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2005.04.27

某ブランド病院の研修医のこと

1年目の研修医の頃。

何かの機会に、当院に循環器の大家の先生が講演に来て下さったときのこと。

聖○加国際病院に関係のある方だったからか、同じく1年目ぐらいの聖路加の研修医が、当院までその講演を聞きに来た。

他の病院の研修医に会うのは初めて。

こちらは野郎ばっかり。前をはだけた白衣の下は手術着。白衣に飛んだ血しぶきもそのまま。当時は今以上にバカだったから、みんなこれがカッコいいスタイルだと信じてた。

聖○加からきた研修医は、長い髪の女医さん。わざわざSt.Lukeと肩に刺繍の入った白衣を持ってくる気合の入れよう。全身から「こいつらと同じ空気を吸いたくない」オーラを全身から発しているのが伝わってきた。

講演会の間中、当方らとはもちろん口をきくわけもなく、講師の先生にわざわざ英語で質問をしてから病院を後にしたのを覚えている。

何だあいつ、スカしやがって!

わざわざ白衣持ってきて、何様?

彼女が去った後は罵倒の嵐。こういうのを負け犬の遠吠えという。

まだインターネットも2ちゃんねるもない、大学から外に出ると他の病院の情報など全く入ってこない時代。自分を支えてくれるのは過剰な自意識ばかり。みんな意味もなくブランド病院に対抗意識を燃やし、「とにかくあの聖○加野郎にだけは負けたくない」という気力でその後の研鑚に励んだのも今は昔。

その後自分も年齢を重ね、聖○加の研修医のその後も決して楽ではないと分かったり、実際に聖○加の先生からいろいろものを習う機会もあったり。だんだんと件の病院に対する反抗心もなくなっていったが、聖○加のマニュアル本を見ると今でも当時のことを思い出す。

病院のブランドを維持する苦労とブランドを追いかける苦労。ブランド病院に縁のない当方には前者の苦労は想像するすべもないが…。当時の○路加の先生、実際のところ我々の汚い格好を見てどう思ったんだろうか?

あのときの汚い生き物を見るかのような彼女の視線、聖○加の研修医特有(N=1)の周囲をさげすむようなオーラは、当時のわれわれの被害妄想だけではないような気がするのだが…?。

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聖路加というとベッド代が糞高価いという印象しかないです。建物も高いか。 コストが高ければ質が高いのは当然です。コストパフォーマンス・コストイフェクティブネスが医療従事者の本当の勝負どころです。負け犬がブランドの猿真似をするのはそういう意味では実に意義深いと思いますです。べらぼうなベッド代をとっておいて聖人君子面するどこかのじじいの人間性の方がよほどどうかしているとおもいます。それとそれをありがたがるアホ。

聖○加、卒業した先生を何人か知っていますが、一人一人はいい人たちばかりです。もともと自分の研修した病院は、聖路加の先生が立ち上げスタッフに加わっていましたし。 一方で、イメージとしての聖○加は、ブランドへの僻みなのか、お高い奴らの集団という色眼鏡を外せないんですよね…。

聖人君子面する… あの方は、もはや人類として規格外です。範馬勇次郎みたいなものでしょう。あの御年で荷物を持って階段を駆け上がる、訪問診察に行く患者さんはみんな年下。あのパワーはどうやったら維持できるのでしょうか?

話題の病院の外科研修を経験した知己がいますが 「あの病院ではありとあらゆる合併症を経験できて勉強になった」 「合併症は、看護力でカバー」 などと自嘲気味に語られていたのを思い出しました。

皆さん、某ブランド病院にはいろいろ思い入れがありますね…。 実際問題、中の人に聞いた話では、研修医の仕事は大変みたいですね。

本当に大変でした。ここ2ねんで大分緩和されました。

まさか本物の聖○加の先生がこんなところを見ているとは…。 聖○加のサーバーから接続しておられるところを見ると、レジデント用の机ももらえるようになったのですね? 自分と同世代の○路加の研修医には個人用のスペースは無し。 教科書は外来ブースの机の引き出しに隠しておき、スタッフが外来を終えるとその机で勉強する。 当然当直室は無く、寝心地のいい産婦人科の診察ベッドが奪い合いになる…などという話を、当院の元路加のスタッフ(御年60以上)から聞かされていました。

血染めの白衣の下は手術着…しかもSt.ルカにいわれ様もない反感。地方の基幹病院の看護学校を出て、そこの救急外来に勤務していた私のまわりには、そんなドクターがたくさんいました。 地域の皆さんのために一次救急から三次を問わずすべて受け入れる…軍医上がりの鬼院長の元にぼろ雑巾のようになりながら、それでもトリツカレタヨウニ夢中で毎日を過ごしていました。 二年間の研修期間で全科をまわる研修医の先生達は毎日がファーストコール、やっと患者の切れる深夜帯に受け付けの後ろに隠れるように置かれたソファーで糸が切れたように眠る彼らの姿が今も忘れられません。 救急外来は緊張を強いられる一方、病棟に送ったあとの結果が見えないところです。患者さんの笑顔を見ることはできません。そんな達成間の無さからかココロを壊し、私はやめました。「…疲れちゃったのか」と鰹の角煮を餞別にくれた院長もガンでなくなり、以来その病院も急速に弱体化していると聞きます。先生のブログを拝見して、そんなあれこれを思い出しました。 先生、そして研修医の皆さん、お体だけはお大事に。明るい明日がありますように。

研修医の皆さん、お体だけはお大事に。明るい明日がありますように 全くそのとおりです。。。私も今は、研修医と一緒に仕事をする機会もなくなりましたが。

まさしく、とりつかれていました。 そんな自分も遠い過去になってしまいますた。 じいさんは、じいさんでいい。 大事な事は,患者さんを継続的にみれる、という事だけで。 「糸が切れたように」 ああ、いまの私の心境を分かってくれる人がいたんだ。

感謝、感謝です。

「糸が切れたように」

orz…

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