースで、 それを結果責任で刑事告発されてはたまったものではないのだけれど。

一方で、同様のケースにあたっても何とかしてしまう医者というのも世の中には 多分いて、そういう人達はどんな状況にあっても、やっぱり何とかしてしまうんだろうな、 という予想みたいなものはある。

鉄火場を生き延びる3つの技能

どういうわけか昔から僻地や激戦地に一人で飛ばされる機会が多くて、 「生き延びる」ということを考えることが多かった。

  • どんなレアケースの急変にあたっても、まるでいつもの外来をこなすように淡々と乗り越えて しまったり、通常なら「奇跡」と呼ばれるような難しい手技を、まるで予定されていたように こなしてしまう、神の手を持つ先生方。
  • どんな失敗であっても、誰かを身代わりに立ててみたり、何か起きそうなときには巧妙に 責任を分散してしまったり、変わり身の速さがいい意味でも悪い意味でも すばらしい、政治的な立ち回りの上手な人。
  • そういう人に責任をおっかぶせられたり、いつも地雷を踏む役をやらされているわりには、 「クロをシロと言いくるめる」ことで世の中を渡ってきた、詐欺師の技術に長けた人。

生き延びるということを考えながらいろいろな先生にあってきて、 その多くの人達はもちろん普通にいい先生方なんだけれど、「いい」人か「そうでない」かは さておき、生き延びる手段を持つことに自覚的な先生方というのは、 大概上記のどれかの技量を持っている気がする。

もちろんいい腕を持って、普段から人あたりが良くて、医学的には正しいリスクの範囲で 必要なリスクをとって診療を続けていれば、本来は刑事告発なんかされるわけがないのだが、 今回の産科の先生のケース、そして以前のケースにしても、両方とも「普通の」いいお医者さん をやっていた人が持っていかれている気がする。

もしもこうした「普通の」人たちが、生き延びるための何らかの技量を持っていたならば、 事態はもう少し違っていた。

たとえ急変の鉄火場を乗り切れなかったにしても、 あるいは自分ならやっぱり乗り切れなかっただろうけれど、例えば相手方の家族を 何とか味方につけてしまうなり、自分のいる施設の長や、所属医局のトップを 最初から相談の席に巻きこんでしまうなり、自分だけが首を切られて 後は丸くおさまる、という結末にはならないんじゃないかと思う。

自然界のルールで生き延びる個体

例えばサバンナの中で暮らすシマウマの群れというのは、群れの中の一定数を常に ライオンに食われる宿命にある。その中でも、食われる奴と生き延びる奴というのは 存在する。

身体の縞の具合がちょうど良くて、ライオンからは草に隠れてほとんど見えない奴というのは、 騙すのが上手い詐欺師だ。たとえライオンが目の前にいても、「私はそこにいませんよ」とばかりに 気配を殺してさえいれば、危機は目の前から去ってしまう。

政治的な立ち回りが上手い医者というのは、要は足の速いシマウマだ。 ライオンという脅威がいきなり群れに飛び込んできても、かわすのが上手で 足の速いウマは、常に逃げられる。誰かが代わりに食われてしまうけど。

ゴッドハンドを持った医師というのは、いわば肉食化したシマウマだ。 なぜか生まれたときから臼歯の代わりに牙を持っていて、 ライオンが来ても戦って追い払ってしまう。ゴッドハンドが群れにいると、 脅威が来ても戦ってくれるから、群れ全体が非常に助かる。

その代わり、そもそも牙を持った肉食のシマウマなんて、アフリカ中探したって、 1頭いるかどうか。存在自体が自然のルールに反しているものだから、 群れ全体が「肉食化」することはありえない。

自然のルールの中では、ルールのウラをかけない個体は淘汰されるのが常識だ。

問題なのは、自然界の中では、シマウマというのはそもそもライオンに食われるのが 「ルール」なのだということで、食われてしまう「普通」の奴こそが、 実際の生態系を支えていることだ。

モラルとルールのこえられない壁

サバンナにライオンという存在がそんなに多くなかった頃は、医者もまだまだ平和なもんだった。

そこにはルールなどはなく、モラルがあるだけ。ただ一言「良医たれ」。

いつのころからかモラルは崩れ、その世界にはいろいろなルールが入り込んできた。

ルールを入れたい誰かの思惑が先だったのか、あるいはモラルが勝手に崩れて、 それを制御するためにルールが必要だったのか。

今はもう、良医のイメージそのものが崩れてしまって、 「良医」という普通の存在は、まず真っ先にライオンにとって食われるシマウマのように、 「死にたくなければなってはならない」ものへと変貌しつつある。

モラルのない世界で医療という生態系を維持するためにはルールが必要なのだが、 世の中がモラルベースからルールベースへとシフトした過程で、 生態系を構成する個体もまた、ルールを変えうる存在に変貌した。

ルールが変われば、生き延びる個体は真っ先にルールの「穴」を探すし、 それはシマウマもライオンも同じ。 ルールの作成者が「良医」を増やそうとルールを弄くっても、残念ながら新ルールに適応した ライオンの格好の餌になる。

普通の奴が生態系で幸せに増えていた世界というのは、 ルールが必要になる前の世界で、普通の奴に福音を与えようと 思ったら、ルールをいじるんじゃなくてルールを捨てる方法を考える必要がある。

そのためには、自然界ならサバンナからライオンを全て駆除してしまえば 万事解決…なわけがなくて、そもそもサバンナにライオンが侵入した時点で、 それが「自然」というルールの方向を決定してしまった。

いまさら大自然のルールを覆すことはできないし、自然によって生存本能に 火をつけられてしまったシマウマは、ライオンがいなくなれば草を食い尽くして、 アフリカ大陸は砂漠化してしまう。

時計の針を巻き戻すにはどうすればいいのか。そもそも昔はなんでルールでなくモラルが 支配する世界なんていうのが可能だったのか。

いつからそれが崩壊して、その きっかけはなんだったのか。変化は急激なものだったのか、それとも気がつかないぐらい ゆっくりと進行したものだったのか。

モラルとルールのそもそもの違いというのが、この産科の先生の逮捕以後、 ぐるぐると頭を回っているのだけれど、どうもよく分からない。

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2006年2月23日

地域医療はどう変わるのか

福島県の産科の先生が刑事告発された。

状況は2年前と同じだ。

理不尽な理由で刑事告発がなされ、みんなが あちこちで憤りを表明し、支援の輪が広がり、意見を発信できる医師は 誰もが悲惨な未来を予想して、そのあと何もなかったかのように日常の仕事へ戻って行った。

あれから2年。件の先生が「クロ」なのか「シロ」なのか、その結論すら司法はまだ出していない。

結局何も変わらなかった。

相変わらず救急は寒い状況。むしろ前よりひどい。子供は相変わらず一人で転ぶ。 綿菓子には割り箸こそ用いられなくなったけれど、子供が持つような尖ったものは、 相変わらずレントゲンには写らない。造影剤でも混ぜてくれれば、少しは違うのに。

事件はおきた。子供が死んだ。医師が一人、実質仕事ができなくなった。 でもそれだけ。結局何も変わらなかった。

そして今度の事件。いろいろなところで本職の産科の先生方がコメントを述べておられる。 外野がいまさら口をはさむまでもない。寄付が募られたら、自分も参加するつもりだけど。

医療従事者は、厚生労働省に試されているような気がする。

医療従事者は、どこまでやっても怒らないのか。どこまでやったら、医者は辞めるのか。

怒りは創造的であるが、失望は役に立たない。 ところが怒りは長続きせず、一方失望はいつまでも医者の友であり続ける。 怒りの持続期間。失望の大きさ。官僚の人達は頭がいいから、きっとこのあたりを 冷静に観察している。

地域医療の未来の予測

地域医療は崩壊しかかっている。国としても、さすがに何とかしたいとは思っているだろう。 わずかながら、対策らしきものもはじめられている。産科や小児科の診療点数のアップなどは、 一応はそうした対策の一つだろう。

それでも、お金では時計の針をまき戻せない気がする。 お金じゃない。少なくとも、みんなそうだと信じたい。

医療が変わったのは、環境が変わったからだ。今まで僻地医療という果実は、 それなりに「甘い」ものだった。 仕事は昔から厳しかったけれど、「やりがい」みたいな無形の価値が、 うまく「甘さ」を補っていた。

医療を取り巻く環境は変わり、いつのまにか果実は苦く、口にするのが難しいものになった。 苦くなってしまった果実にいまさら蜜を塗ったところで、それに飛びつく医者はもういない。

苦い果実を甘くしてもしょうがないならば、国が次ぎに取る手段は一つ。

残っている「甘い」果実を、すべて苦くしてしまうことだ。

複雑適応系としての果樹園のモデル

医療の業界を、果樹園のモデルに例えてみる。

  • 医者は「昆虫」
  • 首都圏の医療は「甘い果実」
  • 僻地医療や産科診療は「苦い果実」
  • 厚生省は「果樹園の管理者」

苦い果実も甘い果実も、果樹園の経営者に取ってはお金になる大切な作物。

果物は昆虫が受粉しないと実にならない。甘い果実にばっかり虫が集まっても 実を食べられてしまうだけだから、果樹園の経営者は苦い果実を昆虫に 食べさせようと、あれこれ苦労する。

残念ながら、苦い果実を甘くする行為には意味がない。昆虫は、苦い果実に塗られた 蜜をなめることはあっても、蜜がなくなったらすぐに甘い果実を実らせる木へと群がる。 好んで苦い実を食べる昆虫など、そうはいない。

2種の果実と、数種類の昆虫。

こんな簡単な世界ですら、管理者の外乱に対してある程度の強靭性を持っている。

苦い実を甘く見せようが、数匹の昆虫を潰して見せようが、何の効果もない。 昆虫は甘い実をつける木に群がり、苦い実をつける木からはますます虫がいなくなる。

こうした生態系を変化させようと思ったら、「要石」になっている生物種に手を加えることだ。 この生態系の場合、要石となっているのは、昆虫の共通の好物である「甘い果実」。

甘い果実に苦い汁を塗ってみたり、甘い実をつける木を伐採したりすれば、 昆虫は甘い実を食べられなくなる。 「要石」に対する操作は、どんなに些細なものでも生態系全体を揺らがせる。 ただし、その結末を読み切るのは非常に難しい。

結末を素朴に予想すれば、全ての果実が「苦く」なれば、甘い果実、苦い果実に等しく 虫が群がり、果樹園経営者の目標は達成できる。ところが実際にはそんなには上手くいかない。 甘い実を求め、果樹園からは全ての虫がいなくなってしまうかもしれない。

予想される「苦い」政策

「苦い」政策がとられたことは、何度かあった。

1961年の日本一斉休診。1971年の保険医総辞退。いずれも日本中の医者が反発し、 厚生省と医者との突っ張りあいは、一応医者側が「勝った」。

時は移り、 医者は弱くなり、数が増え、団結しなくなった。

この数年、医者をいくら刺激しても、疲労した医者は形ばかりの憤りを表明こそすれ、 実際の行動はほとんど起こさない。

厚生労働省は、あるいは今こそが「苦い」政策を施行するチャンスと思っているかもしれない。

具体的には、都市部で働いている医師に重税を課す。大体、今の年収の1/3ぐらいの奴を。

もっともらしい理由なんて、いくらでもつけられる。

  • リスクの高い診療科での無過失補償の実現
  • 僻地医療の充実のための財源
  • 負うリスクに応じた所得の再配分

医者なんてほとんどがサラリーマンだから、税金なんて簡単に集まる。相当な額になるだろう。

あとは、関係省庁でとりあえず打ち上げをして、厚生労働省の保養施設のハコモノをいくつか作って、 全県に天下り先の非政府組織を確保して。

で、それでも予算が余ったら、お役人様ももともとの目的のために、涙金を使ってくれるかもしれない。

絶対に揉めるだろう。そのとき、保険医辞退をやるガッツが医者側にあるかどうか。

国は今まで様子を見て、多分奴等はやらないと結論を出しつつある。

分割して統治せよ

こうした「苦い」政策を成功させるには、対象を分割することだ。

白人と黒人。富裕層と貧困層。 患者と医者。ベテランと若手。首都圏と地方。

対立は統治者によって煽られる。

例えば、「首都圏税」は部長級以下の若手にのみ納税義務を科す。すでに開業している人は免除する。 これだけで、ベテランと若手、あるいは開業医と勤務医とは連携が難しくなる。

患者と医者。健康保険を集める側と、それを使う側と言う意味では、医者と患者は本来仲間で、 対立する相手は厚生労働省。ところが今は敵同士だ。

下々が対立して、お互いにいがみ合っている間に、本当の統治者たる厚生省の役人は ノーパンしゃぶしゃぶに毎夜舌鼓を打つ。気がついた頃には、当の役人はとっくに財を成して いて、残るは呆然とした医者ばかり。

そして価値は循環する

生態系では、「甘い果実」は、放っておいてもいつか苦くなる。

虫に食われっぱなしの実は、育つことができないから、甘すぎる実をつけた 木は虫に食い尽くされて淘汰される。

生態系内では、昆虫と果実はお互い相互作用する。 「甘い木」につく虫の数は減り、果樹園では「苦い木」の数が増えていき、そのうち苦い実を主食にする虫が 優位になる。そしてさらに時間が経つと、果樹園には再び「甘い木」が増えてくるかもしれない。

価値は循環する。循環はするけれど、時計の針が巻き戻るわけじゃない。

「甘い木」が再び増えた果樹園は、一見昔と同じかもしれない。ところが、新世代の「甘い実」には 緩徐な毒が入っていたり、「苦い木」の幹からは甘い蜜が滴るようになっていたり。よくみると、 細かいところではずいぶんと異なる。近いところまでは戻っても、同じ所はどこにもない。

複雑適応系では、構成要素はそれぞれ相互作用しあう。 環境の変化は昆虫の生態に影響を与えるし、 同様に昆虫の振舞いもまた、果樹園の植生に影響を与える。

「苦い実」を食べなくなった虫は、たとえ全ての実が苦くなっても、 それを我慢して食べるようになるわけじゃない。

苦い実の中から甘い部分だけを見つけるすべを覚えたり、 苦い実を「甘く」食べられるように自らを適応させたり。 もしかしたら実を食べることをあきらめて、根を食べて木を枯らしてしまうかもしれない。

果実と昆虫。お互いの影響は、お互いの性質を根本から変える。 これは神様の仕事だ。役人に予想できることじゃない。

僻地医療や、産科や小児科。今のまま崩壊ということは決してなく、 このニッチには必ず人が入ってくる。 入ってくるけれど、僻地の救急外来に、昔のように医師が当直する可能性は低い。

夜中の外来。入ってみれば、そこには民間の救急タクシー業者が待機していたり、 時差のある国の医者が、テレビ電話で応対してくれるだけだったりするかもしれない。

変化に対して何ができるのか

甘くなろうが苦くなろうが、医療という生態系の中では、産科も僻地も立派なニッチだ。

株式相場の世界では、みんなが「買い」だと言った銘柄はすでに売り時で、 みんなが「駄目」だと言った銘柄こそが今買い時なのだという言い伝えがある。

世界は変化し、価値は循環する。今甘く見える業界は必ず冷えるし、その逆もまた然りだ。

問題なのは、その変化が何年先にくるのかが分からないこと、変化の先にくる「新しい昔の時代」に、 自分のいるニッチにどんな戦略を持った医師が登場するのか、全く読めないことだ。

民間の病院から大学の医局に入れてもらって、この時期にまた地方の民間病院へ。

別に僻地に思い入れがあるとか、頭の温かいボランティア野郎みたいな狂ったストラテジーで 動いているわけじゃなくて、自分なりに利己的に振舞おうとした結論がこれだ (多分に「趣味」という側面があるのも否定できませんが…)。

今「甘い」果実に殺到しようとしている先生方は、世界はまだまだこのまま続くと読んでいる。 自分はそう思っておらず、世界は変わり、全ての実が「苦い」時代がすぐに来ると読んでいるだけだ。

今苦い果実で飢えをしのいでいる先生がたは、何とか踏みとどまって欲しいなと思う。

これから先の時代は、努力しているだけでは不充分で、努力していることを発信していかなくては 何の意味もないし、努力したって正当に報われるのかどうかすら分からないけれど、 努力すること自体が笑われる世の中だけには、絶対になって欲しくない。

そしてもっともっと頭のいい先生方。

東大医学部とか慶応医学部とか、超人類級の先生方の 役割というのは、なんといっても変化の先を読んで、次の世界での医師の生存プラン というものを、いち早く下々に示すことだと思う。

成長著しいベンチャー企業、google の中枢には、脳神経外科医だった人がいる。 医学がどこまで関係しているのかは知らないけれど。

新しい生存プランというのは、そうしたベンチャー企業的なものかもしれないし、 あるいは地域限定の健康保険に根ざした、伝統的な医療制度の再現みたいなものかもしれない。

先の読みは全くできないけれど、厚労省の官僚の読みを超えた、全く新しい医療経営モデル、 場合によっては健康保険制度に頼らないような地域医療のモデルを作るのは、 やはり超絶に頭のいい大学の先生方なのではないかと思う。

きっとだれかやってくれる。東大と慶応と京大と阪大。ここだけで、年間400個もの頭脳が 新たに医療の業界に参入して、そのほとんどが霞ヶ関のキャリア以上に頭が 切れるんだから。

伝統を乗り越え、誰もが想像もしなかったような、 新しい価値観を世界に提示することは、「知性の叛乱者」の特権であり、 義務なのではないだろうか。

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2006年2月21日

情報の発信と自我の拡散

自分探しとしての蔵書の探索

本だけは、けっこういっぱい持っている。

ガキの頃から壁という壁が本棚だったのは当たり前の風景だったし、 今でも結局そうなっている。1冊1冊の本は、そんなには大事に読まない。 ドキュメントだろうが小説だろうが、なにか「来た」部分に線を引きながら、1回読んだら 2度と読まない。あとは本棚に積みっぱなし。整理もしない。売り物にはならないから、そのまま。

考え事をするとき、昔読んだ本の文章が頭の中に復活する。それは立花隆のドキュメントの一節だったり、 ヘルシングの少佐の台詞だったり様々だけれど、気になったら蔵書を漁る。

昔はよく、1日かけて本棚を探した。蔵書は自我の象徴だ。本を探す作業というのは、 そのまま自分の記憶を検索する作業になる。たとえ本がみつからなくても、プロセスが重要だった。

ネットに移行した自我の主体

いつの頃からか、本棚漁りをしなくなった。

今は、自分の本棚から本を探すときには、インターネットで探す。

頭に浮かんだ文章や台詞、表現がどの本に書いてあったの分からないとき、 大体の文面や言葉を思い出して、その言葉でネットを検索する。

よっぽどマイナーな本でない限り、本というのは誰かが読んで、その表現や感想をネットに発信している。

たいていの場合、引用もとの本の題名や、作者の名前ぐらいはそこに書いてあるから、それさえ分かれば 自分の本棚を探せる。

ネットに文章があっても、やはり現物を読むと、また違う。 その本を読んだときの記憶とか、いろいろ線を引いたページに書いてあるメモなどを 見ていくと、その時の思考や状況がよみがえる。思考の時間/空間的な記憶装置としては、 本というメディアの記憶能力は相当に高い。

本棚というのは自我の象徴。線を引いた蔵書というのは、その時の自分の思考の記憶そのものだ。 自我としての蔵書は、相変わらず手元にある。ところが、その自我の中に埋没した言葉を検索する作業は、 もはやネット上に拡散した他人の記憶を検索することに依存してしまっている。

いつのまにか、自我というものはネット上に拡散していた。 思考はもはやスタンドアロンのものではなくなり、ネットという道具がないと、 自分の記憶を検索することすらできなくなっていた。

ネット上に拡散する自我。個人の崩壊。集団知の出現。

こういったテーマは、サイバーパンク系のSF小説の定番だけれど、 脳を直接ネットにつながなくても、自我は勝手に拡散をはじめている。非常に面白い。

ネット世界への入場券としての「発信」という行為

変化の原因はいくつか考えつく。

  • 蔵書の増加
  • ネットの進化、とくにgoogle出現以後
  • blogブームになって、ネットの文章量が飛躍的に増えた

たぶんどれもが原因になっているのだろう。それでも、「これ」という決定的な原因は、 やはりネットで何かを発信するようになったからだと思う。

情報の受け手でしかなかった頃は、ネットを見ても「自分」は常に手元にあった。

何を読んでも、自我というものはある程度の影響を受ける。 それでも、「どの程度」の影響を受け取るべきなのかという判断は、こちらから何かを 発信しない限りは100%自分で決定できた。

ネット上に何かを発信する側に回ると、そのあたりがかなり変わってくる。

何かの情報を読んで、それを自分なりの解釈スキームでもって処理して、 「自分の意見」として発信する。

HTMLを自分で書くようになって、Weblogを定期的に発信するようになって、こうした サイクルが日常生活に組み込まれるようになると、ネット内の他人の思考が、 自分の中に入り込んでくる。

ニュースにしても、事件にしても、日常生活を営んでいる限り、普通の人が「1次情報」 を発信できる機会は少ない。情報を仕入れるという行為は、たいていの場合は 「1次情報」に誰かの思考スキームが加わったものを頭の中に入れることになる。

実世界でもネット内でも、ある種の「誠意」を見せない者には、だれも近寄ってこない。

ネット内での「誠意」というものは、他人の思考に一定の敬意を払うということだ。

情報だけもらって、相手の意見など全く無視して、俺様節全開の長文を書き殴ったところで、 2chのネットウォッチ版で「痛い奴」扱いされるのが関の山。

何か分かってもらいたいことを発信して、一定数の読者に共感をしてもらおうと思ったら、 必然的に他人の思考ルーチンを自我の中に組み込まざるを得ない。

程度の差こそあれ、こうした現象はどの発信者にもおこりうる事で、自分の思考が 他人の自我に入り込み、また他人の思考が自分の自我に組み込まれる。

情報を受け、発信する者の自我というのは一種の反応拡散系となる。 自我はネット内に拡散し、思考は自己組織化をはじめ、大きく成長する可能性を得る。

ワールドワイドウェブを図解するときに用いられるのは、たいていの場合は無数の点と、 その点と点とを結ぶ無数の線だが、ただ単にパソコンをネットにつないだだけでは、 まだその「点」にすらなれていない。

情報を受けるだけの人というのは、ウェブの観察者にしかすぎない。

ウェブの中に入ったり、あるいはウェブそのものの一部になろうと思ったら、どんな形であれ、 何かを発信する必要がある。それは自分のホームページを持つことであったり、 サイトの作者にメールをすることであったり、2ちゃんねるで「名無しさん」として 何かを書き込むことであったり。形はいろいろ。

赤の女王の支配の果てのポジティブフィードバック

「いいかい。ここでは力の限り走らなきゃいかんのだよ、同じ場所に留まるためにはね。
もし他のところへ行きたいのなら、その2倍の速さで走らなくてはならなんのだ。」
鏡の国のアリス 赤の女王

ネットという場所で要求される「走り」のスピードは、ますます速くなっている。

発信できない人は、すぐに置いていかれる。おいていかれたところで死ぬわけでもなんでもないけれど、 一回はなれてしまうと、せっかく拡散させた自我がまた収縮してしまう。けっこう寂しい。

1人の人間が持っている情報など、たかが知れている。

blogを書いて大体1年ちょっと。本からの引用をしない、事件の感想は極力書かない、 医療系以外の話題は書かないというルールを科すと、書ける話題は本当に少ない。

1年やって、大体ネタ切れ。自分の中からは、もうあんまり発想が出ない。

それでも何か書くと、またどこからか新しい発想が出てくる。 誰かが新しいことを書くからだ。

分野が別でも、新しい思考ルーチンというものは、自分の属する実世界にも影響を与える。

情報を発信する順番というのは、最初は「情報の入手->情報の考察と加工->発信」という 過程を経るのだけれど1年も経つとこの「情報の入手」が尽きてくる。ところが、 ネットにつながっていることで、自分の頭の中には「他人の思考」が勝手に入り込んでいる。

発信という作業を繰り返して、自我を拡散させることで、 「他人の思考回路で自分を取り巻く実世界を再考察する」 という作業ができるようになる。

今までは面白くもなかった過去の作業記憶は、新しい思考回路でもう一度見直して見ると、 また新しい切り口が見えてくる。

過去の記憶の検索はどこから行うのか?

冒頭にも書いたとおり、「過去の自分探し」と言う行為自体もまた、 ネットを検索することで行うことができる。

思考にはポジティブフィードバックがかかり、発信する材料はまたいつのまにか頭の中に誕生している。

自我は個人に帰属するものなのか?

よいプログラマはよいコードを書く。偉大なプログラマはよいコードを借りてくる。

ネットへの接続と情報の発信、それに伴う自我の拡散と、情報発信のポジティブフィードバック という現象は、もはや「発想」というものの帰属が誰に属するのか、 そもそも「オリジナル」とはどこまでのことを指すのかすらあいまいにしてしまう。

ネットワークに長くつながって発信していると、 自我はますます拡散/変容していき、どこまでが自分で、どこから先が 誰かの思考の引用なのかの境界がどうでもよくなる。狂ってるけど、その狂いっぷりがまた、 妙に気分がいい。

情報は、常に誰かの思考過程を内包している。

自我がネットワークに拡散していくと、自分と他人、情報と思考の区別すらあいまいになってくる。

頭に入力された情報は、そのうち勝手に組織化を始める。 文章を生成するとき、それが果して自分の思考の産物なのか、 「思考プロセスの断片を内包した情報の集積」が生み出す必然であったのか、 そのうちどうでもよくなってくる。

もっと多くの人が発信して、もっと多くの人の自我がネットに流れると、 意識の拡散の範囲は今よりももっと大きくなって、自分というものがもっとどうでもいいものになり、 「つながりっぱなし」になる人の割合は増えてくる気がする。

自分の場合、病院で白衣を着るという行為が、物理現実へと立ち返る鍵になっている。 直前まで何を考えていようと、給料をもらっている以上、患者さんの前では「普通の医者」の 振りをしないとプロじゃないから。

そうした鍵のない人、ネットにつながるという行為自体が日常と化している人の自我というのは、 ほっておくとどこまでいってしまうのだろう。

もう数年たって、外来などをしていると、「均一なるマトリクスの裂け目の向こう、 広大なネットの何処か、あるいはその全ての領域」に行ってしまった人などが、 運ばれてくる時代がくるのだろうか…。

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2006年2月20日

コモディティ化の果てにあるゼネラリストの約束の地

「専門化した総合医」に未来はあるか

専門家の時代だ。

○○学会認定医とか、専門医とか。

医療の分野でも様々な「専門家」が活躍して、テレビの報道でも腫瘍の専門医の少ないことが 非常な問題として取り上げられる。

地方からは一般医が逃げている。

自分一人で外来から手術までこなさざるを得ない、一人医長の病院。 最近もまた訴訟騒ぎになってしまったけれど、問題の争点になっていたのは「専門家の不在」。 一般医は、いてもしょうがないらしい。

ゼネラリストもまた、専門家を名乗ろうと必死になっている。 「総合診療医」制度とか。臨床教育センターとか。

救急外来で人殺しをしたことのない奴に「総合」とか名乗ってほしくないし、 大体臨床の技術なんて、現場で「仕方なく」身に付くものであって、「教育」されて覚えるもんじゃない。 ずっと一般内科医を名乗っているけれど、ああいう人達とは、あんまり一緒にされたくない。

今の時代、専門を持たない人間は、居場所を確保するのが難しい。

業界はゼネラリストが作る

病院というのはもともと、医者が必要とされていて、医者がいないところに出現する。

本土であれば大きな病院が後ろに控えている。手に余る患者はそちらへ回せばいい。 ところが、島の病院や、むかしの沖縄中部病院の ようなところでは、自分達で「全部やる」以外に選択肢がない。

そういう病院では、風邪の人から重症心不全の人まで、なんでも外来に来る。 外来をさばき、重症度評価をして優先順位を付け、治療から退院までのマネージメントをして、 時間があったら手術を手伝う。医者は必然的にゼネラリストになってしまう。

ゼネラリストばっかりの病院と言うのは、何でも診るから人が集まる。 医者はいつも追い詰められているから、時間に追われて「正しく」やっている暇などない。

そういう施設には独特の分化が育ち、それは外の施設から見ると、しばしば画期的に見える。

沖縄中部病院の屋根瓦研修。某会のアメリカ流の研修方式。

共通するのは、人がいない、あるいは教える人がいないがための苦肉の策であったのが、 気がついたら「画期的な研修」と、お上にレッテルを張られていたという点だ。

業界の成長と専門家の時代

一般医しかいない病院は、だんだんとその規模を拡大する。

評判がよくなって、良くも悪くも注目を集めるようになった施設には、「専門家」が乗り込んでくる。

専門家はしばしば前任者を批判する。

  • ただ仕事するだけじゃなくて、それを「業績」にしないと意味がないね
  • 先生がたのやりかたは乱暴すぎて、間違っていないかもしれないけれど「本当の」やり方はこうだね
  • 鑑別診断それだけ?ここでは外注みたいだけれど、大学ではこの検査は当たり前だよ…

みんないい人たちだ。

それぞれの立場から、クソ忙しいだけの病院をもっと「よく」しようとして、様々なアドバイスをくれた。

専門家の意見は常に正しいし、何よりも病院にはスタッフの数も増えている。 やり方は徐々に変化する。「正しい」手続きが日常的に行われるようになり、 病院内が電子化される頃には最初のスタッフが作った「正しくない」方法論は、 過去の遺物となってしまう。

前の病院。まだワープロすらもあまり普及していなかった頃は、 忙しい中みんなで手書きのプリントを作って勉強した。 教えてくれるスタッフなど少数(あんまり少なかったから、昔はアメリカ人の医師に来てもらってた)だったし、 何よりも「正しく」やっている暇などなかった。

誰かが思いついた「いい考え」は殴り書きのプリントで共有され、 「正しくない」、方法は当院独特の方法として伝えられた。

そのうち、大手の「正しい」病院が、自分達の研修医マニュアルを出版しはじめた。 ○の門病院。聖○加病院。自分達がやっていることとのあまりの違いに驚き、 どちらが正しいのかみんな分からなくなった頃、大学から様々な専門の先生方がやってきた。

病院は大きくなり、かつてのプリントは捨てられた。青木先生のカンファレンスでパワーポイントが 用いられるようになった頃、医局の片隅には昔のプリントがゴミの山を作っていた。 電話のメモ紙代わりにそのプリントが細断されはじめ、残ったゴミの山と一緒に、自分も病院を辞めた。

ゼネラリストが忙しい出版業界

うちの母親は編集者で、四捨五入すれば70に手が届く。

もうとっくの昔に定年を迎えているのに、まだまだ3ヶ月先まで仕事の予定がいっぱいだ。

出版業界は、一時期のブームに比べれば、確実に冷え込んでいる業界だ。にもかかわらず、 業界創生期から仕事をしている60代後半の人達は、誰も引退できないという。

原稿だけでは、本はできない。

作家が書いた原稿ですら、たいていの原稿はプロの編集者から見るとそもそも文章の体をなしていないし、 本の形にすると、また見えかたが変わるのだという。

編集者は、そうした原稿を、完成品を想定しながら文章を直す。

送りがなや句読点の位置を直し、漢字の多すぎる文章をひらがなで「割る」。

本を開いたときに版面がきれいにそろうよう、適当な位置で段落を変えたり、あるいは文章に見出しをつけたり、 挿絵を入れたりといったことも、編集サイドの仕事だ。

業界が小さかった頃は、そうした仕事を全部一人でこなしたらしい。

「この人の話は絶対に面白い」と思っても、そもそもその人が原稿を書けるかどうかすら分からない。 場合によっては、その人にインタビューをして、その面白さを引き出したり、 断片的な原稿の束を1つの本にまとめたりといったことも、編集の仕事。

出版業界が大きくなり、ベストセラーがたくさん出るようになった頃から、 編集の仕事は細分化されるようになった。

構成のプロ。レイアウトのプロ。挿絵作家。写真家。ゴーストライターや、プロのインタビュアー。

1冊の本には、多数の専門家がかかわる。本は美しく仕上がり、ますます売れる。良循環だ。

業界のコモディティ化とゼネラリストの復権

ところが風向きが変わる。出版自体はブームになったらしい。文章を書く人が増え、 本を出したいというニーズは増した。

ところが、専門家の集団はコストが高い。売れる原稿でないと、専門家集団は動かせない。 面白い話だけれど、コスト的にペイしないものは本にすることすらできない。

blogをそのままコピペして、なるべくでっかいフォントで印刷して、 巻末にインタビューとか解説とかつけて、それをA4版ぐらいで刷ったらはいできあがり。一冊1500円也(外税)。
確かにCNETの連載は面白かったのだけど、いくらなんでもこれはどうよ?ちょっと本ってメディアをバカにしてませんこと? 404 Blog Not Found:ふつうのブログ本のつくり方

安直な作りの本が増えたのは、たぶん安価に「全部やる」編集者がいなくなったからだ。

著者の持つイメージが面白くても、それを本まで持っていける編集者も少ないらしい。 部分のプロは増えたが、全体を一人でできる人は、専門家集団と化した業界にはほとんどいない。 完成品を想像しながら仕事が出来ないから、原稿無しで、漠然としたイメージしか持っていないような 人の出版希望には、もはや対応できないらしい。

そんなこんなで現在、70前の「現役」編集者というのは、いっこうに仕事が減る機会が無いそうだ。

LaTeXは?という声もあるかもしれないけれど、編集の業界では、あんなもの使える人は そうはいない。うちの母親、最近までの仕事の道具はシャープの「書院」。ワープロだった。 最近、ようやくワードを使っているけれど。

あれを使いこなすような人は、 そもそも編集者など 頼まずに原稿を本に仕上げてしまうだろう。

約束の地はあるのか?

何の専門家でもない、ただの医者であるという立場がけっこう気に入っている。

本音のところは、専門家になるのがただただ面倒なだけなんだけれど。

専門家の時代だ。昔は「ただの医者」でしかなかったはずの一般内科の人たちまでが、 「総合臨床科」などと肩書きを名乗るようになった。

専門家しかいない世界は、ニッチをかけた生存競争の世界だ。総合屋は、 専門家の能力に対して「総合力」で勝負しようとしたり、 専門家が知らないようなまれな疾患に活路を見出したり。あるいは漢方やリラクセーションといった 「斜め上」の世界に専門性を持たせようとしたり、必死になっている。 興味ないけど。

専門家に対する一般屋の強みというのは、「何かができる」部分にあるのではなくて、 「全部やったことがある、あるいは見たことがある」という部分にあるのだと思う。

見たことがないものは、想像できない。

専門性をどんなに深めても、 実際に診断して、退院まで持っていったことがない病気をはじめて見ると、 その病人の治った姿とか、歩いて退院するイメージを全く作れない。 イメージが沸かないから、やたらと悲観的になってストレスをため込んだり、 ものすごい数の検査をしてみたり。想像力の働かない分野の医療は大変だ。

医療というのは、むかしは高価で神聖なもので、特別なものだった。今は、たんなる日用品だ。

コモディティ化した医療には、ニーズが殺到する。ニーズが増えて、業界が大きくなると、 そこには専門家では対応できないようなニーズが増える。

漠然としすぎて病名のつかない人とか、病名がいっぱいありすぎて、 何を選んで、何を削らないといけないのか想像つかない人とか。 そういった分野は、専門家集団が参入するには コストがかかりすぎて、利益を出せない。

ゼネラリストは、自分の進化の方向を、フロントエンドの充実に当てるべきだとおもう。 自分達の「専門性」を深める方向ではなく、バックエンドは潔く専門家に任せ、 患者さんの情報から「完成品」のイメージを作って、それを患者さん や専門家にプレゼンテーションする練習に徹する。

どうやってコストを回収するのかは分からないけれど、人と人とをつなげる仕事、 病院内での患者と専門家とのコミュニケーションを円滑にするためのゼネラリストという 分野には、まだまだ活路があるような気がする。

イメージを形にする作業だけは、どうやっても専門家ではたちうちできない分野なのだから。

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2006年2月19日

青木 眞 先生のweblog

「レジデントのための感染症診療マニュアル」の著者、 感染症内科医の青木 眞先生がweblog をやっておられた。

若手医師セミナー:感染症診療の原則

まだレジデントだった頃、月に2回ぐらいのペースで研修医相手のセミナーを してもらい、授業が終わると熱の出た患者さんのカルテを見ながら 指示をもらっていた。今思うとずいぶん贅沢な環境だった。

もう何年もお会いしていないし、抗生物質の使いかたも大分自己流になってしまったけれど、 それでも一応「青木流」の根本は外していないはずなのだが…。

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2006年2月17日

旅する医者の3つのスタイル

医者は旅をする。

研修中のローテーション。大学を出てからの地方巡業。開業。部長と喧嘩。 アフガニスタンで井戸を掘るため。流れ着いたらずっとそこにいる奴。すぐいなくなる奴。

「旅人」には2種類ある。慣れた旅行者と、不慣れな人と。

不慣れな医者の「旅」はたいていろくな結果を生まない。 初対面の人間同士。誰とでもすぐに打ち解けられるほうが異常だ。 移動先のスタッフとトラブったり。上司と上手く行かなかったり。 実力的には問題なくても、上手く行かない理由なんて無数にある。

誰でもどこかで腰を下ろす。「お呼び」がかからなければ、動こうにも動きようがない。 年をとるとともに、雇用のコストは増大する。移動の閾値が高い医師は、 どこかの時点で定住して、そこでずっと過ごすことになる。

旅する医者と言えばゼネラリストのイメージがあるけれど、「何でも一人でできる医者」の旅は、意外に長続きしない。

こういうスキルを持った人はどこでも通用するけれど、「何でも」の部分を最大に発揮しようとすると、必ずその病院の誰かとぶつかる。ぶつからないようにしようとすると、結局その人は「中途半端な専門家」に止まってしまう。結果、何でもできるゼネラリストは、本当に「何でも」が求められる病院を見つけると、そこに定住することが多い。

一方、慣れた旅行者のような医師はたしかにいる。何歳になってもいろいろな病院を渡り歩いて、 それでもどこからかまた「お呼び」の声がかかり、また旅をする。そんな人たち。

ものすごく優秀な先生は多い。だからこそ声がかかるし、旅先でもすぐなじむ。 一方で、飛びぬけた「腕」を持つようなこともなく、あまり目立たないような「旅人」も、 また多い。そんなに何人も知っているわけではないけれど。

拝み屋」と、「開拓者」と、「将軍」。

何歳になっても旅を続けられる医師というのは、大体この3つのスタイルのどれかに当てはまる。

地味で目立たない「拝み屋」

拝み屋という人種は、目立たない旅人だ。

そんなに際立った専門分野を持っているわけでもなく、履歴書に書く肩書きもシンプルなもの。 病院に来てからも、外来がずば抜けて速いとか、教育熱心とか、 なにか目立った活躍をするわけでもなく、 淡々と人並みに仕事をこなす。

「拝み屋」の凄さというのは、こうした「普通の医者」の真似が、赴任してすぐに出来てしまうことだ。

かけ出しだった頃、いきなり僻地の病院に飛ばされて、そこで部長をやっていたのは、 たいていこうした人達だった。

僻地に行くと、元外科医とか、元整形外科医といった人たちが「内科」の看板を下げて 外来をやっている。みんなそこそこ年齢がいっていて、べつに内科の研修を受けたわけでもない。 でも他に医者もいないし、患者なんて内科しか来ないから、内科をやる。

本職じゃないから、「腕」はそんなによくない。あの頃は今以上にバカだったけど、それでも こちらは「内科」の看板をしょっているから、内科だけは一応こちらのほうが上。年次は、 向こうの方がはるかに上。

「適当なことやりやがって」。

昔はむかついた。片手間で内科をやったって、絶対トラブると思ってた。 でもそうならない。

「拝み屋」の人達は、拝むのが上手い。外来をやっていて、自分達の手に余ると思う人が来ると頭を下げる。

「僕の手には余るので、先生お願いします」。

50も過ぎる医師が、4年目程度の医者に頭を下げる。何の気負いもなく、年下にでも頭を下げる。 だからトラブらない。

外来でトラブルになるのは、難しい病気の患者さんでなく、むしろ「簡単な」病気の患者さんだ。

若手はバカだから、「簡単だ」と思うと顔に出る。だからトラブルになる。こんなとき、「拝み屋」の 先生方は、年齢の厚みという奴をいかんなく発揮して、丸くおさめてしまう。

拝み屋の人達は、そこに今あるリソースを改変しないで使うのが得意だ。

新しい薬を入れろとか、スタッフをもっと増やせとか、そうしたことは言わない。 ある物で、できることをやる。発展はない代わりに、現状の維持が上手にできる。

「拝み屋」は雰囲気を読む。淡々と仕事をしながら、回りの空気を探る。

雰囲気を察する一番の方法ってえのは決まってる。そりゃあ2,3ヶ月はじっと辛抱して掲示板の持つ雰囲気に慣れるってことだよ。それと依頼の出し方とかもチェックすることだ。
それで2,3ヶ月様子を見て、どうもその掲示板には血の気の多いのがいそうだとか思ったら、ベースとする掲示板を変えていくわけだ。喧嘩上等の鼻息の荒い初心者なら大罵倒大会の会場となる。ま、その手の掲示板ならそれでもオッケーだけどな。
そうやってるうちに、自分の求めてる雰囲気に合う掲示板を見つけることだ。
それから依頼出したって遅くねえ。取りあえず依頼出したい気持ちもわかるが有名どころのソフトのシリアルなんて誰かが訊くんだからよ。気長に待ってりゃそのうち出てくる。
昔から言うだろ?慌てる乞食は貰いが少ないってな。

某掲示板の前書き より引用

気が長い人が多い気がする。できることだけやって、自分に何が求められているのかを じっと考えている。淡々と仕事をこなして、決して目立たず、次の「お呼び」がかかったら、 また旅を続ける。

自分達と働くのが不愉快だったからなのか、それとも「旅」自体が好きなのか。 「拝み屋」の人達とは何回か一緒に仕事をしたことがあるけれど、みんなまたどこかに行ってしまった。

何でも作る「開拓者」

開拓者は、何でも自分でやる。どこに行こうと、そこにいる人を育ててチームを作り、 外来を増やして予算を作り、仲間を増やして検査室を作って自分の外来を立ち上げる。

心臓血管領域の内科/外科(要はカテ屋と心外…)には、開拓者の人がとても多い。

まだまだ若い学問だから、自分の師匠筋にあたる世代の先生方は、誰もが最初は開拓者だった。

  • 大学の医者でもないのに、流れた先の小さな病院で心臓カテーテルを一人でやるところからはじめて、 そのうちそのエリアで初めてPTCAを行った先生。
  • 外来を開いて○年間、客が来なくて屋上で途方にくれるところから始まって、今では日本有数の 循環器外来を立ちあげている某先生。
  • よくテレビに出てくる心臓外科の先生にしたところで、外国から帰ってきて、当時は無名だった 某病院でICUナースをリクルートするところから初めてチームを作り、弟子を育て、その後 別の病院に移られてから、もう一度同じことを一からやり始めている。

「開拓者」が来た病院は、歴史が変わる。病棟の雰囲気も一変する。

開拓者の先生方は人を育てるのが上手い。チームはどんどん大きく、 また効率がよく動くようになる。

創生期のベンチャー企業と同じく(知らないけど)、そこで働くことは楽しく、 入院患者数や症例数も倍倍ゲームで増えていく。

開拓者の来た病院では、争いごとは避けられない。

アメリカの開拓者だって先住民との間に殺しあいがおきたように、開拓者が版図を広げようと する際、もともと居た「先住民」との抗争というのは、避けることができない。

組織は変革を余儀なくされ、出る杭は打たれる。 「先住民」組織のトップが開拓者を100%支持してくれれば、そもそもそうした問題は おきないのだけれど、トップというのは常に「事なかれ主義」だからトップを張れる。 開拓村は大きくなっても、どうしても戦争の不安を無くせず、緊張は解けない。

「開拓者」の先生方というのは、もともと飛びぬけて優秀な人が多いから、 「呼び声」は常にかかっている。「開拓者」はいつでも、どこにでも行ける。

開拓者の先生方の移動も、また一人だ。有名になった医師であっても、 移動先には一人でいって、そこでまたチームを作ることが多い気がする。

全部もって来る「将軍」

人当たりが今一つでも、「腕」一つで周囲をねじ伏せるような人もいる。

こうした人が一人で動いたって、成功するわけがない。回りはついてこないし、 最初から敵に回ったりする。

ところが、腕の立つ医師が「軍隊」を引き連れてくる場合、この移動はそれなりに上手くいく。

軍隊というのは、世界中どこでも作戦ができるよう、「そこにあるもの」は原則として利用しない。

災害派遣などで軍が出動するときにも、寝泊りするのに地元の公民館を使ったり、 民家のトイレを借りたりはしない。全部持っていく。 効率は悪いけれど、「いつでも、どこでも、どんな状況でも」すぐに作戦行動を始めるには、 この方法が一番だ。

「将軍」は、内なるカリスマだ。移動するときは、チームごと移動する。

その移動は大事件になる。前の病院の悲鳴は聞こえてくるし、 移動後の病院では医局の一角をいきなり占拠されたりする。けっこう揉める。 「原住民」はみんなブーたれる。

それでも、外野を無視して将軍のチームは働き出す。下手をすると、患者ごと連れてくるから、 外来はすぐに稼動する。手術室の日程はすぐに埋まり始め、原住民の悪い予測は すべて目の前の現実にとって代わられる。

どんなに違和感があっても、うまくいっているものに慣れるのは、想像以上に早い。

「将軍」たちが勝手に仕事を続けているうちに、他の「原住民」もまた、自分達の現実へと帰っていく。

「将軍」たちがやってくるということは、古い切り株に「接木」をするようなものだ。木は確実に 大きくなり、またもともとの木のリソースが喰われることはなく、葉っぱの枚数だけが増える。

そのかわり、軍隊というのは来るのも突然なら、撤収も突然だ。

ペイが悪い。医局で喧嘩。正直「どうでもいいんじゃね?」と思うようなことで、 「軍隊」は将軍の号令一下、大移動を始める。

軍隊が去った後の病院の後始末に行ったことがあるけれど、 残されたスタッフはもう茫然自失。10人単位でまとめてスタッフがいなくなり、 外来表は空っぽ。荒廃した医局の引出しには未使用のボールペンがあふれ、 まだ電源の入ったG3マックが置きっぱなしになっていた…。

拝み屋と開拓者と将軍と

旅人の3つのスタイルの違いというのは、たとえば就職後の周囲とのコミュニケーションの違いだ。 拝み屋はなじむ。開拓者は戦う。将軍は勝手にやる。

受け入れ先から求められるものも違う。拝み屋なら維持。変革を求めるなら開拓者を探さなくてはならないし、 即戦力なら将軍じゃないと無理だ。

社会は変化し、病院の環境もどんどん変化する。今までは安定した「原住民」でいられた人も、 また「旅人」になるのを余儀なくされる。

自分がどんなスタイルが取れる医師なのか、または、将来どんなスタイルの医師になりたいのか。 「拝み屋」が「開拓者」になりたくなったとして、30も過ぎてからジョブチェンジなんてできるのか。 帝王学みたいなものがあって、開拓者とか将軍やってる人達っていうのは、 最初からもう違っているのか。

たぶん自分は「拝み屋=begger=乞食」のスタイルでここまでやってきて、 自分が経験してきた組織内での振る舞いかたとか、「群れる技術」みたいなものは、 別のスタイルの人から見れば参考にならないどころか、お笑いにしかすぎないわけで。

今に見てろとか、自分もいつかとか、このままでは終われないとか。

余計なことを考えては無茶したり、抱え込んだり、喧嘩をしたりしてまたトラブル。

これは成長の過程なのか。それともまだ自分のスタイルを悟れてないだけなのか。

次の病院では、トラブらないといいな…。

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2006年2月 9日

全体と部分の最適化

帳尻あわせの技術

職人芸というのは、つまるところ帳尻あわせの技術だと思う。

例えば法隆寺。もう1200年以上も経っている最古の木造建築物だけれど、 ハイテクなど使っていなくてもちゃんと建っている。大工の職人芸のなせる業だ。

法隆寺が名建築なのは論を待たないけれど、これが「精密な」建築物なのかというと、 そうでもない。1200年もの間もっているのだから、もちろんその作りはいいかげんなものでは ないけれど、細部はけっこう適当なものらしい。

例えば礎石。神社仏閣は、基本的には天然石を使う。天然のものだから、水平はきれいに出ない。 礎石をおいて、柱の底を石の表面と同じ形に削って、ただ乗せるだけ。固定もしない。 遊びだらけの構造。どの柱も、正確には垂直には立っていない。

ところが、この構造だからこそ、法隆寺は1000年以上もの間地震に耐えられたのだという。

基礎が均一でないから、地震が来ても一本一本の柱にかかる力はばらばら。基礎の遊びも大きい。 この「ばらつき」と「遊び」が地震の力を吸収し、法隆寺をして1200年もの間持たせたのだという。

宮大工の作る建築物では、設計図の寸法すらもアレンジされるそうだ。

亡くなった宮大工の棟梁、西岡常一氏のインタビューの中では、使用する木の材質に合わせて、 部品の大きさを微妙に変える話が出てくる。

建築家や設計士の人は、それを見てクレームを入れる。現場ではよく揉めたそうだ。

私ら檜を使って塔を作る時は、少なくとも300年後の姿を思い浮かべて作っていますのや。300年後には設計図どおりの姿になるやろうと思って、考えて隅木を入れてますのや。
木のいのち木の心 P.68

全ての部品の組み上げが終わったとき、あるいは300年ほど経って、塔の部材が完全に落ち着いたときに 完成形になるように、局所局所の組立てにはあえて遊びを残しておき、最後に「帳尻を合わせる」。 これが職人芸だ。

最高の部品の集積は最高の製品につながらない

自動車組み立ての現場でも、同じようなことがおきている。

日本の自動車。例えばトヨタのレクサスなどは、海外でも評判がいい。

ところが、(アメリカのメーカーの調査だから眉唾もんだが)個々の部品の精度や仕様を 見ていくと、日本車の部品の精度というのは必ずしも高くないのだそうだ。

部品の精度だけで見ると、最高なのはアメリカ製。次がドイツで、最後が日本。

ところが、実際に出来上がった製品の満足度で見ると、日本が最高で、アメリカ車は最後。

Baron氏は日本のエンジニアの工程を、大工がベースボードをくぎで固定して1枚の乾式壁に作り上げるプロセスに例えている。
最初から厳密な仕様に従って各ボード片を切るのではなく、大工は単にすべてのボード片を組み合わせていき、 最後の1枚を残った部分にぴったり合うように切るのだ。その結果、やはり質の高い組立品が出来るとBaron氏は言う。
「大工がやるべきことは、最後のボードの調整を行うことだけだ。そうすれば、その組立品は完璧に仕上がる」(同氏)。 (中略)「人々は、日本の自動車メーカーはあらゆる部品をかなり精密に作っていると信じているが、それはまったく違う。日本の自動車メーカーが各部品を厳格な仕様に合わせて作ろうとはしていないということが分かった。ただ組み立て品を仕様通りにしたいだけで、工程を細かく管理しているわけではない」(同氏)。
レクサスの信頼性が高い理由

アメリカ流のもの作りの考えかたというのは、「完全な部品を完全に組み立てていけば、完全な製品が出来上がる」というもの。

全てのパーツを遊びなく組んでいくから、パーツごとの誤差はだんだんと蓄積される。個々の部品の精度をどんなに上げても、それをゼロにすることは困難だから、出来上がった製品の最後のパーツを組む頃には、蓄積された誤差は無視できない大きさになってしまう。

日本の自動車作りは、パーツを組むときにある種の「遊び」を許容しているらしい。全体をなんとなく組んでおいて、最後に全てのねじを締めなおして、「帳尻を合わせる」。結果、品質とコストとを両立している。

部品の精度が高いこと自体には、何の問題もない。問題なのは、全体を見ないで「遊び」を許さない組み立てかただ。

正しい治療の集積は悪い予後につながる

  • 限られた技術で、1000年持つ建物を作る。
  • 限られたコストの中で、最高の品質の製品を作る。

どんな現場でも、常について回るのがこうしたトレードオフの問題で、これを乗り切る知恵として 「局所の最適化を捨て、全体の最適化を目指す」ストラテジー、職人芸というものが存在する。

西洋医学の治療は、時間とのトレードオフだ。

突っ込めるマンパワーは、大学ならば無尽蔵。大学の貯金箱は厚生省直結だから、 その気になればコストなんか数千万円単位で突っ込める。医療機器の品質というものもまた、 たぶん業界最高。人工呼吸器の部品などはすべてミルスペックだから、少なくとも兵器と同等の 精度は保証されている。

足かせになるのは「時間」の問題だ。

時間と共に、病気はどんどん悪くなる。EBM全盛の時代。どんな病態であっても、 世界のどこかには最高の解答というものが存在することになっている。

模範解答は、状況により異なる。患者さんの病名や重症度。年齢や性別。 ガリガリの寝たきりなのか、コレステロールが服着たような肥満体なのか。

解答を調べるのには、どうしても時間がかかる。ところが、時間と共に病気の状況はどんどん変わる。 「正しいこと」を調べる暇があったなら、とりあえずできる事から始めていかないと、間に合わない。

人間自体の問題もある。今の治療はチーム医療だ。個人がどんなに優れた治療を知っているからといって、 他の人がなれていない方法論をごり押したところで、上手くは行かない。

個人の持つメモリ空間の大きさは限られる。新しく突っ込まれた、「体になじんでいない」方法論は 処理の遅延を生じさせ、チームメンバー間の通信のコストを増大させてしまう。

「正しい」方法論は、しばしばチーム内の不要な処理を増大させてしまう。 メリットをもたらしてくれるはずの方法は新たなボトルネックを生み出し、 患者さんへ投入する貴重な人的リソースを奪ってしまう。

急変時に活躍するのは、いいかげんな治療だ。

ショックの患者さんを見たら、とりあえず何でもいいからそのへんの輸液を適当にボタ落ちにして、 手の届く範囲にある昇圧剤を適当に打つ。血ガスはとらない。酸素は常に全開。酸素が多すぎて 死ぬ人はいない。酸素過剰で呼吸が止まったら、挿管して人工呼吸すればいい。

本当の鉄火場でやる治療は、こんな感じ。 最初は本当に適当だ。

とりあえず手持ちの知識と技術とで突っ込んで、まずは時間を作る。時間を作ってから状況を把握して、 その場の状況で投入できるリソースを計算して、その中でベストと思うことをやる。翌朝人が集まったら、 前の夜の帳尻あわせをお願いして、その間に「答えあわせ」をやって、だんだんと「正解」に近い 治療に近づけていく。

何がおきているのか全く分からないときは、自己治癒する生体の機能に全てをゆだねて、 医者側は「待ち」に徹するという方法もある。

「がん休眠療法」などは、その自己治癒機能にすらも休眠してもらって、ひたすらに年単位の時間稼ぎを狙う。

どちらも、まだ「正しい」とは証明されていない、それこそ何年も先にならないと解答が出ない治療方針だ。

部分部分の最適化は、必ずしも全体の最適化を意味しない。

今ICUで問題になっているのが、熱心な家族の存在。

24時間3交代で、いつもいる。熱心に見守る。こちらの一挙一動を、ずっと見ていて、 何かあったら質問する。

悪いことではないし、決して悪い人達ではない。

熱心なご家族のいる患者さんのベッドには、スタッフは容易には近づけない。

もちろん、「正しい」治療は常に怠らない。定時の採血、体位交換。体の清拭。モニターによる監視。 でもそれだけだ。

ICUみたいにスタッフが潤沢なところでは、それこそ15分おきぐらいにチョコチョコ指示が変わる。 婦長大怒り。スタッフ大顰蹙。でも変える。

それで本当に何か変わるのか、正直分からない。要は、階段の細かさの問題。5mの高さに登るのに、 1mの階段5段で行くのか、10cmの階段50段作るのか。目標も、ルートもほとんど同じ。フライングして、 一気に2mの跳躍を狙うこともあるけれど。

それでも、わずかでも違うと信じるからこそ、細かく変える。嫌がらせじゃありませんってば。本当に。

1%か2%か――それはわずかなコトかもしれない
だがそれをわずかと笑える者はチューニングを語る資格はナイ
ドライサンプは口で言うほど簡単じゃナイ
目をそらすいいわけはいくらでもできる
すべて小さな積み重ねだ
クルマは応えてくれる
造り手でも乗り手でも
壁を乗り越える気持ちに必ず応える――

情報の公開がブームだ。部品一つ一つをちゃんと組んでいるか。それぞれの時間帯の治療が、 ちゃんとなされているのかどうか。

ところが、こうした考えかたは、「正しいことの積み重ねは正しい結果に結びつく」という 思想に、どうしても縛られる。専門家が必要だから、専門家に仕事を頼む。素人と専門家の違いと いうのは、「結果」を見て仕事ができるかどうか。部分を正しく組むだけなら、素人にだってできる。 職人はいらない。

デザインは最適化のジレンマを超えられるか?

B.フラーが好きだ。

バックミンスター・フラーの思想が好きな人というと、 変な宗教団体の信者とか、イルカとか怪しげな宇宙人とチャネリングしつづけたあげくに 向こう側に行ってしまったニューエイジ崩れと相場が決まっていて、 自分もまたその類のフラー信者なのだが、 フラーが提案していたものが「デザインサイエンス」という概念だ。

新しい生き方、新しい概念というものはすべて「総合的な性向」を もっていて、総合的な思考、システム的な思考を行っていて、 さらにそうしたシステムの根本原理を理解している人がデザインしたもの というのは、一瞬にして過去のデザインを陳腐化する…といった考え。間違ってるかも。

「建築家は核戦争の脅威を解消することができる。それは核シェルター計画ではなく、新しいデザイン科学の力のことである。それによって、世界の資源問題を解決し、繰り返される世界戦争と核兵器による終末の危機を免れることができるのだ。あなた方建築家は、人類に対して、歴史上前例のないほど重要で決定的な貢献をおこなうことになる。……ハルマゲドンを避けるために政治家が遅鈍で放任主義の政策しかとっていないのに対して、私たちは速やかな方策をとることができる。それが建築のイニシアティブモなのだ。」
フラーの講演録

建築の分野では、フラーはトラス構造とか、ドーム型の建築物といった新しいものを 発明していて、それはたしかに世界中で使われてはいるけれど、まだまだ 過去の全ての建造物を陳腐化して、世の中の建築家をハローワーク通いさせるには至っていない。 残念ながら。フラーが間違ってるわけないから、世の中が追いついていないのか。

フラーの残した、「最適化されたデザイン」というのは分かりやすい。

ジオシデックドームしかり、トラス構造しかり。全体の構造は、フラクタクルのように部分の構造を 再生していて、「ちゃんと造った3角形からなる構造は強い」という基本部分を理解することで、 同時に全体の構造をも理解できる。

この構造物には「職人芸」的な要素は少なく、そもそも建造物の安定性が重力に依存しないから、 どこで組んでも、どこから組んでも正確に同じものが再現できる(らしい)。

今まで職人芸が活躍してきた分野というのも、新たなデザインという概念が入ってくると、 あるいは部分最適化と全体最適化の両立というものが可能なのかもしれない。

生体の組織というのも、全体が部分を模した、フラクタクルの構造物だ。

神経の異常な興奮という現象。これが、頭でおきればてんかん、心臓でおきればVT、横隔膜で おきればしゃっくりで、足でおきればこむら返りだ。使う治療薬も、その作用機序は大体同じ。

例外はいくらだってあるし、まだまだ分からないことはありすぎるけれど、病気というものもまた、 いくつかの基本的な原因と、その原因が作用する場所とのマトリックスで説明することが できる気がする。

適切なデザインがなされれば、病気の理解、治療の理解は もう少し簡単になるかもしれない。

直したいから「間違った」治療を行い、 ちゃんと診察したいから熱心な家族に「出てって下さい」と言う矛盾。

何とかならないだろうか。

とりあえずはドームハウス、いつか作るんだ。

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生扉と生体

生体というのは、うまくいっているときにはその維持のコストは非常に少ない。 暴飲暴食を多少行ってもどうということはないし、3日や4日カップラーメンだけで暮らしたとしても、 それだけで体がおかしくなることもない。

むしろ、規則ただしすぎる生活は生体を外乱に対して弱くする。

いろいろな種類の食品を食べること。休んだり、運動したりと言った生活の変化をつけること。 うまくいっているときには、生体も多少の「揺らぎ」があったほうが、万が一のときの外乱に対して 上手くやっていけるような気がする。

一方、生体が障害を生じたときには、生体維持のコストが非常に高くなる。

病気になった生き物はじっとしている。なるべく動かず、体温の低下を防ぎ、 消耗を避けて全体力を治癒に回そうとする。

ICUで患者さんを見守っているとき、一番厄介なのは不隠が出現した患者さんだ。

どんな病気の人も、基本的にはじっとしていなくてはならないときというのはある。 そんなとき、不隠になって暴れられると、今までの苦労が水の泡になる。

挿管してから8時間、やっと酸素濃度を下げられて、そろそろ抜管が見えてくる頃、 不隠になって暴れ、むせこみを繰り返したあげくに今までの苦労が一からやり直し… なんていうのはいつものことだ。

社会情勢には正直疎いし、情報源はニュースばっかりだけれど、最近話題のライブドアという会社の 振る舞いというのは、生体によく似ている。

危機に陥った会社は、たいていの場合は派手な経営回復策を打ち出してみたり、 トップ経営者の総入れ替えを行ってみたりといった派手な治療手段をとっていた。 これはちょうど、「ステロイドパルス療法」とか、「ボスミン心注」のような、派手だけれど あまり効果の期待できない治療、患者さんに「止めを刺す」ときにしばしば考慮していたような 治療手段に見える。

ライブドアという会社は、 うまくいっているときには組織が「揺らぐ」ぐらいに派手な振る舞いを見せていた。

一方で、会社が危機に陥っている現在、極端な「治療」に頼ることなく、 「安静」に全力をあげているように見える。

単なる偶然なのか、今の経営トップの人達に何かポリシーがあるのか。

それとも、最近の神経系を実装したかのようなIT企業の組織形態の振る舞いというものは、 自然と生体組織に似てくるのだろうか?

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2006年2月 7日

マッチメイカーとしての国の責任

プロレスには仕掛け――アングルがある。

これは決して八百長などではなく、リングのファンタジスタであるプロレスラーの 持ち味を最大限に演出するためには欠かせない物語だ。

マッチメイカーは、プロレスの世界観とか、試合前の選手同士の怨恨や対立、 それぞれの選手の背負った肩書きや試合にかける物語といった、テーマとなる筋書きを担当する。

試合展開はあらかじめ決められている。もしかしたら勝敗も。

筋書きのある試合は楽しい

筋書きの決まった試合はつまらないだろうか?そんなことはない。

2005年7月18日の小橋vs健介の試合などは、たぶん昨年で一番の名勝負だった (もっとも「ノアだけはガチ」はファンの間では定説だが…)し、最初から「アングルあり」を 謳っているWWEの盛り上がりというのは、まさにシナリオの面白さの勝利だ。

つまらない仕込みの入った試合はつまらない。アングルなんかないほうがまし。 でも、面白いシナリオ、観客の予想を裏切るような展開を見せてくれるアングルならば、 「八百長か、真実か」などと疑う前に、目の前の試合を楽しんだほうがずっと楽しい。

マッチメイカーの作ったアングルに対応して選手が作るのが、ギミックだ。

  • 悪役。善玉。燃える闘魂。革命戦士。
  • 「あの選手は○○の腕を本気で折った」といった神話。
  • 元オリンピック選手、大学時代からのライバルといった、肩書きや過去。

優れたアングルは選手のギミックを際立たせ、ただでさえ盛り上がる試合を さらに盛り上げる。もちろん「プロ」レスリングはあくまでも仕事だけれど、 戦いが盛り上がったとき、選手は本当に限界を超えた戦いを見せてくれる。

鍛え上げた肉体を使い、観客を魅了する肉体芸術――それがプロレスだ。

マッチメイカーとしての国家の役割

僻地から人がいなくなっている。

最近、また新潟の某病院が崩壊したけれど、ここなどは300小規模の総合病院、 昔自分が研修した病院と同じぐらいの大きさだ。

僻地といっても、その言葉の意味は変わってきている。3年ぐらい前に病院が潰れていたのは、 人などほとんど住んでいないような、本当の僻地。今崩壊しているのは、一昔前なら 「地方都市」といわれた規模の地域の中核病院だ。

大学医局の力が弱まったこと。公立病院の長年の赤字体質。病院の「客層」の変化。 病院からスタッフがいなくなった理由はいくつもあるけれど、 地域医療を崩壊させた国の責任は重い。

診療報酬が…とか、医師の訴訟問題が…とか、そういうことは正直あまり興味がない。

お金はあったほうがいいに決まっているけれど、行政の問題というのは、 「現場の空気」にはあんまり響いてこない。

問題なのは、国がまともな「アングル」を作らなくなったことだ。

日本医師会全盛の時代。自民党=医師会という時代はたしかにあって、 世間から見れば厚生省は医師会の言いなり。

世間の古い病院というのは悪どく金儲け。「国は悪」「伝統的な病院は悪」という 構図は、強力に出来上がっていた。

筋の通ったアングルが確立していれば、選手は様々なギミックを身に付けて、 自分を売り出すことができる。

伝統的な「悪役」として「正しい」医療を続けた公立病院。 「革命戦士」として誰も行かない僻地に病院を作った 佐久総合病院や、共立病院系の病院グループ。 現在も地域医療の一戦で活躍している病院は、この頃生まれた。

「救急車のたらいまわし」という言葉が生まれた、約20年前。

救急車を取らない大手公立病院という「悪役」があって、厚生省はそれに対して何ら策を打たない 「無能な役人」というギミックをまとい、自らのシナリオの中に参加した。

マスコミは悪役を叩き、世間は救急病院の出現を歓迎し、千里の救急センターや、日本医大の 救急センターがクローズアップされ、人気を博した。この頃はまだガキだったけれど、 テレビで報道される救急外来の医師というのが、ほんとうに「正義の味方」に見えたものだ。

アングルを変えだした厚生省

おかしくなったのは、まだ最近のことだと思う。

「市民の声」が強くなった。それを突っぱね、世間の顰蹙を一手に集めて、国民を嘲っていたのが 厚生官僚の「ギミック」だったのだが、最近はやけに世間に迎合しているように見える。

  • 「まともな臨床医」を育てると称するローテーション研修
  • 「悪の枢軸」大学医局の解体
  • 患者様という言葉の導入や、病院の機能評価

こういったものは、「従来の研修は悪。大学は悪。公立病院は横柄」という、いままであったアングルの 中で、民間の病院グループや市民団体が「革命派」というギミックの元にやっていたものだ。

プロレス世界では、あるギミックを掲げたレスラーが人気を博した場合、 その選手の登場機会を増やしたり、メインイベンターとして抜擢することはあっても、 もともとの対立の構図自体を書き変えるような真似はめったにしない。

団体を離れようが、フロント批判をしようが、長州力は何歳になっても革命戦士のままだし、 だからみんな安心してプロレスを楽しめる。

昨日まで革命戦士だった選手が、今日からは体制派の中心とされてしまったり。 横柄な悪役として活躍していた選手が、ある日を境に急にファンに笑顔を振りまくようになったり。 何といっても、悪の黒幕であったはずのシナリオライターが、市民の声に迎合して シナリオをコロコロ書き換えるようになったりしたら、選手も白けてしまう。

せっかく築き上げた自分のキャラクター、自分のギミックというものは、プロレス世界の「アングル」が そう簡単には変わらないという前提でないと、機能しない。

よくできたアングルは選手の個性を際立たせるけれど、駄目なアングルは選手を潰してしまう。

大晦日のPRIDEでの小川-吉田戦。あの2人の選手が普段から仲がよく、試合前もにこやかに 握手を交わしたりしていたら、大学の元先輩後輩とか、オリンピックでの過去の因縁とか、 そうした話題作りがなされていなかったら、あの試合はあそこまで面白かっただろうか?

厚生省が、あるいは自民党が「田舎者は死んで下さい」とでもテレビで断言してくれるならば、 それも脂ぎった役人がお姉ちゃんなど侍らせながら、しゃぶしゃぶ屋でインタビューでも 受けてくれたなら、共立病院にはもっと多くの研修医が集まって、 卒業生は勇躍僻地に乗りこんで行くだろう。

産科医のいなくなった町。「子供が産めません」と涙ながらに訴える母親を見て、 「子供がほしいなら、ヒルズに住めばいいのに」などと、片山さつき衆議院議員あたりが コメントしたりすれば、下手な産科優遇政策なんかより、よほど人が集まると思う。

いいアングルは地域医療を救うか

いいアングルは、演じる人に役割を与える。

シナリオライターというのは、基本的には「悪役」の立場を崩せないはずだ。

大昔、NHKのドラマ「源義経」で人気俳優が殺される回になったとき、当時のプロデューサーだった 吉田直哉氏のもとには、ファンからの助命嘆願が殺到したのだそうだ。

それでも、当然シナリオは崩せない。その俳優は筋書き通りに殺されてしまい、悪役となった プロデューサーのもとにはカミソリ入りの手紙が何通も配達されたらしい。

悪のシナリオライター、それに復讐する「善良な」ファンという構図。

悪役を演じきれなくなった厚生省は、いま「市民のための」病院づくりのため、 様々な提案を試みている。

小児科や産科の診療報酬の微増。僻地での研修の義務化。医師の処罰の厳罰化。

次から次へと提案されては潰される「シナリオ」は迷走し、 現場はどんなギミックを持って仕事をすればいいのか迷う。

迷ったときには待つしかないから、結果として医療の現場にも「待ち組み」がどんどん増える。

とりあえずは無難な職場へ。何がやりたいことなのか、国の描くアングルが見えないから、 みんなより流動性の高い職種、時間がとれて、いつでも後戻りの効く職場を選択せざるを得ない。

僻地に行きたい人、小児科や産科をやりたい人というのは本当はもっとずっと多いはずだ。 医師を取り巻く情勢が、たとえ今と大きく変わらなくても。

一番恐ろしいのは、自分達のやっていることが、厚生省から誉められること。 せっかく見つけたニッチをコモディティー化されてしまうことだ。

奴等がだらしないから、自分たちが趣味できつい職場で仕事をする。これがかっこいい。

現場も知らない、背広着た年寄り達から、「○○先生のやっている地域医療活動はすばらしい。 大学の先生も、この人のボランティア性精神を見習ってほしい」などと朝日新聞あたりに コメントを出された日には、もう人生終わり。

いままでかっこいいと思っていた自分の立場は、陳腐な役人の口先一つで 潰される。魅力的だったニッチ市場は「当たり前」のものとなってしまい、 そこに止まって仕事をすることは、かっこよくも何ともないものになってしまう。

いまいましげに悪態つかれて、お金だけ置いて立ち去ってくれるなら、ありがたいと涙も流す。 口だけ出して、「こいつの手柄は俺のもの」とばかりに誉めそやして、 後はなんにもしないから、地域医療の現場からは医者が逃げる。

今僻地にいったりすると、これをやられそうなのが一番怖い。

厚生省は、ビンス・マクホマンとか、ミスター高橋といった、「アングル」作成のプロを スタッフに招くべきだ。

いいかげん限界に近いところまで来ているけれど、 いい「アングル」さえ作れれば、まだまだ何とかなると思う。

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2006年2月 5日

当直中のジンクス

当直中。

重症の方もそれなりに落ち着いていて、急患も入ってこない午後。

こんなときに「平和だね」とか、「暇だね」といった言葉を口に出すと、 その日の夜の病棟は必ず大荒れになるという言い伝えがある。

みんなそう思っていても、あえてその話題を口に出さなかったり、 日勤から夜勤への申し送りが終わる瞬間、「今日は暇でした」と口に出して、 夜勤部隊へちょっとした嫌がらせをしてみたり。

どこの病院にもほとんど共通しているジンクス。

病院が平和なのは、誰にとってもいいことなのだが…。

ジンクスの元になった伝承とか、ジンクスの民俗学的な解釈とか。

誰かやった人、いないんだろうか。

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2006年2月 3日

移動生活を続けるのに必要な技術

移動の時期だ。

今いる職場でも、来年度以降の人事の話題が増えた。

来年は○○病院へ移動になった。また小児科が撤退するらしい。 来年大学に残る2年目は、○名いるらしい。などなど。

医師の未来の不確定性

雇用も流動化した。医局が強かった頃は未来が読めた。自分の10年後。20年後。

10年目に専門医を取って、20年目には市中病院の部長級の椅子に座って、 その後は忙しい職場を離れて悠悠自適。そんな未来が想像できたのは10年前まで。 今では、自分の3年先が読める医師の方が珍しい。

仕事が不安定だ。

病院という場所は、社会の変化をもろに受ける場所だ。 住民層の変化。町の高齢化。市議会で可決された法案。今まで楽しく働けた職場でも、 こうした変化は病院を否応なく変える。

「市民派の」市会議員が当選した某市の市立病院では、なぜか市民団体からのクレーム電話が 病院に殺到するようになった。比較的うまくいっていた市中病院は、 今では夕方5時を過ぎると子供連れのお母さんで待合室があふれる。 親の怒声と、子供の泣き声。来年には小児科が撤退を決めた。

名刺代わりの医局

一つの場所でずっと仕事をしていくことなどまずありえない。 社会がそれを許してくれないし、仮にできたとしても、知識や経験はどうしても偏る。

医局が強かった頃、医局というのはそうした医師の移動装置としても機能していた。

市中病院が常勤の医師を迎えるということは、医師「個人」を迎えるというよりも、 「○○大学出身の医師」という肩書きを迎えることだった。

今いる医師の評判が悪くても、数年もすれば医師はまた移動になる。たとえ いい結果が出なくても、病院側も長い目で見ていたし、迎える側と送り出す側、 共に未来を想像する余裕があった。

今は無理だ。病院も医局も、もはや「次」なんて考える余裕などない。 大事なのは「先」でなくて「今」。個人の資質が問われる時代だ。

属性の時代から固有名詞の時代へ

血液型とか出身地、あるいは学歴とか勤め先などの「属性」で、 人を決めつけてしまうような考え方が、私は好きではない。
私は属性を信じない。私が信じるのは固有名詞だ。
その人の作ったもの、その人の書いたもの、その人の仕事を見て、 「これはいい」「これは面白い」と思ったら、私はその人を信用する。 その人の属性は関係ない。
Zopeジャンキー日記 :私は属性を信じない 私が信じるのは固有名詞だ

人の技量を決める上で、どこまでが「属性」で、どこまでが「固有名詞」なのかは議論がある。

大きな医局、強い医局に属するということだって個人の技量を証明しうるし、 だいたい人間の技量、一緒に働いて楽しい奴なのかどうかといった問題を、 初対面の時点で把握することなど無理だ。

個人の「固有名詞」の要素を、初対面の相手に伝えるのは難しい。医者の場合、今まで作ってきたものなど 論文ぐらいしかないから、なおさら難しい。ならばやっぱり「属性」要素がこれからも重要なのか…という 話になってしまうのは、あんまり有名じゃない大学を出た人間としては、ちょっと悲しい。

自分がどんな技量を持った人間なのかを速やかに分かってもらうのは難しい。 でも、難しいのは誰だって同じだ。同じなんだから、そこには競争をするだけの 余地が残ってる。

移動が生活の一部になる時代。自分の技量、自分の長所をよりすばやく職場に理解してもらえる医師は、 そうでない医師に比べると、いろいろ幸せになれる可能性が高い。

可搬性に優れた技術とは

ハリウッドでは映画をつくる際、プロジェクトごとにプロデューサーが立ち、 映画会社の枠を超えてスタッフを集め、映画を作る。制作が終わると解散し、 また別のプロジェクトでは、それに合ったスタッフが集まる。 そうしたやり方は“ハリウッド方式”と呼ばれる。

いい映画に参加するためには、プロデューサーに顔を覚えてもらわなくてはならない。

スタッフは、最初は低予算の映画からキャリアを始めて、いろいろなオーディションを 渡り歩く中で顔を売り、だんだんと大きな映画の製作へと参加していく。

有名になるには移動が必要で、移動する先々で「結果」を出し続けなくてはならない。

ハリウッド方式は人を長期間雇用しなくて住む反面、短期間の人件費にかかるコストは 莫大なものになる。落伍者も多い。熟練するのに長期間かかる職種は、そもそもこの 方式には乗りにくいなどの問題も多い。

それでも、こうした社会で生き延びていくのに必要な技術の習得のしかたというのは、 移動を前提として医者をやっていく上では欠かせないような気がする。

持ち運びを前提とした技術。どこにいっても通用する技術。 初対面の相手を納得させられるような技術。移動生活をしていく中で役立つ知識や技術というものは、 以下のような特性を持つ。

  • 設備投資がいらない
  • 再現性がある
  • 目に見える経済効果がある

設備投資のいらない「安価」な技術

どんなにすばらしい専門技量を持っていても、たとえばそれが重粒子線治療装置 によるガンの治療の技術であったりするならば、日本で役立てられる施設は3箇所ぐらいしかない。

専門分化の進んだ技能、競争相手のいないニッチ市場というのは、 様々な規模の病院を転々としていく上ではその人を助けてくれない。

高価な技術を生かそうと思ったならば、高価な施設をそろえている病院に就職する必要がある。

働いて楽しいのかどうかというのは、つまるとことは「好き、嫌い」の問題だ。 仕事が忙しいとか、給料がどうとかは、2次的な問題。どんな条件でも、そこが 楽しければ仕事は続くし、どんな高給取りであっても、嫌なものはやっぱり嫌だ。

高価な施設をそろえている病院は少ない。選択の幅はどうしても狭くなるから、 専門技能を生かして、なおかつ楽しく働くのはなかなか難しい。

専門性が高くても、どこにでもある機械を使ってできることならば、 その技能は大いに医者を助けてくれる。どんなところでも、専門家は歓迎される。 その技能を生かすのに、お金がかからないならば。

エコーや胃カメラ、CTスキャンぐらいまでなら、どの病院にも必ずある。 それが楽しいのかどうかはともかく、こうした道具を使った診断や治療というのは、 持ち運びが可能な技術としては他のものよりも優れていると思う。

技術の再現性

今から6年ぐらい前、市中病院から「心カテができます」というふれこみで、 一人大学病院へと飛び込んだ。

針をさして、カテ動かして。たしかに自分では、心カテが「できる」つもりだった。
ところがウソだった。
治療の準備をする。カテ台を動かす。記録を付けて、画像をCD-ROMに落とし込む。
こうしたことは、前の病院では他のスタッフの仕事だったから自分はやりかたを知らない。
大学では「知らない」では済まされなかったし、それを「知らない」と突っぱねることは、 「私は心カテができません」と宣言するのと同じだった。

幸い、周りが教えてくれたから、半年近く経ってからようやく 「心カテがでる」と言えるようになったけれど。

技術というのは新しい職場でそれを再現できないと、「できる」とは言えない。

例えばエコー。技師さんのいる病院ではセッティングと整備はやってくれるから、 医師は診断行為に専念できる。診断に比べれば、機械の調整とか整備とかは本質でない、 低級な仕事に見えてくる。そんなことを覚える時間があるならば、一人でも多くの症例に あたりたいと思ってしまう。

ずっとそこでやっていけるならともかく、移動を前提として技術の習得をするならば、 再現性があること、助けがなくても、スタンドアロンで仕事ができるように技術を 学ぶことというのはとても大事だ。

一時期、日本の半導体メーカーの技術者が韓国企業に引き抜かれて技術指導を していたのが問題になった。

テレビで放映されていた日本の技術者は、何もない体育館みたいな建物に 機械を搬入することから始めて、工場の人を教育して、韓国に一大半導体工場を 作り終えるまでを請け負っていた。

そこまでできる人はさすがに少数なのだろうけれど、 何も知らない人達を前にしても、一人で自分のチームを立ち上げられるような 技術者というのは、たぶんどこに行っても役に立つ。

やはり欠かせない経済のこと

ちなみに自分は金勘定は全然知らない。全くこれから。

昔は「正しい」ことだけやっていれば、自分がやっていて楽しいことだけやっていれば それでよかった。若かったから。

30も半ばを過ぎるとそれだけでは駄目だ。

何か新しいことをやりたい。この病院で、こんな外来を開きたい。そうした希望を 通すとき、「企画書」からは逃げられない。

病院での企画書というのには、なぜか「どうやってその資金を回収するのか」という 項目が存在しない。

そんなもんだと思っていたし、他の業界のことなど全く興味もなかったけれど、 世間で言う企画書というのには経済的な要綱は欠かせないらしい。

自分の専門技能には、どういう経済的なインパクトがあるのか。 赤字部門ならば、せめてハッタリでも、どの程度の広告効果が見込めるものなのか。 新しい機材を購入するならば、それがどう役立ち、また何年ぐらいで資金を回収でき、 何年ぐらいで黒字を生むようになるのか。

正しい予測なんか立てようもないけれど、プレゼンテーション能力の一環として、こうした 経済的な知識というのは強みになるのかもしれない。

マイスター級の医師の凄さ

いい医者になるのは難しい。

医者の「よさ」なんて、一つのものさしだけで評価するなんて不可能だし、持ち運びの しやすい技術というものだって、しょせんはたんなる名刺代わりだ。

結局大切なものは、正しい知識に基づいた正しい判断であったり、急変のときの 冷静な判断力であったり、問診の技量や下級生の教育といった、その人の人間的なものであったり。

「よさ」というのはつまるところはそういうもんだと昔は習ったし、信じてくれないだろうけれど 今でもそう思ってる。興味のない技術なんて学んだってしょうがないし、 そんな功利的な理由でつまらない技術なんて身に付ける暇があったら、もっと大切なもの、 「いい医者」になるための修練をしたほうが、絶対に将来役に立つ。

マイスターの本質というのは、その技術などではなくて、指導力とか判断力とか経験とか、 そういうもっと分かりにくいものだ。

凄いマイスターが本当に「凄い」のは、その技術が凄いからだけではなくて、 その「腕」すらも名刺代わりの単なる通過点にしかすぎないからだ。

たぶんいろいろな病院を回るだろうし、いろいろと凄い医師に会って、 そうした医師から技術を教えてもらう機会というのもこれから増える。

技術は大事。技術を学んで、可般性を高めておくことはもっと大事。 それでも、もっともっと大切なことは、やはり最後は「いい医者である」。この部分。

説教臭いけど、ここだけは外せない。

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