2006年1月29日

専門医志向と「即戦力」志向

専門医を目指すのは楽しいのだろうか?

  • 始めはかけだし、使いっ走り。
  • そのうち手技を覚えて、自分でも何か「やれる」ことがだんだんと増えてくる3年目。
  • 一人立ちを始めて、「やれる」と思っていたことが、実は全くイけていなかったことに 気がついて、泣きそうになりながら勉強を始める7年目。

勉強のモチベーションというのは、「あいつは使える」という周囲からの賞賛だった。

患者さんをよくしたいとか、医学の進歩のためとか、そういったお題目はどうでもよかった。 結果としてそうなることはあっても。

専門家の抱えるジレンマ

「使える奴」という声を集めるためには、その状況へ最適化しなくてはならない。 ところが、同じ状況に最適化しすぎてしまうと、もはや「使える」などという声は聞かれなくなる。

最適化を極めた専門家というのは、もはや病院の部品や空気の一部だ。 「その人がいてありがたい」どころか、もはや「そこにあって当たり前」。 その人がいなくなると、困るを通り越して、病院というシステム全体にガタがくる。

専門性を極めるということは、一つの状況への最適化を極めるということだ。

専門家は、自分が守備する狭い領域のことで手一杯で、その他の問題には対処する時間が無い。 兵隊の位も上がる。医師の仕事以外の雑務も増える。手を出す時間、「腕を見せる」時間は ますます減り、専門を極めて施設の環境の一部と化した専門家は、無能化する。

  • 「病院長うぜ」
  • 「あのバカ使えね」

どこの病院にいっても、院長級の医師というのは研修医の陰口のターゲットだ。 本当は、そんなわけが無い。相手は専門を極めたベテランなんだから。 でも、病院長が手術に入ったの、3年前が最後なのも事実。

賞賛が無いままに仕事を続けるのはいやだ。

満足感というものに「絶対」はない。だから21世紀になっても宗教が残る。

価値というのは相対的なものだ。 自分がやってきたこと、勉強して来たこと。 他人から点数を付けられるのには吐き気がするけれど、誰かから査定されない 限り、自分ではその価値を見極められないのもまた事実だ。

専門性を極めるという志向には矛盾がある。

自分が今いる山の頂点を高くするためには、「底辺」の大きさをより長くする必要がある。 このためには、弟子を増やさなければならない。 同じ専門性を持った人間が増えれば、それだけ仕事が分担できるし、それは結局 お客さんのためにもなる。

ところが、多くの弟子を作ったところで、山を構成する「土砂」の量、病気の数は変わらない。 後進が育つと、山の底辺は大きくなる。この結果、山は四方に引っ張られ、 山の高さはどんどん低くなる。専門家を頂点とした「山」は、気がついたら「丘」に、 技術が極められ、それを習得するのが当たり前になってしまうと、 専門家はもはや専門家ですら無くなってしまう。

たとえば麻酔科。昔は極めて特殊な技術を要した専門家集団の技術は改良され、 簡単な手術であれば医者で無くても麻酔がかけられるようになった。

本当は、「万が一」の時には本物の麻酔科医でないと対処が不可能で、そのために 専門医がいるのだが、万が一は本当に万が一にしかおこらない。 「万が一」が「千が一」ぐらいだった頃を知っている人が引退してしまうと、 今度は「万が一」を見たことの無い専門家が登場する。

本物の急変を見たことの無い人を専門家と呼んでもいいのか。 この人は、本当に「万が一」がおきたらそれを乗り切れるのか。誰にも分からない。

即戦力志向というやりかた

本当の専門家になるための条件は2つ。専門家としての技量と知識を持っていることと、 「万が一」の状況を経験して、乗り切ったことがあること。

技術を持っている人は増えても、急変の現場を乗り切った経験を持つ人は減っている。

こういった方法とは逆に、技術や知識を習得することをしないで、 「万が一」の経験ばかり集積するやり方というものは「なし」だろうか?

本当は、1回経験したぐらいでは全然駄目で、専門領域の急変を何度も見ないと「みた」とは 言えないのだが、それでも経験値の差が一番大きいのはゼロと1との間だ。

「即戦力」とは、雪かきだろうが便所掃除だろうが鉄砲撃ちだろうが、 その時必要な業務を自律的に理解し、そのうち自らが最も効果を発揮する場所に自主的に移動し、 同僚に任せられるところは任せられる人の事を指す。
(中略)「即戦力」即「専門家」という誤解は日本だけではなく世界中にあるが、 専門家は「専門場」を用意して始めて力を発揮する。砲台が出来て始めて砲兵を呼べるのだし、 飛行場なしで空軍の運用は出来ない。本当の即戦力はよってむしろジェネラリストになる場合が多い。
「即戦力」の役割は、「専門家」のために「橋頭堡」を築くことである場合が多い。 一旦「橋頭堡」が出来てしまえば、あとは「専門家」が「専門力」を発揮する環境が整う。 そして「専門家」に陣地を明け渡したら、「即戦力」は即次の現場へと向かうべきである。 たとえその現場がもうその社内に残っていないとしても。
404 Blog Not Found:ゼロから育てるって言われても

昔勤めていた病院グループでは、よく医局が飛んだ。

  • 「○○病院で内科医がいなくなった」
  • 「○○病院で内紛があって、医者がみんな辞めたらしい」

なんだかんだいわれても、病院の中には医者がいないと病院は機能しない。 医者がいなくなって、病院が機能しなくなっても中には患者さんがいる。 「医者がいなくなりました。退院してください」は許されないので、 何かあるたびに、よくこういう病院へ応援に飛ばされた。

最初の頃は、副院長とローテーションの研修医。 年次が上になって、そのうち一人でいきなり飛ばされたり、 あるいは研修医と一緒に派遣されたり。

行く時は大変だ。

どんな状況なのかの前情報はほとんど無い。機械だって点滴だって、使い慣れたものは使えない。 じっくり腰を据えて何かやるなんてもちろんできない。

昔はよくトラブったけれど、何度も飛ばされているうちにだんだん慣れた。

始めにやるのは火消し

医者がいなくなっても、その病院の「流儀」というものは病棟に根強く残っている。

受け入れ先の病院が求めているのは「現状の維持と回復」であって、「改革」ではない。

応援にいった医者がよくやるのは、「あの病院はやり方がまずかったからこうなった。 当院の「正しい」やりかたを伝授してやろう」と考えることだ。

家が火事になったとき、まずやらなくてはならないのは火を消すことだ。

原因追求、責任者を叱ることは後でもできるけど、「火」は今消さないと、家は全焼するし、 最悪自分だって死ぬかもしれない。

失敗した病院にまず必要なのは、一刻も早く日常を回復させることだ。 こちらから「正しい」やりかたを持ち込んでも、反発されるだけで上手くいかない。

「異常無し」だけは徹底してもらう

どうせ40人とか50人とか、回診すら満足にできない人数を受け持たなくてはならないので、 一人で全員を見まわるのは絶対にできない。

研修いがいるときは研修医、そうでないときは病棟スタッフの協力というのは 欠かせないのだが、そういうチームの体制すらもすり合わせる時間は無い。

こんなときに気を付けてもらっていたのは、異常が無かった患者さんであっても 「○○さんは異常がありませんでした」と報告してもらうことだ。

応援に来ているときは、外来中は病棟のことはすっかり忘れ、病棟を見ているときは 外来のことなど忘れている。安定している人の報告が無いとき、その人はもはや 「いない人」になってしまい、気がついたら何もせずに5日間が経っていた…などということが 本当におきる。

受け入れ先の病棟スタッフに、「目の前のこいつ(自分のこと)の記憶は一切信用しない」 ということを徹底してもらうと、外来や病棟、救急といったそれぞれの状況にあたる際、 自分のリソースを「その場」にすべてつぎ込むことができ、何とか病院を回せる。

その場をしのぐのに全力を尽くす

忙しい病院では、一人の患者さんについて「2度目」は無いので、 できることはその場で全部やる。

熱が出たらその場で血液培養とって抗生物質、呼吸不全になったら 様子を見ないでとりあえず呼吸器準備、頭痛が来たら(ほぼ)全例CT。

治療の効率は悪い。医療経済的にも正しい方法ではないし、医学的にもベストからは程遠い。 それでもこうする。

忙しくて医者が自分しかいないような状況では、一番に優先すべきは 自分の頭のメモリを最大限に空にしておくことだ。

一人を経過観察すると、その人の問題がいつまでも頭のリソースを占拠する。 外来で1日に診察する人が50人ぐらい、様子を見る人を増やせば増やすほど、 頭の中には小さなタスクが同時に進行する状態になる。

ミスは増える。頭のOSはそんなによくできていないので、一つのタスクがうまくいかなくなると、 しばしばカーネルを巻き込んで落ちてしまう。様子を見ていた複数の患者さんは放置され、 最悪ミスが連鎖する。

誰かに助けを求められない状況では、一度にやる仕事は一つづつ。経過を見る人、長い目で 診察しなくてはならない人を診るときには、カルテに「未来の自分へのメッセージ」を書いておき、 次の瞬間その患者さんのことは忘れるようにする。

最後に帳尻あわせ

応援先で場当たり的なことをやっていると、「なんとなく入院、なんとなく退院」になってしまうケースはよくある。

食欲不振で入院して、ダラダラ点滴して退院とか。原因不明の頭痛で入院して、 よく分からないけどおさまったから退院とか。

実際それでも治るものは治っているし、急変を作らないで小人数で急場をしのげたならば、 応援に来た医者としては十分仕事をしているのだが、問題なのは引継ぎのときだ。

その場をしのぐのに、全力を挙げてきた医者と、もっと「正しい」成長のしかたをしてきた医者。 お互いの分化の衝突がおきるのは、その施設から、もっとちゃんと動いている病院に患者を紹介したり、 急場をしのげて「正式な」医師が新たに赴任してきたときだ。

どんな形であれ、衝突という現象は、おきなければおきないほうがいい。

相手の医師が、急場をしのぐことの大変さを知っている人であれば話は簡単。

「大変でしたね…。後は我々で。」

これで話は通るし、お互い不愉快な衝突無く、引継ぎは終了してしまう。

困るのは、そうでないときだ。

  • ICUの先生は、長期の予後のことまで興味ないですからね…
  • これだから、○○会の先生は…

育った分化の違う医者同士の会合というのは、ヤクザの出入りと同じだ。 なめられたら負け。

負けると疲れる。こちらは相手にお願いするほうだから、「勝つ」ことは許されない。 だからぶつかると絶対に疲れる。ぶつからないようにするためには、自分が紹介する 患者の経過というのを、相手の文化に合わせてプレゼンテーションしなくてはならない。

治療をするときにいつも考えているのは、この人にとって、入院という物語の「オチ」 は何だろうか、ということだ。

前の食欲不振の例では、「腸炎を疑ったが血液データに異常がないので退院、 後の検査は外来でやる予定」とか、「腹部手術の既往があり、イレウスを疑い入院、 点滴と絶食にて経過を見たが、排ガスもあり症状も回復したため退院」とか。

物語は、入院してからの経過を見て考える。その上で、この人の「オチ」にはあと 何が必要なのか、その検査をオーダーして、次の人に引き継ぐ。

全体を通した検査計画を立てて、正確な診察を積み重ねる方法論はもちろん大事。 一方、部分部分は適当にやって、最後に帳尻をあわせる方法論というのも、 けっこう上手くいく。

そして次の現場

「即戦力」志向の医者が活躍するのに、もっとも幸せな現場というのは、被災地だ。

どんな患者がくるのか予想出来ない、どんな機材が使えるのかすら分からない状況。

万事が万事、危機管理のストラテジーで動く世界というのは、「即戦力」を志向する 医者にとっては一番力を発揮できて、また動きやすい舞台だろう。

世界が安定してきて、もっと「正しい」ことをやる先生方が病院に戻ってくると、 その人達の専門領域は、専門家に任せるようになる。

今まで自分でやっていた血糖管理は、糖尿病の先生へ。患者にかかる医者の数は、 病院にやってきた専門家の数に比例して増加する。 「即戦力」であった医者の出番は徐々に減る。人が増えれば急変は減り、 急変に強い、「何でもできる」医者の出番は徐々に減る。

戦場の鉄火場で大活躍した平気というのは、平和な世の中では博物館行きになる。

小学校の頃に買ってもらったゴツい万能バサミ。缶だろうが板だろうが何でも切れて、 そのへんの紙から、人にはちょっと言えないような物まで何でも切って遊んでいたけれど、 もっといい文房具を買うようになってからはめったに使わなくなった。30年近く経っても まだ切れるのには感心するけれど。

「即戦力」であった医師もまた、病院に平和が戻ると行き場を失う。

何でもできる医者がいまさら専門を持っても、昔からそれしかやっていない医師から見れば ただの劣化コピーだ。即戦力志向と専門医志向、2つのストラテジー間の転職というのは なかなか上手くいかない。

世界が結晶化して、各々がやることが決まってきた職場では、 もはや何でもできる医者などには出番はない。

引き際の問題というのはけっこう難しくて、そもそも本当に「引く」必要があったのか、 それとももっと前から自分の居場所というのはここには無くなっていたのか、 相当先になってから振り返らないと解答は分からない。

分からないけれど、とりあえず鉄火場に飛び込むと、 考えている暇はなくなる。

それだけは経験上、断言できる。

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2006年1月20日

外来でトラブる2種類の患者

言葉の与える印象は大事だ。

子供の頃から言葉だけは厳しくしつけられたから、人前で猫をかぶるのだけは上手だ。

生まれた頃から、デフォルトは「ですます」調。一人称は「私」。学生の頃はそれでは弱いから、 一人称は「俺」。言葉ももっと乱暴なものに改めた。

卒業以後。営業用の言葉の基本は「ですます」。それだけだと 言葉が硬くなりすぎるから、すこし「べらんめえ調」を混ぜている。

同僚との会話。普段はゆっくり過ぎるぐらいの丁寧語。 忙しかったり、議論を通したいときだけは語調を変える。 話の通りが格段に良くなる。

外来業務。いろいろと気は遣ってる。

  • 分かりやすくゆっくりしゃべる。
  • 目線は必ず患者と同じ高さ。腕は組まずに大きく開く。
  • 口をなるべく大きく開けると、表情が豊かに見えて親しみが増す。
  • 高齢者でも名前に「さん」づけ。赤ちゃん言葉は禁忌。

言葉の気遣い。ていねいな態度と、ついでに正しい医学の知識。ここまでやってやっと必要条件。 十分条件にはまだまだ足りない。

怪しげなサプリメントに大金をつぎ込む人。 「ジュースは控えてください」と注意すると、コーラをがぶ飲みして血糖値を上げてくる糖尿病の患者。 タイプは全く違うけれど、どちらも共通するものは同じ。こういう人達は、目の前の医者の意見を 根本的に信じていない

健康になるためなら死んだっていい

医者の薬以外に何種類ものサプリメントを試す人、健康マニアの人にとっては、 大切なことは「良く」なることだ。

良くなることと、治ること。一見同じゴールなのだけれど、 マニアも度が過ぎてくると、このあたりがずれてくる。

彼らにとっては、薬を飲むこと、健康食品を購入することというのは、 自分の体を「良く」するための変革の手段だ。

コントロールがよくなった糖尿病や高血圧。セオリーどおりならば薬を減らすところであっても、 こういう人達は「落ち着いたから減薬しましょう」では納得しない。

健康を求める人、生活を変化させることで「良く」なろうとする人達にとって、 大切なのは「良い」未来だ。今まで死ななかった過去の実績は問題にならない。 未来派の人に過去を強調しても、「こいつ全然分かってねえ…」と信頼を失うのがオチだ。

薬を飲む目的は、現在の自分の体を元に戻すことではなくて、数年先によりよくなった 自分の体を手に入れるため。だから、薬を減らしたり、「弱い」薬へ変更したりするのには 抵抗がある。黙って変更したりすると、サプリメントの量を増やされる。

こういう人達に減薬を提案する際は、こちら側から未来のプランを提案するのが効果的だと思う。

  • 春先になったら検査をして、落ち着いているようなら薬を減らそうと思います
  • HbA1Cが6まで下がったら、今飲んでもらっている薬をもっと「体にやさしい」タイプに変える予定です

データが良くなったこと。病気が「治った」方向へ向かっているのは偶然ではなく、 いろいろなことが想定内で進んでいるのだということを明示的に会話を進めると、けっこううまくいく。

コーラを飲む糖尿病患者

ジュースを控えてくださいといわれて、ソーダやコーラを飲む糖尿病の人。
ようやく人工呼吸器が外れたと思ったら、さっそく喫煙所に向かう喘息の人。

ちょっと良くなると、子供の薬をすぐに中断してしまう親御さん、 「お金は払うから、注射一発ですぐに直してくれ」と要求する患者さんも、たぶん根本的には同じ 思考回路で動いている。

こういう人達は、「元気だった頃の自分」、今まで死なずに元気にやってきた自分というものの イメージを大切にしている。

医師が行う治療、あるいは、外来で要求する生活習慣の「改善」とか、「節制」といったものは、 本人達にとっては一番大事なもの、「今まで元気にやってきた自分」というイメージを 傷つけるものだ。

こういう患者さんは、基本的には保守的な人が多い。自分だけが(悪い意味で)特別だと 思いたくないから、今までやってきたことを変えることを極端に嫌がる。

無理強いしても反発されるだけだし、コントロールが悪くなったり、あるいは医者が 要求した「改善事項」を守らないと叱ったりしても、症状がよっぽど悪くならないかぎりは 聞き入れられない。

こういう人達にとって、大切なのは「進歩」とか「改善」などではなくて、 これまでの生活習慣に戻れるのかどうか。「他のみんな」と同じ状態に、 自分が戻れるのかどうかだ。

保守的な人に対する殺し文句として多用しているのは、 「みんながそうやっていますよ」という言い回し。 その薬を飲んだり、あるいは新しい生活習慣をお願いしなくてはいけない人というのは なにも特別な人ではなくて、同じようなことをしている人は世の中にはたくさんいますよ、 という提案をしている。

  • ステロイドの内服を始める人に「その量は、喘息で入院する人が服用する量の半分ぐらいです」と、もっとたくさん服用している人がいっぱいいることをアピールする
  • 降圧薬を開始するときは「まずは、一般的な量の半分ぐらいから始めてみましょう」と、多数派に比べて少ないことを強調する

こちらの人については、この方法だけだとまだ足りない印象を持っている。何を言っても守ってくれない人は守ってくれない。それでも、通院を続けてくれるだけ、まだかろうじて絆は残ってる。

マーケティングの上流と下流

ちょっと前、サントリーの「ボス」という缶コーヒーのコマーシャルが話題になった。

もともとは、おしゃれなCMで売っていたブランド。矢沢永吉が「最近、バカが多くて疲れませんか?」とやっていたのは たしかこのコーヒーのCM(注:間違いでした)だった。

「バカが多くて…」の意味しているのは、「ボスを飲んでいるあなたは、当然バカじゃありませんよね?」というメッセージで、 この頃のCMは、ターゲットを上昇志向の強い中流に絞っていた。

最近は、この「ボス」のCMのターゲットが変わったのだという。

自動販売機でボスが100円で売られていた。九州限定で販売されている100円ボスは、 普通の190g缶よりちょっと小さめで170gだった。
ふと思った。サントリーは缶コーヒーという飲み物に見切りをつけたのではないだろうか、と。 (中略)いまだに缶コーヒーを飲んでいる人は、健康意識も低くオシャレでもなくグルメでもない、金銭的にもあまり裕福ではない、社会的に下流の人間だ・・・サントリーはそう判断したような気がする。

まず広告。ボスの広告といえば、いつもアイディアを凝らした若々しくオシャレなCMで話題になったものだけれど、今年のボスはなにか違う。タモリを使った古臭いセンスのCMで、これまでの斬新さがまるでない。でも、下流の人間に合わせた分かりやすいベタな表現に敢えてした、ということなら理解できる。
次にキャンペーン。これまでボスジャンとかボス電とか、プレミアム感のある景品をボスは提供してきたイメージが強いのに、今年は総額2億円が当たるという即物的なギャンブル企画だ。これもギャンブル好きな低所得層を意識的に狙っているふしがある。
インサイター:サントリーのコーヒー戦略に見る「下流マーケティング」より引用

世の中を上流、中流、下流に分けると、下4割は「下流」に分類されるという。

コマーシャルというのは、お客を持ち上げてなんぼ。自分のお客さんの中に、 上流の客と下流の客がいて、それぞれに戦略を変えていこうというのは、 サービス業に従事する人間としては非常な抵抗がある。

少なくとも、その意図が「下流」と分類された お客さんにばれたとき、大変なリスクがあるような気がする。

「下流の患者」は存在するのか?

医者がこんなことを考え始めると、もうお互いの信頼関係なんかあったもんじゃない。

それでも、人に合わせて複数のマーケティング手段を使い分けるという考えかたは 魅力的だ。少なくとも、全ての人に同じ態度で対面していると、上手くいかないケースはけっこう多い。

  • これからの未来に不安を募らせる人と、今まで死ななかった過去をよりどころにする人。
  • 「良く」なるためなら不連続なイノベーションを許容できる人と、今までの生活習慣を変えるのを拒む人。

前者の人は、ただ「正常になった」だけでは納得しない。過程を重視するし、数字を残すことにこだわる。 後者の人は、たとえばHbA1Cなどどうでもよく、今までどおりお酒が飲めるかどうかにしか興味がない。

2種類の人に、2種類の方法。けっこう上手くいきそうなのだが、問題なのはどういう人が、どういう 考えの持ち主なのかが全く分からないこと。

何回かの外来を経ていくと、大体読める。それでも、初診で来た人がどういうカテゴリーの人なのか、 それを見定めるのはまだ全然できない。

入院中のムンテラ。悪くなったときのフォロー。 外来以外のコミュニケーションの場はいくらでもあるけれど、 2種類の人がいたとして、じゃあ2種類の戦略をどう使い分ければいいのか、 それぞれのタイプに対してどういう 方法論で攻めればいいのか。まだ全然分からない。

集中治療を離れて外に出て、たぶんこれから当分一般内科。あと10年ぐらいすると、 ノウハウたまるだろうか…。

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2006年1月18日

地域で気分よく働くのに必要なもの(後半)

世界は変わる。社会も変わる。

小さな世界は大きくなった。かつては世界の主役であった「近所同士の強い絆」は、 「遠くの人との弱い絆」にその座を奪われ、舞台の片隅に追いやられた。

過去は内包される

進化の過程においては、過去は捨て去られるものではなく、内包されるものだ。

無脊椎動物から脊椎動物へ。

生物の進化の過程というのも、ただ生きているだけの細胞のネットワークに 効率のいい神経系が実装され、現在の脊椎動物全盛の世界を作った。

社会の進歩。小さなクラスターから「スモールワールドネットワーク」への進歩というのは、 ちょうど無脊椎動物から脊椎動物への進歩のようなものだ。

無脊椎動物には、脊髄がない。神経系が十分に発達していない分、たしかに脊椎動物よりは劣る。

それでも、両者とも現役の地球上の生き物だ。無脊椎動物のニッチというものはまだまだたくさん 存在するし、何万年もの未来では、再び無脊椎動物全盛の時代が戻ってくるという予想だってある。

イカやタコといった無脊椎動物は、脊髄が無いだけ脊椎動物よりは劣った存在だけれど、 現在の海の中でも十分に生物として通用するだけの強さを維持している。

「村社会」を構成していた近所同士の強い絆というのは、生物においては心臓のようなものだ。

進化の過程においては、臓器の運命は2種類に分かれる。盲腸のように退化していってしまうものと、 心臓のように必須でありつづけるものと。

小さな社会の強い絆というものは、 臓器に例えれば心臓だ。これは神経系の発達如何にかかわらず必須のものであるし、 心臓が活動を止めると生物は死んでしまう。

それでも今の社会は、心臓など最初から無かった生物であるかのように振舞おうとしている。

地蔵も祟る

村のはずれに母と幼い子供が2人で暮らしていた。
母子は貧しく、村人に米を無心することがしばしばであったという。
ある日、いつもどおりに子を背負い、米を借りに来た母親を村人がからかい、
「村のはずれの地蔵様の頭を持ってこれたら、いつもの倍の米を貸そう」>と申し出た。
「お地蔵様、許してください」。母は地蔵の首を取り、村人の元へと戻っていった。
首を抱えて村に戻って見ると、背負っていた子供の首は無くなっていたという。

お地蔵さんは地味な神様だけれど、人に祟った話は結構多い。

仏教の教義の上では、地蔵菩薩というのは相当に優しい神様で、首を外した程度のことでは 復讐などするとは思えないのだけれど、昔話の中では、やられたことはやりかえす。

祟りというものには、忘れられていた物に対する尊敬とか、恐れといったものを復活させる 効果がある。

地蔵やお稲荷さんといった地域の神様が敬われなくなるということは、 地域社会というものが崩壊して、社会のスケールが大きくなり始める前兆だ。

変化というものは、ある種の人にはチャンスであっても、別の人にとっては 災厄以外の何者でもない。

小さな社会の中にニッチを築いてきた 「ずっとそこでやってきた人」は、社会のスケールが大きく変われば、 今までと同様の暮らしはできなくなる。過去と同じことをするだけでは 足りなくなるし、新しい環境に適応できなければ滅ぶリスクだってある。

昔話の世界では、祟りを受けるのは利にさとい者であったり、よりよい方法を探したり する者、変化を望む勢力だ。一方、神様の祝福を受ける者というのは、 ただ正直なだけではまだ足りなくて、「バカ正直」であることが求められる。

何も考えずに」「先祖を大切に」というのが、昔話の共通のメッセージだ。

進化を志向する者は祟られる

考える人、最適な解答を捜し求める人は祟られる。ギリシャ神話のプロメテウス然り、イカロス然り。 洋の東西を問わず、よりよいものを探す輩というのは、現状に満足している者から見れば 十分に祟られるに値する犯罪者だ。

医者だって、一応は聖職者の末裔だ。その気になれば「祟る」ことだってできるし、 不敬な輩に対して「思い知らせてやる」ことだってできる。

それでも、そうした方法論はやはりなにか間違っている。

神様は教義を考える。祟りは人間が考える。

神様は、それぞれの立場で「正しい」と思うことを人間に教えることはあっても、 飲み込みの悪い信者をいちいちブン殴るような真似はしない。 気まぐれに町一つ、国一つを灰にしたりすることはあるけれど。

祟り話の影には利権が隠れている。 変化を望まない人、あるいは変化が生じないことで 何らかの利益がある人。利益の誘導を目的とした風説の流布というのは、 残念ながら現在社会では犯罪だ。

進化を志向すること、何かを最適化することは、技術者として正しい行為だ。 医者も技術屋の端くれだ。できることなら「祟り」に逃げるような真似はしたくない。

焼き畑経営は効率がいい

医者というしごとは、社会の変化から利益を得る必要が無いから、 必然的に変化しない社会を志向することになる。

居心地のいいのは変化しない社会、小さな社会だし、どうやったらそれが 維持できるのかに心を砕く。流行のWeb2.0の流れとは、真っ向から衝突するかもしれない。

技術的には、変化していく社会、地域の構造が刻一刻と変化していく社会の中でも、 医師が最大の利益をあげることは十分に可能だ。

産業としての医療いうのは、「住民」という土地から「病気」という作物を刈り取る、一種の農業の ようなものだ。

同じ病気であっても、利益率の高い病気と、そうでないものとが存在する。

「そこでずっとやっていく」という前提を捨てさえすれば、もっとも効率のいい農業というのは 焼畑農業だ。元手ゼロ。肥料も要らない。自然が荒れれば、放置して移動。極めて効率がいい。

医療も同じだ。時代と共に、町の年齢構造は変化する。町も病院も年をとる。 青年期、壮年期の病院というのは勢いがあるけれど、人の住む町を相手にする仕事は やはり寿命がある。 町が年をとれば病院も年をとり、以前の勢いは衰え、病院は老健化する。

病院が変化を味方につけようと思ったら、最初から期間限定で医療法人を立ちあげることだ。

例えば10年限定。安普請の建物で、機械も全てレンタル。急性期医療や白内障の治療に 全力を挙げる。町が高齢化して、住民の視力も安定化してしまったら新しい町へ。

もちろん設備投資の問題もあるけれど、町の年齢相変化への対策、新人スタッフの育成などにかかる 予算を「ゼロ」に計上できれば、たぶん経営は相当有利になる。 残された町は、まあ荒廃するだろうけれど。

実際のところは、まずスタッフは集まらないだろうし、「病院がいらない町を捨てる」際にはいろいろな 問題が出てくるだろう。

なによりも、「焼畑」というのは、自分のやりたいこととは違う。

「強い絆」の再生は可能か

病院や救急車。「小さな社会」の時代の末期、ようやくまともに整備された システムは、かつてはみんなが大事に使った。

運営しているのは同じ人間。誰かが使いまくれば病院は疲弊し、結局誰もが 使えなくなる。救急医療というのは地域の共有地みたいなものだから、 救急隊は生かさず殺さず。一時はけっこう上手くいっていた。

社会のスケールは大きくなった。 小さな社会での強い絆の価値はますます小さくなり、 個人一人一人の「共有地」に対する意識もますます希薄になった。

「開いてて良かった」はずの救急病院は、今では深夜はコンビニ、早朝からは 地元老人の朝の散歩の集合場所だ。

救急車。命を乗せて走る車だったのは過去の話。今はタクシーよりも安価で 気軽な乗り物になった。飲み屋に呼びつける酔っ払い。 「近所のいい病院を知らないから」救急車を呼ぶ風邪の人。 もはや救急車は車ですらなく、エンジンつきのタウンページか。

医者。救急隊。「思い知らせ」たり、「祟った」りするのはいつでもできる。

地域からの撤退。救急外来の閉鎖。救急車搬送拒否。救急車の有料化。救急体制の「自然」崩壊。 祟りは技術的に可能だし、一部はすでに始まっている。

こうなってしまったのは、一方的に社会が悪いのか。

「地蔵」階級が飽きられるのが早くなったからか。 発信の努力が足らなかったのか。本当のところ、何が悪かったのかは分からない。

あったものがなくなる不便を思い知らせるような真似はしたくない。

「よろしくお願いします」
「こちらこそどうも」

こういった、医療者-患者間がお互いちょっとだけへりくだった関係を続けることができるなら、 今のマンパワーでも十分に救急を維持できるはずなのだが。

世界を小さくするルール

規模が大きくなった社会では、お互いの協調という行為は生まれにくくなる。

相手と協調するか、裏切るか。

お互い協調すれば、仲は良くなるけれど利得は少ない。
相手を裏切れば、相手は不快だろうけれど、こちらの取り分は多い。
逆に自分が協調したとき、相手に裏切られれば、自分は大損だ。

こんな「囚人のジレンマ」の状態では、勝負が1回だけならば「常に相手を裏切る」のが最適解になる。

相手の顔がはっきり見えない、「1回きり」の関係が多い大規模な社会。 周囲との協調が必要な「共有地」の維持という行為は、そもそもが成立しにくい。

警察的な権力無しで「共有地」を維持していこうと思ったら、 その共有地を「共有」している地域の仲間の顔を見る機会を増やすルールを作ることだ。

たとえば救急車。

有料化という道をとらずに搬送件数を減らす手段として、互助会的なルールは役に立つかも しれない。

  1. 地元の家族7~10組ぐらいを一つの単位にして、持ち回りで救急コールを受けてもらうようにする。
  2. 救急コールを取る家には、その日の救急輪番病院を知らせておく。
  3. 救急車を呼ぶには、その日の救急コールを持っている家に連絡をとって、その人に一緒に来てもらわなくてはならない。
  4. 救急車の搬送先は、その日の輪番病院に限られる。
  5. 他の病院も、入院設備があるならば、「歩いて」くる人については、24時間無条件で患者さんを受ける。大変でも、そこは気合で何とかする。
  6. 救急コールを受ける家の人には3つの選択肢がある。
    a). 近くの病院まで自分で行く。b). 救急コールの人に近くの病院に連れて行ってもらう。 c). 救急コールの人に救急車を呼んでもらう。
  7. もちろん、家の外での救急依頼については、救急車は従来どおりに対応する。

穴だらけのルールだ。抜け道はいくらでもある。自宅から直接救急車を呼ぼうと思ったら、一歩家の外に出て、 携帯電話で救急隊をコールすれば、それだけで無条件で救急車がやってくる。

できる地域とできない地域もある。共同体がすでに壊れている土地ではそもそもこんなことできないし、 やったらやったで村社会の悪い面もまた見えてきてしまうだろう。

それでも、こんなルールが可能であれば、「まじめな」2割ぐらいの家族は、きっとルールどおりに動いてくれる。

顔の見える人を夜に起こすという行為が抑止力になって、2割のうちの半分ぐらいの救急がキャンセルになるかもしれない。

今のところ、救急体制は崩壊の半歩手前といったところだから、全救急コールの1割が減少するだけで、 当面は何とかなるだけの効果が期待できる。

社会の規模が大きくなって、地域の住民のお互いの顔が見えなくなっている昨今、 こうした「切れていた絆を強制的につなげる」ルールというものには、少しだけ期待している。

ホスピスと併設した幼稚園。高校生の病院ボランティア。 救急の互助会。花見。夏祭り。盆踊り。お葬式。

こうした試みというのは、「1回だけの囚人のジレンマゲーム」を地域社会から無くし、 ゲームの試行回数を複数回に増やす働きがある。

囚人のジレンマゲームを繰り返す必要がある場合、裏切りはもはや最適解にならない。

最強の戦略は相手との協調だ。 地域社会が復活して、お互いが顔を合わせる機会が増えれば増えるほど、 強い絆が出現して社会に協調が生まれる。

同じ地域でずっと医者をやるというのは、けっこう怖い。

そこで必要とされるならば、それは職業人として幸せなことだけれど、 単に利用されるだけなのはちょっと困る、 というよりも相当いやだ。

できれば気分良く働きつづけたい。

まずやれることは、病院ですれ違う人に挨拶をするところからだろうか…。

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2006年1月15日

地域で気分よく働くのに必要なもの

地蔵に注意を払うことが少なくなった気がする。

本学の裏の交差点には、昔から交通安全祈願のお地蔵さんが立っている。

数年前、どこかのバカが地蔵の首を蹴り飛ばしてから何度か修復されたが、 そのたびに「首なし地蔵」が交差点を見おろす(目が無いけど…)ことが繰り返され、 最終的に薬師如来像に置きかえられた。強度の関係からなのか、こちらの像に なってからはまだ首はつながっている。

聖なるものは移動できない

神様は、その場所、その血にくくられて、力を発揮する。 地と血の読みが同じなのには、多分理由がある。

漫画「うしろの百太郎」の中で、主人公たちがエジプトで事件に巻き込まれた際、守護霊の百太郎はこう伝える。

エジプトでは、私とは「霊的な管轄」が違うので、私は助けることができない。

結局、物語では百太郎がエジプトの神様に話をつけ、そちらの神様が主人公を助ける。

いずれにしても、神様とか霊といった存在の神秘性というのはその場所に依存している。

神社や寺。大きな石や、村一番の古い大木。動かないもの、いつもそこにあるものというのは、 昔は何でも信仰の対象だった。

社会的な地位と移動量は逆比例する

「ムラ社会」が当たり前だった頃、ムラの人というのは、常にそこにいることが求められた。 寺の住職や医者。ムラの重鎮クラスは常にそこにいた。

農地を放り出した人は「村八分」にされたし、日本のサンカ、ヨーロッパのロマ族といった 放浪する人達というのは、社会的な身分は低い者とされた。

こうした考えかたは、もちろん政治的な理由もあったのだろうけれど、 世界の規模が小さく、お互いの絆が強い社会では、ある種当然であったような気もする。

お互いの絆が強い社会、クラスター(集塊)化した小さな世間というものの中では、一人一人の 役割が重要になる。昔なら、一つの村の規模はせいぜい数百人。 そんな狭い社会の中では、メンバー一人が抜けるだけで大きな穴となる。

移動手段も無かったし、お互い移る動機もそんなに多くは無かっただろうけれど、 何よりも社会を維持しつづける動機として、「移動しないもの、いつもそこにあるものを神聖視する」 という考えかたが自然発生したのだと思う。

世界の変化と地域の崩壊

移動する手段の限られた時代。

様々な世界をみてきた人達というのは、一つの地域を維持してきた人達にとっては 驚異だったはずだ。

どんなパラメーターであっても、優劣を比較することはできる。

前の村の方が気候がよかった。前の村の方が作物が豊かで、飢えは無縁だった。

選択肢が増えれば、最善解に人が群がる。

本当は、人が群がった時点で最善解は最善解でなくなってしまい、人の群れが右往左往 していく中で、またどこかのバランスに落ち着くのだが、人が移動を始めた時点で 多くの村は崩壊の危機に瀕することになる。

今の地域医療がそうだ。地域医療は、もともとは大学、あるいは大きな研修病院を中心とした「小さな社会」に 分かれることで、それなりにうまくいっていた。お上が余計な移動手段を持ち込んだものだから、 研修医が大移動を始めて地方は崩壊だ。

ずっとそこでやっていくことの価値が落ちている。

いつもそこでやっていく人ということは、今日では尊敬の対象でなく、 当たり前のインフラとして認識されるようになってしまった。

尊敬とか崇拝とかいったものは、群れ社会の中では一種の通貨として機能する。

流通する貨幣の総量はいつの時代も同じ。その時の社会のルールに応じて、 貨幣を集めるのが誰なのかは刻一刻と変わる。

経済活動と同じく、こうした貨幣の収集というのは一種のゼロサムゲームだ。 誰かの元に尊敬や崇拝が集まるとき、必ず別の誰かが割りを食う。

社会のある場所に止まって、常にそこにいて活動する存在というのは、 昔は貨幣を集める立場だった。

社会は変わる。地蔵の首は飛び、貨幣は別の誰かの元へと 持ち去られた。

大きな世界ではコネクターが注目される

世界は膨張し、その構造はだんだんと変化する。

小さな村だけが転々としていた時代。村の中での人の絆は強く、 村人は強力なクラスター(集塊)を作っていた。 隣の世界である別の村とをつなぐコネクターの数は少なく、またその地位は低かった。

世界は膨張する。大きな世界では、各個人(ノード)ごとの情報の伝達は、 その世界の大きさに比例して遅くなる。巨大な伝言ゲームの世界だ。

ところが、遠くはなれたノード同士をつなぐ弱い絆が何本かあるだけで、ノード同士の隔たりは 劇的に少なくなる。こうしたランダムネットワークの状態では、 その何本かの絆を断ち切るだけで 世界は崩壊してしまうけれど、今の世界のネットワークは、もちろんそんなことはない。

インターネットを代表とする現在の大規模ネットワークは、スモールワールドネットワークと呼ばれる。

スモールワールドネットワークでは、2つの存在がネットワークを形成している。

  • 強い絆で結ばれるクラスターのメンバー
  • 弱い絆を持つコネクター

個々のノードは強力なクラスターを形成している一方、 各々のクラスター同士は、何人かのコネクターの持つ弱い絆で結ばれている。 こうして出来上がったネットワークは、 クラスターネットワークのように強靭で、ランダムネットワークのようにすばやい情報伝達を可能にする。

小さな集落しかなかった過去。コネクターの地位は低く、むしろその存在は村の存在を脅かすものとして タブー視された。

現在は違う。大規模ネットワークである現在社会を、文字通り「小さな世界」のように 強靭ですばやく運営しているのは、コネクターの力が大きくなったからだ。

世界に流通する尊敬の貨幣の量は、常に一定だ。コネクターの力が大きくなった社会では、 貨幣はコネクターに集まった。クラスターのメンバーの地位は地に落ちた。

地域でずっと働くのに必要なもの

移動しないこと、そこでずっとやっていくことというのは、 ネットワークの強靭さを保つ上では、遠くの弱い絆を持つこと以上に大切なものだ。

クラスターとコネクターとは対立する競争相手などではなく、世界に強靭さと すばやさとを与える大切な2つの要素だ。

現在社会。優秀な人の目、はコネクターのほうに注がれる。地域医療のように、 そこでずっと同じことをするという選択は、 時代遅れで割りの合わない、バカな選択に思われてしまっている。

地域医療が好きだ。

脳梗塞が好きだ
誤嚥の管理が好きだ
褥瘡処置が好きだ
不隠の対処が好きだ

田舎の中小病院で行われるありとあらゆる医療行為が大好きだ

行き場のない寝たきり老人の転院先を探すのが好きだ
転院先の外堀を埋めて、力業で承諾を勝ちとった時など
胸がすくような気持ちだった

家族の歪みを見るのが好きだ
動けない義父の介護を押し付けられた三男の嫁が
マウントポジションから何度も何度も
義父に拳を振り下ろしている様など感動すら覚える

公務員の横暴になす術も無く耐えるのが好きだ
生活できない心不全の患者が体よく追い返される同じ窓口で
普通に歩ける役所の身内に生保が即決されるのを見るのはとても悲しいものだ

保険会社の書類攻勢に蹂躙されるのが好きだ
数十枚もの書類を書かせ
難癖を付けては保険の支払いを渋る某外資系の保険屋に
卑屈な愛想笑いを返すのは屈辱の極みだ

いわゆるお医者さん的な部分。
人の生活の美しいところ。醜いところ。
世の中の矛盾。
普段は巧妙に隠されている、人間の野生。
この仕事は面白い。冗談で無く本当に。

できれば気分よく続けたいけれど、そのためにはやはり 気分よく地域に埋もれられる環境を作らないといけない。

昔話の時代。お地蔵さんは、雪の日なら米俵を担いで歩けるぐらいに パワフルだった。現在、地蔵は力を失い、 今では酔っ払いのミドルキック一発で交差点に沈む。

信仰の力で地蔵を再び歩かせるのは相当大変そうだけれど、 せめて地蔵の首の飛ばない社会にしないと、 次に蹴られるのは地域の医者だ。

以下続く。

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2006年1月 4日

状況の変化と生存の知恵

大学の救急外来はヒマだった

久しぶりの正月救急当直。今年は忙しかった。

忙しかったことが、逆に意外だった。

大学病院で、救急外来を熱心にやっているところは少ない。

大きすぎる組織。専門分化した医局。莫大な予算規模や、「大学」という看板。こうしたものは、 救急外来という隙間産業の正立を難しくしている。

大学が救急に熱心で無い一方で、大きな市中病院では、今はどこでも救急をやっている。 自分達が研修医の頃、救急を24時間やっているのは一部の民間病院のみ。 救急隊の無線を聞いていて(合法)、「○○市民病院、搬送拒否」の司令の声が聞こえると、 必ず自分達の病院へと搬送依頼がくる。よくみんなで怒ってた。

いつのまにか情勢は変わった。議会に文句が来たからなのか、いまは公立病院が救急をとる。 関東や東北、上越地方、いろいろな場所に飛ばされたけれど、今は民間病院以上に公立病院は 救急を受ける。

民間病院と、公立の市中病院。最後に残ったのは大学で、ここが救急をやらなくても 今までは間に合っていた。

大学の前を救急車が素通りするのは当たり前の風景。もちろんかかりつけの人は受けるけれど、 もともとのかかりつけの人自体がそんなに多くないから、救急当直は一人で十分だった。 正月も同様。のはずだった。

今年は忙しかった。もちろん、自分の星回りの悪さもあったのだろうけど、重症の人がけっこう入る。 日勤帯で救急車6台というのは、民間病院の救急からみると笑っちゃうような低レベルの数字だけれど、 大学としては例年以上の多さだ。

何故いまさら大学?

疑問に思って、救急車の隊長さんにお話を聞いてみると、答えは簡単だった。 救急を担っていたはずのシステムが、もはや以前ほどには機能しなくなってきたからだ。

家族制度の崩壊と大病院の目詰まり

日赤などのいわゆる救急病院。当県でも救急医療の主役の一つだ。立派なセンターを持っていて、 患者を断ることもめったに無かった。

すごいな、いつまで続くかな、と思っていたら、やはりここに来て息切れが始まったらしい。

救急病院を疲れさせるのは、何といっても行き場の無い高齢の患者さんだ。

朝の4時に「風邪薬をくれ」といって歩いてくる人の相手は、もちろん疲れる。

でもこれは何とかなる。こうした人の相手のしかたというのも救急の仕事で 覚えなくてはならないことの一つだし、沸いてくる 「怒り」の感情のセーブのしかた、自分との折り合いのつけかたを学べる人が、 この業界で生き残っていける。

問題なのは、行き場の無い高齢者の救急搬送依頼だ。

「87才男性。身より無し。2週間前から食事がとれないとの通報です。」

こういう人、依頼をするほうも受けるほうも、本当に疲れる。 受けないと多分死ぬ。受けても駄目なケースも多いけど。 ところが、受けてしまうとベッドがなくなる。

こういう人が1回入院すると、 入院期間は1ヶ月ではきかない。高齢の人は、1回入院してしまうとまず自活は不可能だ。 遠縁の人を見つけて、何とか自宅に引き取ってくれるようにお願いしたところで、 いい返事など返ってくるわけが無い。

「家族」のあるべき姿なんて、とっくに壊れて久しい。その人に患者さんを受けてもらった ところで、もはや何の見返りも期待できないことは、自分達だって分かってる。

急性期病院での1ヶ月の入院期間。やることは、食事の世話と下の世話だけ。 リハビリができる人はまだよくて、たいていは無理。リハビリテーションの専門病院と いうところはあるのだけれど、そういう施設は若者の社会復帰の方が専門だ。高齢者の リハビリも可能だけれど、リハの需要に対して供給はあまりにも少ない。

救急外来という場所は、一種の濾過装置として機能する場所だ。

軽症の人は、その場で返す。重症の人だけを濾過して、各々の専門科に渡す。 少しだけ経過観察が必要な人のために、最小限のベッドを持つ。

専門家的にはそんなに「重症」ではないのに、総合的にはとても家には返せない人など、 最初から想定外だ。

病院が救急外来を本格的に始めると、この「フィルター」が大体2年で目詰まりする。

こんな話を隊長さんとしていたら、「うちの県、もろにそういう状態です…」 という返事が返ってきた。

過疎地域で無く、むしろ大きな市の中心部、県の一番古い地域では、住民の3割近くが 独居老人という地区があるらしい。民生委員とか、救急隊とか、地域にかかわる人達は 本当にヤバいと思っているのだが、なんの対処の方法も思いつかないとか。

雇用の流動化と中規模病院の崩壊

北の半分では、また違った状況が進行している。

うちの県の南の半分には、大きな救急病院がいくつかある。 産科と小児科は減っているけれど、他の科の救急については、まだまだ持ちこたえている。

一方、県の北半分は、従来は200床規模の病院が5つぐらいあって、各々が得意分野の救急を 分担して、急患に対応していた。

いずれにしても急患に対する「守り」というのはあるていどできていて、本丸たる大学病院に 患者さんが搬送されてくる機会というのは決して多くなることは無かった。

最近は、「北」にすんでいる患者さんがいきなり大学にくることが増えた。

今回の当直もしかり。救急車で片道50分なんてザラ。大学にくるまでに、今までなら入院を 受けてた病院は4つぐらいあったのに。

県内の北側の病院は、いつのまにか救急を受けなくなった。人が足らず、病院を回せないからだ。

人が1人抜けるダメージは、規模の小さな病院ほど大きい。

「北の守り」をやっていたような中小規模の公立病院に人を出していたのは、大学病院だった。 将来的に大学で働いたり、あるいは大きな病院で働く前には、こうした中小規模の病院での 「方向」というのは避けて通れなかった。それが原則だったし、みんなそんなもんだと思ってた。

この2年間のローテーション研修と、それに伴う医師の流動化というのは、 こうした原則を根本から崩してしまった。

大体大学に入局する医師の数自体が圧倒的に減った。下級生の動きというのは、 上級生の動きにも少なからぬ影響を与える。

「俺ら、もっと自由でいいんだ」

こんな意識を持った上級医はけっこう多いんじゃないかと思う。実際に多くの医師が、 忙しい現場からいなくなった。今バイトに行かせてもらっている中規模病院には、 そうした人たちが何人かいる。まだまだ現役、どう考えたって今までならもっと大きな 病院の第一線で働いているような人が、常勤で働いている。

しわ寄せがいったのは、中規模の公立病院だ。

給料は安い。仕事はやりにくい。 現場の声で無く、役所の方針で、仕事の内容や評価は、コロコロ変わる。 それでもみんな頑張ってた。「県立」「国立」の病院で働くのは、 優秀な医者の原則だったから。

原則が崩れ、現場から一人の医師がいなくなると、小さな職場ではもう回らなくなる。

内科4人で当直を回して、当直が月に7回前後。バイトに来てもらって月5回。 現場の医師の数が3人になると、この回数が一気に10回近くになる。 今はどこの病院も人が足りないから、バイトなんか募集したって、誰も行きたがらない。

現場で4人が3人になるというのは、大学を含めた全ての病院で一人づつ医師が減るということだ。 当直の回数は一気に増え、とても救急どころじゃなくなる。

北で救急を受けていた病院は、どこも救急外来を閉めてしまった。患者さんは大学に来たり、 大学をこえてさらに南の「目詰まりした」救急病院へ搬送されたり。たぶん、うちの県だけではないはずだ。

大学病院が、行き場の無い老人であふれる日。

1年ぐらいまえに、半ば冗談でそんなことを書いたけれど、最近は冗談でなくなりつつある。

いろいろな原則が壊れた昨年

患者のありかた。家族のありかた。医者のありかた。病院のありかた。

前2者は、以前からゆっくりと壊れて来てはいたけれど、 昨年あたりから後ろ2つ、医者や病院のありかたの原則までが 壊れてきているのを実感している。

自分が研修医の頃から最近までの10年前、 個人や家族の原則というものはすでにだいぶ崩れてきていたけれど、 それでも医者側のいろいろな原理、原則というものは不変だった。

「優秀な」医師は大病院で忙しく働くのがかっこいい。給料なんか関係ない。

ありかたが不変であったからこそ、 崇高な理念の元でかっこよく働く大病院と、 経済活動に走る小規模病院との両立が可能であったのだが、 もはや「医者側のありかたが不変」という部分が崩れてきている。

医者を取り巻く世界というのは、だんだんと流動化しているように見える。

組織における戒律系と理念系

人は集まって集団を作り、集団の中に規律が生まれると、集団はチームになる。

規律というものには、戒律理念との2種類(仏教ではたぶん、律と法)がある。

  • 戒律は、「○○をしてはいけない」という罰則事項を、リーダーがそのつど具体的に決めたもの。 状況が変わるたびに新しい戒律は増え、そぐわなくなった戒律は消える。
  • 理念は、「○○たるべきである」というリーダーの考えを示したもの。 各人はその理念を状況に応じて解釈するので、変更されることは少ない。

戒律系のチームは、罰則を守る見返りが必要なので、 人を集めるのにコストがかかる。罰則を施行するのはリーダーなので、 リーダーと部下との通信のコストがチームの大きさの上限を作る。理念を持たない組織にとって、 状況の変化というのは「乗りきるもの」ではなく、「乗っかるもの」になる。かくあるべきという信念が無いから、 変化に強い。

理念系のチームの強みは、リーダーとの通信コストが無いことだ。各人が理念を解釈して現場でつじつまを合わせるから、 組織の大きさには上限が無い。組織を取り巻く世界が安定した状況では、大きいことは非常な強みだ。 理念は現場からは変更できず、何をするのにも理念との整合性が問われるから、新しいことはやりにくい。 大きくなった理念系の組織にとって、変化というものは乗り切るもので、変化の先にはまた元の世界が再現されることを 信じざるをえない。

医療の現場にも、この2種類の組織は混在する。 理念が先行して、それに従う人達が働く大病院と、その場その場の最適解を探して、 そのつどルールを変更する小規模病院と。

理念は時に致命的になる

雪山にいきなり放り出されたような状況で、真っ先に遭難するのは経験豊かな人なのだそうだ。

遭難者がどんどん危機の深みにはまるのは、道を見失って迷ったときに、 こんなはずではなかったと、 「予定されていたあるべき自分の姿」と「現実の自分の姿」のギャップに混乱してしまい、 むやみに動き回って「予定されていた自分の姿」に戻ろうとするかららしい。

迷い始めた遭難者は、現状認識ができなくなっても、「実際の環境」に基づいた 「予定されていた自分の姿」を再構築するのではなく、 逆になんとかして「実際の環境」を「予定されていた姿」に近づけようとする。 結果、自分がいる場所がどこかもわからないのに、さらに新たな道に分け入り、どんどん深みにはまる。 On Off and Beyond: 新年:人生の遭難とサバイバル

実際の状況をあるがままに受け入れることができず、経験豊かな人が生存のための 貴重な時間を失ってしまう一方、6歳の子供のような、まだこうした「あるべき自分」が できていない人達は、さっさと寒さや風邪をしのげる場所を探すので、 助かる確率が意外に高いらしい。

歴史の中でも、こうした逸話的なエピソードがある。

グリーンランドは、古くからイヌイットの人たちが何百年にもわたって住んでいた。 ところが、同じ土地にノルウェーからのバイキングの末裔が暮らし始めたものの、400年ほどで滅んでしまったそうだ。

彼らはグリーンランドという土地に、より豊かだったヨーロッパの生活習慣を持ち込んで、 古くから生活していたイヌイットの生活に学ぶことをしなかったので、 無理な牧畜の結果としてグリーンランドの 土壌資源を使い尽くしてしまい、飢えてしまったのだという。

日本の大戦末期。

戦艦大和は勝ち目の無い戦いへ向けて特攻したけれど、あれもまた 「こうなったら、もう特攻しかないでしょう」と言う軍部の「理念」が作った作戦だったらしい。 戦略的に何かの利点があったわけではなく、むしろ男らしさとか、帝国軍人の責任とか、そんなもの。

今の大学病院の立場も、こうした理念に縛られているような気がする。 大学病院というところの「浮沈艦」ぶりは、戦艦大和の比では無いけれど。

欲しいのは生存の知恵

自分の行きたい分野、田舎の地域医療の世界というのは、もうボロボロといっていい程崩れてきている。

どんな仕事であっても、短期間なら頑張れる。ところが、同じことを10年やろうと思ったら、 10年やった先の何らかの成功の物語というものは欠かせない。 それは地位であったり、賞賛であったり、 おカネであったり、いろいろ。

ちょっと前までは、「地域医療にまい進する医者はかっこいい」という大前提があって、 それが不変だったからこそ理念に賛同する医者は僻地に入った。

今の時代。こんなものに一生懸命になったところで、もはやそれがかっこいいと言う前提自体が崩れて しまっている。成功物語の「オチ」は自分で見つけないといけない。

欲しいもの、見つけたいものというのは、崇高な理念なんかではなく、 その地域の医療に特化した、具体的な生存の知恵だ。

どうやれば老人医療をペイできて。どうやれば病院というものを潰さず回せて。 どうやったらその場で何年もの間、消耗せずに医者を続けられるのか。

答えは地域ごと、医師の専門や経験年次ごとに全く異なり、共通項など無いのかもしれない。

それでも現場にはきっと知恵がある。その地域ごと、 その医師ごとの自分を取り巻く世界との折り合いのつけかたというのは、 やはりそこで何年も生き延びてきた人にしか語れない。

書生じみた理念なんかではなく、もっと具体的な何か。

今年は、そんなものを探してみたいと思い、外に出ます。今年もよろしくお願い致します。

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