2005年6月30日

頑張らない選択肢が大学を滅ぼす

議論なんて下らない。
どうせ結果は最初から決まってる。

声の大きい人たちは、議論が強い。結局はいつも彼らの言いなりにしかならないし、かといって喧嘩をするのも大人気ない。勝ち目のない議論に参加して、あとから目をつけられるぐらいなら、黙っているほうがいい。

ただ黙っているだけの人間にも、状況に変化をおこす方法はある。「みんな」で何もしなければいい。

何かの行動をおこすためには、エネルギーがいる。声をあげる元気も無いのに、行動などおこせるはずも無い。それでも、「何もしない」ことはできる。一人が放棄したところで、代わりはいくらでもいる。でも、「みんな」で何かを放棄したら、それを守る側の連中はきっと困る。

みんなという共同体は、かつては幻想にしか過ぎなかった。

「みんな」がなにを考えているのかなんて、考えたって分らない。一人一人の声の大きさは、みんな違う。力の大きさが違う以上、全員参加の公平な意見の交換なんてありえない。意見が交換できなければ、物言わぬ人々の意見の総和がどんなものかなど、誰にもわからない。

現在は違う。匿名の意見交換の場がいくらでもある。

実世界では声を出す力のない人でも、匿名掲示板では平気で相手を罵倒できる。一人一人の立場は常に公平。そこには、「掲示板の参加者の総意」とでもいったものが出現する。

そんなものの意見を誰が信じるものかと、議論に強い人は言うかもしれない。しかし、匿名掲示板での声の総和こそは、かつて幻想でしかなかった「みんなの意見」に他ならない。

みんなの意見を信じて、それを行動をおこす基盤とするには、匿名掲示板の力はまだまだ弱い。

でも、それを基盤として、「行動をおこさない」動機とするには、十分強力だ。行動は、おこすよりもおこさないほうが、使う力は少なくて済む。

「がんばらない」という闘争戦略は、みんなでやると破壊的な力を持つ。少なくともその力は、大学当局になんらかのプレッシャーを与える程に、十分強力なものになってきている。

大学に戻る研修医が減っている。

単なる権威に対する対抗心。労働者としての研修医を「不当に」酷使する大学への反抗。旧来の医局制度への反発。大学病院が人気を落とす理由など、いくらでも考えつく。

しかしそんなものは今に始まったことではない。

病院の運営の本質とでもいうものが、施設ごとに決まっているものなのだとしたら、理不尽さこそが大学病院の本質だ。そもそも、大学で働くという行為を、損得勘定で考えようとするのが間違っている。

研修医というものは、そもそも大学に帰ってくるものなんだ。研究がしたい、臨床がやりたい、お金が欲しい、名誉が欲しい。そんなものはあとからつけた理由だ。「昔からそう決まっている」。研修医は、大学で医局に入り、医局の職員としてまた社会に出て行く。そう決まっている。

大学と「もの言わぬ研修医」との勝負など、大学当局が本気を出せば勝負はみえている。研修医がいくら束になろうが、大学に勝てるわけが無い。市中病院で常勤になったところで、そこで一生暮らせるわけが無い。

日本で医者をやるかぎり、大学に全くかかわり無く暮らしていくことなど不可能だ。かの学生紛争時代でさえ、大学に背を向けた医師のほとんどが、何らかの形で大学に帰ったり、また患者さんを大学病院に紹介したり、大学から患者さんを紹介されたりといった形で大学との「付き合い」を続けている。

学生紛争時代、当時学生だった人たちのパワーはすごかった。だがそれにも増して、大学という組織は頑丈だった。校舎を焼かれようが、キャンパスを封鎖されようが、受験がボイコットされようが、結局大学という組織はびくともしなかった。

大学というところは、世の中を変えてやろう、頑張ろうとする人たちのエネルギーをもらうことで存続していく。学生紛争時代、大学を倒そうとする人たちの情熱はすごかったけれど、その情熱すらも大学によって代謝され、大学を現在まで存続するための原動力となった。

大学病院も同様。大学病院を叩きのめそう、その権力を否定しようとする多くの民間病院組織は、情熱を燃やす。そのエネルギーを受けて、大学病院という場所は存続していく。大学病院は、変化をすることはあっても、大学自体が弱くなることなど全く無かった。

ここにきて、研修医が取った戦略は恐ろしい。

大学病院という場所に、依存はするけれど何も提供しない。組織を変えようとする力、変化をもたらそうとする力、大学という体制を維持しようとする力。とにかくそれがエネルギーでありさえすれば、大学というところは何でも代謝してきたけれど、今度の相手はなんのエネルギーも提供しない。こんな戦略は初めてだ。

年月を経て、大学という場所は強力になった代わりに燃費が悪くなった。ローテーション制度が施行されて2年、たかだかその程度の期間、研修医が「大学で頑張るの、やめました」と宣言しただけで、組織に相当なダメージが来ている。

この闘争戦略の原動力は、研修医の負け意識だ。

大学で頑張るという選択肢は負け。それ以外は勝ち。外病院でそこそこ収入をもらって、自由な時間が持てればもうそれで十分。べつに「頑張る」必要なんて、ないじゃないか。

経済的にそこそこを目指して、自由時間を得る。何も悪いことをしているわけじゃない。足らない分は、誰かが頑張ってくれるだろう。

それでもそれは医者として間違っている。

社会での「成功」というものに、無理やり平均値を作るならば、医師は医師免許を持った時点で、すでに「成功した」側の人間になってしまっている。

成功した側の人間には、夢を持って、未来の希望を作り出す義務がある。与えられた能力を使わず、セーフティーネットに寄りかかる生き方など許されない。

今の状況は、大学病院という医師の安全装置が崩れようとしている様子を、寝惚けたまなざしの研修医が遠巻きに見ている状態だ。本来は、その研修医こそが安全装置を必要とするはずなのに。

戦況は、物言わぬ研修医サイドの圧倒的勝利。なんといっても、彼らはほとんど闘争にエネルギーを使っていない。

大学のとるべき対策は簡単だ。

闘争の血の味を知らない奴等に、勝利の美酒を飲む権利なんかない。闘争のルールを変更する。彼ら「頑張らない」研修医の集団を、伝統的な闘争の場に引きずり出す。

かつて大学は、大人の集団だった。たとえ大学に反旗を翻した医者(筆者のような奴ら)にも、大学は常に安全を提供してきた。

チャレンジしたい奴らは、勝手にやればいい。もしチャレンジに疲れたら、いつでも大学の医者としてこき使ってやるから。
大学病院という場所は、闘争するべき敵であると同時に、大事なセーフティーネットだった。

今は違う。何があっても、「とりあえずそのとき大学にもぐりこんでしまえば大丈夫」という安心感が、研修医をして「頑張らない」選択肢を取らせている。

このセーフティーネットを外す。「成長は遅いが堅実な、大学ルートか。チャレンジできるが、失敗したらあとがない市中病院ルートか。」それぞれの研修医に選択を迫る。大学無くして、彼らに安住の地など無いことを思い出してもらう。

選択が嫌なら、戦うしかない。比較的安全な逃げ場は大学だけ。大学の居心地を良くするには、行動して変化をおこすしかない。変化を引き受ける代わり、こちらにはエネルギーを提供してもらう。

彼らの闘争の原動力になっている、「公平なみんなの意見」という得体の知れない怪物には、「アカデミズム」という名の反存在を打ち立てる。

大体、こうした得体の知れない共同体を最初に作ったグループは、大学だ。アカデミズムや大学自治といった言葉はいいかげん古臭くなったし、もはやその理想を信じる人などいないけれど、こいつをもう一度復活させる。大学の存続という共通の利益の下、各医局は一つになる。

地域の医療計画。市中病院への医師の配分。こうした政治的な決着が必要な分野は、すべて大学が決定する。全く持って簡単な話だ。

「言う事聞けないなら、医師全部引き上げますけど何か?」
大学存亡の危機の前には、医局同士の利害など些細な問題だ。

いままで政治に口を挟んでこなかったのは、できなかったからではなく面倒だったから。大学が本気を出せば、本当は何でもできる。医師にとっての大学病院とは、すなわち世界そのものだ。世界に不満があるならば、世界を変化させるしかない。やる気のある人は、どうぞ大学病院へ。

闘争がおきれば、大学という組織はまた復活する。もちろん大学が同じ形で存続することはありえない。それでも、変化こそは大学の本質だ。大事なのは、「大学的なもの」が存続することであって、現状を保存することじゃない。

大学当局が本気を出せば、大学はいとも簡単に覇権を握るだろう。その過程には、かつての大学紛争のように、きっと闘争が発生する。

その時が来たら、自分は大学を倒す側に回り、体制を潰す戦いをしたい。闘争に参加できるなら、どちらを支持するかなんてどうでもいい。どうせ戦うならば、反体制側のほうが、絶対にかっこいいし、面白い。

ああ楽しいとても楽しい。
闘争だよ、考えてもみたまえ君。
きっと血みどろの闘争になるに違いない。
素敵だろう?闘争、闘争だよ。

60年に両親が知り合い、70年に自分が生まれ、「闘争」という面白いイベントの話を子供の頃から聞かされ、闘争の発生にあこがれながら、自分にはついに闘争に参加する機会なんか回ってこなかった。

今ならまだ間に合う。

全ての医師がなんらかの決断を迫られ、いやでも巻き込まれていく闘争。

患者のための名の下に
目の前の患者を放り出し
かつて仲間だった医師同士
純粋な暴力の発露の日々

そんなときが来るのが今から楽しみでしょうがない。

闘争を望む理由?
平和は退屈だからだ。それで十分だろう。

2005年6月28日

少ない予算で人を使う方法

年棒1000万円の人間10人を、7000万円で1億円分働かせる方法。以下のような規則を設ける。

年棒1000万円。ただし、内300万円については、自己の判断により返納する権利を有する。

「義務」ではなく、「権利」というのがポイント。

自分が1000万円分働いたと思えば、年棒1000万円。自分がまだそこまでの域に達していないと考えるならば、年棒700万円。

バカな制度と思うかもしれない。それでも、ほんの数年前まで、こうした制度は社会のどこの分野でもうまく機能していた。多くの優秀な人、特にその人が優秀であればあるほど、見返りは少なく、働きは多くといった給料の逆進性が認められた。

かつて大蔵省のエリート官僚がメーカーを査察する際、受け入れるメーカーとしては豪華な接待を用意するのが当然だったそうだ。このとき、あえてメーカーの接待を無視して、食事は駅前の立ち食い蕎麦屋で済ませるというのが、キャリア官僚の「心意気」だったという。

今は違う。今も昔も、キャリア官僚という人たちは、日本で一番先に時代を読んでいる(と思う)。時代は変わり、自腹の立ち食いそばはノーパンしゃぶしゃぶの接待の請求へと変わった。何が変わったのか。

年棒1000万円で契約したならば、今は誰もがとりあえず1000万円を取る。以前ならば、同じ仕事をしても700万円ですんだ。今は1000万円。給料を700万円に減らしたら、仕事も700万円分しかなされない。この差はどこからくるのか。人間が皆卑しくなったのか。時代が変わったのか。

人は、自分の成長した姿が想像できれば、現在の自分を小さく評価する。

昔は、コツコツと勉強さえしていれば、自分の5年後、10年後の成長した姿というものを、かなりリアルに想像できた。成長する目が「堅い」ならば、なにも今をがっつく必要は無い。

「あと5年もすれば、自分は1000万円を胸を張って手にするぐらいには成長できる。」謙遜する姿というのは美しい。300万円の差額については、自分の未来のためにあえてあきらめるという選択は十分「あり」だった。

コツコツと何かを積み上げるという行為には、昔は大きな価値があった。

一発勝負に出るのとは違い、地道な努力を積み上げる行為は成長が遅い。反面、努力しただけの見返りというものは必ずあった。自分の5年上、10年上の先輩方を見ていれば、それをロールモデルとして頑張ることができた。

今は違う。どんな人間でも、来年の自分の姿さえ想像できない。かつて努力の果てに「成功」を手に入れた先輩方は、「今までの努力なんて無駄だったよ」とばかりに大病院の部長クラスの椅子を放り出し、どんどん開業している。

自分が積み上げてきた過去の勉強時間の価値など、もはや誰も保証してくれない。自分の積み上げるものに自信が持てず、未来を確信できない人は、現在の自分の価値をお金で査定してもらうしかない。

個人の費やした努力や時間の価値を保証してくれたのは、大昔なら神様だった。宗教の力がだんだんと弱まった頃、戦争が終わって神様がいなくなってしまった世界では、「世の中のため」「日本の繁栄のため」といった目的が、「プロジェクトX」世代のエンジニアの士気を支えた。

とりあえず経済的な繁栄はなされ、がつがつ働く人が馬鹿者扱いされる現在、努力の価値を請け負ってくれる存在はなくなり、お金以外に信じられるものはなくなった。

医者の世界も、かつては神を祭っていた。医局のトップは、文字通り「現人神」として全ての医師に君臨し、医者を統治することで、同時に医師の努力を「保証」する役割を担ってきた。

もちろん医局制度の弊害として叫ばれているものがあったのは十分承知しているけれど、「自分が費やして来た時間の価値を保証し、それに連らなる未来の夢を見せる」という医局の機能を補間する仕組みは、医局の力が落ちてから、ついに再び作られることは無かった。

もともとは「神の世界」であったはずの大学病院に残ったのは、疲れきった医局員と、医者をまるで汚い生き物でも見るかのような視線で見下ろす、働かない事務官のみ。権威は地に落ち、効率の悪さだけが目立つようになった。

まじめに働いて報われた人なんて、医者の世界ではもはや見ることもない。

「成功する」という概念は、どうしても経済的な要素からは逃れることができないけれど、過去に費やした時間の価値を周囲に認めてもらえると、人はけっこう幸せになれる。

例えば宗教がそうだ。その宗教に全く興味のない外野から見れば、一見無意味にも見える行為に多大な時間を費やす。それでも、何も信じられない無神論者に比べれば、ある部分宗教家は幸福を約束されている存在だ。

自分は市中病院で研修->大学で循環器->僻地数箇所を転々->また大学で、循環器内科医としての競争という意味では、同世代の人たちに比べると、完全に負け組みだ。

面と向かって「お前何やってきたの?」なんていわれると、むちゃくちゃに傷つく。

一方で、自分のネタだらけの経験は、飲み会のときなどでは役に立つ。馬鹿話で周りに受けると、ちょっとだけ救われる気分になる。

こうした「お互いのコミュニケーションを介した、過去に費やした時間の価値の評価」というのは、もしかしたらいなくなった神様の代わりになるのかもしれない。

ネットワークが発達した現在、他人の経験の検索は容易になった。どんなにマニアックな経験であっても、世界中を探せば、それを必要とする人がいたり、その経験が役に立つ人がきっと見つかる。そういう出会いを提供できるならば、ネットの発達というものは、なにか人を幸せにする力を持てるのかもしれない(ネットの神様というのがいたとして、やはりしっぽは長いのだろうか?)。

厚生省は率先して大学医局を解体したけれど、彼らは人間の夢や希望の持っていた力を安く査定しすぎていたように思う。いまさら取り返しはつかないけれど。

神殺しの償いは、血税を投入して行ないますってか?

2005年6月24日

報われない医療過誤防止の努力

人間という生き物はばらつきが大きくて、同じことをやっても、トラブル無く上手く行く人と、どんなベテランがやっても上手くいかない人とは確実に存在する。

安全を求める努力は自壊する

治療に関するトラブルというものは避けようがない。それを減らすことはできる。それでも、トラブルを減少させるには莫大なコストがかかる。

トラブルを減らし、安全性を高めるためのコストというのは完全を求めるほど高くなる。技術的なブレイクスルーを脇に置くと、安全率80%のものを90%に引き上げるには、そんなにお金がかからなかったりする。一方で、安全率99%のものを99.9%にまで引き上げるには、莫大なコストがかかる。後者の0.9%のコストにかかるコストは、前者の10%にかかるコストに比べると10倍以上になることも珍しいことではない。

こうしたコストをいくらかけても、患者さんの安全に対する満足度は、医者がかけたコストほどには上昇しない。

医師は割合でものをみるが、患者は絶対数でものをみる。1000例中10例のエラーを出していたのを1例にまで下げられたとき、医療者側は10分の1に減ったことを喜ぶが、患者側はたったの9例しか変わらないことを嘆く。

医師は失敗に注目するが、患者は成功例に注目する。医師にとって10が1に減ったのはすばらしいことだが、患者にとって990が999になっても、誤差範囲。

失敗を減らす医師の努力は報われることはない。

事故の確率が減れば減るほど、1回の事故における医療者側のダメージは増していく。医学の進歩の結果、いくつかの治療の安全度は向上し、成功率は高まったが、一方で医師は「常に成功すること」を求められるようになった。安全で、確立された治療であるほど、医者にとっては危険で、できればやりたくない治療になる。特にそれが、失敗すると致命的な合併症が生じるような手技であれば。

どんな治療であっても、それが世の中に出現した当初は危険なもので、また全ての人に適用できる治療にはなりえない。治療の対象となる患者さんは、「生きるか死ぬか」といった人ばかり。新しい治療手段は成功率も低い。最初のうちは、成功率の高そうな患者さんをセレクトして治療を行う。

この時期の医師-患者関係は、医者にとっては楽なものだ。

その新しい治療手段を適用しなかったら、患者さんの命が危うい。しかし、その治療はまだ始まったばかりで、成功率は必ずしも高くない。ギャンブルだが、賭けてみる価値はあるかもしれない。医師も必死になり、成功すればお互い大満足。

同じ病気で苦しんでいる人は、この時点では世の中に大勢いる。それでも、100匹の魚を釣った漁師は、「海の中にはまだ一万匹いるのに」とは思わない。100匹もつれれば、その日の収穫としては十分満足。海の中の一万匹に思いをはせるのは、また今度。治療を確立した第一世代の医師は、十分満足したまま現場を離れ、歴史に名を刻む。

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治療が確立してくると、その治療の有効性が世間に認知されるようになる。患者は殺到し、その治療には柳の下のドジョウを求める医師も集まる。安全率はだんだんと向上する。安全性の向上とともに患者数も順調に上昇し、その治療はその分野の覇権を握る。その治療を行う医師達は、医療のある分野に一大帝国を築き上げる。

覇権を握った医師達には全ての利益が集まるが、一方でその帝国を維持していくための責任が生じてくる。医師の責任は増し、その治療が適応になる全ての患者を治療する義務が生じる。大きくなった帝国には反乱分子も増える。犠牲の上に築きあげられた、標準的な治療を批判して、アガリスクや霊芝を売り抜ける連中。治療を行う医師に患者を紹介するだけ紹介して、利益は全部持っていってしまう頭のいい医師。覇権を握らなくとも、栄えるすべはいくらでもある。帝国を担っている医師には、いつしか責任だけしか残らなくなる。

覇権を維持するのがバカらしいと皆が思うようになった頃、帝国は瓦解する。医者は去り、新しい治療手技が台頭してくる……そんなわけにはいかない。お産はどうする?カテは?脳出血の治療は?

このまま行くと、お互いが不幸になる。

安全から安心へ

医者がいくら努力しても、それが誉められないから皆嫌になる。みんな屈折しているから、いまさら国から「安全メダル」みたいなものをもらったところで、誰もうれしくなんか思えない。病院には人が集まる。世間様の空気ぐらい、白衣を着てても分かる。

医者の努力がなぜ報われないのか?おそらくは、医療者と患者とで、求めるものが違うからだ。

患者の求めているのは「安心」なのに対して、医者が追求しているのは「安全」だ。

「安心」という言葉は、なにか口先だけのような響きがあって、技術者たる医者からすると、安心を追求するのはなにか邪道な気がする。一方で「安全」というのは数字で表せ、統計に乗る。医者はこっちに命をかける。

安全と安心の方法論

安全と安心とでは、それを改善するためのやり方が違う。

前者を改善するには、ひたすらに一次防衛ラインを強化するしかない。上手くいかないものは全て失敗にカウントされる。失敗の確率は、限りなくゼロに近づけることを求められる。

一方で安心感をもたらすためのアプローチとは、失敗を生じた際の「次の一手」を考えておくことだ。失敗の危険は一定レベルで残るにしても、致命的な結果は回避するルートを常に考えておく。

安全を追求したシステムというのは、コストがかかり、小回りが効かない。失敗が許されないから、逆に失敗が起きたときに回避手段がない。この方向でいくら努力しても、患者さんの安心感は増すことが無い。

安心なシステムというのは、たぶんシステム全体の動作や原理が、ユーザーの目に見えること、たとえ何かトラブルが生じても、何らかの回避手段が用意されていることが、ユーザーにはっきり認識されていることなのだと思う。

(スペースシャトル)ディスカバリー号の窓の保護カバーが脱落して耐熱タイルを傷つけたことに対するNASAの広報スタッフの対応に感心していた。トラブルが発覚して報道陣が駆けつけると、広報スタッフがすでに何人も待ちかまえていて、記者の一人一人に現状がどこまでわかっていて、次に誰がどこでどうするという話を手際よく伝えていたとのこと。

広報スタッフの一人一人に与えられている説明可能な権限の範囲がじつに手広く、しかもお互いに横の連携がとれていてよどみがない。直前に打合せをして「何をどこまで話してもよい」という調整をしてあるのだろうけれど、それにしてもすばやい、とのこと。日本だったらこのような場合、「それについては何時何分から説明会を開きますので、それまでお待ちください」という回答しかもらえない、という。

5thstar管理人日記: 逆取材

このあたり、忙しい少数のスタッフと、患者さんと自由に話すことを許されない研修医でつくる現状のチーム医療というものは、医者-患者相互の信頼や、安心感を壊す方向に働いてしまっている気がする。

「安全」であるシステムは「安心」であることが多いが、100%そうではない。たとえ安全が保障されているものでも、安心感は得られないものも多い。

一方で、安全でなくとも安心なシステムというのは考えられないものだろうか?何か失うものが出てきても、生命を失う事態を回避する手段が明示されているならば、安全は完璧でなくとも安心は得られるのではないだろうか?

システム全体の安全率を高める方向と、システムの透明性を高めたり、回避手段を整える方向とは、両方ともお金がかかる。それでも、安全率が高まれば高まるほど、後者のコストは相対的に安くなる。

産科医でもないのにいつもお産を引き合いに出すが、昔の医者は急変時の回避能力が高かった。ほんの10年前まで、まだまだお産というのは命がけの要素が入っていたけれど、その時代をくぐってきたベテランは頭の切り替えが早い。

お産がトラブルに陥るとき、母体の命とトレードオフの関係にあるのが子供の命であったり、次回の妊娠が可能になるかどうかであったりと、主治医はかなり重い決断を迫られる。決断までに許される時間は数分単位で、決断が遅れると共倒れになる。

こうした修羅場をくぐってきた人たち、ちょうど今スタッフになっている人たちは、トラブルを起こしたときの次の一手、その次の一手の具体的なイメージを、かなり具体的に持っていて感心させられる。こうした人たちと一緒に仕事をしていると、たとえトラブッても大丈夫という「安心感」を感じる。

このあたりのイメージ力が、自分達の世代とベテランとの決定的な差になっていて、同じ患者さんを持っていても、相手に与える安心感、信頼感がぜんぜん違う原因になっているように思う。

修羅場を切り抜けるすべを皆が身につければ、きっと患者さんの安心感は向上する。

何とかしてこの「修羅場を乗り切る知恵」みたいなものを学びたいと思ってはいるのだが、安心した若手は悪いことから覚えていく。手技はアクロバチックなところ、派手なところから受け継がれ、大事なことはなかなか覚えられない。

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2005年6月22日

初期研修が不幸な人へ

いじめはなくならない

複数の研修医を擁する職場では、まず上級生-研修医が一つのチームにまとまらないと、話が前に進まない。チームにまとまるということは、すなわちお互いの力関係をはっきりと認識するということ。

下級生から信頼されるには、「いつかはこの人のようになりたい」と思わせるだけの技術と人格とを、上級生があわせて持つ必要がある。全ての上級生が、下級生から信頼される技術と人格とを持ち合わせているわけがない。

上級生と下級生、両者の力関係が自然に形成されない場合、恐怖を用いて「分からせてやる」必要が出てくる。

いじめは、自分たちの属している集団の境界線や、その内外をはっきりさせるためにおこる。

いじめられる者は必ずひとりに決まっている。

そのひとりは別に誰でもいい。いじめている側の全てが、必ずしもいじめられている者を嫌いだとは思っていない。しかし、チームの維持のためには態度を共にする。

まとまったチームを力業で作り出すのに、特定の研修医を潰すのは効率のいい方法だ。

10人ぐらいの集団をまとめるとき、「犠牲者」を一人出せば、集団の残党は共犯者意識で強力にまとまる。チーム医療の時代。チームは指導者の下に協力にまとまる必要がある。少々の犠牲者はしょうがない。

研修医のおかれる立場

研修医の立場は厳しい。

上級生の指導がないと何もできない状態。病院内での社会的な力の圧倒的な差。逃げることはできない環境。上級生の潰し行為に対して、何ら共闘してくれない同級生。

この環境は、学校で行われる「いじめ」を、生活指導の先生が率先して行うようなもので、ターゲットになった研修医には最初から勝ち目など無い。

病院に来たばかりの研修医は、上級生の助け無しでは何もできない。指導する側がちょっと悪意を出せば、特定の研修医に対してだけ少しだけ差別するよう気をつければ、研修医は簡単に自滅する。

潰す側に心理学の心得があれば、研修医潰しはもっと有効に行える。

上級生の単なる暴言だけでも、病院という場では十分に有効な武器となる。そこに稚拙な心理学の技術を加えるだけで、上級生の暴言の破壊力は、簡単に致命的なレベルに達する。

ターゲットにされた研修医には、逃げる術は無い。集団の中で潰されずに生き延びるには、ターゲットになることを避けるしかない。

ターゲットになりやすい人

どういった研修医がターゲットになりうるのか?

できの悪い研修医は、やはり本人に原因がある。
彼らはやる気がない。約束を破る。動作が遅い。

全てウソだ。

実際にターゲットになる研修医というのは、 本人の研修医としての「性能」には遜色が無い場合がほとんど。

潰されるきっかけになるのは、些細なことだ。

  • 廊下で上級生を追い越したとき、頭を下げなかった
  • 荷物を抱えて階段を上がっていくとき、そいつが手伝ってくれなかった
  • 飲み会で、先輩よりも先にビールを飲んだ
  • 見た目がなんとなく弱そう。太っている

研修医が潰される理由なんて、いつもこの程度。

実際問題、喧嘩の強そうな、体格のいい男医者が潰しの対象に選ばれることなど絶対といっていいほどない。上級生の根性なんて、こんなもんだ。

こんなつまらない理由で、一人の人間を本当に潰せるのか?

やる奴はためらい無くやる。それでも、つまらない理由で人の一生を台無しにするのには、上級生にもさすがに抵抗がある。このために、「その人を潰す合理的な理由」が速やかに作られる。

いわく、彼の態度にはどうもやる気が感じられない、彼女にはうちの科は合わないような気がする、あの研修医、患者さんへの言葉遣いがいまいちなんですよね…etc.。

原因なんてない。理由は後から作られる。

生き延びるための「かわいい」戦略

研修医が潰れずに生き延びるためには、単に優秀であるだけでは全く足りない。

優秀な奴、すばやい奴でも、些細なことで「あいつはダメだ」という理由をくっつけられれば潰される。潰されない研修医とは、すなわち上級生にとって「 かわいい」研修医だ。

「可愛い」という生存戦略は、人間社会独自のものだ。「優秀である」必要は無い。

優秀な研修医、熱心な研修医というのは、可愛く振舞った奴に与えられる上級生の評価であって、研修医が目指す目標ではない。必要なのは、そのグループ内での「噂話のリーダー」が誰なのかを見極め、一刻も早くその人から「可愛い奴」と認められる能力だ。

チーム内での序列というのは、規則で決まっている。グループのトップには部長クラスの医師がいて、その下に何人かの中堅どころをトップにした小チームがあって、さらにその下に研修医がいる。

チームのトップはもちろん部長になるのだが、チームという狭い社会での社会的な力関係は、規則だけでは決まらない。力関係を決めるのは、チーム内での陰口や噂話だ。「社会的な」トップというのは、しばしば規則で決められたトップとは違う人間。噂話の核になる人物になっている。

  • 自分の属する小チームのリーダーが「噂話のリーダー」その人ならば、研修医の安全度は高い。規則で決まった序列は覆ることが無いので、素直な研修医を演じているかぎりは安全
  • 自分の属する小チームのリーダーと、「噂話のリーダー」とが別の人間だった場合、その研修医はターゲットになる可能性がある

何かの方針が2人の間で異なったとき、どちらの言うことから聞くべきか。規則上は、もちろん自分の属するチームの上司の方針を優先することを求められる。しかし、規則に従うと、別のグループの上司から目をつけられる。この場合にどちらの意見を優先すべきか?

答えは明らか。チーム内での立場の強いほうの上級生の意見だ。自分の属するチームの上司とは、逆らった分当然仲が悪くなる。それでも、そのことから得られる社会的なリーダーからの「可愛い奴」という評価は、規則上の上司の否定的な評価を補って余りある。「弱い」上級生は往々にして下級生の反抗に寛容なので、研修医の受けるダメージは最小にできる。

昔、このあたりの振舞いかたを間違えて、研修医の頃にひどい目にあったことがある。チームの中堅どころが対立していて、自分のチームの上級生と、他のチームの上級生とはお約束で仲が悪かった。自分がちょうど喧嘩のダシにされた形になってしまい、居心地の悪い6ヶ月を過ごし、病院を辞めることを真剣に考えた。幸い、このときの病院には研修委員会システムがしっかりと機能していたので何とかなったが…。

  • 新しい科に回ったら、社会的なリーダーを探して常に追従すること
  • その人から依頼されたものは、最優先で片付けること
  • 力関係を明示的にして、態度で表し声に出すこと

簡単なことだ。

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2005年6月21日

出来ることと見えること

以前研修を受けた病院では、まず見て、学んで、その後で実際にやってみて、さらに他人に教えられるようになって一人前と習った。

「それが出来る」ということと、「それを知っている」ということとは全く違う。

知識の成長過程として、以前は何の疑問もなく「知る」->「出来る」だと考えていた。最近になって、この順番は逆のような気がしている。

手を動かすことと、見て学ぶこと。

実際に手技を受ける患者さんの立場からしてみると、ろくに学んでもいない医者から針を刺されたりするのは勘弁願いたいだろうし、知識のない奴が侵襲的な手技を行うことは、今日ではもはや犯罪だ。

一方、「見る」ことと「やる」こと、どちらがより高級な行動なのかを考えると、「見る」ことのほうがより難しい。

今よりももっと下手だった頃、自分としては「出来る」と思っていた手技の数は、今以上に多かった。

年次が進み、より上手な人の手技を見る機会があったり、自分流の方法ではうまくいかない部分が他人の方法論ではあっけなくうまくいくのを目の当たりにしたりして、当初の根拠のない自信は打ち砕かれ、自信のある手技の数は年を追うごとに減りつつある。

人の手技の上手下手、自分の手技の問題点を「見る」ことは難しい。うまい人の手技を見て、単にうまいと感嘆するのと、ベテランの主義のすごさが何処からきているのか、自分の問題として考えられるようにらるのとは、ずいぶん隔たりがある。

先に手を動かさないと、見て学ぶことは出来ない。

人の手技を見るときには、頭を働かせる余裕はない。どこが優れているのか、どういった部分が自分の手技と違うのか。こんなことを理性的な頭で考えているうちは、多分まだ「見て」いない。

ある手技をマスターして、少なくとも典型的な症例では何も考えなくとも動作が出来るようになって、初めて他人の手技から何かを学ぶことが出来る。そういう状態になったとき、目から入ってくる他の人の手技の情報と、自分の身体記憶のギャップが感じられるようになり、自分の手技を客観的に評価できるようになる。

10年カテやって、未だに発見がある。他の人の手技を見るのは面白い。

これが面白くなくなってきたとき。たぶんこの施設を去るべきときなのだろう。

2005年6月20日

自然な成長とは何か

およそ知識というのは、正しい場所、正しいタイミングで発現されないと、なんの役にももたたない。

正しいやり方をせずに詰め込んだだけの知識では、試験の役にはたっても、現実世界の問題を解決するための道具にはなりえない。正しい知識を身につけるには、正しい分かりかたしないといけない。

知識を正しく分かるとはどういうことか。正しい知識の理解のしかた、効率のいい成長のしかたとはどういう方法か。

臨床医の世界なら、たくさんの患者さんをひたすら経験することが、本当に「正しい」方法だろうか?

経験を積むのに十分な受け持ち患者数。手技が上達するのに必要な症例数。こうしたものを用意することが、はたして研修医にとって正しい成長を促す役に立つのだろうか。

トマトの栽培農家の人たちの中には、「そうではない」と考えている人たちがいる。

永田農法という考えかたがある。

これは、ユニクロで販売された野菜としてよく紹介されるものだが、作物には極力水を与えない。必要最小限だけの水を与え、さらに有機肥料を用いず、最低限度の栄養分を化学肥料の形で与える。

厳しい環境で育てることで、作物にストレスをかけ、それを上手く行うことで、甘味の強いトマトとか、栄養価の高い野菜などが栽培可能になるという。

化学肥料を用いることについても、こちらのほうがむしろ自然に近いと論じる。有機栽培では、土壌中の最近がこれを分解し、植物は無機物の形になったものを根から吸収する。細菌が繁殖した土壌は根を腐らせ、吸収を阻害し、結局農薬が必要になったり、過剰な肥料を用いなくてはならなくなったりする。これをやめ、最小限の肥料を無機物の形で与えることで、むしろ自然に近い環境が作れるという。

もちろん、やり方を間違えると野菜は枯れる。この農法は、与える水分や肥料が少ない代わりにノウハウを学ぶのが難しく、また手間がかかる。

逆の発想をしている人もいる。

つくば万博のとき、一本のトマトから1,200個のトマトができるという化け物トマトが展示された。あれは今でも行われている。トマト以外にも様々な作物が作られているが、いずれにしても空気を十分に送り込んだ水耕栽培を行う。

十分な水分、十分な栄養を供給してやると、作物の成長に制限がかからず、非常に大きくなるという。この方法は、作物の成長環境を整えるのに資金が必要だが、一度育て始めると、作物の世話にはあまり手間はかからないという。

一見すると両極端な考え方だが、両方とも従来の有機農法、肥えた土壌に、豊富な肥料を与える「有機栽培」というものの不自然に対する反省から出発しているのは共通している。

永田氏のインタビュー記事より引用

有機栽培では多くの場合、植物が吸収できる量をはるかに超えた肥料が与えられているんです。吸収されずに余った肥料は植物の根を傷め、土地を汚すことになります。その結果、美味しい作物は育たず、更に肥料を増やすという悪循環に陥ります。

(水や肥料を制限することで野菜が美味しくなるのは)自然環境に近い条件で育てることで、野菜の持つ潜在的な力が目覚めるからなんです。自然界では何十日も雨が降らないこともあるし、豊富に肥料があるわけでもありません。水が少なければ、限られた水を効率的に吸収しよう、空気中の水分をうまく取り込もう、と植物が本来の姿に戻っていきます。


一方で、水耕栽培で大きな作物を作る考え方をする人たちも、こう述べている。
大事なことは、まだ小さい苗の時に、自分はどんどん生長しても必要なものは充分与えられるんだという安心感があること。
そうすれば苗は世界を信じ、疑うことなくどこまでも伸びていく。

永田農法は、自然な環境の再現のために有機肥料と豊かな土壌とを捨て、水耕栽培は植物にとっての理想的な発育条件を達成するために、やはり有機肥料と土とを捨てた。どちらの方法論も、その目的とするところ、最適化使用としている条件は全く違うが、出来てくるのは甘味の強いトマトであったり、栄養価の高い野菜であるところだけは共通しているのが面白い。

研修医が育つということを考えたとき、この2つの農法が捨て去った「有機肥料」にあたるものはなんなのか、「土」にあたるものは何に相当するのか。永田農法的な教育手法、水耕栽培的な教育手法。なんとなく思い当たるものもあり、その実装にいろいろ妄想は膨らむが、正しい答えは分からない。

トマトを育てるのと研修医の成長を一緒にするな?それはそうだ。初心者同然の研修医が一人主治医になるぐらいなら、患者さんにトマトを食べてもらったほうがよっぽど体にいい。

研修医は成長する。最初は野菜にも負けるところから始まり、いつかは野菜を超える。研修医がとりあえずトマトをこえようと思ったら、トマトのやりかたを学ぶのも悪くない。

「成長する」ということに関して、農家はこれだけ考えている。医者にも何かできるはず。

2005年6月17日

現状を肯定するという行為

例えば岩だらけの道があったとして、その道に転がっている岩は、道行く人からは邪魔者扱いされていたという状況があって。

ある旅人がその岩を指して「休むのにちょうどいい椅子だ」と、そこに座って休んだとき。

路傍の岩も、それを「椅子」といって座ってしまえば椅子になり、その旅人の座りかたが堂にいっていれば、やがて賛同して座ってみる人も増え…。やがて邪魔な岩場であったその場所は、休憩するのにちょうどいい場所として、栄えるかもしれません。

ものの価値というのは結局のところ、当事者がそれをどう思うかにつきるような気がします。

例えどんな場所であっても、そこにいる人が「自分のいるところはすばらしい」という信号を発信しつづけたならば、そしてその信号が、世の中の誰かの心に響いたならば。その場所で働きつづけることは損な選択、大学病院で働くというのは下らないことだという現在の流れは、あるいは変えることができるのかもしれません。

自己の置かれた現状を肯定する強い力というのは、現実の世界をも変える可能性があると信じています。

宮沢賢治は、北上川の河川敷のことを、なぜ「イギリス海岸」などと呼んだのでしょうか?

実際にいってみると分かるのですが、あのあたりはよほどの渇水期にならないと川床が見えません。物語のような風景を期待していくと、見えてくるのは単なる「ドブ川」だったりします(地元の人すいません)。

賢治がイーハトーブと呼んだ花巻の世界は、観光地にするにはあまりにも殺風景で、よほどの強い思い入れが無いと、あの場所を楽しむことなどできません。

世の中のありようというものは、「空」でしかない本体に、他者からの見えかたである「色」が写り、人の目に見える実在が作られると仏教は教えています(適当)が、仏教に傾倒していた賢治を取り巻く当時の岩手の状況は、単なる寒村でしかありませんでした。

インターネットなど無かった時代、観光でお金を稼ぐ考えなどまだまだ少なかった時代。宮沢賢治は、花巻の寒村をして「ここはイーハトーブというすばらしい場所」と宣言することで、そこに住む人の目に見える「実在」のありようを変えようとしたのではないでしょうか。

大学病院で働くという選択の価値は、どんどん落ちています。それはもう間違いなく。

「白い巨塔」が出版された当時の状況と、今の大学の現状とを比べてみれば明らかです。もちろん部分的には、大学の復権というものも現れているところもあります。でも、大勢で見れば、大学病院で働きつづけるという選択肢は、明らかに「損な」選択になってきつつあります。

それでもやはり、現況を肯定する努力は続けて行きたいと思います。

卒業後数年間、市中病院で研修を積んで、そのあとここ数年は大学病院の中の人を続けていますが、もちろん大学病院の悪いところは山ほどあります。ここで研修することが、はたして全ての研修医に対してベストな選択肢であるといえるのか、正直疑問もあります。

でも、中にいる人間が「大学病院は損だ」などと言い出したら終わりです。それは、自分達の生活そのものを否定する、非常に惨めな行為であると同時に、困難な状況の中で大学という選択をしてくれた研修医諸氏に対する侮辱です。

大学病院というものは、全ての医者の自己認識の原点になる存在です。

「そんなことは無い」「もっとすばらしい施設はたくさんある」。もっともです。優れた臨床家は、むしろ外の病院のほうがたくさんいます。病院の医師以外の生きかた、何年もインドの奥地をさまよってみたり、ニカラグアで大腸ファイバーをやったりしている日本人の医師も知っています。どの先生も、自分達の生きかたをとても楽しんでいます。すばらしいことです。大学の奥でいじいじと仕事をしているよりも、よほど面白そうです。

それでも、すべての価値の原点は大学病院です。

自分の生れた川を最高と思わないサケはいません。サケの稚魚が生まれて初めて飲む水は、自分の生まれた川の水です。サケも「水の美味しい、まずい」を見分けるかもしれませんが、そのとき原点になるのは、常に自分の生まれた川の水の味です。

医師も同様です。医学生がはじめて目にする臨床医というのは、大学病院の医師です。その姿を見て、「自分もいつかああなりたいものだ」と思うか、「大学の医者にだけはなりたくない」と思うかは、それぞれの人の選択です。それでも、はじめてみる医師が「大学病院医師であること」を楽しんでいなかったならば、学生は医師として働くこと自体に夢をもてなくなってしまいます。

自分にできることなど、ごくごくわずかなものです。実力的な問題。年齢的な問題。今の施設にいる期間も、たぶんもうそんなに長くはないのでしょう。

それでも、ただ何もしないで悲嘆に暮れることはしたくありません。大学病院にはいろいろな問題があります。矛盾しているところ、帰れないところ、面倒な人間関係、重症ばかりの病棟。それでも、そういったことまで含めた「大学病院の面白さ」というものは絶対にあって、これを楽しまないうちは「病院で働く面白さ」というのは語れません。

悲嘆よりは変化です。

自分の発信した信号が、どこかの誰かに、わずかにでも変化を起こせたら。大学病院原理主義者である私は、そんなことを考えています。

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2005年6月15日

Expression

発表のスライドなどを直前に作るとき、結構問題になるのが、温度板や経過表といったもの。
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こんなのとか
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こんなやつ(出典:NEJM Volume 352:2508-2514 June 16, 2005 Number 24)。

患者さんの臨床データを、まじめにエクセルなどに記録していれば、何も悩まずにグラフ化すればいいのだが、忙しいさなかではなかなかそうも行かない。

PowerPointにも図表作成機能はあるのだが、なにぶんデータを数字で入力してくれないと、グラフを作ってくれないのはエクセルと同じ。

「なんとなくそれらしいものを、短時間で作る」とき、お絵かき系のソフトでグラフをでっち上げてしまうと簡単にいく。もちろん数字は適当になるが、どうせ発表スライドなど、まじめに見る人など少ないだろう。

絵を書くソフト(ドローソフト)というのは、代表的なものでAdobe Illustrator 、Corel DRAW といったものがあるのだが、どれも8万円近くと非常に高価。最近は、フリーのドローソフトで dynamic draw というものがあり、これもかなり高機能なのだが市販品にはさすがに負ける(とは言っても、普通に絵を書くにはこれでも使い切れないほどの機能がついてくる)。

最近になり、昔市販されていたExpression というドローソフトがバージョン3になり、さらにマイクロソフトに買収されてフリーウェアになった。以下、ダウンロードのしかたと日本語化のしかた。

今は英語版しかない(昔は日本語版を売っていた)ため、Windows上で使うには、いくつかの細工が必要。もともとが市販されていたソフトだけあり、実際に使ってみると十分に実用になる。苦労してダウンロードするだけの価値はあると思う。

インストール用ファイルのダウンロード

マイクロソフトのダウンロードセンターからExpression3のファイルをダウンロードしてくる。表から入ると登録が必要だが、リンク先は直リンになっている。  

メニューの日本語化に必要なファイル

CreatureHouseのサイトから、Expression3Jのアップデータをダウンロードしてくる。このアップデータを解凍すると、中に「localizeJ.txt」というファイルがある。これを用いて、メニューを日本語化する。

ヘルプファイルとマニュアル

販売中止になったソフトなので、日本語のマニュアルが存在しない(本があるが、バージョン2対応のもの)。このため、インターネットアーカイブから販売元のサイトにいき、古い体験版をダウンロードしてくる。

他に必要なソフト

exeファイルを書き換える必要があるので、バイナリエディタが必要。代表的なバイナリエディタとしては、とか、スターリングとか、PowerWitchとか。自分は昔から狐を愛用(シンプルなので)。ソフトにパッチを当てるのに特化していたものに、ホワイトボックスとか、FireFlowerなどがあったが、もう手に入らない。

ヘルプファイルを体験版から引っ張り出してくるのに、WinPackというソフトを使う。これはInstallShieldを部分的に解凍して、中にあるファイルを取り出すソフトで、これを用いて日本語の体験版からヘルプファイルだけ抜き出してくる。

インストールのしかた

1.本体のインストール
"CreatureHouseExpression3_3.exe" をダブルクリックするだけ。 普通にインストールすれば問題ない。

2.ファイルの書き換え
このままでは起動すらしないので、まずはファイルを書き換える。

バイナリエディタを用いて、インストール先のフォルダ内のe3.exeというファイルを書き換える。0036170E という番地の、75という記載をEBと書き換えるだけ。ホワイトボックス用のBCG型式では、以下のとおり。

file e3.exe
0036170E: 75 EB

これでとりあえず、英語版のExpressionが立ち上がるようになる。

3.メニューやダイアログの日本語化
製品版Expressionのアップデーター "E3JWinUp342.zip" を解凍する。中に"localizeJ.txt"というファイルがあるので、これを"e3.exe" と同じフォルダにコピーする。これだけでメニューが日本語化する。

E3JWinUp342.zip内の、他のファイルは要らない。

4.ヘルプファイルの抽出
インターネットアーカイブからダウンロードしてきた日本語体験版のZipファイルを解凍、その中のdata1.cabというファイルをWinPackで展開する。中に 日本語ユーザーズガイド e3.pdf、チュートリアルe3tutorial.pdfという2つのPDFファイルがあるので、それを取り出す。あとのファイルは不要。

取り出したヘルプファイルは、本体のあるフォルダにコピーしておく(英語版のPDFを上書きしてしまう)と、ヘルプを開いたときに日本語のヘルプファイルが立ちあがるようになる。

参考サイト
2ちゃんねるのExpressionのフォーラム

Expression3覚書/妄碌庵

2005年6月13日

奇跡のおきる場所

肥料をやりすぎた植物は大きく育たない。

知識も同様。現場に何かのニーズが生じたとき、それを達成するのに必要な条件に制限が加わって、はじめて新しい知恵やノウハウといったものが生み出され、その現場での知識というものに新たな蓄積が加わる。

時間的な制限や人的制限、資金の問題などが全く無い病院などが世の中に存在したならば、おそらくは教科書どおりの治療以上のものがそこから生まれる可能性は低い。発展の無い現場のモチベーションは、労働時間を削る方向にしか働かない。最低限度の仕事、マニュアルどおりにこなすだけの仕事。目的は、定時に帰ること。

「足りている」職場からは、新しい考えかたは生まれてこない。一方で制限は思考を加速させる。

有名どころの市中病院では、とにかくマンパワーと時間とが不足している。

患者さんは押し寄せてくる。期待に応えるだけの治療をしたい。でも、マニュアルどおりにやっていたのでは時間がいくらあっても足りない。

限られた時間、少ないスタッフの中で患者を治療していくには、マニュアルどおりの方法ではマンパワーが不足であったり、もしくは得られる結果が現場の感覚として不足であったりといったことが生じてくる。

与えられたマニュアルに不満を感じるようになると、そこから状況改善のモチベーションというものが生じる。少ないスタッフで、どこまで経過観察を間引けるのか。患者さんの診察から、その治療の結果や合併症が、どこまで読めるのか。プロトコールをどういじれば、症状改善までの期間を短縮できるのか。

マニュアルどおりの手順から手を抜く方法。逆に、マニュアルに手を入れて、経過を最適化する方法。実際に何人も患者さんを治さなくてはならない市中病院は、こうしたマニュアルを改善するためのノウハウを大量に蓄積している。

時間の無い市中病院で生まれた治療のコツを身につけると、患者さんの治療はよりシンプルで洗練されたものになる。必要最小限の検査、より少ない侵襲、そしてエビデンスに裏打ちされたソツの無い治療。

同じ治療を学ぶにしても、教科書に書いてあること以外に学ばなくてはならないことはたくさんある。知識というのは、それ自体を学ぶことだけでなく、自分のいる現場のニーズにあわせてその知識をどうアレンジしていくのかを学ぶ必要がある。こうしたノウハウはなかなか表に出てこないのだが、研修中に身につけると後々非常に役に立つ。

では、大学病院における「足りないもの」とはなんなのだろうか。

大学にはほとんど無尽蔵といってもいいほどのマンパワー(効率がいいかどうかは別)、莫大な予算、受け持ち患者が2桁に達することはほとんど無いぐらいの時間、全てそろっている。ならばヌルい治療しか生まれないのか?そんなことは無い。

大学病院で足りていないものとは、「撤退の選択肢」だ。

大学病院に入院した患者さんは、その病名如何にかかわらず、その病気で亡くなることは許されない。

市中病院なら、教科書的に助からない病気の人、あまりにも状態が悪かったり、高齢で治療に耐えられないと判断される患者さんについては、侵襲的な治療行為を行わずに「保存的に」経過をみるという選択肢が考えられる。

そこそこで止めておくのは、たいていの場合は賢明な判断だ。敢えて侵襲的な治療に踏み切っても、たいていの場合、待っているのは泥沼化した経過、苦しみもだえる患者、睡眠不足の主治医、そんなもの。ろくな結果になりはしない。

大学は違う。大学病院に撤退は無い。どんな状態の患者さんであっても、状態が悪すぎるなら状態を改善して治療、高齢で治療に耐えられないなら、主治医泊り込み上等で治療。

大学の医者は基地外集団か?そんなことは無い。みんな市中病院での臨床経験者。ソツの無い治療の「常識」ぐらいは知っている。それでも、大学での合議制の治療計画のもとでは、過激な方針を口にした奴の意見が通る。

難しい治療プラン、ハイリスク/ハイリターンの治療プランを提示されて、受けなければ男じゃない。かといってリスクをお客に押し付けるわけにはいかないので、そこは泊り込んででも、気合で安全度を上げる。幸い、交代要員はいっぱいいる。大学は土日が休み(その代わり無給で働く)なので、時間も十分にある。

患者が亡くなるのを正当化する奴っているよナ たとえば…どうしようもないアシドーシスのショックだったから 挿管しないで看取ったとか……

オレは嫌いなんだヨ そうゆーの

超高齢者、治癒の見込みのない病態
そんな患者をみたとき、主治医の心はすでに患者から離れている
そんな人に奇跡的な回復など望むべくも無い
当然そのまま看取られてしまう可能性は高い

主治医の心が引いた患者は必ず悪化する、ただそれだけだ

……ただ、本当に時として……奇跡としか思えないコトがある

絶対に治癒が望めないような状態なのに
なぜか予想以上に回復してしまう時がある
奇跡はあった 本当に幾度も
睡眠時間を削って無茶な治療を仕掛けた医者なら
誰もがそれを知っている

エビデンスの欠如?医療経済無視?なんとでも言ってくれ。ここは大学だ。もちろん普通の病院でも患者は治せる。「普通の」病気なら、よっぽどスマートに早く治せる。そこそこで止めておく。クレバーな判断だ。でもそれでは奇跡はおこせない。

患者に奇跡がおきるのは、いつだって大学病院だ。

きれいな治療、最小限の侵襲、エビデンスに基づいた最適な治療経過を追求する姿勢。こうした努力は、もしかしたら助かるかもしれない一部の患者を見殺しにしているかもしれない。

大学病院の治療というのは非効率。本気を出すと、医療費は簡単に数千万円の大台に乗る。そんなことを何人もの患者さんにやって、実際のところ「奇跡」を見れたのはこの3年でまあ数回か。

壮絶な無駄。でも、それを自分の目でみると、市中病院で「スマート」だと思っていた治療というものには、まだまだ何か足りないものがあるのに気がつく。

大学病院と市中病院、どちらが正しい治療をしているのか。いろいろなところで議論になっているけれど、やはり一度は大学という組織を見に来ることを勧めたい。無駄に多い人材、信じられないぐらい頻回の検査、「本当に、この人にこんなことやるんですか…?」と思わず聞きかえしたくなるような、治療ストラテジー。

どうせ、日本でこんなことが許されるのも、あと数年。でも、お一人様家一軒ぶんぐらいかけると、まれに本当に奇跡的な回復をする人がいるのもまた事実。西洋医学は、本気を出せば結構すごい。

見られるうちに、ぜひ大学へ。

2005年6月12日

パンダの写真

臥龍大熊猫繁殖基地より。

Here we are.JPG

I want with you.JPG

Shining.JPG

Don't disturb us.JPG

ha Ha.JPG

Hi.JPG

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書くことも無いのでパンダの写真で穴埋め。

2005年6月10日

夢を見せる機械としての大学

自分という人間は、世の中でどれほどのものなのか。今までの生き方は正しいのか。これから進もうとする道というのは「いい」道なのか。

たいていの人にとって、人間の価値というものは相対的なものだ。

自分の価値というものは、他人と自分との距離感からしか把握することができない。他者の存在、それも「自分よりも負けている」それを見ることなくしては、人は精神を健全に保つことすら満足にできない。

人の価値観を決定する軸が1本しか無かったならば、人間の価値の優劣を決めるのは簡単だ。

例えば価値観の軸が「収入」しかない世界なら、お金を持っている奴が「勝ち組み」で、そうでない奴らは全て負け。人々は収入順に1列に並んでおり、自分がどのあたりのポジションなのかがとても分かりやすい。

努力に対する対価は全てお金の形で与えられる。収入に反映されない努力は全て無意味。平凡な人間は、すなわち人生の敗者。価値の軸が1つしかない社会では、「普通」であり続けることは、常に敗者でありつづけることを意味する。

実際の世の中は、ここまでギスギスしてはいない。人の価値の軸が1本しかないなどということは無く、人々は、複数の価値観の軸から作られる座標上に、ばらばらに散らばっている。

もちろん、「収入」という価値の軸は厳として存在する。それでも、それ以外の価値観、名誉とか、あるいは夢とか、自由とかいった価値観の軸もまた存在する。こうした複数軸から構成されたマトリックスは、全ての人間に勝者の夢を与え、明らかな「敗者」というものを世界から隠す。

価値の優劣というものはあるのだろうか?
夢は名誉よりも優れているのだろうか?
お金で買えない夢などあるのだろうか?

価値には優劣はある。

もちろんお金で買えない夢とか、名誉とか、地位といったものもたくさんある。一方で、世の中のそうしたものの多くが、お金を通じて実現できるのもまた確かだ。古来、物の価値のあいまいさを、何とかして共通のルールで評価しようと人々が工夫してできたのが貨幣だ。インターネットのランキングなんかより、その歴史はよっぽど古い。

何かのきっかけで、社会の価値観の軸が消滅すると、その価値は収入に投影される。

アメリカのような国がそうだ。アメリカンドリームとは、要は高収入の暮らし。地位の高い人は、それに見合った高い収入。人々の賞賛の声は、ダイレクトにその人の収入に反映される。地位や名誉、夢の実現。それらの価値というものは、全て「ドル」で査定される。

日本はまだそこまでいっていないと思う。まだまだ社会にはいろいろな価値観の軸が存在する。地位の高い人は必ずしも高収入というわけではなく、また収入に反映されない夢の実現であっても、「プロジェクトX」はすばらしいことと誉めたたえる。多くの人はそれに納得しているようにも見える。

多様な価値観は、お互いの位置関係を分かりにくくする。座標平面の中では、誰が本当の「勝ち組み」なのか、誰にも分からない。相対主義的な価値観は、社会から無用の軋轢を取り除く。負けていると実感している人がまだまだ少ないから、日本の社会は安定している。

医療という業界の経済的な大きさは、意外に小さい。

市中病院で働く医者一人一人は結構高収入。テレビに出るような一部の人は、年収数千万円なんてザラ。一方で、医者の世界には無給同然の大学病院医師、1ヶ月フルに働いて、月収13万円程度なんていう医師も、また数多くいる。

計算のしようも無いけれど、日本国内の医師の収入全部を合計して、全ての医師数で割ってみれば、多分医師の平均収入はそんなに高くはならないと思う。

医師の価値というものが、全て貨幣で査定されるようになったら何が起こるか?

世の中の医師のほとんどは負け組みになる。地域医療なんてバカのやること。収入に反映されない研究など、やるだけ無駄。過酷な競争が生まれ、1円ごとの年収の差に「勝ち負け」がつく世界。

こういうギスギスした社会が好きな人がいるのは否定しないけれど、自分は嫌だ。もう少し、好きなことを自分のペースでやりたい。そんな医者でも、他の人からは負け犬扱いされる。これは相当嫌だ。1次元的な価値観の社会では、誰もが容赦なく競争に引きずり込まれる。

医師の価値世界は2軸から構成される。

収入による価値の軸とは別に、医師の世界には「勤務する病院の序列」という価値の軸が、昔から存在している。低い収入でも我慢できる医師を増やす手段としては、「大学病院を頂点とする病院ごとの序列」という装置は、十分に効果的に機能してきた。

大学病院とか、高機能な市中病院は勉強になる代わり、収入は低い。そこで常勤で働けるのは大変な名誉。でもそこにたどり着くまでの間は小遣い程度の収入に甘んじ、よしんば成功者になれたとしても、そんなにすごい収入があるわけではない。

一方で、民間の小規模な病院は医者が来ないので高収入。余暇も結構ある。本来は皆がうらやむ立場のはずが、大きな病院から「見下ろす」立場の医師たちは、収入も余暇も無い自分達のほうがよほど幸せだという。

どういう医師が本当の成功者なのか?価値の軸が複数あると、お互いの立ち位置がわからない。分からないから軋轢は生じない。医師の世界にはいろいろな「成功者」が平和に共存することができた。
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いま、大学病院で働くことに対する価値が急速に低下している。大学を頂点とする病院の序列が瓦解すると、「大きい病院で働くことは名誉」という価値観が崩壊する。

「そんなことは無い。虎ノ門はどうだ?聖路加は?沖中は?国循は?」という反論はあるかもしれない。でもそうした病院もまた、大学病院が最高という価値観に対する反動が生み出したものだ。

目指しているのは大学というポジションを自分達のやり方で置換すること。目標になる大学病院の価値が瓦解した時点で、どの組織も「低い収入でこき使われる病院」の仲間入りだ。

大学という価値の軸がなくなると、全ての医師は「年収」という共通の尺度でしか自分の立場をはかることができなくなる。
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今まで「成功していた」はずの多くのベテラン医師は、その経験や「腕」の割には低い収入という現実を否応無しに突きつけられる。大きな病院で部長として働いていた多くの医師が、いま民間の「地位の低い」病院に、どんどん移動している。病院ごとの序列という価値観の崩壊、それに伴う全ての医師に対する「収入」による価値の査定というものは、すでに始まっている。

「医師の社会」という小さな世界を操作できるのは、その世界を外から見ている他の人々の力だ。患者さんがいなくては、医師はそもそも世界に存在することすらできない。他の人々からの賞賛の声が無ければ、誰が好んで大病院の安月給に甘んじるだろう。

多くの人々の声、あるいはそれを「力」に代えるマスコミの人々の意思により、「大学を頂点とした病院ごとの序列」という装置は瓦解した。「名誉」と「カネ」の座標系という2次元的な世界観で動いてきた医師の世界は、いまカネという1つの価値観のもと、全ての医師が1列に整列しようとしている。

こうなることはなんとなくヤバいと、誰もが本能的に分かっている。

大学の力を潰そうと、いろいろな力が渦巻いている。一方で、収入の低い医師、きつい仕事に耐えている医師に「夢」を与えていた「大学病院」という装置を何とか再起動しようと、地方自治体をはじめとする多くの人々が、あれこれ頑張っている。一度壊れたものが本当に復活するのか、復活したところで、中の人たる医師がそれに乗っかるのか、まだ誰も分からない。

夢から覚めて荒涼とした現実に絶望するのか
このまま「大学」といういい夢を見つづけるのか
勝ち組はどっちだ?

2005年6月 8日

怒りの季節のこと

去年の卒業生には、まだ少し早いかもしれない。

2年目を終わって救急外来へ。救急の業務にもなれ、忙しい外来の中で患者さんをさばいていく知恵も身についた頃。卒業したばかりの時には針一つ刺すのにもおどおどしていた研修医も、いつのまにか救急外来業務に欠かせない役割を果たしはじめる。

救急外来には患者が押し寄せる。具合の悪い人、時間外の周囲の開業医からの紹介患者。

最初は患者と対面するだけで恐ろしかった記憶も薄れ、CPRで運び込まれる患者にも慣れてくる。なれた人間は増長する。苦しんでいる患者さん、何とか入院ベッドにねじ込もうとする開業医の紹介状が、まるで自分にへつらっているようにみえてくる。

本当は、近所の先生方や患者さんが期待しているのは、救急外来の医師という肩書きにであって、2年目の医者自体にではなく、救急の医師が偉いのは、救急外来で何年も生き残っていることであって、潰れずにそこで生き延びるのと、ただそこにいるのとでは全然ちがうのだが、まだそういったことに気が回るには圧倒的に経験値が足りなかった。

救急の現場に出てみて、(本当は誤解なのだが)研修医は自分が急に力がついたことに気が付く。いっしょに働いている救急のスタッフドクターと、自分との距離はそんなに離れていないように見える。忙しい中、黙って患者を受けるスタッフ、周辺の病院からの理不尽(に思える)な転院要請を受けるスタッフにいらだつ。増長した研修医は、患者を連れてきた救急隊員にあたるようになる。

「何でこんな人つれてきたの?」
「車内でのバイタル、取った?」
「ちゃんと事前に情報入れてくれないと、次から取らないよ!」

自分の不出来を棚に上げ、父親ほども年の離れた救急隊員にタメ口。向こうは大人だし、仕事だから「すいませんねえ」などと流してくれる。研修医はますます調子に乗る。

多分ものすごく嫌なやつであったであろう、当時の自分が謙虚さを取り戻したのは、救急隊員との飲み会に誘われてから。

当時、当院では救急隊との懇親会と称した飲み会が定期的にあったのだが、もともとが軍隊組織の消防の人たちの酒の強さは医者のそれとは次元が違う。「先生、強いですねえ」などとおだてられ、日本酒の一気飲み合戦。向こうは全く素面同然。自分はコップ数杯目にして、すでに手遅れ。

自分の病院へ担ぎ込まれたときには、もう意識も朦朧。

白衣を脱いだ医者というのはとても弱い。フィジカルの強い人たちには、たとえ白衣を着ていても強気にでてはならない。「すいません、もう調子こきません」などと何かに謝ろうとしても、口から出るのは吐物ばかり。

これ以後、二度と救急隊員に生意気な口をきこうなどとは思わなくなった。

人間、飲み会で潰れるたびに少しずつ謙虚さを取り戻す。

あれ程届かなかった当時のスタッフとの距離は、今度こそもうすぐそこにみえそうなのだが、いまだに自滅型の飲みを止められない。

2005年6月 7日

裏切らないという宣言

病院を移るというのは、結構恐ろしい経験だ。知り合いのいないところに一人で行かなくてはならないし、そこで初対面の医師どうし。

就職早々しなくてはならないのは、自分が信用に値する人間であり、ここでいっしょに働くだけの価値のある人間であるとアピールすることだ。「あいつ、嫌な奴だよね」などという噂が立ったら最悪。狭い病院、こうした噂を挽回するのには半年はかかる。

新しい病院へのデビューには、やり直しは無い。仮に失敗してしまっても、何とかその施設で生き延びていかないと、もうもとの病院には帰れない。

いろいろな病院を点々とする中で、生き延びる知恵のようなものだけは身についた。

医者という仕事はなんだかんだいっても集団作業なので、医局の中で異物でいると、いつまでたっても仕事がスムーズに進まない。新しい病院に移ったとき、どうやったら早く集団の一員に慣れるのか。とくにその場所がギスギスした場所であったとき、どうやったら下らない争いに巻き込まれず、自分本来のスタンスで仕事が出来るようになるのか。

心がけてきたのは、就職当初は、「その集団の中で奪い合っているパイには決して手をつけない」と早めに宣言するということだ。

囚人のジレンマという問題がある。

2人の人を用意して、協力するか、相手を裏切るかを以下のルールで決めてもらう。
(1).協力しあわなければどちらも500円
(2).協力しあえばどちらも1000円
(3).相手が協力して自分だけ裏切れば、自分は1500円で相手は0円

お互いの考えていることが分からず、また相談をすることも許されないような状況では、お互いが疑心暗鬼となる。相手を裏切ってしまったり、少なくともその場の空気は悪くなる。

一方、こうした状況で、相手があらかじめ「協力する」と宣言すると、社会的生き物である人間の良心的な部分が顔を出す。相手が裏切らないと分かっているならば、多くの人が(3)よりも(2)、つまり「自分だけ1500円」よりも「互いに1000円」を選ぶという。

相手の出方がわかっているとき、たいていの人は闘争するよりも、協力行動を選ぶ。「私はパイはいりません」とあらかじめ宣言してしまうと、たいていの場合、受け入れ先の医局側から自分にもパイを分けてくれるようになる。

実際のところは、こんな高尚なゲーム理論など考えたことも無く、新しい病院に行ったら、まずは「おとなしくする、症例をがっつかない、暴れない」を守っていただけ。10年で何度も病院を代わっているのだから説得力が無いかもしれないが、最初にできる奴振りを見せつける戦略よりは、最初は借りてきた猫からスタートする戦略のほうが、結果としてパイの喰いっぱぐれも無いし、本来の仕事が早くはじめられる気がする。

では、「パイ」とは何か。これが見えないと、権利を放棄しようにも何を捨てればいいのか分からない。

たいていの場合、パイとは内視鏡や心カテの症例数であったり、ラボで教授が与えてくれる論文の種であったり、下級生への先輩風の吹かせ方であったり、同僚や下級生からの支持(こんなものこそ、本来は自分で勝ち取るものだ)であったり、いわゆる「権力」「政治力」であったり、そんなもの。

「パイを食べる権利を放棄する」という宣言のしかたは、施設によって変わってくる。

例えば内視鏡にしても、施設によって何がパイを食べることにつながるのかが逆になる。

内視鏡の研修病院なら、「とりあえず内視鏡は見学だけする」ことがパイの放棄になる。一方で内視鏡の予約が列をなす、忙しい市中病院なら、逆に「内視鏡の症例をガンガンこなす」ことで、何らかの権利を放棄する宣言を行うことになる。要は、自分がまずはその場の最低の人間になるというとだ。

単に「自分は人畜無害な奴です。一生懸命迷惑にならないように立ち回ります。」と入職早々宣言できれば簡単なのだが、そんなことしたら基地外扱いだ。医者は紳士/淑女の集まり。宣言は奥ゆかしくやらないと。

上手く権利放棄の宣言ができて、囚人のジレンマ的な問題が解決すると、多くの医師は協力する立場を選んでくれる。ものごとが上手く回り、飲み会にも誘ってもらえる。

あえて美味しいところを食べに行かずに腐肉を漁るストラテジーは情けないけれど、自分のようにいろんな病院をさまよう医者には欠かせない。

2005年6月 2日

知識の次に来るものは

知識の集まるところには、お金が集まる。

毛唐の人たちは100年以上前からこのことに気がついていて、学会を作り、LancetやNEJMを創刊してきた。学会費や雑誌の収入だけじゃない。知識の流れを握るということは、すなわち力の流れを握るということだ。日本がどんなにいい薬を作ろうと、西洋のジャーナルが取り上げなければ、日本人だってその薬を使わない。

ハンプ(ANP)はそうして潰された。いい薬なのに、パテントが日本にあったから、西洋のジャーナルには論文が載らない。その間、向こうの人たちは必死にBNPの合成にいそしみ、製品化と同時にNEJMをはじめとする論文雑誌が、いっせいにBNPの優秀性を論じたペーパーを載せた。作用機序は大体同じなのに、その日以降、ANPとBNPの明暗ははっきり分かれた。

ANPは、極東の田舎の無い薬。エビデンスは、そのへんの薬草ぐらい?
BNPは心不全の特効薬。NEJMのお墨付き。

知識の流れを握るというのは、こういうことだ。

知識の集まるところにはお金と力が集まる。お金と力とは誰もが欲しいので、そこには競争が生じる。

NEJMとLancet以降の新参者は、少しでも多くパイの分け前に預かろうと、自分達の雑誌の購読料を安くする。安い雑誌は多くの人が読む。多くの人が読む雑誌には、優秀な論文が集まるようになる。

競争が始まって100年も過ぎると、それぞれの論文雑誌の立ち位置も決まってくる。大手ゼネコンの談合のような、見かけだけの競争社会に割って入るには、もっと極端な戦略を取らなくてはならない。オープンジャーナルの戦略を取る雑誌が出てくる。

その雑誌に載った論文は、全ての内容が無料でネットで閲覧できる。もはや雑誌を買う必要すらない。無謀な戦略だが、勝算はある。誰もが読める論文は、多く引用される。インターネット時代、ネットで全テキストが閲覧できれば、論文の引用される確率は飛躍的に上がる。引用される論文の多い雑誌には、いい論文が集まる。雑誌のインパクトファクターは上がり、その雑誌に広告を載せる業者は増えてくる。かくして出版社はより多くのお金を儲ける。

オープンジャーナル思想は結構上手くいくようで、伝統的な欧米の論文雑誌の中にも、全文の閲覧が可能なものが増えてきた。伝統的な雑誌社は、本来の印刷物を販売する経済モデルから変化し、格付け会社のムーディーズのような、論文の格付け機関として生き残りをはかっているようにも見える。

オープンジャーナルが増えてくると、論文を探す手間は大幅に減る。もはや論文雑誌を毎月頭から読む必要は全く無い時代。日々の症例や、問題が生じたときにネットを検索すれば、たちどころに必要な情報が手に入る。まさに夢の時代。

ほんの少し前まで、患者さんについての論文を集めるには人海戦術しかなかった。例えば肺炎球菌性肺炎の症例について、最近の文献を調べようと思ったら、まずは10人ぐらい部活の下級生に声をかける。

インターネットのない時代、文献を調べるには「IndexMedics」という雑誌を漁るしかなかった。これには、肺炎なら肺炎に関して、その月に出された論文の雑誌名とページが全部書いてあるだけ。過去3年分の文献を調べるには、「IndexMedix」を36冊読む。

このあと、雑誌名とページのリストを下級生に割り振り、全て調べてコピーさせる。無いものも多いので、それは製薬メーカーに頼む。この間約5日。今ならMedLineで3秒ぐらいか。

知識自体を持っていること、知識のある場所を知っていることには、昔は非常な価値があった。検索エンジンの進歩、さらにはオープンジャーナル化の流れに伴い、知識の価値はどんどん低下し、欲しいときに必要な知識がそこにあるのが当たり前になった。

知識の流通スピードが増すと、新しい知識は発表された瞬間に既知のものになる。もはや、その知識の発表者が誰であったのかなど、誰も気にしない。

ネットでは、ソフトは「落ちている」、あるいは「落としてくる」と表現される。

本当はただで落ちているわけが無く、誰かがそれを作ってくれたのだが、いまどきそんなことを気にしたり、製作者を調べて感謝するやつなどいないに等しい。

ソフトは使えればいいし、データはそこだけ引用できれば十分。その制作にどれだけの苦労があり、そこにどんなドラマがあったのかなど、誰も興味を持たない。

ソフトの製作者、論文の執筆者はたまったものではない。だから権利の保護に走る。著作権。発明の権利。外野から見るとなんであんなに一生懸命なのか理解に苦しむ。でも、実際に物を作る苦労は、作った人本人以外には、絶対に共有できない。

知識が自由に流通する中で、次に来るのは何だろうか。

まずは、その日に出た論文を和訳してリスト化したり、あるいはその論文同士の「価値」を比較してくれる、バーチャル雑誌の時代が来る。オープンジャーナルも増えているので、「洋物の雑誌の翻訳を読ませてくれる」だけでも、十分に人は集まると思う。

これをやられると、出版者のほうにはもはや何のお金も回らなくなる。格づけには何の元手もいらない。設備投資ゼロなら、十分にペイするし、リスクも無いに等しい。権利の問題等、絶対に揉めるだろうけれど、いつかやる会社が出てくるだろう。

知識それ自体の価値が地に落ちたあと、次に来るのは、コミュニケーションの価値だ。

論文を書く人、あるいはフリーのソフトウェアを作る人にとっての対価というものは、周囲からの勝算と尊敬だ。今、もしくは今後、同じ苦労の「結果」対する対価が下がっていくならば、おそらくはその苦労の「過程」に対しての対価を要求するようになるだろう。

具体例としては、有名な blogである「なんでもつくるよ」などは、作品を製作する過程を全て公開して、その過程から生じたコミュニケーションの力を上手く使っているように見える。製作者の方が、あの鋼鉄のボトムズの完成品をどこかでいきなり公開しても、ここまで盛り上がっただろうか?

最後にお金を取れる部分は、現実の出会いの機会と、その時間に対する対価だけになるだろう。

何か学びたいことがあって、勉強だけではどうしても分からない部分、その人と実際に会って、一緒にやらないと伝わらないノウハウ、弟子となって一緒に仕事をしてでも教わりたい考え方とか、そういったもの。

自分の持っているものの中で、そうしたリアルな出会いを通じて伝えるに値する大事なものがあるのか。今はまだ、全く無い。ネットでの無料配布で十分。せめて一生のうち一つぐらいは作れたらと思い、日々勉強している。

ちなみに循環器内科に入局すると、もれなくカテのノウハウ、ついてきます。とても役に立ちます。本当ですってば。

2005/6/23追記。
My Life Between Silicon Valley and Japanで、同じようなテーマが論じられていた。

「飯を食うための仕事」という部分では純粋に何が大切なの? という話になるとやはり「対人能力」なんだろうな。そこをきちんと意識しておかないと、つぶしが利かないんじゃないかなぁ。そんなことが言いたかったのである。ここでいう「対人能力」は前エントリーで述べた「村の中での対人能力」ではない。組織の外に向かって開かれた「対人能力」のことだ。

医者は基本的には手仕事なので、最後までつぶしの効く能力というのは残る気がする。この人じゃないと任せられない手術の腕とか、急変時の対処能力とかいったもの。

ならば、ここで論じられている「対人能力」に相当するものは何にあたるのだろう。逆に、IT業界での「医者の腕」に相当するものは?